中北呉越同舟同盟の誕生
メディアでは報じられていないのですが、昨日書いたとおり先日の正恩が、中国にあらためて臣従を誓いました。
正恩の26日に開かれた習の開いた食事会挨拶の部分です。これは朝鮮中央通信が配信したものですから、北の公式発表となります。
私が注目する部分だけを抜粋します。煩雑なら写真の下に飛んで下さい。
※全文はこちらから産経3月29日
http://www.sankei.com/world/news/180329/wor1803290029-n1.html
「私はまず、党と国家事業を導く多忙な中でも自ら時間を作り、われわれを真の兄弟のように熱烈に歓待してくださっている尊敬する習近平総書記同志と彭麗媛女史に心から謝意を表します。
今回、われわれの電撃的な訪問を快く受け入れてくださり、訪問が実りあるものとなるよう習近平同志、中国の党と国家指導幹部同志らが短時間で傾けた真心と手厚い配慮に私は深く感動し、大変感謝しています。
習近平総書記同志が中華人民共和国主席、中華人民共和国中央軍事委員会主席に選ばれたことに対し、熱烈にお祝いします。
私の初の外遊先が中華人民共和国の首都となったことはあまりにも当然のことであり、朝中親善を代を継ぎ命のように大切に守っていかなければならない私の崇高な義務でもあります。
川一つを挟み接する兄弟的隣人である両国にあって、地域の平和環境と安定がどれほど大切であり、それを勝ち取り守っていくことがどれほど価値あることか、はっきりと身にしみています。
われわれは習近平総書記同志の賢明な指導の下、党第19次大会が示した課業を貴国人民が輝かしく貫徹し、中華の偉大な復興を成し遂げることを心から祈っています」
①習を「同志」と呼び、「兄」と呼んだ。
②習をが終身国家首席になったことを祝う。
③中朝親善は永遠である。
④中朝は鴨緑江を隔てて一衣帯水のj隣国であって、この地域の安定が必要だ。
⑤中華帝国の偉大な復興を祈念する。
もちろん公式晩餐会におけるスピーチですから、美辞麗句に覆い尽くされるのは当然で、5掛けていどに割り引いて聞いて置く必要はあります。
このスピーチで注目すべきは、正恩が習を「兄」と呼び、「中華(帝国)の復興を祈念する」と述べた意味です。
これが意味することは、繰り返しますが、中華帝国に北朝鮮が従属国として服従することを改めて誓ったという意味です。
中国とコリアの関係を、自由主義世界の二国間関係と思うと、裏切られることになります。
あの両国関係には、古代から近世まで連綿と続いた中華秩序意識が支配しているのです。
日本人は唯一、華夷秩序から自由な国でしたので、それが分かりません。
正恩が本気かどうかはもう少し見ねばなりませんが、 とまれ中北関係が、とりあえず元の鞘におさまったということです。
元の鞘とは、華夷秩序の体系の頂点に位置づけられる中華皇帝を、「兄」とも慕う臣下の「王」の位置に、正恩が復帰したということです。
ボンから出向くというのも、重要なチャイナ・プロトコールです。
あくまで臣下は皇帝の徳を慕って行くわけですから、最初は訪中して臣下の礼をとらねばなりません。
まぁ行きさえすれば、北京の壮大さに打たれ、皇帝の慈悲のお心も肌で分かるというものです。
言い換えれば、反抗期のスネガキを脱して、真面目な「属国」として励みますと、ボンが誓ったことになります。
さて、よくある素朴な誤解に、中朝は同じ「共産主義国家」なのだし、中国は朝鮮戦争で100万の義勇軍を派遣した同盟関係ではないか、今だって原油をパイプラインで送って助けているじゃないか、というものがあります。
まぁ、表面的にはそうですが、この見方は北朝鮮の側から見たもので、ではなぜ、そんなことを中国がしているのか、という疑問には答えていません。
中国にとって、北朝鮮は不愉快、かつ不安定な隣国です。 さらに強い表現を使えば、いつ核攻撃をしかけてくるかもわからない潜在的な「敵」だと考えているはずです。
彼らの核は、現時点でも北京を射程内に納めており、軍事的脅威度は日本や韓国などよりはるかに高いはずです。
逆に北から見れば、地上軍を地続きで大量に投入できる唯一の国が、中国です。
地政を見れば分かりやすいと思います。
上の中朝国境付近の地図をみると、中国と北朝鮮の国境は、鴨緑江という一本の河で隔てられているにすぎません。
下の写真を見れば、この鴨緑江は自然国境としては大変に危うい壁でしかないことがわかるでしょう。
河の中央でも水深は浅く、夏にはじゃぶじゃぶと横断している庶民が見られますし、冬には凍結して歩いて渡れますので、脱北者は全員このルートで逃げています。
歴史的にも、中国義勇軍は朝鮮戦争時に大挙して渡河しています。
今、この中国軍が渡河した地点に中北をむすぶ原油パイプラインが走っています。
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かつては援軍で来ましたが、これからもそうとは限りません。逆もまたありえるのが国際関係というものです。
というのは、援軍に来たということは、軍事制圧にも簡単に来られるということを意味しますからね。
軍隊に限らず、日本統治以前から朝鮮人は食いっぱぐれると続々と満州に移住していきました。
かの金王朝初代の金日成も、朝鮮領内に暮らしていたのはほんの子供の時だけで、あとは一貫して中国東北部jソ連沿海州で活動していました。
その結果、朝鮮民族は南北朝鮮だけでなく、中朝国境の北側の延辺朝鮮族自治州にも数百万人が暮らしています。
言語はバリバリの朝鮮語で、キムチとプルコギといった朝鮮料理が普通に食べられています。
ですから、コリアが側から見れば、朝鮮民族は北朝鮮・韓国・延辺朝鮮族自治州の3ツに分断されている民族だということになります。
あれだけナショナリズムが強烈な朝鮮民族が、「大朝鮮」主義を夢見ないはずがありません。
韓国歴史教科書には、古代朝鮮の版図を下のように記述しています。
韓国歴史教科書は旧満州も版図だったと主張して上の地図を載せましたが、中国側の猛反発を食っています。
ちなみに、北と韓国が「高麗連邦」と名付けているのは、高麗は高句麗の後継国家ですから、中国に対する「大朝鮮」主義の暗喩が含まれていると私は見ています。
それはさておき、中国から見れば、「大朝鮮」主義など夢見られたらトンデモない話で、これを許したら最後、満州族やモンゴル民族(内モンゴル)、そしてなにより独立運動が存在するチベット、ウィグルが大爆発するでしょう。
そうなれば、「中華の偉大な復興」どころか、内戦が勃発し、中国は再び軍閥と民兵が跋扈する清朝末期に逆戻りしていくことになります。
ですから、中国は「大朝鮮」主義による統一は絶対に認めませんし、そのような気配すら許しません。
唯一中国が認める朝鮮統一は、中国の支配圏にある非核化された「高麗連邦」だけです。
このように中国にとって朝鮮を見る眼は、原則として冷やかな「敵国」を見る眼なのです。
共に「共産国家」だといっても、方や開放改革路線を取る異形の国家資本主義国であり、方や社会主義とは名ばかりの宗教国家です。
似ているのはひとり独裁ということですが、中国には権力の家系相続はありません。
朝鮮戦争で助けたのは、米軍が鴨緑江を渡って中国領に侵入を開始したから自衛する必要に迫られただけです。
元々、建国したばかりの共産中国には、北を支援する国力などなかったのに、金日成の南進の失敗につき合わされたのです。
同じ理由で、文禄・慶長の役の時に、明が大軍を派遣して日本軍と戦ったのも、加藤清正が鴨緑江を超えたのが理由です。
今、経済支援をしているのは、北が自然崩壊して、韓国に吸収され、韓国主導の朝鮮統一がされたら、その次には「大朝鮮」構想の危険があるからです。
北もこの冷やかな中国の視線をよく知っています。そもそも、中国に支配し続けられた長い歴史を、あの「恨みは千年たっても忘れない」朝鮮民族がよもや忘れるはずがありません。
南北を問わず、朝鮮の側からしても、中国は民族感情の深層においては日本より嫌悪する国なはずです。
北の初代が「主体思想」という珍妙なイデオロギーを作った理由も、米国もさることながら、隣国・中国から自由な「主体」になるという含意がありました。
初代、2代目は中ソ対立を巧妙に利用して中ソを手玉にとり、両側から援助をせしめました。核開発も両側から技術を得ています。
中国からは、朝鮮族も多い瀋陽軍区の反北京感情をうまく利用して、技術移転させてきました。
ロシアは元々北という国自体の製造元の上に、中国との対抗意識をくすぐられて弾道ミサイル技術や核爆弾の製造技術の移転に力を貸しました。
結局、中露が作りだしたのは、核を持った北というポケット・モンスターです。
したがってこう考えてくると、北の核武装が中国に対しても潜在的に向けられているのは当然のことなのです。
もし仮に北と中国の関係が、日米同盟のような関係ならば、中国の「核の傘」に守られているはずですから、あれほどまでに必死に核武装に励む必要はないはずです。
つまり、かつてのフランスのドゴールのように、「中国は米国から上海を核攻撃すると脅かされたら、北を守るはずがない」という思いがあったと考えられます。
いや、それどころか、中国にとって不利益なことを北がしようとすれば、北国内の親中分子を使って、政権転覆を図るだろうと睨んでいました。
まぁ、この北の危惧はそのとおりだと思いますね。
実際に、中国は初代の時から北内部に勢力を植えつけてきました。日成は建国当初から党内闘争にあけくれましたが、中国派(延安派)は真っ先に粛清の対象となり抹殺されました。
3代目となった去年も張成沢のような中国派を使って、正恩の暗殺クーデターすら狙っていたと噂されています。
張成沢は親中派のボスで、中国との政治・経済のパイプを握り、鉱物輸出で巨額の資金を得ていたとされています。
彼の処刑に伴って、張派=親中派は将軍クラスまで含めて大量に粛清されたと噂されています。
また正恩が兄の正男を公衆の面前で暗殺したのも、彼が張成沢から資金を得ていただけではなく、中国に庇護されて、その駒にされる可能性が濃厚だと疑われたからです。
つまり、正恩は中国を「兄」どころか、心底最大の脅威ととらえているのです。
米国は金王朝宮廷内部まで手を伸ばせませんが、中国だけはそれが可能だからです。
というわけで、ただ米国とだけの関係だけで、北の過激な核武装化を見ては分からなくなります。
ところが、私が何回か書いてきたように、正恩はトランプとのマッドマン・レースに破れて直接会談という袋小路に追い込まれつつあります。
いまや北は正面の敵である米国と、背後の敵である中国に背腹をはさまれる形になってしまったのです。
そこで正恩は、恥も外聞もかなぐり捨てて中華帝国に臣従を誓ったというわけです。
一方習も、終身国家主席の座をかけた全人代での権力闘争で、米朝首脳会談に対して対応ができない状況だったので、正恩の逃げ込みは渡りに舟でした。
祖父からの遺訓の「主体」を捨てて臣従・屈伏に走った正恩、かつてはこの男を暗殺しようとした習。
まさに心底憎み合う者同士による呉越同舟・同床異夢劇、そのものです。
今後、この両国の間で、密かに「非核化」の意味を煮詰めることになるでしょうが、かんたんに決まるかどうか、見物です。
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