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2016年11月20日 (日)

日曜雑感 日本は「暫定憲法」を主張すべきだった

Img_4624

憲法というのは大テーマなので、随時やっていきたいので、私の、まぁ憲法に対する感想のようなものです。

ここにいらっしゃっている方はよくご存じのように、日本国憲法は一種のマッカーサーの落書きです。

「落書き」と言って悪ければ、メモにすぎません。

メモだからよもや半世紀以上護持されるだろうとは、執筆責任者の民政局(G2)チャールズ・ケーディスすら思っていませんでした。

ケーディスは1990年代まで生きた長寿の人で、西修氏はその証言を聞き取っています。

当時の日本国政府の名誉のために言っておけば、日本政府は終戦の年の10月にすでに、マッカーサーから「憲法を変えろ」と命じられています。
関連記事
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2015/06/post-dcd9.html
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2016/05/post-dd6e.html

しかし、日本側はたしかにポツダム宣言は受諾したが、憲法改定などとはひとことも飲んだ覚えがない、と突っぱねます。

なかなか骨があります。

当然です。国際法において、軍事占領下の政体の改変は許されていないからです。

するとマッカーサーは、直ちに彼らを収監するか、公職追放に処してしまいます。

しかたがなく、日本政府が苦吟してできたのが、終戦の翌年2月に出された松本試案です。

しかし、これもマッカーサーはろくすっぽ読まないで屑籠に放り込みます。

なぜなら、もう既にこの男は自分で書くつもりだったからです。Gs11

そこで、部下の民政局ケーディスを呼んで、ペラペラのメモを渡して「1週間で仕上げろ」と命じます。

軍隊の命令関係ですから、ケーディスには拒否権はありません。

このマッカーサー・ペーパーには、3点が書かれていました。

「日本には軍隊は持たせない」
「交戦権は認めない」
「外敵からの自衛も認めない」

いうまでもなく、これが日本国憲法第9条の骨格です。

おそらくマッカーサーは、日本からいっさいの武力を取り上げ、重工業も完全解体した後に、米国の保護領である農業国にでもする気だったようです。

ですから、国家が緊急事態に直面したときに、誰がいかなる権限で、国民保護をするべきなのかという肝心なことが一行も書かれていません。

マッカーサーに言わせれば、そんなもんはオレらがするに決まっているだろうというわけです。

だから書かなかったのです。

書かれているのは、「国は国民を外敵から守らない。守る備えもしない」という、おそらく世界でただ一国しかないであろうと思えるような第2項です。

護憲派はこう言うと必ず、コスタリカがあるさぁ、といいますが、あなた人口476万で、しかも周囲に米国以外に軍事大国がいない国を較べないで下さいね。

コスタリカはその米国と防衛条約結んでいますから。

かくして、わが国は東日本大震災と福島事故という未曾有の国家非常時に、菅直人氏というこれ以上不適格な人物は想像がつかない人に指揮を執らせるはめになってしまいました。(あな、おそろしや・・・)

それはさておき、ケーディスは25名のスタッフを招集して、まったくのズブの素人たちがワーワーいいながら書いたのが、日本国憲法です。

Photo
女性の事務職員ベアテ・ゴードン氏は、自分の国ですら実現していていない女性の権利を、他人の国の憲法に書きこんで恍惚となりました。

さぞ、書くだけで「理想の国」ができたような興奮を覚えて、楽しかったでありましょう。

善意だったのでしょうが、大変に迷惑です。

ゴードンさん、あなたがしていることは内政干渉そのものです。

そのようなことは日本人が国柄に合わせて一歩一歩国民的議論を深めながら決めていくことで、武力をもって支配している外国に押しつけられるものではないのです。

ードンさんがやったことは善意の押しつけ、さらにいえば独善、もっといえば日本人を愚民視しています。

うんざりするのは、上の写真記事のように日本メディアが、涙を流さんばかりにして、それを喜んでいる様です。

こういう精神的傾きを奴隷根性といいます。

ただし、ボスのケーディスは西氏のインタビューで、「私は自衛権を認めないのは余りに非常識だと思ったから握りつぶした」と言っています。

ほんとうかどうかは知りません。

というのは、この「自衛権は平和条項の前文、あるいは9条1項と矛盾しない」といういわゆる芦田修正が、日本側からでているからです。

芦田の証言です。

「私は一つの含蓄をもってこの修正を提案したのであります。『前項の目的を達するため』を挿入することによって原案では無条件に戦力を保持しないとあったものが一定の条件の下に武力を持たないということになります。
日本は無条件に武力を捨てるのではないということは明白であります。そうするとこの修正によって原案は本質的に影響されるのであって、したがって、この修正があっても第9条の内容には変化がないという議論は明らかに誤りであります」(1957年12月5日憲法調査会)

とまれ、マッカーサーは、これを2月13日に幣原首相に手渡し、「2月22日の閣議で承認せよ」と命じ、公布日まで命じます。

ちなみに公布日は明治天皇の誕生日であり、戦前日本の重要な記念日だった明治節でした。

もちろん偶然ではありません。

米国が、日本を完全に解体したぞ、という勝利宣言だったからです。

翁長氏ふうに言えば、「銃剣とブルドーザーで作った憲法」が現行憲法なのです。

さて私はかねがね、日本側が徹底的に抵抗すべきだったと思うことがあります。

それはこのGHQ製憲法に、暫定憲法だという一項を挿入することです。

「はい、確かに受け取りました。発効しましょう。ただし、これは連合国の統治下にいる間だけであって、独立回復と共に再度検討します」

この1項を、閣議承認の唯一の条件として、是が非でも付け加えることを条件にすべきだったと思います。

現実にドイツは同じ敗戦国でありながら、東西分裂を言い訳にしてガンとして憲法とは呼ばず「基本法」と呼んで、あくまで暫定的なのだということを明確にしています。

まぁ、負け馴れているともいえますが。

負け馴れていない日本は、しぶとい抵抗が苦手だったようです。

その結果どうなったかといえば、日本国が自らの意志と正当な手続きを経て制定された憲法という事になりました。

それを狙ってマッカーサーは裏であれこれ言って、その後徹底した報道管制を敷いたのです。

米国の日本国憲法研究のセオドア・マクネリーは、こう述べています。 

「マッカーサーは日本国政府に対して9条が米国政府の意志のように提示し、米国政府には幣原政府の意志であるかのように言い募った。
ある時はその起源は天皇だと述べ、ある時は日本国民がこの9条を入れることを望んだと主張した。
つまり、彼の言ったあれもこれも、結局、日本に9条を押しつけた自分の責任を曖昧にするものだった」
(『日本の憲法 国民主権の論点』)

したがって、いまだ米国政府の公式見解は、「日本政府の意志」なのです。

もちろんバイデン発言のように、米国においても誰もが虚構だと知っていても口にしてはならないことが「良識」なのです。

もちろん、日本においておや、です。

というわけで、残念ながらコメントにあったような、「無効宣言」は出来ません。

もしする気ならば、それは真正面から米国と対決し、日米同盟をこちらから破棄する覚悟ですることです。

もしこの時点で、暫定憲法という歯止めがあれば、日本はじっくりと、明治憲法とGHQ憲法とを比較して、国民的議論の対象とすることが可能でした。

明治憲法は、細々としたことを書き込まないヨーロッパ型憲法典であって、その上に立った立憲主義の側面を持っていました。

ある意味、ポジティブリストのよろしく細々とした枝葉を書き込んだあげく、新たな現実に立ち遅れてしまった現行憲法より優れているとも言えます。そりゃそうです。

現行憲法は、1945年現在の常識で書かれているからです。

当時、中国がかくも巨大な軍事帝国になるなど誰ひとりとして想像もつきませんでしたものね。

そもそも、中華人民共和国なるものすらなかったのですから。

枝葉にこだわって、しかも事実上憲法改正ができない仕組みまで作ってしまってはどうにもなりません。

護憲派にとっても、宮澤俊義学派のようにむりやり「八月革命」などというファンタジーにすがる必要もなかったのです。

「暫定」というリミッターさえあれば、昭和30年代まで、憲法学のみならず、政治家の中にも明治憲法が共有された憲法観として残存していたので、比較してよりよい憲法を作ることも可能だったでしょう。

しかし、70年も立ってしまってはそれもかないません。

いずれにしても、現行憲法の賞味期限は、1952年4月28日、サンフランシスコ講和条約締結までだったのです。

自分で自分の国の最高規範を書くことができない不幸、それが日本人です。

憲法論議というのは避けて通れないテーマですが、なんともいえない無力感が漂うのはそのためです。

辛気臭いやね。

※改題しました。あんまりシンキ臭いんで(笑い)。

※追記 篠原氏などの後援会の告知を貼った瞬間に荒らしが来ました。こんな連中につきあって削除し続けるのもイヤなので、今回は降ろします。残念です。
それにしても告知ていどで荒らすという神経がわかりません。

リンクのみ貼っておきます。https://www.facebook.com/MasakoGanaha/posts/10202202591663224
https://www.facebook.com/events/1163817560365994/
 

 
  
  
  

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コメント

 今日の記事は最高だ。新しい感動もあった。西修氏を語るあたりなどです。

当時の状況からして,日本国憲法の成立過程は国際法に違反しているでしょう.中国の軍事力はここ二十数年間でも40倍以上増加しており,憲法の出来た当時と状況が全く異なっています.そこに持ってきて,剛性憲法なので改憲も容易ではありません.

尖閣について,国交回復時に日中の間で将来の知恵に云々で棚上げしたというのがあったのかどうか知りませんが,この棚上げ論を賞賛する人がいますが,当時の日中の国力の差を考慮すると,何とまあ,愚かしいことをしたのかと思います.当時なら簡単に解決出来たことでしょう.北方領土にしても,タイミングはとても重要でしょう.

ヒデミさん。

剛性でも間違ってないですけど、
暫定憲法に対する言葉は欽定憲法。日本国憲法はこれ。ま、認知は間違いなく大したことでもないのであまりお気になさらずに。。

さて、私は見逃してましたが「篠原章さんの講演告知をした途端に荒らしが来て削除」でしたか。講演会がよほど都合が悪い連中がいるんでしょうね。
正に言論弾圧です!

削除しました。

管理人

皆様。ご覧ください。こんな文章ともいえない、落書きをなんども入れてくるのが荒らしです。
意味が分かりますか?
削除せずにさらしものにします。


権力者と国民を一緒くたにするなよwww

山形サン、沖縄の新聞を潰せと言った百田某やそれに追従した自民の議員にも「言論弾圧」だと言ってやれよ

百田氏の発言については過去記事にしてあります。
※http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2015/06/post-8ca6.html

佃煮右翼さん。

はあ?あんた何を言ってるのかわかりません。
私は百田尚樹さんの無条件なファンでもありませんし、沖縄2紙には「偏向しすぎ。冷静になれ」といったことは以前言いましたが潰せなんて、ハテ、何のことでしょう?

自民の議員にも言ってやれ?それこそ私には関係ありませんけど、何か?
文句があるならあなたが勝手に自民に申し入れればいいだけで、私は関知しません。ご勝手に。

テメエのゴリ押しのためにに見ず知らずの一般人のコメントを攻撃して出汁に使うゲスさがあなたの本質ですね。よくわかりました。
スピード違反で捕まって「他の奴らもやってるじゃねーか!」とダダこねるどうしようもない連中と全く同じ論理ですね。

コメント欄がいきなりアレはじめてますが、憲法改正にそれほど危機感を持っているのでしょう。

で、それは誰?どう考えても中共関係者としか思えません。

憲法改正されて困るのはそれぐらいだろうと思うからです。

常識的に考えて憲法改正したらこの世の終わりみたいなことは「あり得ない」です。

私は、マッカーサー閣下の行為がそれ程悪いようには
思えません。今現在から見るので「日本にヒドイ統治
をしやがって!憲法すら押しつけかよ」と思うのであっ
て、当時の日本の状況を考えればソレしかなかった
のが事実だと思えますわ。

国体(国のエライさんの責任モンダイ)の為に、一般の
国民までが大量に嬲り殺しにされるまで、大東亜戦争
は終わりませんでした。当時の日本の実権を持った指
導者達はアホォばかり(だからヒドイ負けっぷりだった)
で、敗戦となると今度は米国GHQにシッポを振る霞が関
の連中が多い有様だった(米国はちゃっかり利用した)。

「こんなガキ共が多い国は、大人のワシが指導したる」
と、閣下は思ったハズです。野心家の彼は、「こんな所
で終わるワシではないぞ」「うまく片付けて次へ進むぞ」
「チャッチャッと仕上げよう」と思っていた。

国際法は、罰則が事実上無い。無いから最後の外交手段
としてドンパチがある。こう言っちゃナンですが、力の
ある国が正義です。無条件降伏したら、ナンも言えね。
無条件降伏するようなボロ負け戦をするなっちゅーの。

吉田首相は、新憲法を逆手にとって朝鮮戦争に巻き込ま
れるのを回避したものの返ってアダとなり、自作憲法の
制定気運はそがれてしまう。白洲さんも「戦後7年も経て
ば慣れてしまい、改憲の動きは静まった」「当初は誰も
が、いずれ自分達で改定するものだと思っていたのに」
との内容を書いている。鉄は冷めちゃった。

当時「暫定憲法」を堂々と主張できる指導者はいなかった
と思います。今でさえ自主憲法を言えないのだから・・

改憲論議よりも、沖縄の講演会の紹介をしたせいで荒れてるんでしょうね。
沖縄の抗争(もはや運動には見えません)が山場にきているということでしょうか。

個人攻撃ですので、削除しました。

沖縄左翼どもに「基地の押し付けだぁ、差別だぁ」と言われないためにも私達母親が率先的に海兵隊含む米軍基地を率先的に誘致していきましょう!
そしたら沖縄の「抗争」もきっとおさまりますよ!

いつも楽しく拝見させて頂いてます。
コメ欄も閲覧しなるほどとなるのはありんくりん様のブログだけです。
皆様のコメントも勉強なります。

荒らしの方のコメントも見たかったな

マッカーサー、GHQと憲法のあたりの知識が曖昧だったので勉強なりました。

私も元々そうだったのですが、現憲法が日本人が戦後1から書いた自主憲法だと思ってる人は多いと思います。

学校の先生からしてそう教えてますから学校教育の賜物です。

佃煮右翼さん。

そういうテーマと全く関係ないことを書いて相手を見下すだけだからバカにされるんですよ。私は篠原氏の講演がよほど都合が悪い連中がいるんでしょうね、と書いただけですけど。
それすらわからんのね。恐ろしい食い付きです。

で、私はあなたを高齢寄生ニートとか他の口汚い言葉で罵れば対等な所まで下りられるのかな?もちろんバカバカしくて御免こうむりますけどね。
妄想ならいくらでも書けますからね。

あと、謝る時は(笑)なんてつけないのよ。常識として。目的もはっきりせずにどんだけ無駄な努力して個人攻撃してるんだか(クスクス)


沖縄から本州に移して、沖縄に手薄感が出なければ移したいですね。駐米軍の総量をこれ以上増やす必要は無いと思います。増やすなら自国の軍備ですから。
自衛隊の縛りを緩めてから沖縄からスタートで米軍と置き換えて行けないのかな、と、素人考えしています。
ひとくちに自衛といっても、尖閣や宮古に船で一般人として勝手に上陸してくるのと、遠くから飛び道具で撃ってくるのは、必要な防備が全然違いますよね。フリーハンドで増強宜しく!なんて任せたくもなく、骨子を理解して賛成したいです。

やっぱ、そういう想定自体を悪としたり、虐殺され始めてから一人一人がゲリラみたいに民兵で立ち上がる方が善い考えだったり、そんなクソみたいな地点で日本人の議論自体を足止めするのは、今生きている日本人の為の憲法になってないんですよ。
佐藤という憲法学の大御所が昔子ども向けに書いた憲法の本が復刻されて、テレ朝モーニングショーが何分も朗読して感涙特集していました。
憲法はマッカーサー元帥の贈り物で世界で最も進んでいるという、あの本を今の青少年が素で読んで何を感じるのか、図書館でカエルの楽園と2冊セットで並べて感想を聞きたいものです。

ケント・ギルバート氏は、「正論SP 日本国憲法100の論点」という書籍のなかで、GHQの憲法制定に関して国際法違反であったと書いています。

日本は当時占領下であり、日本の主権は制限されていました。
現在の日本国憲法は、占領政策の基本法としてできたものであり、決して日本人の自由意志で出来上がったものではないのは確かなことだと思います。

ギルバート氏は書籍の中で
「ハーグ陸戦法規四十三条では「国の権力が事実上戦両者の手に移った上は、占領者は絶対的な支障がない限り、占領地の現行法を尊重して、なるべく公共の秩序及び生活を回復確保する為、施せる一切の手段を尽くさなければならない」とあります。占領する側は占領する側の法律を守るべきであって、まして占領先の基本法である憲法を制定するなど国際法違反なのです。憲法の内容を云々するまでもなく、日本国憲法の制定事態が許されざることだったのです」
と述べています。

さらに、日本国憲法自体をさまざまな宣言や憲章を寄せ集めた「コピペ憲法」とばっさりです。

駒澤大学の西修教授が、憲法制定に関わった米国人を探し出し取材をしたときに、多くの人が「あの憲法まだ残ってるの?」とか「あれは暫定的なものです」という反応であったそうです。
参議院議員の青山繁治氏が、米国の要人と憲法について語ったときも、米国人の反応は「米国が関わるのは、サンフランシスコ講和条約まで、それ以降、憲法をどうするかは、あなた方日本人の責任と決断だ」と言われたそうです。

米国がその程度にしか考えていない憲法を、日本人は後生大事に、不磨の大典がごとく大切にしてきた結果、現実とのギャップに苦しみ始めているのが、今なのだと思います。

また、日本国憲法が日本人の自由意志によって生まれていないひとつの証拠として、マッカーサーと極東委員会の確執があります。
極東委員会は、米、英、仏、ソ連、中華民国などヶ国で組織されたもので、東京に「連合国対日理事会」が米、ソ連、中華民国、英の代表によって置かれていました。
極東委員会はマッカーサー及び総司令部主導で日本の憲法が決まるのを快く思っておらず、天皇そのものを廃してしまおうと考えていたようです。
その極東委員会が動く前に、天皇陛下を「象徴」として残すために、マッカーサーは総司令部内で草案作成を急がせた、それがあのつぎはぎ憲法の背景にはあるようですね。

マッカーサー回顧録には「極東委員会は単なる討論会の域をほとんど出ず、また連合国対日理事会が行ったことは、ただ邪魔をすることと、悪口を撒き散らすことだった」と述べています。
よほどウザかったようですね。

この事実からも、日本国憲法を作り出していく過程で、日本人の自由意志ではない所で、占領国同士の主導権争いがあったことは確かだと思います。

管理人さんの書かれている「8月革命」というのも、よくよく調べるとかなり無理やりな理屈だというのが分かりますね。
8月革命はポツダム宣言に「日本国民の自由意志に従って平和主義的な政府が樹立された時に占領軍は撤収する」との条項から、「天皇主権を放棄して国民主権を手に入れたのだからこれは革命で、その革命によって憲法が制定された」という考えにいたったものと思いますが、そもそも、これって無理がありすぎますよね。
まずは、前述した、ケント・ギルバート氏の言うように、占領軍が占領先の憲法を作ること事態が国際法違反であること、そして、次に述べた、GHQと極東委員会との主導権争いでも分かるように、占領軍の関わりがあったこと、の2点からも、8月革命説事態、荒唐無稽といっても良い話かもしれませんね。

敗戦後放置されておけば良かったと思います。アメリカほ日本に余計な事をしたと思います。

名無しさん
過去に対してネガティブな反応はどうかと思います
私は新参者ですがここで交わされる議論は非常に勉強になっております。故にこれからどう考えるかが議論されるべきと考えます。

おととい日本は病んでいるとのコメがありましたが、講演の案内程度でこの荒れようでは管理人様の苦労が察せられます

http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2016/05/post-dd6e.html

 上の記事を読むと、宮沢俊義氏が新憲法(マッカ-サ憲法)は革命により成立したとの詭弁を発明したのが、1946年で、そして、講和条約締結までの間、左翼の学者がそのような宮沢説を中心に新憲法擁護の運動を諸方面で展開したということが考えられるわけです。さらに、その憲法擁護の運動は止むことなく、講和後もその勢いは衰えなかったのですね。平和憲法が学会の中心説であったことは、私が高校・大学時代(1960年中半)でも確固としたものがありました(今でも一応はそうでしょうね。今は、反対の学者が出てきているが)。

 ですから、過去を振り返って見たとき、占領が終わった時点で見直しをするということは実際上もう無理であり、新憲法成立の前後1年ぐらいが新憲法の運命を決する(廃棄できる)唯一の機会であったと考えられます。その時期、良識ある憲法学者たちは決死の覚悟で、新憲法は占領基本法の類のものだと主張すべきでした。良識派学者たちは行動の時期を失したのです。

 良識ある学者たちは、当時は公職追放などの弾圧下にあったのでしょう。私たちが今非難するのもどうかとも思われるのですね。

 現時点では、かつて左翼の呪縛もだいぶ弱まりました。遅きに失したということですが、これから保守派は頑張るしかないでしょう。

 驚くべきは、今の憲法学者たちの迷走ぶり、思考停止状況なんです。安保法制案審議の頃、新進気鋭の憲法学者と言われる若い方が、TV番組で憲法を論じているのですが、安保法制を審議すること自体が憲法に違反すると言ったのです。それなりの、彼の理論があるのでしょうが、全く観念論の世界だけに閉じこもっているように私には思えましたね。

 現実的な憲法論、憲法改正論が論じられる日本になって欲しいですね。このブログの方々から、伸び伸びとした憲法論が出てくることを期待しているのです。

削除されたバカコメントは読んでおりませんが、
憲法改正という話題をひとこと言うだけで、異常で過剰な反応する方々は、何を基準にして生きていられるのか、と時々真剣に考えています。

今回のブログを読んで、なるほど、と思った点を挙げさせていただきますと、現在の憲法は、

①中国が今の様な軍事覇権国になるとは思ってなかった。
②日本はとにかく「牙」を抜かねば何をするかわからない国とマッカーサーが恐れていた。
③アメリカはいずれこの国を一つの準州(グアムみたいな)するつもりだった。

という条件下のもと、ちゃっちゃと作ってしまったものであったということです。
ところが実際その安易さに後から(朝鮮半島とかソ連との冷戦の始まりから)慌ててアメリカは日本に警察予備隊→自衛隊を作らせたわけです。

某左翼系マスメディア(サンデーモーニングとか)などは、たかが「駆けつけ警護」当たりの話題で、「軍靴の音が聞こえる」的な方向の話をしていました。なんの解決策提示せずに。

反国家系とも言えるリベラル左翼の方々の唱える「正義」とは、日本が「普通の国(byかつての小沢一郎)」なろうとすることを、イコール軍国主義国家化と捉え、本質を考えず、自分と違う考えを持つ人々を手段を選ばず攻撃することだと考えているのではないでしょうか。

後、思うのは憲法学者の方々のことです。集団的自衛権の時に思ったのですが、多くの憲法学者は「今の憲法に対し違憲か合憲か」ということばかり語っていました。
個人の考えですが「憲法学者」と名乗る以上、現在の世界の憲法の研究だけででなく、ある条件の国にどのような憲法が正しく、必要か、そんな提言ができる知識と見識が必要なのではないでしょうか。それこそが真の憲法学者であり、必要な人材なのではないでしょうか。

今の自民が以前作った憲法草案がいいなんて全く思いません(新しいのを検討してるんですかね?)が、端的に言えば「憲法改正イコール軍国主義」という戦後いつできたかわからないような短絡的な思想を、左派リベラルだとか呼ばれている人々がいつ捨てられるか、ということに思い入っております。

都下人さんへ

> 後、思うのは憲法学者の方々のことです。集団的自衛権の時に思ったのですが、多くの憲法学者は「今の憲法に対し違憲か合憲か」ということばかり語っていました。
個人の考えですが「憲法学者」と名乗る以上、現在の世界の憲法の研究だけででなく、ある条件の国にどのような憲法が正しく、必要か、そんな提言ができる知識と見識が必要なのではないでしょうか。それこそが真の憲法学者であり、必要な人材なのではないでしょうか。

 これは、私も同感です。憲法学者って、バカみたいに思っているのですよ、私は。

ueyonabaru様

共感頂き有難うございます。
法に対して人はどう守るべきかではなく、
人(現状)に対して法はどうあるべきか
という議論がなさすぎるのが情けないです。
法の専門家を名乗る以上、それを恥としないでいられる心境が理解できません。

結局のところ、この問題は終戦直後から占領が終了して暫くの間までの日本人が何を考えてどう行動したか、それが現在の私たちにどう繋がっているか、という問いに深く関連するのだろうと思います。
(ただ、当時のマスコミがせめて検閲期間が過ぎ次第、直ちに記事にあるような事実を詳らかに報道していれば、事態は相当違ったハズだろうと思いますが)


終戦直後、とんでもなく完膚なき負け方を喫した日本人は、一億すっかり腰を抜かしてしまいました。
そこから何とか這い上がり、あるいは食っていく為に各々が選択した価値観と行動は多岐に分裂しました。
アカデミズムとマスコミは米国の下僕となり、「逆コース」までは主流になりつつあった社会主義者たちは以後、ソ連に擦り寄った。
農村社会に見切りをつけた「プレ都会人」たちは、イデオロギーを持たず新しい生産形態に望みをつなぎ、現在の日本人の基準となる「経済第一主義」の原型となります。
(そんな中、官僚機構だけは戦前から温存され、重光が開戦後に拵えた「大東亜戦争の大義」までもソコソコ実現させた、と見ます)

その後、人材の供給元の農村と「プレ都会人」が多数派を形成し、誤魔化しの「平和憲法」を盾として「経済大国」となり得た日本国ですが、それを安全保障面からしっかり支えていたのが、実は「米軍だった」という皮相的事実を直視出来なかった期間が長すぎたのではないか。

ところが、「トランプの登場」「中国の軍事的台頭」「狂った指導者を頂いた北朝鮮」「頻発するテロ」などの世界情勢は、もはや日本の「憲法」など何の役にも立たず、そんなものはむしろ「危険でさえある」事が露呈してしまったのです。

にもかかわらず、今度は「米国寄り付き」を本願として、「憲法だけは変えたくない」と言う始末。
これも経済偏重・物質的個人的幸福追求を因とするメンタリティで、石原慎太郎氏に言う「我欲」が示す結果でもあり、今の日本人そのものを見事に照らす鏡であるような気がしてなりません。

ロバート・エルドリッヂ博士・篠原章博士のシンポジウムは楽しみですね。
見には行けませんが、そのうち動画で拝見する事も出来るかと。

私はエルドリッヂ博士の大ファンでして、特別に思い入れがあります。
海兵隊にいた事、その勇気ある行動や「オキナワ論」で巷間知られる存在になりましたが、氏の学者としての業績にこそ、もっとスポットが当てられてしかるべきだと思います。

サントリー学芸賞に輝いた「沖縄問題の起源」や、「奄美返還と日米関係」など読みまして、学術書として価値が高いのは当然で、研究者としてのスタンス、学者の仕事として最高峰だと思いました。
誰とは言いませんが、琉大や沖国大に巣食う碌々史料も読めない「自称歴史家」センセーたちに、爪のアカでも煎じて飲ませて差し上げたいくらいの成果をあげられたと思います。


皆様の憲法に対する造詣の深さに感心しながら読んでいます。私は現場の人間ですから現実的に物事を考えます。
まず工事を進める上でどのような問題があるのか。その問題にどのようにな対策をするのか。問題と対策は工事現場ごとに違います。9割がたは先輩たちから受け継いだノウハウでこなせますが、残り1割はその現場独特の問題があります。私たちは工事が無事に終わればそれでいいのです。
実際にはその1割が大事なんですけどね。
日本国憲法も、随分と不都合な面を露呈してきていますね。特に左翼に多いのですが、その不都合な部分を真摯に議論しない。いや議論できない。
日本がなんでそんな国になったのか。少なくともバカなマスコミ、知識人が関係しているところはありますね。
日本を取り巻く状況は、北条時宗の時代から変わっていません。

進駐軍が作った日本国憲法、護憲を掲げるは即ち対米従属なんでしょう。
しかし米軍主導で出来た憲法を崇める護憲派の多くは在日米軍を日本から追い出すべく活動を行っている。

米軍は出てけ!!オスプレイ反対!
その彼らの家にはキャンベルやスパムの缶詰めにハーシーのチョコやコーラが常にあり、ケンタッキーのチキンは大好きなのかもしれません。

なんだか歪な構図です。

多摩っこ様

つまり確固たる信念がない。
日本国憲法の弊害は、国防も然ることながら戦後日本は権利ばかり主張する人が増えました。
権利の裏面には厳しい義務があることを忘れています。

マッカーサー・ペーパー、いわゆる「マッカーサー三原則」のことかと思いますが、管理人さんの書かれているものは一般に知られているものと随分違いますね。
「日本には軍隊は持たせない」
「交戦権は認めない」
「外敵からの自衛も認めない」
ではなくて
「天皇制の存続」
「戦争と戦力の放棄」
「封建制度の廃止」
上記三つが俗に「マッカーサー三原則」呼ばれ、GHQが日本国憲法に求めた骨子です。

GHQは占領政策におけるある種の「傀儡政権」の要として天皇を非常に重視していました。
新しい「憲法」では日本を二度と自分たちに刃向かわない国に改造することも重要でしたが、今後の占領政策を円滑に進めるために欠かせない存在である天皇を東京裁判から守るという目的もありました。
そのためにも憲法草案の作成を急ぐ必要があり、有名な「人間宣言」も天皇が民主的な存在に生まれ変わったことを国際社会にアピールして天皇を守るという目的の為にGHQが英文による文案を作成しています。

ベアテ・シロタ・ゴードン氏についてですが、彼女は正確にはGHQ民政局の調査専門官であり、ただの「事務職員」ではありません。
彼女のしたことが内政干渉なら他の24人も同様であり、何故ベアテ氏だけを目の敵にして「大変に迷惑」とまで言ってのけるのか非常に不思議です。
管理人さんは日本国憲法第24条、「家族生活における個人の尊厳と両性の平等」が余分なものとお考えでしょうか?

因みに私の見解としては、日本国憲法の人権条項は中々素晴らしいものがあるとは思いますが、占領軍が敗戦国の憲法草案を執筆することは言語道断であり、あってはならない憲法だと思います。

長々と失礼しました。

鬼一さん、とりようですね。
ケーディスはこう言っているということです。
あなたの言っていることもマッカーサーは書いているでしょう。別に否定しません。
ただしあのぺーパーは、彼とわずかな人しか見ていませんから。

ゴードンさんが広い意味な「事務職員」でなにか間違っていますか。
書き換えるなら、G2の文官、あるいは軍属でした。
すいません。ただそれだけのことです。あまり本質的なことではないですね。

続きは長くなりそうなので、記事にします。

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