北朝鮮の「内在的意志」とは
日本において不思議なことには、これだけ北朝鮮危機が叫ばれながら、正恩の情念の道筋が、実は南北統一に根ざしていることをほとんど見ないことです。
よくしたり顔のコメンテーターたちが、「北朝鮮に体制護持さえ保障すれば、正恩は交渉に乗って来るんですよ。それを軍事的圧力をかけて戦争を煽って話しあいを拒んでいるのが戦争屋のトランプと安倍なんです」と言うのを聞きませんでしたか。
戦争屋うんぬんは陳腐ですが、この北朝鮮の過激さがどこからくるのかを考えてみるのはいいことでしょう。
実は先日の記事でも書きましたが、この体制護持のためという分析は、米国務省も似たような考え方をしているようです。
しかし、この体制護持のためだとすると、既にティラーソンは体制の温存を保障しているわけで、ならばなぜ北朝鮮が協議に乗ってこないのかが説明できません。
その理由は簡単です。米国が会談の前提に核の放棄を置いているからです。
つまり北朝鮮の言い分は、「国体を保障するのはあたりまえ。核保有も認めよ」なのです。
だから、まとまらない。
ところで一方、NSC派の分析根拠は、北朝鮮という国が一般の独裁国家と別次元の、「ひとりの父親」に従属する朝鮮民族優越論にあるとする点です。
北朝鮮には強固な内在的論理が存在するのであって、国際関係論一般で語ってはわからなくなるのです。
この点を見ないと、さきほどのコメンテーターのように北朝鮮の核武装の目的は米国を直接交渉に引っ張りだすことにあって、その目的は金王朝の護持なのだという見方につながっていくことになります。
北朝鮮という特異な国家を、一般の独裁国家と混同しています。
よくある独裁国家とは、たとえばフセインのイラク、アサドのシリア、カダフィのリビアです。年来の米国の敵だったが故に、米国内でも一緒にするような人が圧倒的です。
本当にそうなのでしょうか?
フセインたちには大アラブ主義はあったかもしれないが、それが戦争の目的ではありませんでした。
イラクのイランやクェート侵攻のような対外戦争はありましたが、それは北朝鮮のような人種的イデオロギーとは関係のないただの領土拡張主義でした。
決定的に北朝鮮とその他の独裁国家を区別する点は、グロテスクなまでに肥大した朝鮮民族純潔主義に基づく南北統一論なのです。
静岡県立大学グローバル地域センター特任助教・西恭之氏は「セキュリティ・アイ」(2017年11月16日)で、北朝鮮の国内宣伝の専門家であるブライアン・マイヤーズ博士(釜山・東西大学校準教授)の分析を紹介しています。
マイヤーズはこう述べています。
「この「民族的使命」の分析は、北朝鮮が国内で宣伝しているイデオロギーに基づいている。
それは「朝鮮民族は純血であるがゆえに高潔であり、したがって、親のような指導者の下でなければ、悪に満ちた世界で生きていくことができない」という、昭和戦前・戦中期の日本の影響を受けた「偏執病的・人種的ナショナリズム」であり、共産主義とも儒教とも、外国へ宣伝している主体《チュチェ》思想とも異なるという。」
(Myers, The Cleanest Race: How North Koreans See Themselves ─ and Why It Matters (New York: Melville House, 2010).
このマイヤーズの「偏執病的・人種的ナショナリズム」という指摘は、(戦前・戦中の日本と並べるのは止めていただきたいものですが)、ともすれば共産主義の変種、あるいは儒教主義国家として北朝鮮を理解しがちな私たち日本人を驚かせます。
金日成はこの思想で北朝鮮社会を「一色化」し、さらに1950年6月に朝鮮半島全域を「一色化」しようと試み、挫折を味わいました。
未完に終わった朝鮮戦争と呼ばれる「一色化戦争」は終わったわけではありません。あくまでも未完であって、いまはただの停戦状態にすぎないのです。
この先代たちが挫折した一色化事業の完遂こそが、正恩の内在的意志です。
そのための核武装であり、そのための弾道ミサイルなのです。
さて、ここで北朝鮮による「一色化」をブロックし続けてきたのは、いうまでもなく在韓米軍、およびその策源地である日本でした。
別な言い方をすれば南北の分断を固定化し、北と南の国家をまるで地勢学的には「島」のような存在にしたのが、在韓米軍だともいえます。
その結果、韓国は歴史上初めて大陸勢力から遮断されたことによって日米の支援を受けて経済的繁栄を享受することができました。
その一方、金大中からムン・ジェインに至る歴代の韓国の左派政権は、北朝鮮コンプレックス丸出しで、北にすり寄るのが習性でしたが、それは正統な朝鮮半島の国家はむしろ北朝鮮だと考えていたからです。
それゆえ、彼らは戦時統制権を韓国に移譲するという名目で、在韓米軍を排除しようと試みてきました。
マイヤーズはこれについてこう述べています。
「北朝鮮の宣伝は、米軍さえ南から撤退すれば、北朝鮮の旗の下での統一は不可避となり、実現させなければならないと、常に強調してきた。
この予測は先軍政治の本質を規定し、莫大な犠牲の動機となってきた。
米軍撤退後の韓国は(北より豊かなうえに)ナショナリズムの基準でも北と同等になり、北朝鮮のほうが正統な国家だと主張する根拠がなくなるので、なおのこと北朝鮮が乗っ取らなければならなくなる。
それゆえ、米軍が撤退すれば、北朝鮮は、短期間の国家連合を経るのかはともかく、偉大な民族的使命(北朝鮮による統一)の完成に努めるほかない。」
(B. R. Myers, ”North Korea, Nuclear Armament, and Unification,” 個人サイトSthele Press, 7月3日, 同21日更新.(北朝鮮、核武装、統一)
マイヤーズ著『最も清らかな民族──北朝鮮人は自分たちをどう見ており、それはなぜ重要か』韓国語版題名は『なぜ北韓は極右の国なのか』 写真は西氏による
上写真のマイヤーズの著書の書名にある” The Cleanest Race”、「もっとも清らかな民族」という背筋が寒くなるような民族的ナルシズムの台詞は、「親のような指導者」である金日成の発言にあるものです。
金日成が抱き抱える人民軍兵士の恍惚とした表情こそ、いまムン・ジェインの顔の下に隠されたものなのです。
北朝鮮の米国と差し違えんばかりの過激化の根には、朝鮮半島を金日成主義で一色化するという民族的使命がある以上、その保証を核に求めるのは彼らの立場に立てば当然のことなのです。
だから北朝鮮は核を手放さず、手放さない以上協議は始まらないのです。
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思想だのイデオロギーが国家の正統性序列を規定し得るとは、もはや「中世」に逆戻りしているの観があります。
韓国ではインテリになればなるほど記事にあるような思想傾向が強く、その「惣領」というかメルクマール的存在が文在寅氏ですね。
今のところ文在寅氏がいくら直接対話を呼びかけ、支援金の交付を決定しても一向に正恩は無視し続けています。
これは文在寅氏に対する正恩の家父長的立場からの叱責であって、韓北間の上下関係秩序を明白にするものです。
韓国保守派はこうした状況を歯噛みして見ていますが、根本的問題として「日本の朝鮮半島統治は100%不当であった」とのスタンスを自から崩す事ができず、左派同様に右派も生来的な民族主義的欠陥から抜け出る事が出来ません。
しかし、このような状況をさらに涵養し続けたのは日韓国交正常化後の日本の姿勢であって、謝罪外交がその源とも言えます。
(もちろん「責任」という事になると、そんなものは全く問われるスジのものではない事は言うまでもありませんが。)
このように朝鮮半島の世界観は既に私たちの理解する常識の範囲外にあり、普通に考えて「解決」のためには「対話だけ」では不可能です。
ですから、一時的にせよ華夷秩序体制下に戻るか、それとも物理的圧力を加えるか、もしくはその両方を試みているのが現在の状況なのでしょう。
安倍総理は北を「優良な労働力の宝庫」だとか、豊富な資源云々を言いますが、どういうふうにこの問題が落ち着くとしても日本に対する「恨」は消えません。
私としては「大丈夫かいな?」 という気持ちが拭えませんね。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2017年11月20日 (月) 10時02分
一色化に熱狂する韓国人もかなりいそうですが、御父様のおめがねにかなうような振る舞いはできなさそうです。
今朝の思想的なアプローチに人口比を加味すると、山路さんのコメントにある「大丈夫かいな?」もより具体的な疑問符となるなと思いました。
思想や正統性で優位に立つとしても、北は総人口250万人しかも大半が飢えて極貧です。
シリアの「難民数」が550万人という統計と比べると、いかに北のスケールが小さくアンバランスなのかを示しています。
対して韓国人口は20倍の5,000万人。うち2割がゆがんだ清らか熱狂で統一に踊ったとして最初の染者が4倍です。北のカラーで一色化とはならずに、絵の具の筆洗い水のような混沌が待つと思われます。
ベトナムとも戦前日本とも中国とも違う半島らしさを米国が事前に理解するのは不可能かと思いました。日本もおめでたいので困ります。中国は熟知しているので、どろどろの筆洗を引き受けたふりをしてびっくりするタイミングで日本列島にぶっかけてきそうです。
投稿: ふゆみ | 2017年11月20日 (月) 11時40分
北の人口は2,500万人。 韓国の半分弱ですね。
投稿: | 2017年11月20日 (月) 12時26分
すみません、本当にすっかりデータを読み間違えていました!
投稿: ふゆみ | 2017年11月20日 (月) 13時42分
自分へのショックで途中送信してしまいました(冷汗)。
2500万人はとても嫌な量です。私はかなり考えを改める必要があります。
投稿: ふゆみ | 2017年11月20日 (月) 13時44分
ふゆみさん。ドンマイ。私なんか年中ですよ(笑い)。
投稿: 管理人 | 2017年11月20日 (月) 16時18分
今日のフロント記事、とても良い。賛成です。
> 日本において不思議なことには、これだけ北朝鮮危機が叫ばれながら、正恩の情念の道筋が、実は南北統一に根ざしていることをほとんど見ないことです。
不思議な現象です。北朝鮮問題の当初原因であり、今でもそうなのだということをマスコミなどは忘れてしまったのでしょう。北朝鮮は南北朝鮮を一つにしたいのですよ、これが原因であり、いまでもその目的を達成しようとしているのです。
> よくしたり顔のコメンテーターたちが、「北朝鮮に体制護持さえ保障すれば、正恩は交渉に乗って来るんですよ。それを軍事的圧力をかけて戦争を煽って話しあいを拒んでいるのが戦争屋のトランプと安倍なんです」と言うのを聞きませんでしたか。
北朝鮮問題の原因などを忘れた議論だと思いますね。アメリカも韓国も日本も、実際上は北朝鮮の政治体制を崩壊させようと計ったことはありません。ただ、北朝鮮軍が38度線を越えることを警戒してきただけです。北朝鮮が原爆を持った時点で、南朝鮮(韓国)から38度線を越えての北朝鮮攻略はできなくなりましたね。抑止力は彼ら北朝鮮は十分に持っているのです。北朝鮮はなにを望むのでしょうか? キムジェインが北朝鮮に帰順しよとしているのですからそれを待っていても良い筈です。キムジェインが金正恩に従うかどうかをやはり疑っているんかもしれません。南北統一の話し合いが仮に実現したとしてもそれはは相当に難航するでしょう。統一は簡単ではないのかもしれません。
キムジェインという大統領はすこしおめでたい性格の方のようです。鳩山さんレベルの思考をするのではないでしょうかね。金一家が3代にわたり南北統一を実現しようと懸命に努力してきたことを、現在の韓国の経済力、人口を背景にすれば、金正恩も説得できると考えているのでしょう。甘いです。
韓国は、最近中国寄りに急旋回をしましたが、中国と結ぶことが韓国の利益になると誤解しているかもしれません。しかし、中国が今後安定的に繁栄するかどうかは分かりませんよ。
金正恩も原爆を持ったことで有頂天になり、アメリカまで届くミサイルを持とうと欲を出したことが命取りになりやしないか。SLBMが現実化しようとする段階で、あるいはICBMがアメリカへと到達可能な時点でアメリカは北朝鮮に戦争を仕掛けるでしょう。
それは、アメリカの自衛権という権利の行使であり、中国でもロシアでも防ぎようはないでしょう。それにより、日本に災厄が及ぶことがあれば、アメリカの同盟国への責任が全うされないことでもありますが、日本がアメリカ頼みだけであったという日本人の不明でもあるわけで、アメリカさんを非難したとしても取り返しがつくことでもありません。
投稿: ueyonabaru | 2017年11月20日 (月) 22時14分
韓国とは、独立の英雄なき独立国です。
マイケル・コリンズなきアイルランドであり、
ゴ・ディン・ジエムしかいないベトナムです。
ゆえに英雄を渇望しています。
チンピラでも女学生でも、
日本人を殺すか、日本人に殺されれば英雄になります。
日本に酷い目にあわされたと喧伝すれば、
呆けてるか、嘘を吐いているかのいずれかでしかない
おばあちゃんが、国賓との晩餐会に招待されます。
韓国の保守層は伝統的に反共でしたが、
保守政権下での従中政策により反共たりえなくなり、
あからさまに容共な文政権の支持率は七割を越えます。
日本が北朝鮮による拉致問題の解決を
強くトランプに働きかけたのに対して、
この件の最大の被害国である韓国は、
清々しいまでのスルーっぷりでした。
韓国にはもう、金王朝の侵食にあらがうだけの
抵抗力はありません。
一色化も、可否ではなく時期の問題です。
抗日運動の指導者(という設定)の金日成を、
韓国は水を飲むがごとく受け入れるしか
ないでしょう。
投稿: 七面鳥 | 2017年11月21日 (火) 00時47分
どうして管理人は同一人物マイヤーズの分析で、一方は支持し一方は支持しないのですか?
管理人と同じ考えの人が見つかったって事に過ぎないのだが
投稿: わからん | 2017年11月21日 (火) 17時47分
わからんさん。なにを言いたいのかわかりません。わかるように書いて下さい。
マイヤーズ氏を支持したりしなかったり?なんのことです?
マイヤーズ氏の当該論文を、私は一貫して支持していますよ。
「同じ考えがいただけ」ってなんのことです。韓国内に居住して内側から朝鮮社会を研究する欧米朝鮮研究家は希少です。
だから傾聴する価値があるのですよ。
投稿: 管理人 | 2017年11月22日 (水) 02時54分