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2018年6月28日 (木)

「HINOMARU」騒動のくだらなさ

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RADWIMPSの新曲「HINOMARU」が軍国主義だと騒いでいる人たちがいるようです。 

まぁ、私としてはくだらないので取り上げたくないなぁと思って、書いてきませんでした。 

歌詞の「さぁいざ行かん。日出づる国の御名のもとに」とか、「御国の御霊」あたりが左翼心に爪を立てたのでしょうね。
歌詞全文はこちらから
http://j-lyric.net/artist/a04ac97/l0469f5.html 

あ~あ、なんとまぁ息苦しき社会よ。 

「日本死ね」が流行語大賞ともてはやされる一方、この程度の歌詞があったというだけで、下のようなライブ会場前でのフンサイ行動が呼びかけられていました。 

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 結局、6名(3名という異説あり)しか集まらなかったというオチがついて、ぬるい笑いを買っていたのはご愛嬌です。 

私がこの事件でちょっとなぁと思うのは、左翼の皆さんが、自らの思想傾向に合わない芸術表現まで介入していることです。 

しかも口先介入ではなく実力介入ですから、シャレになりません。

いっそこの際、私設ポリコレ思想警察でも作りますか。

そのうち「日の丸」とか「君が代」、はては「日本」なんかも、ポリコレの取り締まり対象になるんですかね。 この人たちをみていると、あながち冗談ともいえなくなります。

そもそも芸術表現と思想表現は別次元のものです。ここが分かっていないからおかしくなります。 

「HINOMARU」という曲をくさしたかったら、その曲としてのダメさを評すればよいのであって、歌詞が気に入らないからというなら、それが楽曲をどのようにダメにしてしまったのかを解き明かさないといけないでしょう。 

曲というそれ自体が独立した芸術作品に、自分の思想を持ち込んでぶった斬っている粗雑な姿勢そのものがおかしいのです。 

作品が凡作だったら批判すればいいだけでの話で、歌詞に自分が気に食わないフレーズがあったというだけで騒いでいては、自分でも情けなくはありませんかね。 

逆に言えば、どんなつまらない芸でも、「思想」さえよければ座布団一枚ということになるわけです。

たとえば笑点の大喜利で、「耳をふさいでいるもの」という昇太のお題に、円楽がこんなことを言っていたようですが、実にくだらない。 

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このトランプからの前には「安倍首相が」とつくんですが、安倍氏がモリカケ疑惑から逃げているといいたいでしょう。笑えないんだよね。芸としてつまんないから。

この六代目円楽と言う噺家は、先代の左翼インテリ芸風だけをもらったような人で、このしたり顔がたまらない。それでも面白きゃいいんです。

芸は芸であって思想じゃない、ってあたりまえのことがこの人物には分かっていないようです。初めは嫌われ者のキャラづくりかと思っていましたが、どうもそうじゃないみたいで。

若い頃の談志は政治向きの話を噺の枕によくしていましたが、ともかく腹を抱えるほど面白かったことを覚えています。

落語は笑って浮世をひととき忘れらればいいんで、あんたに説教されたくはない。

円楽がこれで批判されると、「落語は風刺だ。反骨精神だ」と弁護する人がいましたが、なに言ってるんだか

ジョン・レノンの「イマジン」はいわばアナーキズム礼賛の唄ですし、CSN&Yの「オハイオ」などはストレートすぎるほどの政治的抗議の唄です。

しかし、一個の芸術作品として圧倒的パワーを持っています。だから半世紀後にも残っています。そこが決定的に違います。

ジョンと比べちゃ気の毒ですが、円楽のそれは「風刺」とか「反骨」なんて上等なもんじゃなくて、朝日の社説か素粒子からのベタの口移しにすぎません。

芸人としてのひねりもなければ、肝心のユーモアすらない。そのまんま自分の憎悪感情を口にしただけの素人芸です。

それも反アベを言えば受けると見て、今のモリカケの風潮に媚びています。これでは芸にならない。

つまりは、円楽は芸人としてつまらないからダメでなのです。

では、円楽が政治的に許せないから、笑点会場前でフンサイ行動をする奴がいますか。いたら、そうとうのウマシカヤローです。
 

問題はそこなんです。「HINOMARU」という曲を、言論で否定しているならなんら問題はありません。 

しかし、こともあろうにコンサート会場にまで押しかけて無届け集会(だったらしいね)をしたら、警察のご厄介になっても仕方がありません。 

そんなことを許したら、日本から表現の自由は消滅するでしょう。 

しかも、言ってはナンですが、このいど愛国心を鼓舞したからといって、その都度自己批判を迫られたり、曲の回収を要求されたらたまったもんじゃありません。

ワールドカップ日本代表の右サイドバックの酒井宏選手は、「責任をもって国のために戦う」と言っていますから、「こんな許されない軍国主義者」のプレーは断固フンサイせねばなりませんね。

ぜひ、ロシアの会場前に押しかけて下さい。ただし、ロシアの治安警察は日本のおまわりさんと違って甘くありませから、気をつけてね(苦笑)。

それはさておき、このフンサイを叫ぶ人たちは、愛国心や国のためと聞くと反射的に極右だ、軍国主義だと騒いでいるようです。 

そうなんでしょうか? 

もし、愛国心が悪いというなら、今、真っ盛りのワールドカップなんか世界の極右の大集会です。 

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愛国心を取ってしまったら、ワールドカップも世界フィギュアも、オリンピックも成立しませんからね。 

国際大会は愛国心を競い合う場ですから、そこから愛国心を取ってしまったらスカです。 

日本は敗戦症候群で、愛国心を持つことが悪だと教え込まれてきました。 

私の世代は日教組教育の真っ只中でしたから、教師から「日の丸の白はアジアの人の骨の色。赤は血の色」と教えられた者すらいるようです。 

愛国心というと、よく英国の18世紀の詩人・サミュエル・ジョンソンのこういう箴言を引用されませんか。 

「愛国心は一番悪い奴が持ち出す最後の言い訳だ」 

聞いたことあるでしょう。この言葉は、ジョンソンの言いたかったことの文脈の前後から切り離されてしまって、つごうよく「愛国心を口にする奴は悪人だ」と解釈されています。 

ちがうんです。この意味は、愛国心はいつの時代も普遍的な価値で尊ばねばならないから、誰も文句を言えないものだ。

だから、悪い奴が言い訳を言い尽くした最後になって、「あれは国を愛しているからやったんだ」と言い訳するのは聞き苦しいという意味です。

つまりは愛国心を悪用するなという意味であって、愛国心が悪だなんてゼンゼン言っていないのです。

私たちは、自分たちはこの国を愛している、だからもっとこの国をよくするために力を尽くしていくのだという意味で、愛国心という重い言葉を使うべきです。

ですから、自分の国の歴史や文化を拒絶して、日本や日の丸憎悪をすることが正義だと信じている人は、根本的にどこかで勘違いしているのだと思います。 

 

 

 

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コメント

こいつらなら「日の丸タクシー」とかに突撃かけかねんな!
本当に下らない。
RADWINPSも最初にとりあえず謝っちゃったから増長したんでしょう。

某通信社の記者がロシアW杯のNHKのテーマ曲が「インパクトが無い」「印象が薄い」と酷評してますが、それは私も知らないバンドだし思ったけど・・・ターゲットが20代の若者として選んだそうなので、何のことはない『自分はもうオッサンもしくはジジイです』と言ってるようなもん。
ああ、オレもオッサンだわ(笑)

ちなみに4年前のブラジル大会での椎名林檎のテーマ曲「日本晴れ」には、朝日が「日本の右傾化」やら「もしさっさと敗退したら虚しく響くだろう」などと批判してました。

いやいや、いいノリでその後4年に渡ってNHKサッカー中継のテーマで使われ続けましたよ(笑)

サッカーといえば日本代表のシンボルの「八咫烏」なんか記紀神話に登場する神武天皇を導いた霊鳥で「皇国史観の名残」と言えなくもないんですが、そういう批判はほとんど聞いたことがありません。
代表ユニフォームに放射状のラインが入っただけで「侵略の象徴旭日旗を取り入れた」と騒いだ韓国もそこは気づいてない(由来を知らない?)みたいですね。

 「「愛国心」はならず者の最後の砦」の意味を左側の人たちは必ず、「愛国心を言う奴=ならず者」と勝手に解釈するんですよね。それが彼らの間では教条的な域にまで達してる。
こういう意味の捻じ曲げこそ本当の反知性主義で、「歴史の歪曲」なんですけどね。
大文学者の意図は、要は「愛国無罪ではないんですよ~」と言ったワケなんですけどね。

RADWIMPSが一応の謝罪をした一方で、もっと多くの人を傷つけた「日本死ね」は国会でも堂々と取り上げられ、(その表現の仕方についてですが)俳人の俵万智氏まで絶賛していました。何とか言う賞まで取ったとか。

つまり、「日本死ね」には表現の自由があり、「hinomaru」にはそれがないという事。
最近、こうしたダブルスタンダードが日本の社会を暗くしている事を強く感じます。

俵万智さんが「サラダ記念日」で知られてからもう30年近いですね。

仙台出身の方ですけど、7年前の震災時の親に預けていた子供だけ連れて仙台に必死で戻ってから山形空港にバスでたどりつき、あの訳のわからない混乱の中で石垣島まで逃げた!という行動が「母親の愛」や「石垣島での地元の方とのふれあい」ばかりが美談になってます。

私などから見たら、俳人ではなくもはや廃人ですね。
名前とカネがあってこその行動。そんなに原発事故が危険だと思ったらしいのに親は見殺し。廃人じゃなければ狂人です。
名前売れてなければ、石垣島でそんな呑気な扱いすら受けなかったことでしょうし。

他の遥かに一般的な「緊急避難した母子」の当時の記録を見ると・・・まさに『パニックって恐い!』です。

ニホンリベラルの方々は自分らの至上とする表現の自由を脅かされているのに、このような行き過ぎた行為に対して沈黙するから信用出来ないと改めて感じます。

自分らの生まれ育った国を愛するとの
現在の政府や政治体制をジャッジするのとは全く別のお話なのにそれが出来ない。
そしてそれを厳しく指摘する事も出来ない。
最終的に彼らの目指すものは何処にあるのかさっぱり見えない。
そんなに日本が嫌いならばさっさと出て行けばいいのにとしか思えません。

無許可で街宣車を交差点内に停めて拡声器で叫びつづけて道交法違反で捕まったようですね。
そして急場凌ぎで貼った街宣幕の下地からあっという間に北大阪合同労働組合の街宣車を借りたか回したかという事まで、ツイッターで晒されてます。
会場で合流しようと待っていた輩もいたそうなので、何事もなくて本当に良かったです。

私、結構笑点好きなんです。(笑)
アドリブではなく作家が書いた台本を基にしているということも承知の上です。
そういう笑いは笑いでアリなんじゃないかと常日頃思ってます。
ただ、管理人さんがおっしゃる通り、円楽さんの政治ネタは確かに食傷気味で、
「またやってるよ」てな感じで観ることが多いのは確かですね。

ただ、件の放送で問題だと感じたのは円楽さんでもたい平さんでもなく
林家木久扇さんの答です。

「沖縄から米軍基地がいなくなるのはいつなんだろうね?」

まず非常に見方が偏っているんじゃないでしょうか。
さらには何のひねりもウィットもない。
およそ噺家が発するジョークとは言い難い内容です。
私は木久扇さんをディスってるわけではないんですよ。
こんなつまらない答えを木久扇さんに言わせるな、と言いたいわけです。

権力に対する皮肉や批判が笑いの重要な一部分であることは論を待ちません。
せめてそれならもっとクオリティーの高い台本を書けよと作家には言いたい。

順番が小遊三さんに回ってくるとホッとするのは私だけでしょうか?

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