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2017年3月15日 (水)

「ニュース女子」検証版を見て

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「ニュース女子」の検証版がアップされました。
 

MXテレビが「反ヘイト」の抗議団によって脅かされて地上波放映をためらったために、ユーチューブでのアップとなりました。 

それにしても、ネット言論がなければ、このまま「ニュース女子」は捏造番組として葬られてしまったわけで、5年前ならそうなったと思うとゾッとします。

いつもながらこのような、気に食わない言論があると集団で押しかけて圧力をかけて潰すようなまねを、なぜ「言論弾圧」と呼ばないのでしょうか。 

それはさておき、私としてはこの検証版ていどの緻密さと丁寧さを以て、初めのバージョンを作って頂きたかったと思います。 

初版は裏付けとロジック構築の粗雑さが目立ちました。 

特にこの番組の言論の核となるべき高江紛争の暴力事件を、「テロリスト」と評するのは妥当ではないと思っていました。 

「ニュース女子」検証版は、「テロリスト」をこのように定義しているようです。 

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上記の画面の概念規定自体は間違いではありませんが、引っかかります。 

テロリズムは、フランス革命の恐怖政治(La Terreur)を語源にしています。

パリの広場にギロチンで切り落とされた首が無造作に転がっていた時代を背景にして生れた言葉です。 

転じて現代の無差別に市民を殺傷する暴力行為を、テロリズムと呼ぶようになっています。 

ただし、ここで留意せねばならないことは、プロパガンダで安易に使うべき用語ではないということです。

「ニュース女子」初版は、「政治的に対立するものを威嚇する」という広義の概念規定を使っていますが、これはいかがなものでしょうか。

「しかしながら「テロリズム」という言葉の持つ、強い反道徳性・反倫理性を活用するかたちで、「自らとは異なる立場に立つ者のアピールや実力行使」に対して、「それはテロリズムである」というレッテル(ラベル)を貼るという方法で、非難を行うという方法論・戦術がある(プロパガンダ)。」
テロリズム - Wikipedia

現時点で、高江紛争における2016年8月5日集団暴行事件は、「行き過ぎた暴力行為を伴う反基地闘争」のレベルに止まっています。

テロリストのカテゴリーに分類できるのは、「武器の所持」です。武器を手にするのかどうかがテロリストと暴力的運動家の分水嶺なのです。

批判する側はこの暴力的運動家の「行き過ぎた」部分をこそ徹底的に問題とすべきであって、安易にテロリストのレッテル貼りで済ませるべきではありませんでした。 

さもないと、今の左翼の暴力闘争の中からやがてほんものの武装テロリストが生まれた場合、なんと表現したらよいのかわからなくなります。

プロパガンダはあちらに任せましょう。

私たちは保守としての矜恃である常識と節度を持つべきです。
関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2017/02/post-4fdb.html

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そしてさらに検証版にあったように、この行き過ぎた暴力を放置し、一行たりとも報じない地元2紙、本土大手紙の容認ぶりが、高江紛争における暴力の常態化を生む温床になっていることを問うべきでした。 

検証版で須田氏が述べていたように、「左翼には自分たちの暴力は権力に対する抵抗権に当たるので是認されるべきだ」という甘ったれた考えがあって、それがメディアにも深く浸透していることを俎上に載せるべきだったのです。

メディアは暴力の共犯者になっています。

次に救急車の一件ですが、番組作りにおいて依田氏の発言の裏を取っておくべきでした。

制作側が裏取りをしておけば、依田氏をこれ以上の不必要な個人攻撃にさらすことは避けられました。 

この私ですらその志はよし、しかしこれでは反撃を食うなと思ったほどです。

現に大阪MBS・斉加尚代ディレクターは、この「ニュース女子」の脇の甘さにつけ込んで来ました。
関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2017/02/post-fbc0.html

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 『沖縄さまよう木霊「基地反対運動の素顔』(2017年1月29日)より

斉加氏はこの番組の中で、消防署長から以下の発言を引き出しています。

ナレーター 「もう一度地元の消防本部の署長に確認しました。」
署長 「本当にですね。政治的圧力もそうですし、反対派の抗議活動に業務を阻害されたというか邪魔されたことは一切ないです」
斉加「ということは、ないということですね結論は」
署長「「そうです。ウソはついていません」

斉加氏はこの署長の言葉を収録した瞬間、さぞかし心中で勝利宣言を上げたことでしょうね。

これで依田氏がデマッターと証明され、こんな人物の言説を根拠とする高江紛争の暴力化など、すべて幻と決めつけることができたと思ったからです。

現に、反対派陣営はこのMBSの番組以降、これを根拠に依田氏に対する個人攻撃を強めていきます。

そして今回の「ニュース女子」検証版のカウンターの部分です。

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同じ国頭地区消防本部の署長からのインタビューですが、署長は直接の妨害行為はなかったと明言しています。

私はかつて記事で斉加ディレクターが、消防署署長との会話が本来もっと長かったにもかかわらず、会話全文をカットして都合いい部分のみを放映したのではないかと感じていました。

やはりそうでした。「ニュース女子」は丁寧に署長発言をそのまま放映していることを好感します。

おそらく斉加氏にも同じことを述べたと思われますが、その署長の証言の全貌が暴露されました。

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このように異常に出動件数は増加しています。これは高江紛争が暴力化していく度合いと比例しています。

この時期は反対派は県道に自動車のバリケードを築き封鎖してしまい、ピケット要員にその下にもぐりこませ、警官隊に実力で抵抗していました。

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このような戦術を取れば、当然けが人は出ないほうが不思議です。

そしてその都度かすり傷程度でも、反対派は救急車を呼んだようです。

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車両の下に潜り込み、警官隊ともみあうというのは、私からみれば一種の自傷行為に過ぎませんが、彼ら反対派は手を擦りむいたていどで救急車を呼んだのです。

この人たちは、「やんばるの森を守れ」と叫んで押しかけたにもかかわらず、過疎地域でいかに救急車両が命の綱なのかまったく理解していません。

この言っていることと、やっていることの激しい乖離が反対派の特徴です。

結果、呼んでおいてその場でキャンセルします。

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このインタビューの中で、署長は呼んでおいて断ったのは反対派だったと述べています。

唖然とします。暴力が常態化するとモラルまでもが崩壊するという例です。

さらに、署長は「反対派によって救急車が止められるということがあったか」という質問に対して、「誤解を招くようなことはあった」と答えています。

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署長は警察と反対派の日常的な衝突のために、救急車が走行を妨害されている様を証言しています。

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現時点で署長は証言できる範囲ぎりぎりまで答えています。

「ニュース女子」も、MBSのような恣意的な編集はしていません。

私はおそらくそれ以上のことが起きたと考えていますが、推測の域をでません。

しかし去年夏、反対派の暴力闘争が北部緊急医療に大きな打撃を与えたことは事実だったと断言できます。

地上波で初めて沖縄の反基地運動の真実の一端が流れたことの大きさは、たとえようもなく大きなものでした。

それが故に 、今日はあえて厳しく「ニュース女子」を評しました。

長くなりましたので、今日はここまでとします。

※福島事故についてはまた再開します。 

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コメント

救急車を呼ぶのは国民の権利程度に程度に考えているんでしょうね。権利の行使には責任も伴う。こんな連中のせいで救急車の有料化論議が起こるわけですが。

ホントにヤバい状態の人がでたりした時に救急車がすぐに来なかったら、隊員に罵声あびせそう。

バッカじゃねーの

昨日ある講演会で、順天堂大学の教授が講演していて、脳溢血などの場合、3時間以内に施術するかどうかで、生死やその後の回復に大きな差が出る。巨人軍の大監督(長島元監督と思われる)は5時間かかってので後遺症に苦しんでいるが、オシム元全日本監督は2時間半で病院についたので、その後は監督に復帰できるほど回復した。

つまりは、ここでの1時間は生死の境目です。

消防署は、妨害されたなどと言えば、抗議の電話が救急回線にまで掛ってくる恐れがあるので、はっきりとはいにくいのだろうと想像します。

ニュース女子初版では「情報バラエティ」という番組の位置づけもあって、このような大々的な騒ぎに発展する可能性など全く予想出来ていなかったのでしょう。
その意味で「テロリスト発言」については、ブログ主様が言われるように「詰め」も「ワキ」も甘かったように感じます。
ただ、番組構成上、出演者が自由に発言する形式でもありますし、個人を特定しているワケでもなく、「テロリストみたい」との発言はいわゆる形容表現にすぎず、かつ何ら「確定的」な事を述べているワケでもありません。
私は「論評」の範囲なのではないかと思います。

検証版は総じて良く出来ており、特に記事にありますとおり、これまで依田氏が述べて来た事は、「事実に則しているものだった」と証明されたと考えます。
国頭消防署長へのインタビューは傑作で、
「緊急走行ではなく、徐行せざるを得ず~」
「(抗議活動によって)道がふさがれる、時間がかかる、というのは確かにあった」
と言い、あげく、
「見方によっては、抗議活動側から(職務を)邪魔されているという見方も、無きにしもあらず・・・」との証言に至っては、一人笑いがこみ上げてしまいました。
スタッフは、いい仕事をしてくれたと思いました。

ただ、この検証版は地上波では今後とも決して放送される事はないのです。
これから公式には、辛淑玉氏のグループやBPOでさえも、この検証結果は無視するものと思われます。

東京MXテレビはBPOの審議結果を受けてのち、DHCシアターや番組制作会社とは全く関係のない自社制作で、多くの地上波番組同様に「沖縄被害者史観」に基づいた当たりさわりのない番組を放映する事なります。
全く無念に思います。


クラッシャーさんに同意します。

この数年で
「出掛けた先で急に失神して倒れていつのまにか搬送されてた」
「交通事故」
「寝ている間に後頭部を打ってパックリと皮膚が割れて起きたらカーペットに30センチの血溜りが出来てた」
自分だけでこんな経験してます(後の2件は自分で119しました)。全く情けないことながら救急隊員さんにはお世話になりました。

亡くなる直前の爺ちゃんや婆ちゃんが倒れて運ばれた時も世話になってます。
それこそ1分1秒を争う事態に「徐行せざるを得ない」状況や出動したけど「かすり傷だった」とはなんということでしょう。

『救急車をタクシー代わりに使う患者』が多いから有料化しようという論議や、昨年神奈川で起こった『毎度通報してくるお婆さんが本当に亡くなった』など様々な問題はありますが、本当に必要な人にいち速く駆け付けるための救急車です!

DHCシアターなんて、小さなネットメディアですから、管理人さんの子弟気はいちいちごもっともなのですが、クラッシャーさんの言うとおり「情報バラエティ」ですから、番組の立てつけがユルイのはしょうがないのかなと思いますよ。

それより関東の報道番組の取材の浅さと、高給取ってるはずの大手キー局の無能さのほうがはるかに批判されるべきだと思います。森友学園報道デモ、マスネディアの醜悪な部分が出て来ていて、塚本幼稚園の通園で園児を不安がらせるような行為は目に余ります。

>言っていることと、やっていることの激しい乖離が反対派の特徴

これを「良い人」がやると、「こんなに良い人がここまでやってくれてるんだ、ついて行こう」と情に厚い人達の心を掴めます。
「弱い人」が「弱者の芯の強さ」を見せながらやるのも響きます。
乖離が激しいほど現場では感情に訴えるのだと思います。
管理人さんが左翼関係記事でよく書かれる「やり方がおかしい」というのはこの人本来の善い部分から溢れてくるものを煽って飲み込む手法がとられている時が多いですね。同感です。
これをやられると、大嵐の跡に残された本来の当事者が分断され、心身ともにボロボロになるのです。社会も荒れすさみますし。
あと、こういう話題ではよく「理系の人と違ってドライに割り切れない」という表現が使われますが、決して心を無視しているのではなく、むしろよりデリケートに大切にするからこそ科学的論理的な裏付けを伴おうとする動機があるのだと私は思いながらいわゆる理系言論と向き合っています。
怒りや突出した愛情は人を動かせますが、着地点を探す際にはそれを鎮める自制が大切なのだと思います。

今回の検証番組、ラスト近くで「情報バラエティ番組が最初からこれくらいきっちりやるものなのか」について少し触れていました。
テレビ屋的には、普段と同じか数段丁寧にやったつもりだったろうに、ネタがネタだけにここまで突っ込まれた、という気分でしょう。


地上波で流されなかった事は実に歯がゆいです。

やはり、まともなテレビ局の必要性をつくづく感じます。

まず何より、NHKを解体し、さらに電波の解放が大事だと思いました。

基地反対派の救急車の悪用(あえて悪用と言わせて貰う!)にはホント、
頭に来ます。ムカつきます。

昨年ですが、大阪市内からの帰りに軽い心筋梗塞を起こしてしまい、救急車にお世話になりました。
途中下車で初めて降りる駅で不安の中、救急車の手配をなさってくれた親切な駅員さん、年末の混雑の中いち早く到着した後、適切な処置をしてくださった隊員さんたちには、今でも感謝の気持ちでいっぱいです。

>言っていることと、やっていることの激しい乖離が反対派の特徴

これ、まさにそうですよね。
沖縄在住のころは環境保護団体、反戦団体が大嫌いでした。口ではきれいごとを言っているが、やってることはなんだあれ?ってことばかりでしたからね。
「自分らの足元しっかりしてから、きれいにゴミ拾ってから何でも反対しろってんだ」と、直接文句言ったこともいい思い出?です。

沖タイが検証を検証する記事をアップしています。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170315-00088556-okinawat-oki

1番問題ある辛淑玉氏のじいさんばあさんアジテーションを「冗談交じり」とサラッと書くところが凄いです。

ふゆみさん

いえ、琉球新報は常にもっと凄いですよ。
昨日の記事では、琉球独立学会(なんと!)でのシンポジウムの参加者の意見として、「私たちの苦しみさえ、エンタメとして消費されている」ことが問題なのだと。

「被害者原理主義」でものを考え行動している人方には、異論が通じない事はもちろん、もはや事実もクソも関係ないのです。

ふゆみさん、山路さん

 タイムスは読みましたが、私たちのト-ンと真逆ですね。沖縄の新聞社はどうしてこうなのかと怒りも起こりますが、それ以上に不思議な現象のように思えますね。イスラム原理主義者が不条理なことを実行するのと同じ心理なのでしょうか? いつか「ありんくりん」さんが言われた悪霊の所為なのかとも思わざるを得ませんね。これは、一種の信仰なのかもしれません。そう考えると彼らの言論・行動のパタ-ンが見えるのではないでしょうか。 悪しき宗教から目を覚ませと言いたい。

 

沖タイが、辛淑玉氏のあの講話を「冗談交じりの呼びかけ」と言うなら自分達の書いた過去記事も冗談交じりに書いていると言うことです。
そして、あの恐ろしいのりこえねっとの動画に出てくる他の人の講話も、過激な部分は全部冗談交じりで済ませます。
テロ防止法案が通ってもこの会合は摘発対象ではないですが、今までのように2紙が連携して実行部隊を支えるわけにはいかなくなるので、わざわざ「あれは冗談」と今回ことわったのだと思いながら読みました。
まあ、福島みずほも国会で眉を吊り上げて詰問しながら「あ、ゴメン」とかボケかましてるので彼等自身ぜーんぶ冗談交じりレベルで活動してるって事になります。
一般人の感覚としては、バラエティ番組にこそ冗談交じりOK、新聞はNG、国会なんてもってのほか!なんですがね。

ueyonabaruさん

おそらく主な原因は、ながく沖縄で信じられて来た、「あやまった歴史観(左派的歴史観)」が始まりでしょう。
間違った歴史理解がまず最初にあって、そこから沖縄を相対化し、「対日本政府との関係における「被害者」である」と自己規定したのですね。
そうする事で今度は政府に対する「優位感情」が発生し、事実そのペースで政府との交渉事も有利に運んだ時期も長くあったのでした。

韓国なんかもそうですが、こうなると「麻薬」みたいなもので、この種の「旨み」を知ってしまう事でもう後戻りは出来なくなります。
(その意味で、本土や日本政府にも多少の責任はあります)
しかし、日本政府や本土の国民の皆さんだって、いつまでも沖縄を特別扱いしてくれるワケでもありませんね。
そこには自ずと「限度」ってものがあります。

なお、カードとしての「被害者意識」を捨てる事は自からの「優位性」を手放す事と同義ですから、どうしてもある事ない事総動員してでも被害者枠を広げ、もっと重度の被害者で有り続けないとなりません。
これは「未来永劫」です。
その為に必要な言説を二紙が請け負っているうちに、今度は主客転倒して二紙が県政をリードするようになりました。

また、この「被害者感情」というもの自体も非常に厄介なもので、マイノリティ主義や行き過ぎた人権論者たちの「横暴な絶対主義」と強力に結び付く事で、徐々に二紙自身が「絶対性」を帯びて来たのです。

すでにして沖縄二紙はこの身につけた「絶対性」ゆえに、「偏向新聞」などという穏やかな呼び名は不適当なくらいの狂いっぷりで、いかにニュース女子側が真摯な検証番組を作ろうと全く意味がないのですね。
話の通じるレベルは遥かに越えました。

よって、おっしゃるように「信仰」のようでもあり、「悪しき宗教」に見えたりもするのですね。


山路さん

 遅れてご意見を拝聴することとなりました。ここをご覧になるのかは分かりませんが、折角の名文への返信はせねばなりません。

 いえ、ただ一言、ご見解参考になります。ありがとうございました。

暴力云々と言うより
在日工作員が沖縄県民に成りすまして民衆を扇動し
日本の社会構造(安全保障や領有権など)を破壊しようとしてるのだから、まさしくテロです。
潜入調査した篠原章氏によるとデモ隊の約3割が在日だそうです。

「名無し」さん。このコメント欄ルールでHN「名無し」は使えません。複数発生するために識別がつかないからです。

長くなりそうなので、記事にしました。

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