マティス国防長官辞任
ジェームス・マティス国防長官が辞任しました。
形式的には任期一杯までの2月をもってということとですが、1月からはシャナハン副長官が代行をするそうなので、いうまでもなく辞任です。
これでトランプに直言できる人物は、ホワイトハウスからいなくなりました。
マティスは既に北朝鮮政策についてブロックされているようですから、辞任は時間の問題とされていました。
ただし、最悪の時期に最悪の選択をしたものです。
というのは、同時期にニッキー・ヘイリー国連大使の辞任しており、このふたりは既に解任されているティラーソンなどと違って、トランプの右腕だっただけに影響は深刻です。
現時点での情報をまとめておきます。
マティスは、辞任するに当たってのトランプへの12月20日付け書簡を公表しています。
海外ニュース翻訳局様によりました。感謝いたします。
原文https://www.documentcloud.org/documents/5655955-Secretary-Mattis-resignation-letter.html
https://www.newshonyaku.com/usa/201812221
「私がこれまで一貫して抱いてきた信念の一つは、米国の国としての強さは、同盟とパートナーシップという独自の包括的なシステムの強みと密接に関連しているということです。
米国は自由な世界において不可欠な国であり続けていますが、強固な同盟関係を維持し、同盟国を尊重しなければ、米国の利益を守り、その役割を効果的に果たすことはできません。あなたと同じように、私も最初からアメリカ軍は世界の警察官であってはならないと言ってきました。そうではなく、同盟国に効果的なリーダーシップを提供することを含め、米国のあらゆる手段を使って共通の防衛を提供する必要があります」
「同様に、我々は、我々のアプローチにおいて断固としたものでなければならないと信じています。例えば、中国とロシアが、自国の近隣諸国、米国、および同盟国を犠牲にして自国の利益を促進するために、他国の経済的、外交的、および安全保障上の決定に対して拒否権を獲得する、自国の権威主義的モデルに沿った世界を形作りたいと考えていることは明らかです。だからこそ、米国の力のあらゆる手段を使って共通の防衛を提供しなければならないのです」
辞意を表明したマティス国防長官とトランプ大統領 Al Drago / Bloomberg
マティスの「同盟重視」論はまさに正論ですから、きわめて深刻といわざるをえません。
マティスの言葉を借りれば、米国の安全保障の根幹は、「中国やロシアがめざす権威主義的な世界形成」に対して、「同盟に対する共通の防衛の提供」することだとしており、それについて意見が違ったということです。
直接のきっかけは、シリア撤退とアフガン撤収の方向についての意見の違いであったと言われています。
「シリアの米部隊は公式には503人だが、実際には4000人弱の規模と見られている。ほとんどが特殊部隊で、クルド人に訓練や武器援助し、ユーフラテス川の北東部に駐留。クルド人とともに、シリア全土の3分の1を支配下に置いている。トランプ大統領は30日以内に撤退するよう指示した、という」(佐々木伸星槎大学大学院教授)
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/14865
英仏の特殊部隊は残りますが、米軍特殊部隊がクルド独立勢力を支援しつづけるかどうかは、トランプ-エルドアン密約があるので不透明です。
トランプは12月19日に、シリア撤退をツイッターで公表しましたが、なんと軍幹部はおろかマティスやボルトンすら聞いていなかったようです。
シリアに駐留する米軍(AFP/AFLO)
一方撤収する米軍に代わってトルコのエルドアンは、トルコ軍によるシリア領内で作戦を開始することを明らかにしました。
「トルコのエルドアン大統領は12日、隣国のシリア北部での軍事作戦を近く開始すると表明した。シリア北部には、トルコが敵視する少数民族クルド人の武装組織の支配地域が広がっている。この地域には、武装組織を支援する米軍部隊も駐留しており、トルコが軍事作戦に踏み切れば、米国との緊張が高まる可能性がある。
トルコメディアによると、エルドアン氏は12日に首都アンカラの演説で、「ユーフラテス川の東側で、分離主義者のテロ組織を排除する作戦を数日以内に開始する」と話した。内戦により、シリア北部のユーフラテス川東側は、クルド人の武装組織「人民防衛隊」(YPG)を中心とする勢力が実効支配する。トルコは、YPGが自国の非合法武装組織「クルディスタン労働者党」(PKK)と一体のテロ組織と認定し、勢力の拡大を懸念している。」(朝日12月13日)
https://www.asahi.com/articles/ASLDF3C6MLDDUHBI04T.html
自国内のクルド人の独立を恐れるトルコは、シリア領内のクルド人武装組織に打撃を与えることを考えているようです。
シリア領内で治安作戦をする意志のエルドアンとトランプは電話会談をおこなっており、その直後にシリア撤収を決定したと言われています。
「トランプ大統領が撤退の決定をする要因となったのがこの電話会談だったようだ。エルドアン大統領はこの直前、テロリストと見なすシリアのクルド人勢力の脅威を取り除くため、数日中にシリアに侵攻すると恫喝、事実、シリアとの国境に軍や戦車を集結させ、巻き込まれないよう米軍に警告していた。
同紙によると、エルドアン大統領はこの電話会談で、シリアのクルド人はテロリスト集団であること、ISはすでに掃討されているのに、米軍が駐留する必要性はないこと、有事の際には北大西洋条約機構(NATO)の同盟国であるトルコが対処するので心配ないことなどを伝えたという」(佐々木 前掲)
シリア撤収は、就任前からのトランプの持論でしたが、IS作戦との兼ね合いでペンディングとなっていたものです。
それがIS壊滅作戦の終了した今年4月頃から再び頭をもたげて、ホワイトハウス内の安全保障チームのマティスやボルトンと対立してきました。
それでもとりえずこの夏頃まではトランプも、IS壊滅後もシリア領内でアサド政権の軍事部門を担っているイランの影響力排除のために、小規模の米軍部隊をシリア領内に残すことに同意していました。
当時、大統領の右腕のボルトンさえも、「イランの部隊が展開している限り、われわれが撤収することはない」と言い切っていましたから、このチャブ台返しにはボルトンも衝撃を受けているはずです。
同じくISを物理的に壊滅させても、われわれはこの地域の安定が維持されるまで留まる、と述べていた米国政府の有志連合代表のマクガーク代表も、マティスの後を追うようにして辞任してしまいました。
「トランプ米大統領は22日、ツイッターで、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)掃討のための有志連合の調整を担うマクガーク米大統領特使が「辞任した」とツイッターで明らかにした」(産経12月23日)
https://www.sankei.com/world/news/181223/wor1812230016-n1.html
朝日は前掲記事で、「トルコと米国の緊張が起きる」と書いていますが、起きないでしょう。
http://www.afpbb.com/articles/-/3040739
なぜなら、トランプはシリアにおいて米国が果たしてきた役割を放棄し、トルコなどの地域覇権国に任せることを密約してしまったからです。
トランプは、かねてからトルコが求めていたパトリオットミサイルの供与にも同意しました。
「また、特筆すべきはトルコが1年以上も求め続けてきたパトリオット迎撃ミサイルの売却について、トランプ政権が撤退の決定と同時期に承認し、議会に通告した点だ。政権内部では、エルドアン氏がロシアから最新の迎撃ミサイル・システムを購入するなどしたため、パトリオットの売却に反対論が噴出していた。しかし、トランプ大統領は今回、エルドアン氏の要求をのんだことになる」(佐々木 前掲)
これは米国主導でやってきた有志連合諸国から盟主が勝手に脱退することを意味するだけではなく、米国を後ろ楯にしてIS壊滅作戦の主力を戦ってきたクルド人独立勢力のはしごを外すことになります。
これでクルド人の永きに渡る独立国への夢は消え、再びトルコ軍とアサド政権軍との両面作戦をせねばならないことになりました。
同時に、非人道的なアサド政権とロシアによるシリア国民虐殺を、米国が黙認したことも意味します。
トランプにしてみれば、シリアやアフガンといった不良資産を切り捨てたのです。
トランプにはオーソドックスな同盟関係を重視するマティスに対して、ビジネスマン的外交思考があって、不良資産を早く処分しないと、新たな外交展開ができなくなると考えているようです。
ただし、今まで同盟関係を形成してきたヨーロッパにとって、仮に米国が主導して有志連合を作ったとしても、米国は自国の思惑で何の協議も経ずに勝手に降りるというネガティブな印象を与える結果になりました。
ヨーロッパは、マクロンが提唱する米国抜きの「欧州軍」に傾斜していく可能性があります。
また東アジアにおいては、北朝鮮への軍事オプションを拒否し、在韓米軍を重視してきたマティスがいなくなったことで、今後の展開が読めなくなりました。
韓国そのものをトランプが不良資産だと考えていることは、公然の秘密だからです。
国家安全保障担当補佐官だったヒューバート・マクマスター陸軍中将、大統領首席補佐官であったジョン・ケリーに続き、このマティスの辞任によって、ホワイトハウスから軍人のすべてが姿を消したわけです。
皮肉にも、リベラルメディアの「軍人内閣だ。戦争内閣だ」という薄っぺらい見立てと違って、これらの軍人たちは政権内で「ハト派」の役割をつとめました。
ちなみに、マティスがイラクの戦闘で野戦病院入っていた時に、枕を並べていたのが当時の部下だった前沖縄4軍調整官のローレンス・ニコルソン中将だったそうです。
妻帯経験なしで「戦う修道士」というふたつ名をもつマティスは、入院中ずっと本を読み耽ていたそうで、その本は「孫子」だったとか。
私はマティスの辞任がもたらす影響は、大変に大きいと考えています。次に辞めるとすればボルトンかもしれません。
惜しい人物を米政府は失ったものです。
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トランプさんに戦略があるのかどうかわかりませんが、あるとすればビジネスの世界でいうドラッカーの「選択と集中」というようなものではないですかね。
米国の「同盟国重視」という戦略の中で、同盟国らは口だけ出してアメリカに金をださせ、かつ「手かせ」をはめてきた、ってのがトランプさんが見ている世界だと思います。
NATO内の小国の意見を重視して泥沼につかり続けるよりも、トルコやサウジのような強力な同盟国を和解させ、それを味方に付けておく方を優先したのでしょう。
また、韓国のように権威主義で抑えつけないと言うことをきかない現実もあるし。
ですが、安倍外交は難しくなりますね。
自衛隊と米軍の接着は避けられず、中共との蜜月は長くは続かないでしょう。
韓国も米軍駐留費負担への要求はきびしいものになるし、逆にそれと引き換えに「終戦宣言」が行われる理に会わない事態が起こるかも知れません。
あるいはそういうふうに脱皮しないと、中共との闘いに勝てないと判断しているのかも知れません。
何も考えていない、という可能性もありますが。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2018年12月24日 (月) 09時14分
恐らく韓国はトランプに切り捨てられるでしょうね。日本も対馬まで防衛線が交代するのを覚悟しなければいけません。あと私は米国の利益のみを考えるならばシリアやアフガンからの撤退は理に適っていると思います。アフガンはもはや勝てる見込みはないし、シリアにしてもIS掃討という目標を達成した以上これ以上駐留を続ける理由はありません。あそこは大した資源も出てこないですしね。それにあのあたりは正直アメリカの手に余る地域だと思います。さっさと手を引くのが得策でしょう。
投稿: 中島みゆき | 2018年12月24日 (月) 09時25分
中島みゆきさん
単純な損得感情で軍隊や外交を展開していいとは思えないです。無意味にマンセーするのは贔屓の引き倒しにも近いです。
トランプとトランプ支持者は自分達が批判するオバマと同じ過ちを繰り返していることには気付いていないのでしょうか?トランプが世界の警察を辞めたがったていたのは就任前から散々言われたことなんで驚きはしませんが。
まあ、オバマとトランプはブッシュ親子が引き起こした中東問題に関わるのが不可避になっている以上、ババを引かされたようなものなんですがね、
投稿: 中華三振 | 2018年12月24日 (月) 13時39分
トランプさんの仲間たちが櫛の歯の抜けるように去ってゆきます。寂しいです。大丈夫なのかという不安も募ってまいります。
トランプさんが立派なアメリカ大統領として歴史的な功績が残すことができますように!! 彼がアメリカのヒーロ-となれますように。!!
中国の14億の人口を統べる周近平の野望を打ち砕くためにはトランプさんの力がどうしても必要です。アメリカ、ロシアと日本とで組んで中国を封じ込めたいものです。
彼が真の実力があるのであれば、マティスが去ったあとでもトランプ流の手を打って成功するでしょうし、アメリカのメディアも抑え込むでしょう。
彼に真の実力がなければ側近にだれが来ても成功しないでしょうし、まさにトランプさんの個人の実力が今もこれからも試されるのでしょう。思い返せば、むかしレ-ガン大統領が国民に直接語りかけるような口調の演説がTVで放送された頃、対ソ連戦に勝利したことがありました。アメリカ国民に直接語りかけるトゥイタ-戦術は国民を動かす大きなトゥ-ルになっていませんかね?
投稿: ueyonabaru | 2018年12月24日 (月) 22時51分