日本は米国とともにアジアに安全保障の大屋根をかけています
「フィリピンは駐留していた米空海軍が全撤退したから、中国がきた、という話では?
逆に米空海軍がいた時期は、中国は手を出せなかったということですよね。
その話と在沖海兵隊のグァム移転を同列とするのは、例として不適切では?ということです。
それとも管理人さんは、海兵隊9000人の移転が行われた場合、中国が手を出してくるとお考えでしょうか?」
タームさんの立論の致命的な見落としが、なんだかわかりますか?
この方は日本がアジア地域の「安全保障インフラ」において果たしている役割や立場を、まったく理解していないことです。
ですから、フィリピンの場合がこうだったから、日本はこうなるだろう、というふうに無意識に並列させてしまっています。
ここから、こういう思考に入ります。
・フィリピンのケース・・・クラーク空軍基地・スービック海軍基地の撤収・陸軍は元々いない⇒中国の侵略開始
・沖縄のケース・・・海兵隊だけの撤収・海軍と空軍はそのまま駐屯
⇒中国はほんとうに来るの?
日本は米国によるアジアの安全保障インフラをフィリピンに対して「提供する立場」であって、それを「与えられている立場」のフィリピンと、同列に扱うこと自体がそもそも間違いです。
タームさんは、中国の脅威があること自体は認めています。しかし、そこから1対1の狭い見方に陥ります。
<日本vs中国>、あるいは、<日米vs中国>という構図ですね。
さらに「オール沖縄」の人たちはこれをさらにこれを切り縮めて、<本土政府vs沖縄>にまで縮小してしまいます。
ちなみに「先住民族論」は、この本土を悪玉に仕立て上げるためのレトリック(修辞)にすぎません。
ここまで狭くすると、もう視野狭窄と言われても仕方がありません。
アジア方向に視野を広げてみませんか。
さきほど<アジアの安全保障インフラ>と書きました。そうです、アジア地域には安全保障のためのインフラストラクチャー、つまり下部構造や基盤が存在しています。
アジア地域には、一見ヨーロッパのNATOのような集団安保体制はないと思われていますが、そういうわけではありません。
ヨーロッパは共通の宗教、ほぼ同格の経済規模、そしてそれを基盤にした共通通貨(ユーロ)が支える共通経済圏(EU)を作っています。
実際はもう少し複雑ですが、大ざっぱにいえば、EUのいわば安全保障部門がNATOです。
では、アジア地域はどうでしょうか。一見なにもていようにに見えますが、実は違います。
米国は各国と個別に安保条約を結んでいます。このようなやり方を、自転車の車輪にたとえて<ハブ&スポーク>と呼びます。
<ハブ>が機軸となる覇権国家となる米国で、<スポーク>が各安全保障条約、そしてその先のドットがアジア各国です。
※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2016/04/post-bb7e.html
右下が<ハブ&スポーク>のモデルです。
ちなみに、左のドットが分散しているのが、個別的自衛権モデルです。
日本の左翼の皆さんが、これがいちばん「平和憲法」に則って平和だと言っているものですが、世界の認識では真逆でもっとも危険な思想です。
ドイツでは個別的自衛権は否定されています。なぜでしょうか。一国で勝手に戦争を起こしてしまえるからです。
他国からみれば「オレの国は平和憲法がある。専守防衛だ」なんて言っても、しょせん日本国内で通用するだけの話です。
日本がかつてのように戦争を勝手に一国だけで起こさないということについて、保証人というか、<担保>がないのです。
いや、「護憲・平和運動があるさ」と言う人もいるでしょうか、そういうドメスティック(国内的)なものは担保たりえません。
戦争が国際関係の軋轢から生じる以上、<担保>は国際的に信用されている国でなければなりません。
世界を見渡す限り、それは米国しかいないでしょう。
ちなみに、「いや国連があるさ」という人がひと頃は大量にいましたが、パンギムン氏が事務総長になってよくわかったことは、国連はただのお話し合いの、ないよりましていどの飾り物の組織にすぎないということです。
なにせ、世界平和の守護者であるべき常任理事国(P5)の中露が、率先して紛争を起こしまくっていても、それを誰も止められないのですから、話になりません。
さて、アジア地域においては、米国を機軸とした安全保障インフラが出来ています。
これは、米国がハブ(車軸)となって、地域全体に対して安全保障の基盤を提供し、各国はそれぞれこのハブとなる国との同盟によって自分の国の安全を支えているという仕組みです。
このようなハブになる責任を引き受けている国のことを、「覇権国家」(ヘゲモニック・ステート)と呼びます。
語感が「帝国主義」か、「横暴な強国」のように聞こえますし、実際に反米主義の人たちはそういうニュアンスで使っています。
実際に共産党志位委員長は、2012年5月12日の講演で、「日米安保をなくしたらどのような展望が開けるのか」と題して、こう述べています。
※http://www.jcp.or.jp/web_policy/2012/05/post-453.html
「まず強調したいのは、発効から60年を経て、この異常な対米従属の体制が、どの分野でも行き詰まりをいよいよ深刻なものとし、「こんなアメリカいいなりの国でいいのか」という声が、保守の人びとも含めて、広範な国民から噴き出しているということです。」
これが典型的な「対米従属論」です。日本は米国に従属して、米国のいいなりになっているんだ、というわけです。
共産党は安保を廃棄して、自衛隊も「解消」してしまって丸腰の平和国家になり、中国と対話で平和を維持しろ、と言っています。
そしてその結果、「日本は米軍基地の重圧から解放される」と説きます。
ここで志位委員長が力説しているのは、沖縄の米軍基地反対運動です。
「今年の5月3日の憲法記念日に行われた集会で、伊波洋一元宜野湾市長が、「日米安保を乗り越える時期に来ている」、「日米安保を見直すスタートの年にしよう」と訴えたことを、私は、たいへん印象深く聞きました。
普天間基地、嘉手納基地という危険きわまりない米軍基地の重圧に苦しめられてきた自治体の首長をつとめてこられたお二人が、いまこそ安保の是非を考えなければいけないと提起していることは重いものがあると思います。
すみやかな基地撤去を求めながら、日米安保をなくせばすべての基地をなくすことができるという展望を、大いに示していこうではありませんか。」(同上)
つまり、「オール沖縄」の本音は、単に「辺野古の海を汚すな」という素朴なものではなく、そのものズバリ、辺野古に名を借りた安保廃棄・自衛隊解体が目的だということです。
一方、極右の人も一緒で、「米国のいいなりだから安保を廃棄しろ」、というところまでは共産党と一緒で、そこから一気に「自主防衛を強めろ」と叫んで核武装だと吹っ飛んでいきます。
困った人たちです。極左と極右の意見が奇妙な一致をする場合、それは100%危険きわまる道です。
それはさておき、米国が世界の「覇権国家」であるのは、機軸通貨ドルを維持するためです。
機軸通貨国=覇権国なのです。かつては、イギリスがその位置にいました。
米国は機軸通貨を持つことによって栄えています。米国の繁栄の源泉はドルなのです。これについては別稿でお話します。
話を戻します。
ではアジア地域の<ハブ&スポーク型安全保障モデル>において、日本はどのような役割を果たしているのでしょうか。
それは、この安全保障インフラの軍事的根拠地となっていることです。
※関連記事 http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2015/08/post-e371.html
(横須賀基地で修理を受けるジョージワシントン。このような8万トンの巨大空母が接岸し、修理できるような軍港は世界で4ツしかなく、そのうち2ツが日本にある)
横須賀に米国は、世界最大の艦隊であり、ほぼ地球半分を守備範囲する第7艦隊の母港を構えています。
そして沖縄には、アジア有事に直ちに対応できる機動力を持った、海兵隊を配置しているのはご承知のとおりです。
日本はこのアジアの安全保障インフラの基層にあたる最重要国家です。
日本は、米軍のプラットフォームを提供することで、フィリピンなどの東南アジア諸国、朝鮮半島、さらにはオージーなどのオセアニアに至るまでの大きな安全保障の大屋根をかけている国で、一方、フィリピンは屋根をかけてもらっている国なのです。
このような国を、「パワープロジェクション・プラットフォーム」(戦力投射根拠地)と呼びます。
世界でも日本しかそれに当たる国はありません。
仮にアジアの安全保障インフラを大きなドームにたとえれば、そのドームの大黒柱が横須賀に立っていて、沖縄はその重要な支柱のひとつです。
アジア各国はその大屋根の下で、脅威から身を守っているのです。
ですから、日米安保をなくせと叫ぶ人たちは、アジアの安全保障なんて他人ごとだからどうでもいいと言っていることに等しいと、私は思っています。
共産党は日本の社会主義革命を目指す極左ですからそれでかまわないでしょうが、安直に反基地を唱える人は、ほんとうにそれでいいのでしょうか。
あ、そうそう、「極左」と呼ぶと共産党は怒るようですが、常々左翼業界の中では、「自分より左はいない」、「自分以外はニセ左翼だ」と公言しているのですからやっぱり極左と呼ぶしかないでしょうね。
それはさておき、米軍は、空軍、海軍、海兵隊(陸軍)の統合作戦を前提にして作られています。
平時には別々に行動していても、いったん有事となると統合して立体的作戦を展開します。
ですから、このひとつだけを撤去してしまうと、有事の際に機能不全になりかねません。
たとえば、グアムにまで海兵隊を全部引き上げた場合、有事にアジアに展開するまでに時間単位ではなく、日単位かかってしまい、本隊が米本土から来援するまでにはさらに1週間程度を要してしまいます。
タームさんは「沖縄にも陸軍がいる」といっていましたが、あれはグリーンベレーの分遣隊にすぎず、大隊規模(500~600人)しかいません。抑止力の勘定には入れないようにしてください。
さて、ここまで書くと、フィリピンと日本のビヘイビア(比重)に大きな格差があるのがお分かりいただけると思います。
日本は米国にとって、安全保障上の心臓部(最重要部)ですが、フィリピンは米軍にとって:せいぜい守らねばならない出先のひとつでしかありません。
タームさんは海兵隊のフィリピン配備にも言及されていましたが、オージーも含めて新たな拠点を作って、その中でローテーションするということだけの話で、あくまでもそれは沖縄がベースにあっての話です。
ところで、フィリピン撤収当時の状況ですが、当時、フィリピンには米陸軍はいませんでしたが、強力な空軍基地と海軍基地がありました。
この二つの基地によって、南シナ海の「航海の自由」が守られてきました。
しかし、ベトナム戦争後の傷が癒えない米国にとって、たかられるばかりで「守られている」という被保護者意識がなく勝手放題な反米的要求をつきつけたために、米国がキレたのです。
立ち退き要求を突きつけられ、しかも火山の噴火によって施設に打撃を食った米国にとって、そこまでしてフィリピンにいなければならない意味がなかったのです。
今になってフィリピンは大反省しています。
「だって、日本があるじゃないか」、それが当時の米国の気分です。
このように、日本は米国にとってバイタルパート(最重要防御部分)です。
米軍が日本を去る時とは、即ち米国が世界の警官の職務を完全に放棄する時なのです。
そんなバイタルパートの重要な一部の海兵隊を、米国が簡単に撤収するわけはないし、また去らしてはならないのではないかと私は思います。
かつてグアム一部撤収案が日米合意されたとき、中国は最重要拠点からの米国の一部撤収がどのていどのものなのか「瀬踏み」しようとしました。
そして2010年に、宮古海峡に大艦隊を送り込み、グアムの手前まで「進撃」してみせるパーフォーマンスをしてみたわけです。
それに対する、米国の答えが、10年の一部撤退の延期です。現在もなお、海兵隊が沖縄にいる意味は強まりこそすれ、弱まる気配はありません。
私も徐々に自衛隊に代替すべきだとはおもいますが、海兵隊の駐屯する意味がアジア全域の有事即応である以上、専守防衛の枠からでられない自衛隊が肩代わりするには限界があるのです。
ああ、辺野古移転までたどり着けなかった(泣く)。
■改題して、加筆しました(午前10時45分)
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