昨日の記事の「そこからですか」篇
一般の方にはなじみがないテーマでしたが、昨日緊急にアップいたしました。
昨日は、あまり説明をつけずに、専門用語を乱発しました。すいません。
今日は「そこからですか」篇です。
日本における伝染病の蔓延は、ほとんど考えられなくなりました。
というのは、ワクチンが発達したからです。
ワクチンとはなにかといえば、よく誤解されるのですが、薬ではありません。
ほら、子供の頃に学校で打たれましたね。大人になっても、インフルエンザの予防接種などを受けます。
あれは薬ではなく、弱毒の伝染病をあえて身体の中に接種して、抗体を上げて感染病をブロックしているのです。
昔、はしかなどが大流行していた時に、一回罹った人はもう罹らないということに気がついた医者がいたのですね。
エドワルド・ジェンナーという18世紀から19世紀にかけて生きた人です。近代免疫学の祖と呼ばれています。
エドワード・ジェンナー - Wikipedia
さて、彼が作り出したワクチンは、いまや防疫になくてはならないものになっています。
おっといけない。「防疫」って私たちは普通に使いますが、一般の人は聞き慣れませんでしたね。人や家畜を伝染病の流行から守るという意味です。
畜産の場合、いったん感染してしまった家畜のことを、患者の家畜という意味で、あまり好きな言葉ではありませんが「患畜」といいます。
マーカー・ワクチンに至っては、もっと分からなかったかもしれません。
よく誤解されますが、ワクチンは薬ではありません。消費者でも「薬剤やワクチンなんかとんでもない」というラジカルな方がたまにいますが、逆です。
薬を使わないためにワクチンを接種しているのです。
それはさておき、ワクチンを打つと「軽い病気」に罹ってしまいます。
たまにインフルエンザ・ワクチンを打つと、気分が悪くてなる人がいるのもそのためです。
それはコントロールされた伝染病になるからです。
でも、大丈夫。それは統御された極めて軽い病気で、本当に身体にダメージを与えるような強毒ではありません。
もうひとつ困ったことがあります。
それはあらかじめ予防的にワクチンを打つと、外界からの自然感染した「ホンモノの伝染病」と区別がつかなくなるかも知れないことです。
ホンモノか人工的に接種したワクチン由来なのか、わからないと原因がわからなくなります。
家畜の場合、防疫対策が立たなくなります。
つまり伝染病と戦う方法に迷いがでるのです。
たとえば口蹄疫対策では、ウイルス汚染のないことを確かめるために抗体検出によるサーベイランスが行われています。
サーベイランスとは「調査・看視」のことです。防疫は横文字と難解な用語が多くてすいません。
で、そのサーベイランスをするときに、ワクチンを接種した動物の体内にできる抗体と、外からのホンモノの感染で産生される抗体の区別ができなくなってしまいます。
そのため、OIE(国際獣疫事務局)という国際機関はこう定めています。
国際獣疫事務局 - Wikipedia
OIEには世界の主要国はほとんど加盟しており、ここの国際規約は絶対的なルールといっていいでしょう。
OIEは、サーベイランスの時に、ワクチン接種だろうとホンモノの感染だろうと一括して感染動物として扱うという規約を作ってきました。
ですから、予防的ワクチンを使っても陽性ならアウト。
使うにしても感染が発見された後に、ワクチンを接種してウイルスの広がりを抑えたのち、そのワクチン接種済み動物も殺さなければならなかったのです。
この手法に忠実だったのは、2010年宮崎県口蹄疫の時に取った政府の対処方法でした。
2010年日本における口蹄疫の流行 - Wikipedia
ワクチンは大量に使用されましたが、それはあくまでも感染拡大を遅らせて、殺処分までの時間稼ぎのためでした。
「殺処分」というおどろおどろした用語がでましたね。文字どおり家畜を殺して、感染拡大を食い止めることです。一種の破壊消防です。
私は大嫌いな言葉で、聞いただけで虫酸が走ります。
これは数十万の家畜動物を無益に殺害することで地域経済に大打撃を与え、復活するまで数年かかってしまいます。
その間、多くの農家が経営的につなげずに多額の借金をして破産してしまいました。
また、処分に関わる家保職員、さらには自衛隊などの大きな負担になってきました。
しかし、やむをえない側面もあることは認めます。
それは伝染病が出た時は、時間が勝負だからです。もたもたしていると、人や家畜の移動、時には風や野生動物に乗って感染が飛び火するからです。
民主党政権時に、口蹄疫がでたわけですが、当時の赤松農水大臣は無能を絵で書いたような人物で、その危険性をまったく理解していませんでした。
また当事者の宮崎県は、パーフォマンス命の東国原氏というタレント知事だったために、私はこれは九州全域を巻き込むと観念したほどです。
赤松氏に代わったのが、かつて牛を飼育していた経験もある山田正彦氏になって、やっとまともな防疫体制が敷かれました。
山田氏は極めて優秀な現場指揮官でした。
しかし、既に1カ月近い時間が経過してあちらこちらに飛び火していたのです。
殺処分するにしても、待機している患畜だけで膨大な数に登り、手もつけられません。
ここでやむなく取られたのが、殺処分をしながら、ワクチンを打って感染を遅滞させることでした。
実はこの時農水省から提供されワクチンは、マーカーワクチンでした。
マーカーワクチンとは、ワクチン接種と感染を区別するために、ワクチンになんらかの目印を付けたものです。
口蹄疫ワクチンの場合、ウイルスの遺伝子が作るタンパク質のうち、ウイルス粒子には含まれない非構成タンパク質(NSP non-structural protein)を利用してマーキングするものです。
昨日私がコメントで、「NSPワクチン」と書いたのが、このマーカーワクチンです。
これがしっかりと、「これはオレのワクチンだぞ」と印をつけてくれれば、そうかホンモノの感染じゃなんだな、とわかります。
これが開発されたのは1990年代でしたが、本格的に実用化が始まったのは英国の2001年の口蹄疫大流行がきっかけでした。
OIEは2002年の総会でNSP抗体陰性が確認されれば、6ヶ月で清浄国に戻れるという条件を承認しました。
そしてマーカーワクチンはいまや、英国、ノルウェー、米国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどでは主流になりつつあります。
マーカーワクチンは口蹄疫だけではなく、他の伝染病のものも研究され、実用化されています。
ところが、わが日本では動物衛生研究所(動衛研)という、わが国の防疫の最高研究機関がなぜか首を縦に振ってくれません。
その理由はもはや私にはよくわからない神学論争のようです。
トリインフルは、野鳥によっては伝播されます。時には野生のネズミすら媒介します。
それらから完全にニワトリをブロックすることは、事実上不可能に等しいことです。
牛や豚は糞尿や人による伝播であるに対して、空飛ぶ野鳥はブロックできないのです。
ならば、マーカーワクチンを打つした残った選択肢はないはずだと思いますが、雲上人たちはダメだそうです。
かくして、不勉強なメディアはいまでも、「殺処分に自衛隊出動」と叫び、その理由は「人に伝染するからです」と馬鹿なことを垂れ流し続け、全国の畜産農家は夜も寝られない日々が続くというわけです。
最後に、もう一点だけ付け加えておきましょう。
世界では伝染病を「兵器」として見なしている国があります。
特に人獣共通感染症であるトリインフルは、いったんテロ兵器として転用することはそれほど技術的に困難ではありません。
人獣共通感染症 - Wikipedia
安価で開発でき、相手国に持ち込むことも人間が靴にでもつけて入ればいいのですから簡単です。
これによって相手国は、経済的に大きな被害を出すだけではなく、社会的麻痺に陥ります。
しかもそれがテロであることすらわからないでしょう。
完璧なテロ兵器です。
そのような意志とリソースを持つ国が、東アジアには存在していることをお忘れなきように。
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http://www.pref.yamagata.jp/ou/sogoshicho/okitama/325048/eiseidayori/H23eiseidayori/H23-10.pdf
平成23年に改正された家伝法の案内チラシ?を見つけました。主に口蹄疫ですが、鳥インフルの補償についても書いてありますね。
私はこうやって交付してるから殺処分して良い、というつもりで載せているのでは決してないです。このように交付がついたとしても記事にあるように畜産家さん達はダメージをうけるなら、マーカーワクチン接種について特に鳥インフルは早急に対処を変えた方が良いのではと思います。
あくまで鶏肉を美味しくいただいてるだけの消費者からの意見なので、プロの皆さんは気にせずどんどん意見交換してください。
専門用語も単語をタップすればスマホやPCが辞書検索して調べてくれる時代になって、頑張れば素人も読むだけならついていけます!
投稿: ふゆみ | 2016年12月 2日 (金) 09時37分
ふゆみさん。ありがとう。
殺処分された場合は
「口蹄疫に限り、健康な家畜(患畜や疑似患畜以外)を殺処分した場合、国が全額を補償します(第17条の2及び第60条の2関係)」
トリも出ます。
ただし、これによっていまいる収入源の家畜は完全に殺され、その評価損だけではなく、経営の空白期間が生じます。
つまりあらたな家畜を導入しなければならないわけです。
それが商品化できるまで、牛なら最低て2年、ニワトリでも6カ月かかります。
しかもニワトリの場合いっぺんに導入できないのでロットごとの導入になるために元の飼養羽数に達するまで1年ではきかないでしょう(ロット数とそのロット羽数によってちがいます)。
この間、無収入です。1年間以上収入ゼロで、導入された新たなヒナを育てる飼育コストだけ積み上げられていきます。
おそらく借金まみれです。
国は経営支援と称して金を貸してくれますが、低利であっても借金です。
こういう状態でどこまで耐えられるかです。
小規模・零細はバタバタ潰れるでしょう。
というか、「オレも歳だし、後継者もいないんだから潮時だ」と考えるのです。
潰れるというより、ヘコんだまま立ち直れないのです。
大規模は残ります。
こうしていまものすごい勢いで進んでいる畜産の寡占化はいっそう加速されるというわけです。
投稿: 管理人 | 2016年12月 2日 (金) 10時58分
農水の雲上人様達が、首を縦に振らないのは、家伝法に書いてないからではないでしょうか?後、法定と届出の違い辺り?届出ではワクチン有るのはほぼワクチネーションされてなかったかな?
法律に絶対の官僚が法律に書いてない事をするはずがありません。その点で言えば、鳥フルや口蹄疫等のワクチンは、政治の怠慢だと思います。てというか、その辺分かっている政治家はほぼゼロでしょうね。農家の経営に関しては、今、議論されている収入保険がどうなるかで、少し変わってくる可能性も有るのではないでしょうか?農家の収入を直接補償しますので、全羽淘汰と成っても、収入が補償されるわけですし。
投稿: 一宮崎人 | 2016年12月 2日 (金) 12時39分