米軍「軍属」という不可解な地位について
コメントで、「四軍調整官もシンザトを軍属といっていた」との指摘を頂戴しました。
四軍調整官は、その前に「シビリアン(民間人)だ」とも言っているようですが、同時に「軍属」だとも言っているわけです。
どちらでも間違いではないのです。シンザトは、「民間人の軍属」だからです。
というか、そもそも軍人ではないから「軍属」と呼ぶのですが。
地元紙はなにがなんでも「軍」と関わりを持たせたいために、「軍属」をまるで「軍族」 (こんな言葉はありませんよ)のような意味で使っています。
軍属とは、ただの基地の仕事をしている民間人にすぎません。その仕事の大部分は軍事関係ではなく、兵隊向けの福利厚生サービスや法務、教育サービスです。
本来は軍関係の専門職だけが該当したのですが、いつの間にか普天間基地のCOCO壱カレーの店員も、米国籍だけあれば「軍属」となってしまいました。
現地雇用の日本人もいますが、彼らは米国籍がないために、「軍属」から除外されています。
マスコミはまったくこの「軍属」という概念を説明せずに「元海兵隊員で軍属」という粗っぽい表現をしていますから、できるだけかみ砕いて解説します。
ちなみに何度も言っているように、「元海兵隊員」などという地位はありません。退役して何年たってもまるで前科者のように言われるとすれば、それは職業差別です。
別の言い方をすれば、シンザトは海兵隊員だった時のほうが、兵舎に住み、軍規に縛られて自由にならなかったでしょうから、「軍属」という民間人になれて犯罪を犯す「自由」も得たわけです。
さて「軍属」とは、このような日米地位協定の中で「シビリアン・コンポーネンツ」(civilian components)と言われる、軍隊内部のシビリアン(民間人)によるコンポーネンツ(構成要素)です。
日米地位協定第1条(b)はこのように定義しています。(欄外に原文)
●軍属の定義
①民間人である
②米軍に雇用されている者
③あるいはそれに随伴accompanying している者
④米国籍を有する者
シンザトは①④の合衆国民間人ですが、②米軍に雇用されてはいない基地出入りの民間会社社員にすぎませんから、ただの③の「随伴するもの」になります。
「随伴」って一体なんでしょうか?
外務省地位協定担当は、こういうあいまいな言葉を使うからいけないのです。
米軍の活動に「随伴」する者。ずいぶんと枠があいまいに広いのです。
これが今回のシンザト事件を分かりにくくさせている、ひとつの原因です。
彼は「元海兵隊員」なのでしょうか?これだと、昨日まで「軍人」していた人です。
それとも軍人のような任務をしている、「軍人もどきの」軍属なのでしょうか?
はたまた単なる、「民間人の基地出入り業者」の従業員にすぎないなのでしょうか?
①元海兵隊員=昨日まで軍人
②狭い意味での「軍属」=軍人もどきの軍属
③広い意味での「軍属」=基地出入りの米国籍業者
ずいぶんと受ける印象か違いますね。当然、メディアはこのなかで一番「軍人」色が強い①でガンガンやっています。
どう違うのでしょうか? もう少し細かく見ていく必要があります。
ここで出てくるのがSOFA(Japan Status of Forces Agreement)ステータスと呼ばれるものです。
SOFAとは日米地位協定の頭文字をとったもので、地位協定で与えられた特権があるステータスの者のことです。
これは日米地位協定第9条2に出てきます。
「2 合衆国軍隊の構成員は、旅券及び査証に関する日本国の法令の適用から除外される。合衆国軍隊の構成員及び軍属並びにそれらの家族は、外国人の登録及び管理に関する日本国の法令の適用から除外される。ただし、日本国の領域における永久的な居所又は住所を要求する権利を取得するものとみなされない。」
【日米地位協定第9条のポイント】
①第9条の具現化がSOFAステータス
②米軍は、入管法の適用除外
③米軍は日本に滞在しているだけで居住していない
④SOFAステータスは、日本国内での住民登録ができない
ね、ちょっとスゴイでしょう。米兵・軍属は堂々と嘉手納基地から入ってきて、入国審査を受けないで日本滞在ができちゃうんですよ。
そして沖縄県にも住民登録をする必要がないので、昨日書いた沖縄県在留米国人にはカウントされませんから、日本側から見れば実態が判らない一種のユーレイみたいな存在です。
ですから、よく地元紙は在沖米軍がウン万で、県民一人当たり○○人とか言いたがりますが、あれはただの「定員数」にすぎません。実際の数はよく分からないと言うべきなのです。
シュワブの海兵隊などは、だいたい1年の大半を国外にローテーション配備といって世界巡業の旅をしていますから、定員の半分もいないはずです。
それはさておき、このSOFAステータスが適用されるのは、米軍人とその家族、そして米軍に直接雇用されているシビリアン・コンポーネンツ(軍属)までです。
ここまでは、合衆国公務員に準じた扱いを受けています。
ならば、シンザトのような基地出入りの業者はどうでしょうか。
シンザトは米国と政府と雇用契約を結んだ公務員ではなく、ただの基地に出入りしているインターネット会社の社員です。いわば下請け社員のような存在です。
じゃあ、まったく「軍属」とはいえないかといえば、条文ではアカンパニング(accompanying・随伴する)範囲を明確に定義していないために、そうだとも言えてしまいます。
ここが今回のシンザトのステータスの難しさである、「軍属と言えるが、言えないともいえる」というグレイゾーンなのです。
だから、四軍調整官は別に使い分けているわけではなく、どちらも併用しているわけです。
まぁ米軍側からすれば、「米軍関係者には間違いないが・・・」ていどのニュアンスじゃないでしょうか。
まったく無関係な民間人ではないが、米軍の仕事をしている関係上、一定の道義的責任、政治的責任は認めざるを得ないといったところです。
今回の事件は、日米地位協定上はシンプルでした。
この凶悪な事件が基地近くで起きて、しかもその容疑者は公務をサボって殺人事件を引き起し、そのまま基地内に逃げ込んだ場合、米軍の対応は非常に難しくなったからです。
仮にこの容疑者が、こう言ったとしたらどうしますか。
「私は罪を犯していない。日本の警察は代用監獄だと聞いている。また判決が確定するまで加害者ではないとする推定無罪の原則も守られていないと聞く。地元マスコミは私をリンチにかけるだろう。ヘルプ!レスキューミー」
おそらく米軍の法務官は、この容疑者を保護するために、沖縄県警への身柄の引き渡しを拒否し、米国側がまず最初に裁く権利を宣言するでしょう。
これが1次裁判権です。
これは日米地位協定17条にあります。
※http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/usa/sfa/kyoutei/pdfs/17.pdf
3 裁判権を行使する権利が競合する場合には、次の規定が適用される。
(a) 合衆国の軍当局は、次の罪については、合衆国軍隊の構成員又は軍属に対して裁判権を行使する第一次の権利を有する。
(i) もつぱら合衆国の財産若しくは安全のみに対する罪又はもつぱら合衆国軍隊の他の構成員若しくは軍属若しくは合衆国軍隊の構成員若しくは軍属の家族の身体若しくは財産のみに対する罪
(ii) 公務執行中の作為又は不作為から生ずる罪5(c)日本国が裁判権を行使すべき合衆国軍隊の構成員又は軍属たる被疑者の拘禁は、その者の身柄が合衆国の手中にあるときは、日本国により公訴が提起されるまでの間、合衆国が引き続き行うものとする。
これが、この事件でよく言われる米軍人、軍属の不逮捕特権です。日本の司法当局は、「公訴を提起するまでの間」、容疑者の身柄を確保できないことになります。
取り調べができない以上、今回のような容疑者しか知りえない秘密の暴露があった場合と違って、否認されてしまったケースだと、日本側は手も足も出ません。
身柄を確保できない以上、ひたすら物証と状況証拠を積み重ねて、容疑者を包囲するしかなくなります。
その間に、外国に急遽「転勤」されたらこれでお終いです。
米軍がこのような行動に出るには、地位協定以外に理由があります。米軍の重要任務には、外国における合衆国居留民の保護があるからです。
公務中の「軍属」を保護しないとなると、「どうして米国人を助けないで、あんな遅れた人権国家のやりたいようにさせているだ」と、本国の世論や議会に叩かれてしまいます。
仮に今回の事件が公務中で、しかも身柄を米軍が押さえていたら、「軍属」規定を楯にして引き渡し交渉は難航したでしょう。
日米地位協定上は確かにシンザトは、「軍属」と拡大解釈できるからです。
しかし、今回は被害者を数時間に渡って物色し、凶器まで準備していた計画的犯行です。
言い訳はききません。しかも身柄は、沖縄県警の粘り強い捜査で押さえられています(拍手)。
ですから、米軍はどうにもしようがなかったのです。案外、「直接雇用の軍属じゃなくてよかった。だったら、こんなもんじゃ済まないぜ」と思っているかもしれません。
このように条文とその運用とは、こんな状況次第で変化するものなのです。
ですから、そもそもこんなあいまいな条文を放置している日本政府にも責任があります。
今回の事件は、枠外であったとはいえ、必然的に日米地位協定の改訂に行き着きます。
~~~~~
■追記 NHKが被害者の遺体発見現場でのマブイグミ(魂込み)まで放映していました。常識を疑います。
なぜ遺族の鎮魂の儀礼までテレビにさらすのでしょうか。彼女の霊はまだ島の上にいます。静かに魂を慰め、弔う時期です。
■日米地位協定第1条b
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/usa/sfa/pdfs/fulltext.pdf
「軍属」とは、合衆国の国籍を有する文民で日本国にある合衆国軍隊に雇用され、これに勤務し、又はこれに随伴するもの(通常日本国に居住する者及び第十四条1に掲げる者を除く。)をいう。この協定の適用上、合衆国及び日本国の二重国籍者で合衆国が日本国に入れたものは、合衆国国民とみなす。
(b) "civilian component" means the civilian persons of United States nationality who are in the employ of, serving with, or accompanying the nationality who are in the employ of, serving with, or accompanying the United States armed forces in Japan, but excludes persons who are ordinarily resident in Japan or who are mentioned in paragraph 1 ofArticle XIV. For the purposes of this Agreement only, dual nationals,Japanese and United States, who are brought to Japan by the United
States shall be considered as United States nationals.
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管理人さん、いつもありがとうございます。
さて地位協定の改定の問題ですが、今回は県警が身柄を抑えましたが、基地外での事件などで身柄を抑えきれない場合に、多く問題を醸し出すと思うのです。
兵隊の場合、悪さをしては基地内に逃げ込むのですね。無銭飲食をしたり、器物を損壊して逃走するのです。兵隊の住居は基地内の宿舎なのですから、県警は立ち入りできません。手続手続きを経れば県警がMPとともに立ち入って加害者を逮捕できる筈です。
これは県警に立ち入り特権を認めるような日米の合意ができれば、問題は解決できないのかと私は考えております。日米間では、凶悪犯については、米軍は容疑者の拘留権を放棄するという合意がなされたとも聞いております。大分、改善されたのではないでしょうか。
漏れ聞くところによりますと、県警側も、軍人の公務外の犯罪事件のすべての容疑者を県警が真っ先に取り調べするべきだとは考えていないようなのです。米軍側が取り調べて後から起訴しても良いぐらいの感じでしょうか。というのは、県警も忙しくて、また言語の問題もあり、すべてを対応するのが現実的に無理だという事情があるようですね。県警と米軍の捜査機関との間で、信頼関係があれば、現行のままでもいいのかとも思うのです。
ただし、原則としては、兵隊の公務外の事件であれば、第一次捜査権(最初に身柄を拘束し取り調べする権限)は日本側にあるべきだという主張は正論だと思うのです。凶悪事件も軽微の犯罪でも県警が拘束し取り調べをするというのが正解でしょうね。
ここに、現実と原則の問題があります。
また、今回の四軍調整官のシンザトは軍属であると認定したことの意味についてですが、これには訳があるのではないかと推察しております。シンザトを単なる出入り業者の被雇用者としてしまえば、賠償責任はすべて加害者のシンザトが負うことになり、一億円は超えるだろう賠償金の支払いは実質上不可能になる可能性が大なのです。それでは、かえって、被害者の救済が遠のくことになります。
今回四軍調整官が頭を深く下げ、謝罪をしたことは、大きな観点からの判断があったのでしょうか。そうであれば、調整官は立派な判断をしたことになると私は思うのです。(これは私の推察です)とすると、軍属の定義もアイマイであったことがよかったということにもなります。
地位協定の改定の問題点はどこにあるのかが、現在、私はハッキリした見解がないのです。
投稿: ueyonabaru | 2016年5月24日 (火) 11時14分
Yナンバーに乗っていたならSOFAステイタスでしょ
投稿: | 2016年5月24日 (火) 14時14分
名無しさん。HNをいれてね。
Yナンバーは原則SOFAだけですが、いろいろ入手方法があります。直接米軍と契約した会社の従業員も含まれる場合もありますし、おくさんがもっている場合にも使えます。
日本の免許は大変なので、在沖米人は簡単にライセンスが取れるyナンバーを取るために、苦労しています。
沖縄にはばかばかしいほどの裏技があって、Yナンバーだけではなんともいえません。
ueyonabaru さん。同感です。突き放せばできるが、そうするとより大きな反発を招くと、米軍が判断したのだと思います。
今の米軍は県内の政治状況にきわめてナーバスです。波風を立てたくないのです。
それはエルドリッジ氏の解雇問題でもわかります。
あとひとこと:。シンザトも「軍属」ですよ。ただし、身分は低いですが。
投稿: 管理人 | 2016年5月24日 (火) 14時32分
今回の県警の捜査は、複数の近隣住民が「数日の間、県警が24時間体制で張っていた」という証言がされるほどにあからさまで余裕のある方法であって、それほど上等のものではなかったと考えます。
少なくとも(地位協定の存在を意識して)「米軍の機先を制した」機敏な捜査だったとは言えません。
米軍は県警のこの動きを当然早くから察知していたはずで、(おそくも公開捜査に切り替わった次点では)そうであればシンザト容疑者が県警に逮捕されるまでの米軍と県警との関係や、それぞれの思惑はどうだったのか知りたいところです。
そもそも「公務外」であるシンザト容疑者の基地外の犯罪について、県警に先立ち米軍が逮捕する権利はないです。
米軍には最初からシンザト容疑者を保護する意向はなかった、と言えると思います。
事件発生直後のケネディ大使は「謝罪」にまで言及しませんでしたが、その後四軍調整官の謝罪にはじまり、国務長官は被疑者の裁判権を日本に委ねることを既に宣言しています。
これだけでも異例です。
また、内容はまだ不明ですが、オバマ大統領が「伝達」というかたちで謝罪の意向を示す報道がされました。
確たる法律的根拠なく道義的責任だけで大統領が謝罪する、などという事態は米国有史以来の事ではないでしょうか。
こうした姿勢は、これまでの米国の対応と明らかに異質なものです。
この変化の理由が、日本を軍事上も重要なパートナーとして対等に近く見始めて来たため、というのなら良いのですが、残念ながらこれはオバマ政権独特の対応でしょう。
おりしもオバマ大統領は「ベトナム」と「日本」という、かつて大きな対戦をした国とのオバマ流和解の旅の途中で、それは対中シフトを意識した戦略的意味もあるでしょうが、私には「広島訪問」と同じく自身のレジェンドづくりの一貫にしか見えません。
その流れの中の「謝罪」であるとも言えると思います。
既に死に体となった政権末期の急激な方向転換は、必ず米国内の反発を招きます。
次期政権では、そのゆり戻しが予想されます。
日本政府はこの場面で「地位協定の改正」を声高に要求すべきではなく、これまでどおり漸進的で着実な改正要求を心がけるべき時と考えます。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2016年5月24日 (火) 14時47分
「ちなみに、日本は取り調べの可視化がないからドータラ、警察は代用監獄だからコータラで、国際的には「遅れた人権国家」という烙印を頂戴しています。」
地位協定の改訂を求めるなら、日本側もこれを改めていかないと米側も乗ってこないでしょうね。
人質司法のまかり通る国の司法に自国民を委ねようとは思わない。
投稿: やす | 2016年5月24日 (火) 20時23分
シンザトはSOFAステータスが適用される「軍属」です。「民間人の軍属」であり、
上記の
>地元紙はなにがなんでも「軍」と関わりを持たせたいために
>ここが今回のシンザトのステータスの難しさである、「軍属と言えるが、言えないともいえる」というグレイゾーンなのです。
>だから、四軍調整官は別に使い分けているわけではなく、どちらも併用しているわけです。
>まぁ米軍側からすれば、「米軍関係者には間違いないが・・・」ていどのニュアンスじゃないでしょうか。
>まったく無関係な民間人ではないが、米軍の仕事をしている関係上、一定の道義的責任、政治的責任は認めざるを得ないといったところです。
は誤りがあります。
ステータスの難しさなどはなく、シンザトはSOFAステータスが適用される「軍属」で、「民間人の軍属」です。
投稿: 安倍 | 2016年5月27日 (金) 14時06分
安倍という人。ふざけたHNは止めて下さい。たとえば私が志位というHNなら議論にもならないでしょう。
次回このHNで入れたら削除対象とします。
SOFAですか。よかったですね。今や出入りの業者従業員までがSOFAなんですね。
論拠がなくて言われても困ります。
よもやYナンバーを持っているからとか(笑)。
SOFAであるかないかは、さほど本質的なことではありません。
「基地出入りの業者に雇用された民間人」ということが大事なのです。
「元海兵隊員」という言い方で、すべてを説明できると思うミスリードを私は批判していることくらいわからないんですか。
投稿: 管理人 | 2016年5月27日 (金) 15時41分