• 20181212-144
  • 20181212-076
  • 20181212-103
  • 20181212-099
  • 20181212-107
  • 20181212-106
  • 20181212-129
  • 20181212-170
  • 20181212-057
  • 20181212-066

« 朝日の逆切れと立憲民主の今後 | トップページ | 山路氏寄稿 沖縄選挙戦に見る沖縄自民党の問題点その1 »

2017年10月26日 (木)

なぜ共産党志位「党首」は責任を問われないのか?

161
今回選挙のあまりの野党の猫の目ぶりに呆れ果てて、何をどう信じていいのか分からない、いっそ自民に入れるかと思ったが、やはり共産党に入れたという知人がいました。 

まぁ、ひとつの選択でしょうね。確かにあそこは「変わらない」ことが命ですから。 

今回の選挙であまり報じられないのがかえって不思議ですが、共産党は選挙前21議席を半減させて12議席となる大敗を喫しました。

前回がバブルで、本来の適正規模に戻ったのだといわれています。

であったとしても、普通の政党なら絶対に党首の責任問題に発展します。 

Photo
いま、前原氏や小池氏が座らされているのが、この敗戦責任の追及という針のムシロです。 

下の写真は選挙戦真っ最中のものですが、惨敗を予期して慰め合っているように見えてしまえるから不思議です。 

Photo_3https://www.buzzfeed.com/jp/kotahatachi/minshin201... 

ところが志位氏の敗戦の弁はこうです。 

「共産党の志位委員長は、党本部で記者会見し、『民進党によって直前に野党共闘が分断され、多大な負担を強いられた。選挙を戦う形が作れていれば、こんなに自民・公明両党の多数を許す結果にはならなかった』と述べました。」(NHK10月23日)

おいおいです。同じ台詞を前原氏あたりが言ったら、落選した議員諸氏からモノが飛んで来ます。 

こういう他人に責任を転化して被害者ヅラして居直ってしまっても、周囲からも党内からも不思議に思われないというのが共産党党首、いや「共産党委員長」という椅子なのです。 

よく善意の誤解する人がいますが、共産党は国民政党ではありません。というか、そもそも近代的な「政党」ですらありません。 

共産党は狭い意味での「結社」です。 

結社は「特定多数の人がひとつの目的達成のために作った継続的団体」ていどの意味ですが、共産党の体質はむしろ「秘密結社」に近い性質です。 

まず、今回の総選挙で党首の責任が問われない唯一の敗北政党でいられるのは、そもそも党首選挙がないからです。 

こんな政党は唯一共産党だけです。

志位氏はなんと2000年から17年間も党首をしています。いうまでもなく、こんなに長期間党首の座に座っているのは、志位氏しかいません。安倍一強どころではありません。
志位和夫 - Wikipedia 

これは共産党の仕組みに理由があります。 

志位氏や小池氏のような中央指導部は、他の党にないスゴイ権力の座に就いています。 

それが「民主中央集権制」、あるいは「民主集中制」です。民主主義的中央集権制度(Adobe PDF)

ではこの共産党の体質を理解するために、日本共産党規約を見てみましょう。
日本共産党規約 

共産党規約によれば、何年かに一度開かれる党大会において、中央委員が選出されます。  

その中央委員候補は、前任の中央委員会による推薦制です。

●日本共産党規約第3章第13条
「指導機関は、次期委員会を構成する候補者を推薦する。」

推薦制ということに注目してください。一般の政党における指導部は全党員がなんらかの方法で選挙をして選ばれますが、共産党に限っては指導部が候補者を推薦、つまりは指名するのです。 

当然指導部にとって都合のいい人物しか「推薦」されませんから、初めから誰が指名されるのか見えています。

こういうのを俗にシャンシャン人事と呼びます。 大会参加者ができるのは、シャンシャンと賛成の拍手をするだけという意味です。

中国全人代の「選挙」と同質だと思えば、間違いないでしょう。 

シャンシャン人事で選ばれた中央委員から、更に常任幹部会委員長が選ばれます。

「●第23条 中央委員会は、中央委員会幹部会委員と幹部会委員長、幹部会副委員長若干名、書記局長を選出する。また、中央委員会議長を選出することができる。」

ですから、志位氏は自分の息がかかった指導部を作り続けることが可能なのです。

「民主」という名がかぶっていますが、まったく民主主義と相反する条項です。 

もう少し説明しましょう。 共産党における民主集中制とは、このようなシステムです。 

まず第1に、下級機関は上級組織に絶対服従する。いったん決定した事項について、下級組織は上級機関の許可なくして論議が認められません。 

ピラミッドのように作られている共産党組織の下部組織は、疑問を発表することはおろか、持つことそのものも許されません。実行あるのみです。

Photo_5

 上の写真は党大会のものですが、一糸乱れず賛成票を投じています。なかなか他党ではみられない風景です。

かつての自民党の恒例行事だったナントカの乱など起こりようかありませんね。

第2に、組織人事もまた上級の承認なくして決定できません。したがって、シャンシャン大会で選ばれた上級指導部に絶対服従することが義務づけられています。 

第3に、党内部でなにが議論されているか、どう議論されたのかについて党外に情報公開してはなりません。

●第3章第17条
全党の行動の統一をはかるために、国際的・全国的な性質の問題については、個々の党組織と党員は、党の全国方針に反する意見を、勝手に発表することをしない。」

共産党員は、党の方針と違うことを外部に言ってはいけないのです。

国会だろうと、地方議会だろうと、はたまた、どんな運動の会議でも、共産党員は自由に個人の意見を言うことはできないのです。

私たちが共産党員にときおり感じるクローンじみた印象は、ここから来ています。

志位氏自身若き日に指導部にのし上がったきっかけは、この分派狩りでした。伊里事件といいます。

伊里一智が1985年の日本共産党第17回大会に際して、東京都大会で代表となり中央委員会への批判を公表した。日本共産党中央委員会議長を務めていた宮本顕治の辞任を要求し、減少していた共産党の党勢を「立て直そう」と提案する。
これが所属の支部で可決され都大会の代議員として選出されるべく、東大大学院の他の支部にも働きかけ、6割の支持を得て可決された。
これに対し、当時
日本共産党中央委員会青年学生対策委員だった志位和夫は宮本顕治の直接の指示を受け、党の規律に背いて他の代議員に対し働きかけた分派活動と断定し伊里を1986年に日本共産党から除名し追放した。
この働きを認められ、宮本顕治による抜擢で
1987年(昭和62年)の第18回党大会で准中央委員に選出され、1988年(昭和63年)に書記局員に任命される。」(ウィキ)

当時宮本顕治が絶対的権力を握っていた共産党中央を東京都委員会の代表として厳しい批判をした伊里氏に対して、これが6割の支持を集めた合法的な批判だったにもかかわらず、宮本の意を受けて分派活動として圧殺したのが、他ならぬ志位氏でした。

これが志位氏が宮本に取り立てられて、出世階段を登るきっかけとなります。

指導部に対する批判はどのような形であろうと一切許さない、これが志位氏の一貫した政治スタイルですが、その出発点は20代に既にあったのです。

下の写真は北朝鮮のものですから、比較して申し訳ありませんが、共産党と基本構造は一緒です。

Photo_4

第3に、当然のこととして分派や派閥は禁止です。

「第3条4
4 党内に派閥・分派はつくらない。」

党は頂点の委員長から末端まで一直線に上意下達の命令系統が貫徹する組織でなければならないから、分派などはもっての他です。 

以上に背いたら除名です。

共産党は「民主」という言葉が異常に偏愛していて、彼らの組織には必ず「民主」をかぶせます。

民青、民医連、民商などという傘下団体につけまくっていますが、最も民主主義不在なのは、他ならぬ自分の党内なのです。 

さて、いかがでしょうか。まるで軍隊ですね。 

ただの比喩でなくそうなのです。共産党といちばんよく似た組織構造を持つのは、実は軍隊です。 

軍隊は戦闘を遂行するために民主的手続を省きます。大枠ではシビリアンコントロールが効いていますが、軍隊内部では上意下達の命令系統がなければ、大変なことになります。 

敵軍を前にして、民主的に戦術を決めたり、指揮官を選挙していたら負けるに決まっていますからね。 

同様に共産党もまた「戦争」をするための組織なのです。

いや「闘争」と言い換えるべきでしょうか。共産党の目的理念は規約冒頭の第2条にこう書いてあります。

「第2条
日本共産党は、日本の労働者階級の党である(略)
終局の目標として、人間による人間の搾取もなく、抑圧も戦争もない、真に平等で自由な人間関係からなる共同社会の実現をめざす。」

これは共産主義という表現こそ使っていませんが、いうまでもなく共産主義社会の実現を指します。

共産主義実現のために階級闘争という「戦争」を戦っているというのが共産党のアイディンティティですから、最高指揮官たる党委員長は絶対的な権限を持たねばならないのです。

その意味で、共産党は権限が上部に集中する極端な階級社会だともいえます。

共産党がいまでもこのアナクロの極みのような党名を変えないのは、変えてしまうと党外から一般の人たちが入り込んでしまって、この民主集中制を揺るがしてしまうからです。

だって党首選せにゃならんでしょう。そんなもんしたら、一気にいままで共産党を支えていた背骨がへし折れてしまいますもんね。

Photo_6http://www.jcp.or.jp/akahata/aik/2002-07-13/09_0401.html

実際西欧最大の共産主義組織だったイタリア共産党は「左翼民主党」と党名変更して、しばらくして消滅してしまいました。

というわけで、志位さんは負けようとどうしようと、絶対にその「党首」の地位が揺らぐことはないのです。

このような組織体質を持つ党が、先進民主国家の政党として存在し、国会に議席を持っていること自体が驚きです。

上の写真は日本共産党本部です。

首都の一等地に堂々たる地上11階のビルを構えていますが、共産党本部が首都に巨大ビルを構えている風景はわが国だけでしか見られないものです。

私は共産党は自らの党内ガバナンス(統治)を変えない限り、「政党」とは呼ばれるべきではないと思います。

 

« 朝日の逆切れと立憲民主の今後 | トップページ | 山路氏寄稿 沖縄選挙戦に見る沖縄自民党の問題点その1 »

コメント

今回の選挙で共産党がリベラル集結と謳っていたのを見た時にリベラルとは一体何なのか?と思わずにはいられませんでした。

先進国では共産主義がほぼ壊滅した21世紀の現在でも日本では共産党に投票する人が多く、議席を有しているのは、共産党が安保破棄&自衛隊解散、天皇制廃止、社会主義経済の導入を企んでいるのを知らないからでしょね。それこそ、共産党は普通のリベラル政党だと勘違いして投票すると。

自民党や安倍首相が連日連夜批判されているのだから誰か共産党を批判するひとがいても思うんですけどね。

ある意味万年野党だからこそマニフェストで好き放題言えるのかもしれませんけど

これだけの大敗を喫しても責任問題が表立たないというのが不思議というか
この党のそら恐ろしいところですね。
未だに不破哲三氏の威光が厳然とあるという話も聞きますがどうなんでしょう。
今回の選挙結果を受けて志位委員長がインタビューで、
「立憲民主党が野党第一党になったのは大事な結果」と
まるで評論家のようなことを言ったそうですが、
これ他の党なら大問題でしょう。
他党のことを心配する前に党代表としての責任をどう考えているのかと。

 アリンクリンさんの共産党分析、その通りだと思います。賛成です。

 日本の共産党で出世するには、まず党幹部に認められねばならないということのようです。共産党そのもののカタチを変える議論などは無理なんでしょうね。

 まず共産党を絶対に正しいという信念がある者が党員としては必須なんでしょうね。

 共産党は、一種宗教組織に似たものがあります。末端の党員さんには使命感があります。ここは感心します。

 数年前、沖縄で宜野湾市長選があり共産党は負けました。しかし、負けた翌日には、共産党支持者の初老の女性が一人国道沿いに立ち、安倍反対を訴えておりました。彼らには休む間もないかのようです。その政治的情熱には敬意を表したいと思います。

 しかし、共産党が天下を取ることは無理であり、その末端党員の情熱は虚しい結果をもたらすだけです。共産主義が国政の指導原理になることは不可能であり、早急にこのこと悟り、解党して再出発した方が良いでしょう。

そんな共産党をテレビ番組があたかも普通の政党かのように紹介してたりするのが本当にびっくりです。
共産党どころか、極左とつながる立憲民主党の躍進など。
マスゴミは完全に中共の支配下かと思わせます。
事実そうなのでしょうけれど。

だから、私なども動画を通してダメだって訴えていたりするわけです。

志位も、党内ではまるで人気が無いのです
不破が生きてるから、委員長の座にあるだけで、党員からは、陰で「アレ」呼ばわりです
不破が死ねば、志位も失脚するでしょうね
志位は、小澤一郎と仲がいい。小澤も、いなくなれば、志位も用済みです
志位と安陪晋三は、同い年です
似てますね

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 朝日の逆切れと立憲民主の今後 | トップページ | 山路氏寄稿 沖縄選挙戦に見る沖縄自民党の問題点その1 »