シンガポール会談の厚化粧にダマされないようにしましょう
昨日は仮定の補助線を引いて、アレコレと想像をたくましくしてしまいました。
あのように考えると、シンガポール会談は政治ショーというより、むしろ正恩ひとりに対するプレゼンテーションじゃなかったのかと、私は思っています。
公開プレゼンですから、実務的協議なんていう野暮なものはなしに決まっています。
だから本来は骨格になるべきCVDIの工程表なんて、テーブルにも乗っていなかったことでしょう。
したがって、実は米国は北に何も与えていないのです。
え、雪解けしたんだから制裁は解除されていくんじゃないの、ですか。
いえ、違うと思います。雪解けしたのは表面だけです。トランプ親分が気分の向くまましゃべり散らしたあとかたずけをするように、閣僚が飛び回っています。
まず、制裁については日韓米の外相会議で、ポンペオがこのように説明しています。
「河野太郎外相は14日午前、訪問先のソウルで米国のポンペオ国務長官、韓国の康京和(カン・ギョンファ)外相と日米韓3カ国の外相会談を行った。(略)
ポンペオ氏は会見で「北朝鮮が完全に非核化したということを示すまで制裁を解除することはない」と強調。非核化の方針で日米韓に相違はないと強調し、河野、康両氏も同意した」(産経6月14日)
https://www.sankei.com/world/news/180614/wor1806140027-n1.html
ね、なんのことはない、北が誠実に非核化プロセスを現実に実行すれば制裁は解除していくよ、ということにすぎません。
そんなことはわかりきった話で、会談が終わったからせーので制裁解除するわけでもなんでもないのです。
当然のこととして、この非核化プロセスについての実務者会談で、米国はリビア方式はむろんのことCVDIという名称は避けても、内容はそっくり同じことを要求するはずです。
「ポンペオ長官をはじめ米政府高官はここ数週間、北朝鮮に対する経済制裁を解除するには同国が「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」(CVID)に同意しなければならないと強調してきた。
ポンペオ長官はこの日、共同声明での文言には明確には記されていないものの、その要求は含まれていると記者団に説明した。(略)
ポンペオ長官は「意味合いについては議論の余地もあるだろうが、声明の文書に含まれていると保証できる」とし、「米国が準備していること、また準備できていない可能性の高いいくつかのことについて北朝鮮が理解していると私は確信する」として、「また徹底した検証が行われると北朝鮮が理解しているということも、私は同様に確信する」と加えた。」(ブルームバーク6月14日)
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2018-06-13/PA9ROO6K50XW01
今後、ポンペオを交渉責任者として、完全非核化はどこまでの範囲を意味するのか、検証可能のために国際機関をどう入れるのか、二度と核開発ができないためにどのように歯止めを打つのかなどについて詳細な議論になると思います。
それもダラダラと六カ国協議のように16年かけてなどという引き延ばしを許さずに、短期間になされるはずです。
時間稼ぎはできません。なぜなら、宣言文で「金正恩委員長は朝鮮半島の非核化を完結するための固く揺るぎない約束」をしてしまっているからです。
合意文書冒頭部分のパラフレーズに注目してください。そこにはこうあります。
President Trump committed to provide security guarantees to the DPRK, and Chairman Kim Jong Un reaffirmed his firm and unwavering commitment to complete denuclearization of the Korean Peninsula
トランプ大統領は北朝鮮に安全の保証を提供することにコミットし、金正恩委員長は朝鮮半島の完全な非核化(complete denuclearization of the Korean peninsula)への強固でゆるぎないコミットメントを再確認する」
このコミットメント(commitment)とは、「その行動しかとれないようにするような実効性のある仕組みをつくること」を意味します。
コミットメント - Wikipedia
ただの口約束でもなく努力目標でもないのです。ここが合意文書の最重要部分、いわばキモです。
米国はこの一節を今後、何かというとダシに使い倒すことでしょう。
これをもって「完全非核化」という文言を北が認めたことになるからです。
え、私が先日書いたように、それは「朝鮮半島の」という漠然とした限定つきものだろうって。
たしかに、正恩はオレは「朝鮮半島の非核化」といったはずだぞ、と正恩は言うかもしれませんが、しかしそれは通用しません。
米国は朝鮮半島に核を配備していませんし、その予定もないからです。
したがって、「朝鮮半島の」とついていようといまいと、それは一方的に北の核のみを指すのです。
もし米国側の「半島の核」を検証したいと北がいうなら、どうぞどうぞ、どこでも勝手に在韓米軍基地を見に来ればいいというのが米国の立場です。
そしていったん北が在韓米軍基地の「非核化」を検証しにくれば、その対価として北の核ミサイル施設の「非核化」も検証させねばならなくなります。
米軍の核専門将校の一団が、北をくまなく検証して回ることでしょう。
あるいは苦し紛れに、「「朝鮮半島非核化」の範囲をグアムや米本土、あるいは戦略原潜にまで拡張して解釈するのは北の勝手ですが、それは制裁解除が遠のくだけのことで、自分の首を絞めるようなものです。
そんなことでいつまでもグズグズごねていると、相手のボスが紳士のオバマではなく蛮勇のトランプだということを改めて確認するはめになるでしょう。
なんせ、G7サミットの宣言文を途中退席したエアフォースワンの中から、「宣言文を無効にするように関係者に通達した」なんてことをツイートした人ですからね。
今、いっけん宣言文が北に有利に書かれていることだけで北がのぼせると、あとでヒドイことになるとご忠告しておきます。
また、在韓米軍についても「将兵を米国に返してやりたい」などと言ったことで、有頂天になってはいけません。
2017年日米防衛相会議でのマティス国防長官と小野寺防衛相
「小野寺五典防衛相は14日、米朝首脳会談を受け、マティス米国防長官と電話会談した。トランプ米大統領が在韓米軍の将来的な縮小・撤退を示唆したことに関し、小野寺氏は「在韓米軍は東アジアの安全保障に重要な役割を担っている」と維持を要請。
これに対し、マティス氏は「縮小などは検討していない」と返答した。 小野寺、マティス両氏は、北朝鮮に全ての大量破壊兵器とあらゆる射程の弾道ミサイルの完全、検証可能かつ不可逆的な廃棄を求めていくことを再確認。北朝鮮制裁を定めた国連安保理決議の履行を徹底し、「瀬取り」と呼ばれる洋上密輸に対する警戒・監視を継続していくことでも一致した」(時事6月14日)
在韓米軍撤退どころか、縮小も検討すらしていないとマティスは言明しています。
早合点して、なら在沖海兵隊もいらないんだ、とばかりに欣喜雀躍してしまった琉球新報さん、お気の毒です。
https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-737471.html
そもそも仮に在韓米軍が撤退すれば、日本が防衛の最前線になりますから、在沖米軍は強化されることはあっても、撤退はいっそう難しくなるだけなんですが。
国際社会も正恩も忘れないほうがいいのは、トランプがクリントンでもオバマでもないことです。
彼はただマッチョだというだけではなく、既存の国際条約や合意など紙きれとしか考えていないという特異体質の持ち主です。
良し悪しの価値判断以前の問題として、そのような人ですから、いままでパリ条約は蹴飛ばす、イラン核合意やTPPはひとりで離脱してしまう、そしてつい先だっても、あろうことかサミット宣言文すら破ってしまうというプロレスのヒールみたいなお人です。
あ、そうそうトランプはほんとうにWWEのプロレス興業に関わっていたんでしたっけね。冗談のようですがホントです。
このハチャメチャなマッドマンぶりが功を奏して、ここまで正恩を追い詰めたことを私たちは目の当たりにしました。
シンガポール会談自体があまりにもアンチ・クライマックスだったために、私も含めて多くの人が脱力しているわけですが、あの宣言は使える部分だけ使って、気にくわないことが続けばいつでも破り捨てることが可能な人が、このトランプだということです。
ああ、敵に回したくないタイプだぁ(笑い)。
というわけで、米国はいっけんあれもこれも譲歩したようにみえますが、制裁も在韓米軍もなにも譲っていないということです。
シンガポ.ール会談の厚化粧にダマされないようにしましょう。
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■資料
6月12日、初めての米朝首脳会談
共同声明
https://www.whitehouse.gov/briefings-statements/joint-statement-president-donald-j-trump-united-states-america-chairman-kim-jong-un-democratic-peoples-republic-korea-singapore-summit/
シンガポールで開催された首脳会談における米国のドナルド・J・トラン プ大統領と朝鮮民主主義人民共和国の金正恩委員長の共同声明(仮訳)
https://jp.usembassy.gov/ja/joint-statement-president-trump-chairman-kim-singapore-summit-ja/
トランプ大統領の記者会見 Press Conference by President Trump
https://www.whitehouse.gov/briefings-statements/press-conference-president-trump/
トランプ大統領の記者会見 文字起こし
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO31865230W8A610C1I00000/
ドナルド・トランプ大統領の記者会見での冒頭発言(仮訳)
https://jp.usembassy.gov/ja/press-conference-by-president-trump-singapore-summit-ja/
マイク・ポンペオ国務長官の記者会見での冒頭発言
https://jp.usembassy.gov/ja/press-briefing-secretary-state-pompeo-ja/
2国間拡大会合前のトランプ大統領と北朝鮮の金正恩委員長の発言
https://jp.usembassy.gov/ja/remarks-by-president-trump-and-chairman-kim-before-expanded-bilateral-meeting-ja/
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予想を外してしまったので、
見苦しい言い訳に成りますが、
あの会談の発表内容は「正恩氏を北朝鮮内向けに立てた」だけだと思っています。
「noble lie」って奴でしょう。
特に独裁国家では必要です。
トランプ帝が正恩氏に気を使う必要は無いのかも知れませんが、
目的達成の為の交換条件だったのでしょう。
※「正恩氏を保護する」と言ってましたから。
全ては今後の推移で明らかに成ると思っています。
投稿: 月影 | 2018年6月15日 (金) 10時18分
昨日と今日の記事で、ようやく私にも理解と合点が行きました。
正恩の「非核化の意思」はこれまで文在寅からの口伝だったり、ポンペイオ氏との対談の中でしかありませんでした。
華やかな国際デビューの場に誘き出され、いい調子に世界に向けて「非核化」を約束させられた正恩氏こそいい面の皮で、今のところ「トランプ氏にからめ取られた」と言って良いと思われますね。
(米朝の共通の絵図かも知れないので、そういう言い方は当たらないかも知れませんが)
これを理解するには、逆にこう考えたらどうでしょう?
合意文書に「CVID」が挿入されていたと仮定します。
それで喜ぶのはマスコミであったり理想主義的リベラルな人方だけで、私たちは当然そんなものの実効性など信用出来かねたでしょう。
北朝鮮との「合意文書」なる種類のものは最初からそういう程度の正確のものに過ぎず、残ったな印象は「正恩が核放棄を約束した」という重大な事実です。
早速、13日の朝鮮中央通信で「(米朝会談において)段階別、同時行動の原則の順守が重要との認識で一致した」と報道しています。
しかし、その真偽を含めてそうした雑音は実はどうでも良い事であって、駒を進める事そのものが正恩を追い詰める事態になっていると考えられましょう。
やがてトランプ氏は「米韓軍事演習」の中止をサーヴィスをすると思いますが、その見返りは相当高くつきそうです。
いえ、今日の北での報道内容は「米・正恩の出来レース」である可能性だってありますね。
「米韓軍事演習の中止」に対しての代償として、北朝鮮は何にコミットして来るのか注目です。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2018年6月15日 (金) 17時47分
私の好きなWWEの画像が載っているので脱線しすぎない程度に書きますと、、、プロレスのハイライトはフォールの瞬間だけではなく、裏切りの瞬間、誰が誰を裏切るのかがあります。
今回、裏切り役は南北朝鮮それぞれ。
アメリカを裏切った韓国。中国を裏切るのか北朝鮮。共にし続けるのか韓国。この場合、スタート時に米国が裏切られている事がものすごく重要で、半島を引き留めて引き留めて裏切られるのではなく、一掴みした後軽く裏切らせて向こう側に置く事でしか半島から利を得られないのではと思います。
日本が改憲する、というのは実は大切な鍵で、このまま自立しない国としてあり続けうっかりまた左派政権ができたら、、日本が裏切るという仰天ブックが仕上がってしまいます。
投稿: ふゆみ | 2018年6月15日 (金) 18時40分