辺野古移転反対運動 よそ者のよそ者による、よそ者のための闘争
HN山路さんの辺野古座り込みテントでのお話は、たいへんに面白く読ましてもらいました。
「弛緩した雰囲気のなか酔いもあり、求められるまま「あそこで2、3人焼身自殺してみたまえ。必ず工事は出来なくなるぜ」と冗談話をしました。
しかし、これまでの闘争とちがい(辺野古移設により)土地を奪われた者がいるでもなく生活を脅かされる人間が出るワケではないので、そこまでやろうという人間がいるはずがないだろう、という結論に落ち着きました。」
わ、はは、そうですか、いずれにしても正直なのはいいことですよ。
私もあそこには昼間ですが行っています。私の時には、活動家風の若い男が、なにしに来たァという雰囲気でしてね、パンフを買って早々に退散しましたものです。
じゃあ、座り込みテントの住民は、あそこが地元から立ち退きを要求されている上に、現地の人間がまったくいないことを自分では理解しているわけですね。
実はこの移設反対運動の、最大の矛盾点はここなのです。
新滑走路ができることによって被害を被るはずの現地住民に、反対運動をする者が、ほとんどいないという事実です。
もちろん、現地にも反対派はいますよ。だいたい2割くらいだろうと言われています。しかし、地区という共同体はまとまって動くものです。
現地3地区も別に積極受け入れではありませんでしたが、長年に渡る厳しい交渉の結果、最も地元に被害がなく、それによる経済的損失も補償される約束をして容認したのです。
他の地域がとやかく言うべきことではないし、住民でも自分は反対だとしてもそれに従うのがルールです。
まぁ、普通の住民闘争は、現地の住民が現地の利害を基にしてやるものですから、当然成田闘争のように「三里塚・芝山連合空港反対同盟」みたいな現地住民による反対組織が先に出来ます。
上の写真は、成田闘争の1971年の第2次強制収容時の写真です。ここで、互いに鎖で身体を縛って座りこんでいるのは、全員が現地の農民のオバちゃん、オジちゃんたちです。
彼ら三里塚反対同盟は、婦人は地区の婦人会を基礎にし、老人すら老人会が基盤でした。一番突っ走った青年行動隊すら、青年団や4Hクラブが根っこにありました。
今や、軒を貸して母屋を過激派に乗っ取られてしまいましたが、成田闘争ですら少なくともこの時期までは、農村共同体としての農民闘争だったのです。
では、辺野古の座り込みの写真をご覧頂きましょう。
http://monsoon.doorblog.jp/archives/54546030.html
ここには現地住民はおそらくひとりもいません。仮にいたとしても、それは地区とは関係なく個人としての参加です。
この人たちの多くは、県下や全国からの「有志」の集まりです。はっきり言えば、左翼政党か労組の活動家のみなさんたちの動員です。
日当をもらって来ているからどうのという批判があるようですが、本質的にはそんなことはどうでもいいことです。
問題なのは、他人の共同体である生産と生活の土地に、地元の了承なく上がり込んで、「戦う」という姿勢そのものです。
現地の人が座り込みの場所として作るのが、本来の意味の「団結小屋」とか「座り込みテント」という施設なのです。
Wikipedia
沖縄においても、団結小屋は作られたことがあります。
上の写真は伊江島の土地収用反対闘争の時のもので、現存しています。とうぜんこの団結小屋は、地元住民が作ったものです。
ところが、現在の辺野古座り込みテントのように、よそからの押しかけ「支援」(←誰を?)が、現地住民から、出て行ってくれというのに上がり込んでしまうという話など、私は聞いたことがありません。
だいたい、ここは生産と生活の場である漁港施設内ですから、なんの断りもなく闘争拠点にされたら、地元はさぞかし迷惑でしょうね。
法的にも漁港施設は漁協の所有物のはずですから、完全な不法占拠です。漁協は立ち退き要求と、賠償請求を行うことが可能です。
実際に平成24年に、名護市長に正式に当時の区長からの立ち退き要求が出されていますが、もちろん動く気配もありません。
稲嶺市長が握り潰したからです。それどころか、市長選があれば真っ先に駆けつけるのが、このテントなんですから、チャーナランサ。 行政官としての適格性が疑われますね。
稲嶺さん、旧久志村はあなたの生まれた場所じゃないか。なぜ現地住民と膝をつきあわして話合いをもたないんですか。
(琉球新報2014年11月19日より引用 「海上基地建設に反対する市民らにあいさつする県知事選で初当選した前那覇市長の翁長雄志さん=19日午後2時28分、名護市辺野古のキャンプ・シュワブゲート」)
そういえば、翁長氏などは、知事当選のお礼に真っ先に行ったのが、この外人部隊による座り込みテントでした。
翁長氏の後ろに、「平和センター」の山城さんが見えますな。翁長氏が、どこを向いて知事やっているのかよく分かる一枚です。
そうです。「辺野古闘争」とは、徹頭徹尾、現地不在の借り物の闘争なのです。
現地にある座り込みテントで、座っている人は余所から来た活動家の人、そこを「現地の人が戦っているんだ」と錯覚して交流に来る人も余所の人、闘争のシンボルに見立てて当選お礼に来る翁長氏も余所の人。
借り物の土地で、借り物の時間に、他人が現地づらして上がりこんだまま動かない、確かにその意味で座り込みテントは、辺野古移転反対運動のシンボルであるのは確かです。
さて宜野湾市民の「民意」は、今回の市長選ではっきり出ました。
移転先隠しもなにも、宜野湾市民の「民意」はスッキリと「出て行ってくれ」です。
そして受け入れ側の辺野古地区もまた、「しょうががない。お困りなようですから、どうぞ」と言っているわけです。
これを本土の評論家で「金に目がくらんで」といった馬鹿野郎がいました。あたりまえでしょう。漁業権という経済の基盤を失うのだから、補償金もらってどこが悪いんですか。
これほどはっきりした「民意」はないんじゃありませんか。最大の当事者2者の意見が、きっちり整合しているのですから。
これをなぜしっかりと受け止めないのか不思議です。
新滑走路が出来ても、なんの影響も受けない南部などの人たちは、ひとまず現地2者の意志を尊重すべきではないのでしょうか。
「よそ者のよそ者による、よそ者のための闘争」というあり方は、いいかげん考え直さねばなりません。
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球春到来で続々プロ球団が沖縄入りしましたが、名護に日ハムがいません。大谷が中田が陽がいません。名護市民にかぎらず野球ファンの多い県民には結構なショックです。地元の観光業や飲食業への影響も大きいでしょう。
ここのところの話題がこれ。
「USJ、沖縄進出撤回も 採算再検証、県と交渉中断」
http://ryukyushimpo.jp/news/entry-215039.html
「USJの沖縄テーマパーク構想、白紙の公算高まる」
http://biz-journal.jp/2015/10/post_11875.html
辺野古移設が前提とあります。本部や今帰仁の人々からすると「名護のせいで…」となってもおかしくありません。「平和運動家」によるリゾートホテルへの営業妨害、ブロック積み上げ等に対し普通の県民はとだでさえドン引き状態です。稲嶺市長や翁長知事はいったい名護に沖縄に何をもたらしてくれるというのか?と、素朴に疑問を感じる県民は間違いなく増えていると感じます。
投稿: クラッシャー | 2016年2月 3日 (水) 09時55分
ファイターズは今アリゾナでキャンプ中です。
以前から名護の球場の改善を市に求めていたそうですが、一向にその気配がなかったのが理由と報道されてました。
北海道民のおそらく9割はファイターズフアン。特におばちゃんファンは熱狂的で、この時期北海道は厳冬期ということもあって、昨年まではキャンプ見学ツアーまであるほど名護は道民あこがれの地でした。札幌のTV局(NHK!含むすべて)もレポーターを派遣して毎日報道する熱の入れようでした。
こういうつながりを大切に育てていくことが、本当の沖縄の自立への足がかりと思っていたのですがね。
投稿: 道産子893号 | 2016年2月 3日 (水) 11時00分
「昔国鉄、今辺野古」などとうそぶく老左翼もいましたが、イデオロギー闘争が広く受け入れられた時代と比べるのは全くナンセンス。
それから時代は「イデオロギーをいかに隠蔽して潜行するか」に移行して行きました。
で、「被害者憑依」の時代に入ったのです。
これは一定の効果がありまして、もともと同情心豊かな日本国民のリベラルな心情にマッチしたのです。
しかし、これも本土では政府による「被害者に対する手厚い措置」が、金銭保証基準の明確化の浸透と相まって、主役の被害者そのものが「被害者」のワクから外れて行きました。
行き場のなくなった左翼が最後の砦、決戦場として辺野古に集結した、という図式になりました。
なお、ここ「沖縄」では、うまい具合に権力闘争に明け暮れる史上稀に見る愚かな知事候補がいて、「イデオロギーよりアイデンティティー」などと言って「被害者憑依」から別の大義・概念を捻出してくれるので、それに乗る事にしました。
乗っかるにしても、この知事には知識が不足しているうえ、少々頭が足りないので教化、監督する必要があり、苦心して理論を説きましたがそれを身に付けるのは、能力的に無理な相談でした。
仕方がないので、「あやつり人形」扱いに格下げする事にして、国連の場までひっぱり出して利用し、しゃぶりつくす事にしました。
大方の県民は空疎な標語に右往左往するような、そこまで馬鹿ではないので、これに引っかかりませんでした。
なぜなら、教育は左翼史観に冒されてはいても、宮古八重山は琉球王朝の植民地のごとく本島から搾取された土地で元々は、遡れば別の国でもあり、維新後に本島・離島の確執を乗り越えてきた輝かしい過去があります。
琉球王朝なるものは人民にとって極めて過酷な支配者で、「琉球処分」は伊波普猷先生の言うように「琉球人民の解放」である事など、真実の歴史を父祖から聞いて知っていた人も多かったからです。
第一、増えてきた本土からの移住者や、他県から嫁に来てくれている人などの立場をおもんぱからない冷たい県民性ではありません。
かくして、「イデオロギーよりアイデンティティー」なる戯言は語る人もいなくなりました。
裁判ダイジェスト
これであきらめる左翼ではありません。
パペット翁長の糸を強く手繰り、裁判闘争に打って出ます。
法廷闘争で県側の主張の根幹は、細川内閣時代の行政法の大改正で、「国と地方は対等になった」「主従関係ではなくなった」というものです。
菅直人の師匠だった故松下圭一教授の「地方自治」や「公共性の概念」に薫陶を受けた一部の行政法学者たちがバックにいるのですが、何でも二項対立的に理解するそうした左派的考えは間違いです。
行政法の大改革とは、「一定の権限の移譲と地方の事務の拡大、国と地方の意見が相違した場合のシステムの構築」という事であって、「対等」とか「主従関係の解消」という事ではありません。
「従軍慰安婦」と同じで、妙な言葉を使うと言葉が独り歩きします。
その結果、県の主張はアプリオリに「対等なのだから、国も県の処分に従うべき」というような無茶な理論構成に陥ります。
もっとも代執行訴訟の多見谷裁判長はそのへんは良く心得ていて、全く歯牙にもかけていませんが。
しかし、そんな裁判長にも一つの心配事があります。
裁判長の中では、すでに国側の勝訴という結論自体は決定していますが、より完璧を期すため、代執行に至るまでに是正勧告とか違法確認訴訟などのプロセスがなかった事が問題になるかも、と考えました。
分かりやすくいうと、
「国さんよ~、いきなり代執行はないんじゃないの~。俺(高裁)はいいけどさ、必ず県の馬鹿は上告するだろうからよ~。最高裁行った時に県の主張が即座に却下されないと俺の出世にもひびくんだよね」
すると国は、
「そうはいっても、仮に色んなプロセスを経たとしても
是正される見込みがないと容易に解釈される場合は(プロセスを)すっとばしていい、って事になってるじゃん。だいいいち、あの翁長ってのは「あらゆる手段で阻止する」ってんだからよ。」
そこでこの頭の良い、しかも訴訟指揮には定評がある裁判長は考えました。そしてひらめいた。
まず、県にとんでもない質問をぶつけます。
「県さんよ~、アンタもし違法確認があったとして、そこで負けてたら従っていたのかい? 国は「そんなもんやつらは確実に無視すんだろう」って言ってるけど。」
こう聞かれて県は、
「めっそうもありやせん、もちろん従います」と言わざるを得ませんでした。
しかし、これは裁判長のワナで(成るとした場合の)和解の効力を確実に担保する為のものでした。
1/29第三回口頭弁論において裁判長は、2/29日をもって結審(審議の終了)をする、と宣言しました。
つまり、「結論はもう出ているよ」というサインです。
これで裁判は終わるのです。
そのうえで、2/15(だったか?)に翁長知事の証人尋問、1/29に稲嶺市長の承認尋問をやる、というのです。
そしてなんと、「和解勧告する」というんですね。
これには私も度肝を抜かれました。
しかも閉廷後行なわれた勧告内容は公表不可です。
「暫定的な案」と「根本的な案」の二種類あるらしく、
この内容について総合して想像すると、
1、暫定的な案は、
国は、一度工事を中断する。そのうえで県は許可の取り消しの撤回を排除しないで協議のテーブルに着く。
2、国は県に対してさらに振興策を積み増しする。
県は取り消しの撤回をする。
というような内容であったらしい、というのがもっぱらの予想です。
いづれにしても2/29に結審するのは決まっているのに、こういう勧告をする裁判長の真意は非常に深く、深謀遠慮に富んでいます。
県が和解に応じないだろう事は裁判長もほぼ確信していて、しかしこれを蹴れば予定通り国の全面勝訴以外に「おまけ」が付くのです。
この「おまけ」がまさに裁判長が欲したものです。
ひとつには、
国側に不足しがちだった「プロセス」を補う事。これにより最高裁ではこの問題は持ち上がりません。
もうひとつは、
ダメな世論でも、世論は世論です。
機会を十分あたえる事により、判決への「国寄りだ~」の世論の反発を回避したのです。
この処置の真意を政府は即座に理解し反応しました。
菅官房長官は和解勧告を受け、「可能かどうか精査してみる」としました。
そしてここが安倍政権の凄みなのですが、わずか2日でまだ和解のテーブルに着く前に「辺野古工事を一時中断する」と発表しました。
もちろん、あとで言質を取れれないように全く別の理由をもっともらしく拵えて、です。
裁判長も政府も、翁長知事が絶対に和解に応じられない事を熟知して問題点を克服出来たのです。
現に翁長知事は「政治的な判断で和解を進める事はしない」といいました。
恐るべきは安倍政権です。統治の意思を十二分に持つだけでなく、今回その意思は国交省や訟務局まで隅々に行き渡り、見事というしかありません。
一方、翁長氏は万一、和解を受け入れればオール沖縄のさらなる崩壊。受け入れなければ、得られたかも知れない果実をフイにして国側の全面勝利に終わります。
こうして裁判闘争も道筋がついていくでしょうが、出口の封鎖された運動の行き先として懸念されるのが、ブログ主様が心配される「流血的な惨事」のみまだ残る事になります。
ちょうしずいて長々と申し訳ございませんでした。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2016年2月 3日 (水) 11時05分
訂正
稲嶺市長の証人出廷は2/29
その他誤字脱字は急いだもので、ご寛容ください。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2016年2月 3日 (水) 12時49分
なるほど、座り込みの現場と別に寝泊まりの為のテント村があるということは座り込んでる人間の大半が地元に住んでいない証拠でもあるのですね
沖縄2紙はともかく他のマスメディアもその点に突っ込まず抗議する市民とか住民とか言ってるのは情けないです
投稿: 須山 | 2016年2月 3日 (水) 17時40分
裁判所の和解案、裁判所が県側に「あんたらの負けは決まってんの。だけど、ちょっと時間やるから身の振り方をよーく考えるように。」との勧告であるととらえていましたが、山路敬介さんの解説は大変わかりやすいです。しかも、あの辺野古の活動家の中に紛れ込むとは凄い。
投稿: クラッシャー | 2016年2月 3日 (水) 17時59分
山路さん。裁判所和解案は明日に書く予定だったんですが、先に書かれてしまった。著しくやる気を失いました(力なく笑う)。
内容的には私のほうも視点がほぼ一緒なので近いのですが、正直言ってコメント欄をこのように使われることには、ブログ主としていささか抵抗感があります。
かんべんしてくれよー、ってかんじですか。
いわゆる記事の内容と対応しない、「演説」にあたるからです。
ここまで内容的にすぐれたものであり、またきわめて長文ですと、性格的にブログ主である私の意図せざる「第2紙面」になってしまいます。
また、管理人としても荒らしの連中に禁止しておいて、私の立場に近い者には許すとなると、いささか公平性に欠けますので、ご注意しておきます。
このように長く自説の開陳をなさりたい時は、どうぞ遠慮なくメールでそれを記事としてお送りください。
必ず掲載するというお約束はしかねますが、(掲載できない場合にはその理由をお伝えします)、基本的には無編集で記事本文としてあなたのHNでアップいたします。
イヤミでも、怒っているのでもなく、そのほうが有益に利用できます。
検討してみて下さい。あなたのような力のある書き手には狭いコメント欄はもったいない。
改めてコメント欄の使用ルールを掲載します。どの項目も一般的なもので、特殊な規定ではありません。
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②誹謗中傷、罵詈罵倒は禁止です。
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⑥荒らしに対しては毅然と対応します。
以上を守らない場合、削除対象となる可能性があります。
投稿: 管理人 | 2016年2月 4日 (木) 02時10分