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2018年8月15日 (水)

山路敬介氏寄稿 県知事選挙を馬鹿げた「弔い選挙」にするな!その3

019
山路さんの寄稿の第3回です。

佳境に入りました。

「辺野古移転阻止」というお題目が、実は従来の本土政府と沖縄とのなまぬるい古きよき関係への逆行への請願、あるいはモラトリアムだとする、氏の見方に全面的に賛成します。

そこがわかってくると、先日来私が引っかかってきた、なぜ翁長氏は転向したのか、という謎が解けてきます。

そしてそれはこのような変化を受容できない沖縄政界の古い体質の膿のようなものだ、と山路氏は指摘します。

L・ハトヤマを出すというオチャラケ情報も本土ではありましたが、革新陣営は城間那覇市長擁立の動きも伝えられています。

その場合、謝花副知事のほうが那覇市長候補に回るシフトになるかもしれません。

これは左翼イデオロギー色が濃厚な糸数氏を推すよりはるかに手ごわいシフトです。

翁長氏後を県民が決めるのが、本来の知事選ならば、テーマは明らかです。

SACO合意を神棚に祭り上げてきた旧自民党政治を続けるのか、なんの戦略もないまま阻んできた翁長県政をその後継に手渡してきてよいのかです。

「琉球独立」、あるいは「全基地撤去」などという空論空語を弄ぶのではなく、しっかりとした安全保障観を持ち、経済的自立を求めて変わっていこうとする者たちと、変化を嫌い従来の構造にしがみつくものたち、その間の戦いです。

                                             ~~~~~~ 

Origin_1(左)佐喜真淳氏(右)安里繁信氏 沖タイより引用

  ■県知事選挙を馬鹿げた「弔い選挙」にするな!その3 
~県民の「目」くらます県内報道と知事選 
                                 安里繁信氏は出馬すべきだ                                             
                                                                                  山路敬介 
 

承前  

■ 沖縄は「古くかつ悪いモノ」を捨て、新しい沖縄を目指す候補に託すべき

あらためて振り返ってみますと、翁長知事の本願は「本土と沖縄との関係性」を従前にあったものに還してほしいという「お願い」であり、実効性の伴わない「辺野古反対」の内実はそのためにする請願運動であったと思います。
 

また、何もかも旧に復して与党も野党もふくめ、これまで通り沖縄の政治家全体が等しくあてがわれた配役と振り付けで「踊り」を踊れるように、そう考えたのが翁長氏でした。

しかし、しょせんその線では主体が常に「本土」であり、考え方そのものが些かも「対本土」の域を出ていない点で「沖縄の独立性」とは無縁で、その実は単なる「甘え」によるモラトリアム期間の延長を哀訴したものにすぎません。
 

むろん、そのような方式を旧来の自民党本部や日本政府は同調していたのですが、そうした方法では米軍基地縮小は一向に進まなかったのが歴史の真実です。

安倍政権になって、「沖縄の基地負担軽減」は単なるお題目ではなくなりました。

しかも基地負担の軽減は「普天間の返還」がなされて終了ではなく、SACO合意の先にもまだまだ軽減される余地が残っています。

長い目で見れば、宮古八重山方面の自衛隊配備も米軍基地縮小に役立つものでしょう。

こうした変化を受け入れられないのが、翁長氏を始めとする沖縄政治全体に蔓延するウミであり「旧体制」です。

年初に安部総理が「沖縄に寄り添う」発言をした時、私は「安倍総理は方針転換をした」と思い、少しだけ「安倍総理のもとでも、やっぱり沖縄は見捨てられた」と考えてしまいました。

それは私には、安倍総理発言の意味するところが「辺野古は推進するけれども、旧来の沖縄対応に戻す」と聞こえたからです。

むろん、その意味するところを玩味した沖縄自民党は活力を得たと思います。

それが「選挙のため」だけならむしろいいが、翁長氏が願った「旧来の沖縄関係のあり方」にも応分の配慮した感じがものすごくしてしまったのです。

                                                                             (次回完結)

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コメント

自民県連は佐喜真氏の一本化に成功したようですね。
オール沖縄側は難航しているようです。
そりゃーそうですよね。弔い選挙の勢いで知事選を勝ったとしても、翁長知事が過ごした4年間をまた繰り返しますから。左翼勢力は辺野古移設を阻止できなくても、国民の関心が沖縄に向いたから成功だと言いますが、そうでしょうか。オール沖縄を持ち上げるのは朝日、毎日、地元2紙であり、多くの国民は冷めた目で見ています。
沖縄の政治家が持つ、沖縄は特別だと言う意識もそろそろ終える時期です。復帰当初は特別な事情はあったと思いますが、もう46年も経っています。

篠原章氏の批評と共通するところがありますね。篠原氏は「基地反対と振興策獲得の均衡」と評しています。

http://hi-hyou.com/archives/7756
「翁長知事」を生んだのは保革を問わず沖縄に蔓延していた「基地反対と振興策獲得の均衡」という保守的な政治姿勢だった。

今回の山路さんや管理人さんの論考も踏まえて合点がいきました。翁長知事のこの権力欲をささえるものはなんだったのだろうかと考えると、なるほど、旧来の枠を壊すのではなくむしろ守りたかったのかもしれないと。

当ブログで書かれていた

金秀や平良氏たち経済人には権益とポストを、革新陣営には県警の「過剰警備」をやめさせ、地裁の検問判決について怒る県警に上告を断念させる「公平性」を示しました。

のようなことも「基地反対と振興策獲得の均衡」の延長線上であるとも思えます。見方によっては行政の私物化ですが、翁長知事にとってはそうではなかったのでしょう。私欲でやっているわけではないということでしょうし。割を食う一般県民にとってはたまったもんじゃありませんが。

今の若者達の多くは、本土の憐憫・同情を受けることを良しとしてはいないと思います。那覇軍港移転問題での松本浦添市長のように、前向きな案を自ら提案していけるような知事となってもらいたいです。その土台を作るためにも教育行政が重要ではないでしょうか。

私には「基地反対と振興策獲得の均衡」というのがよくわかりません。
実際に「有史以来の立派な内容」とする予算を獲得したのは前仲井真知事が辺野古埋め立て容認をした見返りであるし、仲井真時代でも反対の間は予算減だったし、翁長県政になってからもまた予算を減らされています。
名護市長選を見ても明らかに基地容認=予算増、反対=予算減です。
旧来の自民党と国場組などの土建業界のズブズブな関係は沖縄県民にも良くしられるところですね。
どなたか基地反対で振興策獲得とする根拠をご教示いただきたいです。
そして基地容認で予算を与えるという構図を政府も沖縄自民も崩したくはないようです。
古い自民に囚われない安里繁信氏が出ると面白いと思いますが、政府はもっと御しやすい人物を好むのでしょう。
菅官房長官が安里繁信氏に直接、出馬断念を打診したそうですね。不出馬の意向と言われながらその発表が延びているのも反骨精神のあらわれでしょうか。彼はまだ若いし、もう少し力と政治家らしい狡猾さを身につければ、今まで沖縄にいなかった大物政治家になるように思います、将来が楽しみですね。

クラッシャーさんのおっしゃる通りですね。
およそ篠原氏ほど徹底的に沖縄を見ている本土の知識人は他にはないと思います。

>「今の若者達の多くは、本土の憐憫・同情を受けることを良しとしてはいない」

この部分ですが、今の若者達の多くは本土との垣根を作っていません。
ですので、本土からの「憐憫」だとか「同情」だとかの対象として自らを見る事はありません。
「歴史的経緯」がどうとか、というとりとめの無い考えもありません。要は現実主義なのです。

karakuchi さん

どうも城間幹子那覇市長は知事選出馬をホントに辞退したようですね。
そうすると、国と結んで「撤回」を回避した謝花喜一郎氏か、あるいは「民意での撤回」にこだわった呉屋守将氏くらいしか思い浮かびません。
糸数慶子氏は国連活動にのめり込みたい意向みたいですし。

この出遅れは「翁長氏の弔い合戦」の勢いから継続せず、断層を作ってしまうでしょう。

ですけどまァ、絶対負ける「撤回」訴訟をやって、それで尚且つ県民の支持を落とさずとの腹をくくって出馬するのは、これは相当に難儀ですよね。

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