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2017年2月

トランプはバノン尊師の催眠術からいつ醒めるのか

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堤堯氏がトランプを評して、「ノーコン豪腕投手」と評していて笑いました。

なるほど言い得て妙です。ズバッズバッと160キロを投げ込むのですが、とんでもない危険球だったかと思うと、見事なストライク。

確かにこんなに投球がブレまくる大統領は初めてです。

なんでこんなふうになるのかと思いますが、その最大の原因が懐刀としてトランプが連れてきたスティーブン・バノンのせいです。
スティーブン・バノン - Wikipedia

Wikipediaスティーブン・バノン

トランプは選挙戦の時にさんざん極端なことを言って大向こう受けしていましたが、その台本を書いたのがこのバノンです。

ハリーポッターのマッドアイ・ムーディーみたいですね。ね、雰囲気まで似ているでしょう。

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「俺は国粋主義者、それも経済国粋主義者だ。グローバリストらのせいで、米国の労働階級が骨抜きにされ、代わりにアジアで中流階級を生み出した」
「トランプは、60%の白人、40%の黒人とヒスパニック層から支持を得た。今後、50年にわたって統治する」
「われわれは、トランプムーブメントを始める。共和党のエスタブリッシュメントも撃ち倒す」「1兆ドルのインフラ事業を推進するのは、俺だ」

この台詞は一見トランプのもののように聞こえますが、彼のものではありません。バノンが選挙戦の時に言っていたものです。

バノンの経歴は海軍の水兵から始まり、ハーバート大学でMBAを取得し、ゴールドマン・サックスに勤め、独立して投資会社を設立し、最後に悪名を轟かせたのがブライトバート・ニュースでした。

メディアを手にしたバノンは、米国に鬱積したダークサイドの空気をパンパンに吸い込んで、ついたニックネームが有名な「極右の火炎放射器」です。スゴイね、こりゃ。

バノンは昨年8月にトランプの選対本部長に就任し、彼のイデオロギーの家庭教師となりました。

聴衆の前でこうしゃべれ、メディアにはこのようにふるまえというトランプの踊りの仕付けはバノンがしたのです。

そして勝利をおさめました。

トランプ自身よもや勝てるとは思っていなかった選挙戦が勝てたということで、バノンにひとかたならぬ恩義を感じたわけです。

ある意味で、当初からトランプ政権は、「バノン政権」のような性格を帯びて誕生したのです。

今、トランプが激しくメディアと衝突しているのも、このバノンの進言によるものです。

まぁ、進言も何もバノンは主席戦略官・上級顧問と言う新しいポストに就いていて、いつでも大統領執務室に入る権限を持っています。

というか、この「首席戦略官」というわかったようなわからないポスト自体が、バノンのために新たに創設したものです。

いつでも大統領の耳に知恵を授けている側近中の側近という位置づけでしょうが、首席補佐官という伝統的なポストとかぶってしまっています。

首席補佐官も同じように大統領を補佐し、長期的ビジョンや再選戦略や議会対策を進言する役割ですからまさに屋上屋ですが、いかにバノンが特殊な地位にいるのか分かります。

その上、バノンはNSC(国家安全保障会議)の常任メンバーという国家中枢機関の常任メンバーの地位まで要求しました。

ニューヨークタイムズはこう評しています。

「スティーブン・バノンほど、自身の権力基盤を厚かましく強化した側近は、これまでいなかった。そして、ボスの名声や評価をこれほど早く傷つけた人物も、かつて見当たらなかった。」

あつかましくポストを要求しただけではなく、バノンは目の上たんこぶを潰します。

意見があわず体質が違う国家安全保障担当のマイケル・フリンを失脚に追い詰めたのです。
マイケル・フリン - Wikipedia
アメリカ国防情報局 - Wikipedia

フリンはDIA(国防情報部)長官でしたが、バノンがライバルの成長を恐れるCIAを使って陰で画策したのは事実のようです。

このまま推移すればバノンは、ロシア帝国崩壊の遠因を作った怪僧ラスプーチンの再来となったでしょうが、幸いにもそうはなりそうにもありません。

トランプ政権に、しごくまっとうなバランス感覚に富む人材が登場したからです。

いわばホワイトナイトとでも呼んだらいいのでしょうか。4名います。

ジェームス・マティス国防長官、レックス・ティラーソン国務長官、そして今回フリンの後任となったハーバート・マクマスター安全保障担当補佐官、ジョン・ケリー国土安全保障長官です。
レックス・ティラーソン - Wikipedia

Photoレックス・ティラーソン国務長官

ちなみにティラーソン国務長官は、就任前の記者とのインタビューに答えて、こんなこんなことを述べています。

「難しい問題で、アメリカが介入することはできないかもしれない。だが、私はする。(国務長官になったら)慰安婦問題でもめる日韓では日本を支持する。韓国が誠実な対応をしなければ貿易停止などの経済制裁を必ず行う。これで解決しなかったらさらに措置を検討する」

まことにしびれるほどまっとうなご意見です。日本贔屓だから喜ぶのではなく、バランスが取れた視点を持っているのが分かります。

こらコリア、よく耳をかっぽじって傾聴するように(笑)。

それはさておき、バノンがトランプに入れ知恵した「トランプ3バカセット」というものがあります。

「メキシコ国境の長城建設」「金出さなければ在日米軍引き揚げ」「NATOは古くさい」というもので、私は大統領選の折にこれを聞いて、コイツは真正のバカだと思ったことがあります。

米国がNAFTAを破壊し、「壁」を作って隣国メキシコや中南米と紛争状態になり、かつ日米同盟を廃棄し、その上に米欧同盟まで破壊したら、米国はその瞬間に国家としてジ・エンドです。

日米同盟と米欧同盟を破壊すれば、米国の対中、対北、対露、対中東戦略のすべてが根底から崩壊します。

Photo_2ジェームス・マティス国防長官

迅速に同盟関係を正常化させねば大変になると考えたマティス国防長官とティラーソン国務長官、そしてジョン・ケリー国土安全保障長官3人は、それぞれ日本、欧州、メキシコに飛びます。

マティスは日米同盟を安定させるべく最初の訪問国に日本を選び、「日米同盟は他国のモデルだ」という言葉まで使って日本政府をホっとさせました。

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訪日の時の稲田氏との記者会見時の発言です。
http://www.sankei.com/premium/news/170204/prm1702040031-n1.html

「コスト負担ということでは、日本は本当にモデルだと思っている。われわれは常に対話をこの件についてやっています。詳細についても常に話をしています。
そして日本と米国で経費の負担分担が行われているのは、他の国にとってモデルになると思っております。お手本になると思っております。(略)
現段階において別に何か劇的に軍事的な動きをする必要は感じておりません。まったくないです」

一方ティラーソン国務長官は、真っ先にNATOに飛び、「安心してくれ米国がNATOを去ることは絶対にない」と力説し関係を修復しました。

前後してマティスも訪欧し、「北大西洋条約機構(NATO)が「時代遅れ」などということは全くない」と強調して、トランプが繰り返してきた言い回しを真っ向から否定しました。

ケリーもまたメキシコを訪問し、ペニャニエト大統領、外相、内務、国防相ら複数の関係閣僚と会談します。

おそらく「まぁまぁびっくりしないで、米国は壁を作ってメキシコと敵対したいわけではない」くらいは言ったと思われます。

しかし、NAFTAを壊されされそうになり、壁を作られ、不法移民対策に名を借りた「壁」までつくられていますから、メキシコ政府の怒りは簡単には納まらないでしょうがね。

また「ひとつの中国」見直しは、保守で喜ぶ人が多いのですが、台湾にとってきわめて危険な政策でした。

今のガラス細工のような台湾の地位が変更されるならば、中国は一気に軍事的侵攻のシナリオに手を出しかねないからです。

これもティラーソンが諭して止めさせています。

続いて現在進行形の中東7カ国移民差し止めですが、これも間違いなくバノン臭がプンプンする政策です。

イラク駐留の指揮官だったマティスは一貫して、「ムスリムは敵ではない。侮辱したり、怒りを示したりするな。彼らを敵にすればよろこぶのはテロリストだ」と言い続けてきただけに、腹が煮えくり返っていたことでしょう。

これによって、行政は大混乱、司法は違憲と判断して大統領令を差止め、西欧諸国まで怒り出すという事態にまでなっています。

まったくやれやれですが、このティラーソン、マティス、マクマスター、ケリーという「ホワイトハウス正気4人衆」はいつまでもバノンの尻拭いに甘んじているいるようなタマではありません。

しつこいようですが、沖タイは軍人が多数入閣したことをとらえて、「極右タカ派政権の誕生」と書きたてましたが、お門違いもいいところです。

トランプ政権を極右に走るのをくい止めている「ホワイトハウス正気4人衆」のうち実に3人までもが、軍人出身なのですからね。

もうしばらく時間はかかるでしょうが、トランプもそろそろバノン尊師の催眠術から覚醒する時期のようにみえます。

このままバノンに任せていたら再選はおろか、国際秩序は崩壊し、米国自らも没落するのは必至だからです。

バノンが失脚すれば、米国に大変にまともな保守政権が誕生したことになります。

■間違って扉写真を消してしまいましたので差し替えます(涙)。

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山城事件と依田事件を同列にしてはならない

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先日来の反対派諸氏とのやりとりに、こちらからいくつかつけ加えておきたいと思います。

まず、山路さんも指摘されていましたが、依田氏が巻き込まれた私的「検問」との間に発生した暴力事件と、山城氏が指揮した集団暴行事件は同じ次元のものかという点について少し考えてみましょう。

依田事件と山城事件(本記事ではそう称します)との違いは、いくつかあります。

おおむねこのような点で、両事件を比較してみたいと思います。

①客観的証拠の有無
②誰との間の紛争だったのか
③事件の背景に集団性が存在するのかどうか

では第1に、客観証拠が存在するか否かです。

9月17日に発生した依田事件は、双方の申し立てに大きな差があります。

依田氏は突き飛ばしたというのは認めていますし、その時に手に相手の身体の一部が当たったことまでは認めています。

「検問」をしていて殴られたと申し立てて名護署にまで訴えた反対派は、ゲンコで殴られたと言っているようです。

Photo依田啓示氏

これについて私は、現実に何が起きたのか分からないとしか言いようがありません。

なぜなら、双方の申し立てを立証するに足る客観証拠がないからです。

双方共に客観証拠がない以上、「そう言っている」にすぎないのです。

これについては、警察が暴行傷害事件として立件するかどうかを見るしかないでしょう。

依田氏が立件されて裁判で有罪が確定すれば、依田氏は暴行犯と謗られても致し方がありません。

しかし、人権派弁護士が好んで使う「推定無罪」論に立てば、「何人も有罪と宣告されるまでは無罪と推定される」のですから、あたかも暴力犯であるかのような非難は、依田氏の人権と社会的地位を侵害するものです。
推定無罪 - Wikipedia

一方後述しますが、山城事件は豊富な客観証拠が存在し、いつどこで誰が何をしたのか正確に特定可能です。

第2に山城氏が起こした去年8月5日の集団暴行事件と依田事件が、決して同列にならないのは「相手」が違うからです。

依田氏は、公道上において車を一台一台停めて車内を「臨検」し、ここから先は通さないと「命令」した反対派阻止集団との間に発生しました。
依田氏FB9月18日の書き込み

高江紛争においてはこの私的「検問」が跋扈し、高江集落に行くためにはなんどとなくこの「検問」をくぐらねばならず、時には意味なく追い返される事態すら多数発生していました。

この私的「検問」は、反対派の常習の戦術で、シュワブ・ゲート前などで常態化していました。

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上の写真でクバ笠を被ったタオルの人物が山城氏です。

この動画には、大音量のトラメガで喚いて威嚇し、ビデオ撮影し、果ては窓から手をさしこんでキイを奪おうとしている光景まで記録されていて恐ろしくなります。
動画https://www.youtube.com/watch?v=k6ce3UXO7o4 

当然のことですが、「検問」側には、道路交通法違反、及び威力業務妨害が適用されてしかるべきです。

私はいかなる暴力行為も是認しませんが、この違法行為に対しての義憤から生じたのが、依田事件だったとはいえるでしょう。

つまり、<私人vs私人>間の紛争なのです。

一方山城事件は、N1裏テントに防衛局の張り紙を貼ろうとした公務中の防衛局職員に対しての暴行事件です。

山城事件は防衛局職員が、正当な職務権限に基づき、国有地に違法にたてられたテントを撤去するようにとの通告文を、警察の警護もなく掲示しに行った際に発生しました。

防衛局職員に非は一点もありません。

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つまり山城事件とは、依田事件が<私人vs私人>であるのに対して、<公人vs私人>間の争いが、一方的集団暴行事件に発展したものなのです。

第3に、依田事件と山城事件が決定的に異なるのは、集団性が背景にあるかという点です。

山城事件の逐一は動画に記録されて、山城氏が多数を頼んで政府職員に暴行をふるっている様が記録されています。
動画https://www.youtube.com/watch?v=8eS4o-CxyjI&feature=youtu.be 

正当な職務を遂行しようとした政府職員を集団ではがい締めにし、眼鏡や帽子を奪い、突き飛ばし拉致しようとしました。

厳しく取れば、強盗が問われる状況です。

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黒いシャツの男は眼鏡の職員の帽子をはぎ取り、複数で肩を押さえ込んで連れ去ろうとしています。

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暴行罪の「暴行」とは、人の身体に向けた有形力の行使を言いますから、上の時点で既に暴行罪は成立しています。

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上の写真ではやめてくれと叫ぶ政府職員を、集団で押さえつけて正座させています。

これを彼らは「話しあい」と称しているようですが、違います。これは拷問による尋問です。

大勢で取り囲み、罵声を浴びせ、正座させ、人間の尊厳を奪って自白、あるいは謝罪に追い込むことは拷問以外のなにものでもありません。

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上の写真で山城氏は「うちのテントに連れ込むからな」と捨てぜりふを叫んでいますが、実は別の日に、既に山城氏たちは政府職員をテントに監禁して、メモや文書を強奪していたことすら分かっています。

つまり山城氏は、集団による暴行傷害・監禁・威力業務妨害の確信的常習者なのです。

さて、この山城氏が拘留されていることに対して、「政治弾圧」だとして即時保釈する要求が沖縄選出6議員から出されています。

また最高裁が保釈を棄却したことに抗議して、反対派多数が門を開けて突入し気勢をあげたそうです。

冗談ではありません。なにが「政治弾圧」ですか。

山城氏は器物破損、傷害の罪で起訴されている刑事犯なのです。

勘違いしないでほしいのは、彼はその「思想」故に裁きを待っているのではなく、その犯した「行為」によって裁かれようとしているのです。

日本の法体系には、思想犯・政治犯は存在しません。

そして山城氏は依田氏と違って単独の個人ではありません。

上の写真をご覧いただければ分かるとおり、集団で取り囲み暴行を振るったわけで、山城氏はその指揮者でした。

そしてこの暴行事件は、彼が議長として指導していた平和センターが中心となって、組織的に行われていた中で起きたものです。

つまり、山城事件の背後には強い組織性が認められるのです。

したがって、強い言葉を使えば、今回の山城事件は「組織的犯行」なのです。

このような場合、公判前に保釈すると、不利になる証拠を組織を使って隠滅する恐れがあると司法当局は判断します。

ですから、山城氏が初公判前に保釈されることはあり得ません。

このようにまったく別次元のふたつの事件を、ゴッチャにして同列に並べること自体が無意味であり、本質がわからなくなります。

というわけで、組織的防衛ができない一市民の依田氏をつるし上げることで、なにかしら山城集団暴行事件が相殺できるかのような反対派の言説が、いかに虚偽に満ちたものかお分かりいただけたでしょうか。

おっと大事なことを書き忘れていました。

4番目として、依田氏はことあるごとに、暴力事件についていかなる理由にせよ手を出したのは悪かったとして、謝罪の意思を示しています。

一方、山城氏は一片の謝罪も述べたことはありません。

これはただ人間としての品格の問題に帰すべきなのか、運動に取りつかれた政治的人間の哀しい性と見るべきなのか、私も迷うところです。

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日曜写真館 太陽が昇ろうとしている

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最近TVで、『2001年宇宙の旅』をまた見てしまいました。何度目かな。

封切りに行ったというのが、私の秘かな自慢です。当時中坊だった私には、壮絶なまでにチンプンカンプンでしたけど(涙)。

特に後半。なんなのあの光のコースターは。イケア調の素敵な白いリビングは何?年寄りは誰なの?最後の胎児はなんなの。教えてくれぇ。

原作読んでやっと理解して、エラソーに友達たちに講釈を垂れましたっけね。

以来朝の太陽をみると、あの映画冒頭の、月と地球の彼方から太陽が昇る時の背景に流れる、『ツラトゥストラはかく語りき』の、ブワーンというパイプオルガンの重低音と、例のドンドンドンというティンパニーが頭の中で鳴り響いて困ります(笑)。

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「ネトサポ観察」氏に答えて 依田氏への個人攻撃で高江の暴力沙汰は隠蔽できない

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「ネトサポ観察」氏という者からこのようなコメントが来ています。

「そもそも興味ないなら斉加氏のこと記事に出さなければ良いし、なおさらいい加減な情報に基づいてデマを放言するような真似はしなければ良いでしょう。
書くことに責任感がないから不確かな情報をばら蒔いても恥じることがないのかね?
あなたの方こそ反対運動の一部の逮捕者を過大に取り上げて、実際に沖縄の反基地運動に対してばら蒔かれ続けているデマ問題を意識的に相対的させて真面目に向き合う気がないんだろう。
MBSの取材が気に食わないならあんたが直接電話かけて取材をすれば良いだろう

もともとは依田のホラ話に疑問を持った一般の人が問い合わせてデマだと発覚したんだからさ。
まあ、そういう気概がないからこういう記事を書くしかできないんだろうけど。」

本来本記事で取り上げるに足らない内容ですが、毎回毎回、相手変われど主変わらずで、同じ内容です。いいかげんにしていただきたいものです。

どこかに反論フォーマットでもあるのか、判で押したように中身といえばこんなかんじです。

依田は暴力男だ
②依田はデマ男だ
③テレビ局が依田のウソを暴いたのに、反対派のことを「ニュース女子」で長谷川は「反対派はテロリスト」」と言いふらした

まぁ、表現は違いますが、似たりよったりです。

ひとことで答えれば、だから何?ですが、答えておきます。

まず、この人物のリテラシー能力が欠落しているのがわかるのは、私が「斉加氏には関心がない」とコメントに書いたことをねじ曲げています。 

私がとりあげたのはMBSの「番組」です。 

それを作った斉加尚代ディレクターという「個人」、及び彼女に対する処遇には一切関心がありません。 

私の関心を惹くほど、格段のジャーナリストではないからです。マスコミ業界にはよくいるタイプです。 

反対派は常にそうですが、このようなどうでもいいことを枕にして、私の論評全体を「書くことに対する責任感がない」と貶めます 

高江紛争でいえば、「依田事件」においても同じ手法を取っています。 

全体ではなく、依田氏がいかに暴力的なデマッターなのかということを力説すれば、自分たちが犯した暴力事件が糊塗できるとでも思っているようです。 

この人物は「いいかげんな情報をばらまいて恥じない」とまで私を非難しますが、ならばどこがどう「いいかげん」なのか教えてください。 

この人物はこう書きます。 

「反対運動の一部の逮捕者を過大に取り上げて、実際に沖縄の反基地運動に対してばら蒔かれ続けているデマ問題を意識的に相対的させている」 

その言葉はそっくりそのままお返しします。

なんども紹介している沖縄タイムス(2016年9月8日)の記事の一節です。ぜひ全文を読んで下さい。

高江紛争が集落にいかなる被害を与えたのか、ありのままに書かれている優れた記事です。
http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/61153 

「県道70号では8月から、市民が「牛歩作戦」として、工事車両の前を時速10キロ未満の速度で走る抗議行動を展開。
機動隊の交通規制もあって県道は渋滞し、出荷や作付けする農家を中心に地元住民の往来に支障が出ていた。(略)
仲嶺区長は「区民のストレスは限界に来ている。早くヘリパッドを完成させた方がいいとの声も出ている」と打ち明ける。通勤、保育園送迎、通院などに支障が出ていると苦情は絶えない。」

 

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上の写真は防衛局が正式に資料としたもので、トリック写真でもCGでもありません。 

道路を一定の目的を持った集団が、車両の違法駐車によってブロックすれば、これは公然たる違法行為です。 

ウソだと思うならば、那覇でやってご覧なさい。即座に排除されてキップを切られ、その指揮者は別途逮捕されるでしょう。 

この道は県道17号線です。高江集落に通じる幹線道路でした。それを封鎖したらどうなるのか考えなくとも分かります。

集落は外からの物資や人の流通を断たれて干上がります。 

実際に、沖タイ記事によれば、村民が畑に行けない、出荷ができない、学校に行けない、共同売店が運営できないという悲鳴が上がっていました。 

これを暴力行為と呼ばないのでしょうか? 

上の写真を見ると、呆れたことには画面右端では記念写真など撮っていますから(!)、当人たちは違法行為をしている、ましてや暴力などしていないピクニック気分の「反戦闘争」だったのでしょう。 

また、ここが公衆の目が届かない僻村だったことも度を越した暴力の背景にあるかもしれません。

メディアは味方、見るものは誰もいない、沖縄県警は見て見ぬふり、これが反対派を増長させ自滅に追い込んだのかもしれません。

冗談ではない。ひとつの集落に土足で上がり込み、集落への交通を長期間絶つなんてことを気楽にやられてたまるもんですか。 

ひとりひとりは「善意」でも集合すれば、「暴力」や「テロ」となります。合成の誤謬の一種です。

私は保守の一部が言うように彼らをすべて「テロリスト」とは見なしませんが、結果においてテロリストまがいの暴力行為をしたことは事実です。

こういう違法性に対する鈍感が積み重なった結果、反対運動は次第に暴力に無自覚になっていきました。 

この人物は、「一部の逮捕者」といいますが、はて、山城氏が「一部の逮捕者」でしょうか。 

山城氏が集団暴行事件を引き起こしたから、大問題となったのです。 

下の写真は去年8月5日に起きた、高江N1裏テント集団暴行事件を写した動画から切り取ったものです。

ちなみに、いくつかある反対派の「団結小屋」テントでも、このN1裏テントは現地闘争本部が置かれて山城氏が常駐していた場所です。
https://www.youtube.com/watch?v=8eS4o-CxyjI&feature=youtu.be 
関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2016/10/20165-b8be.html 

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 このピンクのタオルを巻いているのが山城博治氏です。

彼がこの暴力事件を最初から指揮している様はこのノーカット・無編集映像にすべて納められています。 

こう書くと反対派は、「これはカルト宗教が撮ったから」うんぬんと言いだしました。関係ありません。 

映像は映像資料として独立した存在で、このような無編集ビデオは法廷においての証拠能力があります。 

さて、問題はなんなのかお分かりいただけたでしょうか。 

他ならぬ山城氏だから問題視されたのです。 

彼は辺野古、高江を指導した、いや今までの沖縄反基地運動全体を牽引してきた指導者だったからこそ大問題になったのです。 

高江紛争は弾圧されて負けたのではありません。自らの暴力によって自滅したのです。

それをあたかも「一部の不心得者」として隠蔽するのが、反対派とメディアです。 

MBSの番組はあれだけ長尺なのにもかかわらず、ただのひとこともこの集団暴行事件に触れませんでした。 

おかしくありませんか、それで高江になにが起きたのか報じられますか、と私はあの記事で問うています。
関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2017/02/post-fbc0.html#comment-139579869 

この事件の前段で山城氏は、しばき隊・添田という札付きの暴力常習犯を高江現地に受け入れています。 

本土から添田を送ったのは、今回BPO提訴した辛淑玉氏です。

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 そしてこの元暴力団員を受け入れ、政府職員への暴力行為を容認したのも山城氏その人です。 

これでも山城氏の責任がない、そんなものは「一部の逮捕者の問題にすぎない」というのでしょうか。 

そうであったらよかったですね。 

そうではなかったから、統一連(=共産党)は山城氏を激しく批判し、平和センターと統一連の溝は決定的となったのではありませんか。 

ちゃんとこの記事を読めば、この一連の流れは書いてあります。この記事でデマがあればどうぞご指摘ください。 

私が書いているのは事実のみです。事実と違っているなら、事実を突き合わせましょう。 

にもかかわらず、「依田が悪い。依田がデマをまいた」とばかりに個人攻撃に励んでいるからダメなのです。

私はこの反対派のような、個人攻撃という卑劣な手段を憎みます。

ですから斉加氏が首になろうが、干されようが関心はないのです。

あくまでも番組内容こそが問題なのであって、個人ではないのです。

ところが反対派ときたら、依田氏が村役場ともめたからどうの、ウチナンチューじゃないからどうのとかまびすしいこと。

なにか依田氏を貶めれば、闘争が勝利できるようです。

依田氏への個人攻撃で高江紛争の暗部は覆い隠せません。あまりにも長期間、野放図にやりたい放題やったからです。 

百歩譲って、依田氏が「暴力男」だろうと、デマをまいたとしても、私は自分の主張をまったく変えるつもりはありません。 

なぜなら依田氏がどうであろうと、山城氏たち反対派が高江でやった一連の暴力行為は覆い隠せないからです。 

「木を見せて、森を見せない」やり方には、自ずと限界があることを知るべきです。

この人物は「気概」などという大仰な言葉を使ってコメントを締めくくっていますが、その「気概」とやらが辛氏にひとかけらでもあれば、どうぞ我那覇氏が申し込んだ公開討論をお受けになることをお勧めします。

 

 

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マクマスター トランプ政権の良識派となるか

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トランプ米大統領が面白い人事をしましたね。

たぶん何かのトラップに引っかかったと思われるマイケル・フリンに替わって、国家安全保障担当大統領補佐官にあのハーバート・マクマスター陸軍中将を当てました。
ハーバート・マクマスタ - Wikipedia

フリンは軍事の現場に関わったことがない上に、陰謀論に傾斜するきらいもあって、危惧する声も上がっていたため、マクマスターの登用は珍しくも民主・共和双方から歓迎されているようです。

さきほど私は、「あの」と冠せましたが、今の米国軍人良識派を代表する高名な軍人です。

彼の経歴については後述しますが、トランプの布陣の特徴は過激なシビリアンを、極めてクールな「学者軍人」がバランスするという方法です。

Photoハーバート・マクマスター

軍人と聞いただけでジンマシンを起こすリベラル左派に勘違いされているようですが、軍人はただの戦争好きだと務まりません。

マティス国防長官の時ですが、軍人が閣内に入っただけで沖タイはこの調子です。といっても、あちらのリベラル・メディアを丸写しですが。

「文民統制(シビリアン・コントロール)を重視してきた歴代政権とは対照的に、安全保障面を担う要職に次々と軍人を起用している。米紙ワシントンポストは「元軍高官が国防長官に起用されたケースはほとんどない」と指摘し、「トランプ氏は周囲を軍人で固めている。これは危険な兆候だ」との識者らの見解も併せて報じた。」(2016年12月25日)

書いたのは、オスプレイ・デマをせっせと米国から流し続けているヘンな記者の平安名純代氏です。

タイトルからして「トランプ政権、タカ派色鮮明 要職に米軍元高官3人目」ときていますから、彼女の脳内では軍人というだけタカ派となってしまうようです。

沖タイにとって軍人はレイプ魔か殺人鬼ですから、軍人をベタ一色でとらえているようです。

この人は保守だ左翼だという以前に、自分で調べて書かないからダメです。もう少し調べてから書きなさいな、ヘンナさん。

ではこのツルツル頭が可愛いいマクマスターの経歴を当たってみましょう。ヘンナさんがバブロフの犬的反応を示したようなタカ派なのでしょうか。

マクマスターのキャリアを劈頭を飾るのは、1991年湾岸戦争での「73イースティングの戦い」でした。
73イースティングの戦い - Wikipedia

当時大尉だった、自身が搭乗するM1A1戦車と9両で、4倍のイラク最強と言われた共和国防衛隊と真正面からぶつかり、一方的勝利をおさめました。

この経歴だけ聞くとやる気満々の闘士型軍人を思い浮かべるでしょうが、マクマスターを有名にしたのは、むしろ2005年のシリアのことでした。

その時彼は、シリア国境の人口25万のイラク・タル・アファー市内で対ゲリラ戦を指揮していました。階級は既に中佐で、第三装甲騎兵連隊長でした。

この街でゲリラは、対米協力者と見なしたイラク市民を斬首するという、無差別殺戮をしており、完全な無法が支配する地域と化していました。

このゲリラはイスラム過激派で、サウジ、リビア、シリアから流入していました。

警察はとうに機能せず、警察署長以下制服を脱いで隠れている有り様だったそうです。

マクマスターは住民すべてをゲリラ勢力と見なさずに、住民保護を徹底し、むしろ住民サイドからゲリラ情報が入ってくるコミュニケーションを確立しました。

これは当時イラクで米軍がとっていた、ムスリムをすべて敵対視し、モスクにまで軍用犬を入れるといった「文明の対決」型姿勢と対照的でした。

この地道な住民保護とイスラムを敵にしないという方針が実って、タル・アファー市は解放されます。

なお、米軍はこの解放作戦により、150名の死傷者を出しています。

そしてその後のイラク駐留軍の連隊長時に、彼はこのような命令を発します。

ひとつ、抑留した敵戦闘員は人道的に処遇する。
二つ、ムスリムを侮辱した言動を吐いた者は厳罰に処する。
三つ、イラク人とムスリムは味方である。

Photo_2ジェームス・マティス

実はこの姿勢は、ジェームス・マティス国防長官(元海兵隊大将)とまったく同じです。

マティスも同時期イラクにいましたが、このようなことを兵士に命じています。
ジェームズ・マティス - Wikipedia

「第1海兵師団の将兵に「君たちがイラク市民に対して怒りや嫌悪を示すことが、即ち、アルカーイダや他のならず者たちの勝利となってしまうことを忘れるな。"whenever you show anger or disgust toward civilians, it's a victory for al-Qaeda and other insurgents"」

実は、このマティスとマクマスターのイスラム教徒に対する姿勢は、SIG(戦略イニシアチブ・グループ)の首席戦略官のステーブン・バノン氏やゴルカ次席補佐官の思想とはまったく異質です。

Photo_3ステーブン・バノン

バノンは「極右の火炎放射器」というオドロオドロしたニックネームで有名ですが、私からみてもこりゃ極右の差別主義者だというお人柄です。

トランプという人物がよく分からないのは、このようなイスラム・テロリストとの実際の戦闘を熟知した良識派軍人を一方で要職に据え、一方でハチャメチャな極右を側近に置くことです。

不思議なバランス感覚としかいいようがありませんが、マクマスターが補佐官として大統領に意見を具申するには、このバノンと一戦を交えつつ、NSC(国家安全保障会議)の事務局を押さえねばなりません。

おそらくマクマスターにとって、イラクの戦場よりも熾烈な戦いになると思われます。

なお、マクマスターは歴史学博士のタイトルを持っており、"Dereliction of Duty"(責任放棄)という著作もあります。

菊地茂雄「「アドバイザー」としての軍人」(防衛省防衛研究所)によれば、この本の中でマクマスターはベトナム戦争の敗北原因に、軍人が適格な進言をせず「もの言わぬ軍人」となってしまっていたことを上げています。  

「ベトナムの複雑な状況にジョンソン政権が十分対処できなかった原因は、大統領による短期的な国内政治上の目標の追求、大統領の人柄、大統領の相談相手のシビリアンと軍人の性格にある。
ジョンソン大統領が助言を得るためのシステムは、合意の形成と、不利なリークの防止を目的として組織されていた。
大統領はきわめて自信に欠け、側近のシビリアンしか信用しなかったので、(略)国の『第一の軍事顧問』と法律で定められている組織(訳注・統合参謀本部)の有効な軍事的助言を得ることなく、国が戦争へ向かうという、奇妙な状況が生じた」
(静岡県立大学グローバル地域センター特任助教・西恭之氏による)
 

この一文の中のジョンソン大統領を、トランプに読み替えてみるといいでしょう。

トランプはかつての副大統領から急遽大統領職に就いたジョンソン同様、強気の後ろに自身のなさを隠しています。

それは過剰ともみえる安倍氏への歓待にもかいま見られます。

そしてバノンのような、危険な民間人を側近に置いています。

またトランプは既成の情報機関と対立しており、耳を傾けようとしないとも聞きます。

今のトランプを落ち着かせ、穏健な軌道に乗せるにはマティスやマクマスター、あるいは「第一の軍事顧問」(統合幕僚本部)の「もの言う軍人」たちが絶対的に必要なのです。

なお統合幕僚本部議長のダイフォードもまた、バランスの取れた良識派だとされています。

マクマスターがこのしんどい職を受諾したのは、かつて自分が指摘したジョンソン大統領の政策決定プロセスの欠陥と同様の兆候がトランプ政権に現れていることを見てとったからでしょう。

マクマスターは、大統領には「もの言う軍人」の正確な助言が必要で、嘘を聞きたいために軍人を側近にするなと書いています。

また、トランプはイヤな顔をするでしょうが、大統領は政策の失敗の責任をマスコミに転嫁するなとも書いています。

もし、マクマスターが今までの剛直な生き方をホワイトハウスで貫くならば、大変にまともなトランプ政権の良識的頭脳が誕生したと評価できるのではないでしょうか。

ぜひ「もの言う軍人」となっていただきたいものです。

 

 

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連合から見放された民進党

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連合と民進党の対立が激化しています。 

民進党が全野党共闘、つまりは共産党と組むことを表明したやいなや、連合は激しく反発しました。 

それに追い打ちをかけたのが、今回の蓮舫代表の「2030年代原発ゼロ政策」です。 

私的には、「まだ言うとんのか」(ふゆみさんご指導による正しい大阪弁)です。

「民進党の蓮舫代表は21日夜、所属している野田幹事長のグループの会合に出席し、「2030年原発ゼロ」の取りまとめに意欲を示した。
蓮舫氏は、次の衆議院選挙に向けて、原発稼働ゼロの目標時期を「2030年代」から「2030年」に前倒しを検討しているが、最大の支援団体である連合は、慎重な姿勢を示している。
関係者によると、21日夜の会合で蓮舫氏は、「連合も含めて、いろいろな意見があることは承知している。正念場なので、頑張っていく」と述べ、党内の取りまとめに意欲を示した。」(FNN2月22日)

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もはや野田さんの妄執ですね。

だって民主党は、2012年9月に当時首相だった時代に一回試みたことがあります。 

その時はまがいなりとも政権党でしたから、真実味がありました。なにせ政府方針ですからね。

同月のエネルギー・環境会議で、「革新的エネルギー・環境戦略」として、この時も2030年代に原発をゼロにすると方針化していました。 

通常、ここまで大きな政策を政府としてぶち上げる以上、エネルギー専門家を交えたエネルギー政策の工程表くらいあるだろうと思っていました。 

それに加えて、電力会社や、電力総連、大規模な電力消費自治体などへの国内根回しは当然のこととして、少なくとも米政府にくらいには打診していると思っていたのですが、私が甘かった(苦笑)。 

な~んもない。ただの思いつき。当時流行の新思想であった「脱原発」を言ってみたかっただけでした(爆笑)。

なんにもしていないで、身内だけでゴソゴソ議論して決めただけなのです。「専門家」といっても飯田哲也氏のような運動家的専門家の意見を聞いたていどだったようです。 

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ですからなんと野田政権はその2日後の9月19日に、閣議決定を降ろしてしまいました。たった2日!屁タレにもほどがあります。 

その理由は、そもそも再生可能エネルギーの見積もりが甘かったのもありますが、それもさることながら、米国政府に一蹴されてしまったからです。

原発を停止することは、「原爆の素」のプルトニウムを備蓄し続けることになります。

それは原爆を作る意思があるのと同義なのです。

詳しくは過去記事をお読みください。
関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2015/04/post-c030.html

今回は野党ですが、怒ったのは電力企業労組で作る電力総連でした。 

菅直人氏が全国の原発を止めて、その再稼動のハードルを極めて高く設定したために、各電力会社は塗炭の状況に追い込まれています。 

ここでまた原発ゼロ政策を取られたら、企業として投了です。電力総連に言わせれば、「うちの会社を潰す気なのか、バーロー」というわけです。 

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それを伝える産経(2月23日)です。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170223-00000068-san-pol

「民進党の最大の支持団体である連合の傘下労組「電力総連」(岸本薫会長)が、3月12日の党大会で次期衆院選の公約として「2030年原子力発電ゼロ」方針を掲げた場合、民進党候補を推薦しない方針を蓮舫代表に伝えていたことが22日、分かった。電力総連幹部が17日、蓮舫氏と面会して表明した。蓮舫氏は党大会の発表にこだわるが、有力労組が離反すれば党の選挙戦略に大きく影響しそうだ。」

既に連合の大規模産別のひとつである化学連合は、連合を離脱し自民党支持にする意思を表明しています。
http://www.sankei.com/politics/news/170214/plt1702140011-n1.html

「昨年まで民進党最大の支持団体である連合に加盟していた「全国化学労働組合総連合」(化学総連)が次期衆院選で自民党を支援する方針を決めたことが13日、分かった。化学総連幹部が同日、自民党本部で茂木敏充政調会長らと面会し、意向を伝えた。政府が進める働き方改革への要望やエネルギー政策についても意見交換を行った。」(産経2月14日)

組合員200万という連合の主力産別だった、金属労協も連合を離脱しました。

「参院選を間近に控え、自動車・電機・鉄鋼・造船・重機などの大手製造業の労組で構成される、組合員数約200万人の全日本金属産業労働組合協議会(金属労協)が内々に連合との政治協力解消を決めたのだ。
金属労協に所属する5労組(自動車総連・電機連合・JAM・基幹労連・全電線)も連合離脱の動きを見せ始めた。背景には金属労協にとって宿敵である共産党と民進党が手を組んだ、いわゆる「民共合作」への並々ならぬ抵抗がある。」(選択2016年6月号)

ご覧のように、相次ぐ大規模民間産別の離脱によって、連合の民間労組部門はもはや半分解体状態です。

かろうじて自治労・教組といった、公務員労組で持っているといった有り様です。

ご承知のように、元々連合が結成されたのは、反共産党を掲げる穏健派の結集をめざした結果でした。

日本の労働組合は以下に分類されます。

①総評。旧社会党系右派・中間派・左派のゴッタ煮。
②同盟。旧民社党系。
③新産別、中立労連

①から③までが合併してできたのが、今の「連合」です。

共産党系は排除されて、独自に全労連を結成しました。

というか、連合の主体となった旧総評系労組からすれば、共産党を組織内部から追い出したくて連合を作った側面すらあるのです。

それほどまでに嫌われていたのが共産党でした。

連合からすれば「なにをいまさら、全野党共闘だっつうの」というところでしょう。

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この連合の政治部として生れたのが、民主党(民進党)でした。

ニワトリか卵かでいえば、ニワトリは連合、卵が民進党です。

え、労組のほうがエライのかって。

はい、もちろんそうです。民主党のタニマチは連合なのです。

それは民主党が出来た経緯を見れば、お分かりいただけると思います。

よく政治評論家は、民主党は鳩山氏が作ってどうたらと政治家中心で説明するから、わかりにくくなります。

労組再編から見れば簡単に分かります。

労組が連合に統合されてしまったために、行き場を失った社会党と民社党もまた合併せざるを得なくなって、民主党に飲み込まれていったわけで、政党の再編は労組の再編と不可分なのです。

民主党は、自民と違って地域の組織的拡がりがありません。選挙に欠かせない地盤・看板といった足腰が弱いのです。

ですからもっぱらすがるのは、連合の組織票と金と人です。

民進党議員の中には労組内に事務所を置き、人も出してもらっている議員が大量にいます。

選挙マシーンが労組だけの民進党が、ご本家の連合と敵対すれば、そのような議員は事務所の維持すらできなくなって選挙にすら出られなくなるでしょう。

このような本家・連合の事情を知ってか知らずか、蓮舫氏が代表になって以来、共産党との選挙協力、そして今回の「原発ゼロ」政策と、連合がやって欲しくない政策ばかり取ってきました。

それでなくとも、連合にとって最大の仕事である賃上げを押し進めているのは、今や政府主導の政労使会議です。

民進党の主張は、野田氏好みの増税と緊縮財政ですから、賃上げの足を引っ張っているようなものです。

このように、もはや連合にとって民進党と組むメリットはなくなったばかりか、提携していることでさらに自分の地盤がガラガラと崩れていくはめになります。

連合にすれば、愛想も尽きたというところでしょうか。

連合にとって、これ以上の民間産別の離脱を押さえるためには、民進党と完全に決別するしかないでしょう。

しかし反原発の看板を降ろせば、もはや政党独自の政策は皆無になってしまいます。

仕方がないですね。しっかりと政策を内部論議せずに、なんでも反対の社会党化した報いです。

蓮舫さん、さすが傾城の美女だけのことはあります。

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小池氏の「改革」は間違っていません

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昨日さんざん小池女史をくさしましたから、バランスを取る意味で猪瀬直樹元都知事の意見も参考に紹介しておきます。
http://newswitch.jp/p/7789

猪瀬氏はこのように述べています。

「―予算案の中で特に評価する点は。
 「総額1380億円を計上した待機児童対策は評価する。保育士不足解消に向けた給与引き上げは、国もやっているが都も人材確保することがまず重要だ。施設だけ建てても保育をする人がいないと意味がない。小規模保育をさらに展開することになったのもよかった」

 ―慣例だった政党復活予算(200億円)を廃止し、編成したことについては。
 「よくやったと思う。拙著『東京の敵』で指摘した通りだが、200億円のうち、かなりの部分が都議会自民党のドンによる働きかけで一度通らなかったものが通り、その積み重ねがドンの力の源泉になってきた。それを絶ったのだから」

―豊洲市場問題は。
 「地下水モニタリング調査で基準値の79倍のベンゼンが暫定値で検出されたからといって感情的になってはいけない。再調査結果が出る3月まで静観するしかないが、いずれどこかでピークアウトすると思う。政局と政策は矛盾してはいけない。政策が良い意味で政局になっていくことはよい。アンビバレンツだが、そこをどう越えていくかになる」

猪瀬氏は自民党都連会長だった内田氏への怨念が強く残っていると見えて、小池氏に対して大変に好意的な評価です。

確かに辺野古移転問題にかまけて、県政不在の翁長氏と比較するのは気の毒で、待機児童問題などで打つべき手は予算にちゃんと反映させています。

猪瀬氏が指摘するとおり、今、小池氏は猪瀬氏が言うとおり政党復活予算のように、都議会ボスとその周辺にとりついたクローニー(既得権業者)という構造そのものを「改革」しようとしているように見えます。

東京都は小規模国家ほどの予算を持つために、随意契約がはびこり特定の与党ボスに取り入れば、後からいくらでも復活が効くさという体質が生じていました。

同じことはオリンピック予算にも言えます。当初予算の7340億円から3倍以上に膨れ上がり2兆円超に達するのはいくらなんでも異常です。

つまり、一回開催国として決まれば、後は潤沢な都の予算をいくらでも食えるさと思っている利害集団が存在するということです。

開催候補として名乗りを上げた時、東京が掲げたのは、こじんまりしたコンパクトにまとまった都市型オリンピックだったはずです。

これは新興国の国威発揚型でもなく、かといって巨大ショービジネス型でもない、新たな持続可能型オリンピックの提案だと考えられていました。

ところが、始まればなんのことはないグズグズと巨大化していきます。

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まるで甘い砂糖菓子に群がるようにして、都政に巣くっていたクローニー層に食い物にされたのです。

このような甘い菓子の巨塔となった都政に安住していたのが、例えば舛添氏であり、そしてくだんの石原氏でした。

舛添氏の超豪華視察旅行の金の使い方、くだらない都市外交、あるいは石原氏の気ままな勤務態度と、首都銀行に見られるような思いつき的な政策による巨額欠損などを、誰も「知事、それは間違っていますよ」と窘められない、いや一緒にお相伴に預かってしまう空気が都庁内にもあったことは確かでしょう。

おそらくここが翁長氏と小池氏が決定的に違う点です。

翁長氏がやったことは、従来の利権構造を変えたのではなく、自分を新たな利権の中心にすげ替えただけです。

つまりは、自民の国場組から金秀・かりゆしグループに利権を自分にすげ替えただけで、政治家と癒着した政商という構造は何も変わっていないどころか、かえってひどくなっただけでした。

翁長氏の場合、旧来の自民党政治そのままの利権腐敗構造と、「9条を守れ」的な戦後左翼陣営が野合したものでした。

したがって翁長氏の対決姿勢は、県の内部改革に向かわずに、常に国とだけの闘争に限定されていました。

翁長サイドは己が利権を左翼陣営に容認してもらう代わりに、左翼陣営はやりたい放題で県政を仕切れたのです。

一方、小池氏はこのような東京都の内部構造自体を「改革」したい、と考えているようです。

そのテーマは間違っていません。いつかは誰かが、このしんどい外科手術をせねばならなかったのですから。

それには小池氏の支持率だけでは不足していて、議会の数がいることもまた確かです。

その意味で、次の都議会議員選挙になにがなんでも勝利せねばならないという小池氏のモチベーションも理解できます。

私はこれについては小池氏を支持します。

ただし先日来述べてきたように、この行政官である前に野心満々の政治家であるという政治手法はどこかで歯止めをかけねばならないと思っています。

むしろ行政官として進めるべき豊洲移転問題を早急に片づけてしまってから、その移転にまつわる暗部を切開すべきです。

そしてむしろそれを実績として、大いに「改革」をおやりになったらいかがでしょうか。

もうひとつ今日は彼女に親切な気分なので忠告しますが、あの小泉翁の政治手法をまねるのはお止めなさい。

あの「小泉劇場」の結果を知っているだけに、気持ちが悪くなりますから。

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小池都知事の焼き畑政治

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おいおいですが、小池氏と翁長氏が重なって見えてきました。 

両者に共通するのは、前任者が積み上げてきた事案のチャブ台返しです。 

方や豊洲移転問題、方や辺野古移転問題、両方とも移転問題を都政・県政の柱にしてしまいました。 

もっと他にやるべきことは山積しているだろうに、この両首長はこのテーマに政治生命をかけたいようです。やれやれです。 

御両人に共通するのは、特定の問題をことさらあげつらって、それを自分の政治力に転化させるという手法です。 

筋がよくない発想ですね。少なくとも行政官がやることではありません。

行政官ならば、いかに速やかに市場移転問題を解決するのかに力を傾注すべきです。 

翁長氏が基地にこだわるのはけっこうですが、ならばさっさと返還縮小計画を推進しなさい、と思います。 


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小池女史ときたら、豊洲の地下水で止まったきりで、首まで漬かったままいまや「悪者退治」ショーに熱中しています。

小池女史の政局好きが、民進党と親和性があるためか、とうとう自民党員のままで秋波を送られる始末です。

断ったようですが、民進党にすり寄られたらお終いですよ、小池さん。そのうち全野党共闘のシンボルにされちゃいますからね(笑)。

れにしても民進党さん、都知事選であなた方がかついだ鳥越氏がなんと言っていたか思い出してからいいなさいな。

それにしても気の毒なのは、ドカンっとブチ上げたのはいいですが、結果がショボイことです。

オリンピック・パラリンピックの会場見直しを叫んで、IOCまで巻き込んだ大立ち回りを演じたあげく、結果はご承知のとおり大山鳴動ねずみ一匹。

ボート・カヌー会場は結局、元どおり海の森水上競技場で決着。他の会場も現行計画どおりでした。

しかも結局はIOCとの密談決着です。透明性が泣きます。

翁長氏などもっと悲惨です。すべての裁判に破れて承認拒否を撤回して赤恥をかいた上に、高江でも負け、宮古・浦添両市長選も惨敗というていたらくでした。

とうとう腹心の安慶田副知事まで、斡旋疑惑で辞任する始末で、今や支持してくれるのは共産党だけ。

さて小池氏が問題としているのは以下です。 

①豊洲市場の安全性への懸念
②不透明な費用の増大
③情報公開の不足

実はこの3点は別々の次元の問題なのですが、小池氏がゴッチャにしてしまったために、まるで今までの都政の不透明性を解決しないと、新市場移転ができないようです。

その間どんどんと馬鹿げたコストが上乗せされていき、都財政を圧迫していきます。

会場の見直しで多少コスト減になっても、移転足踏みでの補償金・無駄な維持費で蒸発していきます。

その上移転の遅れは、オリンピックにも影響がでそうなのに、小池女史は知ったことではないようです。

こういう所が彼女の行政官としての適格性に、疑問符がつく部分です。

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では、なにが豊洲移転問題の核心なのでしょうか。

私はかねてから書いてきたように、豊洲地下水問題に尽きると思っています。
関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2016/09/post-3.html

後の市場移転にまつわる透明性がどうした、石原氏がどうのといった「都政の闇」糺弾大会は、移転が決した後でのんびりおやりなさい。

順番が違うのですよ。プライオリティ(優先順)の順位をつけて最大の難点を片づけていかないかないから、絡まりあっていっそう解きほぐせない糸玉のようになってしまいました。

小池女史は悪い意味で政治的人間なために、移転問題を自分の新党づくりの起爆剤にしたいという政治的野心に奉仕させています。

くり返しますが、豊洲移転問題の1丁目1番地は地下水の安全性の問題です。そこから解きほぐしていかないから、混乱に輪をかけるのです。

今回マスコミがきちんと説明しないため、「ベンゼンが環境基準の何倍でたぁ」と騒いでいますが、地下水の「環境基準」は飲用した場合の影響を考慮して、環境省が定めている値です。

いいですか、あくまで飲料水の環境基準ですよ。

では、そんな地下水を飲んだり、あるいは水産品に使ったりするのかと言えばノーです。

あの地下水は飲まないし、市場で使うわけでもなくそのまま排水路に流されていきます。

排水基準も別にありますから、そちらにしておけば、今になって基準値の何倍」という馬鹿げた議論にならなかったはずですが、安全パイを積み上げすぎた報いです。

都は丁寧な仕事をしすぎたのです。

都が心配していたのは、東京ガスの跡地だったために、地下水から揮発性化学物質のベンゼン・シアン化合物が気化する可能性まで心配したことです。

そのために地下水を飲料水基準にしたことが裏目に出ました。

実際の話、築地市場の地下水が豊洲より安全だというデータはありません。調査していないだけの話です。

そもそも築地は大水のごとに下水が溢れだし、ボロボロの施設はネズミの巣窟となって、ネズミ軍団は銀座方面にまで繰り出しています。

全国の公設生鮮市場もそうです。

豊洲のように地下水を飲用水基準にしているような市場はないと言われていますから、豊洲の「環境基準」を当てはめると全国各地の市場が大部分使用不能になるはずです。

全国の市場関係者は変な前例をつくらないでくれ,と密かに願っているといいます。

環境リスクマネージメントを専門とする横浜国立大名誉教授の浦野紘平氏は、こう述べています。

「飲み水ではない地下水から、環境基準以上の数値が出ることは頻繁にある。『排水基準』を満たしていれば、河川などに流しても問題はありません」(BuzzFeed News) 

小池知事も去年の9月30日には、「安心と安全」について、こう語っています。

「ヒ素とか聞くと、それだけでも『えっ』とびっくりするわけですが、水の中には環境基準以下で(物質が)入っているケースは非常に多い。要はゼロリスク、ゼロはないのですが、国民の皆さんは敏感に感じ取られる。そこはきっちり説明しないといけない」

 分かっているんじゃないですか、小池さん。

ヒ素は岩石や土壌に含まれ、そこを割って出てくる地下水には天然で必ず含まれているものなのです。

基準値設定は動物実験でやっていますが、さらに人間と動物では身体の大きさや感受性が違うということで、それを10倍にし、そのうえに人間は個体差があるのでそれをまた10倍にしています。

え~、本当に危険だと思われる基準値の、どれだけになりましたか。ざっと100倍ですね。

いわば崖の数百m先を基準値にしているわけです。

市販のミネラルウォーターの数値を見てみましょう。
ライフアップオンライン:支笏の秘水』と主な市販ミネラルウォーターの成分値

・ボルビック      ・・・0.009mg/ℓ
・六甲のおいしい水 ・・・0.003mg
・エビアン       ・・・0.002mg
cf. 豊洲地下施設 ・・・0.004mg

豊洲地下水を飲む2倍ものリスクがボルビックにはあるわけですが、そういう発想はとりません。基準値内に納まるなら全部安全と認識します。

そういえば共産党は、「基準値の4割ものヒ素が」なんてわけのわからない言い方をしていましたね。

このように、「環境基準」と言っているものはあくまでも飲用水基準であって、しかもそれは施設下だけに適用されているということまでしっかりと都民に説明する必要があります。

施設下以外は同じ環境基準でも「下水」の基準値で、それは飲用水の10倍です。

ケタがちがうでしょう。なにが問題なのか、私にはさっぱり分かりません。

移転について百条委員会をするそうですが、そちら方向にそれればそれるほど豊洲移転は遅れる事になっていきます。

これでは小池さんの政治手法は、豊洲に火を着け、オリンピック会場に火を着け、石原氏に火を着け、なんとか自分の政治的得点につなげるまで、あちこちに火を着けて回る焼き畑農業的政治です。

もう少し小池さんは、ましな政治家かと思っていました。

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MBSが制作した「木を見せて、森を見せない」歪曲番組 

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時期を逃してしまうので書いておきます。 

「ニュース女子」問題で、我那覇真子氏などが2月18日に開いた緊急集会について、産経(2月18日)が報じています。

当然のことながら、琉新はスルーし、沖タイは虫メガネていどで報じました。

「『ニュース女子』への言論弾圧許すな」 沖縄で緊急講演会「沖縄ヘイトにすり替え」 

沖縄県の米軍基地反対運動を扱った東京MXテレビの番組「ニュース女子」をめぐり、「琉球新報、沖縄タイムスを正す県民・国民の会」は18日、同県宜野湾市で緊急講演会を開いた。 
講演会では、同会の代表運営委員の我那覇真子氏が「言論の自由を守らなければならない。沖縄の私たちにその任があることは誇りだ」と述べた。
 その上で我那覇氏は「彼ら(反基地活動家ら)は東京MXテレビに流された真実を沖縄ヘイトという嘘にすり替えようとしている。
さらに悪質なのは、それを保守に対する言論弾圧に使おうとしていることだ。司会者の懲戒解雇を要求していることなどは、まさしく人権弾圧ではないか」とも指摘した。」

この18日の集会に先立ち、我那覇真子氏、手登根(てどこん)安則氏、依田啓示氏3名の連名で、辛淑玉氏に公開質問状を送っています。 

その内容です。欄外に全文転載いたします。内容的には、私もかねてから指摘していた点です。

辛氏側の論法は、徹底した詭弁論法でいう「すり替え」です。

「木を見せて、森を見せない」のです。

辛氏らは、「木」である救急車の検問のみに焦点を当て、「森」である高江の反対派の暴力沙汰を見せないようにしています。

この<平和を愛する市民vs暴力的機動隊>という構図はメディアの協力で、いったん常識となりかかっていました。

この常識の嘘の壁を崩した発端は、今回の公開質問状呼びかけ人のひとりである依田啓示氏の、以下の勇気あるフェースブック書き込みから始まっています。
2016年10月1日のFacebook記事

「僕が一番許せないのは、活動家達が非合法で暴力的な活動に自ら進んで飛び込んだおかげで、本当に救急性が高い地元の高齢者の搬送が遅れているという事実です。
僕は、非合法活動家ではありませんので、この高齢者が「死ぬところだった」とか県内新聞に報告することはありませんが、搬送が30分遅れたのは事実で、内容によっては深刻な事態になっていたかもしれなかったと考えると、本当に強い怒りを感じてしまいます。」

この依田氏の現地からの告発は、全国に大きな衝撃を与えました。

昨年10月当時、まだ高江の現地状況はメディアの意図的な黙殺によって、まったく社会に知られていない状況でした。

この私ですら噂では聞いていても、これほどまでに野放図な暴力沙汰が展開されているとは思っていませんでした。

しかし依田氏の告発によって、高江の真実の一端が、初めて明るみに出たのです。

この依田氏の告発に対して驚愕した反対派は、全力で依田氏個人を潰そうとします。

Photo_2MBS番組の依田啓示氏。 彼のインタビューの後に、直ちに否定してみせる。

まずは人格攻撃でディスりました。

その誹謗は、ひとつには依田氏が巻き込まれた暴力事件であり、そして彼が「京都から流れて来たよそ者」であって、こんな奴は地元民じゃないというふたつです。

後者は論ずるに値しません。いつから沖縄は血統主義になったのですか。

ウチナンチューの若者すら継ぎたがらないやんばるの赤土に根を張った彼を、「よそ者」よばわりする神経がわかりません。彼はやんばるの宝です。

傷害事件の件ですが、この事件は依田氏と検問が遭遇した時に起きた傷害事件のことです。反対派は、「女性をゲンコで殴る異常者」と決めつけました。

依田氏は突き飛ばしたていどだといい、「検問」側は拳固で殴られて縫ったとまで主張しています。

どちらの主張がほんとうか私にはわかりません。事件自体は警察が判断することです。

問題はむしろ、どうしてこのような事件が起きたのか、です。

そのきっかけは、公道における違法な私的検問に対する依田氏の抗議によるものです。

彼の宿に泊まった観光客を乗せて北部を案内していた依田氏の車を止め、検問をしたことに依田氏が怒ったのが発端でした。

天下の公道を運転していて、わけの分からぬ連中に「帰れ」というようなことを言われて、怒らぬ者がいるでしょうか。

この肝心な状況の流れ全体を無視して、依田氏をあたかも暴力常習犯と決めつけました。

いかに自分たちがヤバイことをしていたのか知られたくないために、ここでも得意のすり替えをしています。

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上の写真は反対派のツイッターですが、悪びれるでもなく警察車両も検問したと堂々と書き込んでいます。

この違法意識がまるでないのが、この高江反対派の共通した特徴です。彼らはママさんバレーのように公道を封鎖し、笑いながら車を止めて検問したのです。

東京都内、いや那覇市内でやってご覧なさい。即座に逮捕されます。しかし、ことこの高江のみでは許されると思い上がっていたのです。

高江は那覇からはるかに遠く、しかも何をしてもメディアが黙認してくれる「密室」だと思ったからです。

実は去年夏以前から、反対派は工事関係者を足止めすべく、私的検問を執拗に行っていました。

そして同時に、県道を大量の反対派車両で埋めつくす封鎖戦術も行っていました。

後に、これに道路中央部だけあけて両路側を埋めたり、のろのろと走る牛歩戦術も加わって、高江集落の活動を麻痺状態に追い込むことになります。

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言うまでもなく違法行為のオンパレードですが、なぜか沖縄県警が最低限の法執行しかしなかったために黙認の形になってしまっていただけのことです。

これによって高江集落と東村住民は大変な迷惑を被ります。なにせ高江の農家が自分の畑に行くにも反対派にお伺いを立てねばならなかったのですから。

沖タイですらみかねて、こういう記事を乗せたほどです。

まぁ後にこれを書いた城間陽介記者は反対派から袋叩きにあったようで、弁明に追われていましたが(苦笑)。抜粋のみ載せますが、ぜひ沖タイ記事をご覧ください。
http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/61153

「県道70号では8月から、市民が「牛歩作戦」として、工事車両の前を時速10キロ未満の速度で走る抗議行動を展開。
機動隊の交通規制もあって県道は渋滞し、出荷や作付けする農家を中心に地元住民の往来に支障が出ていた。(略)
仲嶺区長は「区民のストレスは限界に来ている。早くヘリパッドを完成させた方がいいとの声も出ている」と打ち明ける。通勤、保育園送迎、通院などに支障が出ていると苦情は絶えない。」(沖タイ2016年9月8日)

そしてメディアが報道しない事に味をしめた反対派は、密室空間となった高江地区で、いっそう暴力をエスカレートしていきました。

その結果起きるべくして起きた事件が、8月4日に起きた指導者である山城博治氏自らが指揮した集団暴行事件でした。
関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2016/10/20165-b8be.html

下の写真の左に、カメラを持った琉球新報の記者が写りこんでいますが、もちろんただの一行も記事にされることはなかったのです。

それにしても真横で集団暴行が起きても、平然としていられるジャーナリストというのも相当なもんですな。

このようにメディアと警察の黙認の下に、暴力闘争はエスカレートを続けました。

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この時期に沖縄に元暴力団組員であるしばき隊・添田を送り込んだのが、他ならぬ辛淑玉氏その人です。

そして、同時期には辛氏などの外国人グループや、左翼政党、「平和団体」、労組が、高江を沖縄反基地闘争の天王山と見て、大量に全国から運動家を高江に送り込みました。

下の写真は左翼ジャーナリストの岩上安身氏の8月7日のツイッターですが、こう書かれています。

「県外からきてくれた人、手を挙げてください」という山城氏の呼びかけに応えて挙手する参加者の方々。18時からの集会が本番。まだまだ増える見込み。」

恒常的にそうであったという統計数字はありませんが、高江紛争の主役が県外者である時期がそうとう長期間続いたのは紛う事なき、事実です。

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このような状況の背景があって、現地東村から怒りの声を上げたのが依田氏でした。

驚いた反対派は、告発者は依田氏の人格を傷つけることで、証言の信頼性を傷つけ、告発の核心だった「救急車検問」を否定します。

これにメディアが乗ったのが、TBS系列・大阪MBS制作、『ドキュメンタリー映像 17沖縄さまよう木霊「基地反対運動の素顔』(2017年1月29日)でした。

これはMBS・斉加尚代ディレクター制作の番組ですが、手がこんだ意図的バイアス報道です。

ちなみに、理由は分かりませんが斉加氏はMBSから解雇されています。※解雇は誤りで干されただけのようです。訂正いたします。

それはさておき、この番組はどうやってメディアが意識操作をしているのか、将来教科書に乗りそうな番組です。

そのうちゆっくり検証したいものですが、今回この斉加ディレクターがもっとも重点をおいたであろう消防署への取材風景が下の写真です。

この映像は巧妙にも依田氏インタビューの直後に入れられていて、依田氏を信頼ならない人物と印象づける役割をしています。

ひとりの告発者のインタビューのすぐ直後に、電話してみせて否定する、典型的な印象操作です。

もし依田氏の告発を否定したいなら、彼とのインタビューの場で問いただしたらいいのです。

ほとんど依田氏を引っかけたいためのトラップです。報道者としてのモラルを疑います。

そしてこのときの署長のひとことが、反対派ワールドで拡散しているのはご存じのとおりです。

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ナレーター 「もう一度地元の消防本部の署長に確認しました。」
署長 「本当にですね。政治的圧力もそうですし、反対派の抗議活動に業務を阻害されたというか邪魔されたことは一切ないです」
斉加「ということは、ないということですね結論は」
署長「「そうです。ウソはついていません」

これが、反対派が「依田はデタラメばかり言っている。それはテレビ局が検証した」という言い分の根拠です。

しかし、立ち止まって考えてみましょう。

このMBSの番組でも深くはつっこまず言い訳のように、「工事車両を止めようとして動いたために、やがてその県道を使う村全体に影響が出始めました」と自らナレーションしています。

このようなことが県道17号で日常的に行われていました。

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上の写真は防衛局資料に載った公式記録から引用しましたが、高江現地では珍しくもなんともない情景でした。
関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2016/11/post-36a1.html

それをただ一点依田氏の「救急車まで検問された」という部分のみに焦点を当てて、この大きな事実全体を隠蔽しようとします。

斉加ディレクターは、消防署署長との会話が本来もっと長かったにもかかわらず、会話全文をカットして都合いい部分のみを放映しています。

斉加氏が署長に妨害の有無を尋ねたのは、一体何時の時期を質問したのでしょうか?

斉加氏は記者としての新人研修の時、5W1Hを習ったはずです。

5W1Hとは、「いつ(When)、どこで(Where)、 だれが(Who)、なにを(What)、なぜ(Why)、どのように(How)」ということです。

この高江の場合にあてはめれば、まず最初のいつ(When)ですが、この番組の取材はおそらく去年末から今年にかけてですから、山城氏の逮捕を受けてとうに反対運動は鎮静化していたはずです。

もし時期を特定せずに、「反対派に妨害されませんでしたか?」と聞いてはいけません。聞かれたほうが誤解して、直近の秋以降の時期のこととして答えてしまうからです。

私なら時期と場所と誰がかを特定して、こういうふうに質問するでしょう。

「去年の7月から9月にかけの夏にかけて、高江に向かう県道17号線において、反対運動によって救急車両の到着が遅れたりしたことはありましたか?もし遅れれたとしたら、その原因はなんだったでしょうか?」

その結果、署長が「妨害がなかった」のなら、ほんとうに妨害はなかったのです。

ただし、去年の夏に、県道を使って高江集落に行こうとすれば、まず前哨である私的検問に引っかかり、その後に封鎖する車両バリケードにぶつかっていたはずです。

署長の発言の全部を聞かないと断定的には言えませんが、おそらく高江に向かう救急車両は、検問でぶつかることなく通ったとしても、その先の車両はバリケードの阻止線に阻まれたはずです。

バリケード阻止線の指揮者は、救急車両は通せと命じて一台一台道を開けたのではないかと推測できます。

ですから、署長は「反対派の妨害はなかった」と言ったのではないでしょうか。

それに名護消防署所長と特定された場で、テレビで「反対派の政治的圧力があった」なんてことを公言できるような度胸を公務員に望んではいけません。

署長の上司は翁長知事ですから、そんなことを言えば沖縄県公務員としての出世の道は閉ざされます。

ですから署長は、あたりさわりのないことを言ったにすぎません。

ただし、この期間を通じて間違いなく救急車両の高江への到着は、依田氏の告発どおり通常より遅れたのは間違いないことです。

このようなどちらに軸足を置くかで微妙なニュアンスが発生する問題を、斉加ディレクターはこうばっさりと「デマ」だと斬って捨てます。

「ナレーター 「ところが救急車を襲ったとするデマは遂にネット空間から飛び出し、地上波のテレビで報じられる事態になったのです。
(ニュース女子の画像)
ナレーター「1月2日東京のメトロポリタンテレビが放送した情報番組、その番組は違法アップロードされています。
番組は、反対派が救急車を止めて現場に急行出来ない事態が続いたことを事実として報じ、テロリストみたいと放送。」

そして番組は、この背景には安倍政権の共謀罪があると番組を結論づけますが、まぁ一種の脳内電波の類ですのでそれは置きます。

ここで盛んに番組は依田氏が「救急車を(反対派が)襲った」とナレーションしていますが、それこそデマです。

「襲った」などということを依田氏は一回も発言していません。

それを言っているのは、10月4日に流れた、「自由の声4」というYouTuberの投稿動画が使った因島消防署の事故映像で、投稿者もこの動画内でイメージだと断っています。

この投稿動画を番組冒頭に持ってくることで、視聴者に衝撃を与え、これを依田氏のデマだと決めつけることで、高江でなにが起きたのかを知ることもまた「デマ」だと断じています。

こういう手法を「木を見せて、森を見せない」歪曲報道呼びます。

長くなりましたので、今日はここまでとしますが、辛さん、公開質問状にもあるようにあなたは弁術にかけては当代一だとの噂です。

実現した暁には、ぜひ斉加氏も取材にこられることを期待します。

■謝辞 大変に参考にさせていただきました。感謝いたします。
「以下略ちゃんの逆襲」
http://ikarya.jugem.jp/?eid=162
「メディアの権力を監視する」http://blog.livedoor.jp/catnewsagency/archives/17075800.html
 

                        ~~~~~

■我那覇氏、手登根安則氏、依田啓示ら3名の連名による辛淑玉氏に公開質問状
適時改行いたしました。

上記三名は、連名して貴女に公開質問と公開討論を呼びかける。
貴女は、東京MXテレビに対し、1月2日に放映された番組「ニュース女子」の内容が、虚偽とデマに満ちた人権侵害番組として激しく抗議しBPOにも訴えている。
我々は、沖縄県に在住し真実に接する者として貴女の一連の言動を、県民の誇りにかけて看過するわけにはいかないと考える。

 

何故なら貴女こそが過激な活動家を現地、高江に送り込み、違法行為を扇動した張本人ではないか。
貴女の抗議は、地上波東京MXテレビによって自らの不法行為と虚偽が首都圏から全国に拡散するのを恐れ、これを阻止する事が目的と断じれる。
その為に貴女は、沖縄県を日本の植民地と言い、ありもしない沖縄ヘイトに論理をすり替えた。日本国民である我々沖縄県民が、在日朝鮮人たる貴女に愚弄される謂れがどこにあろうか。
それでも貴女が自らの正当性を主張するのなら、以下の質問に返答を拒む正当な理由はあるはずもない。速やかに返答されたい。
 

1)公開質問
以下に挙げる事実を貴女は承知しているのか否かをお答え頂きたい。
①反対派活動家による高江地域における違法な私的車両検問とその常態化について。
 

②反対派活動家が高江地域の生活基幹道路上に多数の車両を縦横に放置し、村民の通学、通勤、通院、作物出荷に破壊的な損害を与え、何度も生活を脅かしていた事実について。 

③反対派活動家が、職務中の防衛局職員、機動隊員、建設作業員に対して、日常的に暴力行為、ヘイトスピーチを行い人権を侵害していた事実について。 

④反対派活動家による立ち入り禁止区域への常態化した不法侵入について。 

⑤山城博治平和運動センター議長をリーダーとする活動家集団が機動隊員宿泊を不満とし、近隣の当該ホテル入口敷地内において、脅迫による威力業務妨害を行った事実について。 

2)公開討論申し入れ
連名の三名は、貴女に対し、事の理非を日本国民すべての前で明らかにすべく公開討論を申し入れたい。日本国は、報道の自由ならびに表現の自由の保障された国であり、我々国民は、これを守らねばならない価値であると考える。
 

民主主義社会においては特定の集団や勢力の政治的専横は断じて認められるものではないという事だ。
よって、貴女の人権を悪用しての東京MXテレビ弾圧、人身攻撃は断じて許されるものではない。言語道断とはこのことだ。
我々は、貴女の一連の言動が反日工作につながるものと解している。
北朝鮮による無慈悲な日本人拉致、同国内における、処刑、強制収容所送り等のすさまじい現在進行中の同朋人権蹂躙に対して、貴女が抗議をしない不思議についても問うてみたい。
 

それにしても、外国人の身でこれ程の反日活動を行うとは、驚きである。
その様な貴女の信念の強さと行動力に対し我々はある種の敬意を感ずるものである。貴女の中天高く振り上げたこぶしは、そのまま降ろすわけにはいかない事でしょう。
 

我々は、音に聞こえた貴女の雄弁と我らの言を戦わせてみたい。速やかなる返答を求む。(略)
回答期限は平成29年2月22日までとする。よろしくご検討されたし。」

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今の日本のPKO論議は16年ズレています

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もう少しPKOについて続けます。

まずPKOとはなんでしょうか。「戦闘」と書いてあった日誌が廃棄されていようとどうでもいいと私は思っています。

首相答弁では電磁的に残されているのは確認されているそうですから、それ自体騒ぐべきことではありません。

問題は別にあります。

なぜそこまで「戦闘」という言葉にこだわるのでしょうか?

理由はPKO5原則の一項にある、「紛争当事者間で停戦合意が成立していること」に抵触するからです。

だから極度に「戦闘」という言葉を、まるで腫れ物に触るように扱います。

でも、少し考えて見てください。

つい先だってまで内乱をして、分離独立したばかりの南スーダンの内情が安定して平和的なはずがありません。

そのほうが不思議です。

実は南スーダン情勢が複雑なのは、内戦直後だからです。

ここでPKOがどうして始まったのかまで、いったん巻き戻してみましょう。

大戦の結果生れたのは、「国際連合」でした。

これが連合国(ユナイテッド・ネーションズ)と同名なのは偶然ではなく、戦勝国が戦後国際秩序を作るに際して、二度と日独のような「侵略国」をつくらない仕組みとして国連を作ったからです。

終戦直後の国連の発想は、世界で起きる戦争は常任理事国、つまりは戦勝国ですべて仕切るというものでした。

ですから当時は国連が指揮して、侵略を仕掛けてくる悪い国を成敗する「国連軍」を構想していました。

この国連軍構想は変則的に朝鮮戦争で一度実現しましたが、常任理事国間紛争の震源地なのですから、うまくいく道理がありません。

そこで、マイルドな国連軍としてできたのが、先日の私の表現でいう「古典的PKO」でした。

これは、紛争国が停戦を実現してからおもむろに割って入って、停戦監視をしたり、破壊されたインフラを修繕したり、選挙監視などをすることです。

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日本は相当に遅れて、1992年のカンボジアPKOからこれに参加しています。出したのが自民党最左派の宮澤喜一氏だったのは皮肉なことです。

それはさておき、当時はまだのどかだったんですね。

米ソ二大親分が世界を仕切って睨みを効かせていましたから、今のようにテロだ内乱だ、宗教紛争だ、民族浄化だなどと殺伐としていませんでした。

今回の南スーダンなどはその典型ですが、国家間戦争ではなく、「内戦」です。

国民を保護すべき国家がまともに機能しておらずに、時には国民を虐めまくっているのがその国の軍隊だったりします。

本来、こんな内戦には手が出せません。

常任理事国(P5)ですら、ロシアがチェチェンでやったこと、あるいは中国がウィグルやチベットでやり続けている悪魔の所業を思えば゛他人の国にクチバシをつっこめる筋合いではないでしょう。

中国はチベットについて人権侵害を言われると、なんと切り返しているのでしょうか思い出して下さい。

「内政干渉をするな」、です。

内政干渉、これが長年に渡ってPKOの大きな縛りになってきました。

ところが、いまや世界は内戦の時代です。そこかしこで国家間戦争以上の犠牲者を出すようになってしまいました。

当時のPKOは中立的存在として、住民保護を目的としていなかったために目の前で膨大な犠牲者を救えませんでした。

そして結果的に、1990年代から始まるルアンダの80万~100万人、コンゴ民主共和国の540万人の犠牲者という途方もない犠牲者が積み上がっていったわけです。

たとえばルアンダです。

PKO部隊は、「中立的」「内政不干渉」という概念に強く縛られていました。

というのは、あくまでも武力行使、あるいは介入ではなく、文字通りピースキービング(平和維持)ですから仲介はしても、それ以上のことは禁じられていたのです。

ルアンダの場合、住民を殺しまくっていたのは、実は政権を握るフツ族民兵でした。

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彼らが政権から武器を支給されて少数派のツチ族住民を殺戮したのです。

これを目の前で見ながら、PKOは手出しを禁じられていました。

もちろん現場PKO部隊からは悲鳴のような住民保護要請が飛んでいました。

しかしこれを握りつぶしたのは、他ならぬニューヨーク国連本部だったのです。

なぜなら、住民保護をしてしまうと、受け入れ国との「戦闘」になるからです。

当時のルアンダも国連加盟国ですから、国連は「国連vs国連加盟国」の戦争に発展する可能性があると見たのです。

なにか、今頃になって、「戦闘」が日誌にあったと言って鬼の首を取った気になっている野党みたいですが、このようなことは既に25年前からあったのです。

そしてこのような惨劇に手出しを禁じられたPKO部隊はモラルが維持できなくなり、一国一国と撤退を始めていきました。

PKOは「自発性原則」があって、国連の要請に自発的U答えて各国が参加し、撤退も自発性に任せることになっているからです。

そして、いつしか完全にルアンダは人権と命の真空地帯となっていったのでした。

この後にさらに大規模なコンゴ民主共和国の大虐殺が続き、もはや国際社会は放置できなくなって、10年にも及ぶ投機の結果、「PKOの革命」と呼ばれる1999年の国連事務総長名によって、「住民保護」をPKOオペレーションに付与することに決まりました。

これが「PKOの革命」と呼ばれる、PKOの変革です。

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スーダンに話を戻しましょう。

スーダンは2011年に誕生した、もっとも新しい国連加盟国です。国際社会はこの新国家の誕生に好意的で、これを支えて独立を堅固なものにするためにPKOを派遣したわけです。

ところが、なんと南スーダンは自国内部で、大統領派と副大統領派に分裂を開始し、2013年から激しい内戦を開始し始めてしまったのです。

1999年の「PKOの革命」以前ならば、このまま櫛の歯が抜けるようにして一国一国撤退し、国連は止める術を持たず、やがてルアンダのような事になったことでしょう。

そして今や南スーダンPKO部隊の筆頭任務は、停戦監視から「住民保護」に切り替わりました。

ですから、撤退できないし、しないでしょう。

つまり、日本国内で「戦闘」があったらウンヌンと騒いでいても、そんなことは国連はとうに折り込み済みで、「住民保護」のためには武力行使を厭わないのです。

残念ですが、わが国の現状ではここまでです。

憲法を改正しないかぎり、自衛隊の眼前でどちらかの軍隊が住民の殺戮を始めた場合、彼らを実力で守ってやることは出来ません。

おそらくこれほど悔しいことは、自衛隊員にはないでしょう。

仮に現場指揮官のとっさの判断で、自衛隊がかけつけ警護の権限を最大限拡大解釈するかもしれません。

私は自衛隊なら眼前の虐殺を放置せずに、住民をわが身を楯にして守ろうとする思います。

その結果、当然のこととして、自衛隊員に多くの死傷者がでるでしょう。

その犠牲に今の日本のひ弱な世論がたえられますか。野党とメディアは待ってましたとばかりに政権攻撃を開始するでしょう。

私はアフリカ大陸には、日本の死活的国益はないと思っています。

資源的にも、地政学的にもです。 

割り切るべきです。

中国はPKOにこだわる理由は山路さんのご指摘のとおりでしょうし、彼らの爆食いエネルギー政策・武器爆売り政策の延長でしょう。

そういうスケベ根性でPKOをするならば、勝手にドロ沼にはまりなさい、といったところです。 

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http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170214/k10010875991000.html

日本にはできることとできないことがあります。

そもそもアフリカ地域は、旧宗主国であるヨーロッパの責任分掌の地域です。

PKOでどうにもならなくなったら、NATOが出るしかないでしょうね。

そのヨーロッパ諸国が引いているのに、私たちが残る意味はないし、そのような外征型軍隊に自衛隊は作られていません。 

南スーダンPKOオペレーションは発展途上国部隊を中心にして残留し(これは国家としてのビジネスだと割り切って下さい)、先進諸国は引いて平和的支援に戻るべきです。

それもできる限り急いで。死者がでたら遅いのですよ。 

とまれ、政局でPKOを論議する悪しき習慣を野党はやめて、状況判断に徹するべきです。

そもそも民進党には、南スーダンに自衛隊を出した責任があるのですし、当時から「戦闘」という文字は日誌に踊っていましたが、彼らはただ見なかっただけです。

自分の尻ぬぐいを現政権にさせておいて、厚顔無恥の人たちです。

首相もこのていどのことにいちいち政治生命かけないで下さい。これが今の世界の常態なのですから。

テーマとすべきは、PKOの再定義に基づいた国際平和活動への協力の仕方そのものです。

コメントにありましたように「国力相応に地位と責任を引き上げたい」と首相が望むのは分かりますし、その努力には共感することが多いのですが、これがアジア地域なら話は別ですが、あまりに遠く、あまりに状況は悪化しすぎています。

そしてやるならやるできっちりと新協力法を作り、さらには恒久的な国際平和活動を支えられる憲法改正を議論の俎上に乗せるべきです。

 

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日曜写真館 春が来たよ

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PKOを緊急に再定義しろ

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野党は稲田防衛相の首が欲しいそうです。http://www.sankei.com/politics/news/170216/plt1702160004-n1.html

「民進、共産、自由、社民の4野党は15日の国対委員長会談で、南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報問題への対応が不十分だとして、稲田朋美防衛相の辞任を求める方針で一致した。」(産経2月16日)

率直に言って、稲田氏の防衛大臣としての能力はそうとうにナニです。

答弁もさることながら、この人は安全保障そのものが分かっているのかなという危惧すら感じます。

石破さんについて特訓するか、北朝鮮が緊張しているこの時期でなければ解任してほしいくらいですが、今の野党の政局欲しさの流れでは困ります。

問題の本質はなんなのでしょうか。日誌から「戦闘」と書かれた部分を廃棄処分したことでしょうか。

そんなことよくないに決まっています。後の検証ができなくなるし、政権の恣意で廃棄していい類のものではありません。

なぜ廃棄したのかといえば、カンボジア内戦の後に派遣された初めのPKOに合わせて「PKO5原則」を作ってしまって、いまや誰の目にもPKOは大きく性格を変化させているからです。

まずこのPKO5原則を押さえておきます。
PKO政策Q&A | 外務省 - Ministry of Foreign Affairs of Japan

①紛争当事者間で停戦合意が成立していること
②当該地域の属する国を含む紛争当事者がPKOおよび日本の参加に同意していること
③中立的立場を厳守すること
④上記の基本方針のいずれかが満たされない場合には部隊を撤収できること
⑤武器の使用は要員の生命等の防護のために必要な最小限のものに限られること

はいこのとおりです。いかに非現実的かお分かりになりましたか。

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今の大規模武力衝突が起きているスーダンで、「停戦合意」がなされていますか?

野党ならずとも、南スーダンの「停戦合意」はとうに崩壊している見るべきです。

ですから、当該地域で住民の保護を真剣に遂行しようとすると、紛争の当事者になってしまいます。

いまや国連PKOは、かつてのような停戦監視といった中立性を喪失して、国際人権を保護しようとすれば必ず紛争の一方の当事者になるというジレンマに苦しんでいます。

今のPKOとは「平和強制」のことであり、すなわちかつて言われたPKF(peacekeeping force)平和維持部隊(軍)に変化しています。

ですから、当然「武器の使用は最小限に」うんぬんなどは机上の空語です。そういう縛りをかけたら自衛隊員に死傷者が続出します。

この状況を野党は当然のこととして、政府すら分かっているとは思えません。

皮肉にも唯一このPKOの変化をかなり前から指摘してきたのは、日本共産党だけです。

ただし共産党の既にPKO5原則は通用しないという批判自体は正しいのですが、彼らはいつもどおり分析は正しいが、誤った結論を出します。

この場合、「協力法違反の政府自民党打倒するぞぉ!9条を守れぇ!」となってしまうのが残念です。

PKOが変質したきっかけは、1994年のルワンダの80万から100万人が殺害された虐殺でした。
ルワンダ虐殺 - Wikipedia

Photohttp://hkennedy.hatenablog.com/entry/2016/03/08/15...

上の写真はそのときに撮られたものです。アップするのをためらいましたが、やはりする事にします。

このような虐殺・民族浄化を指をくわえて傍観してよいのでしょうか。

このルアンダにおいて、国連は徹底的に無力でした。

中立性の保持が縛りとなって、PKOの目の前で停戦が破られ住民が虐殺され続けました。

当時の国連は「紛争の当事者」になることを恐れて撤退します。

そして残された100万の住民は見殺しにされたのです。

この苦い反省から10年間以上の時間をかけて、今までの双方の武力衝突を分けて停戦を維持するという考え方から、積極的に住民を「保護する責任」という考え方が生れました。

かつてはカンボジアPKOが典型ですが、政治交渉の末に停戦したところで、中立的機関の国連が第三者としてニュートラルな武力を入れ、その状態を長続きさせ、和平に繋げる、という考え方でした。

この古典的PKOの際に生れたのが、日本のPKO5原則であり、その法的根拠がPKO協力法でした。
国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律 - Wikipedia

野党がよく「法律違反だ」と騒いでいるのは、この協力法違反だといいたいわけです。

この古典的PKOが成立する背景には、米ソ冷戦構造がありました。

いまのように米ソの重しが取れてそこかしこで噴出する民族対立や宗教紛争、果てはISのような国家を名乗る凶悪なテロリストの登場など予想すらしていなかったのでした。

ですから、PKOも受け入れ国があり、戦闘状態が終了した後の停戦監視といった範疇で考えられていたわけです。

ここが今と決定的に時代背景が異なる点です。

では、今なにもかも違ってしまい民族・宗教紛争が頻発する世界においてはPKOは不要になったのでしょうか?

いいえ、やはり今でも必要です。

ただし、PKOの重点はかつてのような停戦監視から大きく「住民保護」へとスライドしました。

もう少し考えてみましょう。だとしてもこの「住民保護」は本来、国際社会の仕事なのでしょうか?ここで私は「住民」という表現をしました。「国民」ではありません。

なぜなら、往々にして現代のPKOは建て前上は受け入れ国があっても、実態は国と呼べる仕組みがなきに等しいからです。

「住民の保護」は、主権国家の任務のイロハのイで、それができていないというのは既に5原則の②の当該受け入れ国が崩壊国家になってしまっているということです。

「参加に同意」も何も、事実上政府は機能していないのです。

そんな無政府的地域において、国家に代わって、「住民の保護」をしようとすれば、住民を守るための戦闘を覚悟せねばなりません。

好むと好まざるとに関わらず、PKOは「戦闘の当事者」となります。

では、こんなPKO部隊も傷つき、危険なものなど止めて、古典的タイプのPKOに戻ったらいいのでしょうか。

Photo_5http://www.huffingtonpost.jp/kanta-hara/child-sold... コンゴ内戦の少女兵士

そうしたらどうなるのかという実例が、コンゴ民主共和国にあります。
コンゴ民主共和国 - Wikipedia

国連は居ましたが、眼の前でこの20年の間に内戦において540万人が死んでいます。

現在の南スーダンはその隣国でもうひとつの中央アフリカ共和国は、このコンゴの悲劇の拡大現象です。

Photo_3http://www.sekiyu.net/page/the%20point/the%20point...

私は国際社会は、この新タイプのPKOを遂行し続けねばならないと思っています。

ただし、日本のような9条の縛りかあり、かつ停戦監視や兵站・工兵ていどの仕事しか担うことのできない自衛隊には出番はありません。

かけつけ警護などという国際警察活動のイロハのイを今頃新法を作って出来るようになったと大騒ぎする国にやるべきことは、スーダンにはないのです。

これは自衛隊のみならず、他の先進国も同様で、スーダンから一斉に撤収しています。

それが正解です。撤収してよいのです。

しかし、先進国部隊が撤収した後も、南スーダンPKOオペレーションは継続されます。

では誰が替わって遂行するのでしょうか。

いい悪いは別にして、PKO部隊の主力は伝統的に開発途上国でした。

開発途上国は財政的に貧弱なために、一定規模の軍隊を維持するために余剰の部隊を国連に貸し出して、そのことによって外貨稼ぎをして軍隊を維持してきました。

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自衛隊はスーダンから撤収し、他の先進国と同様の非軍事的支援活動に戻るべきです。これは当然PKOオペレーション総体からの離脱を意味しません。

私はこのまま古典的PKOと言いくるめたままでやり続けるのは危険だ、いったん仕切り直せと言っているだけです。

そしていまや古色蒼然となったPKO5原則と協力法を改正し、あらたな原則を再定義すべき時期です。

稲田氏の首をとるぞ、首相は辞任すると言ったぞ」という、涙がでるほど野党のセコイ政局観で、PKOを語るのは止めるべきです。

繰り返しますが、今必要なことはPKOそのものをどう再定義するかです。しかも緊急に。

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金正恩が送りつけたふたつのメッセージとは

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北朝鮮がふたつのシグナルを発しました。 

ご存じのように、「北極星2号」の発射実験と金正男の暗殺です。 

ほぼ同時になされました。 

先日書いたように、「北極星2号」は画期的な弾道ミサイルとなりました。 

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北朝鮮が出したシグナルは明瞭です。

私はこれを、よくあるように単なる独裁者の恐喝、ましてや「米国との話し合いを望んでいる」などと解釈しません。 

北朝鮮は、日本(潜在的には中国の一部も)をいつでも自由に核攻撃できる手段を手にしたのです。

これが北朝鮮からの第1のメッセージです。

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そして同時に、金正恩は実の兄である金正男を暗殺しました。

正男は長年にわたり、北朝鮮の世襲体制に疑問を呈しており、張成沢(チャンソンタク)と共に中国型開放改革経済の導入を提唱していた人物です。

しかも近年、韓国の脱北者に臨時亡命政府構想を持ちかけられていました。

もちろんこのような話には常に中国が裏にいたはずでしたが、今回まったく中国差し回しの警備陣の姿は見えません。

これはたまたまか、失敗なのか、はたまた故意なのか現時点ではわかりません。故意ならば、中国は正男を切り捨て、正恩にすりよったことになります。

情報は錯綜していますが、とりあえず16日現在の最新ニュースです。 

「マレーシアのクアラルンプール国際空港で13日、北朝鮮の金正男氏が殺害された事件で、マレーシアの主要英字紙ニュー・ストレーツ・タイムズ(電子版)は16日、同国の捜査当局が、北朝鮮の対外情報・工作機関、朝鮮人民軍偵察総局に所属する男(40)の行方を追っているとみられるという情報を伝えた。
 同紙は、犯行に要した時間が5秒超で、周到に練られた手口は「最初から最後まで非の打ち所がない」と指摘。マレーシア警察高官は同紙に「外国の工作員の仕業だったと確信する理由がある」と強調した。
 またニュー・ストレーツ・タイムズ紙は捜査関係筋の話として、金正男氏を空港内で襲撃したと伝えられている女2人組のうち、1人は男が女に偽装していた可能性を示す情報が寄せられていると伝えた。この男が、当局が行方を追っているとされる北朝鮮工作員の可能性がある。 」(時事2月16日)

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犯人の実行犯の女性は2名でしたが、おかしなことには、最初に逮捕された犯人は暗殺後遠方に逃げるでもなく、平然と近隣のホテルに投宿し、監視カメラに写るような派手な動きをしていました。

逮捕時にはうすら笑いを浮かべていたそうです。もし工作員ならば、通常はありえない表情と行動です。

大韓航空機爆破犯の金賢姫(キムヒョンヒ)がそうでしたが、北朝鮮工作員は、その場で奥歯に仕込んだ青酸カプセルをかみ砕いて自殺しようとします。

この2名が東南アジア系であることから、北朝鮮偵察総局が現地雇用し、暗殺をさせた後におとりとして振る舞うように指示したのかもしれません。

このような暗殺者を現地雇用するのは、旧ソ連やロシアがよくやった手段で、犯人像を隠蔽する手段として有効です。

また、真犯人は2名が襲撃した後に駆け込んだトイレに潜んでいた「女装の男性」とする情報もでています。(産経2月17日)

すると、女性2人+男4人のグループは全員が陽動部隊ということになります。

マレーシアは法医学解剖の結果、死因は不明としていますが、大変に不思議です。

短時間で痕跡を消滅させる毒物もあるとは聞きますが、ならば逆にそれが周到な暗殺計画の証拠となるはずです。

韓国情報ではVX ガスとありますが、不明です。

遺体も強い北朝鮮の要求で返還したそうですが、これもよほど見られたくない何かがあるだろうと勘繰ってしまいます。

例えばトイレに潜んでいたといわれるの女装の男が真犯人ならば、別の痕跡があるかもしれません。

マレーシア政府は屈してしまいそうですが、詳細な法医学記録と病理細胞のサンプルが取ってあれば新たな発見がある可能はあたます。

ですから、遺体の行方が重要となります。

それにしても、常識的主権国家ならば、外国の国家機関が自国内で暗殺行為を働くことは重大な主権侵害行為ですので、事次第では断交事由にもなりえるのにこのざまかとは思います。

こういう対応をしたこと自体、マレーシアが迷惑以外何者でもないと考えているのが分かります。

逮捕された女性2名は捜査してもたいしたものは出ないでしょうから、案外幕引きは早いかもしれません。

では、私たちはこの正男暗殺をどのように考えたらいいのでしょうか。

常識的回答は、ここまで正恩体制は揺らいでいるのか、というものかもしれません。

私はそうではないと思います。

私は北朝鮮の体制は揺らいではおらず、逆に正義恩体制を磐石にする事業が完成の域に近づいたと思っています。

正恩体制が行った最大の粛清は、2013年12月の叔母の配偶者であった叔父・張成沢の処刑でした。

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中国をバックにし、正恩を侮り、中国型開放改革経済に走った叔父を抹殺したのです。しかも極めて残虐な方法で。

張成沢処刑には、当時、私も強い衝撃を受けた記憶がありますが、長くなりますから置きます。

正恩体制に入ってから粛清されたのは240人以上と言われています。

「粛清」とは共産主義国家特有の用語で、殺害して抹殺することです。

九属に及ぶとされて、家族は当然、親類縁者まで殺されるか、収容所に送られることになります。260人は当人だけのカウントです。

これは現時点では、父親の金正日より少ないそうですが、遠からず父親の記録を凌ぐことでしょう。

今回の正男暗殺を見ると、張成沢型だと思えます。

正恩にとって体制護持の障害になるものは、公衆の面前で見せしめ的に残虐に殺害するスタイルを取ります。

ISの公開石打ち刑と発想は一緒です。 法治国家ウンヌンというより、数千年前の古代国家と思ったほうがいいでしょう。

ただ戦車とか戦闘機を持って洋服を着ているから目がだまされますが、やっていること自体は数千年前の古代国家そのままです。

2012年には、正男は中国国内でこれも現地雇用の暗殺者に交通事故を見せかけて殺されかかりましたが、単に暗殺目的ならばこれで済むわけです。

そのほうが国際社会から「兄殺しの国」という指弾を浴びずに済みますし、知らぬ存ぜぬとシレっとしていればいいだけです。

わざわざ監視カメラが作動しているマレーシアの首都空港で、白昼堂々と女性を交えた5人から6人の暗殺者で殺したというのは、抹殺・排除以外のもう一つの政治効果を狙ったとしか考えられません。

この暗殺に答えるように、金永南・最高人民会議常任委員長は、15日の金正日生誕75周年式典でこのように発言しています。

「偉大な将軍様は後継者問題を完全に解決した。最も偉大な業績である」

この文言は珍しくないそうですが、この正男暗殺の日に述べられたのは偶然とは思えません。

このような北朝鮮政治を同日付けのニューヨークタイムスはこう評しています。

"Madman Theory"、すなわち、「好戦性と予測不可能性で武装し、敵に狂人と見せることで交渉を有利な局面に導こうとするという論理」のことで、そしてこれは「残酷性と冷静な計算は矛盾するものではなく、互いに協調関係にある」としています。

つまり常に不安定でいるように見せること、発狂しているように振る舞うこと、残忍なビーストであるように見せることで国際社会を手玉に取り、有利な状況を作ろうとすることが彼らの手法なのです。

もっとも3代続けて凶暴なビーストを続けると、もはやつけた仮面がはがれなくなっていそうですが。

いずれにせよ、このふたつの事件は東アジアの激変の開始を告げるものとなりました。

春の米韓共同軍事演習は、とうぜんこの新たな事態に対応したものとなるでしょうが、このあまりの北朝鮮ビーストぶりに、我慢強いとはいえそうもないトランプがどのような対応するのか予測することができなくなりました。

防衛相の首を取って遊んでいる場合ではありません。

■お断り  「北極星2号」部分を大幅に削除しました。

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時勢の悍馬から落ちた翁長知事に新疑惑 

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時勢というのは、例えればある種の生き物のようなものです。

いったん勢いがつくとそれ自体が熱を帯び、エネルギーを発散しながら駆け抜けていきます。 

司馬遼太郎は『飛ぶがごとく』の中で、<時勢>を悍馬に例えています。その一節です。 

「英雄ほど悍馬にのせられる。英雄とは時勢の悍馬の騎乗者のことをいう。西郷という人がそうであった。時勢の悍馬に騎り、二百七十年の徳川幕府をあっというまにうち倒してしまった。
幕府は時勢という悍馬に蹴散らされたのであって、西郷その人に負けたわけではない。
が、世間はそうは思わず、倒幕の大功を西郷に帰せしめた。このため維新後、西郷はとほうもなく巨大な像になってしまった。(略)
幕府が倒れることで時勢という悍馬は消えた。幕府を倒した悍馬はいまどこにも居ない。
いや、この譬えは正確ではあるまい。悍馬は居る。西郷の尻の下だけに居るのだ」

司馬はここで西郷を「時勢の悍馬に乗る者」とし、それが彼の現実の姿とは離れて「巨大な像」になってしまったことが、西南戦争という日本最大の内乱につながったとしています。

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さて、2014年12月10日、沖縄はひとりの「英雄」を生み出しました。翁長雄志知事です。

私は翁長氏に対して批判的ですし、西郷とは較べるべくもありませんが、彼が<時勢>の悍馬に騎乗する人物だったことは間違いないことだと思っています。

翁長氏は「民意」と称する不定形のエネルギーに押されるようにして、その猛々しい馬の上で2年半を駆け抜けてきました。

かつての幕末の<時勢>が倒幕ならば、沖縄のそれは「移転阻止」でした。

そしてその<時勢>の「悍馬はいまどこにも居ない」のです。悍馬は走るのを止め、荒い息を吐いています。

ちょっと前に高江紛争は続くだろうという意見がありましたが、私はないと思っていました。

闘争も生命体である以上、生成-勃興-消滅のサイクルを辿るからです。

今その悍馬があるのは、翁長氏の「尻の下」だけです。

移転阻止紛争は、昨年12月暮れの承認拒否裁判の最高裁判決で完全に終了しました。

いまだ自分の「尻の下」だけには悍馬がいると錯覚している翁長氏は、「あらゆる方法で阻止する」などと言っていますが、そのようなことを言えば言うほど何もできないことをあからさまにするだけな事に、この人物は気がつかないようです。

この翁長という人物の耐えられない軽さは、自分の政治家としての器量がこの数年の状況を生み出したと錯覚していることです。

下の写真は翁長氏が首相と初対面した絶頂時の頃の写真ですが、この傲岸な姿を見ると、彼に「琉球王」という異名がついたのもむべなるかなです。

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残念ながらこの<時勢>の悍馬の飼育者は沖縄県民でした。翁長氏はただその背中にしがみついて振り落とされないよにうにしていただけにすぎません。

翁長氏は<時勢>が作り出したにすぎない自分の「巨大な像」を過信するあまり、首相の仕掛けた戦略的妥協の「罠」にはまりました。

首相は勝てる裁判をいったん捨てて、「和解」をもちかけ、その間10か月間に渡って工事を停止してみせました。

このやり方は私たちを驚かせましたが、日韓合意と同じ政治手法です。譲歩し和解のための道筋を示した上で不可逆的な確約を交わすわけです。

本来違約は許されないはずですが、韓国も翁長氏も同じような道を辿ります。

帰り道は既に閉じているにかかわらず、敗北を認めることがイヤなために見苦しく暴れれば暴れるほど、いっそう「罠」が強く絡んでいくのです。

韓国にとって慰安婦像が日本外交のカードになってしまったように、いまや承認拒否カードは政府のカードとなってしまいました。

翁長氏に同情的に言って上げれば、相手が悪かったのです。安倍首相と政治家としての格が違いすぎました。

かくしてこの<時勢>の悍馬は完全に消滅しました。

承認拒否裁判敗訴、高江紛争敗北、辺野古工事再開、宮古市長選のオーンゴール、安慶田副知事の斡旋疑惑による辞任、訪米の無収穫、そして日米両首脳の移転方針の確約、そして先日の浦添市長選の大差での敗北。

よくぞここまで負け続けるものよ、と思うほどの惨敗街道まっしぐらです。

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もはやこの流れは止められません。

<時勢>の振り子は、沖縄の歪んだ政治軸の修正に入りました。

そして、<時勢>の悍馬の背からころがり落ちた人間に対して、この冬はひときわ寒いものだったはずです。

翁長氏に、新たなあらたな疑惑が発生しました。県病院事業局次長に、県庁の総務部長から任期を残しての辞職勧告があり、これを翁長知事の側近が指示していたことが発覚しました。(欄外に記事全文)

いまだ真相は、地元紙がなぜか報道しないために明瞭になっていませんが、安慶田副知事疑惑と同様の、職権乱用の横車がひんぱんに県庁とその外郭団体の間で行われていたことを示唆するものです。

翁長氏の本質は「政府に抵抗する政治家」ではなく、ただの利権漁りとポスト配りだけが能の政治屋です。

いまや自民党でも希少種となってしまった、地方政治によくいるヤニ臭いオールド・ポリティシャンにすぎません。

今後いっそう吹きすさぶ冬の風が、翁長氏から「英雄」がまとっていた王衣を剥いでいくことでしょう。

まだほんの始まりにすぎません。

               ~~~~~~~~~~ 

■産経2月14日
翁長雄志沖縄知事が隠蔽把握か 側近が画策 県幹部の不当働きかけ

沖縄県立病院を運営する県病院事業局の伊江朝次局長の進退をめぐり県幹部が辞職を働きかけた疑惑が浮上し、翁長雄志知事の側近が働きかけの隠蔽(いんぺい)を画策していることが13日、分かった。
不当な働きかけを暗に認め、翁長氏も指示や了承の形で隠蔽工作を把握している疑いが強い。安慶田(あげだ)光男元副知事が教育庁職員や学校長の人事に介入した疑惑などで引責辞任しており、不当な働きかけが常態化している可能性もある。
 

県立病院は住民福祉増進のために設置する地方公営企業。地方公営企業法では病院事業局長のような管理者は体調不良や適格性欠如が認められた場合のみ任命権者の知事が罷免することができると規定している。 

 病院事業局長の任期は4年で、平成22年4月就任の伊江氏は2期目の3年目。 

 関係者によると伊江氏は今年1月5日頃、格が下の総務部長から任期途中での辞職願提出を促され、退職理由の書き方を部長に確認した上で提出。部長の働きかけは不当の疑いが強い。 

 県は働きかけを否定しているが、浦崎唯昭副知事が伊江氏を任期満了まで続投させる調整に入ったことが判明。続投により働きかけ疑惑の幕引きを図りたい意向も関係者に伝えており、隠蔽工作とみられる。 

 浦崎氏は安慶田氏と並ぶ翁長氏の側近。複数の県幹部によると、浦崎氏が独断で隠蔽を画策することは考えにくいという 

 一方、安慶田氏は教育庁人事で特定の人物とポストを挙げ異動を指示した疑惑などで先月23日に辞任。安慶田氏は昨年、伊江氏に辞職を促したことがあるが、今年に入ってからは伊江氏と接触していない。総務部長による辞職の働きかけに安慶田氏が関与していたかについても、今月15日に開会する県議会で野党が追及するとみられる。

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北朝鮮 「北極星2号」発射実験

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北朝鮮がまたやってくれましたね。恐ろしい勢いで核武装技術を習得しています。

2月12日午前8時ごろ、北朝鮮は北西部から東に向けて弾道ミサイルを発射し、500km飛翔した後に日本海に落下しました。

また昨日、金正恩の異母兄に当たる正男がマレーシアで暗殺されました。

しかも顔を布で覆って(スプレー説もあり)毒針で殺すという、古代王朝の宮廷芸のひとこまのような方法でした。
http://news.yahoo.co.jp/pickup/6230125

まず「北極星2号」です。

北朝鮮国営メディアは戦略弾道ミサイル「北極星2号」の実験が成功したと発表しています。

これは潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)である、「北極星1号」(KN-11)の地上型のようです。

下の写真が労働新聞が発表した「北極星2号」です。2_2

今回の実験の大きな特徴は三つあります。

このミサイルは実戦を本気で考えている弾道ミサイルです。独裁者のプロパガンダではなく、現実に使用するに耐える弾道ミサイルに仕上がっています。

まず第1に、従来のノドンやムスダンの難点は、液体燃料方式だったことです。

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上の写真はムスダンの発射時の画像ですが、下の「北極星2号」のものと比較してください。

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「北極星2号」は、ムスダンの発展型ですが、噴射ガスの色が「北極星2号」は白っぽいのに対して、ムスダンは赤っぽいのがお分かりになるでしょうか。

これは「北極星2号」が個体燃料方式だからです。

ムスダンは見た目は派手でプロパガンダ向きですが、これだとすぐに熱感知されてしまいます。

そのうえ液体燃料は長期間充填したままにすると酸化して使い物にならなくなるために、発射直前に充填せねばなりませんから、早くから察知が可能です。

そりゃそうでしょう。ジッと発射台で座り込んでいたら、いい目標です。

下の写真はムスダンの発射時のものですが、こんな風にのどかにやっていたら、本番では一瞬で爆撃されます。

平和目的ならともかく、相手国で何十万も殺すために撃とうとしているのですから当然です。

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撃たれる私たちの側も、自衛隊の迎撃ミサイルやイージス艦を展開する時間的余裕があります。

石垣島に展開したことを覚えておられるでしょうが、この固体燃料式の場合、燃料注入の時間が節約できるため、迎撃のために展開している時間的余地はゼロに等しくなります。

固体燃料は燃料注入をせずに常に移動式発射機の上にセットしたままで、森林の中のシェルターに隠しておけます。

第2にもうひとつ画期的な技術進化がありました。それは「コールド・ローンチ」(cold launch)技術を使っていることです。

「北極星2号」は、発射時には圧縮空気や不活性ガスを使って飛び出しています。

1枚上の写真をみると:、「北極星2号」の噴射ガスの色が変化しているのがわかるでしょうか。

発射してしばらくたつと白色に変わりますが、これはロケット・モーターに点火したからです。

30m上空でロケットモーターに空中点火し、「ホット・ローランチ」に転換して上昇していきます。

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この技術は水中や地上サイロから発射する際に、発射器を使い捨てにしないために考えられました。

「北極星2号」ならば、何回でも発射器を使えるわけです。

またこの固体燃料は、移動を容易にすることができます。

そこで第3に重要なことは、従来のような地上で固定式発射台から発射するのではなく、移動式発射機で発射していることです。

実はこれは大変にやっかいな技術なのです。

この発射移動機は「輸送起立発射機(transporter erector launcher・TEL)」と呼ばれています。Photo_5上が今回使われた移動式発射機です。無限軌道(商品名キャタピラ)で動く装軌式となっています。

従来は移動に際して10輪の大型トレーラーを使った装輪式です。下の写真がムスダンのものです。

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無限軌道で移動することによって、相当な不整地でもミサイル発射機を乗り入れることが可能となります。

北朝鮮は深い山岳地帯が沢山ありますから、多くの「北極星2号」を無限軌道の発射機に載せたまま秘匿しておくことが可能です。

よく先制攻撃でミサイル基地を潰してしまえという威勢のいいことを言う政治家がいますが、場所が分からないのにどうやって空爆するのでしょうか。

結局、かつての湾岸戦争のように、特殊部隊のチームを多数浸透させて、根気よくシラミ潰しに捜索せねばなりません。

絶望的に難しい作業ですので、発射後に探知するしかありませんが、それすら固形燃料方式は熱量が少ないために困難でしょう。

というわけで、正直、大変にやっかいなものを作ってくれたと思います。

ちなみにこの「北極星2号」は、日本の在日米軍基地を標的にしています。

今回の発射試験で、「北極星2号」は水平距離500km、最大到達高度550kmを飛行しましたが、これはロフテッド軌道で打ち上げたものです。

専門用語が多くて恐縮ですが、「ロフテッド軌道」とは山なりの軌道のことです。

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上図はムスダンの;ものですが、弟分の「北極星2号」も山なりに上げずに通常の弾道で発射した場合には最大射程が1000~1200kmになります。

米国本土やグアムには到達できませんが、すっぽりとわが国を射程圏内に置くことができます。

これは高い上空まで打ち上げてから再突入させるために、迎撃は自衛隊が配備しているSAM3ブロック1Aでなら迎撃可能ですが、難易度は高くなります。

また、発射地点から半径500kmをコンパスで地図で円弧を描くと、中国領が拡がっています。

そして中国が最重要軍事拠点としている青島海軍基地は、南西500kmにあります。

ここが唯一の空母「遼寧」の母港です。

いまや北朝鮮の核攻撃の目標は全方位なのです。

なお、金正恩は兄の正男を白昼公然と暗殺しました。

正男のバックには中国がついており、「北極星2号」と同時に暗殺が実行されたことを見ると、もはやいかなる意味でも、中国の北朝鮮に対するコントロールは無効になったと考えるべきでしょう。

それにしても我が国国会は、こういう嵐を目の前にして、スーダンPKO部隊の日誌に「戦闘」とあったからどーした、前原氏のように首相をつかまえて「米国のチキンだ」などと太平楽なことです。

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松本市長再選 新しい沖縄政治の胎動か

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今回の浦添市長選における松本市長の勝利は、新しい沖縄の政治が動き始めている胎動を感じさせました。 

沖縄の政治が難しいと思うのは、<基地>の呪縛から逃れられないことです。

なんともやりきれないことには、答えはふたつしかありません。

「苦汁の容認」か、「絶対反対」か、それだけです。まるで金太郎飴か踏み絵のようです。 

そしてこれを軸にすべてが回ってきたし、今でも回っているのが、沖縄の地方政治でした。 

浦添市長選でも似た構図が出来ようとしていました。 

<基地>が踏み絵となりかかりました。

地元紙はここぞと松本市長の公約違反を争点化しようとしました。勝敗がついた後もくどくどと愚痴っている、沖タイ(2月14日)です。

「政治家が公約にどう向き合うかが最大の争点となる特異な市長選代議制民主主義では有権者は、公約の実現を期待して投票する。選挙のときだけの公約であっては有権者の政治不信は広がるばかりである。(略)
 選挙戦で松本氏は「県、那覇市が容認し政治環境が変わったため足並みをそろえた」などと批判に正面から応える姿勢に転じた。
有権者から一定の理解を得たとみられるが、又吉氏の得票数を自らに対する批判票と受け止める謙虚さが必要だ。となったが、松本氏は公約転換の理由を繰り返し説明することで、批判をかわした。」

はいはい、ならば変節の名人・翁長氏はどうなんですか、と言いたくなります。辺野古では公約違反し、浦添などでは3回ヘンシンしてみせました。

松本市長は元々容認派でしたので、戻っただけです。

沖タイが言う1期めの「反対公約」は、昨日書いたように、移設の出元の那覇市長だった翁長氏が反対に変身したために、2階に上がって梯子をはずされた形となった松本氏ら浦添側も同調せざるをえなかっただけの話です。

この「公約違反」うんぬんは翁長氏の変身を軸に見ないとわからないのです。

翁長氏は浦添移設については、知事になってからも一度も反対していませんから容認派なはずで、ならば彼を支える共産党ら「オール沖縄」や地元紙ももまた容認派になってしまいます(苦笑)。

天に唾するとはこのことですが、都合が悪いことには知らんぷりをしているようです。

それはさておき、この容認か反対かという2択の議論に引きずり込まれたら、松本氏の勝機はなかったことでしょう。

また浦添市の場合、沖合の移転計画に伴う巨額の利権の存在です。土建業者にとってこれほどおいしい仕事はめったにありません。 

埋め立ててナンボ、基地の上物作ってナンボ、付帯する港湾施設を作ってナンボ、アクセス道路を作ってナンボという具合に、この移設計画から湧きだす経済利権は大変なものです。 

いかにそれが垂涎の対象なのか分かる動きをしたのが、維新・下地幹郎衆院議員たちの派閥でした。

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上の写真は下地氏が衆院選で維新(当時大阪維新)から公認証書をもらっている姿ですが、こんな立場の人が共産党や社民党と「共闘」できる道理がありません。

維新と彼らは根本的に安全保障観が異なるからです。

いつから維新は、移設に反対するようになったのでしょう。

にもかかわらず下地氏は、なんと「オール沖縄」陣営に走っていってしまいました。 

なぜでしょうか。

それは松本市長が、下地氏の神経をいたく逆撫でする政策を打ち出したからです。 

それはなんと移設案を、160ヘクタールに抑えることで、埋立面積を現行計画より72ヘクタール減らすという市独自の移設プランを作ったからです。

上は当初案。下は浦添市案です。

Photo1松本市長ブログ松本市長「百花繚乱日記」
http://tetsujimatsumoto.ti-da.net/ 

実に面白いと思いますね。容認、絶対反対と硬直せずに、住民にとってより環境的に最適化したものを国に投げ返すという姿勢が実にいい。

だいたいの首長は国からプランをもらうと、賛成か反対かの2択でしか発想しませんから、こういう自分たち地方自治体が住民目線でいじってみるという発想そのものが欠落しています。

何度も書いてきていますが、辺野古でも賛成・反対2択以外やりようはありました。

もう遅いですが、和解期間中にハンセン陸上案を提起すれば、政府も無下に拒否できなかったはずでした。

しかし、翁長氏は小指一本あげませんでした。共産党に怒られるからです。

二項対立の呪縛から逃れられれば、よりよい案はあるのです。

松本市長は移転問題を政治イデオロギーから解放し、「未来への投資」と市民に語りかけました。 

私はこういう地方自治体のスタイルを高く評価します。

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ただ補償金をむしり取るだけではなく、イデオロギーや利権に縛られず、大胆に国のプランに対置できる自治体案を練ることで、住民にとってよりよい移設計画に高め上げていく姿勢は、実に新鮮です。

<住民主権>とでも言うのでしょうか。

このスタイルは、いままでの沖縄には見られなかったものです。

左翼陣営は「市民」と口にしても、それは反基地運動家のことであり、保守にとっては企業のことでした。

「住民」という目線は、過激な反基地闘争の陰に隠れてしまっていました。 

高江紛争などでは、口では「やんばるの森を守れ」という人たちが、村の人々の生活を圧迫していました。そこには住民主権の姿は見えませんでした。

このような高江での反対派の狂態が県民にも明らかになるにつれ、「オール沖縄」の神通力は急速に衰えていきました。

さて、下地幹郎氏の奇怪な動きを追ってみましょう。 

下地氏は、沖縄大手土建業の大米建設の創設者の息子で、いまだ経営に影響力を持っていると言われています。 

下地氏が何を考えたのかは不明ですが、松本市長の基地縮小プランに反対だったことは間違いないことです。

「オール沖縄」陣営、つまりは翁長氏の下に走って行ってしまいましたのですから、なんとまぁ、節操がないことよ。

地方政治ではまれにあることはいえ、国政に関わる政治家がやることではありません。

自民党に党籍を持ちながら、共産・社民陣営に走った、かつての翁長氏や安慶田氏の姿を彷彿とさせます。

松本市長の対立候補だった又吉氏も、節操のなさでは人後に落ちませんでした。

「オール沖縄」に擁立されたものの、本来は「苦汁の容認」派でしたから、当初は「市長になったら住民投票で決めよう」などと、わけの分からないことを言っていました。

移設問題を住民投票で決するというのは、実はもっとも悪い選択です。

住民直接投票は間接民主主義を前提にしている議会主義を否定するばかりではなく、そのときの「気分」で大きく変化します。

それはBrexit(ブリグジット)などを見ればお分かりいただけるでしょう。

法的拘束力がないとはいえ、安全保障問題という国の安全がかかることを、そんな危うい方法で決するわけにはいきません。

ただしこの又吉氏はただ決められなかっただけのようです。支援の「オール沖縄」陣営に強く命じられたから反対と言ってみた、ていどのようです。

というのは選挙戦中盤になって下地一派が又吉陣営に飛び込んでくるやいなや、いきなり「苦汁の容認」派に復帰してしまうからです。やれやれ。

私はいい意味で松本市長のような「非沖縄的」政治家が、浦添市に誕生したことを嬉しく思います。

利権とポスト配分しか能がない利権政治家を選ぶか、硬直した左翼運動家しか選択が限られていた中で、沖縄に<住民主権>の政治家が生まれたことは素晴らしいことです。

次の県知事は、ぜひ松本市長のようなタイプになってほしいものです。

■写真アップしたらよくなかったので替えました。

 

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速報 浦添市長選松本前市長が当選! 「オール沖縄」の崩壊決定的に

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ぱっと花が咲いたような気分です。 

浦添市長線で自民・公明が推薦する松本哲治前市長が、「オール沖縄」が推す又吉健太郎氏を破って再選されました。

前市長といっても一時的に市長空位になったためで、事実上の現職です。 

心から祝福します。おめでとうございます。

宮古市長選に継ぐ「オール沖縄」の連敗です。 

これで沖縄政治の歪んで傾いた地軸が、正常化のコースに入ることでしょう。 

残る政府と対決姿勢をとる自治体は県下11市長中、わずかに名護と那覇だけのふたつになりました。

Photo_4http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/83914

「任期満了に伴う沖縄県浦添市長選が12日投開票され、無所属前職の松本哲治氏(49)=自民、公明推薦=が、無所属新人の元市議、又吉健太郎氏(42)を破り再選された。松本氏を推す安倍政権と、又吉氏を支援する翁長雄志知事の「代理対決」の構図だった。
 沖縄県の11市長のうち、那覇と名護を除く9市長は政権と協調関係にあり、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古移設反対で政権と対立する翁長氏は勢力拡大を狙った選挙だった。同じ構図となった1月の宮古島市長選に続く連敗となり、求心力に影響する可能性がある。
 投票率は61・37%で、前回を1・93ポイント下回った。
 選挙戦は、那覇市にある米軍那覇港湾施設(那覇軍港)の浦添市移設の是非も争点となった。松本氏は前回選で反対を掲げて初当選したが、その後容認に転じた。又吉氏は「市民投票を実施する」として賛否を明確にしなかった。一方、翁長氏は容認の立場で、関係が複雑になっていた。」(産経2月13日)

得票差は8690票です。それを伝える沖タイ(2月13日)です。

「任期満了に伴う沖縄県浦添市長選は投開票日の12日午後11時半過ぎに開票を終え、前職の松本哲治氏(49)=無所属、自民、公明推薦=が3万733票で、新人で前浦添市議の又吉健太郎氏(42)=無所属=の2万2043票を上回り、再選を決めた。」

政策より選挙、義理人情より選挙だった、「選挙ファースト」主義者の翁長氏にとってこの連敗は致命的な一打となりました。

翁長では勝てない、むしろ翁長こそが最大の敗因だ、このことを「オール沖縄」の各党派は思い知ったことでしょう。

承認拒否裁判に破れ、高江でも破れ、辺野古工事は再開され、宮古は勝てる戦を負けに導き、安慶田副知事の斡旋疑惑で側近が炎上して辞任に追い込まれ、そして訪米では無収穫、その上に日米両首脳が「辺野古しかない」と地名まで上げて確約するに至っては、誰の眼にも万策尽きました。

そして泣き面に蜂、止めの一撃が、今回の浦添市長選の敗北です。

もはやこんなに負け続ける者を、「オール沖縄」のボスに仰ぐ者はいません。

これで、「オール沖縄」の崩壊は決定的になりました。

そもそも今回争点となった浦添沖への補給基地の移設を推進したのは、那覇市長時代の翁長氏その人でした。

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那覇軍港

那覇軍港自体は74年に返還が決まっていましたが、返還条件にある県内の代替基地が見つからなかったために返還が遅れていました。

この時にも移転先に辺野古がでてきますが、結局、牧港補給しょうもセットで浦添沖合に移転することで決着しました。

つまり、これで那覇の市街地にあった軍港は移転され、同じく市街化が進む浦添にのさばっていた補給基地も沖合に移動しようという案でした。

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那覇市にとっても浦添市にとっても、ウィン-ウィンです。

政府は那覇市と浦添市に、軍港と補給施設を全面返還し、代替として新軍港と物資集積場を沖合に新たに作ることを提案しました。

[追記]篠原章氏によれば「松本市長は、今回選挙で、那覇軍港の浦添移設に伴う埋立面積を160haに抑えるプランを示した。埋立は現行計画より72haも少ないから、経費節減にも環境保護にもなる。
が、これをよしとしない下地幹郎+維新は翁長+オール沖縄に加勢した。浦添市民は実に健全な判断を下したことになる。」

迷惑料としての振興予算や民間港湾施設などの大規模整備もつけますよ、これが国の提案でした。

合意の流れとしては、98年に移設に積極的な稲嶺県知事が誕生し、2001年には振興策や港湾整備を条件にした儀間浦添市長が誕生し、移設作業は急速に進展するかに見えました。

さて、この構図、どこかで見ませんか?はい、そうです。普天間移転の構図そのものですね。

まさに「オール沖縄」がいう、「新基地」の要件すべてを充たしています。

しかしなぜか「オール沖縄」はこの浦添移転計画について、大きな反対運動を手控えてきました。なぜでしょうか?

この浦添移転について、翁長氏がコロコロと立場を変節して混乱を引き起こした元凶だったからです。

那覇市長時代の翁長氏は、当初こんなことを言っていました。

「決断に敬意を表する。今後、那覇港は県、那覇市、浦添市の三者が一体となって国際流通港湾として整備・管理することになる。振興発展を担う中核施設として整備されるように努力を重ねたい」(琉球新報2001年11月13日)

こんな言い方が「新基地」に通用するならば、今の辺野古移設についても是非こう言ってほしいものです。パロってみます。

「普天間基地が移設されることで、宜野湾は那覇市、浦添市などと一体となった広域首都圏として整備・管理されることになる。普天間基地の跡地が振興発展の中核施設として整備されるように努力を重ねたい」

このように熱烈推進だった翁長氏は、10年間近く棚上げになっている間に左翼陣営に媚を売るようになります。

理由は単純。仲井真氏の寝首をかいて、自らが知事になりたかったからです。

仲井真氏と自民を裏切った以上、この組織票はあてにできないので、左翼陣営との合体に走ったのです。

2013年2月、儀間市長の4選を巡って、浦添市長選が行なわれ、当時新人だった松本氏が新市長に選出されますが、実は移設問題について候補者は全員容認でした。

なぜなら、浦添市側としては、那覇市との合意を勝手に破れないからです。

ところが、既に知事の座を狙っていた翁長氏は、自分も関わって作った合意事項だったにもかかわらず、松本氏潰しに走ります。

この節操のなさが翁長氏の翁長氏たるゆえんです。

松本氏は公開候補者選びでトップだったにもかかわらず、翁長氏はこの結果を覆し、「オール沖縄」候補の西原氏をぶつけてきます。

結局、フレッシュな新人だった松本氏が当選するのですが、呆れたことには知事になった翁長氏はもう一回容認の立場に転向します。

別に賛成反対は言っていませんが、黙っているのは容認です。

えー、頭がグルグルしてきましたから整理します。

・那覇市長時代・・・推進
・知事野望時代・・・反対
・知事時代      ・・・沈黙

自分の変節の歴史そのものの浦添移転構想を、あまりつついて欲しくないというのが本音なんでしょうね。

「オール沖縄」もまた偽りのカリスマに持ち上げた翁長氏の粗をさらけ出す事になる浦添移転問題には、見えません、見えません、なんにも見えませんと決め込んで、蓋をしてしまいました。

こういう党派利害によって、辺野古とまったく同一の「新基地」建設であるにも関わらず、いささかも問題視されることなく、今回の市長選を迎えたわけです。

ですから、「オール沖縄」は明快に反対と言えずに、又吉候補のように「住民投票で決めてもらう」なんて弱々しいことをいう始末でした。

辺野古の海と、浦添の海のどこが違うというのでしょうか。

このようなご都合主義が終焉したのが、今回の浦添市長選挙だったのです。

潮目が変わりました。

翁長氏の野心と、左翼陣営の権力欲を無理矢理くっつけていた「オール沖縄」という枠組みは自壊コースに入りました。

宮古・浦添市長選敗北、辺野古・高江闘争敗北と、実に4ツもの敗北を受けて、「オール沖縄」は総括を巡って責任のなすり合いが始めるでしょう。

社民・社大は翁長氏を見限って、独自候補を模索するかもしれません。

共産党はあんがい翁長氏をまた担ぐかもしれません。

すると、宮古市長選でも見せた「オール沖縄」が分裂選挙に陥る可能性があります。

いずれにしても、「オール沖縄」という野合集団の政治生命は、今や燃え尽きようとしています。

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辛淑玉氏 政治集会における発言書き起こし

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辛淑玉氏の政治集会における発言の書き起こしが、「めらそく」様によって出ましたので、転載させていただきます。
ありがとうございました。

http://mera.red/%e3%82%b7%e3%83%b3%e3%82%b9%e3%82%b4%e3%81%a8%e6%b2%96%e7%b8%84%e3%81%a8

なおこのビデオ映像は、既にのりこえねっと自身の手で公開されています。

この中で辛氏は、今回「ニュース女子」騒動で「嘘と妄想とデマ」(沖タイ1月28日)として自らBPOに提訴した以下の事柄のいずれも公然と肯定してしまっています。
http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/81756

①公道における私的検問行為
②暴力行為
③在日を多数含む外人部隊の存在
④本土からの資金提供

笑えることには、のりこえねっとは自らアップして公開しておきながら、自分の代表が公然と違法行為の教唆煽動をしていたことを問題視されることを恐れたのか、著作権侵害だと言い始めているようです。

[追記] 著作権法32条 「公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。」
今回ののりこえねっとの「著作物」は既に公表されたもので、引用することに対しては正当な範囲内で許されています。

馬鹿か。なにが著作権ですか。ならば、書き起こしをするまでです。

これも著作権侵害で訴えるならば、よほどあなた方の発言がヤバかったことの自己証明となるだけです。

発言内容を見ると、辛氏は「体を張った」行為すなわち警察との暴力衝突、あるいは「じじぃ、ばばぁは嫌がらせをして捕まれ」という違法行為による被逮捕教唆を露骨に叫んでいます。

呆れたものです。こんな浅はかな考えで、沖縄を荒らしていたのですか。

辛氏の発想の根本には、権力を絶対悪と見立てて、それに反対することをは絶対善だとする考えが根強くあります。

絶対悪に対しては、何をしてもいい、それは正義だから許されるのだという思い上がりがあります。

ですから、法などはハナっからまったく眼中にありません。

彼らが親中・親北朝鮮なのは案外、法治主義を否定する体質がそっくりだからかもしれません。

「反日有理・革命無罪」というわけです。

理由が正しければ、何をしても、どんな違法行為を働いても許されるべきだという考え方です。

このような自分を絶対善として恬として恥じないタイプとは、議論が成立しません。

外国人が他国の安全保障問題に介入するのは、最高裁マクリーン判決で禁じられていると諭しても無駄です。

ですから、辛氏もBPOに提訴までして、長谷川氏の懲戒解雇まで望んでいるのですから、高江で何が起きたのか、どんな暴虐が支配していたのかはっきりさせましょう。

それにしても、身内の集会という気安さと「正義」の奢りが、辛氏の口を軽くさせた結果、「ニュース女子」報道が大筋において間違っていなかったことを、自分で証言するという大ポカをしてしまったのは痛かったですね。

それにしても、「若い者は死ね。じじぃ、ばばぁは嫌がらせをして皆んな捕まれ」とは恐れ入りました。

こういう、とてもまともでは言えないことを、煽れば煽るほど大向こう受けするのが、あの人たちのワールドなようです。

本当にこの人の言うのを真に受けて死亡事件を起こしたり、老人が拘束されたりすればこの台詞は教唆煽動をとられます。

まぁ、辛氏にとって死のうと捕まろうと、傷つけようとどうしようと、関係ないのでしょうね。辛氏を信じて高江に行った者は使い捨てですか。

あるいは病んだ山城氏に、「死ぬなら私が殺してやる」とは、なんとも芝居がかった言い方です。

ぞっとします。あんたら手鎖心中かって。

こういう台詞は「熱い」とは言いません。勘違いなだけです。

こういう勘違いの人が、勘違いに乱射しているのがBPO提訴なのです。

                   ~~~~~~~

Photo_2
■2016年9月11日にのりこえねっとによって公開された、9月9日集会の辛淑玉氏発言書き起こし
※動画はこちらから
http://ksl-live.com/blog7551

「ないちゃー大作戦!全員集合!!」
のりこえねっと公式サイト: http://www.norikoenet.org
開催:2016年9月9日
会場:連合会館 2階 大会議室

<報告者>
島崎ろでぃー(写真家)
高橋直輝(男組)※添田充啓
横川圭希(confess)
満田夏花(環境NGO)
辛淑玉(のりこえねっと共同代表)
玖島穂高(全日本建設運輸連帯労働組合)
元山仁士郎(SEALDs RYUKYU)
<特別報告>
金平茂紀(TBS テレビ「報道特集」キャスター)
<国会報告>
福島みずほ(参議院議員)

以下、辛淑玉氏の集会発言全文

やんばるの森もいいよ、でもね、

あそこに置かれてるのは戦争の道具ですよ。戦争は世界最大の環境破壊であってね、人を殺すことなのね。だから、それをなんとかして止めていきたいと思います。

その中でカウンターをやってたメンバーは、東京から行ってくれた、わたしのような誇りですよ。ここでいて沖縄に対してやっていることは差別なんだなってことを多くの人がこの何年間の間に学んだのね。

そしてみんなほとんど金がない、どうやって生きているのか分からない、でもなんとか生きているっていうですね。それを信じてですね。

わたしなんか昔の大本営と一緒です。送ったらそのまま知らん顔ってね、あとは勝手におまえ頑張ってそこで生きてこいみたいな、いいんです、それで日本の文化なんですから、わたしたちもやりましょう。

向こうもそれでやってるならうちもやるしかないだろうってね。こっちはなんかきれいに美しく補給をしましょうって、補給なんかない!向こう行って食ってこい、向こうでなにしろやってこいって言って、それでなんとか撮ってきた写真は…これから実はロディさんはたくさんの写真を撮る機会を逸しました。

[公道における私的検問を認めた部分]
なぜならば現場の人が足りないからです。現場で彼ら2人が二十何台も止めた、それでも1日止められるのが15分。
でもあと3人いったら16分止められるかもしれないんです、もう1人行ったら20分止められるかもしれないんです。だから送りたいんです

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そして、わたしたちは私もねぇ、これからはっきりいいます、一生懸命これから稼ぎます。なぜなら私もう体力ない。

[暴力行為を教唆煽動した部分]
あと若い子には死んでもらう。若い子にはお国のために頑張ってもらうって稲田も言ってるんですから、稲田が言うなら私も言おうじゃないかって。

Img_4453

それからじいさん、ばぁさんたちは向こうに行ったらただ座って止まって、なにしろ嫌がらせをして、みんなつかまって下さい。
でね、70以上がみんな捕まったら刑務所もう入れませんから、若い子が次頑張ってくれますので。

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[在日が大量に高江に送り込まれていることを認めた部分]
ネトウヨなんかがね、朝鮮人たちがよく現場に行っているとか、あそこは朝鮮人が仕切っているとか書いてありますよね。
そりゃそうだわって。

あたしもそう。今回捕まった?(聞き取り不可)もそう。それから広瀬さんのそばにいる在日の人もそう。行ってますよ。
おそらく日本のね、1億何千万の比率に対して60万の朝鮮人の比率から言ったらですね、在日の数はたぶん比率としては高いと思う

なぜ高いのかって言ったら、それは沖縄のウチナンチューの胸の痛みが分かるからですよ。人間として蝕まれて、そしてですね、どこまでやってもいつまでやっても憲法番外地で、そして何をやってもね、何をやっても日本人にすらなれない。

領土としての日本だったかもしれない、だけども、そこで、ウチナンチューが沖縄人がですね、日本人として対等に扱われたことなんて一度もない。人間として扱われたことも一度もないんです。でね、その胸の痛みが分かるから。

[在日に暴力行為の教唆煽動をし、送金支援していることを認めた部分]
そして、私たちは一票ない。一票ない人間が何ができるのかっていえば、口でやるか、そしてもしくは一生懸命稼いで金送るか、もしくは現場に行ってね、体を張るかですよ

Photohttps://mobile.twitter.com/norikoenet/status/802316133428695040

だから現場に行ってね、何人も在日に会います、お互いにあってもねぇ「おーっ朝鮮人」とかってやりません。
やらないんですよね。普通だったら私なんかすぐハグとかやっちゃたりして勝手にセクハラか何かやってるんですけども。
そうじゃなくて、みんな体張って、「おまえも来たか」「お前も来たか」ってね
でね、沖縄で在日がやるってことはこの日本が私達のふるさとだからです。私たちはここで生きているんです。だからこの社会が壊れていくのがとても嫌なのね。

ただね、わたしは高江に行って、今の高江で一番嫌なのは、わーってシュプレヒコールやった後に踊らされることなんです。あれがまたけっこうきつい。もう60近いんだからね、なんかものすごい踊りが入るんですね。
あれみなさん是非事前に覚えていってほしいですね。で、あれが踊れないとあそこで闘えない。歌って踊って体力があって日焼けしても大丈夫というですね。その状態でないと行けないんです。

何しろ山城博治はもうボロボロです。申し訳ないけどね、山城博治に言いました、ね、病気で死ぬな、米兵に殺されるな、日本の警察に殺されるな、おまえが死ぬときは私が殺してやるって言いました。彼は今あそこにいるだけでいい。

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日曜写真館 三連水車

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辛淑玉氏に見る<在日>という病

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辛淑玉氏が登場したので、今までまったくふれたことがなかった在日韓国・朝鮮人について少しふれておきましょう。

あまり気の進まないテーマなので棚上げしていましたが、辛氏が高江にまで大挙して押し寄せて、人のいい沖縄県民を押しのけて、運動を全国化してしまいました。

これだけ混乱を与えたのですから、いた仕方がないですね。

本来関係のない在日韓国・朝鮮人問題と、高江問題を強引に「ヘイト」でくっつけるのが、辛氏の手法です。

こういうやり方を、「革命の輸出」と言います。輸出された沖縄県民の多くにとっては、迷惑なことです。

Photo_2http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/81679

さて辛氏は佐高信氏との対談(『佐高信の日本国憲法の逆襲』)の中で、こんなことをしゃべっていました。

「いま現実に6世まで生れているんです。6世までを外国人として扱う国は世界で日本だけです。二重国籍も認めない。生地主義でもない。帰化の基準が明確でない。
なおかつ植民地にした地域出身者に対してそれをやっているのは日本だけです。何世代外国人にすればいいのか。『朝鮮人でいることはあなたの意思で、民族心があるからでしょう』という。なめんなよ。民族心じゃない。本来あるべき権利を剥奪している」

何かブワーと恨みの感情を吹きつけられたようで、たじろぎますね。

一気に「なめなよ」と叩き込まれると絶句する日本人が多いでしょうが、こういう切り分けしないまま、だからナニという類のことをあれもこれもと並べるのが、シンスゴ流です。

日本は確かに生地主義をとっていますが、血縁主義はその国の歴史と風土から生れています。

辛氏のような外国人にけしからんからやめろと言われても、それは国民主権原則に基づいて、日本人だけが議会で決定するべき問題です。

外国人のあなたにはクチバシを突っ込む権利がないのです。

民族心を持とうが持つまいが、帰化申請の審査は、わが国の主権の一部です。

世界で帰化申請基準を外国人に任せている国などありません。各国の事情で決定して、審査しているだけです。

「6世まで外国人にして、あるべき権利を剥奪している」といいますが、何を言っているのやら。

それは逆に「6世まで外国籍でいる者は日本くらいで、それを許しているのは日本だけだ」と言い直してもらいましょう。

そもそも辛さん、あなたは日本人なんて「汚れた民族」にはなりくないのでしょう。

だからと言って、「日本人になってやるから、二重国籍も認めろ」とは、ずいぶんと虫がいいことを言うのですね。

帰化申請しない以上、「6世まで外国人」であることは、致し方がないというだけです。

「帰化申請の基準が明確でない」といいますが、今は年間約1万人が普通の手続きを経て日本人になっています。

今の帰化のハードルは70年代までと違って、逆に問題なくらいに低いのです。

あなたがよく言う、「冷蔵庫にキムチがあったために帰化申請をはねられた」なんて、いったいいつの話ですか。今はうちの冷蔵庫にもキムチくらいありますよ(苦笑)。

辛氏が「なめんなよ。(在日のままでいるのは)民族心ではない」とタンカを切るのは勝手ですが、おっしゃるようにあなた方<在日>がとうの昔に韓国本国に対して愛国心も帰属意識も失い、長きに渡って税金も兵役も回避していたことに、本国のほうはいたくお怒りですよ。

最近は仕組みが変わったそうですが、本国の若者から見れば、<在日>なんてただの日本語しかしゃべれない租税回避者、懲役回避者にすぎませんからね。

ちなみに近年帰化数が増えたのは、在日でも徴兵されることになったからと無関係ではないでしょう。

まだ志願制ですが、そのうち義務制になるだろうとされていますから、そうなったら在日などいなくなるのでは、と言われています。

私は右サイドがよく言う「在日特権」などはいまは消滅したと思っていますが、韓国人からみれば徴兵義務がなかっただけで(今はありますが)大変な在日特権だったのです。

本国の韓国人は、彼らが「韓国人らしさ」と、韓国流の思考法と思うものを身につけない者を、決して韓国人とは見なしません。

<在日>のように、言葉がしゃべれない、ハングルは読めない、多少できても韓国人からすれば滑稽なまねごとにすぎないでは、「韓国人」と呼んでもらえないのです。

ソウルよりは東京や大阪の地理に詳しく、どこかでダサイ町だとソウルを見下すような人間は、もはや韓国人とは見なされないのです。

したがって韓国人と<在日> の双方共に、同胞意識などまるでないでしょう。

だから<在日>は韓国に行けば棄民の裔パンチョパリ(半日本人)として、日本どころの騒ぎではない差別を受けるのです。

そういえば、映画『月はどっちにでている』で在日社会を描いた2世の崔洋一氏は、韓国に行った際に「徹頭徹尾日本人としてしか扱われなかった」とこぼしていました。

ちなみにこの映画は、井筒和幸氏が撮った『バッチッギ!』とは違って、左翼プロパガンダ臭がなくリアルに在日社会を描いた名作です。

私には<在日>の友人は何人かいましたが、ひとりとしてコリア語をしゃべれたりハングルが読める者はいませんでした。

考え方から仕種まで完全に日本人になっりきっています。とうぜんです。 もう祖父の世代から日本に半世紀以上住んでいるのですから。

そもそも家庭内でコリア語をしゃべるのは祖父母の1世の世代だけで、2世夫婦は家庭内でも日本語を話し、3世に至っては日本語しか分かりません。

なぜなら2世の父母は、3世の友人にコリア語を教えなかったからです。

家庭内で何語でしゃべるのかというのは、彼ら一族がどこで死ぬまで暮らしていこうとしているのかに対しての意思の現れです。

日本語でしか家庭内で話さないというのは、もう日本以外に出て行く気はないし、ましてや韓国に戻るなど論外だということをよく現しています。

わが在日の友人など、かつて法事で帰った時は、濃厚ソルロンタンのような韓国の土俗的慣習に圧倒されて、早く帰りたいと思ったそうです。

帰りたい?そう、日本に「帰りたい」のです。

第一韓国では<在日>には外国人登録する義務はありませんが、住民サービスをもらう権利が発生する住民登録が認められていませんから、韓国に「帰国」しても暮らせないのです。

わが友人など帰ったら兵役だ、などと苦笑いしていました。

このような住む土地や国と、国籍のズレが3世、4世となるに連れてどんどんと拡がっていっているのです。

ツイッターに「在日3世」というものがありますから、ご覧になって見てください。本音の在日がお分かりいただけます。
https://mobile.twitter.com/3korean?p=s

Photo石坂啓、辻本清美、香山リカ、雨宮処凛、辛淑玉の似た者同士の各氏。これに謝蓮舫民進党代表が並べば完璧。

このアイデンティティの深刻な<ズレ>を、日本に対しての恨みと憎しみで埋めようとしているのが辛淑玉氏です。

辛氏は、日本に対する憎しみで凝り固まることで、自己のアイデンティティを守ろうとしているにすぎません。

辛氏など「あなた達が(強制連行してきて)強姦して産ませた子供が在日韓国朝鮮人」などとまで放言して回っています。

下のユーチューブからご覧頂けます。ここまで来ると、反日節ももはや芸。なかなか鬼気迫るものがあります。
https://www.youtube.com/watch?v=gvczLDrOLSE&feature=youtu.be

それを今の世界的ポリティカル・コレクトネスの流行に合わせて、「反ヘイト」と新装開店したのです。

このようにして、<在日>は辛氏が自ら言うように、とうの昔に民族心など失くしたのに外国籍にしがみついている「日本だけ」にしかいない階層なのです。

韓国籍を持ちながら韓国には帰属する気持ちはなく、逆に韓国をどこかで見下している部分すらあり、では日本で外国人としてのアイデンティティを貫くのかといえばそういうわけでもなさそうです。

もちろん受け入れている日本には、感謝の心も愛情もこっれぽっちもありません。

では<在日>とは何かといえば、「権利を剥奪されて差別された者」として、常に日本人を恨み憎んで生きていく「永遠の被害者」でいたい人たちです。

ほんとうはそういう人たちはごく一部なのですが、辛氏が<在日>の代表のように振る舞って発言しているために、多くの日本人はそう誤解しています。

さきほど紹介したツイッター「在日3世」に、こんな傑作な会話がでています。

「大学4年生当時の俺 vs ド左翼日本人おやじ。 大学4年生の頃、ある会合であったド左翼おやじとやりあった話。 俺の名前をみて即座に「差別が大変だったでしょう」ときやがった。 (ド左翼にありがちないい人ずらの上から目線、ハイ出ましたうざいです)
俺「えっ( ゚д゚)、差別なんてなかったです」
ド「えっ!いやいやあるでしょう」 俺「ないですねー」ド「君が知らないだけで差別はある」 俺「周りでもないです」ド「あるったらある!」 俺「ないったらない!」

わ、はは。

かつて1970年代前に差別がなかったとはいいません。しかし、今の「差別」は韓国の度が過ぎた反日の輻射熱のようなもので、かつてとは違っています。

さて<在日>の皆さん、素朴に聞きます。あなた方は韓国人なのか、日本に住む外国人なのかどちらでしょうか。

わが国において二重国籍は検討の対象にも入っていません。海外植民地をもたないからです。

従って、日本では国籍問題に中間はありません。

韓国人ではなく、日本人にもなりたくない、どちらの国の国民としての義務も果たしたくない、それでいて参政権は寄こせ、公務員にはしろなんて、そんな虫のいいことが通じるような主権国家はありえないのです。

辛氏のようにイヤならイヤでけっこうです。一生日本を恨んでくれてもけっこう。

ただし、そんなことばかりやっていると、6世どころか未来永劫そのまま宙ぶらりんで生きていくしかなくなりますよ。

■追記 BPOは「ニュース女子」問題を「審議」入りだそうです。
たぶん「裏取りが不足」ていどのことは言ってくるかもしれません。
このていどで「勧告」うけるのなら、今までの報ステとか報道特集なんかどうなっちゃうんだ、と言いたいですが、言論で戦うのではなく、提訴とか裁判とかが好きな人たちですから。

長谷川氏は意気軒昂。毅然として対決するようです。

「ずばり言おう。東京新聞は経営上の理由で沖縄の新聞に寄り添い、私の言論の自由を侵害するのか。念のために言うが、これは私の推測である。」http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20170210-00050947-gendaibiz-bus_all&p=3

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琉球新報またオスプレイ誤報

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琉球新報が、2月4日付けでオスプレイの「衝撃の新事実」を載せていますので、少し書いておきます。 

これは琉新が発掘したのではなく、「週刊金曜日」(2月3日号)に載った、ライターの新藤健一氏の記事が発信源になっています。 

沖縄県名護市の東海岸に不時着水した、オスプレイから流れ出した「米海軍航空機運用規程手順書(フライトマニュアル)」が、12月21日に宜野座村の海岸に漂着し、それが一般人に回収されたようです。 

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そこにこういう記述があったということで、琉新は1面トップで騒いでいます。まず見出しはからしてこうです。http://ryukyushimpo.jp/news/entry-438775.html 

「オスプレイ事故、大惨事想定 米軍が確認書、対応手順判明」 

そして続けてこう本文に続きます。

「米海兵隊の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイの緊急時の対処手順などをまとめた米海軍のチェックリスト(確認書)の全容が3日までに判明した。空中給油中に給油機のホースや装備の一部がオスプレイに衝突する可能性があると記しており、プロペラに当たれば「大惨事を引き起こしかねない」と指摘している。」

この米軍フライトマニュアルに、「大惨事」という表現があったということで、琉新は小躍りしちゃったんでしょうね。 

自分で「大惨事の可能性」があると言っている危険な空中給油訓練なんかしやがって、というわけです。 

せっかくの琉新の喜びに水を差すようで申し訳ありませんが、ただの誤訳です。 

フライトマニュアルにあったのは「カタストロフィック」(catastrophic)という用語について、マニュアル発行元の米海軍航空システム・コマンドはこう定義しています。 

「死亡事故または全損事故」 

淡々とこう定義されており、昨年の12月13日に起きた不時着水は、機体が全損でしたのでこれに該当します。 

マニュアルにはすべての航空機の注意事項にも「カタストロフィック」という事態を想定してあり、別にオスプレイだから「カタストロフィック」になったということではありません。

ところが琉新にかかると、「オスプレイ事故、大惨事想定」とまるでオスプレイだから「大惨事」を米軍が想定していた、という意味になってしまいます。

こういう表現することを歪曲報道といいます。

「カスタトロフィック」には、琉新が期待する「大惨事」という訳語がもたらす、住宅地に墜ちて沢山死ぬぞという意味はまったく含まれません。 

たぶん琉新は、これで自分らが一貫して使ってきた「墜落」が正しかったと言いたいのでしょうが、前にも書きましたが、「墜落」は機体が空中分解したり、重要な部品が破壊されて操縦不能になって墜ちることを意味します。

ちなみに新藤氏も「墜落」と書いていて、このライターのスタンスが分かります。 

「墜落」と「不時着(水)」を分けるのは操縦不能になったか、ならないかです。 

パイロットが着水面を選択し、もっとも安全なピッチ角度である11度で滑り込んだ今回の事故を、墜落と規定するのは間違いです。 

「墜落」的状況ならコントロールするもなにも、その場で墜ちています。今回もヘリなら、その場で墜落しただろうと言われています。

オスプレイだから「事故が起きた」のではなく、オスプレイだからあれだけ長距離の飛行に「耐えた」のです。 

今回のケースの飛行ルートも分かってきています。当初はうるま市近辺の海上と思われていましたが、違っていて、実は本島北方海上でした。

パイロットは本島北方海上から辺土名岬をぐるりと迂回し、宜野座まで飛行した後に、不時着水しています。

なおこのパイロットは女性だと分かっていますが、彼女は冷静に、本島北部を通過する飛行コースを選択せずに、わざわざ大きく沿岸に沿って迂回飛行をしました。

その理由は、直線で飛行すれば、この機体は普天間までもった可能性がありましたが、住宅地に墜ちる可能性が捨てきれなかったからです。 

さて確かにマニュアルには、「空中給油中に給油機のホースや装備の一部がオスプレイに衝突する可能性」があると記述してあります。 

プロップロータ(プロペラ)が給油管(プローブ)ホースに衝突すれば、当然「カタストロフィック」になりますが、それは「大惨事になる」ということではありません。 

また、琉球新はこうも述べています。 

「その上で機体に衝突した場合はすぐに着陸するよう定めている。給油機のホースとオスプレイの給油管(プローブ)が外れなくなった場合も想定、給油機側でホースを「ギロチン(切断)」することも定めている。この場合、固定されていないホースがオスプレイに接続したまま飛行を続ける不安定な事態も想定される。」 

これが二番目の誤訳です。 

「ギロチン」という用語を新藤氏も琉球新も「切断」と訳してしまっていますが、間違っています。 

「ギロチン」(guillotine) を指す部品用語です。

彼らが好きそうな響きですが、新藤氏はわざわざ整備の経験者に取材してこんな言葉を引き出しています。 

「民間航空機のマニュアルには略号や専門用語がたくさんありますが、このような即物的な表現であるギロチンという言葉はなじみません、と驚きを示した」(「週刊金曜日」)

この「ベテラン整備士」とやらが知らなかっただけです。 

なぜなら、民間機は空中給油をしないことを前提に飛行していますから知らないのです。 

軍用航空用語で空中給油を調べれば、「ギロチン」が空中給油で必ず出てくる部品の名称だと分かったはずです。 

「ギロチン」という装置は、プローブ・アンド・ドローグ方式で空中給油を実施する場合、プロペラが給油管を巻き込んだ場合を想定して、ホースの根元を少量の火薬で切断する装置のことです。 

1950年に開発された枯れた技術で、珍しくもなんともありません。わざわざ民間整備士に聞かなくても、航空専門家に聞けば即答してくれたはずです。 

Photo給油ポッド内部のギロチンの配置の例 (原図 米国特許出願公告US4905937 A図2 西恭之氏による)

この装置は給油機の給油ポッドに装着されていて、事故時にはボンっと火薬で切り離すことができます。
 

これがないと、給油機は事故機と繋がったままになるか、給油管を引きずったままで着陸を強いられる事になります。 

Photo_2
上の写真で翼下のホースを伸ばしているのが給油ポッドです。 

ちなみにオスプレイだから空中給油が危険だということはまったくなく、上のようなCH60ヘりでもリスクは一緒です。

琉新さん、せっかく貴重な文書が手に入ったのですから、少しは調べてから書きなさいよ。

■謝辞 静岡県立大学グローバル地域センター特任助教・西恭之氏の論考を参考にさせていただきました。 ありがとうございます。

 

 

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辛い結果になりそうな辛淑玉氏

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今回の「ニュース女子」問題で、辛淑玉氏は攻撃方法を誤りましたね。 

まず、本来なら沖縄レポートをした井上和彦氏を言論で批判するか、それでもおさまらなかったら公開質問状のひとつも『週刊金曜日』にでも掲載してもらえば済むことだったのです。 

これを辛氏の運動家の習性の哀しさ。どんどんとエスカレーションしていかないとやった気がしないのです。 

つまり本来、「あたしのことを黒幕だなんていいやがって」ていどの私憤を公憤に変えて、「運動的拡大」をしないとダメだと勝手に思っているわけです。 

ちょっとわかりにくいかもしれませんが、「運動家」という人種は、<私憤>⇒<公憤に転化>⇒<運動的拡大に発展させる>というプロセスを自動的に考えてしまう生き物なのです。

比喩的表現ですが、散歩していて電信柱にぶつかれば、こんな場所に電信柱を立てる東電が悪い、その東電と癒着して原発を拡大した自民党が許せない、再稼動推進の安倍ヒトラーを叩き斬れ、国会にデモかけるぞ、みたいになっちゃうんです。

一般人なら自分のことを悪く書かれれば、ふざけるなと怒鳴るていどですが、これを「被抑圧者・被差別民族の普遍的、かつ神聖な怒り」にまで自己肥大させてしまうのです。 

だいたい「ニュース女子」みたいな報道バラエティでちょっと批判されただけで、「これは沖縄ヘイトだ。差別だ。沖縄を憎悪しているのだァ」だなんてダンビラ振り回しますか、普通。ありえないですね。

血の気が多い人でも、抗議の電話を局にかける程度じゃありませんか。

弁護士雇って記者会見して、デモ組織して抗議したい相手の会社にまで押しかけてシュプレッヒコールなんかします?

市井に生きる常民は、ことを荒立てないというのが常識ですが、運動家はことを荒立てないと商売にならないのです。 

こういう人のことを昔の人はひとことで、大人げない人と言いました。 

辛氏は、反ヘイト運動の成功体験に自己拘束されているのです。

人間って勝ったパターンを無意識に自己模倣してしまうものですが、今回の辛氏は典型的なそれです。 

反ヘイトスピーチ法を成立させ、とにもかくにも国を動かしたという気分になっていたんでしょう。 

まぁ、実際は、政府としても国際社会で在特会みたいなものを野放しにしていると批判が集まってきましたから、鎮静化させて先進国スタンダードにしたいという思惑と、辛氏の利害が一致しただけなのですがね。 

とまれ、辛氏はこれで自分に歯向かう輩は、ことごとく「ヘイトだ」と一喝すればたちどころに勝てると思い込んだようです。 

さもなくば、あんなに簡単に中間的プロセスを吹っ飛ばしていきなりBPO(番組放送倫理・向上機構)に提訴し、大々的に記者会見をぶったりしませんって。

Photo_3
これは先ほど述べた心理プロセスでいえば、<私憤>を<公憤に転化>したわけです。

<公憤>なんですから、辛氏が信奉する普遍的価値を全開します。

ほとんどの人はブラックマジックの呪詛にしか聞こえないでしょうが、あれが彼女の「普遍的真理」なのですから、しかたが仕方がありません。ここで争っても無駄です。

そして沖縄地元紙を引っ張り込み、BPOを突き上げ(リカ同志がいたらよかったね)、東京新聞の論説主幹を土下座させたわけです。ここまでは快進撃でした。

ここで彼女は大きな戦術ミスを犯しました。噛みつく主要打撃対象を間違えたのです。

彼女はこれを「闘争」だと思っていますから、相手に社会的影響力の強い人物のほうが訴求力があっていいと思ったのでしょうね。

本来、レポーターをやった井上和彦氏に矛先を向けるべきでした。

20170128095840井上和彦氏

彼が現地報道をしていたのだから、本来的に井上氏にその言論責任があります。

番組で首を振ってだけの長谷川幸洋氏を引っ張りだすのは、筋違いもいいところです。※長谷川幸弘ではなく、正しくは幸洋でした。

これも悲しい運動家の性です。食いつくなら大者がいい、そのほうが運動にパンチが出るとでも考えたんでしょう。

Photo苦虫をかみつぶす長谷川幸弘氏 

井上ごとき「小物」(失礼)ではなく、そうだ司会をやっていたのはあの右翼ジャーナリスト(失礼)として高名な長谷川幸洋めがやっていたではないか、こいつだぁ、と辛氏は閃いたのだと思います。

せめて番組全体の批判ていどか、人格的に絞っても井上氏あたりに済ませればよかったのです。

それをあろうことか、開戦劈頭の勝利に酔った辛氏は、長谷川氏が在籍する東京新聞に向かって、「こいつを首にしろ」とまでやってしまいました。

その辛氏の言動をシンパシーを込めて伝える沖タイ(2月3日))です。
http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/82573

「東京MXの番組「ニュース女子」で司会を務める東京新聞・中日新聞論説副主幹の長谷川幸洋氏の罪は深く重い。一番の問題は、副主幹という肩書を持つジャーナリストがデマを出したということだ。これは、企業の管理監督責任だけで収まらない。ジャーナリズム全体の信用を失墜させたという意味では、懲戒解雇しか考えられない。」

さぁこれでもう別次元の問題になってしまいましたよ、辛さん。気がついていましたか。

つまり「沖縄ヘイト」問題ではなく、<言論の自由>という異なった次元の問題に戦線拡大してしまったのです。

辛氏はあくまでも司会をしていたにすぎない長谷川氏に対して、社をクビにしようとしたわけです。

言い換えれば、辛氏が長谷川氏の言論人生命だけではなく、氏の社会的生命まで潰すことを目論んでいたと言われても弁解のしようがありません。

それにしても辛さん、長谷川氏がこんな程度でへコむようなヤワなキャラだと思っていましたか。甘く見すぎです。

長谷川さんの立場は、朝日で青山繁晴氏が論説副主幹やっているようなもんです。ひ弱では務まりません。

今回も社内の望月某がツイッターでわーわー言っていましたっけね。あのような孤塁を守る男が、こんな理不尽な要求に腰砕けになるわけはありません。

東京新聞が2月2日に出した、土下座声明はこのようなものでした。

「内容が本紙のこれまでの報道姿勢および社説の主張と異なることはまず明言しておかなくてはなりません。加えて、事実に基づかない論評が含まれており到底同意できるものでもありません。(略)とりわけ論説副主幹が出演していたことについては重く受け止め、対処します」

Photo_2屁垂れ東京新聞 

まったく報道機関としてわけのわからない記事です。

何が問題で、誰が謝っているのでしょうか?

言論機関が謝罪するなら明確に、「○○が誤報でしたので訂正いたします。故に申し訳わけありません」でなければなりません。

ところがその記述が一切なく、「うちの社の長谷川氏がとんだ不始末仕出かしやがりまして、何らかの対処させていただきます」にすぎません。少なくともジャーナリストの書く文章ではありません。

「長谷川、お前、いいからともかく頭を下げておけ」というエライさんの声が行間から伝わって来るようです。

だいたい「対処」とは、通常の会社社会では懲戒を意味するのは常識です。

私は、そんな社員の首を差し出すことをすぐに言えてしまう会社だけには、勤めたくはありませんな。

これで長谷川氏の反骨精神に火が着かなかったら、そのほうが不思議です。

自ら「私が籍を置く東京新聞は、いまや日本でもっとも過激な左派の新聞である」という職場で、堂々と保守の筋を貫いている人物なのです。

彼は既にラジオで社中枢からの「内示」を受けたと言っていましたから、おそらく論説副主幹解任でも打診されたのでしょう。

あるいは定年を越えていますから、退社勧告くらいあったのかもしれません。

それもおそらくは依願退職という穏便な形を取ってくれんか、退職金割り増しするから、くらいなところでしょう。

辛氏がいうような「懲戒解雇に相当する」はずがないことくらい、社の中枢はわかっているはずですから。

そして長谷川氏はキッパリこれを拒否して、しかもラジオでこの圧力がかかった事実を暴露してしまい、「言論の自由の問題だ。オレを切るなら北朝鮮と一緒だ」とタンカを切ってしまいました。
http://www.sankei.com/entertainments/news/170206/ent1702060011-n1.html

さぁ、困ったのは東京新聞です。

ここで長谷川氏を解任したりすれば、社内の言論の自由も認めない報道機関として赤恥をかきます。

そもそも東京新聞が、極左の報道姿勢を取れたのも、社内では様々な議論を経ているが、その討議を経た結果が社論なのだという建前がとれたからです。

うちには長谷川みたいな奴を、論説副主幹にしているくらい度量が深い民主主義的会社なんです、ってわけです。

これを司会者として首を振っただけの長谷川氏を解任してしまえば、東京新聞の本質丸見えとなってしまいます。

長谷川氏は賢明にも、1週間沈黙して辛氏に言いたいだけ言わせた後に、「ニュース女子」の番組内容そのものには一切口をつぐみながら(だってあれは井上さんの言説ですから)、この辛氏の攻撃を「言論の自由」方向に持っていきました。

見事な危機管理対応です。

他のマスコミとしても、番組で首をふった程度で、司会者がそのつど社会的生命を抹殺されることの意味を多少なりとも考えたことでしょう。

もしこんな辛氏の言論圧力が正当化されるならば、例えば上念司氏が出演するラジオ番組『おはよう寺ちゃん』の寺島尚正アナも危ないでしょうし、左翼に憎まれそうな人ばかりを集めたニッポン放送の『ザ・ボイス』の飯田浩司アナなんか、もっと危ない事になります。

外部からコメンテーターの言辞が批判されて、うっかり「そうですね」なんて言おうもんなら懲戒解雇になってしまうからです。

そうなれば、日本のメディアは揃って保守系論客を出演させなくなることでしょう。

ま、これが辛氏の目的のひとつなんですがね。

そろそろメディアも、この辛氏の闘争目標を分かってきたらよさそうなものです。

辛氏は言論には言論で立ち向かう、という民主主義のルールを逸脱しました。

長谷川氏や番組に文句があるならひとりの言論人として戦えばいいだけの話でした。

それを辛氏は事を荒立てて社会運動化したいばっかりに、BPOという権威に訴えたり、長谷川氏を雇用している東京新聞の権力を使おうとするからいけないのです。

辛さん、事を荒立てて大騒ぎすれば運動になるわけじゃありませんよ。

この「ニュース女子」騒動、辛氏にとって辛い結末になりそうです。

ちなみに「安倍、叩き斬る」と叫んだ山口二郎氏や、中指を立てた反ヘイト活動で有名になってしまった香山リカ氏が、こんな長谷川謝罪要求市民運動を始めるそうです(苦笑)。

言われたくない人たちばかりですね。

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■改題してしまいました。ごめん。

 

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すり替えただけでは事実は消せない

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反対派の「反論」の定番は、論点のすり替えと揚げ足取りです。

昨日も来ましたが、全体を見ようとせずに揚げ足が取れる一点に集中します。

昨日の場合は救急車の私的「検問」でしたが、自分たちで警察車両まで止めて私的「検問」をしたことを自慢げにツイートしているくらいですから、行き過ぎた反対運動の戦術があったことは隠しおおせるわけがありません。

そもそも彼らの民兵まがいの私的「検問」は白昼公道においておおぴらに行われており、多数の目撃例があり、映像も沢山残されています。

Photo
逃れようもない犯罪行為です。

彼らは自分たちの違法行為を棚に上げて、「救急車検問はなかった」と言えばまるで「検問」全体がなかったかのように言えると思っているようです。

これが詭弁術である論点のすり替えです。詭弁術とは別名虚偽術といい、もっともらしい嘘を意識的につくテクニックのことです。

普通の市民はこんな詐術に馴れていないので、反対派活動家からこのように突っ込まれるとグっと詰まって負けてしまうことも往々にあります。

次なるは、依田氏に対する執拗な個人攻撃です。個人攻撃も詭弁術のひとつで、これも「木を見て、森を見ない」やり方のひとつです。

「木」つまり、「救急車の出動回数が増えた」という依田氏の言論に対して否定的調査がメディアから出ると、「ほら見ろ。全部捏造だ」と決めつけます。

つまり「森」、高江地区の不法な反対派支配は事実そのものまで全否定してしまうわけです。

そしてそれどころか、依田氏を「サイコパス暴力男」として描くことで、彼を社会的に葬るばかりでなく、依田氏の暴行事件と添田や山城氏の暴力とを相殺しようとします。

私的「検問」行為によるトラブルで偶発的に起きた依田氏の事件と、計画的に政府職員の公務を妨害しようとして起きた集団暴行事件を同列にすること自体が間違っています。

実はこの攻撃したい相手を「サイコパス」などと罵るのも、「レッテル貼り」、あるいは「相殺」という詭弁術です。

この依田氏の暴行事件も、依田氏の言い分では突き飛ばしたという事になっているのに対して、反対派側は切れて縫ったという事になっています。

現実にどうであったのかは、分からないとしかいいようがありません。また、依田氏がナイチャーだからどうのと言うに至ってはびっくりしました。

依田氏が、よしんばナイチャーだからどうだというのでしょうか。※生れは本土でしたので訂正いたします。

彼は立派な農業をして、やんばるの赤土に根をしっかり下ろしています。いつから血統主義になったのか。

もちろん依田氏はサイコパスではありませんし、仮にそうだとしても添田や山城氏が犯した集団暴行事件の事実が消えてなくなるわけでもありません。

こういう詭弁ばかり言っているから、なぜ高江紛争で負けたのか反対派は永遠に総括できないことでしょう。

運動は弾圧では潰れません。弾圧はかえって結束を高めます。

本当に運動が崩壊してしまうのは、運動内部に疑心暗鬼が走り、内部での抗争が始まる事によります。

Img_4453

今回の場合は、既に運動に内包していた<血と暴力>というダークサイドを安易に解放してしまったことから始まりました。
関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2016/10/20165-b8be.html

一連の流れを見てみれば、お分かりになると思います。

今までそれなりに非暴力直接行動の枠ギリギリに納まっていたものを、8月頃より一気に暴力を解放した結果、指導者である山城氏が逮捕・拘留されてしまいました。

これで事実上反対運動の指導部が瓦解し、さらに暴力路線を嫌った共産党は分裂していきました。

これを発端にして、翁長氏の宮古市長選の応援失敗と連動した安慶田副知事斡旋疑惑が起きて、「オール沖縄」は自壊の坂を転がり落ち始めます。
関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2017/01/post-7885.html
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2017/01/post-4b03.html

今月の浦添市長選の結果が敗北に終われば、「オール沖縄」の亀裂はさらに決定的になるでしょう。

この自壊のきっかけを作ったのが、添田の登場だったのであり、彼を送り込んだのが辛淑玉氏だったのです。

さて今回の「ニュース女子」問題ですが、先日述べたように作りが甘いのは事実ですが、これで司会をした長谷川幸弘氏を解雇せよと迫る辛淑玉氏側はエキセントリックに過ぎますす。

ここでも反対派は、昨日の荒らしと同じ手法をとっています。

取材した側が「トンネルから先には危険で行けない」と言ったことをもって、取材をしていないのに誹謗中傷したと言うわけです。

まるで、高江地区でなにも起きなかったかのようですね。

昨年高江地区で白昼公然と私的「検問」が行われ、集団リンチ事件や、防衛局職員がテントに拉致されて資料を強奪される事件が頻発したことを都合よく忘れてしまったようです。

「トンネルから先に行っていない」という一点を揚げ足取りして、あたかも全体に平和的反対運動だったとすり替えたわけです。

「反対運動で被害を被っているというニセの被害者を登場させた」というなら、高江地区の人々がどのように反対運動を感じていたのか、沖タイの記事を読むことですね。

沖タイ記事でよかったですね。これが産経だったら、右翼紙がデタラメを書いていると一蹴されたことでしょうから。
http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/61153

辛淑玉氏はここでもまた、得意の「救急車」を出してきます。

さきほど述べたように「救急車検問」を否定したところで、公道における私的「検問」の事実そのものが消えるわけでもなんでもないのです。

日当うんぬんについては、貰っている労組や政党、「平和団体」の専従もいるだろうし、弁当自弁できている人もいるというだけの話です。

またここでも「木を見て、森を見ない」という詭弁術を使っています。

番組の例証の提示が杜撰だったことは事実ですが、番組の大筋は事実から離れてはいず到底「捏造報道」とはいえないものです。

しかし、辛氏はこれを「沖縄ヘイト」とまで呼びます。これもレッテル貼りという詭弁術です。

「沖縄の人々の思いを無視し、踏みにじる差別であり、許しがたい歪曲報道である。また、権力になびく一部のウチナンチュを差別扇動の道具に利用して恥じない「植民者の手法」でもある」(辛淑玉氏声明)

だから司会の長谷川氏を首にしろということのようです。ここまで来ると、もはや露骨な言論弾圧です。

自分たちを批判したら会社を首にしてやるというわけで、イッちゃってるとしか言いようがありません。

このような圧力をメディアにかけることで、沖縄の反基地運動を批判することを書いたら社会的に葬ってやるぞという威嚇を狙っています。実に陰湿です。

元来沖縄地元紙と主張が同じだった東京新聞は、床にアタマを擦りつけんばかりにして平身低頭しました。

Photo_3

また長谷川氏と同じ東京新聞記者の望月衣塑子氏は、こうツイートしています。

どうやらこれが東京新聞の社内の空気らしいですね。

「裏付けのないヘイト」ですか。ほぉ、言葉遣いまで辛氏や地元紙と一緒ですね。

Ws000751

一方長谷川氏は月曜日のラジオ番組で、このように述べていました。

1.番組についてはコメントしない。
2.東京新聞とニュース女子は無関係なのに、なぜ東京新聞が関与するのか。
3.意見が違うということで私を処分するというのは言論の自由の侵害である。
4.東京新聞の意見と社員が社外で意見を言うことは別。こんな事を許したら東京新聞は北朝鮮と同じになる。
 

長くなりましたので、今日は長谷川氏の報道姿勢を述べた文章を引用して終わりにします。

この一文が、東京新聞中枢と辛淑玉氏への的確な反論となっているでしょう。 

「多くのマスコミ関係者は「政権や権力と戦うのが使命」と思っている。私は政権と戦うのがマスコミの使命などとは、まったく思っていない。そんなことをいったら、マスコミはいつだって政権反対の立場に縛られてしまう。

 自民党が政権をとったら自民党反対で、民主党政権になれば民主党反対ではないか。そうではなく、マスコミは政権がどうであろうと自分自身が自由に考え、意見を述べるべきなのだ。マスコミが単なる政権の逆反射に陥れば、自由に考えているのは政権の側で、マスコミは思考停止になってしまう。

 権力監視は大事だが「権力は絶対的に悪だ」という話ではない。そんな極論を言い出せば、警察も自衛隊も国税庁もいらない話になってしまう。
肝心なのはマスコミが時の政権や権力から自由にモノを考え取材し、意見を述べる。それに尽きる。
 私が籍を置く東京新聞は、いまや日本でもっとも過激な左派の新聞である。デモがあれば、1面を大々的にデモの写真で埋め尽くした。

 何を報じ、何を訴えようと自由だが、私が東京新聞とは正反対の発言をしたり書いたりするのも、もちろん私の自由だ。東京新聞の大勢が主流派であるとすれば、私がたった1人で反主流派を貫いているのは誇りに思う。ときどき「東京新聞から出て行け」という声も耳にするが、そういう輩は言論の自由の本質をまったく分かっていない。」(週刊ポスト2015年10月9日号)

ちなみに辛淑玉氏の最新動画が届いておりますので、ご覧ください。ま、こう言う人です。

題して「若者は死ね年寄りは捕まれ」。盟友の福島瑞穂も登壇します。
http://ksl-live.com/blog7551
 
 

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高江紛争に<血と暴力>を持ち込んだ辛淑玉氏

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今回の「ニュース女子」問題でうんざりするのは、シンスゴ(辛淑玉)という運動家のあざとさです。 

たかだか東京ローカルの番組で批判的に取り上げられたくらいで、BPOに提訴するのかと驚きます。 

シンスゴ氏が高江紛争で果たした役割からすれば、あのていどの批判など軽い猫パンチです。 

「黒幕」と言われたことがいたく勘にさわったようですが、ではシンさん、あの添田充啓(別名・高橋直輝)を高江に連れてきた張本人はどこの誰だったでしょうか。

シンスゴさん、それはあなたです。

添田は言葉の比喩ではなく、紛いもなく真正のならず者です。 

Photo

上の映像で山城議長と並んで、シャツから入れ墨を見せている男が添田です。
関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2016/10/post-d19e.html  

この写真を見ると、腰に手を当てて警察をなめきっている添田の姿勢がわかります。 

この人物が本土でやってきたことは、反ヘイトの看板をかけた暴力的反対派狩りでした。 

ある時は在特会をリンチにかけ、ある時は安保法制デモに紛れ込もうとした過激派を蹴りだし、そしてある時は身内さえも容赦なくリンチにかけました。 

これが世にいう「十三リンチ事件」、あるいは連赤事件を暗喩して「十三ベース事件」と呼ばれています。
※十三ベース事件
http://togetter.com/li/974584
http://critic20.exblog.jp/25658919/ 

反差別という美名の下で行われてきたこの殺人未遂事件に関わったのが「しばき隊」で、その暴力部隊「男組」の責任者がこの添田でした。

下の写真は男組のウェブに乗っていたものでしたが、中央に添田がいます。

ちなみに男組で検索すると、構成員がクリカラモンモンの半裸を誇示していたり、釘を打ちこんだバットを持っていきがる写真も出てきて、まるでVシネマの世界みたいで気味が悪いもんです。

Photo

この暴力を生業とする人物をあろうことか、高江に連れてきたのが、シンスゴ氏でした。 

反ヘイト法が実施されて、次のターゲットを探していた添田ら「男組」は、沖縄のことなどなにひとつ考えたこともないくせに、いそいそと誘われるままに高江に行ったわけです。 

添田が現地・高江に入ったのは7月末か、8月初めだと推測されています。 

この時期を境にして、高江N1裏テントの「空気」が微妙に変化し始めます。 

添田が作り出した<血と暴力>の匂いのする空気は、着実に山城氏たち現地闘争本部に浸透していきます。 

従来、山城氏の戦略は、ゲリラ戦のように山を自在に使って出没して工事を妨害し、資材や工事関係者を「検問」で阻止し、警備陣を翻弄し、工事を遅滞させることでした。 

この間に、メディアを使って「警備陣の暴力」を全国に訴えて世論を喚起し、「政府はやりすぎだ。高江にヘリパットを作るのはおかしいんじゃないか」という世論を作ろうとしました。 

下の写真は地元紙ですが、力を頼む警備陣が暴力で平和を訴える市民を弾圧している、と書き立てました。

思い出していただきたいのですが、本土メディアもほぼこのようなトーンの報道をしていましたね。 

Photo_2

ところが、この<平和を愛する市民vs国家権力>という構図が見事に破壊されたのが、8月5日のN1裏テントにおける山城容疑者が主導した防衛局員集団暴行事件でした。 

山城氏たちは、警官や琉新記者が付近にいるにも関わらず、白昼公然と職員を集団暴行してしまいました。

山城氏はこれらの暴行事件で刑事犯として逮捕され、現在も拘留の身となります。 

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 下は防衛局が正式に作成した暴力事件の資料です。
関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2016/11/post-36a1.html3

 山城氏が普通の戦略を描ける指導者であれば、高裁で敗訴した以上、承認拒否の最高裁判決もまた敗訴に終わるのは見えており、1月には工事が再開されることを、読んでいて当然です。 

このまま年末から来年まで高江で「ゲリラ戦」を駆使して持久できれば、政府側は辺野古工事警備と二正面警備となり、厳しい対応を迫られます。 

ですから、暴力闘争に踏み切らずにたった60日間持久できればよかったのです。

いや、そこまで頑張らなくても、12月22日の政府主催返還式典をたった数日遅らせるだけで「勝利」と総括することが可能でした。

過激闘争に走って、自らが逮捕されることによって自滅の道に導いたのは、高江紛争において余人では代理がきかない山城氏本人だったのです。

この高江紛争の<空気>を変えてしまった添田自身も、下の映像の8月25日の職員暴行事件を引き起し、傷害罪で逮捕されます。 

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 いままで高江では何人も逮捕されていますが、いずれも拘留却下されていたのに対して、初めて司法は山城氏と添田の拘留請求を認める厳しい判断を下しました。

ここを分岐点として、政府は従来の揉め事は避けるソフト路線から転じて、過激分子に対しては逮捕・拘留・裁判で臨む強い姿勢に転じ、高江に繋がる道路における反対派の不法駐車に対しても厳しく取り締まっていく路線に転換しました。

この添田が引き起こした一連の<血と暴力>が、いかに高江紛争を変えたのかお分かりいただけたでしょうか。

このやくざ崩れを高江に連れてきた人物こそ、シンスゴ氏その人です。

下の「のりこえネット」のポスターで高橋直輝の名で登壇しているのが、この添田です。

Photo_3

 私はこのポスターは5万円ウンヌンでよく登場しますが、それ以上に添田という前科三犯の男を高江に入れたことにより、闘争を暴力化させた罪深いものとして記念碑的なものになってしまったと思っています。
関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2016/10/post-788c.html

シンスゴ氏はこのように深く高江紛争の暴力路線に大きく加担していたわけで、まるで暴力がなかったかのようにシラばっくれるのは見苦しいからお止めになったほうがいいと思います。 

シンスゴ氏が狡猾なのは、批判を受けると使い馴れた「在日差別」のテクニックを応用して、「沖縄ヘイト」という造語まで作って反撃してくることです。

「自分はいつも正しい。自分を批判するのはヘイトだ」というわけです。

「ヘイト」持ちだしゃ勝てると思っている困った人たちです。

■改題しました。いつもすいません。

 

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東京MX「ニュース女子」問題について

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1月5日に東京MXで放映された「ニュース女子」に対して、シンスゴ(辛淑玉)氏が吠えています。 

毎度のことながら、このアクティビスト (活動家)のけたたましいこと。

なんでも、「司会したハセガワが同調していたのは許せん。東京新聞はこいつを首にしろ」とまで叫ぶのですから、尋常ではありません。 

ジャーナリストが司会で同調的態度をしたていどのことで、そのつど会社を首になっていたら、首がいくつあっても足りゃしません。 

そもそもこの番組は、大変にローカルな番組です。※地上派でしたので訂正しました。 

一瞬お色気系かと思う雰囲気にくるんで、硬派の時事問題を、地上波では絶対に呼ばれない論客たちがでまくるという一風変わった番組のようですが、例によって知らなんだ 

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到底、硬い時事番組には見えませんね(笑)。いつもはバリバリの硬派の長谷川幸弘氏が、このキャバクラのような雰囲気にニカニカしているのが可愛い。 

とまぁ、こんな報道バラエティが高江紛争を扱って、それが「沖縄ヘイト」だとしてシンスゴ氏が噛み付き、これに待ってましたとばかりに、琉新と沖タイが相乗りして連日1面をにぎわせていたようです。
https://www.youtube.com/watch?v=gGnlO81rwcI&t=173s 

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シンスゴ氏の声明文です。

「現場にも行かず、当事者にも取材をしない一方で、反基地運動によって迷惑をこうむっているというニセの「被害者」を登場させる。そして、「沖縄の反基地運動はシンスゴという親北派の韓国人が操っている。参加者はカネで雇われたバイトで、その過激な行動で地元の沖縄人は迷惑している」というデマを流して視聴者の意識を操作する。
 これは、沖縄の人々の思いを無視し、踏みにじる差別であり、許しがたい歪曲報道である。また、権力になびく一部のウチナンチュを差別扇動の道具に利用して恥じない「植民者の手法」でもある。」

私はこのテの文章を3行以上読むと悪寒がするので、全文はこちらからお読みください。
http://mainichi.jp/articles/20170127/rky/00m/040/002000c

いちおう日本語らしいのですが、彼ら内部でしか通じない呪文のような用語でつづられているために、半分読み通せればリッパです。

彼女の言っていることに一対一で答える必要はないと思います。 

オール沖縄のオフィシャル・イデオロギーである、通俗的「沖縄差別論」であるにすぎません。

これに対して DHCシアター(※)は濱田社長名でこう回答しています。※コメントの指摘をいただいて訂正いたしました。

「そもそも法治国家である日本において、暴力行為や器物破損、不法侵入、不法占拠、警察官の顔写真を晒しての恫喝など数々の犯罪や不法行為を行っている集団を内包し、容認している基地反対派の言い分を聞く必要はないと考えます。
DHCシアターでは今後もこうした誹謗中傷に屈すること無く、日本の自由な言論空間を守るため、良質な番組を製作して参ります。」

なるほど、メディアがベタ一色なので、こういう社が一社くらいあっても毒にはならないと思いますが、そう言うとこれで終了なので、高江紛争をその当初からウォッチしてきた者としてコメントしておきましょう。 

シンスゴ側が問題としているのは、以下です。 

①トンネルの前よりのレポート。「反対派の暴力行為により地元の住民でさえ高江に近寄れない状況」
●シン側・・・トンネルからヘリパッドまで25㎞あり、ホテルも営業していて高江の住民は自由に往来している」
 

②地元住民の声。「反対派が救急車を止めて現場に急行できない事態が続いた」
●シン側・・・そのような事実はない。
 

③「抗議活動に加わった人権団体のりこえネットが5万円の日当を払った」
●シン側・・・「金銭目的で運動に傘下しているかのように歪曲して報道した。交通費相当を支給し、現地の様子を発信する”市民特派員”を募集しただけ。

 公平に見て、この「ニュース女子」高江レポートを取材した井上和彦氏の取材には、やや甘いところが見受けられます。 

①の「トンネルから先に反対派の暴力で行けない」というのは、大げさに過ぎます。

この取材が昨年末だとすると、その時期には既に高江周辺ににおいてそこまでの暴力的状況は解消されていました。 

ですからトンネルをくぐると危険だというのは、オーバーです。

おそらく井上氏は下のような状況を念頭に置いたのでしょうが、彼らは山城氏逮捕後、指導者を失って暴力行為は手控えるようになっています。 

ただし井上氏の名誉のために言っておくなら、一時期極めて先鋭な暴力闘争が高江地区を震え上がらせて、地域社会を混乱に陥れたこと自体は紛れもない事実です。
関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2016/09/post-1f27.html 

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確かにこの時期は反対派は県道に自動車のバリケードを築き封鎖してしまい、ピケット要員にその下にもぐりこませ、警官隊に実力で抵抗していました。 

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高江の住民は通学にも畑に行くことすら制限され、唯一の購買施設の共同売店の維持にも支障がでていました。

実はこの状況のすさまじさは、今回シン氏に相乗りした沖タイすらこう報じているほどです。
http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/61153

「高江の農家、ヘリパッド抗議に苦情 県道混乱で生活にも支障
2016年9月8日 ステッカーを使った対策は5日から始まった。区は村を通じ県警に通知。市民側にも伝えているが、仲嶺久美子区長は「農家から効果があったとの報告はない。周知が必要」と言う。
 県道70号では8月から、市民が「牛歩作戦」として、工事車両の前を時速10キロ未満の速度で走る抗議行動を展開。
機動隊の交通規制もあって県道は渋滞し、出荷や作付けする農家を中心に地元住民の往来に支障が出ていた。(略)
高江共同売店では物品の入荷日を抗議集会のある曜日は避けるようにした。仲嶺区長は「区民のストレスは限界に来ている。早くヘリパッドを完成させた方がいいとの声も出ている」と打ち明ける。通勤、保育園送迎、通院などに支障が出ていると苦情は絶えない。
 7日早朝、抗議行動を遠目で眺めていた与党県議は「これでは反対していた人たちまで離れていく。工事を進めたい国の思うつぼだ」とつぶやいた。」

沖タイ記事のように高江は一時期、学校や地区行政も地域住民の車だけでも通してくれないかと反対派に懇願するといった、警察も行政も空白の実効支配地域となっていました。 

次に②の反対派の私的検問行為ですが、これを否定されては困ります。沢山の映像や動画で記録されています。
※反対派の検問映像はこちらからhttps://www.youtube.com/watch?v=TSbJlNS9rmU&feature=youtu.be 

下の写真は反対派のツイッターからのものですが、なんと警察車両を「検問」していると得意気に書き込んでいます。

 

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 ※以下4行は裏がとれない情報のために削除しました。2月7日

シン氏の代理人である金竜介弁護士はこう述べています。

「高江に集まっている人々はテロリストで犯罪者、不法行為者、黒幕としてお金を集めて送っているのが辛さんだとの虚偽の内容だ。辛さんの人権を侵害し、日常生活を脅かす報道だ」

私は高江の反対派に対して一律にテロリストだとも犯罪者だまでは思っていませんが、過激な反社会的暴力行為を厭わない人たちであるとはいえるでしょう。
関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2016/10/20165-b8be.html 

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 上の写真は8月4日に起きた山城氏指揮による防衛局暴行事件の動画から、静止画に切りとってみました。
https://www.youtube.com/watch?v=8eS4o-CxyjI&feature=youtu.be 

このような暴力行為によって山城氏は逮捕されています。山城氏は政治犯として逮捕されたのではなく、あくまでも刑事事件容疑者ですから念のため。

ちなみに、山城氏と同時期に暴行罪で逮捕され拘留中の添田容疑者は自称山口組の暴力団員で、しばき隊という反ヘイト団体のメンバーでした。

添田は高江でも暴力を働きましたが、彼を高江に連れてきたのが、このシンスゴ氏と福島瑞穂氏のふたりです。

この高江紛争の暴力のシンボルのような添田の紹介者であるシンスゴ氏が、暴力なんかありませーんと言ううのですから、よー言うよと思います。

シンスゴ氏はこんなアジ演説をツイッターしています。
関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2016/12/post-6460.html

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このように「(高江で)戦争だ」と言ってみたり、暴力的方法で米軍機を妨害しようと言ったことも記録されています。

また、高江に多くの県外者が支援に来ていたことも事実です。 

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上の写真は岩上安身氏の8月7日のツイッターに投稿されたものですが、こう岩上氏は書き込んでいます。

「県外からきてくれた人、手を挙げてください」という山城氏の呼びかけに応えて挙手する参加者の方々。18時からの集会が本番。まだまだ増える見込み。」

恒常的にそうであったという統計数字はありませんが、高江紛争の主役が県外者である時期がそうとう長期間続いたのは事実です。 

私は高江紛争に関わった人々には様々なパターンがあったと思います。 

中心となるコア活動家は、労組や左翼政党、あるいは「平和団体」から給料としての報酬を支給されているでしょう。 

労組専従なら現地に派遣される場合、元の賃金相当プラス現地活動費などが支給されるのが通念です。

反対運動をするのが商売の、職業的活動家ですから当然です。

しかしだからといって、シンスゴ氏が代表をする「のりこえネット」が、「沖縄特派員」として5万を支給したことで、「テロリストの黒幕はシンスゴだ」とする見方は、一方的に過ぎます。

5万ていどでは航空代の足していどにしかなりませんから、それを以て金目当てだと言うのはおおげさです。

私は憶測の域を出ませんが、なんらかのトンネル団体を通じて北朝鮮や中国の資金が流入していることはあり得ることだと考えています。

それは沖縄に海兵隊がいては困る、利害関係を強く持つのがこの二カ国だからです。

しかし、なんども言ってきているように証拠がありません。ない以上それはあくまでも蓋然性の範疇にすぎないのです。

中国や北朝鮮に危機感を持つのは正常な感覚ですが、憶測をあたかも事実のように言う姿勢は間違いです。 

また、おっとり刀で駆けつけて弁当自弁のいわゆる「プロ市民」と称される人も多くいたことでしょう。 

あるいは、ただのヤジ馬がいてもよいでしょう。 

いずれにせよ、地元高江地区で参加しているのは、片手の数にも満たない一握りの者たちで、その大部分は共産党員です。 

県内参加者よりも県外参加者が上回った間のは事実ですが、この盛況ぶりを「地域住民の抵抗の民意」と報じた地元紙や本土メディアの報じ方には問題があります。

今回の「ニュース女子」事件を見て思うことは、両極端ではしょって語るなということです。

沖縄メディアは力一杯左に振れていて、いかなる容認の声も伝えません。

今回の件についても一方的にシンスゴ側の声のみを伝えて、声をあわせて「沖縄ヘイト」を叫んでいます。

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これに本土メディアも追随しているために、表面的には沖縄県民が全員基地反対運動を支持しているかのような誤解が生れています。

私はこの「ニュース女子」ていどのバイアスは、日頃のメディアの傾きを多少中和する程度のことだと思いますが、あえて保守系報道に望みたいことはひとつでず。

煽らないで下さい。図式化しないで下さい。バイアスをかけないで下さい。

地元はヘリパットを求めているわけではなく、容認派といわれる人も「反対しても作られてしまう」という諦観に似た気分でそうであるにすぎません。

その諦観も含めて、賛成・反対に一括してくくれないのが多くの島衆なのです。

私は長谷川幸弘氏問題のほうがより大きな問題だと思っていますが、これについては次回にします。

 

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日曜雑感 私たちには語り継いでいく義務があります

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ふゆみさん。あなたはこう書いておられます。

「もう日本人は気楽に書いたり喋ったりするのをストップすべきだと提案しているのです。 記憶遺産登録で、もう検証から進む脱却の道は細くなりすぎました。」

私も「絶望派」だということはあらかじめ言ってありますが、それでもここまで言うことには反対です。

もう記憶遺産に登録されたから日本人は全面降伏しろと。検証もするなと。学ぶこともよせと。
極論するとそうなっちゃいますよ。

私は1960年代の「南京大虐殺」とやらの国際世論が、中国共産党と朝日新聞によって形成されていくのをリアルタイムで見てきた世代ですから、未来の世代に対してあの虚構の犯罪性を伝えていく義務のようなものがあると思っています。

あの戦争とはなんであったのか、そして日本人はどう戦ったのか、どこで躓いたのか、何が輝いていたのか、公平に語り継いでいく義務があります。

別に海外発信などしなくてもいい、ドメスティックでけっこう。

語り継ぐことすら止めたら、その時ほんとうに、精神の芯の髄まで<敗戦国民>の成れの果てになります。

私はそんなものになる気はありません。

日本国内でも、「気軽に書いたりしゃべったりすること」を自粛する傾向が拡がっていけば、それは国内的にもある種の言論統制につながります。

つまり、南京事件には触るな、触ると中国だけではなく国際社会も怒りだすぞ、という風潮です。

既にこの「空気」は生れかけています。

今回メディアはあたかも「暴論」であるかのごとく、元谷・APAを扱っていました。

確かに元谷氏の南京事件論には問題があっても、それが故に抹殺されるべきものではありません。

しかし、中国共産党は日本国内に向けても抹殺せよと叫んでいるのです。

そして忘れていただきたくないことは、この中国共産党の攻勢は、この間彼らが軍事的圧力と共にエスカレートさせている三戦の一環の宣伝戦だということです。

三戦とは、中国共産党が言う世論戦(輿論戦)、心理戦、法律戦のことですが、これは戦わずして勝つ事に主眼を置いています。

防衛白書は三戦をこう定義しています。
平成21年版防衛白書

「輿論戦」は、中国の軍事行動に対する大衆および国際社会の支持を築くとともに、敵が中国の利益に反するとみられる政策を追求することのないよう、国内および国際世論に影響を及ぼすことを目的とするもの。
「心理戦」は、敵の軍人およびそれを支援する文民に対する抑止・衝撃・士気低下を目的とする心理作戦を通じて、敵が戦闘作戦を遂行する能力を低下させようとするもの。
「法律戦」は、国際法および国内法を利用して、国際的な支持を獲得するとともに、中国の軍事行動に対する予想される反発に対処するもの。

国内外世論を中国の味方につけて日本を国際的に孤立させて心理的に揺さぶりをかけ、勝手に領海法や防空識別圏を設定した国内法を作り、さらには尖閣・沖縄すら中国領だと主張しています。
中国人民解放軍政治工作条例 - Wikipedia

彼らはこの三戦で相手を無力化してから、軍事力をじわりと拡大してくるのです。

今回のAPA事件でも在日中国人団体がAPA糺弾デモをするそうですが、その連絡先は中国大使館です。

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いや、できたら軍事力などはただの圧力程度に止めて、相手から中華帝国の懐に飛びこんで来るのが理想です。今の翁長県政などがその典型です。

ひとことで言えば、「戦う前から負けている」状態を作ることなのです。

さすが孫子の国と関心している場合ではありません。

この段階でこちらが「しゃべったり書いたりする」ことまで止めてしまえば、もうやられ放題ですよ。

その時、日本人は中国が言うことをちょっと批判しただけで、「人道に対する罪なのだ。我々日本人は中国における大虐殺の十字架を永遠に負っていく極悪国家なのだから沈黙しろ」と思うことでしょう。

実際、この工作は80年代に半ば成功しかかりました。自民党の中枢まで完全に洗脳されてしまったからです。

河野、野中、加藤、古賀、小沢・・・。こうした面々が政権中枢と党の要職を占めていたのです。

この時期に今の中国の攻勢を受けていたらと思うと、ぞっとします。

財界や官界でも同様の現象が起きています。

いったんこの流れは止まりかかりましたが、リーマンショック後の中華帝国のめざましい興隆で再び息を吹きかえして今に至っています。

こうして今や、外堀は静かに埋まりかかっています。

軍事力は残る内堀をちょっと埋めるだけで済むのです。

その頃合いを見て、彼らは尖閣のみならず、八重山・宮古、そして沖縄本島にまで手を伸ばしてくることでしょう。

その時に沖縄の城の閂を抜く役割を負っているのが、「オール沖縄」の勢力なのです。

そして外堀、内堀をなくしたわが国は、大阪夏の陣の後の大坂城状態、すなわち裸城となってしまうのです。

私は対外的には「外国政府の言論干渉反対」で止めていても、国内にはいい機会ですから、南京事件がなんであったのか、どのように中国共産党と反日勢力の合作でプロパガンダが作られていったのか、明らかにしておくべきだと考えました。

だから書きたくはないが、書いているのですよ。ご理解を。

ふゆみさん、元気出しなさいって。

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日曜写真館 極限の植物

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南京事件 難しいグレーゾーン捕虜殺害

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気が進まないのに、いつの間にか南京事件の暗く深い森に迷い込みそうになっています。
 

おっと危ない。今日で締め括ってしまいます。 

実は、ブログを始めて8年になりますが、南京事件についてはおそらく一回もやっていないはずです。 

やりたくないテーマなのです。 

なぜかと言えば、ひとことで言えばらちがあかないテーマだからです。 

たとえば、中国と日本の「大虐殺」派筆頭の東大の加藤陽子氏は9年前に出した『満州事変から日中戦争へ』という本の中で40万人説を出していますが、荒唐無稽にもほどがあります。 

こういう人とは、中国共産党・政府と同じでまったく議論そのものが成立しないと思います。 

最後になると、「侵略した土地で1人でも殺せば虐殺だ。侵略した日本が悪いぃぃ」という感情論になるのは目に見えているからです。 

南京事件や慰安婦問題かイヤなのは、事実の探求ではなく、初めから結論を用意した政治闘争になっているからです。

そして、中国共産党の豊富なプロパガンダと、日本外務省の比類ない無為無策によって、宣伝の主要な場を欧米、カナダなどに移行し、「南京アトロシティ」「南京マサカー」として完全に根付いている現実があります。 

また、1930年代と現代では人権感覚が隔絶しており、兵士の殺害についても極めて狭く解釈されるようになっています。 

これは慰安婦問題でも見られたことで、管理売春が世界の一般的制度だった戦前と現代を並べて、今のラジカル・フェミニズムの規範で過去を裁こうとしています。 

当時の人々は、当然のこととして当時の価値観、当時の制度と法の下で生きているわけですから、本来後世の私たちは腰をかがめて、当時の人たちの視線に立たねばならないはずです。 

そこで、私はひとつの価値尺度として、国際法的にはどうなのだろうかという視点を考えてみました。 

というのは、戦時国際法であるハーグ陸戦条約・ジュネーブ条約は80年前と今も共通だからです。 

私が今回言っていることは、どこそこで日本兵が何百人殺したというレベルの話からいったん離れて(後述しますが)、それが「組織的・計画的虐殺なのか、それとも戦闘行為なのか」ということです。 

私は計画的大量虐殺はなかったと思います。日本軍に30万人という那覇市人口に等しい市民を丸々殺害し、処理する能力も意志もありませんでした。

Photo_21937年12月に南京城陥落で喜ぶ日本兵。https://the-liberty.com/article.php?item_id=10397 

かといって、日本がまったく白い手袋だったとも思いません。 

掃討戦における捕虜の大規模な殺害、便衣兵摘出時の一般市民殺害は、日本軍側記録にも残されています。

戦闘員との交戦と違って、丸腰の捕虜と便衣兵はいわばグレーゾーンなのです。このことに触れないと公平さを欠きます。 

やや詳しく見てみます。 

南京戦において、中国軍が全面崩壊し、掃討戦に移った1937年12月14日から、日本軍は大量の中国兵を捕縛しています。

①第13師団 幕府山付近        ・・・1万4777人 捕虜(飯沼守日記)
②第16師団 堯化門鎮          ・・・7200 捕虜(第36連隊戦闘詳報)
③下関など南京北側           ・・・3096 捕虜 (第33連隊戦闘詳報)
④城内安全区摘出            ・・・約2000 便衣兵(佐々木到一私記)
⑤城外                    ・・・数千名 便衣兵(同上)
⑥第9師団 南京北部掃討地域    ・・6670 便衣兵(歩兵第7連隊戦闘詳報)
⑦第6師団 下関          ・・・約5500 捕虜(第45連隊史・第6師団戦闘詳報)
⑧第6師団 漢中門外 捕虜と認めず・・・約1000名 捕虜と認めず(折田護日記)
⑨第114師団 南京城南部    ・・・1659 捕虜 (歩兵第66連隊第1大隊戦闘詳報)
⑩国崎支隊 江興州        ・・・2350 捕虜 (国崎支隊戦闘詳報)
 

・計                              ・・・4万5000人
・うち処刑が記録されているもの①②③④⑤⑧⑨  ・・・計約4万人
・捕虜として認められて殺害された者①②③⑨   ・・・計2万6730人

これらは部隊の戦闘詳報と従軍した兵士の日記などによる数字ですが、ひとり単位までカウントされていても必ずしも正確ではありません。 

これは戦闘詳報では往々にして戦果を誇大に書いてしまう人間心理が働くからで、上の表にある「佐々木到一私記」は有名な資料ですが、「当師団のみで5万人を解決した」と書いている部分もあります。

ですから、おおよその手掛かりとなる数字ていどに押さえていただきたいのですが、これに民間人で便衣兵と誤認された数を加えて、おおよそ4万人前後となります。

この数字に民間人被害数を加えたものが、秦郁彦氏などが唱える3.4万~4.2万という「中虐殺」説です。(『南京事件・「虐殺」の構造』)

Photo_3入城式。戦友の遺骨を抱いている。

「便衣兵」は現代では死語となっていますが、中国特有の市民の姿をした兵隊です。今風に言えば、テロリストと言っていいでしょう。

私服を着ているのにいきなり爆弾を投げてきたりします。もちろん国際法違反ですが、中国はこれをおおっぴらに行ったために、日本はこれに悩まされ続けました。

この戦法が問題なのは、軍が一般市民までも「怪しい奴ら」とみてしまうことです。

米軍が4千人ものテロリストによる戦死者を出したイラク戦争を見れば、お分かりいただけるかと思います。まったくあれと同じ構図です。

レジスタンスがいけないというのではなく、大戦中のレジスタンスはドイツ軍からみればリッパなテロリストに写ったでしょうが、軍服は着ていなくても腕に腕章をしたり、揃いの徽章をつけたベレーなどをかぶっています。

レジスタンスは国際法的には「市民軍」(militia and volunteer corps )扱いを受けますが、正規軍同様に戦時国際法を守る義務は課せられていて、破ればただのテロリストとして裁判なし処分されても文句はいえません。

脱線しますが、よく「自衛隊はいらない。市民が守るんだ」と元気のいいことを言うリベラル文化人がいますが、そんなことをすれば侵攻軍によって裁判なし処刑されるのでお止めください。

武器もない、その扱いも知らない「市民が戦う」って、それって竹槍持って本土決戦をするってことですか(苦笑)。本気でやったら地獄でしょうな。

それはさておき、一方軍人はジュネーブ条約によって、捕虜の資格を持ちます。

脱走を企てたり、抵抗をしない限り、捕縛した側もやたら撃ってはいけません。

Photo_4集めされた便衣兵。私服を着て民間人と判別不能。ヘルメットの跡などて判別したが、最後は雰囲気だったという。

では、この便衣兵はといえは、戦闘員が充たすべき以下の条件全部に違反していますから、アウトです。

戦闘員が充たすべき条件とは
①責任を持つ指揮官がいること。
②遠方から見てはっきりとわかる軍隊の徽章、軍服を着用していること。
③武器を隠し持っていないこと。
④戦時国際法を遵守した行動をとること。
1、To be commanded by a person responsible for his subordinates.
2、 To have a fixed distinctive emblem recognizable at a distance.
3、 To carry arms openly.
4、 To conduct their operations in accordance with the laws and customs of war.

南京戦において中国軍の司令官は、中国文化の「エライ奴から先に逃げる」という文化を発露して、真っ先に逃げてしまいました。

しかも「お前ら死守しろ」と言って、降伏すらしなかったのですから話になりません。

卑怯もさることながら、指揮官は敗北した場合、敵軍に降伏を通知せねばなりません。

白旗を持った軍使が敵陣に赴き、「わが軍は本日何時何分を以て貴軍に投降いたしました」ということを通告し、「分かりました。では何時何分を以て戦闘行為を中止しますから、武器を捨てて陣地から出てきてください」という答えを貰わねばなりません。

これが国際法的に「正しい負け方」なのです。

下の写真がシンガポール陥落時の英軍の降伏軍使の写真です。日本軍の先導者に率いられて白旗と国旗をもって従っています。これが文明国のスタンダードです。Hi英軍のシンガポール降伏。これが「正しい降伏」の仕方

 

南京戦の場合、あくまでも司令官・唐智生が降伏のための軍使を送って、降伏が日本軍司令官・松井岩根によって認められなければ降伏は成立しないのです。

よく勘違いされますが、兵隊が手を上げて投降した時点では捕虜としての要件を充たしていません。

本当に降伏する意志があるのか戦闘中では見極めがつかないし、武器を隠し持って攻撃されるかもしれないからです。

陸戦条約では投降した敵を殺傷することを禁じていますが、現実には中国軍のテロリストまがいの戦争をくぐってきた日本軍にとって、微妙なところです。

まとめておきます。

●投降兵(正規軍兵)
①武装解除の上で、捕虜として捕縛した投降兵を殺害することは違法。
②ただし、捕虜の敵対行為が原因で殺害した場合、状況により判断が[異なる。
③投降とほぼ同時に殺害した場合、戦闘中、戦闘行為の継続中ととるか、虐殺ととるかは個々に判断。

というわけで、私はこの捕虜殺害とされた約2万6千人に関しては、国際法的にも日本に非があると言われても仕方がないと思っています。

ただし、日本は当時捕虜条約を批准していなかったので、違法ではないとする説もあります。

Photo南ベトナム・サイゴンの崩壊の日。逃げた兵士が捨てた軍靴や装備が散乱している。

さて、司令官が真っ先に逃げてしまったために、それでなくても士気が高いとは言えない中国軍は我先にとヘルメットを捨て、軍服を脱いで市民から服を奪って隠れようとしました。

このために日本軍は、本来想定していなかった「摘発」をするはめになりました。

この時に戦闘で興奮している日本兵によって、多くの誤認殺害がなされたと思われます。

民間人の人数に言及した資料としては、スマイス調査報告がありました。かなり問題のある資料なのですか、スマイス報告書の数字はこうです。

・農村部の一般市民殺害数(対象は江寧県の一部・・・推定1000人以下。
・都市部
                          「兵士の暴行」・・・2400人
                        「拉致」されたもの・・・4200人
計                       死者3400人 拉致4200名

一方、安全区国際委員会という外国人居留者から日本大使館に提出された「南京暴行報告」によれば、安全区内における「殺人」は50名でした。

スマイス報告書は「拉致」が便衣兵摘発なのかどうかわかりませんし、もしそうだとしたら処刑された可能性があるわけでそれと重複カウントされた可能性があります。

したがって、農村部で1000人以下、都市部で2000~3000人(うち便衣兵の摘発が1000~2000人)、計3000~4000人ていどだと思われます。

また、この民間人被害者の相当部分、特に農村部の被害の多くは、軍規が崩壊した中国軍も関係していることは想像に難くありません。

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また中国軍には督戦隊という味方の兵士が逃げないように、後ろから機関銃で撃つための特別部隊すらいました。

映画『スターリングラード』で冒頭にでてきますね。あのチャイナ・バージョンです。

この督戦隊が機銃を乱射して、軍服を捨てて逃げようとする自軍の兵士をなぎ倒していたという証言もあります。

私個人の推測としては、捕虜の違法殺害の2万6千人に、摘発時の誤認民間人殺害2000~4000人を加えた2万8千~3万人ていどだと推測します。

あるいは安全区国際委員会の民間人被害者50名が正しければ、一気に下がって2万6050人という事になりますが、なんともいえません。

「虐殺ゼロ」派は、捕虜が国際法要件を充たしていない、便衣兵処分は正当であるとしていますが、後者はともかくいったん受け入れた捕虜を裁判なし処刑したことはいかがなものでしょうか。

南京事件を、おおざっぱに見てきましたが、数字はとりようでいくらでも変化するので、あくまでも目安にすぎません。

問題は何度も繰り返しますが、「国家意思」の有無です。

便衣兵といい、督戦隊といい、戦争のルールがまったく違う相手と戦ったのが、当時の日本だったのです。

それは今に至るもまったく変わりません。

 

 

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「南京アトロシティ」の挙証責任は中国にある

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私は南京事件を考える時、あえて単純化の方法をとる事にしています。 

というのは、細部に渡る論争はいままでもさんざんなされてきており、やれ南京には20万人いたのいないのといった議論になっています。

ここまで長期間に渡って膠着した議論が続くと、素人が付け加えるべき新事実などないに等しいし、正直言ってどちらでも同じだと私は思っています。 

もっと俯瞰してみないと、本質が見えてこないんじゃないでしょうか。

残念ですが、日本側の反論が40年遅かったと思います。

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朝日新聞に連載された本多勝一『中国の旅』が出た後の数年で、政府レベルで徹底的な反論をしておくべきでした。 

私は連載当時高校生でしたが、強烈なショックを受けて学校に切り抜きを持っていって読書会など開いたものです。 

私が若くして左翼面に転がり落ちた暗黒図書を一冊上げろといわれたら、迷わずこの本でしょう。

朝日に「青春を返せ訴訟」でも起こしたいくらいです。本多の顔をみるだけでムカつきます。 

それはさておき、南京事件についての私のアプローチの方法は、「大虐殺」の概念規定をする中から、何が「南京大虐殺」説を成立させるパラメータなのかを探っていきたいと思っています。

さて日本語では一種類しかないのでただ「虐殺」と言っていますが、横文字にすると多種多様あります。 

昨日は「ジェノサイド」を見てみました。

似た概念に「ホロコースト(holocaust)」がありますが、共にユダヤ人の虐殺、あるいは、ユダヤ教への弾圧において使われます。 

ただし、日本ではレッキとした学者が、「南京ホロコースト」とか、果ては「織田信長ホロコースト」のような使い方を平気でしています。 

こういう言葉遣いをする学者の本は、それだけで読む価値がないと思って下さい。

私は南京事件はユダヤ人となんの関係もないので、この用語を使うこと自体間違いであるし、物理的にも30万人を殺すことは無理であると昨日書きました

今日は別の概念をみてみます。 

ヨーロッパは歴史的に国家間のみならず、民族間、宗教間、革命・反革命とあらゆるバージョンで大殺戮を繰り返してきましたから、「虐殺」を現す言葉の宝庫です。 

「虐殺」を現す概念用語に、「アトロシティ(Atrocity)」という言葉もあります。 

これは「衝撃的なほど残虐な民間人虐殺」を現します。 

近代では「国家による民間人の大規模虐殺」というニュアンスで使われています。

軍事目標を狙った爆弾がたまたま住宅地に落ちたというのでは、アトロシティは成立しません。

あくまでも国家意志に基づく、一般市民の大量虐殺でなければならないからです。

肝は「国家意志」の有無なのです。

ですから、出先のサイコの兵隊が、個人の意志で一般市民を銃撃して大量殺害しても、それをアトロシティとは呼べません。

近代において国家によるアトロシティを防止するために作られた国際法が、ハーグ陸戦条約ですが、この条約の中には国家による民間人大量殺害の禁止が盛り込まれています。 

現代史で文句なしにアトロシティに指定できる事件は、東京大空襲、広島・長崎への核攻撃です。 

米国の場合、長い時間をかけて組織的に日本の住宅の燃やし方を研究し、どこにどう焼夷弾を落せばどのように燃え広がるのかを研究し尽くした上で、都市夜間爆撃のプランを立てました。

後に国防長官になるマクナマラが、これに関わっていこたとは書きましたね。

たとえば、東京大空襲では風上から焼夷弾を落とし、風下に逃げる市民の前方を焼夷弾で閉じて包囲して、10万人を生きたまま焼き殺しました。

この研究プランも爆撃計画チームの存在も明らかですから、「国家が計画的にアトロシティを働いた」と断じることが可能です。 

日本人は米兵の顔や姿が見えずB-29という機械しか見えなかったために、なにかピンとこないようですが、あれはまがうことなく現代におけるアトロシティの代表例なのです。 

南京事件の場合、欧米では、”Nanking Atrocities”(南京アトロシティ)で定着しているようです。

つまり、この言葉はそれ自体で、「国家意思に基づいて日本軍が、南京市民を大量虐殺した」という意味になります。

これに対して「マサカー(masscre)」という用語は、「相手に軍事的目的以外で苦痛を与えて殺害する」というニュアンスで使われます。

よく引き合いにだされるのがダムダム弾です。これは体内で旋回して苦しんで死ぬ残虐な兵器です。

軍事合理性がないのに、あえてこんなものを使う必要はないから国際法上マサカーとして禁止対象になっています。

え、ならば普通の弾丸でも苦しむだろうと思いますが、代替がないので仕方がないとされています。

南京事件の場合”Nanking Masscre”という言い方も流布しています。※流布していないと書きましたが違うとのご指摘を頂戴しましたので訂正します。

このように日本語でひとことで「虐殺」と言っても、多種多様あるのに驚かれただろうと思います。

「虐殺」を概念規定して使えば、そうとうに何が決定的に重要なのかが自ずとわかってくるでしょう。

「大虐殺」派の人たちの欠陥は、日本語のあいまいさに隠れて「南京ジェノサイド」とか「南京ホロコースト」だのと煽った表現を使うことです。

「南京ジェノサイド」「南京ホロコースト」という表現を使うのは、ナチスのユダヤ人虐殺と並ぶ人類史的悪行と言いたいからでしょうが、それがとんだ的外れなことは昨日書いたとおりです。

一回キッチリ概念規定してから使って下さい。

中国が日本を「南京アトロシティ」と呼びたいのなら、あくまで「国家意思」の存在を明示する挙証責任があります。

昨日も書きましたが、南京一般市民を全員殺戮することを命じた大本営の命令書、あるいはその議事録、それを受けた中支派遣軍から師団への命令書、師団司令部から連隊司令部への命令書、現場指揮官への命令書などなど大量になければなりません。

慰安婦問題もそうでしたが、軍というのは巨大な官僚機構ですから、上から下まで各級で文書が大量に残っていなければなりません。

よく敗戦時燃やしたからないのだと言いますが、あれだけ膨大な文書体系において1枚も見つからないことはありえません。

また、現場部隊は戦闘詳報を上げますので、そのための陣中日記がなければなりません。

陣中日記は南京事件研究でよく提出されますが、ただ敵兵や市民を何十人殺したでは無意味です。

必要なことは、上級司令部から南京市民を全員殺害するようにとの命令を受領したでなければなりません。

日本の「大虐殺」派の学者の皆さんが、深く勘違いしているのは、この日本軍側記録に何千人の捕虜、あるいは便衣兵を処断した記録があっただけでは意味がないのです。

「南京アトロシティ」と言うには、あくまでも計画的に大量殺害を命じられたという証拠がなければなりません。

この挙証責任は、中国と日本の「大虐殺」派にあります。

長くなりそうなので、明日に続けますが、南京事件においてもっとも解釈に苦しむのはこの捕虜と便衣兵の殺害です。

これについては事実関係も含めて検証してみます。

 

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南京事件はジェノサイドか?

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APA事件は、中国外務省が日本の一私人が「南京大虐殺」を否定したから極右だ、中国人は泊まってはならんぞ、と言い出したこところから始まっています。 

これについて私は外国政府の、日本国民に対する思想干渉であって、そのようなものは受け入れてはならないと考えています。 

なんか変だなと思ったら、逆の立場で考えてみると分かり易くなります。 

日本政府が中国のホテルに、「南京大虐殺なんじゃらという本があったからけしからん、反日だから撤去せよ」と言っているようなもので、そんなことを日本が言い出したら血相を変えて中国はお怒りになるでしょう。 

自分にやられたらイヤなことは他人にしないのが、文明のルールです。 

では、南京事件はどのように考えたらいいのでしょうか。 

「虐殺」と日本語でいうとひとことで済んでしまいますが、実は歴史的に虐殺をやったりやられたりして多く体験を蓄積してきたヨーロッパには様々な概念が存在します。ちょっと見てみましょう。 

まずはジェノサイド(genocide)という概念があります。

これがもっとも世界で流布している虐殺概念でしょう。「民族絶滅」と訳しますが、実は日本人は経験したことがありません。

というのは、これはヒトラーがユダヤ民族にした行為を指すからです。この言葉は造語でポーランド系ユダヤ人のラファエル・レムキンが作ったものです。 

ジェノサイドは戦争犯罪ではありません。

なんども書いてきていますが、戦争犯罪には戦争相手国がいますが、ユダヤ人絶滅政策は、自国民に対して行われたのです。 

この時、ジェノサイドを目撃したヤン・カルスキは『私はホロコーストを見た・下』でこう書いています。 

「ドイツ人は、ポーランド人、あるいはあなた方被征服民族をそうしたように奴隷にしようとしているのではない。彼らが今しているのは、ユダヤ人をすべて絶滅させることなのです。明らかな違いはそこにある」 

服従でも、奴隷化でもなく、文字通りの絶滅がジェノサイドです。 

つまり、特定の民族を地上から消滅させる絶滅政策、これがジェノサイドの意味です。

数はとりあえず問題にはなりません。「民族絶滅政策の実行」、これが重要です。

さきほど日本人は経験していないと書きましたが、日本は一貫してユダヤ人保護政策を取っているからです。

同盟国だったドイツから厳重な抗議を受けましたが、キッチリ拒否し、日本の統治下にある地域を通じて逃亡に協力しています。

1930年代には、ナチスに追われるユダヤ難民を、ソ連経由で満州に入植させて保護しようという「河豚計画」がありました。

しかしこのユダヤ人救出計画も、39年にソ連が独ソ不可侵条約を結んだことで挫折します。

そして同年のポーランド、バルト三国の侵攻により、ユダヤ人の脱出ルートは完全に閉ざされます。

その閉じようとする最後の扉を渾身の力で開いた人物がいました。それがリトアニアのカナウス領事であった杉原千畝です。

彼は、最後の最後まで「命のビザ」をユダヤ難民に渡し続けました。彼が、しびれる手でビザを渡しながら残したユダヤ難民にかけた言葉が残されています。

「ヴァジャ・コン・ディオス!(神と共に行きなさい)」。

Photohttp://blog.looktour.net/vol-22-jtb/

ではそのような日本人が、中国人のジェノサイドを行ったでしょうか?

当時の日本人に「中国人を皆殺しにしろ。絶滅させるべきだ」と主張した人物がいたでしょうか。

戦前の日本において深く中国の「独立」に関わったのは、いずれも右翼と呼ばれた大アジア主義者のひとたちでした。

玄洋社の頭山満、黒龍会の内田良平は、アジアの解放に生涯を捧げました。
頭山満 - Wikipedia
内田良平 (政治運動家) - Wikipedia

頭山や内田が今生きていたら、「朝鮮人死ね」と叫んでいるような在特会の連中に鉄拳制裁を加えたことでしょう。 

もちろん個人で中国を蔑んでいた者はいたでしょうが、中国人絶滅を唱えた勢力はありませんでした。

では南京攻略作戦の指揮官だった松井岩根は、「大虐殺」を命じたほどの狂信的中国嫌いだったのでしょうか。
松井石根 - Wikipedia

正反対です。松井の理想は「日中提携」「アジア保全」でした。日中戦争に心を痛めており,和平を陰で工作していたほどです。

南京攻略軍司令官だった松井は、日中和平を探るトラウトマン仲介を期待して軍を郊外に止めていましたが、第10軍の突出によって、結局攻略戦を命じざるを得なくなります。
トラウトマン和平工作 - Wikipedia

松井は、常々兵にこう語っていたそうです。

「軍紀を緊粛すべきこと」「支那人を馬鹿にせぬこと」「英米等の外国には強く正しく、支那には軟く以て英米依存を放棄せしむ」(上海派遣軍参謀副長の上村利道陣中日記・かな表記に変換)

南京攻略戦において、日本軍の一定の非道がなされたことは事実だと思いますが、問題はそれが部隊によって組織的に行われたのかどうかです。

ましてや司令官が組織的に、「中国人を根絶やしにしろ」とジェノサイド命令を下した事実があるのでしょうか。

中国が主張する30万人虐殺説が事実ならば、あらかじめ虐殺専門部隊を組織し、虐殺死体処理部隊がそのための装置を準備していなければ遂行不可能です。

日本軍がそのような部隊を持っていたという事実は、発見されていません。

もちろん現地軍の松井司令官はそんな命令を下していませんし、大本営陸海軍部の記録は検証可能ですが、「中国人の民族絶滅を計れ」という命令はおろか、会議においてそのような発言ひとつ記録されていません。

第2次上海事変から始まった日中戦争は重慶までに及びますが、日本は軍事目標主義を貫いたために軍事的効果が上がらず、被害のみが累積してらちがあかないために、決着をつけるべく首都・南京攻略にエスカレートしたのです。

重慶爆撃を米国の日本本土爆撃やドイツのゲルニカと同列に扱う人がまれにいますが、軍事施設をねらったものがはずれて民間人に被害が出た重慶のケースとは次元が違う話です。

このような日本軍がいきなり次の南京では、組織的に首都住民全員を殺したというのですから驚きます。

その首都・南京の市民全員を殺せば、かえって抗日意識に火を着けるようなもので政治的にありえませんが、まぁいいでしょう、これも突如日本軍がテンパってそう思ったとしましょう。

ならば、日本軍が首都全員殺戮を命じた命令書があったわけですから、一枚でけっこうですから証拠文書を見せて頂きたいと思います。

むしろ出てくる文書は、虐殺指令とは真逆の松井司令官が出した「南京城の攻略および入城に関する注意事項」といった指示書です。

松井がいかに、細々とした中国の市民と外国権益の保護に心を砕いたのか分かる一文です。
南京戦 - Wikipedia

1. 日本軍が外国の首都に入城するのは有史以來の盛事であり、世界が注目する大事件であるため、正々堂々将來の模範たるべき心構えをもって各部隊の乱入、友軍の相撃、不法行為などは絶対に無いように。
2. 部隊の軍紀風紀を厳粛にし、中国軍民をして日本軍の威武に敬仰帰服せしめ、いやしくも名誉を毀損するような行為が絶対に無いように。
3. 外国権益、特に外交機関には絶対に接近しないこと。中立地帯には必要のないもの立入を禁止する。所要の地点に歩哨を配置する。 中山陵革命志士の墓、明孝陵に立入を禁止する。
4 入城した部隊は選抜し、城内外の外国権益の位置を撤退して把握し、絶対に過誤のないように歩哨を配置する。
5 掠奪行為、不注意といえども失火したものは厳罰に処す。憲兵を入城させ不法行為を摘発する。

また司令部には国際法学者の斉藤良衛博士を招いて指示を仰いでいるほど、国際社会に配慮しています。

攻略が開始されたのは1937年(昭和1年)12月7日、激戦の末中国軍司令官・唐智生が部下を捨てて逃走したのが12月12日、南京陥落が12月13日です。

翌14日から掃討戦が開始され、掃討が終わって松井司令官の入城が12月17日のことです。Photo_3

中国側の主張によれば、このわずか10日間、さらに限定すれば抵抗を受けながら市民の大虐殺は遂行できませんから、狭く限定するなら戦闘終了後の掃討期間の4日間に30万を虐殺した事になります。

ここでは数字は脇に置きます。南京住民数が20万だろうが30万だろうが、本質的なことではありません。こういう事にこだわると全体が見えてきません。

要は、日本軍がわずか4日間から10日間の間に30万人という那覇市(31..5万)規模の人口を殺戮し、その死体を物理的に処理することが可能かどうかです。

政治的に考えてはいけません。そう考えると左右のバイアスに支配されるからです。

あくまでも物理的にできるかどうか冷厳に考えて下さい。

さて、松井司令官と同時に入城した南京市内には死体は見当たらなかったことは、多くの従軍記者・作家たちの証言どおりです。
http://www.history.gr.jp/nanking/reason16.html

従軍した石川達三氏はインタビューでこう答えています。

「私が南京に入ったのは入城式から2週間後です。大殺戮の痕跡は一ぺんも見ておりません。何万の死体の処理は、とても2、3週間では終わらないと思います。あの話は私は今でも信じておりません。」

「生きている兵隊」が発禁になり、実刑を受けた作家の言葉です。

また当時朝日新聞従軍記者団を率いて、一番乗りで入城した橋本登美三郎氏の証言。

「南京の事件ねえ。全然聞いていない。もしあれば、記者の間で話にでるはずだ。記者は少しでも話題になりそうなことは互いに話にするし・・・それが仕事だからね。
噂としても聞いたこともない。朝日新聞では現地記者ばかり集めて座談会もやったが、あったのなら、露骨でないにしても、抵抗があったとか、そんな話が出るはずだ。」

勘違いしていただきたくないのですが、このような従軍記者・作家の証言を、私は「虐殺ゼロ論」の証拠として上げたわけではありません。

ですから、軍の非行はなかったなどと言うつもりもありません。

戦闘中、あるいは掃討作戦中に、南京市民・中国軍兵士に対して非人道的なことが行われたことは大いにあり得ることです。

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しかしそのような戦闘中の非行と、中国が主張する30万人もの計画的大虐殺、あるいは民族絶滅(ジェノサイド)などとはまったく別の話です。

それにしても30万人地方都市ひとつの住民全員を丸々殺害して、なんの痕跡も残さないとは、なんという手際のよさでしょうか。

それもわずか10日、狭く限定すれば掃討期間の4日間で!

考えてみていただきたい。単純計算で1日3万人を計画的に殺し続けたのですよ。

ナチスの絶滅収容所のベウゼツ強制収容所は南京「大虐殺」とほぼ同規模の約43.5万人を殺害しましたが、その「処理」に約1年間かかっています。
絶滅収容所 - Wikipedia

そのための特別部隊と特別あつらえの死体焼却装置がフル回転して、1日せいぜいが千人「処理」するのがやっとだったようです。
ベウゼツ強制収容所

わが皇軍はナチスが国家政策として遂行して1年かかる作業を、わずか10日間でやり遂げた事になってしまいます。

仮にできたとします。

であるならば師団規模(約1万人)規模の虐殺・処理を行う専門部隊が戦闘部隊とは別枠でいなければなりません。

実際にドイツは、SSの指揮下の準軍事組織・「特別行動部隊」(ディンザッツ・グルツペン)と呼ばれる、ユダヤ人虐殺専門部隊が存在しました。

医師のエルヒャナン・エルケスは、荒れ狂うユダヤ人殺戮について英国にいる子供たちに宛てた1943年の手紙の中でこう書いています。

「彼らは大量殺戮という任務を終えると、頭のてっぺんから靴の先まで、泥とわれわれの仲間の血にまみれて戻ってきて、テーブルについて、軽い音楽を聴きながら、料理を食べ、飲み物を飲むのです。彼らはまさに殺戮のプロでした」(杉原幸子『六千人の命のビザ』)

この彼らナチ虐殺部隊の中からすら、発狂者を多く出しています。

大量殺戮をなんとも思わなくなるサイコパス的人格を持たねば、虐殺専門部隊など務まらず、それは常人の所業ではないのです。

当時のドイツ国防軍ですらそれは遂行できなかったから、このような「行動部隊」を作ったのでした。

では、日本軍がこのようなナチス虐殺専門部隊を組織したという記録が残っているのでしょうか。

そもそもこのような大規模殺戮をするのは、一般の兵士には無理なのです。なぜなら精神が破綻して後の戦闘で、使い物にならなくなるからです。

中国政府にお聞きしたい。

日本軍がこのような大量虐殺をしたという命令書、あるいはそれを遂行した虐殺専門部隊の組織命令書が一枚でも残っていたら提出願いたい。

またどうやったら30万人もの膨大な死体の山を、わずか10日間で「処理」できたのかご教示願いたい。

そして虐殺を体験した南京市民の証言があるそうなので、ぜひ日本の専門家による反対尋問を許可願いたい。

ジェノサイド以外に、「虐殺」(Atrocity)と、むごたらしく殺すという意味の「マサカー」(masscre)などがありますが、果たして南京事件はこれに該当するかもう少し考えていきます。

今日は長くなりましたので明日に回します。

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戦争目的が明確でない戦争は負ける

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かんしゃくを起こしてすいません。 私が「オレを敬え」といったとか言わないとか。

ちろんそんなことは考えたこともありませんし、ただ私は記事にはテーマというものがあるし、それに沿った議論が欲しいと述べただけにすぎません。

さて、APAを擁護するのは歴史修正主義の虎の尾を踏むという神谷氏の論説があり、さらに歴史的人種差別についてに議論が展開してきました。

私はこの記事の末尾にも書きましたが、日本を歴史修正主義とする考えの裏には、植民帝国を日本によって奪われた欧州諸国の恨みつらみがあると思っています。

本国を蹂躙したドイツは当然憎いが、植民地という金のなる木を切り倒した日本も同じくらい憎いということのようです。

だからナチスと日本を同格に並べたいのです。中国の「南京大虐殺」プロパガンダはさぞかし欧州人の耳に快かったでしょう。

欧州が人権先進国だから歴史修正主義を唱えているわけではないのです。

欧州に今なお恨まれているように、日本は不十分な「植民地解放戦争」を起こして、自らの国を滅ぼしました。

結果として、アジア諸国は独立を果たしました。あくまでも結果としてです。

では、日本にとっていまなお背負い続けている大東亜戦争に遡ってみます。

以下は旧稿ですが、再掲します。結語の部分を大幅に加筆し写真も追加しました。

掲載当時一回読まれた方は、末尾からお読みください。

なお「大東亜戦争」という表記は日本の歴史的呼称であって、それ自体は価値判断を含みませんので、念のため。 

さて、まず私のスタンスですが、あらかじめ設定された原理主義的見方を排除します。 

それは単に左翼方向に対してだけではなく、私と親和性が高いはずの保守の方に対してもです。 

理想は必要ですし、理念なき行為はありえません。 

だからこそ、理念・原理で大戦を見ると、たった一行で終わってしまいます。 

<白人帝国主義vs唯一の有色人種独立国日本>です。 

もちろんこれを説くとなると、一冊の本が必要なことはいうまでもありません。

ですから、あえて置きます。 

「いったんは」というのは、そこから入らないというだけで、原理的な主義主張も当然視野にいれねばならないからです。 

そうでないと、ただの政治力学主義になってしまいます。 

簡単に大戦について書いておきます。 

まず、<戦争目的>を明確にすべきです。 

そもそも戦争は外交が破綻したときに取られる、国際政治の非常の手段です。 

したがって、<戦争目的>は外交によって得られなかったものを、戦争によって回収することです。

これが定まらないと、<戦争戦略>、あるいは戦争計画が立てられません。

原理的には、<戦争目的>とすべきは「アジアの解放」以外なにかありますか。あるはずがありません。 

日本はアジアのみならず世界唯一の有色人種独立国(タイがありますが、そんな国力はありません)として呻吟した歴史があって、その中からアジアの植民地同胞を解放する義務に目覚めたのは、事実です。 

ならば、この主題を真正面から戦争の冒頭に大きく掲げるべきでした。

ただし、これを掲げるとアジア全域の植民地すべてを日本が独力で解放せねばならなくなります。

事実、それに近いことになって、日本は国を滅ぼしました。 

ところが日米戦争開戦において日本が掲げたのが、なんと「自存自衛」でした。言い換えれば、自国の存在の防衛のためだ、というのです。

これなら、全方位と戦争する必要はなくなるはずでした。

当時、政府と軍がなんと言っていたのか、検証してみましょう。

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開戦当時の外相であった東郷茂徳は、開戦直後の1941年12月16日にこう衆議院で演説しています

「(米英政府の蒋介石政権への援助を)容認することが如きことがありせば、帝国は支那事変(※日中戦争の日本側呼称)4カ年にわたる建設的成果を犠牲とするのみならず、帝国の生存の脅威せられ、権威を失墜する」

これが、日本の外務省が作った開戦理由です。 

この演説で東郷外相は、5つの開戦事由を上げています。

①重慶政府(※蒋介石国民党政府)への米英の援助
②米国の資源輸出の禁止などの経済封鎖
③日米交渉の破綻
④米英による包囲網
⑤米英への国際社会の屈従

この東郷の演説から4年余で国を滅ぼした戦争の、国民と国際社会に向けたメッセージとしては、余りにも貧弱で、何を言いたいのかすらはっきりしません。 

 ①から④までは、すべて外務省の対米交渉が不調だったことを、ひたすら愚痴ったものにすぎません。  

②の対日石油輸出の禁輸は、日本の南部仏印(※現代のベトナム南部)進駐という武力進出に対しての米国の制裁が原因ですが、 これでは「米国の制裁に対して戦争をする」という一国的理由しか読み取れません。 

本来、ここで掲げるべき「アジアの解放」はひとことも登場しません。 

同じくもうひとりの当事者である、大本営の戦争目的についての発言を見てみましょう。 

大本営政府連絡会議(1941年11月20日)における、占領予定の東南アジア地域の欧米植民地の処理です。(出典「戦史叢書 大東亜戦争開戦経緯5」)

「南方占領地域行政実施要領」
第一 方針
 
占領地に対しては差し当たり軍政を実施し、治安の回復、重要国防資源の急速獲得及作戦軍の自活確保に資す。
 占領地領域の最終的帰属並に将来に対する処理に関しては別に定めるものとす。

ここにも「アジア解放」のひとこともありません。

あるのは、「資源の急速獲得」であって、 「植民地の最終的帰属、将来は別途処理」という言い方で、植民地解放はあいまいにしています。 

植民地の資源を押さえればいいのだ、日本の植民地として残すか、独立させるかは後から考えよう、ということです。

おいおい、「アジア解放」ならば、そこから発想しろよと思います。

外務当局は、外交の失敗のツケをまわし、大本営は資源確保しか言わない、残念ですが、これが大東亜戦争の開始の実相です。 

それでは、東郷が開戦の原因とした、②④の「米英の包囲網」はどうでしょうか。

東郷によれば、「この包囲網は米国、英国、中国、オランダが参加していて、日本に資源や原油を輸出させないようにして、オレたちを締め上げているんだ。だからこれを軍事力で突破するんだ」ということです。 

結論から言いましょう。ただの幻想です。いかに当時の政府と軍が視野狭窄に陥ってテンパっていたかを示すものでしかありません。 

なぜなら、輸入資源は枯渇していませんでしたから。

閉ざされていたのは、唯一米国からの輸入だけなのです。

ウソをつけ、日本は米国から原油を禁輸されて干上がっていて、これ以上制裁されたら自慢の海軍も動かなくなるのを恐れていたんじゃないか。

残念ですが、違います。原油も資源も、米国ルート以外に別に存在しました。

それがオランダ領インドネシアです。当時の言い方で「蘭印」です。

実はあまり知られていませんが、日本は蘭印と2回にわたって資源交渉をしています。

1940年11月、つまり開戦1年前に日本はオランダ領インドネシア(蘭印)と、資源をめぐる貿易の交渉をしています。これを「日蘭会商」と呼びます。 

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オランダは日本の要求をほぼ丸飲みしています。「戦史叢書 大東亜戦争開戦経緯4」によれば以下です。
日蘭会商 

・生ゴム  ・・・2万tの日本側要求に対してオランダ側回答1万5千t 75%
・錫・錫鉱石・・・同3千t 同3千t 100%
・パーム油 ・・・同1万2千t 同1万2千t 100%
・ボーキサイト・・・同40万t 同24万 60%

このような正常な貿易が成立しているにかかわらず、日本側から交渉を打ち切ってしまっています。

では当時、蘭印はどのような立場にあったのでしょうか。
オランダ領東インド - Wikipedia

この日蘭会商のあった半年前の40年5月に宗主国オランダは、既にドイツによって侵略を受けて亡命政府となっていました。

蘭印はこの亡命政府の下に入ったのですが、いかに弱い立場かわかります。日本包囲網など夢想もしなかったはずです。

英米が蘭印に圧力をかけ不調に終わらせようとしたことは事実ですが、英国がこの交渉に圧力をかけた理由は、日本を経由して戦略物資の天然ゴムなどがドイツに渡ることを恐れたからです。

こんなことにまで三国同盟の悪しき影響が出ています。

ナチスドイツとの三国同盟こそ、わが国近代史上最大の失敗です。

一片の利益もなく、狂気のナチスと同盟したために、敗戦後も同列の扱いを受け続ける事になります。

結局日本側は、この日蘭会商が不調だからという理由で、世界で誰も言っていない「ABCD包囲網」というイリュージョンを妄想し、その一角にオランダを位置づけてしまいました。

ちなみに、このオランダ領インドネシアこそ、当時世界有数の産油地帯で、その中心のパレンパン油田だけで、日本の1年間の石油消費量を生産したほどです。

しかも質的に極めてハイオクタンの優良な品質でした。
パレンバン - Wikipedia

極論すれば、ここだけ押さえれば他に何もいらないのです。最小限の軍事行動、ないしは軍事力を背景とした外交圧力で済んだのです。

ただし、ここは当時、蘭印全産油量の74%を英国系資本が、残りの26%を米国系スタンダードオイルが支配していました。

米英両国は、蘭印に対日石油交渉を引き延ばし、契約の量と期限を制限させる圧力をかけていました。

また、日本軍進入の際は、全ての石油備蓄と精油所・油井を完全に破壊するということも、蘭印に命じていたようです。

結局、この圧力に屈して日本はこの日蘭会商から撤退してしまいます。

後に日本軍は1942年2月に精鋭のパラシュート部隊により確保しています。

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藤田嗣治

本国が亡国の淵にあって根無し草状態だった蘭印と、事を構える必要があったのか、はなはだ疑問です。 

軍事力を背景にして外交的に処理できる案件であって、日蘭会商を粘り強くつづければ、原油は充分に入手可能だったのです。 

仮に軍事力を最小限行使するなら、この交渉決裂時のスタンダードオイルの油井に限定した確保です。理由は「米英の破壊工作からの予防措置」です。

蘭印が原油を売れば、兵を直ちに引き上げればいいのです。

当然、米英は怒るでしょうが、戦争事由にまではなりません。

まぁ、それならばそもそも仏印進駐などせねば、米国の制裁を回避できたわけですが。

ここまでさかのぼると、第2次上海事変以降の日本の対中政策の失敗が問題となってくるので、キリがないのでここで止めることにします。

というわけで、後の東南アジア全域に対する侵攻は不必要な戦域拡大でした。

日本がパレンバンで原油を得れば、後はどうにでもなるのですから。

当時の独立勢力に裏から支援するなりなんなり、やりようはいくらでもあります。特にフィリピンなどはなんの資源もありませんから、侵攻する理由がありません。

フィリピンは米国領でしたから、ここへの侵攻は米国にとって開戦事由足り得ます。

そもそも、資源獲得が戦争目的ならば、なぜ米国と戦端を開いたのでしょうか?

政治的に敵対関係にあったのは事実ですが、やりようはいくらでもありました。

そもそも数回あった中国との和平の機会を潰した馬鹿野郎は近衛なのです。

和平が成っていれば米国からとやかく言われる筋合いもないし、大陸に100万もの兵力を残留させたままで、米国と全面戦争するはめになるという信じがたい状況に陥ることはありませんでした。

あ、いかん大東亜戦争は「そもそも論」をすれば、きりがないのでした。

とまれ米国を敵に回したのは下策の極みです。

真珠湾攻撃という愚作を止め、フィリピンさえ攻撃しなければ、米国の日本に対する開戦理由は消滅します。

英国や中国は米国に泣きつくでしょうが、アチラのことですから放っおけばいいのです。

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しかも真珠湾攻撃という投機的作戦に、みごとに失敗してしまいます。

え、大成功ではないかと。

とんでもない、あそこで沈んだのは老朽戦艦ばかり(後に引き揚げて復活)、空母はおらず、軍港施設は丸ごと残りました。

日本海軍の全員教官クラスの熟練の操縦士の見事さ、極北の海上ルートを大艦隊で隠密に航海した海軍将兵の熟練度に対しては、称賛以外の言葉はありませんが、真珠湾攻撃そのものが無意味でした。

結局、開戦したくてたまらなかったルーズベルトに、まんまと開戦の口実を与えたにすぎなかったからです。

私はルーズベルト謀略論はないと思っていますが、彼が日本に先制攻撃をさせようとしていたことは事実だと思われます。

これを企画した山本五十六は愚将の名に値します。

後の二兎を追ったミッドウェイといい、米豪遮断作戦で広大な南太平洋地域に日本軍をばらまいたことといい、この人物の戦争指導者としての資質を疑います。

真珠湾作戦の現場力の素晴らしさに目を奪われて、戦略としてのそれまで賛美するのは間違いです。

つまり、資源だけを見れば、蘭印さえ押さえればいいのであって、日米戦争は不要どころか、せっかく蘭印で獲得した資源を日本に輸送できなくなるという意味でも、下策の極でした。

原油や鉱物資源が、ことごとく米潜水艦の餌食となって沈められたのは、ご承知の通りです。

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日本は民間船舶のほぼすべてをこの海上ルートで失い、海員の墓場としました。

丸腰で戦う海員の勇敢さは海軍兵士に勝っていましたが、ことごとく沈められました。

軍事的解決を考えたのなら、なぜ輸送まで考えないのか、なぜ海上護衛を発想していないのか、いかにやっつけで日本が戦争に突入してしまったのか分かります。

しかも、資源輸送のみならず、広大な太平洋に兵隊と航空機をばらまき、その上やらなくていい米豪遮断作戦などに手を出してしてしまいました。

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結果,ガダルカナルを日本海軍航空隊の墓場にし、孤立した島への増援はできず、餓死者が続出しました。

日本軍兵士は銃弾に倒れた数より、餓死とそれによる病死が上回るという説すらあるのです。

最後には、戦闘艦のはずの潜水艦や駆逐艦に米俵を積んでのネズミ輸送に頼る始末です。

話になりません。ロジスティクをまったく考えずに、戦争をした罪は重いのです。

ロジ不在の物資不足による現地軍の枯渇は、現地住民との摩擦まで引き起こしています。

逆に言えば、いかにこの大戦が準備しないでズルズルと引き込まれるようにして始まったものかがわかります。

Photo_4http://www.sankei.com/photo/story/news/150413/sty1504130002-n1.html

そしてとどのつまりは、敗北が必至になると狂気の特攻作戦に手を出してしまいます。

私は特攻隊員には涙しますが、それを命じた外道共は殴ってやりたい。

当時の学歴エリートたちの、気持ちが悪くなるほどの無能さです。

作演出はメチャクチャ、役者は超優秀、これが当時の日本軍だったのです。

思えば、世界最低の日本の学歴エリートと、世界一の現場力というのが、いまに至るも日本の宿痾です。

もうひとつの「戦争目的」だったアジア解放ですが、開戦という絶好のタイミングをはずして、ようやく大きく掲げだしたのは、もはや戦局が確実に日本敗北に傾いた1943年の大東亜会議あたりからでした。
大東亜会議 - Wikipedia

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致命的に遅いとしかいいようがありません。

シンガポール陥落時期あたりで大東亜会議をやれば、世界に「反人種差別闘争」、あるいは「植民地解放闘争」としてこの戦争を主張することが可能でした。

そうすれば後の様相は、そうとうに違ったはずです。 

このように俗にいうABC包囲網などは、被害妄想であって、ひとつひとつ個別の国のパーツに分ければ、外交的手段、ないしはミニマムの軍事行動で解決可能でした。

それをあろうことか対戦相手をひとつにして四面楚になったと思い込み、頭に血が昇って自滅したのが、わが国です。 

大戦は避けることが可能な戦争でした。やるべきではない戦争でした。

私は当時に生きていたら、できる限りの知恵を絞って戦争に突入せぬ道を探ったことでしょう。

それでもなお、力及ばず戦争に突入したら、兵役に就きます。それが仮に「犬死」だとしても、です。

なんどもいいますが、あの大戦は回避可能でした。

アジア民族の解放も、軍事侵攻以外の方法で可能だと思っています。

しかし、いったん戦端をこちらから開いた以上、その大義であるアジアの解放をなぜ全面に掲げなかったのか、その曖昧さ、腰の座らなさに腹がたつのです。

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アジアの解放を信じて散った将兵は大勢いました。

それは後の東南アジア住民の証言からも明らかです。 多くの日本兵が戦後の民族解放闘争の現場指揮官として散っていきました。

ベトナム、インドネシアに、いまでも彼らの足跡を見ることができます。

彼ら無名の日本軍将兵こそが、純粋に大東亜戦争の理想を体現していたのです。

英霊に報いるためにも、私は開戦当時の政府・軍中枢を許してはならないと思っています。 

彼らは日本人の手によって裁かれねばなりませんでした。それは敗戦責任という、国民に対する罪です。

もっとも強く敗戦責任を感じられておられたのが、昭和天皇陛下でした。

そしてもっともそれから逃れようとしたのが、当時の政府と軍の指導者たちの戦後でした。

あの戦争を教条で裁断しようとするとわからなくなります。

左翼リベラルのように悪辣な「侵略戦争」として切り捨てると、戦後のアジア諸国の独立に貢献した日本の位置を説明できないし、逆に保守が言う「アジア民族解放戦争」だとするにも今日見てきたように無理がありすぎます。

結論的に言えば、私はあの戦争は、するべきでない戦いを不用意に始めてしまったアジア解放の理念をどこかに持っていた国の悲劇だと思っています。

歯切れが悪くて申し訳ありませんが、公平に言って「結果としてアジアを解放してしまい、ヨーロッパ宗主国の憎悪を買った国」というのが実際の日本の姿なのです。

一方、欧州諸国が日本をナチスドイツと並べるのは、この宝の山だった植民地を失っ怒りの反映です。

戦後彼らは表向き植民地解放を批判できないために、中国の「南京大虐殺」プロパガンダを丸飲みにしました。

南京事件をナチスと同列のジェノサイドと呼ぶことによって、日本に対する憎悪を合理化できたのです。

日本に対する歴史修正主義批判も、ここから始まっています。

このような戦に巻き込まれて亡くなった230万の兵士、80万の市民の霊に頭を垂れます。

合掌。

再録

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