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北朝鮮水害はなぜ繰り返されるのか?

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北朝鮮が、またまた深刻な水害だそうです。 

今回は珍しくメンツをかなぐり捨てて、救援を求めています。 

といっても、常日頃国際社会にバケツで糞尿を撒き散らし、「火の海にしてやる」と叫んで家で手製爆弾を作っているような奴が、こういう時だけ優しさを求めてみても町内会は厳しい顔するしかないでしょうね。 

こういう時に、常に救援の手をさしのべてきたわが国も、さすがに今回は即座に支援を拒否しました。 

ミサイルを5発打ち込まれ、核実験をした直後に支援する国は世界にありません。

「【9月12日 AFP】国連(UN)は12日までに、北朝鮮北東部で発生した大規模な洪水による死者数が133人に増えたと発表した。行方不明者は395人に上っているという。
 国連人道問題調整事務所(
OCHA)の11日付の声明は、北朝鮮政府の発表として、豆満江(Tumen River)沿いの地域で10万7000人が避難を余儀なくされていると述べている。また、住宅3万5500棟が被害を受け、うち69%が全壊したほか、公共の建物も8700棟が被害に遭ったという。
 このほか農地1万6000ヘクタールが冠水し、少なくとも14万人が緊急支援を必要としているという。」(AFP2016年09月12日)

Ke北朝鮮北東部の洪水被害について示した図(c)AFP 赤い部分が水害の影響が深刻な地域

ではどうして、この北朝鮮という国は水害が多発するのでしょうか? 

私にはひとつの国家を見る時の、いわば共通の視点とでもいうものがあります。実にシンプルです。 

「国民に飯を食わせることができているか」、です。 

人間が「国家」という装置を作った目的は、煎じ詰めれば「民を外敵から守り、食わせる」ことに尽きます。 

国家などえらそうな顔をしていても、食わせてナンボなのですから。 

「民に食わせるために」国防があり、治安があり、法律や税などの諸制度があるのであって、「民に食わせられない」ような国家など国民を閉じ込めておくただの収容所でしかありません。 

この意味において、北朝鮮は核兵器を持とうが持つまいが、言葉の正しい意味で「破綻国家」、あるいは「失敗国家」そのものです。 

いくら核兵器を持ち、大量の兵士と戦車があろうと、「民を食わせられない」ような国家には自暴自棄の戦争すら起こす力はありません。  

そのようなものは軍服を着た餓死予備軍であり、戦車などさっさと鉄クズにして鋤鍬に変えたほうがいいものにすぎません。  

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この国の凋落は長きに渡っていましたが、それが決定づけられたのは1991年のソ連崩壊でした。 

いままで、中ソを手玉に取るようにして、旧社会主義圏全体からまんべんなく支援を受けることで存続してきた北朝鮮は、ソ連圏崩壊によるマグマの奔流に巻き込まれるようにして、一気に国内生産を瓦解させていきます。  

なかでも、国の基幹である食料生産が崩壊に向かったのがこのソ連崩壊の1991年以降です。下の表をご覧ください。  

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UNDP(国連開発計画)による『朝鮮民主主義人民共和国の農業復興・環境保護に関する円卓会議(Thematic Roundtable Meeting)-農業の基本的発展』(1998年5月)と、FAO (国連食糧農業機構)およびWFP(国連世界食糧計画)による『朝鮮民主主義人民共和国の作物収穫と食糧供給に関する特別報告書』による。  

ソ連崩壊前まで800万トンを超えた生産高が、もっとも落ちた96年には200万トンと4分の1にまで下落しています。

現在は300~400万トンていどで推移していると思われますが、なにぶん統計数字がなかったり、信憑性が薄いために実体は不明です。  

食糧生産が下落した直接的原因は、ソ連など社会主義圏から供給されてきた石油・化学肥料・農薬などが断たれたからだと思われます。

北朝鮮の最大の問題は、金日成の常軌を逸した軍事路線への傾斜が、国内の民生生産、なかでも農業に巨大な負担をかけたためだと言われています。  

北朝鮮のソ連崩壊前の農業政策を、FAO(国連食糧農業機構)の報告書(1998年)はこう書きます。  

「朝鮮民主主義人民共和国における農業は、協同農場、国営農場として組織され、歴史的には主に稲とトウモロコシに関心が注がれてきた。食糧自給を果たすために農業の近代化が追求され、4つの主な増産要因、つまり、灌漑普及、電化、化学化(肥料・殺虫剤・除草剤など)、それに、機械化に重点がおかれてきた。」
(引用上記グラフと同じ)

典型的な社会主義農業政策です。自作農をコルホーズに追い込み、穀物生産に重点を置いて、機械化、大型化、化学農業化を推進したわけです。  

このプロセスで取られたのが、大躍進から文革にかけての毛沢東主義農法の模倣でした。

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上の写真は文革期の宣伝写真ですが、子供が稲の上に座っている有名なものです。

単位面積あたりにギュギューに苗を植える密植農法でした。  

たとえば伝統的に2畝とる所に、中央にもうひと畝作ってしまうわけです。

こうすれば、増産できると毛沢東は考えたのです。いかにも素人が考えそうな愚かな妄想です。

そして米を喰うということでスズメを追い払いました。当時の映画には、赤いネッカチーフをした少年団が、長い竹竿をもってスズメの群を追い回しているのが映し出されています。 

また、堆肥を作る伝統がない中国で(北朝鮮も同じ)増産のために投下されたなけなしの化学肥料や殺虫剤は膨大な量に及びました。  

その結果はどうなったでしょうか。

密植した稲は、通気不十分のために蒸れてガスを発生させ、病虫害を激増させました。   

農薬で抑えきれなくなった害虫を食べてくれたはずのスズメなどの天敵生物は根絶されてしまっていたので、瞬く間に水田や畑は腐り、やがて大量発生したバッタが巨大な群をなして各地を襲い、草木も生えない土地に変えていきました。

飢饉が中国全土を襲いました。 

農民は自給に戻ろうにも、既に集団化のために村は破壊されており、鍋釜すら鉄の増産のための粗末な炉に投げ込まれてい潰されていました。

下の写真は文革以前の大躍進時代のものですが、農民が原始的な手製溶鉱炉(土法炉)に投げ込んでいるのがわかります。

出来た鉄は当然使い物にならず、残ったのは3000万から5000万人もの死者を出したといわれる大飢餓でした。

まちがいなく、世界農業史上にゴチック大文字で刻印されるべき失敗だといえるでしょう。

ちなみに、このような狂気の沙汰を、「人類史の偉大な発展」「近代を乗り越える人民の英知」と手放しで礼賛したのが、朝日新聞と左翼文化人だったことは、記憶にとどめておくべきでしょう。

中国は、こんな革命農業を数十年やった後、一転して身も蓋もない化学農法一本槍になってしまいました。

Photo_8大躍進政策 - Wikipedia

一方、この毛沢東の世紀の愚行を完全模倣したのが、毛沢東コンプレックスの正恩のジィさんにあたる金日成でした。 

金日成はこれを主体農法と名付けて、国民に強制しました。

というか、日本でいう「農民」階層そのものが、あの国にはいませんから、違う農法を試す機会すらなかったというべきでしょう。

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 上のプロパガンダ写真をみると、いくつかのことが分かります。 

まず、日本ではありえない軍隊と労働者の農作業への動員です。 

次に、驚くような密植です。この畝間では蒸れによる生育障害をおこすでしょう。 

3番目に、このていどのヘクタール規模の田んぼに動員された人のあまりの多さです。日本なら1名です。 

下の写真は日本の田植機です。もちろんプロパガンダではありません(笑)。6条植えという一般的なものです。 

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いうまでもなく、ひとり仕事です。 

これは日本の稲作の機械化が完成しているからだけではなく、植えた後の田んぼに多くの人が入ると、苗の活着を妨げるからです。 

たぶん北朝鮮の人たちが無駄にワラワラいるのは補植をしているのか、稲の根が貧相か、不揃いなために浮いた苗を取り出しているのかもしれません。 

ならば、苗作りにも問題があるのです。 

4番目に、野暮ですが、こんなショボイ耕運機に3人も乗ったら動かないですよ(苦笑)。 

5番目に、人力で稲作をするなら一枚の田んぼの区画が大きすぎます。 

これは国の指導で水田の区画を広く取るように指示されているのでしょうが、人力農法なら1枚をせいぜい10アールていどに区切ったほうが、手が隅々まで行き渡って合理的です。 

Photo_3 デイリーNKより

上の写真はたまたま撮られた北朝鮮の耕作風景ですが、私はこの写真が100年以上前に撮られたといわれても納得してしまうでしょう。 

今なお牛を使っているのはともかくとして、骨が浮きだしてガリガリです。 

土壌は乾燥しきり、地味は詳しい分析をするまでもなく貧困なことがうかがえます。 

そしてなんといっても渇ききっています。極端な水害の多さと干ばつが、くり返し襲っていることが分かります。 

これは農業が、治水システムに組み込まれていないために起きる現象です。 

また、適切な灌漑設備がないために、満足な灌水ができていないようです。 

こんな土に種を撒いても、絶望的な収量しか得られないでしょう。 

これを見ると、北朝鮮指導部がやりたいのは、旧ソ連型大農法の模倣なのでしょうが、なにぶん機械がない大農法など冗談にすぎません。 

見栄をはらずに、限られた北朝鮮のリソースを、地道に土と苗作り、あるいは寒冷な風土に適した品種改良に当てたほうがいいのでしょうが、聞く耳持たないでしょうな。 

さて金日成は、国家予算の多くを原爆開発に注ぎ込む一方、農業を主体思想化していきます。それはさきほど書いた中国の大躍進政策と瓜二つでした。

そして当然のことながら、結果もまた瓜二つになります。  

FAOの北朝鮮農業レポートはこう書きます。   

「70年代および80年代初頭には高水準の成功が得られた。(略)まったく当然なことに、こうした人工の投入物に強く依存した農業は、ひとたび資源の制約から高い投入水準をもはや維持できなくなれば、収穫の低下が起こりはじめる。
なおその上に、近年の洪水、干ばつ、極度の寒冷つづきで、それまでの農業システムの混乱と崩壊、そして、生産の激減が引き起こされた。」

特に北朝鮮農業にとって悪かったことは、治水の失敗です。

日本統治時代に作られた水豊ダムのような多目的ダムを継承しておきながら、北朝鮮は毎年恒例のようにして大水害を引き起こします。  

その原因を現地を指導した李佑弘氏という朝鮮総連に所属した農業技術者は、70年代に『暗愚の共和国』の中に貴重な実見記を残しています。  

過剰なトウモロコシの作付けが、地味を吸いつくし、またトウモロコシは根が浅いために表土を保持する力が弱く砂漠化現象をおこしました。 

大量の土砂が大水や、時に風によってすら吹き上げられて河川に流入したのでした。 

Photo土留めが不完全なまま開発されたトウモロコシ畑http://ameblo.jp/major-kim/theme2-10000059649.html

また生産増大のために山間地の河川斜面にまでトウモロコシを植えたために、斜面が崩壊し、更に多くの土砂が河川に蓄積していくことになります。 

川底は浅くなり、簡単な大水で簡単に決壊し、農地や住宅地を押し流す結果になったのです。毎年起きる北朝鮮名物の大水の原因がこれです。

まさに人災そのものです。 

主体農法の化学農薬、化学肥料に対する盲信、農地の生産量キャパを無視した過剰な作付け、自作農を否定する集団化、治水の失敗などにより農業生産インフラそのものが崩壊していました。 

それは、旧ソ連圏からの支援というカンフル剤が切れると同時に顕在化し、北朝鮮農業は立ち直る機会すら与えられないまま一挙に崩壊に向かったのでした。 

もし、この時に神格化された一人独裁体制でなければ、農業政策に根本からの修正をかけたでしょう。 

たとえば、キューバがとったような有機農業による農業の再建です。 

しかし、故キム・ジョンイル氏にとって、そのような方針転換は自らが神として君臨する国家という神殿を冒涜する自己否定ものでしかなかったが故に不可能でした。  

どのような形であれ、正恩大元帥閣下に農業を再建する考えがないかぎり、この国に未来はないことだけは確かです。  

といっても、北朝鮮農業の構造的弱点が、その政治体制と不可分な以上、まぁ、言うだけ野暮というものですが。

 

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コメント

旧ソ連、そしてロシアは、常に農作物の育つ暖かい土地・冬でも凍らない港を欲しています。終戦直前の北海道侵攻もコレが目的です。それだけ大事でした。

ソ連崩壊前までは、北朝鮮はソ連の食料庫として大事だった……しかしソ連が崩壊し、色々とふっかけてきていた北朝鮮に払う金も、支援する金も無くなったということなのでしょうか。


余談ですが。
プロパガンダ写真は稲作でしょうが、戦前・日本統治時は寒冷の為に稲作が難しかったそうです。
朝鮮で作られた米が日本へ送られたり、逆に不作時には新潟の米が朝鮮へ払い下げられたりしていました。
台湾で作られた米も、日本や朝鮮へ送られていたとか。これは、米をよく食う人種が当時は日本人だけだったことにも関係あるようです。
(韓国の教科書では日帝が米を奪い、その為に飢えに苦しんだと書かれているとか)
もしも終戦時に、朝鮮に残った日本人が殺されたりしなければ、北朝鮮に日本的な農業が広まったりしたのでしょうか……?

投稿: 青竹ふみ | 2016年9月20日 (火) 11時29分

 「ありんくりん」さんは色々のことを知っておられ感心します。関心領域も広い。分析も深いものがあります。

 今回は農業のことでした。私も農業のマネゴトらしきものを退職以来続けております。250坪の耕作放棄地を借りておりますが、実質耕作しているのは70坪ぐらいでしょうか。そこで色々と栽培もしてきましたが、いまだ素人であり、どうしてもうまくできない作物があります。トウモロコシ、ナ-ベ-ラ-などはうまく育てることができません。原因は、ほんとの農家の方のように、きめ細かな手入れをしないからなんだろうと思ってはおります。また、耕運機もありませんので、十分に効率的な農業が出来ていないということです。

 北朝鮮の水田の様子を日本の水田農家と比較してみるとおっしゃるように機械化が北朝鮮では十分ではないようですね。私の農業も、これから耕作機械を色々と導入すべきだと今思っているのです。

 私の250坪の畑も、草刈りなどの管理作業が主になっており、肝心の作物の生産はできておりません。市場に出せる状況でもありませんね。

 農業は、個人の努力、工夫、そして機械化でうまくできるような気もしてきております。私の場合、草刈りを今年中にハンマ-ナイフで行えるようにするのが今の夢です。草刈りが大変だ。

 農業は集団農場方式ではうまくいかないだろうとも思います。非常に個人的なものが農業ではないかと思うのですね。現在の北朝鮮農業がどうなっているのかは分かりませんが、私有地農業にして各農家の努力。工夫が生かされる自由な農業が行われるシステムでなければいけないでしょう。

 日本統治時代の施設は十分生かされいているでしょうか。日本人の勤勉な農業は統治時代に学びましたか? 日本人に学ぶべきところ、感謝すべき点は北朝鮮の方々にはあるのでしょうか。それがないのであれば、金正恩さんの下で、苦しいい生活のままでしょうね。

投稿: ueyonabaru | 2016年9月20日 (火) 12時11分

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