国民を食わせられない国家はもはや国ではない
フランスではマクロンが63%(6時現在)の得票率で勝ったようです。
結論が出てから見ていくとして、もう少し北朝鮮の農業を考えてみましょう。
私は農業者です。一種の職業病で、国を見るときに、「農業」の眼を通して見てしまいます。
車窓からの風景も、「ああ、痩せた土地だな。オレならこの川から水を引くな」みたいなことを考えながら観光するという有り様です(笑)。
ところで、素朴な質問から始めたいと思います。国はなんの為にあるのでしょうか?
つまるところ、民草が「食う」ことが目的ではないかと私は思います。
民が食えてなんぼ、民が安定した家庭生活を営めるために、国防があり、治安機関があり、法律体系があり、そしてそれを支えるために租税システムを持つ「国家」が存在しています。
そして家庭の中心には家族が集うテーブルがあり、温かい会話と湯気をたてる食事がある、それを維持し続けるために国家の諸制度があるのであって、国を支えるために国民がいるわけではありません。
ですから、こう言い切ってかまわないと思います。国民を飢えさせる国家はいらない。
さて、いま北朝鮮はアジアのみならず、世界全体の秩序の紊乱者と化していますが、それは見方を変えれば、この国のあり方が表に出てきたにすぎないと私は思います。
上の写真は、デイリーNKが撮った北朝鮮の耕作風景です。私はこの写真が100年以上前に撮られたといわれても納得してしまうでしょう。
労役に牛が使用されていることは、まだいいとしましょう。東南アジアや台湾、沖縄の先島ではつい最近まで牛が農業に使われていましたから。
それにしても使役牛はひどい栄養状態です。あばら骨が浮きだし、もっとも筋肉がついていなければならない腰と太股周辺の肉はごっそりと脱落しています。
牛の哀しげな眼が見えるようです。そしてそれを使う農民の眼は、なにを写しているのでしょうか。
乾燥しきって小石が多そうな地味からは、施肥がまったくされていないことが伺えます。
この写真の情景はプラウ(鋤)を入れて天地返しをし、土壌に空気を送り込んでいる作業ですが、土壌診断をしてみなければわかりませんが、おそらく荒れ地とかわらない低栄養な地質ではないかと推測できます。
日本ではメタボ土の原因と批判されることが多い、硝酸態窒素や可給態リン酸といった植物が利用できる養分は欠乏し、PHもアルカリ化していそうです。
つまりは、砂漠化しているのです。
もし、満足な収穫を得ようと思うなら、プラウを入れる前段で大量の施肥が必要です。
中国もそうですが、北朝鮮にも「堆肥を積む」という伝統がないようです。その上、化学肥料も絶望的に不足しているようです。
またこの土は、致命的に渇ききっています。ここまで乾燥しているといくら種播きをしても芽がでません。
これはこの土地が長年干ばつと水害によって、豊かであるあるべき表土をはぎ取られてきた結果です。
干ばつと水害は一見逆な現象ですか、同じ原因によって生じます。
田んぼや畑を満足な灌漑システムが潤していないために、干ばつが起きます。干ばつはただ作物が枯死するだけではなく、表土が流出していきます。
植物の根がしっかりと張れば、土壌の崩壊を食い止めることができるからです。
しかし水と施肥が共に不足した死んだ土地においては、土壌もまた剥ぎ取られたようになって風で飛んでいきます。
この北朝鮮の写真の土地は、強風が吹けば砂嵐が立ち込めるはずです。
このような土地はいったん雨が多ければ、それを吸収すべき植物も土壌の団粒構造もないために保水性がなく、そのまま奔流となって畑を押し流し、村を潰しながら、川にむけて流れ込んでいくでしょう。
これが北朝鮮でひんぱんに報じられる水害の原因です。
下のハザード・マップは2016年の大水害の模様です。
「国連人道問題調整事務所(OCHA)の11日付の声明は、北朝鮮政府の発表として、豆満江沿いの地域で10万7000人が避難を余儀なくされていると述べている。また、住宅3万5500棟が被害を受け、うち69%が全壊したほか、公共の建物も8700棟が被害に遭ったという。
このほか農地1万6000ヘクタールが冠水し、少なくとも14万人が緊急支援を必要としているという」(AFP2016年09月12日)
水害は、北朝鮮を定期的に襲っていますが、特に2016年10月の大水害は建国以来最大の水害となり、ハフィントン・ポスト(2016年10月5日)はこう伝えています。
http://www.huffingtonpost.jp/lee-aeran/flooding-nuclear_b_12326006.html
「北朝鮮駐在の国連人道問題調整事務所(OCHA)が先月咸鏡北道で発生した洪水被害を「50~60年ぶりの最悪水準」だとし、北朝鮮当局に総合的な対策づくりを促した。OCHAが公開した「2016年咸鏡北道合同実査報告書」によれば「茂山郡被害世帯が5万世帯以上、延社郡と会寧市は1万~5万世帯」だという」
「今回の洪水は、金正恩政権が招いた人災中の人災である。
洪水が発生した地域は、金日成の森林開発政策の当時に千年の樹林を誇る高原地帯が裸山に化した地域。その上、この地域にある西頭水(ソドゥス)水力発電所の圓峯(ウォンボン)貯水池は老朽化し、普段から水漏れの危険が指摘されていた。そんな中、今年8月の集中豪雨で水量が急速に増し、貯水池の堤が耐えられず切れそうになると、危機感を感じた北朝鮮当局が地域住民に何ら予告もしないで(!)水門を開けて放水をしたそうだ。
一方、この地域の住民の多数は、圓峯貯水池は5回にわたって核実験が行われた豊渓里(プンゲリ)よりわずか70キロメートルの距離なので、核実験によって地盤が揺れた影響で貯水池の堤防が弱くなった可能性も否定できないと主張している」https://news.yahoo.co.jp/byline/morisayaka/20160913-00062136/
ハフィントン・ポストはキム・ジョンイル時代の森林の乱伐採と、ダムやため池の老朽化による貯水機能の喪失や核実験による地殻変動などを上げています。
それもあると思いますが、このように頻発し毎年巨大化する水害は、根本から水利・灌漑システムが崩壊しているか、そもそもそんなものは初めからなかったのどちらかだと、私は思います。
わが国と同様に山がちな北朝鮮においては、治水政策が国作りの大元になければなりません。
治水があって水利が発達し、田畑が潤い、大水から田畑や町を防ぎ、干ばつに際しては貯めた水を放出して、国民を守るのです。
北朝鮮のダム・貯水施設の大部分は「日帝」時代に作られたものです。 ちなみに「日帝」という呼称は、南北共通の「日本帝国主義」の統治時代を指します。
韓国では「日帝暗黒時代」などといわれています。
ずいぶんとひどいいわれ方ですが、皮肉にも日本統治36年間がコリア史上もっとも食糧生産が安定した時代でした。
昨日も書きましたが、「日帝」は裸山だった山を植林して雨水を涵養するところから始めました。
田んぼを作るためには、まず豊かな水が必要です。その水を蓄えるのは山の森林です。
だからこそ、遠回りに見えても山に木を植える植林が必要なのでした。
そして育った山の樹で涵養した雨水を、ダムやため池に導き、水力発電をしてエネルギー源にしたり、田畑を潤しました。
日照りの夏はため池から水を補給し、水害の時はいったんダムやため池に水を溜めて、人々の暮らしを守りました。
そしてそこに植えられたのは、日本人が苦心惨憺して作り上げた耐寒品種の「陸羽132号」でした。
残念なことに、日本人は「朝鮮」の国作りに3分の1しか力になれませんでした。
というのは、山の植林は3代、100年かかるからです。植えて初代、育てて2代、その報酬を受け取るのが3代目なのです。
治水もただ護岸を作ればいいのではなく、地域を包括するエコシステムとしてじっくり作らねばなりません。
台湾にはその時間がありました。だから八田与一氏がいまだ顕彰され続けているのです。
しかし「朝鮮」には不幸な大戦のために、農業にとってもっとも大切な持続の時間が途絶えました。
いまや「日帝」の遺産は、継承されるどころか捨て去られ、老朽化してムクロをさらすだけになっています。
この国をまともにするには、弾道ミサイルもましてや核兵器などは不要です。
農業を一からやり直すことが迂遠であっても、最良の道なのです。
いくら大量の兵士がおり、戦車があろうと、はたまた米国にまで届く原爆を持とうと「民を食わせられない」ような国家は、既に国家足り得る資格をうしなっています。
こんな国には自暴自棄の戦争すら起こす力はありません。
軍隊とは農村から引き剥がされた軍服を着た、飢えた農民でしかないからです。
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> 国民を食わせられない国家はもはや国ではない
そうですよね
> このように頻発し毎年巨大化する水害は、根本から水利・灌漑システムが崩壊しているか、そもそもそんなものは初めからなかったのどちらかだと、私は思います。
そうなんでしょうね。
> 北朝鮮のダム・貯水施設の大部分は「日帝」時代に作られたものです。
昨日も書きましたが、「日帝」は裸山だった山を植林して雨水を涵養し、ダムやため池をシステム的に配置して田畑を潤し、そこに最先端の耐寒品種の「陸羽132号」を植えることを指導しました。
李王朝はこのような水利事業をなにひとつしませんでしたから、「日帝」時代に飛躍的にコメが増産され、人口が増えたのは当然といえば当然のことです。
もう一度朝鮮を日本が支配して北朝鮮の農業を建て直ししたいぐらいですが、それは叶いません。現在の北朝鮮の支配者が一掃され、民主的な体制が樹立されることが望まれます。私にはしかし偏見かもしれませんが、朝鮮の人間には道義、道理があるのかという疑いがあるのです。国家として普遍性のある心棒のようなものがあるのかという疑いでもあります。
儒教の国だと言われますが、国家の支配をうまくするための儒教の一部分だけがこの南北朝鮮の国には残ってしまったのかもしれません。もしも仏教国であれば、日本人とも共通する道理、道義もある程度は通じる筈ですが、それが通じません。独特の主体思想なるものを編み出してしまいました。南朝鮮の親北姿勢もその主体思想なるものへの無意識の憧れかもしれませんね。
> その「日帝」の遺産は、継承されるどころか捨て去られ、老朽化してムクロをさらすだけになっています。
日本の残した遺産を生かすことが出来なかったのですね。遺産を利用し発展させてさらにインフラを整えるべきでした。その点、台湾とは正反対のような感じです。
> この国をまともにするには、弾道ミサイルもましてや核兵器などは不要です。
農業を一からやり直すことが迂遠であっても、最良の道なのです。
まさしく、そのとおり
> こんな国には自暴自棄の戦争すら起こす力はありません。
分かりませんよ。自暴自棄のミサイル発射、原爆攻撃はありうるのではないでしょうか。私は心配しております。
投稿: ueyonabaru | 2017年5月 8日 (月) 11時01分
彼の地の水害、記事の通りなのだと思います。
中国内陸部でも同じような表土むき出しの荒地や水害問題がありますが、独裁政権下で、現場からの改革が不可能なのが、良い里の復活チャンスをゼロにしています。
民を食わせてこその国家。これは日本的な美徳から溢れ出た言葉ですね。古くは万葉集にカマドの煙や稲穂の実りを思う大王の歌があった。そして海に囲まれ水と四季に恵まれた島国だからこそ、工夫によってそれが成されやすかった。
大陸内で、簒奪を繰り返す土地では工夫する分野かまた違うのでは。
半島では、恩恵を受けた治水や指導を育て続ける事に、同じ島国の台湾のように価値を見出せなかったのかと私は個人的に思っています。
投稿: ふゆみ | 2017年5月 8日 (月) 17時26分
台湾との最大の違いは中国との関係でしょうね。
大国の権威の傘に被っている事をいい事に目茶苦茶な治世をし続けた北朝鮮と、中国と敵対していたからこそ独自に研鑽を続ける必要があった台湾。
半世紀でこれほどまでに差が開くとは。
投稿: しゅりんちゅ | 2017年5月 8日 (月) 23時00分
大陸の半島部と島国である台湾が両者の違いを生んだというふゆみさんのお考え、頷けます。
本土大手の会社(沖縄支店)のパ-トの外国人の方々では、仏教国の出身の方々が真面目であり窃盗など少ないということです。仏教に培われた倫理感が影響していると私は思いました。
投稿: ueyonabaru | 2017年5月 9日 (火) 01時49分
加筆されているのを拝読しました。
>台湾にはその時間がありました。
36年と50年、100年と比べてそんなに違わないと一瞬思いましたが、ここでの15年は2世代目が恩恵を見ながら成人し子供を作るかもしれない重要な折り返し点ですね。納得です。
これプラス朝鮮戦争の有る無しで決定的に違ったのかと、ひとりごちました。
投稿: ふゆみ | 2017年5月 9日 (火) 18時25分