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辺野古移設と普天間2小問題をリンクさせるな

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初めに宜野湾くれない丸さんのリードで書き始めましたが、長くなりすぎたので別記事に移しかえました。

普天間2小問題は、 辺野古移転問題の象徴です。

元来のきっかけはあの米兵少女レイプ事件でした。

この痛ましい事件によって、子供たちの生命が危機にさらされていはしまいか、という思いが出発点だったはずです。

それをなんとか取り除きたいという思いから、移設問題の協議は始まったはずでした。

しかしそれから20年近く経過し、原点たるべき「子供の安全」という視点そのものがなし崩し的に忘れられてきました。

移設問題はいつか政治対立の場と化し、いまや移設を阻止することこそが翁長県政の柱となっています。

くれない丸氏の宜野湾市への問い合わせにおいても、市はこのように答えています。

「一日も早い普天間飛行場の閉鎖・返還に向け鋭意取り組むことが、子どもたちの安全確保につながるものと考えております」

市行政は、今、現実に児童の頭上に米軍機が飛び交っているのに、それに目を閉ざして、基地の閉鎖まで待てというのです。これはすり替えです。

校庭に米軍機の部品が落ちても、抗議はするが、具体的対策は校庭であそばないということだけだ、というのです。

冗談ではない。

Img_eeecd1b9fef45ff394fe862f692ab6chttp://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/183862

この市の返答が伊波前市長時代のものであったとしても、宜野湾市は要は普天間飛行場が閉鎖されないかぎり、普天間2小は移設されないのだと言っているに等しいわけです。

「国外、ないしは最低でも県外」などというのは、いまや空理空論であるのは誰しもわかっているはずです。

わかっていながら移設反対に「鋭意取り組む」ならば、普天間飛行場はそのまま固定化され続ける結果となります。

普天間2小が宜野湾市によれば、「同校の移転につきましては、現在のところ計画はない」以上、翁長知事の移転阻止運動の勝利とは、普天間2小が半永久的に基地フェンスの横にいたままでかまわないということになります。

なぜなら、基地があり続ける限り、「閉鎖・返還に向け鋭意取り組むことが、子どもたちの安全確保につながるもの」だからです。

これで元に戻りますから、これでは永遠の循環論法です。

飛行場移設問題と普天間2小移設問題を、しっかりと分けて解決すべきです。

リンクさせるから普天間飛行場移転されないかぎり普天間2小も移転できない、と言う奇妙な論理になるのです。

私は辺野古の移設に賛成しろと言っているわけではなく、この不毛なリンクを断つべきだと言っているにすぎません。

なるほど本質的には、普天間飛行場が市街地にある限り危険はなくなりません。

しかしそれをいうなら、最低で十数年先、まかり間違えば固定化すらありえるのです。この長い期間、大人たちは「子供への危険」を放置するのでしょうか。

立ち止まってもう一回、守るべきものはなんなのか戻ってみるべきです。

初発は普天間2小のような「子供への危険」をなくすことではなかったのか。それが忘れられているのではないだろうか、というくれない丸さんの指摘は重いと思います。 

そしてそれを議論させない、沖縄の空気もまた。

このようなことにあらためて気づかされた氏の労作に、深く感謝いたします。 

※ネガ(陰画)では分かりにくいので、改題しました。

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沖縄問題」カテゴリの記事

コメント

 ここ数日の普天間第二小に関する事例を読んで、やはり第一には「県民自身による自助不足」という事を考えずにおれません。
少なくとも県民自身がまずこの事を深く考え、反省せねばならない事柄だと思うのです。

沖縄県においては、より有効に問題解決に導くスタンスとして、「収斂」と「拡散」が逆になっちゃてる。
だから、結果的に、子供の命を担保にすることも平気でやらかすような有様になったのです。

問題に対する優先順位を着けられない行政を若干不審がりつつも、結局は許容していく「県民の姿勢」、これこそやはり重大問題なのです。

はっきり言って、自分たちで出来る事すらやらないで、国に全てのケツを拭わせようとする姿勢は汚いものです。

本土の方々の大勢の考えはマスコミ報道とは違い、早期の辺野古移設容認です。これが本音ですよね。当たり前です。
建前としての基地負担率の事もありますので、多くは語りませんけれども。

それは、そうした合理性以外にも(例えば普天間第二小に関するに象徴されるような問題の核心部分を詳らかに承知されているとは思いませんが)、それでも「沖縄県のおかしさ」を漠然とでも全体的に感じ始めた結果、と言っても良いのではないでしょうか。

これは、きわめて雑駁に言えば、沖縄県に対する「後進性」の認識でもあるのだろうと思うのです。
(ちなみに、こうした本土の方々の考えがあるとして、それは決して「差別」と言う様な事ではなく、個々人の評価の集成です)


投稿: 山路 敬介(宮古) | 2018年1月10日 (水) 10時34分

宜野湾市の佐喜真市長は2012年から市長に就任、辺野古容認派で知事選に翁長氏の対抗馬の1人と名前があがるほどの人物ですが、普天間第二小学校の移設に取り組んでいる様子はありません。
くれない丸さんが最初に市に問い合わせたのが2015年ですから、移設計画はないというのはそのまま佐喜真市長の姿勢でしょう。
とにかくまず宜野湾市長が移設させる気がないならどうしようもないし、土地取得も困難、県も国も動かないなら八方ふさがりです。
あとはくれない丸さんが地元住民として移設運動でも起こすとか、市長に直談判するとかでしょうか。
しかし米軍はこのごろ第二小学校だけではなく沖縄本島のあちこちでトラブル続きですからね…
訓練でどこでも飛び回りますから第二小学校だけの問題じゃないんですよね。普天間基地周辺だけでもたくさんの学校ありますし。じゃうちは?となればキリがない。
名護市長選挙も自民系が海兵隊移転を政策にでもしないと勝ち目がないのですね。
しかしそれで公明党推薦を得たので、公明党の本気度次第で渡具知氏にも十分勝機はあると思います。

投稿: 改憲派 | 2018年1月10日 (水) 15時46分

今回の宜野湾くれない丸さんの投稿記事、実に為になるお話でした。
現地の人のご意見としてありがたく読ませていただきました。


普天間第二小建設の背景などから考えるに、人口増に対応する為の時間の無い中での選択、という面があるので、自治体の対応だけを責めるわけにもいかないのですね。

とはいえ、現在は既に状況が違う。当時から建設技術なども進化した。
東京には「屋上が校庭」「地下に温水プール」という学校もあるわけで。(千代田区立昌平小学校とか)
第二小が移転する土地が確保できないというのなら、それこそ普天間小学校の校庭に追加でガッチリした校舎を建てて、屋上を校庭にしろと言いたくなります。

また、普天間高校の移転が計画されているのなら、その跡地に小学校を移動させろと言いたくなります。

雑談レベルでならこれらのことはポンポンと出てくるものですが、沖縄の行政は移転は計画しないと言っているのですからどうしようもない。
私が通っていた学校は、少子化によって廃校となりました。今ではマンションの建設が進んでいます。
普天間第二小は、そこに通う子供が居なくなるまで、あのままなのだろうかと思ってしまいます。

反基地第一・経済発展第二・安全第三。
コレが安全第一になるには、あと何年が必要なのだろう。安全第一に考えることが、結局は基地返還も経済発展も最短の道になるのだろうに。

投稿: 青竹ふみ | 2018年1月10日 (水) 16時09分

青竹ふみさんのアイデア面白いですね、まあ様々な案を出して検討すればいいのにと思います。
基地から少し離すだけでもという発想もありと思いますが、
宜野湾市の回答からすると、市は中央に基地があって周辺120箇所学校や施設があり、また以前は大学にヘリ墜落事故もあったし少し動かすくらいでは、ということで結局宜野湾市長は辺野古に移設という対応しか考えていないのでしょうか。
本当にどうしたらいいのでしょう。

投稿: 改憲派 | 2018年1月10日 (水) 17時31分

みなさまからの貴重なご意見を承りましてありがとうございます。

山路様が述べられていることは的を得ていると思います。だが、私はそのことを「マイナス」イメージとして沖縄の人たちは取り過ぎているような気がするのです。「要は気が付いた時」に「どう動けるか」が一番のポイントだと思います。「あっ、そうだね。その方法でいこう」というような「前向きの姿勢」と「発想」を持つ、持ち得るような人間力や育て方を息長く行い、「知力基盤」を構築せねばならないと感じております。

物事を考えるにあたっての「柔軟性」の不足を感じてしまいます。これは一朝一夕に構築できることではありません。だから「対話」の必要性を切に感じておる次第であります。それと「読み・書き・算盤」の知力基盤だと思います。

青竹ふみさんや改憲派さんのように「スタンスを軽くもったアイデァレベルの話」というのはとてもいいと思います。このようなスタンスを持ちえることが、このようなシビアな問題を「回避」できることに繋がっていくのではなかろうかとも思ってます。

これからも地道にこの件を追っていこうと思います。

投稿: 宜野湾くれない丸 | 2018年1月10日 (水) 21時15分

小学校へ通う児童のことを利用して反基地活動しているが、その実は児童たちに関心はないと考えてよろしいのかなぁ。

市長も役人も教員もPTAも辺野古移設で考えることを止めた?
校庭の窓落下事故を受けて苦情を言えば児童たちの安全は確保できるとでも思っているとかヤメテ。

辺野古移設が進まない現状で児童に何かあれば、国や米軍と並んで県民の責任じゃないですかね。

児童の安全確保は小学校移転が一番手っ取り早い。
知事が市に予算つけて動かせばいいんですよ、軍港移転(新基地でなく単なる引越し)より先に学校の引越しをやるべき。

投稿: 多摩っこ | 2018年1月11日 (木) 01時37分

実家がハンビー飛行場のすぐ側で、普天間中 普天間高と歩んだ私の時代とドンピシャな くれない丸さんの投稿、興味深く読ませて貰いました。
青竹ふみさんの普天間高校跡地に第二小移転の案、成る程と思いましたが、普天間高校と普天間小学校は隣り合わせですね。
確かに高校移転より小学校の移転を優先させるべきだと私も思いますが、宜野湾市側は辺野古移転が進み変換されるのは確実と見ているのではないでしょうか。

投稿: 宜野湾市民 | 2018年1月13日 (土) 00時34分

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