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2016年3月12日 (土)

大津地裁運転差し止め判決 その1 山本裁判官の「法の名の下の無法」

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今回の大津地裁の差し止め判決が出ました。大変に問題がある判決です。判決内容をご存じの方は引用以下からお読みください。

「関西電力高浜原発3、4号機(福井県高浜町)は安全性が確保されていないとして、滋賀県の住民29人が再稼働差し止めを求めた仮処分申請で、大津地裁は9日、関電に運転差し止めを命じる決定を出した。山本善彦裁判長は「過酷事故対策などに危惧すべき点があるのに、安全性の確保について関電は主張や証明を尽くしていない」と判断した。仮処分決定は直ちに効力が生じるため、関電は運転中の3号機を10日に停止させる。
 高浜3、4号機の差し止め決定は昨年4月の福井地裁に続き2件目。運転中の原発を止める仮処分決定は初めて。
 関電は決定を不服とし、異議と執行停止を申し立てる。3号機は10日午前10時から出力を落とす作業を始め、同日午後8時に停止する予定。
 山本裁判長は決定で「東京電力福島第1原発事故の原因究明は道半ばだ」と指摘。事故を踏まえた新規制基準の過酷事故対策について、「関電の主張や証明の程度では、新規制基準や(原子力規制委員会が審査で与えた)設置変更許可が、直ちに公共の安寧の基礎になると考えることをためらわざるを得ない」と述べた。 (時事3月9日)

これを原告団は「画期的判決」などと歓喜していましたが、確かに「画期的」なことには違いありません。

Photo_2http://news.ameba.jp/20160309-632/

原告団がたいそうお喜びなところを、水を差して申し訳ないのですが、いいでしょうか、落ち着いて考えてみて下さい。 

そんなに手放しで喜べることか、どうか。 

上級審は保守的だから覆るさ、という人がいますが、そういうことではありません。 

仮に下級審の裁判官が別の人で、その人がこの山本善彦裁判官や、かつての樋口英明 裁判官のような反原発思想を持たない場合、どうなります? 

規制委員会は活断層に注目していて、それを再稼働承認の指標にしていることは、ご存じの通りですね。 

その是非は置いて、敦賀や志賀原発の下に活断層があることは間違いありません。 

規制委員会が、この活断層を理由に再稼働停止を命令したとします。 

これは原子力規制委員会の行政権限による正当な行政行為です。 

これに対して、電力会社が猛然と抗議し、地裁に行政措置取り消しの仮処分申請を出すかもしれません。

たまたまその担当判事が、モーレツな原発推進派で、彼は「オレは断固としてこんな理不尽な再稼働禁止なんか、認めないゾ。ファック、規制委員会!」と秘かに思っていた人物だとします。 

彼はたった4回の審理で、ろくに専門家も呼ばず、安全基準の検証などきれいさっぱりスルーして、出した判決はこうでした。 

①安全基準は地震について不必要に厳しすぎて合理性を欠き、適合しなくても安全性は確保される。
②安全の立証は電力会社にあるが、電力会社はその立証責任を果たしていると認める。
③電力会社の主張及び疎明のていどは、新規制基準及び本件原発に係わる設置許可は、直ちに公共の安寧の基礎を脅かすとは考えられない。
④耐震性能に関しては、当裁判所には充分な資料が届けられていると認める。
⑤大規模な津波が発生するとする科学的根拠は疑問なしとはいえない。
⑥避難計画は充分に練りあげられており、自治体との連携も信頼に足りる。

Photo_3http://www.asahi.com/topics/word/%E5%A4%A7%E6%B4%A... 樋口判決に喜ぶ原告団

気きづきになりましたか。この架空判決は、大津地裁山本判決をそっくりそのまま裏返したパロディです。
※大津地裁判決はこちらから。
http://www.nonukesshiga.jp/wp-content/uploads/e9782c2ea5fefaea7c02afd880dd3bfc.pdf
http://www.nonukesshiga.jp/wp-content/uploads/b6c5742c4f89061d95ceb8a0675877e2.pdf

ね、おかしいでしょう。裁判官の思想の色合いごとに、原発は動いたり、止まったりするもんなのでしょうか。 

どこがおかしいのかと言えば、本来、原子力安全行政の権限を持つはずの原子力規制委員会や規制基準の頭越しに、裁判所が原発の運転の是非を決めていることです。 

これでは、まるで原発の再稼働権限は、ただの裁判官の個性や思想に左右される属人的なものになってしまいます。 

今回、山本裁判官がやったことは、再稼働について唯一権限を与えられた行政機関の規制委員会の決定を、地裁が簡単に覆したことです。 

規制委員会の決定は、政府はおろか、国会ですら取り消せません。それをただの地裁が、短期の審理で覆したのですから、確かに「画期的」ではあります。

福島事故の時の、素人政治家の事故処理介入による混乱を反省して、政府は任命権者であっても、指導することはできない独立した機関を作ったのです。

それをなぜ下級審の一裁判官が、いとも簡単にできてしまうのでしょうか。このような行為を、越権行為、あるいは「法の名の下の無法」と呼びます。

山本裁判官は、規制委の独立性を侵害することで、せっかく出来た福島事故以降の大事な総括をひねり潰したのです。 

ですから、山本裁判官にとっては、規制委員会の新安全基準など「緩やかにすぎて合理性を欠き、適合しても安全性は確保されていない」と簡単に退けてしまっています。 

おいおい、なんという素人のゴーマンさだ。 あきれてものが言えない。

原子炉の専門家が営々と2年3カ月間かけて10万ページに及ぶ審査をしたものを、素人でしかない裁判官がたった4回の審理で全て「理解」し、「全否定」して、もう一度やり直せとでもいうのでしょうか。

これなら、安全基準もその審査もいりません。初めから山本裁判官がひとりいればいいのです。

規制委員会も必要ありません。全部、地裁だけでやりなさい。

Photo_6http://www.datsugenpatsu.org/bengodan/news/15-04-2... 川内原発訴訟判決に怒る原告団

ではここで、別な裁判所の意見も聞いてみましょう。

同じく川内原発の再稼働差し止め訴訟を持ち込まれた鹿児島地裁はこう判決文で述べています。

「専門的知見を有する原子力規制委員会が相当期間、多数回の審議を行うなどして定めたもの」で、「最新の調査・研究を踏まえており、内容に不合理な点は認められない」

「安全基準の適否など裁判所が判断すべきではなく、規制委員会の判断に任せるべきことだ」と言っているのです。

あまりに常識的で、逆になんでこんな簡単なことが山本裁判官にわからないのか不思議なほどです。

実はこの鹿児島地裁は、最高裁判決に準拠しています。

最高裁は既に、原発稼働についての司法権限について判断を下しています。 

それが1992年の四国電力伊方原発の原子炉設置許可取り消しを求めた訴訟です。

ここで最高裁は、訴えを退けてこう述べています。

「裁判所の審理、判断は、原子力委員会若しくは原子炉安全専門審査会の専門技術的な調査審議及び判断を基にしてされた被告行政庁の判断に不合理な点があるか否かという観点から行われるべきである」

例によってまわりくどい法律的表現ですが、こういうことです。

裁判所の判断は、当該の行政機関の判断が正しくなされたかどうかを判断するだけなのですよ、ということです。

別な箇所で、最高裁はこうも言っています。

「現在の科学技術水準に照らし、(略)調査審議及び判断の過程に看過し難い過誤、欠落があり、被告行政庁の判断がこれに依拠してされたと認められる場合には、被告行政庁の判断に不合理な点があるものとして、(略)違法と解すべきである」

市民語に翻訳します。行政機関の判断が違法だと言える場合とは、調査や審議のプロセスで著しい過誤があった場合だけです、ということです。

この伊方判決について反原発派は、「現在の科学技術水準」を超えた事態が起きたのが福島事故だったんだから、伊方判決なんかダメだと批判しているようです。

すいません。別次元の話を混同しています。

最高裁が言っているのは、司法の権限の及ぶ範囲の話で、科学技術水準の知見ではありません。ゴッチャにしないで下さい。

当然、科学的知見は将来さらに拡大するでしょう。しかし、それは司法がうんぬんできることではなく、あくまでも専門家たちが考えて、規制委員会という行政機関が判断すべきことなのです。

しょせん、法律だけしか勉強してこなかった専門バカ、失礼、世間知らずの裁判官にそんな「現代科学技術水準」などとやかく言う資格はないのです。

裁判官ができるのは、最高裁が言うように、「専門機関の審議の過誤」だけにすぎません。

どういうわけか、弁護士とか裁判官という種族は、よほど自分が賢いと思っているのか、何にでもエラソーにくちばしを突っ込みたがる悪癖があります。

今回でいえば、規制委員会の安全規制基準が緩いかどうかなど、誰も聞いていません。

あくまでも司法に可能なことは、規制委員会の審議に過誤かあったかどうか、というプロセスに対する判断です。

裁判は属人主義であってはなりません。あくまでも司法が判断できる範囲をキチンと定めて、その範囲内での判断に徹するべきです。

さもないと、反・反原発の裁判官が出ると、いくら危険な原発なので規制委員会がノーと宣告しても、裁判官の一存で自由に動かせることになってしまうからです。

原告団の皆さん、裁判官が替わるごとに「司法は生きていた」と感涙したかと思えば、「私たちは屈しない」と怒ったりしなければならないわけで、これでは身体が持ちませんよ。

■今日は、ウインドウズのアップデートが突然行われて再稼働、じゃなかった再起動。3部の2まで書いていた原稿が一瞬でパー。むごい!

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原発を真面目に終りにする方法」カテゴリの記事

コメント

こんにちは。
さっそく読ませていただきました。
実に真っ当なご意見です。

判決自体は去年の福井と同じ経過を辿るでしょうが、今後もこんな判断がされるたびに原発を停止したり稼動したりを繰り返せば、原発への負荷は大きなものとなるでしょう。
私は裁判の結果より、そちらのほうが心配です。

私は法律に関してまったくの素人ですが、今回の裁判に関して大きな疑問があります。仮処分という即時性のある命令が、地方の一裁判官の判断でこんなに簡単に出せるものなのか、日本の法制度になにか重大な欠陥があるような気がします。もしかして理屈上、自衛隊の行動すら、仮処分で命令できてしまったりしませんか?
それと、今回の仮処分で現に稼働中の原発を停止させましたけど、本訴の判決でこれが覆った場合、一日に数億円といわれる損害は原告負担になると思いますけど、そのような認識が原告・反原発の人達にあるのでしょうか?
また、先日、認知症の老人が徘徊して電車事故を起こし、JRからの損害賠償請求に対して最高裁で、責任能力も家族の管理責任も無いとしてこれを認めない判決がありました。結果として、現実に発生した損害について被害者の泣き寝入りです。老々介護という現実に対して心情的には理解できますが、法律論として大丈夫でしょうか。もしかして相手が大企業だからですか。法律って相手によって適用が変わるのでしょうか?

立法も行政もあまりにもめちゃくちゃだから仕方なく司法がとりあえずなんとかしてやった、
というのご正確です

HNなしは受け付けいませんので気をつけてください。

行政は関係ありません。政府は任命権者ですが、人事権だけで、命令権はありません。
規制委員会は独立することによって権威を担保されている存在だからです。

立法府はなおさら関係ありません。どうして安全基準に基づく規制委員会の行政判断に、立法府が介入できるのでしょうか。
多数決で安全基準の合否を決めるとでも(苦笑)。

こういう規制機関の独立性を侵害するコメント氏の発想そのものが間違いなのです。
いや間違い、というより非常に危険な発想です。

地裁は2.26の青年将校ですか。だれが規制委員会を無視して、介入できる権限を与えたのです。
大津地裁は、最高裁判例をふみにじり(下級審は最高裁判例を無視できません)、かつ、仮処分を拡大解釈しているだけです。
こういう発想は、民主的手続きに則った行政判断を、クーデターのように犯すことになります。

司法にできることは、規制委員会が安全基準に則って正しく審理したかどうかだけのプロセスの検証にすぎません。

私が問題としているのは再稼働したのしないのではありません。規制委員会の決定を覆したという行為そのものです。

私は再稼働問題には個別原発に対しての意見はありますが、従うべきだと考えています。いわば白紙です。
規制委員会が再稼働を否認したなら仕方がないと考えています。
逆に安全基準を満たしているから認めたのなら、それもまたしかたがないではないですか。

要は、どこで線を引くかです。
それを規制委員会という独立機関に託したのですから、その決定にはいかなる三権も介入できないのです。

こういう権威がなくては、原子力行政などそもそも成立しません。

裁判所判断争点1で伊方原発の最高裁判決にふれているので逸脱していないと思います。

裁判というものはその様なものです。ガリレオだって「あなたが判断していいのは私の言論が教会法に触れるかどうかであって、回っているのが地球か太陽かではありません」と言いたかったでしょうに。

連投失礼します。チャップリンが明らかに血液型があわないのに実子認定で裁判に負けた事があります。裁判って古今東西を問わず”そんなもん”なんですよ。カンガルーコートですね、時々。

仙さん。う~ん、いつもの炯眼といいたいのですが、ちょっと違うのでは。

今回私が問題としているのは、原子力、あるいは原発事故という眼前の問題だからです。
これをしっかりやっておかないと、せっかく福島事故以降作られた、「規制委員会が安全基準を作り、そして審査する権限を有した唯一の機関である」というルールが崩壊してしまいます。

おっしゃるように司法だから、歴史的にもそんなもんさではなく、今回に関しては、司法とてアンタッチャブルでなければならないのです。

「いかなる権力」も、規制委員会に介入できないのでなければ、米国やフランスのような権威ある原子力規制機関は絶対にできません。
もう二度目の斑目さんは、見たくはありません。

ですから、まだ少年期にある規制委員会に対しては、政府の再稼働方針はもとより、反原発運動と歩を一にする司法もまた、排除すべきなのです。

仙さん、それは陪審員制の判例なのでちょっと違うかと思いますが、証拠はどうあれ民意の多数に判決がおもねる点では一致してますね。
今回の地裁は陪審員もいないけど地裁の判事が1人で不安な気持ちを乗っけてみた訳で、そんな権限あるんだ⁉︎どこにあるって書いてある⁉︎と思います。法学部卒の知人に聞いたところ、あるんだよ三権分立だから。あとは自分で調べて。と言い捨てられましたf^_^;)

さばっちさん
>裁判所判断争点1で伊方原発の最高裁判決にふれているので逸脱していないと思います。

確かに,大津地裁決定には伊方最判が引用されていますが,それは形式上のことであって,実質的には伊方最判に従っていない内容だと思います。
そもそも伊方最判は,許可を下した行政自身が被告となっている行政訴訟であり,その行政に対して「まず,自分が下した許可に不合理な点がないことを言いなさい」と言っているわけです。自分が下した許可の内容を説明するわけですから,行政にとっては何を言えばよいのか明確なわけです。

これに対し,大津の事件は民事の裁判で,当事者は関電ですから,「自分が下した許可」ではないわけです。それに,大津地裁は,関電に対して「安全だと言いなさい」と言いつつ,関電がどこまで言えばよいのか,具体的に言わないまま,「関電の説明ではよくわからない」と言っているわけです。たとえば,裁判所は「FO-B断層」がもっと長いかもしれないと言っていますが,なぜそう思うのか,もっと長いかもしれない根拠は何なのかをロクに説明していないのです。

なぜこういうおかしな決定が出てくるのか,やはり根本にあるのは,原子力規制委員会の説明不足だと思います。田中委員長は,安全は事業者の責任,地元への説明も事業者の責任と言って,いつも他人事のような顔をしていますが,そもそも新規制基準は委員会が作って,許可も委員会が出しているのだから,基準や審査の内容をもっと国民に説明すべきでしょう。youtubeで公開しているからそれを見ろ,というだけでは済まないはずです。福島事故にしても,原因が津波だということはとっくに確定しているのに,未だに地震が原因という誤解が世の中にはびこり,大津地裁もそれに影響されているようですが,田中委員長は知らん顔。規制の独立は結構ですが,孤立になっているのではないでしょうか?

争点1の関電側の主張には

「原発は高度に科学的、専門技術的なものである以上、具体的危険性の有無の判断に際しては、科学的、専門技術的知見を踏まえることが不可欠である。
この点に関し、伊方原発訴訟最高裁判決(平成4年10月29日第一小法廷判決)において「原子炉設置許可処分についての右取消訴訟において(中略)被告行政庁がした右判断に不合理な点があることの主張、立証責任は、本来、原告が負うべきものと解される」と明快に判示した。
原発に関する裁判においても、主張立証責任の一般原則に従って主張立証責任は原告が負担すべきであり、その理を変更すべき理由はなく、他の原発訴訟においても判例がないのはもちろん、主張立証責任の所在そのものを転換した裁判は存在しない。
したがって、「被告が立証すべきだ」とする原告側の主張は独自の見解であって、伊方原発訴訟最高裁判決を正しく理解していない」

とあります。

主張の通り、伊方原発での最高裁判決を独自に曲解した被告側の主張は、その時点で否定されてもおかしくないものです。
にもかかわらず、裁判所側は「国の規制をパスしてるなら、そのパスした過程を説明するくらいはできるんだからするべきで、できないなら本当に適合しているか怪しいのではないか」という判断をしました。
これは遠回しに「原告に立証を求めている」ということで、地裁の判事が最高裁の判例を曲解したとも受け取れる内容です。

「民・百姓どもの為に、ワシが骨を折ってその希望を
叶えてやったわいの。どら、越前守もワシの足元にも
及ぶまいて。天下の名奉行とは、この山本の他に誰ぞ
おるまいてぇ~~」

まあ徳川時代なら、あっしも両手両足で拍手をしたで
しょう。今は平成。児童に立法・司法・行政の独立を
教えている世です。選挙で皆の代表となった人達や彼
等が任命した人達が作った法律に、適合しているか否
かを判断するプロが裁判官で、司法の意見や希望を聞
きたいワケではありません。同じようなマイナスドジ
ョウが二匹も出てくると、じき三匹目が出そうで恐い。

司法ポピュリズムが出てくると、運のないお金のない
力のない最弱者を人柱にして躍進するコミュニスト達
が狂喜して、何でもかんでも「弱者救済の正義の告訴」
に仕立て上げてくるでしょう。そして自称名奉行達が、
彼等なりの救済の慈悲の判例を連発するのです。

その時には、私も弱い者のフリをしてフリーランチに
ご相伴させてもらいたいです。まっ、選挙がポピュリ
ズムってるから、司法もマネしだしたのかな?

ecchuさん。私も実はまったく同感です。
規制委員会には内在的問題が多々あります。過剰な「地震主義」(島崎さんの時はひどかった)とでもいえるような傾き、あまりに遅い審査体制、一部で見られる過剰な安全要求、そしてなによりも田中俊一氏のキャラです。

私は当初この規制委員会の誕生に拍手し、田中氏に期待していただけにいまや失望の域にまで達しつつあります。
その最大の理由はおっしゃるとおりの、田中委員長の突き放したような「無関心」です。
おそらく原子力研究者で学者肌の彼としては、こんなに政争の具と化した再稼働問題でしゃべって、火の粉がかかるのがイヤなのでしょうね。

今回は自分が定めた再稼働容認が一発で下級審に覆されたのですから、抗議の記者会見のひとつでもするべきでした。
しかし、しない。黙っている。
この人、自分のポジションが理解できているのかとすら思います。
もはや不作為ですよ。

悪意にとれば、もともとは共産党系の影響下にあって反原発思想の洗礼を受けている田中氏のサボタージュにすら見えます。(違うと思いますが)。

そういう人だとしか、思いようがありませんが、ここで首相が介入するというのでは、時代が福島事故以前に逆行します。

ですから私たちにできるのは、このような事態が多発しないように、司法ポピュリズム(アホンダラ1号さん貰ったよ)は、規制委員会の独立性に対する侵害行為だということを訴え続けることだけなのです。

アホンダラ1号 さん自身の楽しいHNは、どんな由来があるのか聞きたいと思ってました。(笑)
いえ、いつも実に要領を得たコメントをHN流のノリと言葉をもって適格な表現をされるんですね。
うまいなぁ、というか感心してます。

さて本題ですが、地裁とはいえ、実に「奇妙な判決」が出たもんですね。
こういうのを「画期的判決」と評してよいのかどうか疑問です。
第一に「福島第一原発の原因究明は道半ば」としている点です。
政府および国会事故調では「津波による全電源喪失」という成果が出ている。
裁判長が「そうでない」とするならば、なぜそうでないのか?を明確に示さないと司法会全体の信用にかかわりますね。
 そして今後、誰がどういう立場で原因究明をすべきなのか明確に判事していれば、それはそれで画期的判決になり得るんでしょうが。

裁判官というものは自由心証主義ですから、特に地裁レベルではこのような馬鹿な判決が出る事もあります。
しかし、先の最高裁の挙証責任の所在を明確にした判例違反の疑念も伺わせ、川内原発の結果と真っ向異なる判事をしているのもかかわらず、納得できる論拠が皆無なんですね。
これでは「早く上告してくれ」って言っているようなもの。裁判官の職務の放棄に等しい。

心配なのは原告団の今後です。
このような馬鹿な判決により停止せざるを得ない関電は当然上告をし、逆転判決を得る事になります。
そうすると原告団は、停止による関電が蒙った損失に向き合わなければならなくなるのではないか。
仮に関電がそれを請求しないとしても、そうした損失は明確に我々の電気料金に反映して来ます。
私が関電の株主なら会社側経営者に当然、「原告団に逸失利益を徴求せよ」と言いますね。

自由法曹団にシンパシーを持った、青年法律家協会系のこういう裁判官がまだまだいるんですね。

>本訴の判決でこれが覆った場合、
>一日に数億円といわれる損害は原告負担に
>なると思いますけど、

これを予見した上での仮処分ではないのかな?

 3月第2週の国内株式の外国人売越額は1兆1932億円と、ブラックマンデーを超える史上最大規模となったそうです。日経225にも採用されている大企業の株価を、ほとんど法的根拠の無いヒステリックな判決で暴落させることの出来る国の株なんて、そりゃぁ怖くて、当面手を出し難くなるのも当然だと思います。
 また、株安は円高の一因かもしれません。来年度以降の業績を懸念した企業のマインドも冷やしてしまった可能性が大で、春闘の回答は軒並み前年割れとなっています。一般庶民の給料にまで影響を与えているかもしれません。
 加えて、株安、国内株式を組み入れた投資信託安も、国内消費を冷え込ませる原因になっているかもしれません。またデフレ側に戻っていけば、中小企業の倒産を加速させるかもしれません。
 一日に数億円ポッチの損害を原告に負担させるなんて程度の話では無いと思いますね。

とは言っても、規制基準の抱える問題点は、どこで解決されるんだい?
第三者委員会としての性格を尊重したとしても・・・
「原発の様にどえらい危険を伴っている場合は、目も当てられねーことになる訳で・・・」、原発の近くで生活しているものにとっては切実デッスゾ!

トワイ- テモ様
現状の規制の問題点を具体的に上げて、それに対するあなたなりの改善策を自分で考えて列記してみて下さい。

これまで原発は想定以上の地震にも耐えてきました。今回の基準はその基準を大きく引き上げ更に大きな地震にも耐えられる様改築しています。
津波にも破壊は免れていますが、津波に対しても新基準で対応しています。

私が考える問題点は、
発電を行う行わないにかかわらず、そこに燃料としての放射性物質が存在し、管理を続ける必用があり、その管理に毎日多額の維持費がかかる事です。
最終処分場が決まらない限りその燃料である放射性物質も廃棄物である放射性物質も動かせないのですから発電を許可しようと発電を阻止しようと危険性にかわりはないのですから、
私的には最低限新基準を満たした物に関しては発電を行い電気を売る事で維持費を賄い、廃炉や処分に掛かる費用を捻出する方が現実的だと思ってます。

私も種子さんに近いかな。

『本気で原発を無くしたかったら、新基準に適合した原発をさっさと回せ!』
です。一見矛盾しているように感じますが、それが廃炉への現実的な道だろうと思います。
「なにがなんでも再稼働ハンターイ!」なんてラップでデモやってるようなあまちゃんは必ず「説明がされてないぞー!」と言います(昨夜の安保法案国会前デモのシールズも同じ)が、まずあいつら何を言っても「ハンターイ!ハンターイ!」だけで聞く耳もたないんだから、お話になりませんって。

せめて公開質問状を出すなり説明会で話を聞いてから、疑問点を洗い出して整理しなきゃ。
そしてその回答をちゃんと聞いて吟味するということをやらないでヤレ裁判だ!住民感情だ!では噛み合うわけがないのですよ。

トワイ・テモさん。
あなたの仰る原発の近くとは立地自治体でしょうか?地元自治体なら賛成派が多いですよ。
日本最大の地震多発地域で、建設当時から「あんなところに作って大丈夫か?」と思われていた牡鹿半島の東北電力女川原発なんか、地元では再稼働が熱望されています。
震災当日にも私も女川原発を真っ先に心配しましたが、外部補機やタンクは流されたものの無事でした。そして、普段は絶対入場禁止(私、何度か敷地接近を試みたことがあるけど、警備が超厳重!)の体育館に「原発が一番安全だ」と
集まってきた住民達を所長判断で場内に避難所として解放しました。もちろん違法行為でしたが。
まさか福島第一があんなことになるなんて思ってもいませんでしたし。

昨日は女川原発再稼働反対のデモが仙台市一番町であったそうですが、100万都市で主催者発表で600人(笑)実際半分。典型的なノイジーマイノリティーです。
かつて女川原発から数キロの山にT-2練習機がハンターイ墜落してバカ騒ぎした共産党議員や、楽天開幕戦にブルーインパルスのフライパスをすることに「危険極まりない!」と中止に追い込んだグループ、全く同じ連中ですよ。声がデカイだけの「ハンターイ!ハンターイ!」やってるだけの某党派の末端連中です。

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