トランプ演説は従来の米国政府の既定路線からはずれていない
トランプがアラブのインティファーダ(反乱)に燃料を投下してしまったようです。当然、予測がついた事態です。
いったん火をつけてしまうと、互いに行くところまで行ってしまう傾向があります。
過激なことをいう者のほうが、穏健でパランスがいいことをいう者の声よりはるかに大きいために、多くの支持を集めてしまうのです。困ったことですが、よくあることです。
イスラエルを海に叩き落とすと言っていたハマスと、イスラエルとの共存関係を模索してきたパレスチナ自治政府に共通の敵を与えてしまったことになります。
ハマスはまたぞろイスラエルにロケット弾テロを行い、アイアンドームで迎撃されました。
アイアンドーム - Wikipedia
BBC http://www.bbc.com/japanese/42275961
一方、ネタニヤフ首相は、米国の「喜びすぎないように」という忠告を無視して、こんなことを言い出しました。
「トランプ米大統領がエルサレムをイスラエルの首都と認定したことについて、同国のネタニヤフ首相は7日、多くの国々が今後、米国に追随するだろうとの見通しを示し、「(米国と)同様の認定に向け、すでに他国と接触している」と明らかにした。具体的な国名は不明。(産経12月7日)
お止めください、と申し上げたいですね。米国に追随すれば、その国も標的となり、またテロを世界にばらまくことになります。
さて、肝心のトランプがなにを言っていたのか、ほとんど報じられていないと思います。
トランプのやり方が例の調子だったために、言っている内容が無視されています。
トランプがイスラエルの肩を持っているのは確かですが、そう過激で突拍子もないことを言っているわけではなさそうです。
まず、エルサレムがイスラエルの首都であるという認識自体は、米国政界において先日も書いたように特に珍しいものではありません。 むしろ常識でしょう。
1995年に議会の過半数で、「エルサレム大使館移転法」という形で法制化されています。ただ歴代大統領が署名しなかっただけです。
トランプは決められたことをやらないのは、現実から眼を背けているのだと非難しています。
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2017/12/...
大統領演説のこの部分です。
Transcript: Trump’s remarks on Jerusalem," The Washington Post (by Associated Press), December 6, 2017.
”In 1995, Congress adopted the Jerusalem Embassy Act urging the federal government to relocate the American Embassy to Jerusalem and to recognize that that city, and so importantly, is Israel’s capital. This act passed congress by an overwhelming bipartisan majority. And was reaffirmed by unanimous vote of the Senate only six months ago.
Yet, for over 20 years, every previous American president has exercised the law’s waiver, refusing to move the U.S. Embassy to Jerusalem or to recognize Jerusalem as Israel’s capital city. Presidents issued these waivers under the belief that delaying the recognition of Jerusalem would advance the cause of peace. ”(意訳)
「1995年、議会はエルサレムがイスラエル首都であることを認め、米国大使館を移転するエルサレム大使館法を採択した。この法律は圧倒的な超党派の過半数で議会を可決された。そして6か月前、上院の全会一致の投票によって再確認されいる。
しかし、20年以上にわたり、すべての米国大統領は、エルサレムに米国大使館を移動したり、イスラエルの首都としてエルサレムを認識することを拒否し、法律の行使を放棄してきた。
大統領たちはエルサレムの認識を遅らせることが、パレスチナ和平を進めるという信念で署名しなかったのだ」
つまり、オレは決められたことをやる、いままでの大統領と違って現実に眼を背けないんだ、な、カッコイイだろうといいながら、実はつい先だって移転法の延期には署名していたわけです。
池内恵・東大准教授が指摘するように、トランプの宣言には慎重に安全装置がいくつかかけられています。
「トランプは12月6日に署名した宣言文および演説でエルサレムを首都と認め、大使館のエルサレム移転の決意を表明したが、その直後に、1995年に議会が可決した「エルサレム大使館法」の適用を6カ月免除する大統領令にも署名している。
これは「エルサレム大使館法」の規定により、大統領は6カ月ごとに署名して大使館の移転を延期することができる。大使館移転をぶち上げて当選したトランプも、就任後の今年6月にすでに一度延期のための署名を行っていた」(Foresight中東通信12月8日)
つまりトランプはエルサレムを首都と認めた「だけ」であって、現実にエルサレムに大使館を移転するとは言っていないことになります。
また、トランプは「新しい大使館を建てるために建築家を雇う」とは言っているものの、肝心のどこに作るのか、いつまで作るかについては明言を避けました。
「新しい大使館を建てるため」と言っている以上、西エルサレムの総領事館に移転するわけでもないと思われるために、事実上移転先は決めていないようです。
果たして彼の任期中に移転できるのでしょうか。
東エルサレムの神殿の丘頂上に建つ黄金のドーム。かつてこの場所に古代ヘブライ王国の神殿があった。
次に、池内氏が最大の懸念材料としていた東エルサレムの「ステータス・クオ」(現状維持)ですが、「当面は」維持すると宣言しています。
”In the meantime, the United States continues to support the status quo at Jerusalem's holy sites, including at the Temple Mount, also known as Haram al Sharif. Jerusalem is today -- and must remain -- a place where Jews pray at the Western Wall, where Christians walk the Stations of the Cross, and where Muslims worship at Al-Aqsa Mosque.”
”In the meantime, I call on all parties to maintain the status quo at Jerusalem’s holy sites including the Temple Mount, also known as Haram al-Sharif. ”(池内氏訳) 「当面は、米国はエルサレムの聖地のステイタス・クオを支持する。聖地にはハラム・シャリーフとも呼ばれる神殿の丘を含む。エルサレムは今日、西壁でユダヤ人が祈り、十字架の通った道をキリスト教徒が歩き、アル=アクサー・モスクでムスリムが祈る場所であり、今後もそうあるべきである」
「当面は、私はすべての当事者に、エルサレムの聖地のステイタス・クオを維持することを呼びかける。聖地には、ハラム・シャリーフとも呼ばれている神殿の丘を含む」
この「当面」という含みが気になりますが、トランプは複雑な3宗教の聖地が重なり合う東エルサレムの現状の均衡を崩すつもりはなく、むしろこの「ステータス・クオ」を維持することを当事者に呼びかけた「だけ」ということになります。
妥当な判断です。もしエルサレムの領有問題にまで、イスラエルの言い分に言質を与えてしまうと取り返しのつかないことになっていました。
簡単に説明すれば、イスラエルはエルサレム全域が、自国領土だと主張してきました。
これを現したイスラエル独特の表現が、「不可分で永遠の首都(indivisible and eternal capital)」という表現です。
「不可分」というのは、「東西エルサレムの線引きは認めない、全部オレのものだ」、という意味です。
米国の政治家でもこのイスラエルの枕詞を踏襲する人が多いのですが、トランプは宣言演説ではこの両方とも使用せず、ただ「エルサレム」とだけ表現しています。
それはこの宣言文のこの一節でわかるでしょう。枕詞なしで” Jerusalem ”とだけしか表現していません。
”The specific boundaries of Israeli sovereignty in Jerusalem are subject to final status negotiations between the parties. The United States is not taking a position on boundaries or borders.”
”We are not taking a position of any final status issues including the specific boundaries of the Israeli sovereignty in Jerusalem or the resolution of contested borders. Those questions are up to the parties involved.”(池内氏訳)「エルサレムでイスラエルの主権が及ぶ境界の特定は、当事者間の最終的地位交渉に委ねられる。米国は境界や国境について立場を取っていない」
「エルサレムでイスラエルの主権が及ぶ境界の特定についても、争われている国境の確定についても、我々は最終的地位の諸問題で立場を取っていません。これらは関係する当事者が決める課題です」
2017年05月23日トランプ米大統領とッバス・パレスチナ自治政府議長(23日、ヨルダン川西岸ベツレヘム)http://www.bbc.com/japanese/40011405
ここでトランプは、米国は東西エルサレムには「境界」が存在し、それは未確定であり、それについて米国は関与しない、イスラエルとパレスチナ自治政府の二国間で協議すべきだと述べています。
つまりトランプは、パレスチナ自治政府が東エルサレムを首都する可能性は残っているのだ、それの協議は「当事者同士」、すなわち二カ国でやって欲しい、とトランプは呼びかけていることになります。
このように見てくると、いい意味でな~んだという気分になりますね。
トランプの言い方は勇ましいですが、あくまでそれはトランプ節で威勢よくやるからにすぎません。
宣言内容を精査すれば、以下のようなことを言っているにすぎず、それはいままで米国政府がさんざん言ってきたこととまったく一緒です。
ニッキー・ヘイリー国連大使も、国連安保理でこのように明快に言い切っています。
「エルサレムの主権の在り方についてはイスラエルとパレスチナが交渉で決めるものだ。アメリカはエルサレムの最終的な地位を決めるつもりはなく、持続的な和平合意の達成に力を尽くし続ける」(NHK12月9日)http://www3.nhk.or.jp/news/html/20171209/k10011252421000.html
つまりはトランプは、「エルサレムがイスラエルの首都だ」と言明した「だけ」にすぎず、以下のことに要約できます。
①エルサレムがイスラエルの首都である。
②エルサレムへの大使館移転は時期を決めていない。
③東エルサレムは現状維持とする。
④エルサレムの境界線は未確定であって、二カ国間協議すべきである。
というわけで、いまごろ在イスラエル米国大使は、アッバス議長と膝詰めで、こんなことを言ってイルノカしれません。
「まぁまぁアッバス閣下、怒らないでよく宣言文を読んで下さいよ。うちの親分はハッタリ好きなもんで、大げさな言い方してあたしらも困るんですが、従来わが国政府が言ってきたことと変わりないですから、ご安心ください」
一方、イスラエル政府には
「調子に乗ってアラブと国際社会全体を敵に回さないようにって、大統領からの伝言です。うちの国は東エルサレムの領有なんか認めてませんからね」
どっちも当たらずとも遠からずでしょう。
ちなみに、トランプ演説のためか暴落した東証株価は、演説の中身を知って安心したかのように、一昨日半値戻し、さらには、昨日は全値戻しという展開となりました。
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トランプ大統領の「アメリカ・ファースト」は良く誤解されるんですが、決してアメリカの孤立主義化を目指したものではないのですね。
「アメリカファースト」には前提として、アメリカとその同盟国との紐帯を強くする事がまずあります。
トランプ氏は、アメリカ自身の「同盟国と非同盟国の扱いの区別がこれまで疎かにされていて、それが米国の力を弱めてきた」という歴史観を強く持ってます。
今回のエルサレム問題は米以同盟から見た場合、同盟国重視の立場からトランプ氏とすれば当然の行動であったし、記事にあるように全く突飛な行動じゃありません。
日本政府としては、そうした同盟観に基づく米国の考えかた自体は歓迎で、中共や北朝鮮に対しても実のあるメッセージとなり得、メルケルみたいに調子づいて批判するならアホです。
また、オバマさんに長年踏みつけられてきた鬱憤はわかりますが、ネタニヤフ首相には自重を望みたいですね。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2017年12月 9日 (土) 07時45分
トランプ大統領の今回の処置は米議会のみならず、実は米国民の大勢も容認する案件でした。
けれど、米国は今日の国連で各国に散々に非難されて、ニッキー・ヘイリーさんも青息吐息だったようですね。
しかし、もともと米国民は国連などさして気にも留めない気風でもあるようです。
そもそも英国や仏に米国を非難する資格があるのかどうか、これこそ疑問ですが。
私の考えですが、国連はイスラエルをイジメ過ぎたと思うのです。
わかりやすいところで例えば、ユネスコは明らかに政治的な目的で、イスラエルの「マクベラの洞窟」をパレスチナの世界遺産として登録してしまったりしてます。
沈みゆく米国の象徴でもあった国連中心主義のオバマ大統領の最後っ屁も、入植地の件でイスラエルを公式に非難する声明を出した事でした。
どだい国連などというものは「ポスト・アメリカ」を希求し模索する団体に成り下がっているので、その意味からも中国に甘いし、国連自体が日米の離間を図っているような部分も散見されます。
特に新しいグレーデス事務総長は潘基文以下で、ほとんど中共の傀儡と言っても過言ではないでしょう。
そのグレーデスが北朝鮮問題で安倍首相と面談したい由ですね。
当然、フェルトマン事務次長の訪朝を受けてのものでしょうが、日米の「圧力政策」を中共式に変更させる目論見で間違いありません。
トランプ氏のやり方はクレバーとは言えませんし、中東問題解決に寄与する「新しいアプローチ」なんてものはありません。
米国の後退を食い止めるにはイスラエルを完全に取り込み、イランの脅威を逆用してサウジなどに価値観で強力に結びつける事を目指したものでしょう。
これは9月の国連総会で述べた、「原則ある現実主義ドクトリン」に沿った行動でもあったと思います。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2017年12月10日 (日) 00時05分
国連の事務総長になると、穏健な路線を選択する傾向があるのでしょうね。話し合いでうまく収めたいというのが感情として出てくるのでしょう。
現実の世界は、実際にはもっと力の関係や利害が絡んだものであり、国連事務総長が問題解決に重要な役割を果たすというのは稀なケースなんだろうと、山路さんの論考を読んで思いました。
投稿: ueyonabaru | 2017年12月10日 (日) 00時20分