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翁長氏が封印を解いた「沖縄構造的差別論」

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翁長氏のもたらした最大の罪は、彼が本来、基地問題として扱うべき移転問題を、<民族問題>という方向へねじ曲げたことです。 

これは「沖縄差別論」から発生しています。きっかけは、例によってあの人、鳩山由紀夫氏でした。 

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私たち本土の人間から見れば、上の写真のように正気を失ったある種の政治的狂人でしかありませんが、沖縄の人たちからすれば、大きなインパクトがあったようです。 

彼は、天文学的惑星直列とまで言われた、国-県-名護市の合意というガラス細工を、一瞬にしてちゃぶ台返ししたわけですが、別になにか腹案のひとつでもあったわけではありません。 

ガラガラ、グワッシャーン。気持ちがイイでしょうね。いままで自民党政権と県が14年かけて、あーでもない、こーでもないと積み上げた合意を一瞬でフンサイするんですから。 

まさにこれぞ、「ザ・政権交替」のシンボル的政策でした。

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う~ん、なにせあんな人でも一国の首相ですからね。口にする以上なにかしらのプランがあるのだろうと、この私すら思ったほどでした。 

本土の有権者の多くも喝采を叫びましたし、地元沖縄県は熱狂的に経緯を見つめていました。

そもそもこの辺野古移転は、20以上ある候補地の消去法的選択によって生まれました。 

決してベストの選択ではないということは、何度か私も書いてきています。 

たとえば、伊江島には旧軍の立派な滑走路がありますし、鹿児島県・馬毛島にも存在します。 

この二つがダメになったのは、土地の買収に難があったからです。 

はたまた同じ辺野古でも、ハンセン(※)の内部には、これも旧軍のチム滑走路跡が残されていて、充分にスペースの余裕があります。 ※シュワブと誤記しましたので修正しました。

まぁ私は今でも、この3ツの候補地は完全に捨てるべきではないと考えています。 

国と県の、いわゆる「落とし所」、妥協点として再利用できるかもしれませんからね。 

しかし現実問題として、いままで県の建設業者や行政の利害対立をなんとかまとめて、辺野古ならなんとかいくだろうと決めたわけです。

たしかに、滑走路は極端に短いから大型機は離発着できないし、台風の余波を受けやすい海岸ですし、水深ときたら40mもあるから難工事必至・・・と、全部見事に中途半端なことは、いかに妥協の産物だったのかよく分かります。 

そして、ハト氏は1年間かけて迷走したあげく、全部ダメ。 

最後は「抑止力ということが分かった」なんて名言を残して、仲井真氏に頭を下げていました。

ちなみに、ハトは首相になってから抑止力が分かったようですが、次のカン氏に至っては、これも首相になってから「オレが自衛隊最高指揮官だったのね」というあたり、2代続けて見事としか言いようがありません。

Photo_5http://www.asahi.com/topics/word/%E4%BB%B2%E4%BA%9

知事の苦虫を噛み潰したような顔を思い出します。思えば、このバカバト氏さえいなければ、仲井真さんが「失脚」する必要はなかったのですから。

私たちから見ればバカだねぇ、のひとことで済むことですが、沖縄県民の多くにとってそうではなかったのです。 

沖縄県民は本気でその方法があると信じました。その「信じる」熱量の高さに、本土の人間は驚き、そして違和感すら覚えました。 

鳩山氏が生み出したのはただの迷走劇だけではなく、本土と沖縄県の断絶だったのです。 

これを沖縄の若い世代の独立論者として、朝日新聞などの本土メディアによく登場する知念ウシ氏は、こう述べています。

「鳩山氏は多くの人の心の中にあったものを政策にしたが、日本人はそれを支えなかった。だれが沖縄に基地を押しつけているのかが見えたのです」
(朝日新聞2012年5月10日)

ここで知念氏は本土人を、「日本人」と呼んでいます。

これは自分たち沖縄人は「日本人ではない」と考えているからです。

このような言い方は鳩山迷走事件以後、定番のように反基地運動家が言う、本土を批判するこんな言葉となっていきます。 

「本土の首長はただのひとりも沖縄を助けようとしてかっただろう。なんという冷淡さだ。これがナイチャーの素顔なんだ。あいつらは、自分たちの都合で基地を押しつけているくせに、何もしない。我々は差別されているんだ」

これは沖縄地元紙が年中言っているせりふですね。

代表的「構造差別」論者は、先に出たライターの知念ウシ氏と、野村浩也(広島修道大学人文学部教授)、佐藤優氏や高橋哲哉(※東大教授)でした。 ※高島と誤記しておりました。ご指摘どおり高橋哲哉氏です。

特にこの「構造的沖縄差別論」を理論化したのは、野村浩也氏でした。

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琉球新報7月23日 伊波洋一氏のツイッターより引用https://mobile.twitter.com/ihayoichi/status/491978015534899201

上の琉新では佐賀空港移転論者として登場しますが、この挫折によって、野村氏は沖縄構造的差別論を確信したようです。

『無意識の植民地主義-日本人の米軍基地と沖縄人』(2005年5月)で、野村氏はこう述べています。

「植民地支配によってアイデンティティを奪われた人々(沖縄人)は、自らのアイデンティティを奪い返し、確立していく過程がある。」
「『日本人』の国民的責任を問題にする際、しばしば提起される疑念や反論は『日本人』は均一で等質な実態をもつ集合的主体ではない、『日本人』の中にはアイヌなどの北方民族、沖縄の人々、帰化して国籍を獲得した朝鮮人なども含まれているというものである。(略)
日本人としての責任とは第一義的には、国民(主権者)であることによって生じる政治責任であるから、その国民の民族的出自、その個人が国民となった経緯といった事情は第二義的な考慮の対象にとどまる。
(略)
『日本国民』と多数派エスニシティとしての『日本人』とが、前述のように癒着している現実があるからである。」(同書)

えー、何を言っているか、わかりますか。たぶん百人が読んで99人はわからないんじゃないかな(苦笑)。まさに左翼隠語了解圏の中で書かれた判じ物的文献です。

ですから、この本の引用元を見たほうが早いでしょう。

野村氏が上げるのは、あの慰安婦問題を裁くと称して天皇に死刑を言い渡した女性国際戦犯裁判の記録である「性奴隷を裁く2000年女性国際戦犯法廷の記録」です。

左翼系学者の文章に馴れない方にはなんのことやら暗号のような文章ですから、市民語に超訳します。

「沖縄県民は上っ面であって、日本が帝国主義的植民地主義の下に押しつけたもので、ほんとうは琉球民族が正しいアイデンティティーなのだ。
沖縄民族は自らの国を奪われ、言語を奪われ、そして戦争では生命まで奪われた。
そして日本人のために必要な基地を、全国一押しつけられている。
これは構造的差別だ。沖縄人は被差別者なのだ。」

As知念ウシ氏もこう述べています。  

「本土人は、鳩山氏の理想主義的政策を助けなかったではないか。沖縄の基地を引き受けなかったではないか、ならばお前ら本土人は、沖縄人を差別しているんだ」 

ハト氏が「理想主義者」ですって!ぶ、はは、理想主義者とは理想を実現する方法論を持つ人のことを言うのですよ。彼は単なる薄らバカです。

しかし彼女にかかるとそう見えてしまうようです。

この人たちの特徴は、「沖縄民族」が何か差別事件があって差別されているのではなく、恒常的に差別されている「構造」があるのだという点です。 

つまり、沖縄県民に対してなんの差別事件がなくても、いかに本土政府が沖縄県を支援しようとも、県ブランドトップ3であろうと、スターの宝庫だろうと、基地がある限りダメ。

基地こそが、「構造的差別」の証拠なんだというわけです。 

このような、「差別事件などなくても差別だ。差別は永久にあるんだ」的考え方には、部落解放同盟(解同)の強い影響があります。 

日本共産党は解同を脱退して別組織を作りましたが、そこも解散しました。

理由は「部落はもはや存在しない」ということです。まさにそのとおりで、実態としての部落は、近代化の波の中で地域差別としてはとうに消滅しています。
国民融合論 - Wikipedia

ちょっと脱線しますが、部落差別に対する共産党の公式見解です。

「六〇年代半ばころから「部落民以外は差別者」とする部落排外主義に陥って、行政と癒着し同和事業を私物化して利権をあさってきた「解同」(部落解放同盟)は、「同和事業がなくなれば食い上げだ」として「部落差別撤廃条例」や「人権条例」などの「解同条例」を自治体につくらせ、特別法なきあとも乱脈な同和行政に利権を確保しようと巻き返しにでています。」(日本共産党・知りたい聞きたい/部落問題の現状は?)

この共産党の見解の「部落」の部分を「沖縄」に置き換えると、そのまま沖縄共産党批判になるのが笑えます。

それはさておき、部落差別がなくなると解同が不要になって、利権のおこぼれに預かれなくなる危機感をもった彼らが考え出したのが、この「構造的差別論」でした。

これを密輸入したのが、沖縄左翼と地元紙です。

解同は、機関誌『部落解放』(2002年9月号)で、こう主張しています。

「沖縄人が自らを被差別民として捉え、抑圧者・日本人と戦うのならば、部落解放運動の同志として認め、支援していく。沖縄と部落問題は被抑圧者として同根なのだ。」

『部落解放』(2002年6月号)には、野村氏がこういった文章を掲載しています。

「日本人は、右から左まですべて、在日米軍基地の負担を沖縄に押しつけることによる利益を共有しているのだ。
このた駅を守るためのもっとも悪質な植民地主義言辞こそ、沖縄から日本への米軍基地の移転に反対するものではないか。
在日米軍基地の平等な負担というのも最低限の人権要求にすぎない。
日本人がこの最低限の人権要求すら達成できないとすれば、日本人の植民地主義もおわるはずがない。」

毒気を吹きつけられたようで、頭がクラクラしますね。野村さん、あんたも本土人でしょうが、自分だけは特権的に違うのね。

とまれ、いままで島内でも極少派にすぎなかった「沖縄構造的差別論」を、全面的に県政の柱として採用したのが、青年時代日の丸を振っていた翁長氏だったというのも皮肉なことです。 

かくして、基地問題は安全保障上のテーマから大きくズレて、<日本人vs沖縄民族>の対決という新たな次元に突入していったわけです。 

長くなりましたので、次回に続けます。 

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コメント

おはようございます。
折々拝見させていただいてます。
卓見をありがとうございます。
筑波山を挟んで霞ヶ浦の反対側で育ち、紆余曲折の後にやんばるに転居してきた老齢年金受給爺さんです^^;
解同の段。左から右までの一文は初見。これこそ解同の卓見ですね。社民党の県議が8名? 県議選の報道で知りました。混沌を創出し過去にしか生きられない一部の民(権力者)に振り回される過半の民の構図でしょうか? 沖縄に通いつめ15年。居住1年。旅では何も理解出来てなかった己を恥じています(^^)

投稿: kyanmou | 2016年5月31日 (火) 07時09分

朝からぶっ飛んだ被差別論理を読んで、胃がひっくり返りそうになりました。
野村氏は行動する左翼でやってるのは分かりますが、知念ウシ氏も本気で自分と沖縄が血故に被差別者だと信じて声を出しているのでしょうか。これは流血を呼ぶアジテーションで非常に危険です。
部落解放同盟、私が若い頃は決して口に出してはいけない言葉でした。差別をなくす為に話し合う際にも、内部者が「解同」「部落」と言うのは良くても外の者がその3文字を発したり書くのはNGというような言葉狩りで外部の味方をとことんズタズタに引き裂きながら様々な予算を獲得しました。
では内部では何があったのか。彼等は外への平等を実現する為に動きながら中のピラミッドは強烈に維持しました。血縁地縁と雇用や利権分配が癒着しきっているので、組織の下の者はヤクザでもあそこまではと思う位隷属します。
解同の外の方がよっぽど平等になり、外に生活基盤を得た被差別部落出身者はどんどん彼等と絶縁し、部落差別はなくなりました。

沖縄にはそんな恐ろしいピラミッドはできないよ、と思うかもしれませんが、解同メソッドはそれを可能にします。現代において採用してはいけないものです。

投稿: ふゆみ | 2016年5月31日 (火) 09時36分

地球儀の上の沖縄にコンパスを立てて、北海道が含まれる程度に円を描きます。そうすると南は台北、香港、フィリピン、ニューギニアからオーストラリア北部、西はシンガポールを含む東南アジア全域、北は日本全土、上海、北京、ソウルが見事に円の中に入ります。そうです沖縄はアジアの中心にあるのです。

私が沖縄県の知事なら、那覇空港の滑走路を3本以上としてアジアのハブ空港化を図るでしょう。世界一見すぼらしい国際線ターミナルをせめて香港並みに近代化して仁川、シンガポール、香港に負けないハブ空港を作ることは夢ではありません。

普天間基地の返還を急ぎ、その跡地を利用して世界中の人が集まることができる観光施設(ホテル、カジノ、アウトレットモール、アミューズメント施設など)を整備し、金融特区を作って世界中の金融機関を誘致することがハブ空港の機能を更に高めることになるでしょう。

このように未来を見つめて、前向きに対応すること、それが沖縄の県民の所得を向上させ、就業機会を増やし、彼らを幸せにする近道だからです。

沖縄の魅力は世界最強の米軍がいることであり、政治的に不安定な香港や台北等から多くの金融機関や大企業の本社や支社が移転してくることでしょう。

ところが現知事は、大切なお金を龍柱などの利用価値の無いものに投資し、沖縄の未来を示すことができていません。国に対して反発ばかりすれば、国も沖縄をサポートしたいと思う気が失せてしまうと言うものです。

成田闘争は今や下火となり、昔懐かしい馬鹿騒ぎでしたが、闘争を主導したのは成田とは全く無関係のプロ団体でした。彼らは一握りの農民を先導して成田空港の運用を徹底的に邪魔しましたが、結果として当の農民はいつまでも補償金をもらえず、国も過激派対応のために無駄な出費を強いられました。成田闘争は国益を大きく損ねただけでなく、多くの空港利用者の嫌悪感すら引き出しました。その結果、羽田から名古屋や関西を経由して海外に出かける人が多数出たのです。

成田の農民のためと言いながら、彼らの行動は国だけでなく、成田住民の利益を大きく損ねました。過激派の行動は決して住民を幸せにすることはありません。彼らの目的は国益を損ねることにあるからです。

そして今、沖縄のためと言いながら、基地反対闘争の先頭に立っているのは沖縄とは全く無関係な過激派プロ団体です。これに呼応して基地反対闘争に参加している知事や沖縄の一部の人々は一体何を考えているのでしょう。

本気で沖縄の未来や県民の利益を考えているとは思えません。

繰り返しになりますが、沖縄は大きな可能性を持っているのです。そのための第一歩は普天間基地の返還であり、それに伴う再開発です。

ところが今の沖縄県に積極的に投資したいと考える資本家がいるでしょうか。USJの話も立ち消えになってしまいました。今の沖縄は完全にかつての成田化しているのです。プロの過激派団体がウロウロしているところで安心して企業活動ができる訳はありません。

沖縄県知事のやるべきことは、沖縄とは無関係な過激派集団を沖縄から追い出し、国と協力しながら、沖縄の再開発のビジョンを県民に示すことです。これが県民を幸せにする最短距離です。知事に言いたいことは、知事としての職責を果たし、県民に夢と希望を持たせながら未来志向の活動をして欲しいと言うことです。

投稿: 愛国命 | 2016年5月31日 (火) 10時09分

 「ありんくりん」さんの今朝の記事、全く同感です。

> はたまた同じ辺野古でも、シュワブの内部には、これも旧軍の滑走路跡が残されていて、充分にスペースの余裕があります。

 旧軍の飛行場はシュワブにありましたか? ハンセンではなかったでしょうか。ハンセンの隊舎が並ぶ平坦地にはむかし飛行場跡のような感じがあります。シュワブですと、演習場の着弾地あたりを整備すれば、十分な広さがありますね。 いずれにしろ、最初の発想の段階での選択というのが大事でした。わざわざ難しい選択をしてしまいました。いまさら言っても始まりません。

> 知事の苦虫を噛み潰したような顔を思い出します。思えば、このバカバト氏さえいなければ、仲井真さんが「失脚」する必要はなかったのですから。

 仲井眞は心中、このバカが と思っていたでしょう。

> 沖縄県民は本気でその方法があると信じました。その「信じる」熱量の高さに、本土の人間は驚き、そして違和感すら覚えました。

 沖縄の人は、首相の立場にある方の発言ですから、ホント信じ、期待したのです。

> これを沖縄の若い世代の独立論者として、朝日新聞などの本土メディアによく登場する知念ウシ氏は、

 知念ウシという名前を最初聞いたときに、非常に興味を持ちました。ウシという名前は戦前の沖縄女性につけられたポピュラ-な名前の一つです。当初、知念ウシさんは沖縄のことを良く知っており、沖縄のなにか新しい価値観を発掘してくれるのかと期待もしましたが、これは期待外れでしたね。戦後教育で育ったエリ-ト女性で単なる反骨の女性でしかありません。

> ここで知念氏は本土人を、「日本人」と呼んでいます。
これは自分たち沖縄人は「日本人ではない」と考えているからです。

 本土人を日本人と呼ぶのは特異なことではありません。彼女の場合は、別の意思があるのかもしれませんが、私が小さい頃には、本土の人をヤマトゥンチュ、ヤマトゥ-と呼び、ナイチャ-と呼び、時に日本人として呼んでいたのは事実です(宮古や八重山はどうだったでしょうかね)。もっとも、その頃は宮古の人をナ-ク-と呼び、八重山の人をエ-マ-と呼んでいたのです。私が住んでいたのは那覇ですが、那覇人(なーふぁんちゅ)を中心に、たしま(他の地域)の人を見下げた言葉遣いで言っておりましたね。帰化人の住む那覇市の久米村出身の人をクニンダ-といって軽蔑語で呼ぶこともあります。これって、方言の世界での言葉遣いなのです。上品な言葉遣いではありませんが、これが実態です。語尾を伸ばさなければ、差別語にはならないと思います。語尾をチュ(人)と言えばいいのです。クニンダンチュ(久米の人)、エーマンチュ(八重山の人)という具合です。沖縄は小さな島でありながら、差別、区別が多いのです。今は、大分解消されました。

> 「植民地支配によってアイデンティティを奪われた人々(沖縄人)は、自らのアイデンティティを奪い返し、確立していく過程がある。」

 沖縄人には、たしまの人々を区別し、差別する傾向性があるのかもしれないと思います。現在は、沖縄アイデンティ-を人為的に作ろうとしているかのようです。いったい、沖縄のアイデンティティ-って何ですかと問われたら、なんと答えましょうか。私には分かりません。

 日本人のアイデンティティ-ってなんでしょうか? こちらは、まだ議論の価値はあるのではないでしょうか。日本人の歴史を尊重するかどうかで単純に決められるるのではないか。歴史の見方だと思いますね。

> とまれ、いままで島内でも極少派にすぎなかった「沖縄構造的差別論」を、全面的に県政の柱として採用したのが、青年時代日の丸を振っていた翁長氏だったというのも皮肉なことです。

 日の丸を振っていた青年翁長さんが、今は反天皇、沖縄独立を志向する(実際は中国志向へいく)という姿、いったい何なのでしょうね。大きな疑問点です。

投稿: ueyonabaru | 2016年5月31日 (火) 12時32分

ueyonabaru さん。ありがとうございました。チム飛行場跡はハンセンです。修正しました。

島内の隠微な差別についてのご教示、大変に参考になりました。

投稿: 管理人 | 2016年5月31日 (火) 13時54分

> 島内の隠微な差別についてのご教示、大変に参考になりました。

 隠微と表現されましたね。そうかもしれません。そうすると、ヤマトゥ-という言葉は隠微な差別、区別ということになりますが、知念ウシさんには、強い差別感、区別感があるのかもしれません。日本嫌いかもしれません。

 どうして日本嫌いになるのでしょうか? これを考えるのです。一つは日本人が自信を失っていること、国家に理想がないこと、戦後の自虐史観が日本を覆っている現状があるからなんだと思います。その他ありましょうが、沖縄人は日本人という言葉、大和民族という言葉、武士道という言葉に反応するのです。良い意味での反応です。左翼の言論が席巻している社会ですから、これも素直に表に出てまいりません。知念さんはひねくれものでしょうね。日本人で日本嫌いは、沖縄だけのことでもなくて、日本中にたくさんいるんです。

 日本という国が本来の実力を発揮するときには、皆が日本人であることを喜ぶでしょう。わたしは、日本が世界一になることを目指すべきだと思いますね。そうすると、愛国心も十分にあふれかえるでしょう。

 翁長氏は、まだ市長時代に、本土の新聞記者たちを前に、「沖縄人は日本がオリンピックで勝ったときには皆さん(記者たち)よりももっと感動するのだ」と言ったことがあります。この方の心中は推し量りがたいものがあります。しかし、今は違うでしょう。中国を親国だと思っているようです。

投稿: ueyonabaru | 2016年5月31日 (火) 14時53分

ueyonabaruさん、
>沖縄人は日本人という言葉、大和民族という言葉、武士道という言葉に反応するのです。良い意味での反応です。
そうなんですか!ほかの在沖の方々のご意見もぜひおききしたいです。

日本は良いところです。日本人は優秀で可能性は無限です。歴史は古く水脈と四季に恵まれ、土地それぞれに根付いた文化が2連3連の宝石のネックレスのように輝きながら南北に連なる、そんな国です。
自然も素敵ですが人あっての国です。私の目には人も輝いて見えます。
火山活動や地震・水害の折には力をあわせ、被害を最小限にすべく工夫を重ねてゆく暮らしとそのためのルールを守ろうと思える人々が、こんなにぎゅうぎゅうに大量に安心して住める。そんな所はここしかないですよ。
腹の奥にみなさん自信満々な気をみなぎらせてくださいな。
ちょっと過密すぎるとは思いますが。

投稿: ふゆみ | 2016年5月31日 (火) 15時27分

日本人は雑種ですよ。幕末に来たガイジン達は、薩摩人
と長州人の身体的違いを描き残しています。薩摩人は、
色黒でズングリムックリとして目がクリリン。長州人は、
色白でスラリとして目が細く切れ長。西郷隆盛さんと、
吉田松陰さんみたいなモンです。ただし、私が見た当時
のイラストは、両藩の女性の違いを描いたものでしたけど。
(ナニに使ったんだ?)
南洋系と大陸(半島含)系です。

北海道にはアイヌ人の末裔が健在ですし、東北人は
色白でややズングリとして目はパッチリ、平井堅の
ごとく彫りが深くてエラが張っている。秋田は明らか
に日本海の向こうの白人系の血が混じってる。

四国は裏が南洋系で表が大陸系。紀伊半島の外側は南洋
系で、奈良吉野は土蜘蛛系・・もう、キリにします。
ここに琉球人が入るだけです。

本土でも一族・家族墓は、仏教伝来以前には普通に見ら
れました。私の郷土にも「古墳群」として残っていて、
山中に現存するソレに勝手に入れます。中身はありませ
んが、石を積み上げて直径4m程の雪国のカマクラみたい
な形状の空間になっています。百基以上はあります。

本土で沖縄は差別視されていません。人の出入りも自由
です。先住民族虐待だなんて言われると、本土人が逆差別
されたみたいです。前述の雑種意識があるし無数の方言
もあり、だいたい本土では本土人なんて言わないし、対して
沖縄人なんて言いません。他の都道府県と同じように
県民人の意味で使うだけです。大阪人はアニメなどで、
三枚目キャラとして差別され続ける事実はありますけど。


ありもしない「民族」だなんて言い出すと、本当に中東
やチベット地域みたいになります。明らかに中共の工作
ですわ。内輪モメはやめようよ~、北京の思う壺やで~
政治(基地も)のことは、現実的政治で解決しよう。

投稿: アホンダラ1号 | 2016年5月31日 (火) 23時37分

翁長知事はオール沖縄初期において、日本政府と戦う決意も半チクだったし、理論的には全くの不如意でした。
長期戦で政府と戦い抜くにはどうしても「理論という物語」が必要で、そこで安易に飛びついたのが「構造的差別」路線です。
以来、訴訟においても政府要人との会談においてもこの路線に基づいた主張を繰り広げています。
例えば普天間移設問題の起源を執拗に「銃剣とブルトーザー」に求めるのもそのためです。

オール沖縄左派の一部にからは剣呑な目で見られる翁長氏ですが、ここまで深く理論的コミットをした以上、これからも言う事やる事はこの路線で行かざるを得ません。
左派に心配はありません。
むしろ、すっかり左派に取り込まれてしまい「左派傀儡政権になった」と言っても過言ではありません。

翁長支持者には、ここで良く考えてもらいたい。
仮に辺野古移設を当座の間、阻止出来たとしましょう。あるいは辺野古断念でもいい。
すると当然普天間の移転は出来なくなるが、同時に翁長の政治目標は道半ばとはいえ、大部分は達成した事になるのです。
辺野古断念後、普天間移設の努力は当然継続されなければならないが、それは明らかに翁長後の事ですよ。
翁長一人の沖縄県ではないのだから、このような大きな問題に関して翁長知事は、自分の退任後の行く末まで考えなくてはなりません。
それが全く見えて来ないのが翁長政冶の欠陥です。

投稿: 山路 敬介(宮古) | 2016年6月 1日 (水) 00時39分

はじめまして管理人様。
毎日本当に楽しみに拝読しております。

> 代表的「構造差別」論者は、先に出たライターの知念ウシ氏と、野村浩也(広島修道大学人文学部教授)、佐藤優氏や高島哲哉(東大教授)でした。


記事本文中に記述のある東大教授のお名前は「高橋哲哉」の誤りでしょうか。
私のカン違いなら申し訳ありません。

投稿: ヨーコ | 2016年6月 2日 (木) 00時57分

ヨーコさん。ご指摘通り高橋の誤記でした。訂正いたしました。ありがとうございました。

投稿: 管理人 | 2016年6月 2日 (木) 02時24分

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