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伊勢佐木ローズ氏の返信コメント その1

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北朝鮮が弾道ミサイルを発射しました。これで一気に状況が混沌としてきました。それについては別途記事にします。 

伊勢佐木ローズ氏から、皆さまの投稿に対する返信コメントを頂戴しました。 

長文ですので、2回分載の記事枠で掲載させていただきます。 

コメントを寄せられた皆さま、そして伊勢佐木氏に感謝いたします。 

                  ~~~~~~~~

                                        伊勢佐木ローズ 

今回の私の拙い投稿で、ブログ主様もコメントを寄せられる方々も、つねに質の高い
議論を心がけておられることが、あらためてよくわかりました。
 

皆様のご意見、ご指摘に深謝致します。

お一人お一人に返信を差し上げるべきところですが、話が散漫になってしまう恐れがありますので、論点を「我那覇真子さんの活動」と「自由民主主義」に整理した上でまとめて返信させていただきます。失礼をお許し下さい。

1.我那覇真子さんの活動について
真子さんの活動には、私も共感を抱いてきました。だからこそ、最近の「脱線」が大
いに気になっているのです。

真子さんがおじいさま、お父上の影響下に活動を始められ、現在もお父上のお考えを
何よりも尊重しながら発言されていることは承知しています。
 

だからといって、彼女がたんなる「操り人形」だとは思いません。真子さんという個性的な演者がいなければ、お父上のお考えも埋もれるだけだったでしょう。

逆にいえば、真子さんにも、運動の先頭に立つリーダーとしての強い自覚がもっと必
要だということになります。
 

政治的な理念や思想への真子さんの理解、政治・社会・経済の現状に対する真子さんの認識などは、まだ発展途上だとお察ししますので、不足する点は補って頂きながら、今後も活動を続けて頂きたいと願っています。

私がいちばん懸念するのは、真子さんが初心を忘れることだと思います。
 

真子さんは沖縄県民の声なき声を体現する方だと思います。 

私たちは、沖縄という足元をしっかり見つめながら、日本全国や世界に向けて発信していく彼女の姿に感銘を受けたのです。 

在日問題や慰安婦問題を取り組みの主題にしてしまうと、沖縄の抱える問題が霞んでしまいます。 

真子さんには在日や慰安婦を語る資格がない、といっているのではありませんが、こうした問題を主題とするには、直感力だけでなく、問題の背景や現状を知る努力と想像力が必要です。 

真子さんの発言は、あくまで「直感」に留まっているように見えます。在日にも慰安婦にも、沖縄の基地問題とはまた異なる根の深さと広がりがあります。そのことをまず認識して頂きたいと願っているのです。

横須賀ヨーコさんは厳しいご意見を書きこまれましたが、かなり本質的なところを突いていると思います。
 

小林よしのりさんによって「全体主義の島」と批判された沖縄の同調圧力は、真子さんなどの活動でかなり知られるようになってきました。 

真子さんは「自分たちの活動を次の段階に進めなければならない」とお考えの上で、在日や慰安婦を持ちだしたのかもしれませんが、あくまで同調圧力の現状が知らるようになっ
ただけであって、同調圧力が弱まったわけではありません。
 

今、知事選があっても翁長さんがまた当選する可能性は高いと思います。一人でも多くの県民が「同調圧力」を跳ね返す行動に出なければいけないのに、それぞれの地域や職場で声を挙げる人は稀です。 

「真子さんさえいれば闘える」「真子さんを先頭に立てていれば安心」というものではありません。

来たるべき選挙はもちろん大事ですが、日常の暮らしのなかに、個人個人が政治的な
意思を表明する場を地道につくっていかなければ、自由と民主主義はなかなか守れま
せん。

そこで思い起こすのは金城テルさんの活動です。
 

テルさんは、市長時代の翁長さんの
施策に疑問を持ち、義憤に駆られて龍柱建造問題と孔子廟移設問題に取り組み、孔子
廟移設問題では那覇市を相手に裁判で闘っています。
 

6月15日に福岡高裁那覇支部(多見谷裁判長)の判決が予定されていますが、公有地を無償で久米崇聖会(孔子廟の運営団体)に貸与した那覇市の行政行為を不当として訴えたこの裁判は、「政治と宗教の分離」を争う憲法裁判(日本国憲法第20条および第89条違反)の性格を帯びつつあります。

真子さんもテルさんの活動にはエールを送っていますが、事実上、テルさんと大阪の徳永信一弁護士が原告として孤軍奮闘しています。
 

テルさんのような活動を皆で支えることこそ、基地問題をめぐる偏った言論を是正する力となり、沖縄の政治と社会経済の改善につながると思いますが、「正す会」としての応援は限られているようで、そのことがとても残念です。 

沖縄にも、組織的な言論封殺や社会的不正と闘おうという志を持った方は何人もいらっしゃると思います。そうした方々に勇気と刺激をもたらし、背中を押すような活動が真子さんに求められていると思います。

コメント欄にはまた、真子さんとSEALDs(シールズ)を比較しながら語る方々もいらっしゃいました。
 

SEALDsは、「自由と民主主義を守るための運動」を自称していた団体です。私は、若者たちがSEALDsのような活動をすること自体に違和感を抱いたことはありません。

むしろこうした団体が出てくるのは、少し遅すぎたぐらいだと思いました。

正直にいいますと、彼らにはまったく期待しませんでした。が、若者たちが政治や社会のことを考えるきっかけになれば、それでいいと思っていました。
 

ただ、その活動方針を読むと、(古くさい言い方ですが)「進歩的知識人」の敷いたレールの上を走っているだけ、という印象でした。 

最初の一歩から、新鮮さはまるでありませんでした。

ところが、朝日、毎日、東京などの「おやじメディア」と「おやじメディアで活躍する識者」は、SEALDsを熱心に応援しました。
 

その現象を見て、「溺れる者は藁をもつかむ」という喩えを想いだしましたが、結局はたんなるパフォーマンスで終わりました。SEALDsは何の遺産も遺さなかったと思います。

私は、真子さんの活動のほうが、SEALDsより意義深いと思っていますが、真子さんという「ジャンヌ・ダルク」に依存しすぎる現状には懸念を抱いています。
 

守備範囲を広げようとする真子さんの最近の言動にも不安を感じます。もう一度初心に戻って、
沖縄の問題に専心して頂きたいと切に願うばかりです。
 

                                                (続く)

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コメント

 私にしても、我那覇氏と同じ時間と状況で中華街を歩いていたら、「漠たる不安」めいた思いを感じていたと思うのです。
ですが「平和ボケした~云々」というような発信は決してしないし、そういうフレーズが頭に浮かぶ事もないですね。
 この事を伊勢佐木氏はある意味「民主主義感覚の欠如」のように言われ、それはそれで納得のいく大事な指摘と思います。
 ただ私が感じたのはもっと別の事で、例えば20年も前に日本会議の行事に参加した時に感じた違和感、「保守エリート主義」的な優越性というか、類似の「臭み」を強く感じたのですね。
これがどこから来て、どのように我那覇氏の身に成ったのか、そこが不可解に思うところです。

 それと、政治史的に「自民党」が戦後保守である事には、もはや異論を持つ人は少ないでしょうが、我那覇氏らはそもそも戦後のそれを思想的・伝統的な「真の保守」とは見ていず、だから有効なアドバイスとはなり得ないと思うのです。
(むしろ自民党の戦後の在り方を、「敵視」さえしていると思います)
 だからと言って、我那覇氏らはもともと「保守」に戦前と戦後の区別をつけていないのだから、これをして「戦前回帰」と言って切って捨てる事も出来ないと思うのです。
 そうした我那覇氏の思想としての「保守運動」を注意深く洞察すべきところなのでしょうが、にもかかわらず我那覇氏自らから、それがどういうものであるか全然発信もなく明らかにせず、二紙批判から「なし崩し的」に流れて行ってしまったところに混乱の原因があるのだと考えますね。
 もっとも、私は運動の中身の当否は別として、元々我那覇氏にそれを期待をしておらなっかったのですが。

 若い女性であると否とにかかわらず「運動」のリーダーたる者には「大義」が必要不可欠で、そこから大衆に響く強い主張が生まれるのだと思うし、リーダーにはそういうものが生起せざるを得なかった生活体験や、強烈な原体験といったものがあるはずだと思うのです。
 言葉や態度の毅然さとはうらはらに、我那覇氏の現実の生活や「原体験」といった面からは、さほどの強さは伺えず、かと言って、それに変わり得る「苦悩し、考え続けた長い時間」もありません。
 してみると、(これは不適切なものの言い方かも知れませんが)「上位自我」と言ったようなものの存在を考えざるを得ないと思うのです。
また、そこには民族主義的な側面がもともとあって、そうした一連の行動の結果となったものと見ております。

投稿: 山路 敬介(宮古) | 2017年5月15日 (月) 09時43分

山路さん

日本会議メンバーには「保守エリートとしての優越感」があるというご指摘には納得しました。「保守エリートとしての優越感」を得るために日本会議に参加した人たちが多いというべきかもしれません。

もっとも、昔なら「市民運動」のスタイルを真似ること自体が、保守の人間には許しがたく感じられたと思います。その拘りを捨てて市民運動のスタイルを採り入れ、「草の根保守」として地道に活動してきたことが拡大の要因だと思います。しかし、結局は「保守エリート臭」が鼻につくだけで、現実を的確に捉え、創造的な提案ができるメンバーとなると、ほんとうに少数だと思います。

我那覇真子さんの持っている「脆さ」のご指摘もよくわかります。
「5年後、10年後の自分」に対する我那覇さん自身の目配りが欠けていいると感じています。どこかで息切れしてしまうのではないか、という不安は最初からありましたが、ちょっと早すぎますね。

沖縄における保守運動の「進化」に期待していますが、なかなか進化のきっかけが得られない現状に、ちょっとイライラする昨今です。

投稿: 伊勢佐木ローズ | 2017年5月15日 (月) 10時45分

「キーセン像」への対応も全然出来ていないうち又、次の「強制徴用の労働者像」が作られるそーで、困ったものです

「これらにどう対処するのか」を、論じ合った方が(此処で)リアリティーがありますが・・・如何でしょうか。

投稿: amai yookan | 2017年5月15日 (月) 12時46分

 ジャンヌダルク擁護論を再度致します。ジャンヌはまだ勉強中の身であることはご本人も承知しているでしょうよ。ですから、過度の期待もしてはいけないでしょうが、彼女の将来をあまり心配し過ぎるのも良くないと思いますよ。彼女は倒れても必ず立ち上がるでしょう。彼女はジャンヌダルクですから、あくまでも祖国のために今後ともまい進してもらいましょう。また、彼女には我々の予想以上に強いものが内部にはあるのかもしれませんね。期待しましょう。

 戦線を広げるということは、戦術としてまずいでしょうね。しかし、従軍慰安婦問題や南京事件などは国家的な問題ですから、これに言及し運動してゆくのはいたしかたありません。国連に乗り込んでいき、慰安婦はプロパガンダと宣言するあたり、なかなかのものであり、彼女はもはや凡人ではありません。偉人です。県民の一人として誇りに思います。

 沖縄にはもう一人、年老いてはいますがジャンヌダルクがおりますね。金城テルさんです。地道な裁判闘争を現在継続しております。これに対しては、我々も資金提供をするなど協力していかねばならないと思いますね。

 左翼の団体運動の精神を私たちも見習わねばなりませんね。協力の精神です。それには、資金的支援がまず第一歩だと思っております。

 真子さんは渡辺昇一氏を尊敬しております。ですから、基本的に大きな思想的な失敗はないのでないでしょうか。しかし、運動というのは少なからず軋轢のあるものであり困難が伴います。色々ご苦労はあると思いますので、めげず、前進していってもらいたいな。
ジャンヌよ前へ進め!

  

 

投稿: ueyonabaru | 2017年5月15日 (月) 14時24分

ジャンヌダルクは前半神がかりで突き進み仕えた王に裏切られて死に、名誉回復したのは随分後ですので、味方が前に押し出す時にあんまり目出度くないと、私は思います。
このジャンヌの事は裏切らないよと年長者が支えるという意味で書かれているのでしょうか?

投稿: ふゆみ | 2017年5月15日 (月) 15時24分

連投すみません、あと我那覇真子さんは国連人権委で琉球独立のカウンタースピーチをした際にも慰安婦もプロパカンダだと言ってたのですか?
私が探しても「我々は先住民ではない」というカウンタースピーチの部分しか見つけられません。
それとも最近またどこかへ行って喋り、それからキーセン像建立運動を始めたのですか?

投稿: ふゆみ | 2017年5月15日 (月) 15時42分

ふゆみさん

 私の間違いでした。沖縄は植民地で差別されていると知事が言ったことに対し、プロパガンダであると反論したのでしたね。すみませんでした。混同がありました。

 ジャンヌダルクのような悲劇を招きたくありません。フランスを救ったジャンヌダルクが好きなだけです。

 ふゆみさん、真子さんはキーセン像建立運動をしているのでしょうか? わたしはそのようなことはないのだろうという理解でしたが、どうなんでしょう。あまり建設的な運動だとは思えませんね。もしも、キーセン像が、皮肉やユ-モア性のあるものであれば良いとは思うのですがね。

 ただ、彼女のお父さんがいう、「一度流布された悪いウワサはもう取り消しできない」という言葉は非常に気になるものでした。フト、新しい慰安婦像を造る必要があるのだろうか思ったのは事実でした。彼女のお父様の意見では、イメ-ジに対しては、新しいイメ-ジで対抗するしかないという方法論を言っておられましたね。

 面倒なことではありますが、コツコツと反論を重ねる作業は今後とも続けるべきだと思っているところではあります。

投稿: ueyonabaru | 2017年5月15日 (月) 16時25分

5/12の伊勢佐木ローズさんの記事中に出てきます。
>最近の真子さんは、韓国人グループが 各地に設置している慰安婦少女像に対抗して、アンチ慰安婦像を建てる運動を始めました。

>「虚偽の慰安婦像には真実の妓生像で対抗するべきでしょう。悪貨は良貨によって駆 逐される」(真子さんの4月27日のツイート)  https://twitter.com/ganaha_masako/status/857599476583718912

これに全くユーモアも前向きな日本らしさも、また大高氏が本を出したような力のある本道っぷりも、それに沢山の支持者が湧き出る予感も、感じないと書いてきました。そんなもん、外から見たら「日韓が兄弟よろしくキモい像建立競争」と書き立てられるのがおちです。
その時に「全然意味が違うよ!この像はね」なんて説明をするのでしょうか。その時こそが弁論チャンスだと思っているのでしょうか。

私達が何か作って置くなら、あの座ってる子の像の横にある嘘の石碑を書き直した石碑をどんどん作って、彼らが言ってる「有史以来の可哀想な人事売買を忘れない」ところから日本の嘘の数字を取り消させることです。
人事売買や人さらいにユーモアはそぐわないです。

投稿: ふゆみ | 2017年5月15日 (月) 16時59分

伊勢佐木さんが、
「どこかで息切れしてしまうのではないか、という不安は最初からありましたが、ちょっと早すぎます」
というのはその通りで、ホントに残念です。
ただですね、ueyonabaruさんには大変申し訳ないですが率直に言って、私には沖縄保守運動のメルクマールとしての我那覇さんを信用しきれないのですよ。
 
例えばですね、「ニュース女子問題の本質」ってなんでしょうか?
 これはすでに伊勢佐木氏が明らかにしたところですが、いくつかのやり取りが進行するにつれ、より具体的に問題の「核」があらわになって来たワケですよ。
 もはや最大の問題点は、MXテレビが「制作会社がせっかく作った優れた検証番組をオンエアーしない事」に突き当たるのであって、そこを指摘・糾弾しない「運動」など意味がないと思うのです。
 これについては「MXテレビとBPOの妥協」、「MXテレビとDHCシアターの妥協」が、原因としてそれぞれ存在します。
 我那覇氏側とすればDHCは潜在的な味方なので、この関係からも妥協を余儀なくされていたのが現状なのですよ。
 結局は資本の理論に取り込まれた「打算」と言ってもいい十分に大人的な態度を示したにすぎず、我那覇氏の「純粋性のイメージ」を覆す対応だったと思います。
 それだけでなく、その事で我那覇氏側の問題はさらに増幅していて、そういう内在した問題点の存在を、つぶさに我々会員に知らしめない事に非常な疑念を感じるのです。
これでは沖縄の新聞の批判は出来ないのではないでしょうか。
また、ここを解決しない憾みはMX問題の行く末をも決定付けたと思うのです。

 率直に言いますが、MX問題においては番組批判側(=辛淑玉氏側)の優勢勝ちです。
 辛淑玉氏側には質問状に回答もしない不誠実もあり、我那覇氏はそれを事ある毎に訴えますが、辛淑玉氏側は争いの最初からメインストリームメディアしか相手にしない作戦に出ているので、まったく痛痒を感じる事のない「フリ」が出来てしまっています。
 つまり、我那覇氏側を「沖縄県民の中の異端」として降ろしてしまう事に、やや成功したのです。

 ただ、MXテレビやDHCシアターに関する妥協も、ここまでは長期戦略的に「回り道」しかなかった、と考える事もできます。
 ですけれどそうした状況でありまがら、さらに返す刀で「沖縄で朝鮮人が~」とか、「慰安婦問題が~云々」と言われても、これはもうどうしようもありません。
 いずれかの地点でも、もっと他にやりようは十分にあったのです。

 それは確かに、沖縄自民党など大した力にもならないかも知れません。
たくさん裏切られて来ましたから。
ですが、いまだに県民の4割近くは自民党に投票するのだし、政府とのパイプも再び太くなっています。
石垣市の戸板市議らとした活動も、「今は昔」となりました。
周囲から「保守反動」と見られる事のないよう、再出発すべきだなのだと考えます。


投稿: 山路 敬介(宮古) | 2017年5月15日 (月) 18時41分

ueyonabaru さん。そのうち記事でまとめようと思っていたのですが、キーセン像についてひとこと。

あんなものを作ったら日本は韓国と同類にされます。
私は日本人からの目ではなく、あえて外国人の目でこの事件をみるほうがいいとおもっています。
それは既に欧米や国連に慰安婦問題が持ち出され、国際的な日本ディスカウントになってしまっているからです。

大変に悔しいことですが、韓国は正しい間違っているのレベルではなく、やり方としては「成功」しています。

それは情緒に訴える言葉を超えた訴求方法が成功したからです。
可憐な「少女像」とすることで、いたいけな少女まで毒牙にかけたと視覚的に訴え、暴力的に強制連行されたとマンガや映画で訴える方法が成功したのです。

それゆえ、このプロパガンダを見た99%の外国人は、告発側の韓国の言い分を丸飲みしてしまいした。

その上に数々の「証言」が厚みを増しました。日本人慰安婦も存命なさっているはずですが、韓国以外で自分が娼婦だったと自ら名乗る老婆など考えられもしません。
外国人はここまで勇気を奮ってカミングアウトするなら、証言は事実だったと思って当然です。

ですから、日本側の反証は残念ですがまったく読まれることはありません。
一顧だにされていないのが現状です。
これが現実です。

そんな状況で、よくも悪しくも首相の提唱で日韓合意が成りました。この合意で、首相は禍根をのこさないための政治判断で、事実を一部認めて謝罪しています。
つまり今後も事実を検証していかねばならないにせよ、これ以上延長戦をする余地は限りなく狭いということです。

しかも、今は既に日韓合意がなされたあとで、韓国がそれを反故にしようと企んでいる時期です。
こんな時期に慰安婦像の横にあんなものを建てたら道化です。考えるだけでゾッとします。

いま、わが国が取るべき態度は徹底的に韓国ムン政権を突き放すことです。
なんなら朝鮮有事を人質にして、日韓合意の速やかな履行を求めてもいいくらいです。(現実にはすべきではありませんから、念のため)
あくまでも紳士的に、しかし徹底して冷やかに。こういう態度をとって始めて「皮肉とユーモア」がいきるのではないでしょうか。

距離をあけるべき時に、相手の土俵で同じようなピエロを演じたらどうなるのだということです。
ueyonabaru さんの我那覇さんを大事にしたい気持ちは痛いほど理解できますし、慰安婦問題で怒りを感じているのは私も同じです。
それはいままで多くの記事で書いてきました。
私も我那覇を今後も応援しますが、もっと勉強して広い視野をもって欲しいと思います。
まだ充分に若いのでリカバリーはいくらでもできるのではないでしょうか。


投稿: 管理人 | 2017年5月16日 (火) 05時35分


 おっしゃるとおり、反慰安婦像、やらない方がよさそうです。コツコツと反論してゆくべきですね。真子さんも私もお父さんも盛り上がる性格があるようです。反省。

投稿: ueyonabaru | 2017年5月16日 (火) 07時25分


「慰安婦像=キーセン像の根っこがグラついてきた」よーですよ。悪だくみの張本人達が慌てているよーです
    ↓    ↓
http://blog.goo.ne.jp/taezaki160925

なにか、うまい手は(再利用する?)無いでしょーかね

投稿: amai yookan | 2017年5月16日 (火) 08時35分

大高未貴著『父の謝罪碑を撤去します』産経新聞出版、6月2日発売予定
これの前記事ですね。発売を楽しみにしています。
これに、ウダウダと半島侮蔑の垢を塗りたくらずに、韓国以外に在る既存の慰安婦像の碑文書き換え活動をするといいと思います。史実と今回でた外交青書と書き換えの指定まで作っておいて、
撤去してください→そんな事したら性奴隷を肯定する事になるし歴史の書き換えだ→史実はこうです。反している部分はここです。ここをこう変えて欲しい。世界の男女差別や性被害や人身売買を悼む気持ちは損なわない。ウソが混じり込んでいる方が余計に本質を損うのだ。
これ位がスタート地点です。そこから交渉して、筋か通っていれば、碑文の嘘は削れるでしょう。
作った韓国人への憎しみとか侮蔑の気持ちとか、あざ笑う態度とか、そんなものを交渉相手に伝えてみせる必要は一切なく、むしろ撤去への道を遠ざけます。
あの座ってる子の像が、純粋に、現代にもある幼な子の人身売買や奴隷化した売春反対像になるような美しい碑文を保守作家が作文すれば良いです。

投稿: ふゆみ | 2017年5月16日 (火) 13時27分

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