米のINF条約脱退はロシアとの出来レースか?
今回のトランプのINF条約離脱の真の矛先が、中国に向かっていることは自明です。
朝日はこんな社説を出しています。
「 核大国の米国は、核の広がりを防ぐ国際条約により核軍縮の義務を負っている。それが逆に核軍拡へかじを切るのは愚行というほかない」(朝日10月23日)
毎度の9条節ですが、正しいことも言っています。この部分です。
「米国の取るべき道は、ロシアとともに、中国なども巻き込んだ実効性のある核軍縮の枠組みづくりや信頼の醸成である」
まぁ、そのとおりなんですがね。
では、INF条約の番外地だったアジアで一番得してきた中国に、どうやって苦い水を飲ませるんでしょうかね、朝日さん。
後述しますが、中国の核戦力の実に8割までが中距離・準中距離核ミサイルなんですぜ。
「どうやって」という方法論を語らず、「核軍縮の義務」とか「人類の非核化の夢」みたいな情緒論だけでは、語ったことにはならないんですよ。
そもそもロシアがINF条約に違反した理由には、中国の影がのぞいています。
うがった見方をするなら、この条約離脱劇は「米露の出来レース」といった側面もあるのです。
あえて強い言い方をすれば、米露の共通の脅威は中国に他なりません。
中露が準同盟関係であるなどという論者がいますが、とんでもない勘違いです。
猜疑心が人一倍強いこの二国が、世界最長の国境線で接しているのです。
こんな両国が核攻撃によって互いの心臓部を刺すことができる相手に、気を許すはずがありません。
かつての共産国同士だった時ですら犬猿の仲でした。現に1969年には国境線をめぐって局地戦すら交えています。
中ソ国境紛争 - Wikipedia
あくまでも対米関係において、便宜的にくっついている仮面同盟関係にすぎません。
さてロシアが密かに、というか堂々と条約破りを開始したのには理由があります。
ロシアは、急にINF条約を破ったのではなく、その兆候はいくつか出ていました。
岡崎研の村野将氏によれば、いまから13年前の2005年には早くも、イワノフ副首相兼国防相(当時)は、ラムズフェルド国防長官に「ロシアがINF条約から脱退するとした場合、米国はどうするか」と言って観測気球を上げています。
また2007年には、プーチン御大自身が、「INF条約に米露以外の国も参加すべきだ」と、条約多角化の必要性を訴えました。
これは、米露以外の国が中距離ミサイル戦力を持ち始めているために、ロシアの安全保障が脅かされているというシグナルです。
このロシアの主張は、あながち間違いではありません。
INF条約が結ばれた1980年代には、中距離ミサイルは米露だけ限定されていましたが、21世紀に入って世界に広範にバラ撒かれてしまっているからです。
今やイエメンの反体制派民兵ですら中距離ミサイルを持っているありさまで、その保有国は中国を筆頭にして、エジプト、インド、イラン、イスラエル、北朝鮮、パキスタン、サウジ、韓国、シリアと世界10カ国にも及んでいます。
しかも大部分は米国には届かないが、ロシア領内には着弾できるのですから、ロシアにすれば、「条約を遵守したあげくがこうかい」と言いたくなるのはわからないではありません。
しかも、哀しくやロシアのミサイル・システムは攻めるぶんには滅法強いのですが、守るとなるとミサイル防衛(MD)を保有しないために、撃たれると弱いという致命的欠点があります。
ちなみに、実はこの弱点は中国も一緒で、だから中露は揃って降りかかる火の粉を払うだけが目的のミサイル防衛に反対しているのです。
それはさておき、これらの中距離ミサイル開発において世界でもっとも熱心だったのは中国でした。
20013年7月に、米軍の国家航空宇宙情報センター(NASIC)から、世界の弾道ミサイルと巡航ミサイルの脅威を評価した報告書が出ています。
その中にはこう書かれています。
海国防衛ジャーナル2013年7月11日による
http://blog.livedoor.jp/nonreal-pompandcircumstance/archives/50706458.html
「中国は世界でも最も積極的で多様な弾道ミサイル開発計画をもち、量、種類ともに拡大中である」
https://fas.org/programs/ssp/nukes/nuclearweapons/NASIC2013_050813.pdf
2013年時においてすら、中国の中距離ミサイル戦力の増強は明確でした。
「現在、中国の地域核戦略の主力は、MRBMのDF-21(CSS-5 Mod1、Mod2)です。DF-21は2006年には19~50発だったものが、2011年には75~100発へと増加しています」(海国防衛ジャーナル前掲)
そして現在の中国の中距離・準中距離ミサイルは、各種合わせて412発と推定されています。
とくにその中でもDF-21C(東風21C)は、日本の都市と在日米軍施設を標的にしていると言われています。
DF-21(東風21)
http://www.ausairpower.net/APA-PLA-Ballistic-Missiles.html
このDF-21Cの射程は1750キロですから、日本を狙うと同時になんなくロシア領内も標的にすることができます。
昨日もアップしましたが、下図の赤線がDF-21Cの射程範囲です。
https://ja.wikipedia.org/wiki/DF-21_(%E3%83%9F%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%AB)
ロシアにとって、米国とその同盟国(英仏)を除けば、直接にロシア領を核攻撃できる国家は唯一中国のみなのです。
これは私の憶測に過ぎませんが、ロシアにとって最も望ましい解決は、米国との中距離ミサイルの増強合戦ではなく、中国など中距離ミサイル保有国も含めた多国間INF条約ではないでしょうか。
この多国間中距離ミサイル全廃条約(新INF条約)で中国を拘束することができるならば、わが国にとっても朗報であることは間違いありません。
ただし軍拡に狂奔する中国がどこまでこの新INF条約交渉に乗ってくるかは不明です。
なぜなら、中国の核兵器は長距離弾道ミサイルも含めて全体で478発ですから、もし中国がINF条約に加わると核戦力の約8割を廃棄せねばならなくなるからです。
このような中国にINF条約の門をくぐらせるには、米露の強力な圧力以外は考えられません。
しばらくは米国の中距離ミサイル戦力の復活が開始され、米露の罵り合いの中から、国際社会が今のINF条約の重大な盲点に気がついてからのことではあります。
« INF条約番外地アジア | トップページ | 米国のINF条約離脱は一位二位連合による三位潰しか? »
今日のフロント記事、大変に勉強になりました。
日本も一定程度の中距離ミサイルなど装備したいと思わざるを得ません。反撃力は必要ですし、ホントは攻撃力すら備えていいと私は思っております。
投稿: ueyonabaru | 2018年10月25日 (木) 08時36分
問題の一つの捉え方として、弾道ミサイルと巡航ミサイルの比較も必要かと思われます。そしてこの巡航ミサイル分野は米国の独壇場であり、旧東側陣営はそれに必要充分な総合技術力を持っていません。
INFが結ばれた時代の技術背景としては、米国の巡航ミサイル実用化と配備が進んだ時期とも合致します。その点からしても元々が不平等条約の一種にすぎませんし、ましてやミサイルなど弾頭のプラットホームに過ぎず、いずれも核装備可能なのです。さらに弾道ミサイルには実用化された対抗手段があります。故にINF自体にはさほどの実効があると思えません。
むしろ「使える核」という以前の米国の表明からして核抑止力を相互確証破壊レベルから中小単一国家や大規模なテロ集団にまで広げたいのではないかと思います。核拡散リスクが高まってますから。そのための道のり表明の一つに過ぎないのかなと。
もちろん中国の脅威という背景も存在しています。巡航ミサイル技術も盗み、また発展させてきています。これまでのような技術者狩りや、技術泥棒を許しているわけにはいきません。基礎技術はなんせ30年以上も前にあるのですから。
まとまらず、申し訳ありません。
投稿: 安兵衛 | 2018年10月25日 (木) 10時59分
時代遅れになった条約を破棄し、その後にこれからの時代に則した新たなINF条約を提示するという予測はいかにも米国らしいイニシアティブの取り方だと感じます。
日本政府も窮地の中国に対し飴を与えつつも領土問題などをしっかり精算するなどのしたたかさを見せて欲しいところですが、今回の訪中は見物ですね。
投稿: しゅりんちゅ | 2018年10月25日 (木) 12時44分
ブナガヤさんと投稿者のみなさんこんにちは、HYです。
なるほど新たなINF条約交渉ですか。興味深い発想ですが現状では難しいですね。中国は勿論ロシアも地域覇権を目指しており、その戦略の柱として中距離核戦力を位置付けていると思います。仮に撤去交渉をするならロシアはアメリカの国外MD網の撤去を求めてきますし、中国はアジアからの米軍撤退を求めてくるでしょう。「アメリカファースト」のトランプさんがどう考えているかわかりませんが同盟国には受け入れない交渉です。
投稿: HY | 2018年10月25日 (木) 16時19分
私は、米国によるINF条約離脱の後、(あるいは離脱交渉の過程で)米・ロいずれかの側からは別にして、中国を含めた多国間条約形成の案が必ず出るのではないかと思います。
もちろん中共がそれに乗れない事を見越した上での事ですが。
中共が蹴るならば、さらなる国際的な孤立となるだろうし、それといてもロシアの国際社会への完全復帰に道を開くことになるんじゃないか。
HYさんはロシアが「地域覇権を目指している」と指摘しますが、それはそうとしても中共とは全く現在地が違うし、まずは国際社会に早く復帰しない事にははじまらんでしょう。
かつてSS-20配備で日米欧離間を策し、KAL事件まで起こしたソ連は国際社会からはじかれて、その結果がどうなったか。そういう歴史をプーチンは考えないはずはないと想像します。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2018年10月25日 (木) 20時17分