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2017年8月30日 (水)

九州M氏寄稿  善意を前提とした社会の仕組みからの転換その3

180

九州M氏寄稿の最終回です。

私はマクロ経済の立場に立つ消費増税反対派なので、そうか、こういう文化論的肯定論もあったのかと眼うろこでした。 

貴重な論考に感謝いたします。 ありがとうございました。

なお2枚図版も頂いていたのですが、ワードから記事作成画面に転送できないため、掲載できませんでした。力不足でもうしわけありません。

                                         ブログ主拝

                      ~~~~~~~ 

        ■善意を前提とした社会の仕組みからの転換その3
                  ―消費税が中心にならざるを得ない理由―
                                              九州M
 

承前

(3)舛添方式 

これは昨年舛添知事の問題で騒がれた時、TVのワードショーであるコメンテーターが話していたことを元にしています。 

実は日本には政治資金規正法からみの政治団体が無数にあるようです。 

そして私的にこれを“活用”する人がいて、そのポイントは 

 ・政治団体は好きに作れる
 ・政治団体に寄付(政治献金)すると、最大40%の所得が「寄付控除」される
 ・政治団体の支出になんら規制がなく、「収支報告書(→公開)」出すだけが義務
 

政治の相手は世の中で起きることすべてが対象です。 

食料でも、それこそ出会い系風俗での支出も、何に使っても政治の対象になりえますので制限が無いのです。 

舛添氏の時に問題にされた、チャイナ服も家族のホテル宿泊への支出も、政治からみであれば法的な問題は生じないのです。 

彼が叩かれたのは、彼の政治(資金管理)団体に政党助成金という公金が入っており、「公私混同はみっともない」という、もっぱらモラル面での批判にすぎませんでした。

(4)すべて持てる人の話し
 

以上は、すべてお金を持っている人が、税という支出をいかに減らすかの話です。 

持たざる者の収入を増やす話ではありません。ここでお話しました「“悪魔の人生”」をフルコースで運用している人は少ないでしょうが、部分的になら私達の身の周りに結構見かけるているはずです。

例えば、低所得者向け住宅にいながら、派手な暮らしをしている人達とか。 

さらに問題となるのが、この日本社会に、これらの制度の恩恵を行けることを目的とした、悪意で途中から割り込んでくる人達がいるということ。つまり移民の問題はここにもあると思うのです。 

5、悪意の解釈を前提とした制度の転換 

(1)日本社会の文化 

人は信頼できないもの。我欲で行動する人がいる。 

つまり、悪意の人達がいる、という前提で日本社会の諸制度を見直すべき、というのが私の主張です。 

かつて、日本社会のモラルの根幹に、自己本位は“みっともない”とする「恥の文化」がありました。 

昨年の舛添都知事の問題も、つまるところ、“恥しらず”とのバッシングでした。 

そうです。私達の国は自然との共生に加え、「恥の文化」というモラルを土台とした、相互の信頼関係を前提にした「善意の解釈」によって成立する、曖昧な社会であったというわけです。 

そしてそれが次第に壊れてきたのは、「都市化」による自然との遊離といった環境の変化、そして人権、プライバシーといった「個人主義」の台頭によって恥の文化が薄れ、もはや「善意の解釈」ではもたなくなってきた社会だと思います。 

もちろん、このことは私としては残念なことだと思いますが、憲法9条にしかり、欧米先進国の“普通の国になりつつあるだけ”とも言えるでしょう。

(2)生活保護のこと
かつて生活保護を受ける、という人様の情けにすがって生きることは“恥”なことでした。
 

ところがこれを「憲法で認められた権利だ」とし、これを政治利用する勢力に押され、また人権だ、プライバシーだとし、生活保護を受給していることが見えないようになり、歯止め
がなくなりつつあるように感じます。

私は現在老人だらけの田舎に住んでいます。ここでいつも出てくる話が“真面目に年金
を納めた人より、生活保護の方が優遇されている”ということです。
 

はっきり言って、日本社会のモラルハザードの危機は目前に迫っているように感じます。

真にやむを得ず生活保護を受給せざるを得ない人と、計画的に受給する人を区別する
仕組みが必要です。
 

例えば、生活保護で言えば現金支給でなく、住宅や食料など現物支給を基本にすべきです。 

また、働く環境(地方であれば農業)のある所に専用の住宅を設け、必然的に働くように仕向けるべきだと思います。 

人によっては選挙権を制限する必要もありうる話と思います。

(3)消費税のこと

これまで述べてきたように、所得税や住民税といった直接税を税の主力とするには限界があります。 

兼業をやるのは自由です。新規事業には赤字は付きものです。そして政治活動が自由なことは誇れる社会の象徴でもあり、すべて自由社会たる日本の宿命だと思うのです。

そして、貯金等の資産に対する課税は「アリとキリギリスの話」で、アリを罰するようなもの
であり、努力が報われる社会とは言えません。
 

したがって、残るは、取りっぱぐれの無い(少ない)消費税的なものが中心にならざるを得ないと思うのです。

 

                                            (了)

 

 

 

 

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コメント

日本人が善意に期待して社会を構成している点には同意ですが、西欧の悪意忠心の社会の構成は、若干違うのではと思います。これは、ずっと気になっていたことですが、西欧の契約文化の根源は、悪意・性悪説とは少し違うものがあるのでは、と思います。契約文化が神との契約から来ているかもしれませんが、人間同士の契約と神との契約はレベルが違います。神は絶対ですが、人間はそうではありません。また、社会の構成員全てが悪意に満ち、性悪説でしか語れないものでもありません。アダムスミスは、今日日本では、「何をやってもいいという、市場原理主義の元凶」と解されることもありますが、諸国民の富を著す前に、道徳情操論において、「社会の構成員が、その社会に対してシンパシーを持つことが前提。それで初めて契約・市場が成立する。」その下で、個々人が己の求めるものを実現しようとふるまえばよいということになり、社会・その構成員間のシンパシーを前提とすることを強調しています(よって、シナ人[支那人ではない]には資本主義は難しいとなりますが)。なぜ契約・ルールがあるかと言えば、それは悪意・性悪説というよりは「神ならぬ、人の為すことなればこそ」ゆえだと考えるべきではと思います。真実を知っているのも、完全なルール・システムも神のみが可能。神ならぬ人間は、お互いの内心を知ることも、完全無欠なルールを作ることもできないので、都度都度ルールを改定し、事細かな契約で決めごとを行う。そういうことだと思います。主権という、神の持つ無制限の権力を世俗の、神ならぬ人が運営する国家が持つ。神ならぬ人が主権を行使するには、神に変わる人に対する上位者が必須。だから法の支配が生まれ、立憲主義に繋がります。神ならぬ人間故に、不完全さを補うべく、「ルールは変えられるし変えるべき」という西欧近代の規範が成立したと思います。根源には、神と人との関係があり、神とは日本人が思う「神様」とは全く別の、隔絶された存在です。日本人は、隔絶された神ではなく、もっと世俗レベルに近いところで物事をさばいてきました。人同士の善意で、物事が決着できるというのも、その一つだと思います。

 悪意による「経費」の恣意的計上が、結果的に不公正を生むので消費税を優位にお考えのようですが、消費税にも多くの欠陥があります。

 逆進性を少しでも埋めようとすれば食品関係を除外しなければならず、「それなら新聞除外してくれ」などと不当な主張がまかり通る世の中なわけです。
 加えて、日本では事務煩雑化を避ける為にインボイス方式が取れず「益税」の発生問題も解決出来ておりません。

いずれの課税方法を採っても長短あるわけでして、バランスが大切ですね。
 どの税にしても、徴税の段階では他法と抵触しない意味で、クリアランスを取っておく必要から一方で「曖昧さ」も必要なのだと思います。

 それはそれとして、5年もアベノミクスやってるのに未だに「道半ば」なのは、先の消費増税の影響だという事はハッキリしているのですね。
であれば、少なくも「凍結」は必須条件なのではないかな。

 個々の事例で同意する点が大いゆえに、
≫「悪意の人達がいる、という前提で日本社会の諸制度を見直すべき」という主張は理解出来ます。
 ですが、そうすると今度は、その「諸制度を運用する側の悪意」の発生をどう回避するかが新たな問題になるのですね。
してみると、そのような対処療法ではダメで、時間はかかるけれども「公共心」を涵養する教育や全体的な道徳の回復を図って行くより仕方ないです。

 なお、ご指摘の移民の問題だけは、かなり厳しく法的に制限して良い問題だと考えます。

 

私も出産する迄は自営業でしたので様々な抜道があり、モラルに反する節税をしている人達がいるのは知っていて、生活保護指定や自営業特殊法人への対応が必要な事には同意します。
しかし所得税のマジョリティではないこの人達のケーステイクで所得税を語るのは本質でないと思います。

http://life-info.link/no-money/
この記事の後ろの方にある、貯蓄額層別の貯蓄額合計と世帯数を出したグラフを見るに、消費税の逆進性は明らかなのではと思います。
https://seniorguide.jp/article/1002299.html
この記事にあるシニア層の貯蓄額、ここでは貯蓄の少ないシニアが最多ではありますが、下の記事でも最下層グループに属するこのシニア群は不動産を持っている者が多数と考えられます。

本記事中でキリギリス認定されている対象は、この最下層グループの何割程いるのか。
経済成長中に育つことも稼ぐ事もできない世代で喘いでいる者たちの人数の方が、ずっと多いのではないでしょうか。
彼等はカツカツでも子どもを産んで消費経済の下支えをしながら、それでも1円でも貯金できたらと日本人らしさを持ち合わせています。
この人達を消費税で殴りつけると日本が壊れると私は考えます。

いろいろとご意見ありがとうございます。また何よりも多忙の中、時間を割いて掲載して頂いたありんくりさんに感謝いたします。「悪意の人生」の図を柱にした説明でしたので、少し分かりにくかったかな、と思います。

このような考えに至ったのは、私が自分自身で所得を申告する立場になったこと。そして、憲法9条に対する私の思いからです。

私は長く、憲法9条の平和主義の理念を支持する立場でした。そして国民の多数も同じだったはずです。私が次第に改憲の考えに傾いていった時、「なぜ、こんなにも長くこの憲法が国民に支持されていたのか?」という素朴な疑問が湧きました。そしてこの疑問が解消されない限り、改憲は実現しないだろう、という確信もありました。

自分自身の生い立ちを振り返る中で、今回 まとめた「"善意を前提"とした日本流の様々な仕組み」という考えに行き着いたのは、まさに自分自身がそうであった(善意を前提にした、純粋な正義感)からに他なりません。

憲法9条は日本人が持つ"善意"という文化に根ざしているからこそ親和性が高かかったのです。従ってこれを突きくずすのは容易でないと思います。また、日本の長き良き文化を大切にする、という保守の立場からすると、改憲は日本の文化を壊す、という側面がありジレンマでもあります。

税の問題も、年金や生活保護の問題も、全て繋がった問題です。繰り返しになりますが、副業(赤字)による所得の削減,や政治献金(寄付)による所得削減は法的に何の問題もなく、避けようがないのです。舛添前都知事が証明してくれました。政治資金で豊かな生活もおくれるのです。それが政治家だけでなく、誰でもできるのです。実行するか、しないかモラル(善意)次第なのです。

つまり、全ての国民が資産がいくらあろうが"低所得者"になれる、ということです。いうまでもなくこれで社会が維持できるはずがありません。「悪意の人生」は極端な例え話です。しかし、物事は極端にして考えてみると、その本質が浮かび上がってくるのもまた事実です。

消費税の問題は私も理解しているつもりです。しかし自由な社会、努力が報われる社会を前提にして、他に何がありますか?

消費税における取りっぱぐれの問題に関しては、個人商店などの「不正申請」の問題に税務署がしっかり目を光らせておかなければならないという問題もあります。
税率が高くなるほど「誤魔化したがる」事業者が増えるのでは?と。

あと、宗教観とマクロ経済は直接的に結び付くものではないのではないのではないかと考えます。昨年無くなった叔母は大学出てすぐに神奈川に出てクリスチャンになって、教師やりながらしっかりと社会に協調して人生全うしましたから。。

ともあれ、九州Mさんの視点は「おおっ、なるほど!」と感心させられることが多かったです。ありがとうございました!

 税の問題は非常に興味深いものです。消費税がとりっぱぐれがないので公平なような感じは私ももったことがあります。

 所得税は、所得のあったものが支払うという点で理解できます。しかし、これも累進性が強くなると、高額所得者が不満を持つでしょう。

 ガソリン税はあまり反発はないでしょうね。

 相続税はどうでしょうか。何故相続にあたり税金を取られるのでしょうかね。

 贈与税もおかしいですよ。

 固定資産税はあまり抵抗感はありません。これは地方税ですね。地方自治体の経費として使われるはずです。

 消費税ですが、物を買ったら国に税金を取られるというのはどうなんでしょうか。徴税がしやすいという点だけがメリットだと思うのですよ。

 不動産の取得税はすこし納得はいきます。不動産も買えたのだから、国に幾分かお支払するかという気持ちですね。安い方がイイでしょうね。

 タバコの税金ですが、これは罰則的な税金なんでしょう。これは2倍になってしまいました。民主党の政権時代に上がりました。

 税金はいかようにも掛けられるものです。政府の言うがままになるのに警戒感があります。政府は、資産への課税を考えているのでしょうか。資産家は、所得税も払った上で築いた資産に対しても税金を取ろうとするのでしょうか。二重課税ではありませんか。

 相続税が払えなくて中小企業が子供へ事業の継承ができないという悲劇もありますので、税制は改めるべき点が多いと感じております。

 不当なことはよく行われているようですね。これは当然改めるべきだと思いますよ。悪い人はいるものです。

 フラット税制も興味あります。

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