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2018年7月30日 (月)

杉田水脈氏のLGBT論議について

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杉田水脈氏の『LGBT支援の度が過ぎる』(新潮45・8月号)が炎上中です。 

杉田氏が自民党議員であるために自民党本部にまで、自称4千人のデモをかけられてしまったようです。 

モ主催者発表10分の1法則に従えば、400人程度といったところでしょうか。

それはともかく、ハフィントンポスト(2018年7月29日)は、ややうわずった声でこう書いています。
https://www.huffingtonpost.jp/2018/07/28/lgbt-demo_a_23491398/
 

「明治大学教授でゲイを公表している鈴木賢さんは、デモの大きなうねりを見てスピーチでこう語った。
「今日は、日本の革命がはじまった日だ」
これまで「LGBTブーム」と言われながら、どこか「LGBT」という言葉が一人歩きしている感があったように思う。
レズビアン(L)、ゲイ(G)、バイセクシュアル(B)、トランスジェンダー(T)は、それぞれ違った存在であり、社会的立場も異なる。そのような人々が連帯してきた欧米での歴史的背景が「LGBT」という言葉にあるが、日本には言葉だけが移入され、その後ろにあるストーリーがちゃんと伝わっていない状況であったことは確かだ。
今回の抗議デモに、大きな怒りを共有した様々なセクシュアリティの人たちが個人の意思で集まったことは、実質的に日本のLGBTQが連帯した第一歩となったのではないか」

Dimsハフィントンポスト(前掲)より引用

「日本革命がはじまった日」かどうかは別にして、この鈴木氏も認めるように、日本では「LGBTという言葉が一人歩きしている状況があった」ことは事実です。
 

ヨーロッパやイスラム文化圏では、宗教が同性愛、性的倒錯、同性婚を禁じているために、LGBTは社会的に抹殺されてきた歴史が厳然として存在します。 

たとえば、有名な一例としてよく取り上げられるのは、英国の数学者であるアラン・チューリングの迫害の例です。
アラン・チューリング - Wikipedia

チューリングは、ナチスドイツの解読不可能と言われたエニグマ暗号を解き、彼の貢献によって連合国側は勝利の糸口を見つけました。 

また彼の業績は、後のコンピューターの誕生にも結びつくと言われています。 

このチューリングは同性愛者でした。その「違法」な同性との性行為が訴追対象となり、彼はホルモン剤などを投与された結果、精神に異常をきたして自殺に追い込まれます。

「チューリングは有罪となり、入獄か化学的去勢を条件とした保護観察かの選択を与えられ、入獄を避けるため、同性愛の性向を矯正するために、性欲を抑えると当時考えられていた女性ホルモン注射の投与を受け入れた」
(ウィキ前掲)

英国は国の至宝とでも言うべきチューリングを、同性愛者であるというだけの理由で葬ったのです。

ヨーロッパ諸国のLGBT運動は、このような社会的背景を背負っているのだということを認識することから始めねばなりません。 

では、同質のLGBTに対しての日本国内の差別や迫害があったかと問われれば、寡聞にして私は知りません。 

なかったと声高に主張する気はありませんが、同性愛者が故にチューリングの迫害のようなものを受けたという事例は、寡聞にして聞いたことはありません。 

その意味で、杉田氏のこの違和感は納得ができます。

 「どうしても日本のメディアは欧米がこうしているから日本も見習うべきだ、という論調がめだつのですが、欧米と日本では社会構造が違うのです。」(新潮45前掲)

 この認識は皮肉にも、LGBT運動している前述の鈴木氏の「LGBTという言葉がひとり歩きしている」という認識と重なる部分があります。 

私は、社会の根底に一神教的風土が岩盤のようにあるヨーロッパやイスラム社会と異なり、日本社会はトランスジェンダー(性同一障害)も含めて、大変に「緩い」性文化をもってきた社会だと思っています。 

糠に釘のような柔構造社会がわが国の伝統的体質であって、性の戒律に対しては呆れるほどルーズなのが、わが国なのです。 

それはテレビにま真っ昼間から性同一障害の芸人・文化人たちが、あたりまえのように出演しているのを見ればわかるでしょう。 

日本社会は、東大教授がケバイ女装をしようと、炭鉱町出身のいかつい男がおネェであろうとなかろうと、まぁどうでもいいことであって、目くじらをたてるのは野暮という文化を持つ社会だったと思います。 

このようなキリスト教やイスラーム文化を持つ国からすれば、「だらしがない」日本では、LGBTをその行為が故に捕縛して、去勢したり精神病院に収監することなどまずありえません。 

だから、いくらLGBT運動が「差別」を叫んでも、日本社会は無関心だったのです。 

Sugita杉田水脈氏 

さてここまで杉田氏の見方についておおむね私も同意しますが、そこから先はいただけません。 

東京レインボープライド共同代表の山縣真矢氏はこう述べています。 

「今回の杉田水脈議員の論考は、事実誤認も甚だしく、人権をないがしろにした酷いもので、また優生思想にもつながる看過できないものでした」
(ハフィントンポスト前掲)
 

この山縣氏の杉田氏批判を、私は優生思想とまでは思いませんし、ヘイト思想とするには無理がありすぎますが、事実誤認の批判はおおむね当たっていると思います。 

杉田氏は、いい意味でも悪い意味でも、「保守過激派」であることを看板にしていますので、自民党が公認を出した時にはやや驚いた記憶があります。 

彼女の主張は、かつての田母神氏の作った党などと相性がいいと思ったからで、安倍政権の持つリベラルにも片足を突っ込んだスタンスとはかなり異質に思えたからです。 

杉田氏が主張していることは、要は公的援助を「LGBTに与えるのはおかしい」ということです。 

「たとえば子育て支援や子供ができないカップルへの不妊治療に税金を使うというのであれば、少子化対策のためにお金を使うという大義名分があります。
しかしLGBTのカップルのために税金を使うことに賛同がえられるでしょうか。彼らは彼女らは子供を作らない。つまり『生産性』がないのです」(新潮45前掲)

この「生産性がない」という部分のみがピックアップされて杉田氏への大バッシングが始まったわけですが、杉田さん、馬鹿なことを書きましたね。 

この杉田発言は弁解の余地なくアウトです。保守政治家としての節度に欠けているからです。

性で関係をもったり、婚姻をすることを「生産性」というガサツ極まる言葉で切ってしまっては、その常識すら疑われかねません。 

私は子どもがいませんが、では私も「生産性」がないのかとカチンときました。

当人にその気はないのでしょうが、政治家は言葉づかいに慎重であるべきです。

杉田氏が国会議員ではなく、ただのもの書きならば、こういう極端な書き方も芸風のうちでしょうが、政権党所属だと「政策」ととられてしまうからです。

杉田氏に政策に影響する力はなくても、そうとる人は多いし、現に自民党デモではお定まりのアベヤメローが叫ばれていました。

たしかに現行の行政は、同性婚を認めていませんが、それについては多様な議論があるべきですが、婚姻の「生産性」、つまり有体に言えば子供ができるかできないかとは別の次元で論じられるべきです。 

子供を作ろうとしたが出来なかったことと、初めからできるはずのない同性婚とは別だと杉田擁護論を言う人もいるようですが、結婚の目的は必ずしも子づくりの「生産性」が問われることとイコールではないはずです。 

事実、同性婚においては子供を育てる人も多く、あたりまえに子育てに取り組んでいます。 

そのような人たちに対して同性婚だからという理由で、子育て支援を行政がしないとなれば、これはLGBT運動の人たちが主張するように「差別」だと見なしてかまわないと思います。 

そもそもLGBT運動がレインボー運動と称しているのは、ひとりひとりがそれぞれに違う「好み」を持つからです。 

その生きづらさについては、杉田氏はふれています。

「LGBTの当事者の方たちから聞いた話によれば、生きづらさという観点でいえば、社会的な差別云々よりも、自分の親が理解してくれないことのほうがつらいと言います。(略)
親は子供が同性愛者だとわかるとすごいショックを受ける。これは制度を変えることで、どうにかなるものではありません」(新潮45前掲)

そのとおりです。

ならば、制度でなんともならないなら、制度はLGBTのあるなしや「生産性」のあるなしに関わらず、等しく運用されるべきではないのでしょうか。 

日本の社会は杉田氏が言うように多様な、言い方を替えれば、すこぶるいいかげんでゆるい社会です。

であるならなおさら、一定の健常者のものさしで、その網にはかからない異質な少数者たちを批判すべきではありません。
 
保守という生き方は、伝統を重んじますが、偏狭ではありません。

なお、杉田氏の発言をアベバッシングと短絡させたバカな論調もあるようですが、それは別稿で論じることにします。

 

 

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コメント

「生産性」ねえ、なんて無神経かつがさつな物言いなんでしょ。確かにこれはまずいでしょう。
LBGTの方々に差別意識はもっていませんが、でもかれらが、大声で権利を主張するのにはそれはちがうんじゃ、という違和感を持っているわたしでも、この物言いは、容認できません。
不愉快な言葉遣いだと思いました。

個人的には「生産性」なる表現の過激さ以外、杉田氏の主張に原則賛成です。

ここで以前バイオ系技術者氏(農学部出身、以下、氏)と話す機会有り、氏が「家畜を生産」みたいな表現使い大変驚いたのを思い出しました。
工学部出(更に単科大学なので工学部以外よく知らない)で技術系の私に生産など当たり前の表現ですが対象は基本工業製品、バイオ系は一応命扱うから家畜等は事実上「商品」でももっと言い方無いのかな?って感じです。
人間も生物なので子孫残すの生産も間違いではない?ですけど。

杉田氏も氏同様農学部(林業系)出身なので上記表現を業界用語?としてさほど違和感なく使った?、更に私みたいな農村でなく神戸(多分そこそこ街中)出身なので農業の現場自体は直接には詳しくない?(だから無機質な表現使う)政治家として脇甘過ぎと考える一方、上記の私の憶測正しいなら「やはり理系は少数派、この国では広く一般社会に受け入れられない」と同情(身内に甘い?)とも考えてしまいました。

 ブナガヤさんと投稿者の皆さんこんにちわ、HYです。

 農工学的に「生産性」という言葉を使っていたとしてもその方面の知識を持っていない人には野暮ったく聞こえるのは当然です。そもそもブナガヤさんも触れているように同性婚でも代産という方法を使って子を授かることはできますし、将来的には人工子宮や万能細胞を利用すれば同性間で正真正銘の子供が生まれる可能性もあります(規制や倫理的問題がありますが)。

 しかし、その子供はどうなるのでしょう。学校は小さな社会と言いますし、父親や母親だけが二人いる子はその中に馴染む事が出来るのでしょうか。

 ところでブナガヤさんは夫婦別姓についてどうお考えですか。

HYさん。夫婦別姓は、私の知人でやっている人がいますが、子供にとっては迷惑千万なものです。
父親と母親の姓が違っているというのは、子供の社会的不利益を生み出します。
旧姓でも職場で通用するのですから、夫婦別姓が職業上の不利益になるという主張は過去のものだと思っています。

自分の個人的な感覚としては、生産性という言葉を使用したことにつきましては納得できます。ただ、生産性が「ない」は、言い過ぎとは思いますが。「低い」なら、賛成です。
何も生産性は自らが全面的に高められるものとは限りませんし、また子孫が生み出すもの、事などの可能性も閉ざされます。

生産性って、言葉の意味がすごく広いものだと考えます。日本人全般についての印象ですが、ものすごく生産性が高い反面、ものすごく生産性の低い面を抱えているように思えます。矛盾してますが、そうした矛盾も孕んだ概念と考えているわけです。

杉田水脈氏の論には賛成できません。「生産性≒付加価値」です。言葉の意味としては人の付加価値を議論していることになるのです。生産性とは曖昧な言葉ではありません。生産性=付加価値/単位時間となり、数値で出てくるべきものです。長く工場の生産性に関わってきた者としての意見です。

ですが、朝日新聞などリベラル勢力に行政が引きづられている現状には危機感を共有します。

世界的にイスラム教徒が増えているようですが、その最大の原因は欧米キリスト教社会が持つ、そのリベラル(個人主義的自由)が故の、人間的な堕落にあると思います。極論すれば、自由より規範を、規範による社会の安定と種の連携求めているからに他ならないと思うのです。

LGBTの社会的認知運動とは、生物学的にその種の廃絶(子孫の廃絶)を招くものです。多様性とは規範の否定にもなり、規範をめざした教育・努力から逃避し「怠け者」が「働き者」に寄生することにつながりかねない危険(“あるがままの自分でいいんだ”)を合わせ持っています。

このまま進めば、社会的な規範を軸にした戒律・管理を厳格に適用する社会=イスラム教及び共産主義的独裁政治に吸収されかねません。マクロ的に言えばこういう現象だと思うのです。

日本社会のありように関わる政治家であれば、マクロ的視野に立ったLGBTの議論から逃げてはいけないと思います。

Siさん

それならば杉田氏はまだ"生物学的に"生産性がないと言えばまだ多少はマシだったことでしょう。誤解を招く表現だったと弁明することも可能ですし。

どちらにせよ、伊藤詩織氏の件に関してもそうだが、この人は政治家としての自覚や言動に対する責任がなさすぎる。山口二郎といった不良学者の科研費を叩いていたのは痛快でしたがそういった活動もフリーランスの方がやりやすいでしょうし彼女には辞めてもらった方がいいと思います。

同じ女性の保守政治家として稲田氏がLGBTの理解増進に努めているのを少しは見習ってほしいと思いました。

名前を書き忘れました
上のコメントは中華三振です。

「生産性」という言葉を聞いて真っ先に思ったのは、かつての「子供を産む機械」発言でした。
あの時も、与野党問わず大きく騒いで、過剰反応だという反発も有り、野党のブーメラン発生という流れで有耶無耶になったと覚えています。
今回も、まあ同じ感じになるんじゃ無いでしょうか。

生産性が~という話は、昔ながら続く「家庭を持って家を建てて子供を作って、それで一人前の大人」という考えが根底にあるだろうから、同じ考えの人も相当に多かろうと思います。
昭恵夫人だって、安倍総理の支持者から「子供を産めない=人間失格」のような発言をされたと、過去に語っていますからね。

今では当たり前の選択肢である離婚というものも、私が子供の頃は、学校で「親が離婚した」と苛めの対象になりました。絶対数が少ない珍しい存在だったからです。
LBGTや夫婦別姓も、日本における絶対数が少ないうちは、苛めや差別の対象になるのは避けられないでしょう。
逆に言えば、数が増えれば「当たり前の存在」となり、苛めの対象とはなり難くなる。
今回のデモが本当に4000人を集めたのであれば、彼等彼女等が当たり前の存在になる日も近いのでしょうが……。


あと、今回の件で疑問に思ったのは、起点となった尾辻氏のツイート。
>LGBTのカップルは生産性がないので税金を投入することの是非があると。LGBTも納税者であることは指摘しておきたい。

これと杉田氏の記事を考えると、杉田氏も尾辻氏も、「生産性=子供を産むこと」ではなくて「生産性=納税者が増えるかどうか」という見方をしている感じがする。
子作りの生産性なんてこと、誰が最初に言い出したんだろうか?

LGBTや前回の記事にあった死刑制度においても出てくる「世界のグロバールスタンダードに従え」論を押し付けてくる流れにいつもゲンナリします。

この考え方はそれぞれの国の文化や歴史、宗教から生まれている価値観の違いをを真っ向から否定する事にもなりますので安易に一色単にまとめて扱う事は逆に軋轢を深めてしまう危険性すらはらんでいると感じています。

そしてこのような方々に限って
「じゃあ国防もグローバルスタンダードに乗っ取って憲法9条は改正しないとですね?」と話を振ると「論点のすり替えだ!」とキレる

もうなんだかなぁ…と。

「生産性」という言葉から「うまずめ」という嫌な言葉を思い出してしまいました。
私はSNSというものを一切やりませんので、
その後の杉田さんの動向は知りえないのですが
早い段階で謝罪なり撤回をされるべきではないかと思います。
(生産性という言葉の選択に対して)

ただ少々騒ぎすぎではないですかね。
たしかに国会議員の発言ということで捨て置けぬということなのでしょうが、
まるで蜂の巣をつついたような大騒動は度が過ぎていると思います。
さらにはこれを安倍叩きの道具にしようという輩も散見されるようで
それが野党ならいざしらず、
総裁選を見据えた某氏等はさっそくこれを政争の具と捉えているよう。
何ともまあ分かりやすいというか節操がないというか。

連投失礼いたします。

しゅりんちゅさん、おっしゃる通りですね。

グローバルスタンダードという言葉が独り歩きして
何でもかんでも世界に倣えと仰るのは左巻き関係の方々に多いように思えます。
それなら日本の国防も世界標準にしてくれといいたいところですが
そこはガラパゴスのままでいいというわけなんでしょう。
まあずいぶん身勝手な。(笑)

LGBTに関して疑問なんですが
レズビアン、ゲイ、バイセクシュアルとトランスジェンダーを
果たして一絡げにしていいものなんでしょうか。
なんかものすごく違和感を覚えるんですけどね。

青竹ふみさん

もう既にブーメランぶっ刺さっていますねw
2007年のことですが、民主党の代表代行として愛知県知事選の応援演説で「(愛知県は)子どもを産む生産性が最も低い」と述べていたそうで。

右翼も左翼も大嫌いさん

LGBは性的指向(性的嗜好とは違う)でTは性認識なので全く違うものですね。


一昨日、NHKで「ニッポン”精子力”クライシス」という番組が放送されました。男性の生殖能力が著しく低下しているということです。子供を産み育てるための環境を整えるために、限られた財源・医療資源をどこに投入すべきかというのは大きな問題であることは間違いないです。

杉田氏が差別意識を持っているとまでは思いませんが、言葉でものを伝えるこということをもっと意識してもらいたい。

一部のサヨクさんや太田光なんかが、安倍首相夫妻に子供がいないのをふまえて「安倍さんも生産性がない」などと言っておりますが、とてつもなくゲスいです。本当に胸糞悪い。

私はごくフツーの性指向なもんで、LGBTな人達を理解
するのは難しいです。正直、なんやらヤバイ気がする
し、チョット怖いです。筋骨隆々のガタイのオジサン
が無理やり・・というステレオタイプな恐怖心が、子供
の頃からあるのです。(実体験はありません、念の為)

LGBTへの指向性は遺伝的なものらしいので、先天的な
指向は当の個人にはどうすることもできない。個人の
自由を最優先する私の姿勢からすると、LGBTは全然か
まわない好いたようにしたらエエ、です。ただしお互いに、
他方の趣味趣向に無理やり立ち入らないのがルール
です。

生産性を言うのも、確かに同性じゃ子供を作れないん
だから(養子を育てるのは出来る)言うのは自由だし、
彼等に社会的資源を使うことも、彼等は納税者なのだ
から(さらにLGBTの方は有能であることが多い)これも
当然自由だと思う。好いたようにしたらエエ。


私には何を騒いでるのかわからない、LGBTを又政治に
利用したいだけじゃないの?としか思えない。

頭のおかしいきじだな。

厚生労働省
不妊に悩む夫婦への支援について
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000047270.html

自治体の一例として
大阪枚方市(ひらかたし)
特定不妊治療費用補助金交付申請
https://www.city.hirakata.osaka.jp/0000001571.html

PDFファイル『児童福祉法による児童入所施設措置費等国庫負担金の交付申請等の手続きについて』

『里親制度と養子縁組は違う制度です。』
http://child-abuse.main.jp/youikuhi-teate.html

LGBTでも

LGBTでも

LGBTでも不妊治療、試験管ベビーや里親やるなら、申請し要件に合えば誰でも、国や都道府県、市町村から補助がでる。
LGBTでも。

なぜ、屋上架屋をかけなければならないのか?

★☆★『“性秩序”を破壊、結婚制度を廃止して、家族を解体させる“LGBT優遇運動”』★☆★

“ジェンダーフリー運動”とは、「男らしさ」「女らしさ」を“否定”しようとする運動を言い、“LGBT支援運動”とは、従来の「男女」2つの性を“否定”した「多様な性」を強要する運動をいう。

これらの根っこにあるのは“共産主義思想”であり、「私有財産」と「階級支配」のない社会で、個人が「バラバラの個」として連帯(「国家に従属」)した“全体主義社会”であるとされる。

「性秩序の破壊」と「結婚制度の廃止」で、『家族』を“解体”して、新しい“共同社会”をつくり、『国家』(=支配機構)を“死滅”させる。それがコンミューン主義としての共産主義の目標である。

“ジェンダーフリー運動”と“LGBT解放運動”には、共に「性秩序を破壊」して「家族を解体」し、それによって「革命を醸成」する役割があり、これらは『共産主義革命の手段』として行われる。

かつて、共産主義者はロシア革命後に、西欧先進国での共産革命を試みたが、彼らのいう 「家父長的権威主義的な家族」 と 「キリスト教の性道徳」 が “障壁” となった。

そこで、まず 伝統的な 「性道徳を破壊」 して、近代的な 「家族を解体」 しよう と考えた。
 この試みは、 “ヴィルヘルム・ライヒ” と “フランクフルト学派” によって行われた。

http://d.hatena.ne.jp/jjtaro_maru/20091023/1256254671 (L2853)

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1917年ロシア共産革命によって政権を掌握した共産党・革命政府の施策は多くの抵抗に遭遇した。
ソ連政府はその原因を“家族”にあると考え、革命を成功させる為、「家族の絆を弱める」事とした。

『全女性の労働参加』で『家事』『育児』が“社会化”され、食事は共同食堂、育児は保育所となった。

しかも、1934年頃になると、彼らが予想もしなかった有害現象が同時に進行していた。
“家族解体”政策が「社会の安定と国家の防衛を脅かすもの」と認識され始めた。すなわち・・・

①「家族」や「親子関係」が“弱まった”結果、「少年非行が急増」した。
新聞はその報道で埋まり、彼らは住居に侵入し、掠奪・破壊し、抵抗者は殺戮した。
汽車のなかで猥褻な歌を歌い続け、終わるまで乗客を降ろさなかった。
学校は授業をさぼった生徒たちに包囲され、先生は殴られ、女性たちは襲われた。
   
②「性の自由化」と「女性の解放」という壮大なスローガンは、強者と乱暴者を助け、弱者と内気な者を痛めつける事になり、何百万の少女達の生活がドン・ファンに破壊され、何百万の子どもたちが、両親の揃った家庭を知らないことになった。
   
③「堕胎」と「離婚」の“濫用”(1934年の離婚率は37%)の結果、“出生率が急減”した。
それは共産主義国家にとって、労働力と兵力の確保を脅かすものとなった。

こうして、1934年には国家はこの様な“混乱”の対策に精力を消耗することに耐えられなくなった。
それは戦争に直面している国の「国力を破壊するもの」であった。 これを是正するためには、社会の柱(pillar of society)である“家族を再強化”する以外に方法はなかった。

※ニコラス・S・ティマシエフ(Timasheff) 論文『ロシアにおける家族廃止の試み』
(N.W.Bell"A Modern Instrucion to the Family"1960 N.Y.Free Prees所収)による。

https://www35.atwiki.jp/kolia/pages/913.amp

めんどくせえや(-_-;)(-_-;)杉田・支持者・杉田のガキ、全員に今すぐ天誅を下せ❗

5とかいう人。誰を指して「杉田支持者」と読んでいるのですか。
もちろん私じゃないよね。ラブラドール氏ですか。

いずれにしても内容ない罵倒は入れないように。

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