なぜイスラム世界はウィグル弾圧に冷やかなのか
まずは昨日の記事と表題から、「民族隔離政策」、あるいは「民族浄化」という表現を削除して「弾圧」に変えました。
理由はいまだこのウイグル弾圧の実態が、国際機関などによって完全に解明されたとはいえない状況だからです。
私は、「民族浄化」に当たるか否かという概念規定論争には興味がありません。
今はウイグル弾圧の実態を広く「伝える」べき時期ですから、今の段階で用語論争にはかかわりたくありません。
この時期において、最優先されるべきは、まずなによりもこの「伝える」ことです。
ですから「弾圧」という、より価値中立の表現に改めました。
さて、私が1年以上前からこのウイグル弾圧を知りながら、この時期まで記事を書かなかったのは、亡命ウイグル人だけの断片的情報しかなかったからです。
いわば裏がとれない未確認情報でした。
これは事態の一定期間までは致し方がないことですが、中国社会の極度の情報統制が加わっていっそう見えにくいものとなっていたのは事実です。
このように裏がとれない未確認情報が多い場合、その鮮明度を上げるには三つの方法でクロスチェックする必要があります。
ひとつは、同じテーマを複数の実績のある報道機関がクロス報道することです。
単独の報道よりも、二つ三つの報道機関が同じことを報じた場合、その確度は高まってきます。
今回は、昨日引用したようにニューズウィークとBBCなどが同様の内容をほぼ同時期に報道しました。
私はこれで情報のクロス・チェックの第1段階が終了したと判断しました。
ふたつめは、主要国の政府機関、ないしは政府要人が、公式の場でこの問題について言及することです。
2018年10月4日、ハドソン研究所におけるペンス副大統領演説
これについては、10月4日の米国シンクタンク・ハドソン研究所におけるペンス副大統領の演説によってなされました。
以下の部分がそれに当たります。
「そして新疆ウイグル自治区では、共産党が政府の収容所に100万人ものイスラム教徒のウイグル人を投獄し、24時間体制で思想改造を行っています。
その収容所の生存者たちは自らの体験を、中国政府がウイグル文化を破壊し、イスラム教徒の信仰を根絶しようとする意図的な試みだったと説明しています。
しかし、歴史が証明するように、自国民を抑圧する国がそこにとどまることはほとんどありません」(海外情報翻訳局様より引用)
https://www.newshonyaku.com/usa/20181009
三つ目は、直接に認めることはありえませんが、別の形で中国当局がそれを認めることです。
昨日、日経(10月12日)はこのように報じています。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO36410950S8A011C1FF8000/
「中国当局はウイグル族など少数民族を対象に、思想教育をする「再教育施設」を設置できるようにする条例を施行した。(略)
新疆ウイグル自治区の人民代表大会常務委員会が9日、2017年に制定した「脱過激化条例」を改正し、新たに条項を盛り込んだ。
それによると、自治区内の下級政府に「職業技能教育訓練センター」を設置するよう求めている」
ここで中国は「職業訓練センター」と称する再教育施設を、新疆ウィグル自治区に作れと命じる「脱過激化条例」を作ったとされています。
その再教育施設は、新疆ウィグル自治区に40箇所前後あることが確認されています。
ニューズウィーク10月23日
これがウィグル弾圧政策だと批判されているわけですから、違うと言うならばなおのこと、中国政府は自らこの法律の内容とその施設の実態を明らかにする責任があります。
私たちにとっては、当座はこの時点で、中国政府が「再教育施設」の存在を認めたという事実こそが重要なのです。
とまれ、今、早急に必要なことは、中国の国際機関の調査受け入れです。
中国が大規模な再教育施設を建設して、そこにおそらくは100万人前後のウイグル人を収容しているこは疑い得ない事実だと私は考えていますが、まだ国際社会はその輪郭を掴んだ段階にすぎません。
幸いにも帰還した人たちの口から、多くの証言が一次情報として採取されています。
当面は欧米メディアと、日本では産経が出すこれらの情報に依拠するしかありません。
ueyonabaruさんから、なぜムスリム諸国が沈黙しているのかという質問がきていますので答えておきます。
確かにロヒンギャの苦難やパレスチナ人の闘争は毎日大量に報じられていますが、日本のメディアはウィグル弾圧をほぼスルーしています。
報じているのは反中色が強い産経のみで、人権にことのほか熱心なはずのメディアに限って沈黙しています。
結果、ウィグル弾圧は「中国嫌いのネトウヨが騒いでいる」ていどの認識になっています。
人権に関しては中国や北朝鮮を例外としない姿勢の欧米リベラルと、旧共産圏にシンパシーを持つ日本の自称リベラルとの大きな違いですが、これが現状です。
それはさておき、なぜ外部にこのウイグルの悲惨な状況が伝えられないのか、という理由についてニューズウィーク誌のニチン・コカはこう書いています。
「中国には通信アクセス制限と巨大な検閲体制があるため、きわめてクォリティ低い画像以外、新疆ウィグル自治区の最新の写真や映像はほとんど外に出てこない」
またコカはこのウィグル弾圧の当事国が中国であることが、最大の理由だとしています。
仮にこれがイスラエルが、ムスリムであるパレスチナ人を、このような大規模な隔離施設に収容などすれば、全世界のムスリム国家は揃って立ち上がり、欧州各国は強い非難を浴びせたでしょう。
しかし同じ宗教弾圧であるウィグル弾圧に、なぜかくもムスリム世界が冷やかかといえば、ムスリム世界は中国と対立できないからです。
https://www.sankei.com/world/news/171018/wor171018...
「今や中国は、ほぼすべてのムスリム国家にとって重要な貿易相手国だ。その多くが中国主導のAIIBか、一帯一路に参加している。
中国は皆はアジアでインフラ投資を進め、東南アジアでパーム油や石炭といった原料を大量に買いつけ、中東諸国にとって最大の石油輸出国だ」(NW前掲)
ここでコカが一帯一路政策が、ムスリム諸国の口封じとなっているという指摘は重要です。
今までの習政権以前の共産党政府は、核実験場をウイグル人居住地域近辺に置いた時から抑圧政策をとってきました。
関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-cd1f.html
また長年に渡って漢民族移住政策を推進し、ウィグル語を公共場から追放してきました。
その一方で、ひとりっ子政策についてはウィグル族を例外とするような融和策もとってきていました。
習政権のように、イスラーム教を根絶やしにしようとするが如き極端な政策は手控えてきていたのです。
ではなぜ今になって、より過激なウィグル弾圧政策に転じたのでしょうか。
その理由は、一帯一路の内陸ルート「シルクロード経済ベルト」上の要衝に、新疆ウィグル自治区があることと関連があります。
中国がウィグルに侵攻して領土化したのは、石油などの天然資源もありますが、それ以上に「戦略的辺境」を欲したからです。
この概念は、1987年に中国三略管理科学研究院の徐光裕が作ったものですが、外部世界との緩衝地帯という意味だけではなく、その時の国力に応じて伸び縮みするエリアとされています。
当初は、中華帝国を外部からの侵略から守る緩衝地帯としての位置づけでした。
中国はこの新疆ウィグル自治区、内モンゴル自治区、チベット自治区などの自治区を中東や西・中央アジアからの石油・天然ガスのパイプライン・ルートの要衝として確保してきました。
ここまでは歴代政権のエネルギー安保政策の枠内です。
ところが習政権に至って、この新疆ウィグル自治区の位置づけは大きな変化を開始します。
習が世界に冠たる世界帝国となる「中華の夢」を見たからです。これが一帯一路政策です。
これが今回の習によるウィグル弾圧を開始した動機です。
言ってみれば、いままでの歴代政権にってウィグルは、いわば守りのための「壁」であったのに対して、習にとっては攻めの「突端」に変わったのです。
ですから習にとって、ウィグルは二度と2009年7月のような動乱は起こさせない、反乱の可能性は徹底的に摘み取らねばならない地域となったのです。
関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-fdc3.html
習が人民解放軍の創設90周年を記念し、 北京を離れてわざわざ「戦略的辺境」である内モンゴル自治区で閲兵式を実施したのは、このウィグル弾圧と決して無縁ではないはずです。
いずれにせよ、コカがため息と共に言うように、「その答えはカネがものをいう、なのかもしれない」が現実世界の力学だということです。
ムスリム世界で可能性が残るとすれば、民主主義体制を持ち、かつ中国に屈していないマレーシアか、ウィグルと民族的に同じで、ウィグルコミュニティを歴史的に持っているトルコでしょう。
エルドアンは2009年のウィグル騒乱時で1万名以上と言われた虐殺に対して、唯一ムスリム国家のリーダーとして声を上げています。
ただこのトルコも、昨今の反欧米色を強めているエルドアンは、引き寄せられるように中国に接していますから期待しすぎてはいけません。
というわけで、ムスリム国家は当面はあてにできません。
結局、人権問題に敏感な欧米と日本がやるしかないのです。
今日は再教育施設の中身に入ろうと思いましたが、その前提についての私のスタンスをお話しました。
内容的には次回に回します。
あそうそう、ふゆみさん。昨日と今日の写真はカシュガルで買ったものです。
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足尾銅山の山村、水俣が見捨てられたように、国内でも被害を一方的に被っても、過酷な差別や切り捨てられ迫害されます。左翼というより謀国のフロントは、ウイグル・チベット問題にスルーしてますが、恥ずべき行為ですね。恥などなく、謀略が命なんでしょう。ロシア革命というマルクスの考えからまったく違う、自由のない暴力主義の統制国家を見習えなんて、今ではきがくるっているとしか思えません。蒋介石総統が中共は、人間以下だ、畜生以下だとおっしゃていましたが、日本の左翼も同じですね。ペンス副大統領があれほど明確にナチスのような国は、ぜったい潰さないと駄目だと言ってるのに、日本の土建屋帝国主義の方々は受注獲得のためにすりよるなんてことしないでしょうね。
投稿: オイラー | 2018年11月16日 (金) 07時28分
https://amp.dw.com/en/german-foreign-minister-heiko-maas-calls-for-china-transparency-over-uighur-muslims/a-46257300?__twitter_impression=true
ハイコ・マース独外相も触れましたね。日本で一切報じられないのですが、この記事のラストにもチャイナはドイツの最重要貿易相手国とあります。
この弾圧問題で何度も書き連ねられる金、金、金。
https://search.yahoo.co.jp/amp/s/jp.mobile.reuters.com/article/amp/idJP00093300_20180803_00220180803%3Fusqp%3Dmq331AQGCAEoAVgB
そして中東地域との関わりでは石油売買とAIIBの他に、この臓器移植の顧客として多数のアラブ富裕層がいるという話もあります。
記者不足でエビデンス確保や文章力で劣りシェアも少ない産経のみではこの問題は荷が重く、それこそ大マスコミ達がBBCやCNNからトランプ氏の小ネタのように拾っては報じを繰り返せばよいものを、完全スルーです。
私達はネット配信の外伝翻訳で知る事ができますが、このネット掘りで得たニュースの価値が高い程、既存メディアへの不信感が高まる事を日本の報道陣は認識できていないようです。
このまま日本語ニュースとしてマトモに私達に伝えられないまま米中対立とウイグル問題の手当てが進んだ場合、オールドメディアは国民から完全無価値の烙印を押される日が来るでしょう。
投稿: ふゆみ | 2018年11月16日 (金) 08時44分
報じているのは産経だけと言っていますけどNHKでもBSではあるもの報じていますよ。
https://www.nhk.or.jp/kokusaihoudou/archive/2018/07/0719.html
地上波は左翼&中共の御用メディアに成り下がったNHKですがBSでは中立的なまともな番組も作っているんですよ
今日はパプアニューギニアをめぐる中国とオーストラリアの攻防を放送しますし、中国に忖度してばかりの地上波メディアとは一味も二味も違った路線でおもしろいです
投稿: 中華三振 | 2018年11月16日 (金) 10時53分
中華三振さん。記事のテーマはそこじゃないんですが、まぁいいか。
nhkにもbsには中国のウィグル弾圧について報じた番組があったということでしょうか。
すいません、寡聞にして知りません。もしあったら御免なさい。
nhkは日中関係を歪めた張本人のひとりです。
いわゆる日中国交回復直後に、当時の田中政権の国策に乗ってシルクロードを大々的に流して、一大中国ブームを作るという宣撫装置の役割を努めました。
もちろん、そのシルクロードの脇にはウィグル居住地があり、その隣接地域には核実験場があったのですが、ひとことも触れていません。
以後、中国に不利なことをいわないのが「日中友好」だと勘違いした番組づくりに精出してきました。
2009年のウィグル騒乱の時に、武装警察の武力弾圧で1万人以上が死亡したり、行方不明になったのですが、果たしてnhkはどんな報じ方をしたのでしょうか。
本来、今回のことなど、英国のbbc以上に関係が深い日本の公共放送ですから、特派員をウィグルに送って調査番組を作るくらいすべきですが、今も将来も絶対にないとおもいます。
投稿: 管理人 | 2018年11月16日 (金) 12時49分
ウイグル近辺の核実験施設の話を聞くと、核汚染が残っている可能性のある場所の傍を通行する事に疑問を抱かないのか、と考えてしまいます。
実験施設があったことを認めて、その対処も確りしているというのなら話は別なのですが。
人が多く出入りすれば、それだけ情報の拡散も早くなる。一帯一路だシルクロードだと外国から人が集まるようになれば、どうなるか分かるだろうに……。
それとも、ちょっとでも道を外れてウイグル民族と会話しようものなら、スパイとして逮捕監禁となるのか。
民族再教育とか政府関係機関採用者の特定思想(この場合は民主主義)締め出しとか、どれだけ頑張ったところで民主化は止められないし、情報の拡散も同様です。
中国だけで情報規制すれば済む話ではないのですから。
規制と反発の末に、天安門事件再び、なんて事にならなければいいのですが。
投稿: 青竹ふみ | 2018年11月16日 (金) 13時19分
中華三振さん、それでは確かに完全スルーではないですね。
とはいえ貼っていただいたアーカイブには臓器狩りのくだりはなく、もちろん確固たるエビデンスが確保されていないことは考慮したとしても、BBCやロイター外信の踏み込みに比べたらドアをノックかピンポンダッシュ位のボルテージです。花を贈るよりはずっとましですがね。
今日の記事にはまだ触れられていないので明日以降を待ちますが、思想を弾圧して殺害する事と金儲けのために臓器を出荷する事、第一目的が既にひょっとしたら入れ替わってしまっているのではないか。これは私の根拠のない憶測ですが、合わないドナー数と移植件数などの話を読むと黙ってはいられない訳です。
投稿: ふゆみ | 2018年11月16日 (金) 14時15分
まあ欧米リベラルでも日本の左翼ほどではないにしても旧共産圏に甘い傾向はありますね。あと欧米リベラルの間では中国や北朝鮮に遠慮があまりない反面イスラム世界に対する遠慮がひどいと思います。私はは欧米リベラルと日本の左翼の本質は違うのではなく歴史的経緯から遠慮の対象が違うだけだと思っています。
投稿: 中島みゆき | 2018年11月16日 (金) 15時20分
ウイグルが地理的に中共の目指す「新植民地主義」の地理的要衝であるゆえである理由は理解できます。
ですけど、あのような徹底的な思想改造や文化破壊は、かつての満族やチベット人に対する場合よりも、よほど徹底して苛烈な印象を受けます。
およそ独裁政権というものは防衛本能が過剰なのが常ですが、中共政府のウイグルに対する恐怖心はこれまでにくらべようもなく尋常でなく、他にも理由があるのじゃないかと思えます。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2018年11月17日 (土) 00時06分