九州M氏寄稿 善意を前提とした社会の仕組みからの転換その1
九州M氏から寄稿を頂戴しましたので、掲載させていただきます。
労作のご提供に感謝いたします。
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■善意を前提とした社会の仕組みからの転換その1
―消費税が中心にならざるを得ない理由―
九州M
1.日本は善意を前提としたルールの曖昧な社会
欧米が契約社会なら、日本はルールが曖昧な共生社会でした。
一神教であるキリスト教徒は、“神と契約”した人達という言い方があります。
また、資本主義という欧米で発達した経済の仕組みも、様々な契約(約束事、ルール)によって成立しているものです。
そもそも契約とは悪意で行動する人がいる、という前提で様々な約束事を定めたものであり、このような意味において、キリスト教と資本主義は親和性の高い関係にあるようです。
対して私達の日本は、八百万の神と言われるような多種多様な自然と神、そして人が融合した、ルールの曖昧な共生社会でした。
そして神道には経典という教え(ルール)がなく、それがために経典のある仏教も違和感なく受け入れます。(お正月の初もうでがその象徴ですが)
このようなルールがなくとも成立する関係とは、相互の信頼関係、つまり“人を善意で行動する者”と捉えているからにほかにならないと思うのです。
したがって、高度に資本主義が発達した日本も、長くルールが曖昧な社会でした。
かくいう私も、入社した会社から内定通知が届いて以来、具体的な契約を定めないまま入社し、いつの間にか終身雇用の関係になり、またユニオンショップとやらで、自動的に労働組合員にもなっていたのです。
2.悪意の人
会社の中で象徴的な出来事に「内部通報制度」があげられます。
仕事をする中で自分が“悪”と感じたことは会社の上層部はおろか、社外にさえと通報し、これが法で保護されるようになったのです。
この制度は一般に、義憤にかられた正義の行動と捉えられているようですが、一方では、会社の不利益をわざと広め、また会社を堂々と破壊することさえも可能になった、ということにもなるのです。
私が会社の管理職をやっていた時、仕事中に社内通報制度のシステムを使い、一日何
件もせっせと“通報”している人(活動家)がいました。
制度上これを受け入れざるを得ないのです。会社で仕事をし、給料をもらって生活を豊かにする。会社がつぶれてもらっては困る。
そんな人を前提(暗黙の了解)としてできていたのが日本の会社でした。
ところが中には、会社(敵)と日々闘うことを生きがいとしている悪意の人(悪用する人)もいるのです。
左翼イデオロギーにより、今だ見果てぬ夢を見ている人達です。この制度はこのような
人達に強力な破壊の武器を与えることにもなったのです。
これにより、会社の中は情報管理がより厳密になるとともに、仕事に関する様々なルールがきめ細かく作られていきました。
また、この流れに沿った社会の出来事として、一連の法整備=日本社会のルール化、があげられると思います。
公務員は“日本のために尽くす人達ばかりではない”として秘密保護法が作られました。
そして、憲法9条という“他国の善意を前提とした”曖昧な理念ではもうやっていけない、として、一連の安保法制があり、憲法改正の動きが顕著になってきたのです。
(続く)
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コメント
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初回なので、まだどういうふうに表題の結論に到達するのか詳らかにわかりませんが、何だか面白そうで期待します。
コメントでもよく九州Mさん自身の体験からお話されますが、そこがgoodだと思います。
投稿: 山路 敬介 | 2017年8月28日 (月) 06時10分
おはようございます。
九州Mさんの寄稿文、明日も楽しみにしています。
投稿: やもり | 2017年8月28日 (月) 08時27分