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2018年8月 8日 (水)

山路敬介氏寄稿 2018年盛夏 沖縄政治情勢考その3

017

山路氏寄稿の3回目となります。 

今日の記事で、山路氏は翁長氏が連敗街道をひた走ったあげく公約である「移転阻止」が不可能だとわかっても、なお安泰でいられる謎について考えています。

いまや多くの人が気がつき始めていますが、翁長氏には政治理念がありません。見事にからっぽです。

いやむしろ理念などなくていいのです。強烈な政治理念がないからこそ、彼を御輿に担いだ者たちは、何色にでも解釈可能だったからです。

変に理念を持って革新陣営にとって統制不能になるくらいなら、なにも知らなくてもけっこう、知らない方が革新の色付けをしやすいと思ったのでしょう。

翁長氏が革新陣営にとって「理想的知事」な理由は、その「無私」にあると山路氏は炯眼で見抜いています。

金秀や平良氏たち経済人には権益とポストを、革新陣営には県警の「過剰警備」をやめさせ、地裁の検問判決について怒る県警に上告を断念させる「公平性」を示しました。

これは行政官たる知事としてはあるまじき利権配分であり、職務放棄そのものです。

しかしこの「統治の放棄」こそが、翁長氏の連敗が許された統治の秘訣なのです。

このような「気配り」こそ、翁長氏が自民党県連のボスとして培ってきたもので、どう逆立ちしても学者出身が多い革新系政治家にまねできるものではありません。

その意味では翁長氏は、知事在任中にぞんぶんに政治屋としての手腕を振るったとも評せるのかもしれません。

ただそれが県民の安全と幸福にとっていかなる意味を持つのかとなると、まったく別次元なのですが。

                                         ~~~~~~  

山路敬介氏寄稿 2018年盛夏 沖縄政治情勢考その3
              ~翁長知事の「撤回訴訟」と県民投票に向けた「署名集め」について~
                                                                                                  山路敬介
 

承前

 翁長知事の失敗が何度でも許されるのはなぜか 
 
革新系政党などで構成する県政与党は、翁長知事が「取り消し訴訟」に踏み込むのを当初反対する声が大勢だったと思います。
 

ところが、訴訟で「絶対に勝つ」と大ボラを吹いていた翁長知事がこれ以上ない形で大敗しても、県政与党からはその責任を問う声はおろか、些かの非難の声さえ上がりませんでした。 

それどころか打ち続く首長選の敗北を受け、しかも全国知事会を欠席するほどの健康状態にもかかわらず翁長再選を熱烈に乞う「オール沖縄」の諸君の心中には何があるか? 

その理由は「辺野古反対」を貫き通す姿勢への評価などと言う曖昧なものではなく、オール沖縄内の利益配分が適切だからです。 

なお、私がここで言う「利益配分」は金銭的な事だけを意味するものではありません。 

産経でも取り上げられていましたが、7月25日の知事会見で「アジアでは、中国とも米国とも安保条約を結んでいるところはない」などと完全な間違いを平気で言ったり、「中国の脅威は薄らぎ」、「北朝鮮問題も友好裡に推移」などとという認識を示しました。 

無知だし、空いた口が塞がらぬほど「アホ」で「間抜け」ではあります。(さすがにここまでひどくはないでしょうが、自民党議員だって似たりよったりなのですが)

翁長知事のバランス政治

しかし、長い間沖縄の政治に携わり、またそう出来て来た翁長政治の真髄はそういうところにはありません。

ある革新議員は翁長知事の最大の長所を問われ、「翁長知事は保守派ではあっても無私だし、オール沖縄内は公平だ」と答えています。
 

翁長知事のやり方は、ポストが好きな連中にはモノレールの社長の座やコンベンションビューローの会長の椅子を気前良く与え、一方の思想信条にこだわるグループに対しては別の政治的配慮をします。 

それは例えば、高江での県警の行動について「過剰警備はなかった」と答弁した天方公安委員を事実上「更迭」をしたり、琉球新報に訴えられた県警に上訴を許さなかったり、保守派の政治家なら狂死しそうな「統治意思の放棄」とも言える愚行を平気で利益分配として行うのです。 

これで共産党のメガネにかなわないワケがありません。

端的に言って翁長知事は古い自民党の政治を「オール沖縄」にも適用し、それを存分に活用して来たと言えます。

違いといえば隔たりなく気配りをした事で、それが「オール沖縄」の結束と自身への求心力を保つ秘訣になった思われます。 

表向きの注目度はともかく、とりあえず政策において自身の突出を避けた点も高得点でしょう。 

そうした小細工は俊才の仲井眞前知事には不得手だったし、その点に不満を感じていた翁長知事にとって理想的な環境を創造できたものと思います。

ところがそうなれば当然に翁長知事がやる事に対する無批判が昂じ、あげく実際には逆に翁長知事に権力が一元化しつつある現状が「オール沖縄」を覆ってしまっています。
 

だからこそ翁長知事は今回も無意味な「撤回」をして、再び敗北必死の訴訟合戦を繰り広げる事が可能なのです。 

そうした訴訟における度々の敗北が「辺野古移設」のストッパーになるはずはなく、むしろ穏やかで確実な世論を形成し推進されると見るのが現実的だと言えるでしょう。

 

 

                                                                                 (次回完結)

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コメント

 ブナガヤさんと山路敬介さんこんにちわ、HYです。

「無私」と書くと私利私欲のない、人とために尽くす人のように見えてしまうので表現を改めた方がいいのではないでしょうか。翁長さんは「知事になりたい」という私心を優先するあまり思想信条も志もを捨てた「根なし草」だと思います。

理想の知事とは、真の意味での無私の心を持った人でなければならない

 理想の知事とは、県民の敬愛を集めねばならない

 理想の知事とは健康でなければならない

 理想の知事とは、県民に希望を与える人物であるべき

 理想の知事とは、県益と国益を総合的に見る目が必要だ

 翁長さん、お考えなさい

翁長さん、お亡くなりになりましたね。御愁傷様です。

病状がかなり深刻だったのか手遅れだったのか残念、選挙で県民からの審判が下されることなく逝去されたのも更に残念です。管理人殿、翁長氏と今後の沖縄に関する投稿を期待しております。

あまりに突然で言葉もありません。
私はこれで、結果的にせよ意図して行っていたにせよ、翁長知事が抑えていた魑魅魍魎たちが復活して前面に吹き出して来るのではないか? と危惧してしまいます。

家に帰ってきて、ブラウザを立ち上げたら速報で訃報が。
翁長知事のご冥福をお祈りします。

それにしても、まさに死ぬまで働いたということで……山路さんの仰るとおり、パンドラの箱が開いてしまったかもしれませんね。

思いの外早まったなという印象。ご愁傷様です。
山路さんが危惧されてることが予想されますね。
これで伝説のヒーローとして祀り上げて云々で、明々後日の県民大会が盛り上がりそうで面倒です。

ものすごい無私だとため息つきながら拝読していました。
翁長氏のご冥福をお祈りします。
みなさんご心配の地獄の釜の蓋は早速開き始めています。
「沖縄独立しか、彼の死に報いる道はない」というツイート。早速モロに書き飛ばして、ここ数日の観測気球を見るようです。お世話になったのだから、今夜くらいは静かに祈ればと思います。

最後まで見栄に生きた人生だったと思います。
見栄を張るのも善し悪しですが、最後まで全うした(全うさせられた。)のですから立派です。
オール沖縄がリセットするのか、勢いづくのか。
今後のことは、私にはまったく予測できません。一つ言えることは、沖縄が抱える矛盾をすべてさらけ出してくれました。ご冥福をお祈りいたします。

闘病生活は色々な立場もあって苦しかったことでしょう。もう何の足枷もありません。ゆっくりとお休みください。

まずは翁長知事のご冥福をお祈りいたします。

言葉は悪いですが県政を散らかせるだけ散らかして後世に全部丸投げしたという印象しか残らない残念な晩年となりました。
今感じるのは少なくとも自分は親類、縁者に対してこのような最後にならないよう気を付けようという気持ちだけです。

映画の「修羅の群れ」のシーンを思い出しました。
熱海を発祥とする稲川会の会長の半生を描いた映画です。
その中で「馬鹿でも駄目だ。利口でも駄目だ。中途半端はなお駄目だ。」と言うセリフがあります。
翁長さん、どっちだったのでしょう。

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