北朝鮮の「平和攻勢」と米国の現状凍結路線が一致したら
まず北朝鮮は一体なにを考えているのか、考えてみましょう。
ひとことで言えば、「米国と核保有国同士でサシで交渉をしたい」ということです。
あまり知られていませんが、北朝鮮は実は、「核先制不使用宣言」なるものをすでにしています。
北朝鮮の言うことに耳を傾けてみましょう。2016年5月、第7回朝鮮労働党大会における金正恩の宣言です。
いつも火の海にするとか、さぁ戦争だと叫んでいるので、案外まともなことに逆に驚かれるかもしれません。
「わが国は責任ある核保有国として、侵略的な敵対勢力が核兵器でわれわれの自主権を侵害しないかぎり(略)こちらから核兵器を使用することはしない。
国際社会の前で負う核拡散防止条約の義務を誠実に履行し、世界の非核化を実現するために努力する」(磯崎教仁共著『北朝鮮入門』2017年)
今世界でもっとも核軍拡に励んでいる国から、「世界の非核化を宣言する」などといわれると、吹き出してしまいそうになりますが、まぁ置きましょう。
この正恩の「核先制不使用宣言」のキモは、冒頭の「責任ある核保有国」という部分です。
先制使用(preemptive use)という概念は、まだ核戦争か始まらない前に先に核兵器を撃ってしまうことです。
つまりいきなり日本やグアム、あるいは米本土西海岸に弾道ミサイルを発射するということです。
常識的には、まず考えられません。倍返しどころか、数十倍返しにあうからです。
核兵器というウェポンの特殊性は、「持ってナンボ、使ったらシャレならへん」という政治的兵器なことです。
これについて正恩は十分に理解していると考えるべきです。北朝鮮はやっていることは狂気じみていますが、頭の中には常に冷えた打算があります。
正恩が考えているストーリーはこうです。
①核弾道ミサイルを、米国に着弾するまで伸ばす。
②対米核抑止力を得たと宣言する。
③印パのように国際社会、なかでも米国に「核保有国」だと認めさせる。
④核保有国同士として米国と対等な交渉テーブルに着く。
現在、この①の最終段階にあります。
おそらく、年内にあと数回のICBM実験を行い、核実験も実施するでしょう。
そして②の「対米核抑止力を獲得したぞ」と、高らかに宣言するでしょう。
国際社会は基本的に無関心です。ヨーロッパ諸国は対露関係で精一杯ですし、なにぶん北のミサイルは届きません。
ロシアにとっては、米中を牽制でき、しかも日米同盟に楔を打ち込むことが可能なので、最後まで国連制裁にすら反対し続けるでしょう。
中国はご覧のとおりです。いままでなにもしてこなかったし、今後も何もしないでしょう。トランプは100日猶予にだまされて、対中経済制裁という油揚げをとられたのです。
北朝鮮が北京に核ミサイルを向けず、印パのように地域の枠組みに入ってくれれは、日米同盟が分断されるうまみをもっとも得ることができるのは、中国です。
したがって、レックス・ティラーソンが今やっている外交努力は無効に終わり、「核保有国宣言」をした正恩は米国に対してなにを呼びかけるでしょうか。
正恩にこじゃれた言い回しができる米国留学組のブレーンがいれば、「朝鮮半島非核化イニシャチブ(←朝日やハトさんの好みの表現)」くらいはいいそうですね。
ここで正恩は、「非核化」の第一歩として「寛容」にも、できたばかりで実戦配備中のICBMを削減してもいいというカードを切ってきます。
そして米国に見返りとして、核保有国の承認、朝鮮半島への核兵器持ち込みの禁止、そして米韓合同軍事演習の中止、在韓米軍の撤退などをもとめるでしょう。
そもそもこの交渉は核保有国として認めるのが前提ですから、案外米国が呑んでしまうかもしれません。
ところが実はこれは大変なクセ球で、言外にIRBM(中距離弾道ミサイル)は削減対象にならないと言っているのです。
ロバート ・ゲーツ元国防長官
実は、米国内にもこの北朝鮮の思惑に共鳴するプランが存在します。
ロバート・ゲーツ元国防長官は、ウオールストリート・ジャーナルとのインタビューで、こう述べたとされています。
「中国が依然としてカギを握るだろう。
中国に対して
①旧ソ連とキューバ危機を解決したときと同様に、北朝鮮の体制を承認し、体制の転換を狙う政策の破棄を約束する用意がある。
②北朝鮮と平和条約を締結する用意がある。
③韓国内に配備している軍事力の変更を検討してもいい
と提案する。
この見返りに、米国は北朝鮮の核・ミサイル開発計画に対して強い制約、つまり基本的には現状での凍結を要求し、国際社会や中国自身が北朝鮮にこれを実施させることを求める必要がある」
これは「現状凍結」路線とでも言うべきものです。
そしてゲーツは具体的には米国本土へのミサイル防衛を強化しながら、北朝鮮とテーブルを作れと言っています。
「レックス・ティラーソン国務長官とジム・マティス国防長官がこの計画を中国に示し、中国が支持すれば、その時初めて北朝鮮との直接協議が始まる」
これは韓国はおろか、日本の頭越しの「和解」です。
日本を標的にしたIRBMの削減は求めない以上、ハッキリいえば、日本に対する裏切り行為といっていいでしょう。
このようなプランにトランプが乗った場合は、日米同盟は形だけは残るでしょうが、日本は米国に対して根深い不信を持つことになるでしょう。
そして日米同盟は、中露朝の歓声に包まれながら、もろくも瓦解していくことになります。
そして日本国内には、いままで机上の空論の域を出なかった独自核武装が、現実味を帯びて台頭します。
これが、今ある北朝鮮をめぐる最悪シナリオです。
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コメント
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そのシナリオは十分なリアリティがあると思っています。
北はパキスタンに核実験を代理でさせた可能性もありますので十分にパキスタンの事例から交渉術含めて吸収したでしょう。
トランプはNATOも抜けかねないのですから日米安保も状況次第では形骸化するオプションを平気で採用するでしょうね。
そうなった時に左派も右派も日米安保の上に安住して好きなことを言っていたという事実が露呈し、知識人の恐慌状態が想定されます。
まあ彼らの言説はどうでもいいんで、日米安保形骸化以降の日本像を多面的に検討する必要がありますね。
投稿: snsn | 2017年8月 4日 (金) 08時15分
日本の核武装となるとアメリカにとっては最大の脅威になりかねない。北の核兵器でさえこれだけビビっている。日本には衛星打ち上げ技術があるので、核弾頭さえあれば、すぐに地球の裏側にでもICBM打ち込めますからね。しかし、北の核を放置されたら日本も裸でいるわけにはいかない。
投稿: ednakano | 2017年8月 4日 (金) 08時33分
私もこれはあり得ると思います。
それは、日本がスパイ防止法も国内テロ対策も自衛隊にかけた縛りも「米国頼み中国頼みの口先外交」を良しとしてほったらかす事によって、実現性が高まります。
韓国にとってこれは最悪のシナリオではない、むしろ両天秤の一端として強い朝鮮への野望を満たす手だてだと考える者達が半島には沢山います。
このシナリオが成る頃には半島を連邦統一の機運が一気に高まります。
青山繁晴氏があれだけ喋っているので、官邸も関係省庁もこのシナリオは見え過ぎる位見えているはずです。
ネットと保守系雑誌以外で国民がこのシナリオを見ていない事が、改憲重武装への選択肢を塞いでいます。
今回内閣改造で公安委員長を引き受けた小此木氏、顔はいかついですが重責を果たせるでしょうか。個人的には玉川学園卒というのが気がかり。ちゃんとした人もいるんですけどね。
投稿: ふゆみ | 2017年8月 4日 (金) 08時50分
国家公安委員長って、民主党政権で岡崎トミ子がなったこともあるポジションですが、実は日本の警察の実際の親玉は都道府県知事なので、おみこしの飾りの典型です。
先進国においてまれにみる国家警察不在の国ですからね。
投稿: ednakano | 2017年8月 4日 (金) 11時26分
>日本国内には、いままで机上の空論の域を出なかった独自核武装が、現実味を帯びて台頭します
それと同時に「やっぱり米国は日本を捨て石にしか思ってねぇじゃないか、米軍出て行け!」という反基地思想の気運が頂点に達するのでしょうね。
「独自武装」と「反基地」は間逆なようでいて「米軍出て行け」という点に関しては共通しているので、コレが結びつくととんでもない事態になるのは容易に想像がつきます。
投稿: しゅりんちゅ | 2017年8月 4日 (金) 11時52分
本当に最悪のシナリオですが、あり得るというのがなんとももどかしいです。
もし我が国が核武装に走ったとしたら、NPTや日米核合意にも反して大変な事態になることでしょう。
今のところ、小野寺大臣の「防衛大綱見直し」でBMD強化を打ち出していますけど、なんせ北朝鮮は近い上にSLBMまで装備されたら本当にシャレになりません!
ednakanoさん。
岡崎トミ子(宮城選出)は先日お亡くなりになりましたが、法務大臣も千葉景子(神奈川選出)たいう、悪夢のような民主党政権だしたね!
旧内務省のような強力な組織と法整備が必要になります。
しゅりんちゅさん。それね!
「米軍出ていけ!」「あ、そっすか。負担も無くなるしグアムまで全部下げるわ。助かった」というのが最悪です。
投稿: 山形 | 2017年8月 4日 (金) 12時27分
個人的にはメルケルが自国での核武装への検討をもし行えば一つのメルクマールになると考えています。同じ元”悪の枢軸国”がNPT含めどのように対応するのか。
ドイツの進歩系メディア、シュピーゲル誌が今年のはじめに核武装論を掲載して衝撃を与えました。もちろん国民からは批判の大合唱だったようですが、核武装論を進歩系メディアが正面から論じるというのは日本では考えられませんね。
ポスト日米安保問題は冷静でいられるうちにロジカルな議論をする必要があります。知の恐慌状態になってからだと右派も左派も情動に流されるのが見えてますので
でも無理だろうなあ今の日本のメディアでは、、、
投稿: snsn | 2017年8月 4日 (金) 12時46分
snsnさん。
EU一人勝ちでプライマリーバランス黒字化したドイツのメルケルさんですけど、国防軍は予算削られて今や悲鳴が上がるほどのボロボロっすよ!
投稿: 山形 | 2017年8月 4日 (金) 13時05分
しゅりんちゅさん。私が秘かに恐れていたことを書いて頂いてありがとうございます。
もし日本がこのような頭越し米朝「和解」に遭遇した場合、米国に日米同盟をどうするつもりなのかを問いただすべきです。
日米同盟は対北朝鮮だけのものではなく、むしろ対中国、対露の側面のほうが大きいために日米ともに難題であることはたしかです。
しかし、だとしてもいうべきことはキチンと相手の眼を見て主張する必要があります。
「米国さん。そのようなふるまいに及べば、日米同盟に亀裂が入り、そこを中露につけこまれますよ。いいのですか」、と。
いずれにしても、日本は敵地攻撃については早急に議論のテーブルに乗せ、実行可能な方法を探るべきです。
極右と極右の性格は、「現実を見ない」という点で一致します。
独自核武装などといっても、国策で遂行してふんだんに予算をかけても、投射手段(弾道ミサイル)も含めて10年はかかります。
その間どうするのでしょうか?
米国の同盟だけが楯のはずですが、独自核武装が実戦配備されるまでの期間、中国の核に対して丸腰になりますよ。
結局、独自核武装と景気のいいことを言っても、米国の容認と日米同盟を崩さないという前提あっての話なのです。
snsnさん。ドイツとはNATOという高度に発達した集団安全保障体制があるので、日本とは比較対象になりにくいんです。
ドイツが独自核武装を行った場合、それは事実上NATOからの離脱、ないしはNATO全体の米国との離別を意味します。
それは戦後のヨーロッパの枠組みに対する、ドイツ版「戦後レジームの精算」につながります。
ドイツを二度と台頭させない、ドイツを第4帝国にさせないのがそもそものNATOを作った理由でしたから。
だからシュピーゲルが騒ぐのです。
またドイツはニュークリア・シェアリングという変則なかたちで、「持ち込ませる」型核武装をしています。
まずは日本も、このあたりから論議するべきです。
日本の核論議は、ヨーロッパより半世紀は遅れていますから。
投稿: 管理人 | 2017年8月 4日 (金) 16時47分
>小此木八郎
長らくこの人の選挙区内に住んでいました。オヤジの故・彦三郎氏の秘書を長らくやっていた官房長官の差し金でしょうが、とにかく無能で、彼と同じ選挙で初当選した方々は党要職や大臣になってたのを尻目にリアルバカボンで通ってました。選挙にも弱く、一度落ちている始末。ま、余りに無能だからか金も人も寄ってこない立場だったから、スキャンダル関係は精々下らんものしか出てこないと思いますが。
投稿: 守口 | 2017年8月 4日 (金) 18時32分
>旧内務省のような強力な組織と法整備が必要になります。
山形さん、それがないと成立しないですよね。
既存の組織に肉付けして作るのか、骨組になるのはどの組織出身者なのか、うーんとない頭をひねっています。
小此木氏が今回も飾り雛として過ごすんなら公安はメモを作るだけの機関という事なんでしょうか。
投稿: ふゆみ | 2017年8月 4日 (金) 18時48分
管理人様が一部触れられている通り、戦略核は兵器ではありません。純粋な政治力です。兵器とは、軍人が実際に行使・使用を決められる主権の物理的行使手段と考えるべきです。この本質を北朝鮮は理解しています。そして更に、イランなどの売却して外貨を稼ぐ手段にもするはずです。アメリカはパキスタンの核実験ですら、びっくらこいたのですから、ICBMがイランに渡るリスクも踏まえての判断になると思います。管理人様などが述べておられる日本の核武装については、する・しないは別にして、こちらに不義理をすれば、本当に再検討するよと言える政治家がいるかがポイントでしょう。かつて佐藤栄作が西ドイツを誘って自主核武装を指向したように。日本は、一貫して「ヌークリア・レディ」の国是を密かに持っていたのではとさえ思います。但し、自前で持つかは別の話。万万が一持つとすれば、以前も述べたように、イギリスと同じようなSLBM、トライデントの後継機を持たしてもらうか、否かに落ち着く可能性の方が、万万が一のなかでも高いかと思われます。但し、それも、スパイ防止法・軍事司法がきちんとしていての話。イージス艦の情報が流出しているようでは、それも難しいと思われます。結局、アメリカの属州に甘んじて、軍事に目を背け、自分の足で立たずにいた日本人が悪いのです。原発すら全廃、核禁止条約への署名を声高に叫ぶ勢力が、メディアリテラシーのない人々を牛耳っている現状では、日本に、主体的に半島問題を解決する術はありません。米大統領が、各種の疑惑・至らなさを追及され、その手の逃れるために対外的に成果を挙げる誘惑に囚われるのに期待するしかない。それが日本の真の姿です。他国に運命まで委ねるとこうなってしまいます。これは、主権国家の姿ではありません。「日本国憲法」という名の、占領地管理基本法を後生大事にしてきた罰です。
投稿: ぼびー | 2017年8月 4日 (金) 19時53分