尖閣接続水域における中国原潜の「謎の浮上」を考える
中国海軍潜水艦が尖閣の接続水域を潜行したまま通過し、その後に浮上して国旗を掲げるという異様な事件が発生しました。
「政府は12日、10~11日に尖閣諸島(沖縄県石垣市)周辺の接続水域を潜没航行した潜水艦について、中国海軍所属であることを確認したと発表した。海上自衛隊の護衛艦が追尾していた潜水艦が12日、東シナ海の公海上で海面に浮上した際に中国国旗を掲げた。潜水艦が自衛隊艦を挑発する意図があった可能性もある」(産経1月12日)http://www.sankei.com/photo/daily/news/180112/dly1801120021-n1.html
これに対して中国外務省は「知らない」と答えています。
「【北京時事】中国外務省の陸慷報道局長は15日の記者会見で、沖縄県・尖閣諸島周辺の接続水域に進入した中国海軍の潜水艦について「把握していない」と確認を避けた」
ちなみに、全国紙は朝日をのぞいて1面トップ、朝日だけは3面扱い。ちなみに沖タイは社会面の最下段にチョボチョボと報じていたそうです。
各紙の中国との距離感が如実に現れて苦笑します。
それとさておき、沖タイにも配信しているはずの共同はこう書いています。
「「日本政府は12日、沖縄県・尖閣諸島周辺の接続水域を11日に潜った状態で航行した外国の潜水艦について、中国海軍所属と確認した。
潜水艦は12日に公海上で中国国旗を掲げて航行した。防衛省によると、中国潜水艦が尖閣の接続水域を航行したのは初めて。
杉山晋輔外務事務次官は中国の程永華駐日大使に電話で『新たな形での一方的な現状変更だ』と厳重抗議した」(12日付共同通信)」(1月11日共同)
これが浮上して五星紅旗を掲げる中国潜水艦です。
軍事常識では考えにくいことに、中国潜水艦は堂々と追尾をしていた自衛艦の正面にプハーと浮上してみせたわけですから、ありえない行動です。
藤田幸生元海上幕僚長は、Facebookにこのようにコメントしています。https://www.facebook.com/search/top/?q=%E8%97%A4%E7%94%B0%E5%B9%B8%E7%94%9F&init=public
「私は、『潜水艦乗り』ではない。海中から、敵潜水艦を探し出して、これを沈める対潜ヘリのパイロットであった。このような写真は、あまり観たことがない!
海軍の世界では、こんな写真を撮られるのは、『完全な敗北、白旗を掲げた、両手を挙げた潜水艦』を意味するのである。
(中略)
海軍では、常識的にこんなことはしない。 潜水艦は、『隠密』』が、生命である。何処に居て、何をしているか、『解らない、分らない、判らない』ことが、『潜水艦の特技、特徴、強み』であり、『海の忍者』と言われる所以である」
軍事常識としては、参りました。勘弁してくださいとしか取りようがないふるまいを中国原潜はしてみせたわけです。
小原凡司(元駐中国防衛駐在官・元海自第21航空隊司令)氏は、「ザ・ボイス」 (1月16日)の中でやはりこの浮上を最大の謎だとしています。
なお小原氏も対潜作戦の専門家です。
浮上してみせたことでこの潜水艦が「商」(Shang)093D級新型原潜であることが露呈されてしまいました。
093型原子力潜水艦 - Wikipedia
この「商」級原潜はピカピカの新型で、つい先だって実戦配備ばかりのものです。
「商」級は「漢」級の後継として開発された攻撃型原潜で、核を積んだ弾道ミサイル(SLBM)は搭載できないものの、巡航ミサイルの搭載は可能です。
http://sp.yomiuri.co.jp/politics/20180113-OYT1T50109.html
よりによって、このお宝の音紋を海自によって完全に採集されてしまいました。
音紋 - 航空軍事用語辞典++ - MASDF
船舶は皆、人間の指紋と同じようにスクリュー・エンジン・船体の振動などに固有の特徴を持っています。
面白いことに同じ型式の艦艇でも、それぞれ別の固有の音紋をだすそうですから、どの艦にどの音を出すかで、なんという艦種の何番艦と特定できてしまいます。
ですから以後、「この音紋を出したから、ああ、あの時の白旗原潜だね」と固有識別されてしまうことになりました。
そのうえそのまま潜行し続ければよいものを、わざわざ自衛艦の目前に浮上してみせるサービスをして写真まで提供してしまいました。
隠密性を最大の武器とする潜水艦にとって、どこからどう考えても命取りです。
とうぜん海自は米海軍と情報共有していますから、これで中国自慢の新型原潜は半ば中古と化してしまったわけです。
これでは艦長解任、降格ものの大失態ですが、ではなぜこのような軍事常識を逸脱したのでしょうか。
原潜は数カ月に一回の浮上で済みますので、接続水域を抜けて自分の母港周辺で浮上することもできたはずです。
原子力潜水艦 - Wikipedia
にもかかわらず、完全に補足されて追尾している自衛艦(たぶん哨戒機も追尾ししていたと思われますが)の前を選んで、なぜ浮上したのでしょうか。
この回答のひとつが、先述した藤田元海幕長の「降伏」説です。参りました。もう追いかけないで下さい、音紋も艦影も献上します、ごめんなさい、というわけです。
この「商」級は「漢」級の欠点だった海中での静粛性を改良したのが特徴でしたが、海自にたちまち補足され、徹頭徹尾追いかけ回されてしまいました。
海自のASW(対潜水艦戦)能力の高さが、世界トップクラスだということがあらためて証明されたことになりました。
一方小原氏は、わからないとしながらも、「事故」の可能性を示唆しています。艦内システムになんらかの異常が発生し、浮上せねばならない緊急事態だったことはありえることです。
いずれにしても、ではこの「謎の浮上」を中国共産党中央軍事委員会は許可したのでしょうか。
よくこのような事件があると、メディアには「潜水艦艦長の個人的暴走で、習は後から知った」というようなことを言う訳知りが出てきますが、ありえないことです。
中国の各級部隊、あるいは艦船にはすべて例外なく部隊指揮官と同格の政治委員が配置されています。
2人の指揮官がいるというのが共産体制の軍の特徴ですが、同格と言いながらも、実際は政治委員の承認なしに、あのような「謎の浮上」はぜったいに不可能です。
ならば降伏したのか、事故なのか、あるいは予定の行動だったか、です。
小川和久氏は『ニュースを疑え』(2018年1月15日号)で、もうひとつの可能性についてこう述べています。
小川氏は新年早々おこなわれた、前例のない軍事演習が背景にあるとみています。
新年早々、人民日報は大規模な軍事演習が行われたことを伝えています。
「習近平中共中央総書記(国家主席、中央軍事委員会主席)は3日午前10時、中央軍事委員会が盛大に開催した2018年訓練開始動員大会で全軍に訓令を出し、第19回党大会精神と新時代の党の軍事力強化思想を貫徹実行し、実戦的軍事訓練を全面的に強化し、勝利能力を全面的に高めるよう呼びかけた」(1月4日付人民日報日本語版)
軍事演習をするのは、もちろん練度を高めるためもありますが、同時に政治的なデモンストレーションでもあります。
今回の新年の中国による大規模軍事演習は朝鮮半島情勢に対してのものであると同時に、このような政治的意図が隠されていると小川氏は見ます。
「中国共産党の頭痛のタネは経済格差の固定化などに対する国民の不満です。それが日本に対する「弱腰批判」という形でぶつけられ、政権基盤を揺るがすことが最も困るのです。
これに対しては、常に「弱腰ではない」ということを示し続けることが有効な対策です。そこで尖閣諸島周辺海域で日本の領海を侵犯するような行動を公船(巡視船)にとらせたり、東シナ海で海上自衛隊の護衛艦に火器管制レーダーを照射したりといった事態を、意図的に引き起こすことになります。紛争が起きないぎりぎりのところでニュースになるような動きをとり続け、そのニュースを通じて「日本に対して弱腰ではない」ことを中国国民に伝え続けるという手法です。
今回の潜水艦の行動と前例のない新年早々の軍事演習は、中国が日本に対しても、そして米国に対しても「弱腰ではない」ことを示すことに主眼が置かれていたと受け止めてよいでしょう」(『ニュースを疑え』前掲)
つまり中共中央軍事委は、あらかじめ「日本の駆逐艦や哨戒機に追い詰められた場合、公海に出たらすぐに浮上し、国旗を掲げよ。そうすれば攻撃される可能性は低くなる」(前掲)と艦長に命じたということになります。
世界の海軍の常識では、追尾されて浮上し国旗を掲げたら惨敗ですが、中国国民はそんなことはわかりっこありませんから、「おお、なんと凛々しく小日本と戦ったことよ。尖閣に翻る五星紅旗よぉ」と感涙にむせいだことでしょう(苦笑)。
これは一見、習が今進めている日本との関係改善と矛盾するようですが、日本側には浮上して国旗を掲げることで「参りました」と屈辱的意志表示をしてあるわけですから、これは国内向けの「やってる感」を見せるためですのでひとつよろしく、ということなのかもしれません。.
このようにひとつの事件においても、観点によって分析がさまざまあります。
私には降伏説、事故説、政治的思惑説のいずれが正しいのかわかりません。
しかし、尖閣を舞台にしてこのような虚々実々のやりとりが繰り広げられているということを、念頭において見ていかねばならないことは確かなことです。
まぁ、沖タイのように、自分の県で起きたことにもかかわらず、「県民には見えません、教えません」というのが論外だということは言うまでもないことですが。
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日米同盟の強化や衆院選、習近平の再選を経て、中共の対日政策にわずかながらも確実な変化を感じます。
「かりそめ」かも知れませんが。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2018年1月17日 (水) 06時40分
むしろ何で旧式の漢級でなく虎の子の商級でやらかしたのか?というのが疑問。
あの辺は海底に磁気探知網が敷いてありますから(以前中国政府が抗議してました)、宮古海峡辺りから丸見えだったでしょう。だからP-3CのMAD(アメリカはP-8で廃止)ですぐに追跡できたでしょうし、連動して護衛艦が追尾して音紋まで戴けるわけで・・・。
威力偵察的にこちらの能力を探って来たのかもしれませんけど、にしてもあっさり浮上しますかね・・・?
普通なら潜ったまま母港まで行くだろうし、むしろ着底して無音潜航(原潜だとそれでも冷却水循環音と、温廃水で探知されますけど)でもしてくれたらより美味しいデータが取れたんですけど。。
一見関係無さそうな上海沖タンカー炎上→奄美沖で爆沈が、何か連動した動きなのか?などと。。。
投稿: 山形 | 2018年1月17日 (水) 07時36分
軍事のことはわかりませんが、私の想像(妄想)です。
くっくっくっ、小日本めに我が「商」級の実力をみせてやろう。
えっ(;゚Д゚)、補足された?!
政治委員 なとしても太平洋の公海まで逃げよ!
艦長 しつこいす、逃げられないすヽ(´Д`;) 公海でアメちゃんに引き継がれたら「無かったもの」にされるかもっす
乗組員 Σ(゚Д゚;≡;゚д゚) 沈められるっす! 気が狂いそうっす! 外出たいっす! 暴れるっすΣヽ(`д´;)ノ
艦長&政治委員 やむを得ぬ、浮上だ(あんたの判断やで)
降伏説、事故説、政治的思惑説入れ混じったスケールの小さなリアル「レッドオクトーバーを追え!」
うちの知事はなんか反応しますかね。県議会でも、なんでアメリカに抗議するのに中国にはしないの、と言われて、「これは国と国の問題で~」と濁してましたけど。
投稿: クラッシャー | 2018年1月17日 (水) 07時46分
クラッシャーさん。
さすがにそれは無いと思いますけど、どっちかというと「ピンク・ノベンバーを追え」というパロディ映画レベルです。
どうも中国の意図が何なのか分からないので、注視しなければいけません。
おそらく近くには海自の潜水艦もいたでしょうから、本気なら人知れず沈めることもできたはずですが。
それにしても朝日の扱いや沖縄メディアはなんなんでしょうかね?
米軍の原潜が来ると大騒ぎするのに中華ならOK!?
その辺、翁長さんはハッキリと答えて欲しいですけど無理でしょうね。。
昨日のAERAの記事なんか、米軍の質の低下はトランプのせい!でしたからね。書いたのは沖縄国際大学のセンセとか。
それこそ前政権のオバマがやった予算削減の皺寄せでしょうに・・・。
同じ層が民主党政権時代の尻拭いをしているのを「安倍ガー!」とやってるのと同じだというのがもうねぇ・・・。
投稿: 山形 | 2018年1月17日 (水) 08時13分
山形さんとは違い軍事には全く疎い私の妄想です。それでも艦内が不穏になったりはあるかも、と思ったり。
(「眼下の敵」「Uボート」「レッドオクトーバーを追え!」等の傑作潜水艦映画は観ましたがピンク~は知りませんでした)
今回の事件で中国が得た成果とは何でしょう?「想像以上に海自は手ごわい」ことが身をもってわかってことですか。
本年度も「辺野古新基地をあらゆる手段で阻止する(1mmたりとも進展ない)」が県政最大の施策とかいう知事に期待するだけ無駄でしょう。
それよりこんな状況で3月11日投開票をむかえる石垣市長選で保守分裂しそうで頭痛が痛い。沖縄自民しゃんとせぇ!
「石垣市長選:砂川利勝県議が出馬へ 保守分裂、三つどもえに」
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180115-00194871-okinawat-oki
投稿: クラッシャー | 2018年1月17日 (水) 09時50分
台湾旅行法が成立すれば米中断交もありうる
http://sp.recordchina.co.jp/newsinfo.php?id=480087&ph=0
米下院は9日、台湾旅行法草案を全会一致で可決した。同法案は昨年1月に提出されたもので、米国と台湾のあらゆるレベルの官僚の相互訪問を許可するもの。
台湾旅行法が米下院通過 総統府が感謝の意
http://mjapan.cna.com.tw/news/apol/201801100003.aspx
総統府の林鶴明報道官は10日、台米交流を重視する米議会の姿勢や法案推進に力添えをした議員に感謝を示した。
国有化1周年
尖閣問題の本質は「台湾問題」
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/3151?layout=b
なぜ中国の潜水艦は尖閣諸島に近づいたのか
http://lite.blogos.com/article/271245/
米軍を沖縄から台湾に再配置する!?
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/8931?layout=b
トランプ大統領がツイッターで「『一つの中国政策』は交渉次第である」と述べたことと軌を一にしています。
台湾旅行法に中国が反応してるんだと思いますけどどうでしょうかね。台湾を一つの国扱いしてる企業に謝罪求めたりしてますし。中国の政治家はオーバーに言えば命さえも危ないイメージ(習近平の暗殺9回め)で、失脚したら身の破滅は間違いないのでしょうから必死というか。台湾カードは北朝鮮も中国に対して使いますがアメリカが台湾カードを行使するほどパンチもなく、トランプ大統領の交渉が何を指すのかと想像すれば北朝鮮への圧力かなぁとも思わなくもないです。
裏目ばかりの中国外交
http://www.canon-igs.org/column/security/20160822_3919.html
最近の中国外交は見るも無残。やることなすこと、ことごとく裏目に出ている。原因は何なのか。まずは事実関係から始めよう_
投稿: いろは | 2018年1月17日 (水) 09時57分
私も、軍事のど素人ですので、妄想に過ぎないのですが、潜水艦って単独、隠密行動が基本じゃないのでは?と思うのです。今回、確か洋上艦(フリゲート艦)も随伴してたと思います。いち早く発見されやすい洋上艦が居たということは、中国自身、早く見つけて欲しいと思っていたかも?ただ、海自の対潜水艦能力が想像以上に厳しくて、内心「ヤバっつ」と思ってしまったのではないでしょうか?浮上、国旗掲揚はどう見ても降参の印だと思います。基本大陸国家である中国が、海洋国家になろうとして色々物は作ってみても、如何せんそこは歴史が浅いので、今回のようなことになったのではないでしょうか?海軍の中でも潜水艦乗りは、超エリートのはずですが、それでも中国の海軍レベルがそれ位なのではないでしょうか?
投稿: 一宮崎人 | 2018年1月17日 (水) 11時25分
たとえ潜水艦が海自に捕捉されたと認識しても、人民海軍側から手を出さないと海自からの攻撃は100%無いと解っているでしょうから、そのまま潜行を続けて母港に帰れば良いので、隠密が命の潜水艦がここまで堂々と姿を曝け出すのは不可解ですね。
普通の行動ではないので、白旗説、事故を含む何らかのトラブルで浮上せざるを得なくなった説、政治委員の指示で政治的に敢えて浮上した説と様々な考え方がありますが、個人的に思い浮かんだのは囮説です。
実はもう一隻潜水艦が潜んで居て、そちらには核兵器か何か重要な物を積んでいる本命の潜水艦で、
そちらに海自の目が行かない様、敢えてこの度の潜水艦が陽動的な行動をとったという説は考えられますかね?
投稿: 三毛猫 | 2018年1月17日 (水) 12時42分
実はアメリカの攻撃型原潜に捕捉されて、アクティブバッシングされ、更に魚雷発射管の注水音も聴かされて、慌てて浮上して国旗を掲げた
なんて、小説的な展開ですかね?
投稿: アミノ酸 | 2018年1月17日 (水) 14時51分
中国潜水艦の艦長以下全乗組員が
日本亡命を切望したようだが、先方は
中国僻地方言で通じなかった。
自衛艦側は愛情を込めて対話を試み見たが
中国潜水艦側は仕方なく日本亡命断念。
自衛艦側はに酸素の缶詰を1ダース
差し入れ、2000円貸して別れた。
これが実情だ。
2000円は戻って来るか?
投稿: 本官 | 2018年5月11日 (金) 18時56分