その7 除染したければ自然の力を借りることです
平時には平時の考え方があり、緊急時には緊急時の考え方があります。
1ミリシーベルトをはあくまでも、何も起きていない平穏無事な時の基準にすぎません。
ですから、そんな規制値を事故直後に当てはめたら、かえって収束作業の足をひっぱり、住民に不要な負担をかけてしまいます。
リスク管理は、それをすることによるリスク削減と、それをやったことによる社会的なマイナスを天秤にかけて、軽重を計ることです。
住民は避難によって職と住を同時に失いました。
残された街のインフラは痛み、住居も再び住めるかさえ見当もつきません。
というか、再び故郷に帰ることができるのかも、まったく見通しが立たないのです。
このような状況の中で、700人以上が亡くなられています。おそらく遠からず千名を超えるでしょう。
原発事故そのものによる死者は出ませんでしたが、避難はこれほど多くの人を蝕み、殺したのです。
そして誰も住んでいない街を、延々と2.5兆円ものコストをかけて除染作業が続いています。
除染というとものすごいことをしているように思われるかもしれませんが、そのおもな仕事はただの草刈りです。
除染とは、原発事故により放出された放射性物質由来の環境汚染が、人の健康や生活環境に及ぼす影響を、低減することを目的とした作業です。
これには2種類あります。
まず、表土を削ったり、草を刈って放射性物質を取り除く「除去」です。
もうひとつは、放射性物質を土やコンクリートで覆うことで被ばく線量を下げる「遮蔽」です。
しかし、こうした「除染」をしても、実は放射能はなくなりません。
よく勘違いされていますが、放射能は一定の時期まできて核種の自然崩壊が終わるまで消滅することはありません。
ですから、「除染」とはなんのことはない、どこかに移動するだけです。
そしてひたすら、行き場のない低レベル放射性廃棄物の山を築くことになります。
いまやその量は、2千200万立方メートルに達すると推定されています。
この中間処理施設はすったもんだのあげく双葉街に決まりましたが、建設には1.1兆円かかるとされています。
除染と中間処理のコストだけでしめてなんと3.6兆円です。
人は故郷に帰還できず、避難先で次々に亡くなられていき、残った街はダーストタウン化し、そしてその街を除染するために3.6兆円かけて、毎日草刈りをしているというわけです。
この最初のボタンの掛け違いは、細野氏が環境大臣だった時に決めた「平時」と「非常時」を取り違えた1ミリシーベルトに始まります。
では、どうしたらよかったのでしょうか。実は解決方法は既に分かっています。
言われてみればコロンブスの卵のようなことですが、徒に人の力で「除去」しようとするのではなく、自然の力を借りることです。
3・11当初、セシウムは、「謎の放射性物体X」でした。
しかし現在は正体も分かっていて、その弱点もほぼ解明されています。
よく勘違いされていますが、放射性セシウムは万能でもなければ、最強の物質でもありません。
放射性であるという点を除けば、自然界にあるフツーの(非放射性)セシウムと同じだと思ってもかまわないのです。
問題を煎じ詰めれば、 放射能が長い期間なくならないのなら、人間に利用できないように無害化すればいいだけではありませんか。
要は、放射性物質を「遮蔽」してしまい、人に触れる量を極小化すればいいのです。これが無害化です。
この時にゼロベクレルでなくちゃイヤという人は、ご遠慮ください。話が進みませんから。
リスク管理では、冒頭に述べたように、「それをすることによるリスク削減と、それをやったことによる社会的なマイナスを天秤にかけて、軽重を計ること」をします。
リスクが極小なら、社会的にプラスの方を選択していきます。
具体的にみていきましょう。まずは、敵の正体を知る必要があります。
いったん地面にフォールアウト(放射性降下)したセシウムは、どのような動きをしているのでしょうか。
これも分かっています。
①表層土壌の鉱物質や腐植物質(*)に結着して、とどまるケース。
※植物が発酵分解されてできる物質のこと
②表層土壌から溶解してより下の地層に沈下するケース。
②の地下水へ流出するというのもないわけではありませんが、比率にすればわずかです。
というのは、セシウムは土壌の粒子と堅く結合して、簡単に水にとけださないからです。それについては後述します。
下図は2011,年9月の農水省の飯館村における除染実験報告ですが、放射性物質がきわめて浅い地表面にいることが確認できます。
大部分は地表面5㎝ていどのごく浅い層に存在します。http://www.s.affrc.go.jp/docs/press/pdf/110914-09.pdf (以下グラフ一緒)
①耕していない牧草地や畑地の場合・・・地表面から5㎝までに9割以上のセシウム層が存在する。
②ロータリー(※)で耕した畑地の場合・・・ほぼ均等にロータリー深度に薄まって均一化する。
※トラクターにつける回転刃
つまり耕さない場合には、放射能はいつまでも表層から5㎝ていどに居続けるということです。
そしてロータリーで耕すと、放射能がなかった下層の土と混合されて均等に薄まっていきます。
プラウ(鋤)で耕すと、鋤は縦に深く掘れるために15~20㎝あたりに埋め込まれた形になります。
いずれにしても、人間や植物が接触する地表面からは「隔離」されることが分かります。
図 農水省 本宮市における反転プラウ(30cm)耕後の放射性セシウムの深度分布
2011年当時の、私たちの行った実測値で確認しましょう。
なお、これは線量が高いいわゆるホットスポットの計測値です。セシウムは揮発性なので、その時の風向きや地形によって濃淡が生じます。
・2011年3月末の畑地の実測値・・・800ベクレル/㎏
・同年5月第1回目の耕耘後 ・・・100
・同年6月第2回目の耕耘後 ・・・80
※端数切り捨て
このように人間が耕すという営為をすることによって、放射能は確実に無力化していくことが分かります。
ではどうして、土がこのような放射性物質のトラップ(罠)の働きをするのでしょうか。
これは福島現地に入った、心ある農学者たちの地道な研究によって解明されています。
セシウムなどの放射性物質は電荷がプラスです。すると、当然マイナスにくっつきます。
すると土の中の腐植物質は、マイナス電荷ですからセシウムをビシビシと吸着していくわけです。
しかし、電気的吸着は弱いので、短時間で離れてしまいますが、どっこい土壌に含まれる粘土質には無数の分子レベルの微細な穴が開いているのです。
電気的結着が弱まって離れ始めた放射性物質は、次はキレート効果によって物理的に吸着されていきます。
簡単にキレート作用について説明します。
キレートというのは、元々はカニのハサミのことで、カニがチョッキンするように金属分子を鉱物の構造の中にはさみ込んでしまうことを言います。
ある分子がカニのはさみのようにカルシウムイオンなどの金属イオンと強く結合し、安定した化合物(錯体)を作る作用のことです
この場合、粘土やゼオライトの微細な穴がセシウム分子とあつらえたように同一だったというわけです。
そのためにセシウムは穴にキレート作用でスッポリとはまり込みますが、なんと無情にもこの分子の穴は徐々に閉まっていきます。
ピタッと閉まった分子の穴は簡単に再び開くことがないために、「セシウムのアズガバン」となってしまいます。
こうして、放射性物質は、強力に土壌内分子に物理的結着をしますが、時間がたつにつれ結着は強くなる傾向すらあるようです。
これが土壌の「トラップ機能」というもので、この土の思わざる素晴らしい働きによって、セシウムは土壌の分子内に封じ込められることになりました。
私は信仰心が薄い人間ですが、これを知った時、神は我々を見放さなかったと思いました。
ちなみに植物にも移行しますが、たかだか千分の1ていどにすぎません。
ですから実際、私たちがしたひまわりによる除染はまったく効果がありませんでした。
第一、ひまわりの茎って太くて大きいので、持ち出すのが大変で、しかもいちおう低レベル廃棄物ですから燃やしたり、捨てたりもできないので処分が大変です。
このひまわりなどの高吸収作物が有効ではないということは、農水省の上記の飯館村での除染実験でも証明されています。
http://www.s.affrc.go.jp/docs/press/pdf/110914-09.pdf
こうして考えてくると、放射能移行の少ない草刈り除染は、無駄な労力を巨費を投じて意味のあるかないかわからないことをやっていることのように思えます。
放射性物質を「持ち出す」という発想そのものがダメで、むしろ持ち出さずにその場で「封じ込める」のが正解なのです。
このようにリスクが極小化されれば、くだらない1ミリシーベルト除染などにこだわらず、ケースバイケースで対応を決定し、社会的プラス、すなわち帰還や農業を再開することが正しいリスク管理の選択だったのです。
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コメント
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キレート効果、これも貴重なデータのひとつですね。
こういった事実を次に活かすことが「原発事故から学ぶ」ことだと思います。
一部の方々は軽々しく「再稼働反対!原発事故から何も学んでいないのか!」と叫んでおりますが、とんだブーメランです。
次に原発事故を起こすのは中国だとにらんでおりますが、果たしてデータを活かせるでしょうか?
たぶん活かせないでしょうね。
そしてテレビのニュース番組は、事故った原発の近隣住民が「政府は私達を見捨てた」と叫ぶ様子を映しながら、原発反対にもっていこうとすると思います。
投稿: エントランス | 2016年2月25日 (木) 06時46分