大津地裁運転差し止め判決 その3 日仏原子力規制を比較してみると
大津地裁山本判決を、「規制委員会の独立性」に対しての侵害行為という視点で見ています。
どうもよく分からないのですが、反原発派の皆さんは原子力規制委員会なんて、しょせんは政府の犬だから、こんなもの要らないと思っているようです。
だから、この山本判事のように「700ガルは低い」みたいなことを平気で言い出します。
こういう規制委員会の独立性を、ひんぱんに司法の名の下で犯すことが常態化すれば、規制委員会もその安全基準も空洞化していくことになります。
だって、仮に2年3カ月の審査を経て、4万頁におよぶ膨大な資料を積み上げ、巨額な安全対策をして運転が認められても、一瞬で運転停止できちゃうわけですからね。
それもサラ金が債務者を追い込む武器にしていた「仮処分」なんてもので、止められてしまうことができるのですから、もう規制委員会も安全基準もいらない、ということになっていきます。
このような反原発運動からの規制委員会の独立性への侵害行為が続けば、当然、推進派のカウンターが生じます。
今の田中委員長体制はそれでなくても、審査期間が長すぎる、地震について思い入れが強すぎる、ひょっとして隠れ脱原発派の巣窟じゃないのか、というブツブツ言う声が、経産省資源エネルギー課あたりから聞こえてきそうな存在なのです。
経産省の「長い手」が伸びてきても少しも不思議でない時期に、こんな判決が続けばどうなるかは目に見えています。
あのね、反原発派の皆さん、あんたらのやっていることは、逆に原子力の安全性監視・規制体制を揺るがしているのですよ。分かってやっているのかな。
まず、そのためには、規制委員会-規制庁の仕組みを知らねばなりません。
私は、かねてから原子力監視規制機関は、徹底的な独立性を担保されなけれダメだと思っていました。
原子力エネルギー推進機関と、規制機関は完全に分離され、いかなる支配も受けてはいけません。
さもないと、審査に手心が加わるからです。
結論からいえば、現在の原子力規制委員会-規制庁は、福島事故前の経産省の外局でしかなかった安全・保安院よりはるかに独立性は高いとはいえ、まだまだ完全独立を果たしたとは言い難い過渡期にあります。
原子力大国のフランスの「原子力の番人」であるフランス原子力安全機関「原子力安全機関ASN)と、比較してみましょう。
フランスASNは、どの省庁の下にも属さない完全に独立した国家機関で、院長以下4名のコレージュ(委員)による官房があります。
いわばASN自体一種の、「政府内政府」のような組織構造になっています。
政府にはASN長官と委員の任命権すらなく、唯一それを持つのは元首の大統領のみです。
ASNは国会への報告義務を負う完全に独立した国家機関なのです。
ASNは外部に「放射線防護原子力安全研究所」(IRSN)という専門家による補佐機関をもっています。
ASNの職員数の77%、IRSNで85%が博士号を持つ専門家集団で、どこぞの国の規制庁のようにボスが警官出身で、その部下の警官たちを引き連れてやって来ました、というようなことはありません。
ちなみに、規制庁発足時の出身官庁をみます。
●原子力規制庁の官僚出身内訳
・経済産業省・・・312名
・文科省 ・・・ 84
・警察庁 ・・・ 16
・環境省 ・・・ 10
7割を超える圧倒的人数を送り込んで来た経済産業省からの出向組は、原子力安全・保安院、資源エネルギー庁出身者です。
なんのことはない資源エネルギー庁とは、政-財-官-学にまたがる「原子力村」の司令塔のような所ではないですか。
他は、文科省、環境省、内閣府原子力安全委員会の出身ですが、とくに環境省は原子力規制庁を組織系列下にした上で、ナンバー2の次長ポストを押し込んでいます。
出向者数こそ地味ですが、原子力規制庁を組織系列化においた環境省はCO2削減を旗印にして、「地球にやさしいクリーン電源・原子力」(笑)をエネルギー比率50%まで増やすという今思えばトンデモの政策を作った役所です。
福島事故に際してもその動きは鈍く、空間線量や土壌放射線量などの測定も文科省に遅れをとり続けてきました。
当時私は、環境省に無作為の悪を感じたほどです。経済産業省が「原子力村」の村長なら、環境省は助役です。
つまり原子力規制庁は、原子力安全対策を風当たりが強い経済産業省から、環境省という裏の司令塔の下に系統をすげ替えただけの問題を多く含んだ組織だといえるでしょう。
どうして完全にすべての省庁から独立させなかったのでしょうか。
モデルにすべきは、あの鬼の会計検査院です。
会計検査院は、徹底的な独立性が保証されています。
「国の収入支出の決算は、すべて毎年会計検査院がこれを検査し、内閣は、次の年度に、その検査報告とともに、これを国会に提出しなければならない。(日本国憲法第90条)。また、内閣に対し独立の地位を有する。」(会計検査院法1条)」
この会計検査院法の、「国の収入収支」の部分を原子力発電に読み替えて下さい。
「国の原子力発電の安全監視・規制・再稼働は、すべて原子力規制委員会がこれを検査し、内閣は、次の年度に、その検査報告とともに、これを国会に提出しなければならない。また、内閣と政府諸機関に対し独立の地位を有する。」
原子力の規制・監視も、この「内閣からの独立の地位」、言い換えれば政治からの独立性こそが肝だったはずです。
しかし発足当時、反原発派の人たちは、規制委員会の委員長が原子力村出身だからドータラなどにどうでもいいことに目を奪われて、肝心の原子力規制庁の「独立性」の部分が骨抜きになったことを見逃してしまいました。
つくづくどうして反原発派の皆さんは、こうも近視眼なのかと思いますよ。
たぶんこの人たちは、規制委員会のトップに坂本龍一氏のような音楽家になってほしかったのでしょうね。
さて、日本の原子力規制庁とあらゆる意味で対照的なのがフランスです。
フランス原子力委員院長はラコスト氏ですが、彼は「フランスでもっとも怖い男」と言われているそうです。上の写真のいかにもガンコそうな親父が、アンドレ・ラコスト委員長です。
首相に対してもまったく物おじせずに正論を吐くので、脱原発派からも一目置かれている人物です。
http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_No=14-05-02-03
ラコスト氏はフランスの理系の最高学府である国立理工科学院(ポリテクニック)を卒業後一貫して原子力畑を歩み、原子力安全施設(DSIN)や独立機関になる前のASNの責任者をつとめました。
ラコスト氏は原子力の専門家としてフランス原子力庁や、原発所有者のフランス電力公社からの独立を訴え続け、2006年に法令によって独立を勝ち得た後は初代院委員長に就任しました。
ASNは福島事故直後の3月12日に仏政府より早く声明を出し、同月23日には早くも「仏全土の全原発の安全性に対する監査」を実施しています。
同時期に日本の原子力安全委員会の斑目春樹委員長が、菅首相から連日子供のように叱り飛ばされてうろたえていたのとは対照的です。
安全委員会が内閣の顧問組織だからしかたがなかったというのが斑目氏の言い訳ですが、それにしてもこの人のダメぶりはひどかった。
※斑目さんの爆笑漫画はこちらから。この人妙な才能があったんだとびっくり。特に事故マンガは抱腹絶倒。http://ponpo.jp/madarame/lec5/list.html
おそらくフランスで福島事故と同様の事故が起きた場合、ASNは政府とはまったく独立した判断をしたうえで、即時に事故対策を「命令」したことでしょう。
もちろん政府にです。ASNは政府からあごで使われる組織ではなく、政府に命令できる権限を持つ独立機関だからです。
ですから、菅首相のように外部者からの意見に左右されて、事故現場の指揮に直接介入するなどという国を滅ぼしかねない蛮行は、フランスではやりたくてもできません。
もし首相がそのようなまねをしたら、ラコスト委員長から、「閣下、原子力事故において、素人に出番はありません。閣下ができるのは、現場への弁当の差し入れと責任をとること程度です。誰か閣下を部屋の外にお連れ申せ」と一喝されたことでしょう。
ましてや、一介の地裁が、「仮処分」命令で運転停止などしようものなら、 ラコスト氏の「大バカヤロー」という雷が落ちることは必定です。
というか、そんなことが出来る余地など、フランスにはそもそもありません。
わが国の福島事故の悲劇は、ASNのような独立した原子力規制機関がなかったこともさることながら、ひとりのラコスト委員長もいなかったことでしょう。
このように「監視規制機関の独立性」ということをキイワードにしてフランスと日本の原子力規制行政を比較すると、わが国は福島事故を学んでおらず、おざなりの改革でお茶を濁してしまったことがはっきりと分かります。
山本裁判官、あなたのやったことは、原子力行政の安全に寄与したのではなく、規制委員会の独立性を侵犯したことで、かえって安全性を揺るがしたのです。
罪深いことだと思いませんか。
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