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HN「沖縄のおばぁ」様からの便り 追記 全国手をつなぐ育成会声明

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本日は、私の理屈っぽい記事などより、はるかに魂にふれるお便りをHN「沖縄のおばぁ」様から頂戴しておりますので、そちらを掲載させていただきます。

私は読みながら涙が止まりませんでした。

植松はこのお孫さんのような懸命に生きている人たちを、「要らない者」として大量殺害したのです。

この植松こそ読むべきでした。

かつて、自分が新入職員としてこの施設の門をくぐった時、何をしたかったのか、何ができると思っていたのか、誰のためにここにいるのかに思いを致すべきです。

ただしこの男に、人間の心がすこしでも残っていれば、ですが。

あの送検される時のうすら笑いからは、何も期待できませんが。

改めまして、この素晴らしいお便りをいただきました「沖縄のおばぁ」様に心から感謝します。

体調はいかがでしょうか。ご自愛ください。

そしてお孫さんにお伝えください。

ありがとう。勇気をもらったのは、私たち健常者のほうだ、と。

いつか出会って君と握手したい、と。

                 ~~~~~~~

ほんとうにひどい事件です。

昨夜このニュースを見た時、孫を思いました。

孫は身体障害者です。まだ小学生の時脳腫瘍になり後遺症として右半身不随になりました。

一年半という入院生活を送り、今大学在学しております。左小脳を八割取り除きました。当然身体の右側は全て機能を失いました。

医師にベッドに座る事も出来ない事になるだろう、と言われたそうです。

その彼は今杖を頼りに大学生活を一人で満喫しております。

マイナスの反対側には必ずプラスがある、と言った彼は自分の障害を武器にしたいとUDを学んでいます。

彼から学ぶ事は多い。

「全ての人は産まれて死ぬ迄に必ず障害者となる。赤ん坊は身体知的の障害者と同じ身体能力と知的能力。年を重ねていくにつれ健常者に近くなり、老人に近くなると身体は衰え頭も衰えてくる。」と。

今は前を向いて生活するこの孫も入院中に「僕は何で産まれてきたのだろうか?こんなになって生きていく意味があるのだろうか?」と母親に言ったそうです。

小学生です。

「今からの生活全てを人に委ね、生きていくのは辛い」と泣いたそうです。

その彼がリハビリで描いた絵を見た患者の方達が「こんなに小さな子供が一生懸命描いた絵に勇気をもらった。」と言って下さったのだそうです。

その言葉に孫は「こんな自分でも人のために出来る事がある。」と、復帰の為のリハビリも何回もの手術にも耐えました。

知的障害を持つ人達の立場と少し違うかもしれません。

しかし、今回の事件の容疑者の言っている「重度障害者は要らない」という言葉は、全ての障害を持つ人達にどんなに深い傷を負わせたのか、それを考えるといてもたってもいられないほどの気持ちです。

彼らはどんな状態でも一生懸命生きているのです。 生きる努力をしているのです。

それは、健常者には考えも及ばない程の努力と忍耐を擁するのです。

九州で障害者教育にずっと携わってこられている方が「子供の時は、何とか生活する事ができる。必要なのは、大人になって死ぬ迄人として生きていく為の支援なのだ。」と言ってらっしゃいました。

「 日本には日本人にはその考えが欠落している。」とも。

この日本には、障害年金がどれ程か、ご存知の方がいらっしゃるでしょうか?

重度障害一級でも10万ありません。二級では6万ちょっとです。とても生活できる金額ではありません。

三級からは年金はありませんし、医療補助もありません。

1、2級の方達も医療費は払わなければいけません。

医療の領収書を保管して福祉課に提出して後日払い戻しの審査をして払い戻しされます。

彼らは少ない年金で国保を払わねば病院に行けません。

知的障害身体障害を持つ人達が領収書を保管して福祉課迄決められた期間に提出等、果たしてどれだけの人達が出来るというのでしょうか。

身の回りの世話をしてくれる親なり親族がいなかったら、支援施設に入所となると思うのです。

しかし、 施設の少なさ職員の少なさが、いつも悲劇の原因となっているような気がします。

私達健常者もあまりにも障害者の事を知らなすぎだとも思います。

やっとパラリンピックが話題に少しずつですが、なってきましたね。

相変わらずだらだらとごめんなさい。

最後になりましたが、犠牲者の方々のご冥福を心からお祈り申し上げます、と共にお怪我を負われた方々の1日も早いご快復をお祈り申し上げます。

心の傷のケアがしっかりとなされますように。

                     ~~~~~~~

追記 全国手をつなぐ育成会連合会の会長・久保厚子氏が声明文を出されていますので、転載いたします。

■津久井やまゆり園の事件について

(障害のあるみなさんへ)

7月26日に、神奈川県にある「津久井やまゆり園」という施設で、

障害のある人たち19人が 殺される事件が 起きました。

容疑者として逮捕されたのは、施設で働いていた男性でした。

亡くなった方々の ご冥福をお祈りするとともに、そのご家族には お悔やみ申し上げます。

また、けがをされた方々が 一日でも早く 回復されることを 願っています。 

容疑者は、自分で助けを呼べない人たちを 次々におそい、傷つけ、命をうばいました。

とても残酷で、決して 許せません。

亡くなった人たちのことを思うと、とても悲しく、悔しい思いです。 

容疑者は「障害者はいなくなればいい」と 話していたそうです。

みなさんの中には、そのことで 不安に感じる人も たくさんいると思います。

そんなときは、身近な人に 不安な気持ちを 話しましょう。

みなさんの家族や友達、仕事の仲間、支援者は、きっと 話を聞いてくれます。

そして、いつもと同じように 毎日を過ごしましょう。

不安だからといって、生活のしかたを 変える必要は ありません。 

障害のある人もない人も、私たちは 一人ひとりが 大切な存在です。

障害があるからといって 誰かに傷つけられたりすることは、あってはなりません。

もし誰かが「障害者はいなくなればいい」なんて言っても、

私たち家族は 全力でみなさんのことを 守ります。

ですから、安心して、堂々と 生きてください。 

平成28年7月27日 

全国手をつなぐ育成会連合会

会長   久保  厚子

 

■写真 心霊写真みたいですが、早朝の湖面を飛ぶ水鳥です。

 

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コメント

凄絶な体験をしながら、不屈の精神と努力でそれを跳ね返してきたのでしょうね。本当に懐の深い方だと感じます。沖縄のおばぁ様のような方こそ沖縄の誇りだと思います。何かを恨むだけでは何もすすまないことを体現してくださる方ですね。

投稿: クラッシャー | 2016年7月28日 (木) 08時42分

>全ての人は産まれて死ぬ迄に必ず障害者となる
以前にも書きましたが「誰でも順番、みんなこうなる」。
しかし、若いうちから老人と同じ答えにたどり着くということは、それだけの苦労があったのでしょう。
うちの母との年の差を考えれば、40年以上です。40年分の苦労など、健常者に理解することは難しいですね……。
私も体が丈夫とは言いがたいのですが、それでも母は私を確りと育ててくれました。
改めて、親に感謝したいと思います。こんな凶悪事件で親の大切さを知るというのも、悲しいものではありますが。


>送検される時のうすら笑い
事件後に警察の車両に乗っているときの、歯をむき出しにして笑う表情。あれは……なんと言うか、とにかく駄目です。してやったりというあの表情は、狂人にしか見えません……。
アレだけでもう、こいつの言う言葉は自分を正当化するための偽善でしかないと理解させられます。

投稿: 青竹ふみ | 2016年7月28日 (木) 10時25分

管理人様。ありがとうございます。
私は皆様のように高い水準での意見は到底無理ですが、昨日は孫を思い私事なのに申し訳ないとは思いつつも、書き込ませて頂きました。

有難いお言葉に感謝いたします。
クラッシャー様。ありがとうございます。私はその辺りに普通に沖縄に暮らしているおばぁです。

昨日から手をつなぐ会の声明文がマスコミで頻繁に流れております。
あの文章は障害者の方々やそのご家族の方々を安心させるであろうと。
涙無しでは読めませんでした。

昨日孫と電話で話しました。
彼は模倣犯の心配をしておりました。
ヒトラーの弱者狩りを思ったそうです。
しかし、その一方で、「この事件が世の一般の人達に、障害を持つ人達がいる、その障害を持つ人達は生きていかなければならない。生きる権利を持っている、ということを少しでも考えることを与えたのでは、と思った。」と言っておりました。

「彼もどこかで異常な精神を持つことになってしまった精神異常という障害者になってしまったのだろうけど、それで許される事には絶対してはいけないし、その過程と理由は解明してほしい。」とも。

25年程前になるでしょうか。私の住む地域の小学校で、知的障害を持つ青年の事件がありました。
小学校のすぐ裏にすんでいるその青年が小学校の校庭で遊んでいる一年生の女子児童を抱いて校門から出て行こうとしたのを、泣き叫ぶ児童の声で気がついた職員が捕まえて、警察に通報。青年は誘拐犯として逮捕されましたが、知的障害者であるということで家族の保護監視の責任とするというような事になったようです。
問題はその後、
緊急父母会の時に言った校長の言葉です。
「あの男は人間ではありません。知能のない犬猫以下の動物なのです。またここの学校の子供に被害がおきないように、早急にこの地域から出て行ってもらいました。あのような動物を放し飼いをしている家族にも厳重に申しました。」
教育者です。しかも校長です。

この父母会のビデオを見せてもらった時に、震えが止まりませんでした。
この父母会に参加していた人達から何の異論もなかったのだそうです。
ビデオを見せてくれた役員の方々の依頼で教育委員会へ参りましたが、「校長は子供達を愛するあまりに感情的になっただけであって、他意は無いと思います。」
那覇市教育委員会の方々の言葉です。
あの事件の時に小学校に通っていた子供達、親達は偉い校長の教育の専門家の言葉として受け取っていたと思います。

今このような事件がおき、あらためて思いだし、歯痒さとはらただしさで、血圧上がりそうです。

あの時あの青年はただただ遊びたかっただけなのでは、と今も思います。

ふゆみ様、
姪ごさんの事さぞやご心配でしょう。
私達身内が出来る事には限度があると思います。
嫁は「頑張って。と言う人達の言葉は気が重くなる。」と言います。「一緒に泣いた人達から一番やる気をもらった。」とも。
辛さや悲しみを聞いてくれる、それだけで明日からまた、前に進めるのだそうです。

手をつなぐ会の声明文、学校や役所等に大きく張り出してもらえたらなぁ、
今だけでなく、ずっと私達の意識の確認の為にも。

投稿: 沖縄のおばぁ | 2016年7月28日 (木) 14時13分

本文とは直接関係はないのですが、沖縄のおばぁさんの書き込み出てきた教育者みたいな人に一言。動物に知能が無いなどとは、それこそ人間の驕りそのものですね。それが分からない人間が教育者でございと存在していることこそがそら恐ろしい気がします。
お亡くなりになった方々の御冥福と、怪我を負われた方々の一日も早い回復をお祈りします。また被害者のご家族に心の平安が一日も早く訪れることをご祈念します。

投稿: 一宮崎人 | 2016年7月28日 (木) 15時49分

とにかく悲惨な事件です。亡くなられた方のご冥福をお祈りします。
沖縄のおばぁ 様のお話と、関係あるのかないのか私などには分かりませんが、沖縄の教科書採択で、それこそ沖縄県の左翼団体の凄まじい圧力にも屈せず、信念を貫いた男達が居ました。その男たちの言葉を思い出しました。
「子供たちに公共心を教えるのは大事だ。最近は自己中心的な子供が大人になって問題を起こしている。」「先生方の言いなりではなく、本当に子供たちのためになる教科書を採択したい。」
最近は権利ばかり主張し、義務を放棄した人が増えましたね。なんかのニュースで読んだのですが、雨で運動会が中止になったところ、せっかく弁当を作ったのに無駄になった弁償しろと、学校から金を取った父兄がいたそうです。
今回の事件、単なる異常者の犯行なのか、戦後の日教組の教育にも原因の一端があるのか、おかしな日本人が増えていることも事実です。

投稿: karakuchi | 2016年7月28日 (木) 20時04分

人間はほとんどが自分は健常者だと思っているようですが、はたして本当にそうなのでしょうか。一度、胸に手を当てて考えてみて下さい。

他を認めず、自分だけが正義だと信じている人の何と多い事か。本当にため息が出ますね。

自らの姿勢を改めることは並大抵の努力でできる事ではありません。人生は修行の連続だとつくずく思います。自戒を込めて。

投稿: 愛国命 | 2016年7月28日 (木) 20時34分

他者を守れる心体を持つ者が為すべき事、結論も終点も完成もなく、それぞれの一生の長さだけ模索し自戒し続けるのだと思います。
沖縄のおばぁ、さん。いつもコメント欄で温かいお心遣いをいただき感謝しています。
代わってあげたくても無理な事が、歯痒くも仕方なく、頑張らない話も本当にそうですね。

知的障がいは、言葉での意思確認が取りづらい時もあり本人が健気に努力をし過ぎたり、その辛さを他人がなかなか見つけてあげられなかったり、
それは健常な親子でも起きる齟齬ではあっても、
姪っ子の場合は発見が遅れると命に関わる事が多くて義妹は本当に大変です。そして姪っ子自身、彼女なりに懸命に生きています。
その尊さは、パラリンピックで成績を残したり、ハンディを乗り越えて社会に足跡を残す者と何の軽重の差もないのだと、思います。

投稿: ふゆみ | 2016年7月28日 (木) 22時11分

 加害者は、重度の障碍者が生きていても意味がないのだと考えたのでしょう。この考え方は誰にでも少しぐらいはあるのかもしれません。しかし、実際に殺害行為に及んだという点で、この人は精神に異常をきたしていたと言えるのだと思います。ヒトラ-が降りてきたとか言っていたようです。これは統合失調症の症例に似ておりますね。

 もう一つ、世の中が唯物主義的な考えに覆われた今の状況も影響していると思います。合理的な考えなんでしょう。

 加害者に、唯物的、合理的な考え方に対局する宗教的な素養がもしもあったとしたら、そんなことはできなかったのかもしれません。人間は「神から命をあたえられた」ということを教えられていたら、恐れ多くて勝手なことはしなかったでしょう。日本人はもっと宗教的になってもらいたいです。

投稿: ueyonabaru | 2016年7月29日 (金) 00時12分

今回の事件はいろいろ考えさせられるものがありますよね。身近に最重度知的障碍の息子さんをもつご夫婦、転落事故で三年間の植物状態の後に亡くなった者、社会人になってから精神に異常を起こし自ら連絡を絶ってしまった先輩などがいますので。自分も軽度の身体障碍と難病を患っていますので、それもあって一昨日のkarakuchi さんやアホンダラさんのコメントには頷くものがありました。沖縄のおばぁさんの地域で起こった小学校での父兄の対応、校長の暴言などそれらは結局は人間の生き方に対する論理観というか、道徳、教育の問題にも行き着きます。

これは私だけが感じるのかもしれませんが、難病や障碍者に対する医療福祉に関しては、日本はいいほうだと思います。
沖縄のおばぁさんのお孫さんは学生さんだそうで、今は学業を第一に頑張ってくださいとお伝えください。

投稿: yamori | 2016年7月29日 (金) 07時59分

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