• 007
  • 091
  • 064
  • 014
  • 015_1
  • 106
  • 129
  • 034_1
  • 028_2
  • Img_9622d405a1144d1aab68ee4ec21c04b43495

« 西野監督は予選突破の先を見ていた | トップページ | 日曜写真館 石榴の花、まるで小さなトーチのような »

2018年6月30日 (土)

ワールドカップは美意識を競う場ではない

Img_4844
サッカー話を続けます。 

一昨日の3戦ポーランドで、ボールキープしたことについて、ヨーロッパが批判したことに追随して、色々と言われているようです。 

得たりとばかりに、韓国は欣喜雀躍しているようです。韓国マスコミ総動員で日本バッシングに余念がありません。サッカーさえ反日ネタになるというのは微笑ましい限りです。 

「韓国MBC(文化放送)解説者の安貞桓氏は「攻撃を1分間しなければファウルになる規則を作らなければいけない」と日本のボール回しを批判し、「この試合を中継するために準備したことがもったいない」と語った。
  続いて「こんなことならいっそのことセネガルが正義を見せるためにゴールを入れてコロンビアと共に決勝トーナメントに進出してほしい」とし「韓国は美しく敗退したが、日本は醜く16強に進出した」と述べた」(中央日報6月29日)

http://japanese.joins.com/article/743/242743.html 

どうしても日本を引っ張りだしたい、比較したい、自分は世界から称賛をうけていると言われたい、日本は最低だと言って欲しいという素朴な感情むき出しです。 

こういう他民族を軽侮し、己が民族だけを高しとするような考え方を、悪しき愛国主義と言います。

うっとおしいから、こっち見るな、あっち見てな。

Japan6
さてコメントにもありましたが、あの時間稼ぎ戦術が好きか嫌いかで言えば、感性的には私も嫌いです。

あの夜、アディショナルタイムの最後の1分までパワーゲームをしかけて欲しい、という感傷めいた気分が濃厚に私の中にあったことを白状しておきます。

今の川崎だったら最後の最後まで仕掛けそうです。リーグ戦なら後がありますから、それもありでしょう。

だって、スッキリするじゃないですか。もやもやが残らないで、明日からの仕事に臨めます。

しかし第3戦の至上命題は、グループリーグを勝ち残ること、その一点につきました。

そこで西野は二つの賭をします。

ひとつめは、決勝リーグを見据えて主力を温存し、相手の守備プランを攪乱するために大幅なメンバーチェンジをします。

香川、本田、大迫、原口、乾、昌子を温存し、控え選手を投入します。

メンバーの大幅交代とシステム変更はいわば奇襲です。

西野は常道に反するこの賭によって、格上ポーランドとの引き分け狙いを考えたわけです。

2_21
西野はその意図を、このように説明しています。

「決勝リーグに進んだ過去二大会は、すべてを出し尽くして16強に臨んだ。私はさらに勝ち上がることを前提で考えた」(産経6月30日)

ところがあろうことか、この西野の奇襲プランを、日本の馬鹿メディアは大々的に報じてしまいます。

奇襲はバラされてしまえば、それは奇襲ではなくただの控え組に替わったというだけのことです。

ポーランドは慌てて、この奇襲を迎撃するプランを練ったことでしょう。あからさまな利敵行為です。

本田はこうツィートしています。

「メディアの皆さん
ポーランド戦前にスタメンを公表してたけど、練習は非公開やったわけで・・・
真実の追求するポイントがいつもズレてるよ。
選手達も普段、後ろにファンがいるからと思って喋ってるんやから、もうちょっと考えてください」

事前に奇襲案が漏れてしまっていては、相手はそれに対応した布陣となってしまいます。

果たしてこの西野の当初の第1の賭けは失敗します。

酒井(高)と宇佐美は、チームの持ち味の短いパスを回せず、武藤のシュートはネットを揺らしませんでした。

槙野の守りはポーランドに翻弄され、オウンゴールしかねないシーンもあって、日本で見る観客の肝を冷やしました。もし入っていたら、ポーランドに亡命するしかなかったでしょう。

こういう言い方は気の毒ですが、主力メンバーとの力の差は予想以上に大きかったと思います。

後半14分にはとうとうポーランドに得点され、20分に主力の乾を投入して同点に追いつこうとしましたが、その1分後の21分には槙野がとうとうレバンドフスキに恐れていたイエローを献上してしまいます。

しかし、その後の29分にセネガルが1点ビハイドしたことを知ります。

西野はセネガルとのフェアプレイポイントを頭に入れていましたから、ここで戦術転換を決意します。

引き分け狙いから、この薄氷のようなフェアプレーポイント狙いへの転換です。これが第2の賭けでした。

37分のキャプテン長谷部投入は、この戦術転換を全員に徹底させるためのものでした。

確かにこれはセネガルが1点とったなら瓦解する戦術でしたが、勝負とは投機的要素を必ず含むものなのです。

勝てば褒められ、負ければボロクソ、これが国を背負って戦う監督の常です。西野はそれを引き受けたということです。

忘れて欲しくないことは、最後まで攻撃を仕掛けるというのは、あくまでも観客がスッキリしてたいからにすぎません。

ピッチで戦うプレイヤーや監督の立場ではないのです。したがって、テレビの前で見るしかない私達のもやもやなど一切関係ありません。 

ところで、サムライ・ブルーとか、やたら侍を代表チームにつけたがりますが、いかがなものかと思います。

2

実際、批判には「侍魂どこに行った」というものもあるようです。
https://news.nifty.com/article/item/neta/12189-20161688954/

なにが「侍魂」ですか。「サムライ」という、自分たちがつけたネーミングに呪縛されています。

本物の侍は戦の前には謀略(調略)で勝ちを半ば決めておいてから、合戦に臨むのが常でした。 相手陣営を金と地位で転ばし、スパイ(細作)を大量に放ち、ニセ情報を流すなど日常茶飯事でした。

逃げ道の探索は周到に行い、退き口(撤退戦)を担うことは一番槍以上の誉れでした。 

ですから、サムライは簡単に腹切りなんかしません。

その合戦だけではなく、まだ延々と戦が継続される場合が多いのに、簡単にひとつの戦が負けたからといって、その都度サムライが腹切っていたら戦力が自滅してしまいます。

彼らが全員討ち死にを覚悟して突撃するのは、もう後がない、せめて名誉だけでも語り継いで欲しいという最後の最後の局面だけでした。

美学を要求されるようになったのは、合戦の仕方も忘れられた天下泰平の江戸時代のことで、それを最悪の形で継承したのが、昭和陸軍でした。 

伊東潤氏がこんな言葉を紹介しています。

「武者は犬ともいえ、畜生ともいえ、勝つことが本にて候」(「朝倉宗滴話記」)

私たち観客は、平和な江戸期の眼で戦国を戦っている代表チームを見ています。

西野は将として、本来の「侍」の生き方を踏襲しただけなのです。

ですから、韓国流に美しいか醜いかと問うこと自体がナンセンスです。 

審美眼で、ワールドカップというグラウンドで戦われる「ルールある戦争」を見てはいけません。 

あれはスポーツの形を借りた血の流れない「戦争」なのであって、民族の美意識を競うファッションショーではないのです。

結果として、その民族固有の美意識が戦いぶりに反映され、私たちの心を打つのであって、それが目的ではありません。

私は潔く散るサムライより、しぶとく生き残って戦う彼らを誇りに思います。

■友人から頂戴した写真です。インドネシア・スンバ島の海辺だそうです。

« 西野監督は予選突破の先を見ていた | トップページ | 日曜写真館 石榴の花、まるで小さなトーチのような »

コメント

監督や選手のコメントをみてわかることは現場で戦っている者にとって本気で勝負をかけるところはここではないという意思統一がされていたということです。決勝トーナメントは負けたら全て終わりなので、相手がどこであろうとそれこそ必死の真剣勝負になります。予選で「美しい敗者」となってしまっては体験できないものです。

2010年も日本代表は決勝トーナメントに進出し世界から評価されましたが、GLで精魂尽き果てたというのが現実だったようです。しかし、今回は違います。より良いコンディションで格上の強豪国と生きるか死ぬかのガチンコ勝負ができるのです。どんな結果になるにせよ、今後、世界の強豪とわたりあうための課題が目にみえてくることでしょう。

VAR、フェアプレーポイントは目に見えるファウルだけでなく無様なダイブやシミュレーション、レフェリーに見えないところでの反則行為を減らしたいというFIFAの思惑によるものです。日本代表はファウルが少ないクリーンかつ巧みな戦いをしたからこそ、フェアプレーポイントが適用される初のケースとなったのです。あくまでルールに則ったことです。ポーランドもガツガツきませんでしたし。反則だらけのお隣の国ではありえないことであり誇っていいのだと感じます。

あと、ポーランド戦で先発した選手の中には、「あー、やっぱりイエローカードもらいやがった、はずして正解、西野監督やるわー」と(あくまで個人的に)思った選手もいました。

 西野監督はクレバーでした。
6人も替えてああした作戦に踏み出した事は、これまでの日本チームの精神主義的ありようを排し、新しい日本のサッカーに歴史的先鞭をつけたと思います。

こうした大胆な作戦に出られたのも、たった二ヶ月前に監督交代をやらなければならなかった悲運があり、そのどん底の地点からの起死回生劇を西野ジャパンは見せてくれました。
そこに十分なドラマ性を見て、私はこの試合をこれまで以上に堪能出来ました。

「箸が転がっても民族主義」の韓国がこれを批判するのは当然だし、この日本の変化に、これから決勝の試合に臨む欧州勢が総掛かりでケチを付けてくるのも分かりきった事でしよう。

「サムライ」などと言われ、いい気分になっていつまでも散華思想に淫していたのでは日本は先へ進めません。
「完全燃焼」は決勝の舞台でこそ見たいと思います。

安貞桓ですか、懐かしい名前ですね。(笑)
まあかの国には言わせるだけ言わせとけって感じです。
何度批判されようがスポーツに政治を持ち込まずにはいられないメンタリティー、
他国を猿真似という恥ずかしい行為で侮辱しておきながら、
旭日旗が振られていたために反応してしまったと言い訳し、
その後、一切旭日旗が使われていなかったことが判明するというお粗末さ。
大体なぜ旭日旗をそこまで忌み嫌うのかが全く分からない。
そこまで脊髄反射するなら、あなた方の大いなる理解者である
朝日新聞にこそクレームを入れるべきではないですか?産経新聞ではなくて。

おっと、思わず脱線しました。

Jリーグのチェアマンだった川淵さんの話がネットで紹介されていました。
当初、消極的な作戦に腹が立ったが、腹の座った采配に感心した。
名監督誕生とまで言及されたそう。
名監督かどうかは置くとして、西野さんの采配を保身と片付けるのは間違いでしょう。
考えてもみてください、もしセネガルが同点に追いついたなら
海外は言うに及ばず、国内から総バッシングを受けていたのは間違いありません。
あの状況でああいう判断を下せる人はそうそういませんよ。
先発六人入れ替えもそうで、なかなかできる判断ではないと思います。

あ、それからもう一つだけ。
なにやらブシドー、ブシドーとかまびすしいことですが、
いつから日本の武士道ってこんなにやわで青臭いものになったんでしょう?
本来はもっとしたたかで泥臭いものだと思うんですけどね。
新渡戸稲造の影響が強すぎるのかしらん。

まあ、ξが何かさえずっているようですが…美しく散ったかどうかはまず相手チームが、そして次に第3者が判断するものですよ。果たして今大会の韓国チームが美しかったかどうかと言われれば…そうでない意見はそれなりに聞きますが、美しかったという意見はξのこの記事くらいしか聞きませんね。数字にも表れていますし。
今大会の韓国の評価はせいぜい「危険なシーンでは躊躇なく足を狙ってくる対戦相手からすれば罰ゲームのようなチーム。しかも、空気を読まずランキング1位のドイツを破るという全世界99%が望んでいない結果を最後に残したお騒がせ国。唯一、決勝トーナメントに上がった他GL国だけは少しは感謝しているのではないか(評価ではない)」というところでしょうか。
ちなみに日本は今のところ「初戦でコロンビアを破ったはいいがその勢いは続かず、最後はクレバーな試合運営でギリギリ決勝トーナメントに勝ち進んでくれた、肉食獣の檻に投げ込まれた唯一のインパラ」といったところでしょうか。この評価を逆転してくれることを祈ってます。

当方が見ていたり監視しているブログの中で、日頃管理人氏寄りの意見を書いている人は今回の事を肯定的、逆の反政府反安倍界隈のブログはいつもの安倍を罵っている口でそのまま罵るなど、予想通り別れた感じ。
あと世界中から反日レイシストがツイッター界隈でワラワラカミングアウトしてきたのには笑えました。恐らく日露戦争以降の日本の躍進を警戒し、種々のレイシスト政策を進めてきた連中も内心はああだったんだろうと。
ま、とにかく次戦は観客(半数は日本嫌いのロスケか)の後押しでファウルやそれ以上の危険行為を仕掛けてくることは確実、更に審判もそんな空気を忖度してくる可能性が大なので、大差で負けることがないようにしてもらいたいと思うのみ。

今回の無様な試合を叩く前に、その苦肉の策を選択しなければいけなかった原因について触れなければお話になりません。
本来準備されていなければいけなかったターンオーバー用のメンバー選定とその戦術が全く用意されていなかった、そもそもそのような準備不足になった原因はなんだったのか?
海外の雑音に影響されずに日本のスポーツライターを自負する方々はこれをきちんと語って欲しいところです。

このようなスキャンダラスな話題になると素人レベルの視点でしか記事を書けないスポ新の記者の方々をみるとこの手の部署は本当にレベルが低いのだなと実感させられます。

んー、なんか違うんじゃないかと。

昨日も日テレの街頭取材で両論併記しながらも「サムライを名乗るのなら、最後まで正々堂々と闘ってほしかった」という若い女性のインタビューが出てましたけど・・・

サムライなんて名付けたの、テレ朝初めマスコミですし、

なんと言っても「侍なら、ここぞというとき以外は刀を抜かない!」のが当たり前ですよね。


韓国の狂喜や世界の恥さらし云々は置いといて、追求のイングランドでさえ無気力試合だとBBCは批判してますね。そりゃあどんだけ「理想のサッカー」をおしつけるのやら。いい試合だったのに。

変り者としてはイタリアメディア!
ウノゼロを理想をするカルチョの国ですから、「状況によってリスクを一身に受けながら背負いながら消した西野を称賛してますね!」

サッカーに興味がないので、同時刻はチョコレートドーナツという実話を元にしたゲイカップルとダウン症の子供の映画を観て、最後は目頭が熱くなり涙してました(笑)

決勝進出が目的なので作戦が成功したのかどうか、分かりませんがスポーツも情報戦なんですね。
記事を読み今後はマスコミに偽の情報を流す策も侍の戦い方だなと…。

「他力本願作戦」、他力本願の本来の意味を知らずに使ってるようなマスコミのレベルなら偽情報が相手チームに伝わるでしょう。

スンダ島に「れいん坊将軍」がいただと!!

>「サムライ」などと言われ、いい気分になっていつまでも散華思想に淫していたのでは日本は先へ進めません。
「完全燃焼」は決勝の舞台でこそ見たいと思います。

 サムライ思想、玉砕戦の可否、自決、神風特攻など美意識の観点のみから見るべきではないのかもしれませんね。固定的に考えないのがイイのかもしれません。

 剣豪宮本武蔵の連勝も、権謀術策のような合理的な戦いぶりもあってのものであり、美意識から見ては必ずしも美しくないものがある。

 散華は美しいが、それだけではいけないと思います。固定的に考えないこと。

これからの日本戦に対する各敵チームの陽動ですわ。

「ええ?こんなに非難されるの?そんならガンガン
攻めるスタイルを多用せんとな」、と日本チームが
潜在意識的に思ってしまったのなら、この陽動作戦
は成功です。ぜひ日本選手は「So what?」とうそぶ
いて欲しい、「勝てば官軍なんだよ」と無視して欲
しい。

だいたい体格差からしてハンデがあるのでガチンコ
勝負は分が悪い、アタマを使った戦略こそが日本の
攻めです。そこを自ら封じるのは愚か者ですわ。

新渡戸稲造の「武士道」は、明治以降にガイジン向
けに書かれた「日本人は神を信じずとも野蛮にあらず」
を主張する彼のフィクションだし、山本常長の「葉隠」
はピュアな三島由紀夫が心酔したけど、「武士道とは
死ぬことと見つけたり」と言いつつも、もう江戸幕府
の太平の世だったので常長は寿命まで生きました。

ホンマモンの兵法・武芸帳には、孫子や宮本武蔵やら
が言うように、「まずは敵を欺け、ペテンにかけろ、
そして消耗することなくラクに確実に勝つことこそを
大事とせよ」とあります。

予選ごときで、消耗したりケガしたりするのはアホ
ですわ。敵が「正々堂々と」と言うのは戦略としても、
自陣から言うのはこれも平和ボケの一種かしらん。

皆さんの書き込みを見てわが意を得たりの心境です。

またセルジオ越後氏がなんのかんのといちゃもんをつけてるようですが、
あのおっさん何とかなりませんかね。
田原総一朗と並んで老害の極みだと思うんですが。

西野監督の「責任は全て監督にある」って姿勢は評価してますが……。

問題は後方でのボール回しではありません。点を取るチャンスはあったのに、それを捨てて
「わざと負けた」ってことだと思います。


五輪では、バドミントンでわざと負けた選手は失格になりました。
大相撲では、わざと負けた力士は「八百長」と言われて追放されました。

今回の負けはそれとは何が違うの?ラスト10分のことだし、それまでは勝ちに来てたんだから問題なしなの?

わざと負けた日本……。

これが私のモヤモヤの原因です。スポーツとして戦いを放棄することの正当化。それでいいのか?

決勝トーナメント進出は素直に嬉しいんですけど、どこか喜べない。なので、みんな色々と言い訳じみたように「西野采配の素晴らしさ」を語ってしまうのかな?と。

でないと、私も昇華しきれないんですよね(^_^;)

先日のポーランド戦は弱者が次の試合を見据え勝利
を収めるための苦肉の策だったとおもいます
(日露戦争と重ねたのは私だけでしょうか?苦笑)。

結局、サポーターは「勝てば官軍」かなり難しいとは
おもいますが、次のベルギー戦に勝てばポーランド戦の
非難はなかったかのように(特にメディアが)褒め称える
でしょうね。
(韓国がどう思っているか・報道しているかを
報道するのは本気でやめてもらいたいです苦笑)。

勝負の世界に絶対はありません。
必ず活路はあるとおもいます。
日本の勝利を願っていますので選手・関係者の皆様には
ハートは熱く、頭は冷静に必勝体制で次のベルギーに
望んでください!!
応援してます!!


ひこ〜さん
>問題は後方でのボール回しではありません。点を取るチャンスはあったのに、それを捨てて
「わざと負けた」ってことだと思います。

ひこ〜さん、リーグ戦と言うものは1試合45分ハーフの90分で勝敗が決まるものではありません。3試合合計270分で勝敗が決まるのです。勝つ負けるは次のステージに進めるかどうかです。
つまり1試合270分の勝負なのです。
リーグ戦3試合で次に進めるかどうかより、今行なっている試合だけに拘り、日本が次に進める現状況を無視し、リスクを冒してまで得点を取りに行く行為はそれこそ負けに行く行為ではないでしょうか?

それと、あの試合のボール回しに入る前の時間帯で日本が得点をチャンスがあったでしょうか?
度々ポーランドの危ないカウンター攻撃に晒されていた様に見えます。
コロンビア対セネガルがどの様な試合状況だったかを確実に把握できれば今回の決断に至った事は私は何らおかしくないと思いますし、勝ちにいったと思います。

日本は自らの試合と同時並行でコロンビア対セネガルの試合にスカウティングスタッフを送り込んでいました。
その試合情報をインカムを装着していた森保コーチに逐一報告していたと思われます。
事実、セネガルの失点から長谷部選手を投入するまで西野監督と森保コーチが何やら話し込んでる場面がありました。
私はテレビでセネガル対コロンビアも見ていましたが、日本の失点で引き分けでも勝ち抜けられるセネガルは、時間稼ぎをしていましたがコロンビアに失点を許すと、一転攻撃にでました。
しかし、有効的な攻撃はコロンビアに上手く抑えられ試合展開としてはコロンビアが優位に試合を運んでいました。
この情報は当然西野監督もコーチからの報告で把握していたと思われます。

コロンビア対セネガルの情報、目の前の日本対ポーランドの状況、この2つを冷静に分析しあの決断に至ったのだと思います。

西野監督はあくまで決勝ラウンドに行く為に勝ちに行ったと思います。

何度もすみません。

ひこ~さん
日本は「わざと負けた」わけではありませんよ。
「勝ちにいかなかった」だけです。
これ決して同義ではありませんからね。
わざと負けるというのは失点をみすみす許すということでこれはもう八百長です。
あの時点での西野監督の判断は、
攻撃を仕掛けることで相手のカウンターを食う危険性と日本が得点できる可能性、
またコロンビア対セネガルの試合展開を加味してはじきだした答えなわけです。
それに対して「ズルい」だの「卑怯」だのスポーツマンシップに反するだのと
いう人間には言いたいように言わせておけとしか言いようがありません。
何度も書いて恐縮ですが、こんな馬鹿なルールを作ったことが問題なのであって
それに則ってプレイした日本がうなだれる必要なんて全くないと思います。

たいしてコンタクトされてもいないのに、オーバーな演技で
笛を要求するようなスタイルが常態化しているサッカー界で
スポーツマンシップ云々を言ってくれるなと思いますがね。

スポーツに美意識がなかったら、意味がないと思いますよ。

横綱に横綱相撲は求めるのに、サッカーは勝利至上主義なんて矛盾されていると思います。

結果だけを求めるスポーツなんて戦争と同じです。

観客は夢を見たくて観戦するのです。

かつて、高校野球で松井秀喜5打席連続敬遠というのが発生しました。

負けた松井は今も名を残したですが、勝った明徳選手を誰が今持っておぼえられているでしょうか?

タッチの中に勝つために勝負を避けるように指示する監督を無視して勝負した選手に、監督が「大事なものを思いださせてもらった」という事をいうシーンがあります。

勝つために後ろからタックルしたアメフトがあれだけ批判されたのは何ででしょうか?

勝つのは夢です。しかし汚い勝ち方では夢になりません。だから批判されるのです。

もっと真摯に受け止めるべきだと思います。

賛否両論ありますね。
サムライジャパンの真価が問われるのはベルギー戦です。
後がありませんから。
全力で勝ちに行くと思います。
その結果負けたとしても、非難はしたくないですね。

かつてさん、汚い勝ち方とは聞き捨てなりませんね。
日本はルールに則り、ルールの範囲内であの戦術をとったのですよ。
ルールを逸脱した日大のラフプレイと一緒にしないで下さい。
そして日本は出場32チーム中最も反則行為が少なく、イエローカードもセネガルより少く、フェアプレイに徹したからこそ勝ち上がれたのです。

サムライジャパンを唯一もどかしく感じるのは
中々シュートをしない。
ヨーロッパ、南米勢はペナルティーエリアの外から
ガンガン打ち込んできます。
時には大胆さも必要かなと思います。

個人的には「見ていてつまらない試合」が率直な感想です。
私は最後まで全力でプレーする事が最大のフェアプレーだと思っています。
その事はFIFA、JFAの規範にも書いてあるそうなのでHPにて確認したところ実際にそう書いてました。サッカーに関わる全ての事へのリスペクトを意味するそうですね。
確かに観客がいてこそ成り立つプロなのですから、観客に「つまらない」と思われたらイカンと思うのですよ。

スポーツは興行ですから、そこに美しさや夢、かっこよさを求めるのは、仕方がない事とは思います。批判もあれば、英紙「インディペンデント」のように、「彼らは手渡された疑いようのない幸運を、最大限生かすために勇気と知性を示した」と評価する所もあるわけです。
青臭い理想像(センチメンタル)と泥臭い現実(リアリズム)どちらも結構、あとは個人の見解の差異でありましょう。

私は、相手より優っていれば良し、でなければ勝たなければ話にならん、です。

昔柔道の篠原選手がオリンピックで誤審の末、不本意な銀に終わりました。
相手のドゥイエ選手は自分の非を認めることはありませんでした。
非がある人は軽蔑の対象となり、弱者とみなされ、不当な扱いを受けたり、全ての罪を背負わされたりぐらいの待遇を受けること、であるため当然の振舞いをしたわけです。

というか、相手のユニホームを引っ張ったり、審判が見てないからと、スパイクで踏んづけたり、中東の笛だったり、なんでもありで、おおよそスポーツとして健全なのか?それ。

管理人さん、何度も申し訳ありませんが、もう一言だけ。

かつてさん、
いつから日本代表は横綱になったのでしょうか?
FIFAランクから言えば、十両どころか幕下あたりが良いところでしょう。
幕下力士が大銀杏を結った幕内力士相手の相撲にそこまで美学を求めますか?
言っておきますが、日本は決して髷を掴んだわけでも、
急所攻撃をしたわけでもありません。
勿論、褒めろとはいいませんがそこまで叩くことかといいたいわけです。

日大のタックルを引き合いに出すに至っては何をかいわんやです。
論理の飛躍も甚だしい。

擁護する方がいるのは認めますが、現実をみましょう。

批判、非難されている方も多数いるのです。

サッカーにはホームとアウエーという概念がありますが、応援者の選手に与えるプレッシャーというのも大事だという事ですよね?

応援者が誇りに思える試合、応援したくなる試合をしなければ、応援者は減るのです。

それまでの「誇り」が、一瞬にして吹っ飛ぶのです。

物議を醸してしまった段階で、そういう試合をしてしまった事は、大失敗です。

まだドーハの悲劇の方が良かった。

スポーツに夢を感じない人は、そもそも観戦しないでしょ。そんな人に支持されても、応援されない。つまり選手の力になれないのです。

明徳義塾はその後散々でした。試合に勝った。しかしそれでよかったのか?負けていた方が得たものがはるかに大きかったでしょう。

歴史から学ぶべきでしょう。

かつてさん
ここまで来ると後は好き嫌いの感情論になりそうなので、これ以上の話はやめときます。

最後に一つだけ、
日本はドーハの悲劇という非常に重い歴史があり、その後、これでもかと言うくらい試合の終わらせ方、大人のサッカーというものを多方面から指摘されました。
選手達は歴史に学び、このポーランド戦で答えを出し、WCベスト16まで勝ち上がりました。
ファンも一緒に歴史に学びましょう。

日本大したことないね!とベルギーチームには油断して欲しいです
主力を温存できたので次の試合では思いきりはじけてほしいです
頑張れ日本p(^_^)q

いいですか?

松井も全打席敬遠でなければ、あそこまで批判されなかった。

今回も、後半なん十分もぐだぐだパス回ししなければ、ここまで批判されなかった。

全打席勝負しろとはいってない。だが全打席敬遠はダメだ。

同じく、最後まで全力尽くせなんて言ってない。だけれど、何十分も逃げまくるのはどうかしている。

横綱が張り手をまったく使うななんて誰もいってない。だけれど、ほとんど張り手なのは如何なものか?

ドーハの悲劇で学んだ?その結果が後半「何十分」も逃げまくること?

たしか、あれは後半の一瞬の出来事だったはずですがね?

ドーハの悲劇を言い訳にしているけれど、まだドーハの悲劇の方がマシだった。

そう書いてますよね。戦争から学んで、戦後何十年も9条含め憲法の1ワードも代えられないのと同じ。

今回の擁護は、バランスを欠いていますよ。

日本のスポーツの全ての元凶である「高校野球」を引き合いに出しても説得力は全くありませんね。

かってさん。はじめまして。ほんの稀にコメントしますサッカー少年だった(笑)MICと申します。既に孫っちのいる爺ちゃんですが。

言わんとする気持ちはなんとなくわかりますが、誤解と偏見が多いです。

指摘されている通り、『高校野球』を引き合いに出すのも愚の骨頂ですよ。あれはまさに『メードインジャパンカルチャーショー』です。

あのメキシコ五輪で釜本氏を有する日本代表が『銅メダル』に輝いた過程での予選リーグではスペイン戦で、10分どころか『20分』もボール回しをして試合を終わらせグループ2位で決勝トーナメントに上がりり銅メダルを得ました。

国際サッカーとはそう言うものなんです。

まさにガチンコなんです。

ドーハの悲劇と言われるあのイラク戦を『一瞬の出来事』と簡単に理解しかたずけられていますが、ぜ~んぜんぜ~んぜん違います。


西野監督は正にあの屈辱を理解し学習し、今回誤算はあったでしょうがあの戦略に賭けました。


あのイラク戦での同点ゴールの日本の前のプレーを覚えてますか?覚えてますか??

あのまま終わればアメリカ大会に出られる残りわすがの時間帯に日本がどんなプレーをしたか覚えてますか?

映像があれば観てください。

途中出場した『武田選手』が誰も押し上げていないなか、一人でドリブル突破して、中央には見方が誰一人いないのに敵を必死に振り切りセンターリングを上げて、そのままイラク選手に渡り、攻め上がられてあの同点ゴールに結び付きました。

西野監督は今の日本代表には武田選手のようなプレーをする選手はいないことはわかっていても、攻めて次の失点をするリスクと、セネガルが同点にするリスクを自分の『首と言うより多分人生』掛けて何もしないで試合を終わらせる選択をしたのです。

結果はお見事ですね。

連投すみません。

サッカーは試合の終わらせ方が非常に難しいのです。

私事ですみませんが高校時代サッカー部がなかったので、自費で運営する『サッカー愛好会』を立ち上げて他校との試合をしました。

高校3年間で公式戦は0勝。

1年の時は攻められるばかりで得点は私が決めたコロコロゴールのみの1点。

2年の時は、得点をそれなりに取れるようになりましたが失点の方が遥かに多く涙。

3年になると先制ゴールを決めたり、試合途中までリードしたりと、徐々に進化をしていました。

しかし練習試合で2勝しただけでまだ公式戦は全敗。

高校最後の大会でしたが、初勝利が目前の4対3の残り数分。

みんな『初めて勝てる』と言うウキウキ感にちょっと浸ってました。


それがスキでしたね~。


同点にされました。


みんな意気消沈(まだ負けてないよ!)。
動きが一気に落ちました。

すかさず逆転ゴールを許しました。

そしてホイッスル(T_T)

相手高校も弱小チームでした。

しかし公式戦初勝利です。皆飛び上がって喜びながら叫んでいました。『やった~初めて勝った~!』


『俺達もお前らに勝てば初めて勝ったんだよ』と、心の中で呟きました。

本当に国際サッカーがそういうものであれば

、なぜ関係ない第三国のメディアはじめ、ブーイングが起こるのでしょうか?

日本よりサッカーが起源の国らに「恥知らず」「フェアプレーに反する」「スコアより多くのものを失った」とまで言われなければならないのでしょうか?

そんなことを公然と言われるような試合をしてはいけないですよ。

おそらく、その場にいた選手達のみしか理解できないと思います。
私はサッカーを見るのみでなくプレイもしますが、今回のようなことも含めてサッカーであると思っています
本田選手がコメントしていますが、まさにその通りと思います

みている側が一方的にあーだこーだ言うのは自由ですが、あまり思い込みが激しいとマスコミさんと同じ事をしているように見え悲しくなります

かってさん。

おそらくその批判は『ねたみ』です。

サッカー後進国の、今まで『下』に見ていた極東アジアの有色人のサッカーが、したたかさを持ったプレーをするようになったことに対するです。

おまけにランキング上位のポーランドに『勝ち』を与えた訳です。

ポーランドにとっては、1:0でも2:0でも関係ない訳ですし、日本にとっては2:0ではいけない場面でしたからです。

MICさん。

私はMICさんの主張に強い違和感を覚えます。

あたかも、石油が欲しいという利己的事由で蘭印に進出したのに、アジアの解放を謳っているかのごとく感じです。

そもそも、侍ジャパンとか主張するなら、侍とは、そういう人々なのかな?と言いたいです。

すなわち、他のチームの試合の点数を気にして、自分より格上の相手にはパスを十分も回して逃げ回る。

それが、世界に示す日本の「侍」なんですか?

世界は、今後、そういう卑怯な行動を「侍」だと認識するということです。


ポーランドもまったく足が止まってボールを取りに来ませんでいた。世界8位の国をそこまで追い込んだのもサムライジャパンです。ポーランドに余裕があればガンガンボールを取りに来て、結果は2-0、3-0もあり得ました。お互いに持てる力を出したのです。

<あたかも、石油が欲しいという利己的事由で蘭印に進出したのに、アジアの解放を謳っているかのごとく感じです。
そもそも、侍ジャパンとか主張するなら、侍とは、そういう人々なのかな?と言いたいです。>


かつてさんにはとんでもない誤解を生じさせてしまったようですね。

私は一言も上にありますような趣旨の発言も、はたまた『侍』などと言ってませんのでみてください。

そもそも『侍』を野球やサッカーなどの日本代表に付けるのを私はとても違和感を持って聞いている側の人間です。


サッカーは元々ヨーロッパや南米が中心のスポーツですし、誤解を生じるかも知れませんが一部を除いてランキング上位の国々は貧乏国が殆どです。


やはり彼等にしてみれば、縄張り意識と言うか日本などと言う豊かな国で、最近ワールドカップに出て来るようになり、負けて帰るうちは許せても、勝ち上がるようになってくると叩きたくなる心情は理解できます。


隣のK国はまた別の意味での嫉妬ですが(笑)、ヨーロッパの白人達には有色人の台等は許し難いのでしょう。

>なぜ関係ない第三国のメディアはじめ、ブーイングが起こるのでしょうか?

それは所詮「外野」だからでしょう。
これが相手選手や監督が言っているのならまだ検討する「価値」があると思いますが。

>「関係ないところからブーイングが起こっている!」

「だから何?」で済む話では?
メディアに流されず、もう少し自分の頭で考えてはどうでしょうか?

そもそも日本には「魅せるプレーをして勝つ」なんて余裕はありませんから。
「ルールの範囲」で使えるものを使っただけですよ。

なんかえらい長いことヒートアップされている方がお一人いらっしゃるようですね。
サッカーW杯って五輪と同じアマチュア大会だと思うんです。出ている選手に給料が払われるわけではありませんし、彼らは出たくて出てるだけです。
で、何が言いたいかというと、そこにプロ意識を過剰に求めすぎる必要はあるのか、ということです。奇しくも高校野球の話題が出ました。あれも同じです。高校球児は負ければそこで終わりです。だからこその真剣勝負。だからこそ、ルールの範囲で勝つ確率が上がるならなんだってやる。そこにもドラマが生まれるでしょう。プロでは見られない高校野球でしか味わえない面白さ、醍醐味ですよね。W杯も同じです。そして、これはおそらく出場国どの国でも同じです。
もしかしたら各国メディアの批判的記事を読まれた方もいらっしゃるかもしれません。お説ごもっともとしたとしても、では「我が国が日本対ポーランド戦終盤の日本と同様の立場であれば勇ましく点を取りに行っただろう」と書いてある記事はどれくらいあったでしょう?多分ないです。つまりそういうことです。

最後に、松井秀喜の5連続(でしたっけ)敬遠について話題に上がっていたので。あれから随分と経ちますが、連続敬遠はルールで規制されましたっけ?いや、あれ以来同じことが起こっていないじゃないか。明文されなくとも問題ある行為だから誰もやらないんだ、という論を出されるのは早計ですよ。もちろんそうかもしれません、と認めた上で、しかし、あれ以来、松井秀喜程抜きん出た、投手から恐れられたバッターが出ていない、と考えることもできませんか?正直、これはどちらかわかりません。そして、どっちでもいいです。どうせ誰にも証明できませんから。つまり、論にならないということですね。正しいかどうかもわからないので。蛇足ながら付け足しさせていただきました。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 西野監督は予選突破の先を見ていた | トップページ | 日曜写真館 石榴の花、まるで小さなトーチのような »