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2017年7月23日 (日)

日曜雑感  経済が成長することを止めた時、人を殺す

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昨日、炎天下にあぶられながら仕事をしていたら、みごと熱中症もどき。沖縄でやって以来、ひさびさにぶっ倒れました。

車でいえば、ラジエーターからモーモーと煙を吐いているってかんじでしょうか。

立っていられなくなって、炎天下にガタガタ震えがくるってかんじで、体内の熱がシャワーを浴びるていどでは引いていきません。

こうなったら、塩をなめながらら水をがぶ飲みして、水に漬かるしかありません。

もう若くねぇなと思っていたら、こんなことを上野千鶴子氏が書いていたことを思い出しました。

平等に貧しくなろう 社会学者・東京大名誉教授 上野千鶴子さん

「日本は人口減少と衰退を引き受けるべきです。平和に衰退していく社会のモデルになればいい。一億人維持とか、国内総生産(GDP)六百兆円とかの妄想は捨てて、現実に向き合う。
ただ、上り坂より下り坂は難しい。どう犠牲者を出さずに軟着陸するか。日本の場合、みんな平等に、緩やかに貧しくなっていけばいい。国民負担率を増やし、再分配機能を強化する。つまり社会民主主義的な方向です。ところが、日本には本当の社会民主政党がない」(中日新聞2017年2月11日)

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なかなかスゴイいことをいいますなぁ、この人。

日本は少子化による人口減少によって衰退の一途を辿るから、みんな揃って貧しくなろう、ということのようです。

私は初級ジジィですから言っていいと思いますが、なにを勘違いしているんだこのバァさん。

典型的なゼロ成長論です。このテの人たちは、「成長しないであろう」という予測にとどまらず、むしろ「成長は悪だ」くらいの言い方をよくします。

その理由に原発をつけたり、少子化がついたりするだけで、中身は一緒です。

上野氏は1948年生れで今69か70歳ですから、高度成長の恩恵はたっぷりと受け取っている世代です。

小学校時代は、公共広告機構が「ライバルは1964年」なんて妙な褒めそやし方をしている、経済絶頂期。

空気や川は汚れ放題でしたが、ガキもうじゃうじゃいて、賃金は右肩上がり。

で、大きくなればまだまだ続く高度成長。そしてこの世代が管理職になったあたりであのバブルという壮大なキンキラ時代を満喫するわけです。

そしてそのツケを私たち後の世代に回して、退職金と年金、その上に企業年金まで満額もらって楽隠居。

そんな世代が「もう成長はしない」とか、「成長することは地球環境にとって害」みたいなことを平気で言うのを聞いていると、うんざりまします。

下図の年代別の政権に要求することをみると、「景気回復」が圧倒的に多いのが分かります。

これからの社会を支える青年層は当然のこととして、就職氷河期を痛いほど体験してきた30代から40代もまた、景気回復こそが日本国民最大の願望なのです。

Photohttp://saigaijyouhou.com/blog-entry-3979.html

安倍政権は消費増税という手痛い失敗をしました(あれをしなければ、とうにデフレ脱却は完了していたはずですから)が、基本において「景気回復」を軌道に乗せようとしています。

それこそがこの政権の最大の支持理由なはずで、右左のイデオロギーはスパイスていどのことで、本来は無視していいくらいなのです。

それを見ない脱成長論は、文明論に形を変えたただの「世代エゴ」にすぎません。

自分の世代は満喫して、その上に乗ってたぶん日本の歴史上もっとも豊かな老齢期を迎えている世代が後の世代に向かって、「オレたちの世代で成長はオシマイ。若い奴らはつましく清貧で生きろ」はないでしょうよ。

上野ばぁちゃんの言うように、「平等に、緩やかに貧しくなっていく」ならば、今の再分配の構造自体を変えろということですから、まずは魁より始めよで、自分たちの年金の何割かを自主返還しなさい、って。

今この人たちの多すぎる人口を、少子化の若者が支えているわけですから、そのていどやってもバチはあたりません。

人間はあってあたり前だと思ってきた既得権をヒッペがされるのが、なによりもイヤですから抵抗はあるでしょう。

共産党は、「アベの老人福祉切り捨てをゆるさないゾ」とデモのひとつもするでしょうし、上野氏がいう「平等に貧しくなる」ためには、国がバサバサと高齢者向け福祉を切らねば実現しないのです。

既得権益もバサバサ切らねばダメでしょうから、小泉氏が言っていた「聖域なき構造改革」が実現せねばなりません。

となると、獣医学部ひとつ新設したくらいで、わーわー言うなと言うことになります。

いったんこうやってまっサラな「平等社会」を実現してから(ゾッとしますが)、おもむろにそこから新たな再分配を考えていかねばなりません。

一種の社会主義革命です。

しかしおかしなことには、この人たちは規制緩和は大反対ですし、福祉の縮小にはもっと反対です。

つまりは自分たちの分け前は自分のもの、オレたちの世代があの世に行ってから「平等に、穏やかに貧しく」なれ、ということになりますね(笑)。

成長の果実はみんな自分たちの世代が食ったから、この残りを若い連中が平等に分配してくれという、まことに虫がいい考え方です。

つまりは「脱成長論」とは、このような世代エゴの変形なのです。

成長しなければ国は滅びます。

デフレが若い人たちの間に失業者と自殺者を増やし、内向きの時代を作ってきたのは、データからも明らかです。

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上のグラフは宮崎哲弥氏のものですが、年平均完全失業率と経済・社会生活を原因とする自殺者数の推移が正の相関関係にあることが分かります。 

宮崎氏によれば、「自殺者数が増加する。逆に、失業率を下げると自殺者数も減少し、両変数の差分を計算した相関係数は0.74」だそうです。

時系列で見れば、1990年からの26年間ピークは2003年と2009年だとわかります。
 
そして宮崎氏は現在の自殺者数が、1998年から1999年と同じだということを指摘します。
 
1998年は日本経済にとって、忘れ得ぬ地獄の釜を開けた年となりました。

下図は橋本龍太郎政権が、15年前の1997年に消費税増税増税時した前後の自殺者数推移を見たグラフです。 

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消費税増税の翌年の1998年にご注目ください。自殺者が急増します。 

1997年には年間約2万4千人だったものが、翌年には約3万3千人にと、なんと1万人もの増加します。 

覚えておいて下さい。消費税増税した翌年に日本は世界有数の自殺者を出す国になったのです。 

分水嶺とでもいうべき3万人の大台を突破した年が、この1998年なのです。

それに追い打ちをかけるように2003年はITバブル崩壊が開始され、2009年は全世界を覆ったリーマンショックが始まります。
そしてやがて、白川日銀のデフレ・円高容認政策が始まります。
白川総裁について、浜田宏一イェール大学教授はこう書いています。http://gendai.ismedia.jp/articles/-/34584

「日銀流理論」と、世界に通用する一般的な(そして歴史ある)金融論、マクロ経済政策との間には、大きな溝がある。その結果としてもたらされたのは、国民生活の困窮だ。とりわけ高校・大学の新規卒業者の就職率が大きく落ち込んでいることは深刻な問題である。経済問題は、庶民の生活、その原点から考えていかなくてはならないのだ。
〈若者の就職先がないことは、雇用の不足により単に現在の日本の生産力が失われるだけではありません。希望に満ちて就職市場に入ってきた若者の意欲をそぎ、学習による人的能力の蓄積、発展を阻害します。日本経済の活力がますます失われてゆきます〉」

 
こうしてわが国は、永遠に抜け出せないかにみえたデフレのトンネルを走り続けることになります。 

関口宏翁(73歳)の言うように「若者は安定よりも変化を求めるべきではないか」なんて、「青年層の保守化」を嘆いてみせても、そりゃあんたの世代から「変化」をもとめてくれ、と言いましょう。

経済が成長することを止めた時、若者の未来を奪い、人を殺すのです。

■写真 あくびをする千代丸。今場所はただのデブから、つよいデブになりました。

 

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コメント

 経済が縮小して行く中では、一番に「ワリを食う」のは弱者と低所得者なんですよね。
 
 「みんな平等に、緩やかに貧しくなっていく」方法なんて有り得ません。
たとえ「社会民主主義体制」を確立しても、です。

 

こんなのが東大名誉教授ですからね、、

私はこの人以外だと安倍政権を経済政策で支持する人を”愚民”と言った内田樹と白井聡には呆れて物が言えません!

松尾匡も言っていますが、デフレ不況時は若者のカロリーの摂取量が減っているんですよね、文字通りデフレ不況は人を殺すんですよ
内田先生は金があってうなぎ食べてるからそんなこと言えるんでしょうなあ

かつて辺野古移設を「強姦を金で解決したようなもの」「沖縄の心を金で売るのか」と吐き捨てた方は言う事が違いますね。
そのお金を元に沖縄経済は回復へ向かい、この人が擁護する弱い立場の人々の助けとなっている点はまったくもってして皮肉としか言いようがありません。

この人の展開する税負担を重くして社会保障を充実すると言う考えも高額所得者や企業が税率の低い海外へ移るのを促進するだけではないかとしか思えてなりません。
老化と一緒で諦めた瞬間に人も国も一気に衰えていきます、未来がない国に投資なんてするお人よしなんてこの世界にはいません。

大学受験動向も景気の影響を受けます。デフレ状態で景気が悪い時は「理高文低」、景気が良い状態の時は「文高理低」となるようです。景気が悪い時は「手に職(特に資格職)」を持つ理系が人気となるのでしょう。ここ2年、文系人気が回復し、理系は高い人気を維持していた医学部でもわずかですが志願者数が減っています。

もっとも、地方と大都市圏ではわけて考えなければならないようですが。

http://edu.career-tasu.jp/p/contents/exam/interview/
http://sidaiigakubu.com/examguide/yasuda/2017%E5%B9%B4%E5%85%A5%E8%A9%A6%E3%81%A7%E5%8C%BB%E5%AD%A6%E9%83%A8%E4%BA%BA%E6%B0%97%E3%81%AF%E3%81%A9%E3%81%86%E3%81%AA%E3%82%8B%E3%81%8B

様々な指標が緩やかながらも景気が回復、少なくともデフレ真っ只中の頃よりはマシ、という状況を示していると思います。

なぜメディア(あとお抱えの識者とやら)はひたすら政権批判に結びつけるばかりで、少しでも日本を明るくしようという提案(これは期待するだけ無理か)や報道ができないのでしょうか。国民総不幸状態を望んでいるようにすら見えます。

経済なんてサッパリな私にもsnsnさんの寄稿文は大変わかりやすかったです。管理人や皆様のコメントも相変わらず大変参考になりました。有難うございます。

97年からの自殺者増に関しては消費税云々よりバブル期中半~末期にローンを組んだ世代の影響が大きいと思いますよ。バブル期にローンを組んで自宅orマンション買う(バブル末期で値段も金利も高い)→バブル崩壊→当時のローンは契約後10年以降支払い額や金利が大幅に上がるモノが多かったがリストラや賃金カットで払えない、更に売っても地下下落のスピードが早すぎて売れない&全く足りない。当時コレで苦しんだ人沢山いましたし、この少し前には資産価値より多い相続税かけられるとか笑えない事態まで起こってました。

以前経済成長不要論に対する反論を書いてみたことがあるので、ここに貼らせて頂きます。


経済成長と失業率
よく朝日新聞あたりが吹きまくるトンデモ説に「経済成長不要論」があります。
経済成長は必要なくて分配をやり直すだけで丸く収まるというものです。

詳しくは宮崎哲弥氏あたりが反論してくれるでしょうが、なかなか不要論で凝り固まった頭には届きそうにない。


経済成長不要論への分かりやすい反論はないか考えてみると失業率がありました。
単純に考えると失業率が改善されて今まで職がなかった人々が働き始めるとその人々に収入が入ります。その分否応なくGDPが増加する・・・つまり結果的に経済成長するわけで、経済成長が不要だと言うのなら失業率が改善されなくていいと言っているのに等しいことになります。
もう一つ言えば経済学的には特に意識しなくても生産活動の上では年率2%くらい生産性が上がるのだそうです。別に必死で働かなくても人は自然に上達するからだと考えられています。ということは他の条件が同じなら自動的に年率2%程度は経済成長することになるのです。

オークンの法則
経済学にはオークンの法則というのがあって、簡単に言うと経済成長率が高いと失業率が低いのだそうです。普通に考えて当然といえば当然です。経済成長率が高いということは景気がいいということで、景気が良ければ仕事がいっぱいで失業者は職場に吸収され失業率は下がるということになります。アタリマエのことですね。

ただ多少の問題は21世紀になってからオークンの法則がなかなか当てはまらなくなっているようです。まぁそれでも景気が悪くなると(つまると経済成長率が下がると)テキメンに失業率は悪化するでしょう。

失業率が悪化すると(言うまでもないことですが)社会には自殺・犯罪・うつ病・一家離散などありとあらゆる不幸や災厄がマンエンすることになります。

それでも「経済成長なんか必要ない」と言えるでしょうか?

 上野さんのように経済成長を否定する方々は結構多いですよね。榊原氏(ミスタ-円)もそのような感じがあります。金儲けに勤しまなくても、デフレの落ち着いた雰囲気の中で暮らすのも悪くないということを言っておりましたね。下山の思想という言葉もありました。日本人の多くには、清貧の思想が根強くあるように思います。

 一方、松下幸之助氏は「清らかで富む」という思想を提起されました。これからの日本の方向は、松下流で行きたいものです。GDPが増えていかなければ、税収も増えず防衛予算も増やせません。福祉予算だって国の財源が枯渇すればこれも危うくなるのです。

 ケインズ主義が有効であればそれを存分に使いたいものです。ナチスがケインズの言うとおり実施し経済的に成功したが、それは結局ユダヤ人虐殺に繋がった。ケインズの評価もその正せいで下がってしまったのでしょうか?

 誤って送信してしまいました。あと、続けますね。

 ケインズにナチス虐殺の責任はないと思うのですよ。

 しかし、ケインズ主義は長らく続けていると、大きな政府、統制経済になりがちな欠点があるのかもしれないという私の思いもどこかにはあって、ケインズ一辺倒の政策にも躊躇するところがありますね。中国の政策がケインズ流なのでしょうかね。私はそうなんだろうと思っています。するとケインズの手法というのは凄いものだと思わざるを得ませんね。中国は内部で失策を重ねながらも、その経済成長は留まる事を知りません。

 わが国もケインズ流の需要創出の策をとるべきだと思うのです。ドイツのような一時大戦で敗北した貧困国家が短期間に経済的に復活したのはケインズの理論に基づいた政策が行なわれたからでしょう。ケインズも使い方をうまくすればきっと使えるはずです。

 国債を発行し需要創出策を安倍政権はできるのだろうか。安部政権の浮揚はこの一点にかかっているのではないでしようか。

>ueyonabaruさん

おそらくケインズに批判的な人はナチスのことではなく、1970年代のスタグフレーションの記憶だと思います。ケインズ流の公共投資が60年代くらいまでは非常にうまくいったのですが、70年代に入り不況で失業率が高いままでインフレになるという奇妙なスタグフレーションに陥りました。また公共投資が無駄も多く、既得権益や族議員の問題などでケインズ主義の印象は一気に悪くなりました。

そこで新自由主義的な市場に任せるべきだという考えが台頭します。
しかしながらバブルが弾け、
90年代終わりくらいからケインズ主義は復活してきます。人々が貨幣を求めすぎる(流動性選好)ことが不況の原因ではないかとケインズの読み直しがされました。クルーグマンを筆頭に今のリフレ派はほとんどこの新ケインズ主義だと思いますよ。

ただこの新ケインズ主義はデフレを貨幣的に克服することに主眼が置かれ、ueyonabaruさんのいうような公共投資の効果は低く見ています。

個人的には公共投資も必要だと思いますが、60-70年代のような道路や橋などインフラではなく福祉や教育や科学技術に向けるべきかなと思いますね

仙台市長選の結果を見て嗚咽が止まりません…
まるで第一次安倍内閣が解散する前の雰囲気にソックリです。

私たち食口も主にネット等で様々に頑張って参りましたが、影響力が衰えたとは言え全国ネットのテレビメディアや新聞の偏向報道には中々歯が立ちません。
いかにして人びとの眼を醒まさせるべきなのか?
手遅れになれば日本は取り返しのつかないことになります…
サタンの国になってしまえば永遠に救済は遠退くでしょう。

snsnさん、ご回答ありがとうございます。

 ケインズとナチズムの関係がケインズ主義から人びとを遠ざけていたのかと勘違いしておりました。リフレ派とケインズ主義の関係も今回で私の新しい知識となりました。

 スタッグフレ-ションの言葉もたしかありましたね。そこらあたりからはあまりにも専門的過ぎていて、経済論から離れておりましたが、三橋氏の情熱的な活動に惹かれ再び経済論への挑戦と相成った次第です。

 経済がある意味で軍事力と同等にも、時には軍事力より勝り国家の安全に寄与すると思っております。

 どうぞ、今後ともヨロシクお願いします。

春泥さんの書いてる「食口」って何かと思えば統一教会信者のことですか。

幸福の科学信者であることをひた隠しにするueyonabaruさんも含めて、保守の連中って何故こんなにカルト宗教狂いが多いのでしょうか?

NO MORE カルト保守氏へ。そのような宗教がらみの決めつけ、侮辱をいうことは禁じています。止めて下さい。

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