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2019年1月12日 (土)

ムン閣下の奇妙な三権分立論

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ムンジェインが年頭記者会見で「当てたくない」日本人記者を当ててしまったために(笑い)こんなことを言うはめになってしまいました。

「文氏は最高裁判決について「日本を含む先進国と同じように韓国にも三権分立があり、韓国政府は司法判断を尊重する必要がある。日本は韓国司法府の判断に不満を表明することはできるが、基本的にどうすることもできない部分があると認識してもらいたい」と主張。「被害者たちの苦しみを癒やすために、日韓両国がどう解決していくのか、知恵を集めていくべきだ」と述べたうえで、「政治的な争いととらえ、未来志向的な関係まで壊そうとするのは望ましくない」とも指摘した」(毎日1月10日)
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190110-00000079-mai-kr

 ムンはこの間一貫して慰安,婦財団の解散、徴用工判決、そしてレーダー照射事件においても沈黙を続けてきました。 

今回の年頭会見でも、日韓関係は完全スルーして終わりにしたかったようです。 

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朝鮮半島の二国のことを私は「リアルタイムで見られる古代国家」だと思っていますが、日本をディスる段になると、突如近代民主主義に目覚めてしまうから不思議です。 

三権分立のお説教ですか。また聞いたようなことを(苦笑)。 

それにしても説教するのが、異常に好きな民族ですなぁ。

なぜかいつも上目線で、正しい歴史を教えてやるとか言っていましたが、今度は三権分立について教えを垂れて頂いたようで。ありがたいことです。

ムンの意図はいまさら説明するまでもなく、「不満があっても仕方がないという認識を持つべきだ」というわけで、意訳すれば、「うちの政府に抗議しても無駄だからさっさと諦めて泣き寝入りしちゃいなさい」ということです。

ムンが言うには、「韓国政府は司法判断を尊重する必要がある。日本は韓国司法府の判断に不満を表明することはできるが、基本的にどうすることもできない部分がある」ということのようです。 

なんだ、要するに日本も韓国最高裁様の判決を拝め、そして「不満があっても仕方がないと」涙目で諦めろということのようです。

素朴に何で外国の最高裁判決を、我ら外国人が拝まねばならないのかと思いますね。

韓国政府は司法に従属しているだけということになれば、日韓両国の間に外交の入り込む余地はありません。

するとネット民の中には腹立ちまぎれに大使などは無用の長物、大使館も引き払ってしまえと思う人もでるかもしれませんね。 (もうだいぶ出ていますけど)

ちなみに私は大使召還を視野に入れて、関税率ひき上げなどの小技を折り込みながら、戦略物資凍結や断交というリーサルウェポンを切るべきだと思っていますが。

さて、ムンはかつて弁護士だったにもかかわらず(他ならぬ徴用工裁判の弁護人のひとりでしたが)、三権分立を曲解しています。 

まず第1に、三権分立は国内統治においてチェック&バランスをとるための仕組みのことであって、外国との外交関係において使うべき法の原理ではないということです。

もしそのように司法機関が恣意的に条約を否定することとが可能であって、その判決に行政府や立法府も違わねばならないとすれば、司法機関の長が国の最高権力者になってしまいます。

すると選挙で選ばれない人物が絶対権力者として君臨する「司法の独裁」国家が完成してしまいます。

こんな国に民主主義はありませんし、そもそも勝手に条約を一方的に廃棄するような国とは新たな条約を結ぼうという奇徳な国は現れなくなることでしょう。

馬鹿国家が勝手に一国だけで潰れるのは勝手ですが、条約は相手国があります。

最低1カ国、集団的安全保障や多国間貿易協定では多くの国に不利益が及びます。

ですから、こんな不埒な国が出てこないように、ウィーン条約で条約法の縛りをかけています。

「●条約法に関するウィーン条約
第二十七条 国内法と条約の遵守
 当事国は、条約の不履行を正当化する根拠として自国の国内法を援用することができない。この規則は、第四十六条の規定の適用を妨げるものではない」

http://worldjpn.grips.ac.jp/documents/texts/mt/19690523.T1J.html

国内法は条約を超越できないとよくいいますが、その法源はこのウィーン条約第27条にあります。

それでもなおかつ、うんにゃこれはただの合意にすぎないからいいだろうとか、協定と条約は違うなんてことを言い出させないためにこういう一項まで付帯しています。

「●ウィーン条約第2-1
(a) 「条約」とは、国の間において文書の形式により締結され、国際法によつて規律される国際的な合意(単一の文書によるものであるか関連する二以上の文書によるものであるかを問わず、また、名称のいかんを問わない)をいう」

ですから、当然日韓請求権協定も、ついでにいえば普天間移設合意も、国内の都合で一方的に廃棄できないのです。 

日本国憲法においてもこういう定めがあります。

「●憲法第九十八条
2項 日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする」

法律的表現が続くと頭がグラグラしますが、第98条において外国との取り決めに対しての遵守義務を定めています。 

仮に国内法で安保条約を棄損するような法律を作ったとしても、それは条約遵守義務に反するから無効だということです。 

この法の原則によって翁長氏は最高裁で破れました。

司法判決も同様です。

日本の最高裁が日韓請求権協定を否定する判決をしたとしても、行政府は憲法第98条を理由にして従う義務はありません。 

三権分立は司法の保護だけではなく、行政の独立の保護に対しても作用する概念なのです。

そもそも三権分立は、さきほどチェック&バランスのために出来たと書いたように、司法機関が行政機関によって不当に介入されないためにできたものです。 

たとえば行政府が、気に食わない判決が出そうだと圧力をかけて潰すようなまねを防ぐために考えられた仕組みで、「司法の独立性」を保全するものでしかありません。 

これはヨーロッパにおいて君主と貴族の行政府によって、永きに渡って司法権が牛耳られて来たことに対する反省から生まれてます。 

現代で三権分立が存在してい国があります。中国です。 

この国において、司法は共産党司法支部でしかありませんから、共産党政権を批判する民主活動家は例外なく有罪判決を食らって投獄されています。 

このように司法が行政権力と一体化してはならない、政治の司法への介入を禁止して公平中立を保ちましょう,、というのが三権分立の本来の意味です。

したがって三権分立は、あくまでも国内の統治でのみ使われる概念であって、外国に対して使うべきものではありません。 

では今回の韓国の場合はどうでしょうか。 

三権分立を守るためには、「政治権力からの干渉の遮断」をせねばなりません。 

これが大いに怪しいのです。

150599780687_20170921キム・ミョンス大法院院長 ハンギョレ

.「【ソウル=鈴木壮太郎】韓国の国会は21日、大法院長(最高裁判所長官)に金命洙(キム・ミョンス)前春川地方裁判所長を任命する人事への同意案を可決した。文在寅(ムン・ジェイン)大統領が指名した金氏は人権派の判事として知られる」(日経2017年9月21日)
https://www.nikkei.com/article/DGXLASGM21H4M_R20C17A9FF1000/

これは徴用工裁判を、ムンの前までの大統領たちが日韓関係悪化をおそれて、意図的に遅らせてきたのではないかという疑惑を、「積年の弊害を打ち砕く」というムンがとった政治的任命でした。

この最高裁長官となったキム・ミヨンスは田舎地裁の所長レベルの人物で、ムンのお眼鏡にかなっただけで、いきなり最高裁長官に抜擢されたのですから、まーメチャクチャやりますな。

典型的な司法に対する行政権力の介入ですから、こんなことをやった人物に三権分立がどーたらといわれたくはないものです。

そのうえに韓国最高裁は、今や政治権力そのものに変質しています。

本来、司法が口をはさむことの出来ないはずの外国との条約を否定する判決をだすことで、行政府をこれに従わせています。

正確に言えば「従っているふり」をしている、ですが、少なくとも行政権力に対して司法権力がやりたい放題の免罪符を発行しているのです。

実に狡猾なやり方です。

行政府としては、日韓請求権協定が、戦後の日韓関係の一丁目一番地だと分かっていなければバカですから、それを自ら否定することはできません。

少なくとも今までの韓国政権は、あのノムヒョンですら、その一線は超えられなかったのです。

それを軽々とムンは超えて見せました。多分長年考えてきたのでょうから、そのやり方は狡猾な保身に満ちています。

自分はあくまでも行政府の長として中立を装ってなにも言いません。

言い出すのは司法府ですが゛そこには分の息がかかった者を送り込みます。

その司法府に最高裁判決として日韓請求権協定を否定させます。

そして自分は三権分立を尊重するから受けるという形にします。

そしてさらには日本にも、「自分は司法の決定には従う。日本も従え」とやったわけです。

これなら批判を受けたなら、あれは最高裁が決めたことと逃げられます。

なんのことはない、田舎裁判所の判事レベルの人物が書いた判決で、日韓関係は一夜にして終焉を迎えるのですから、なんともかとも。

正常に三権分立が機能している日本の最高裁ならぱ統治行為論によって、「本件は司法が取り扱う案件ではない」と門前払いをしたはずです。

ムンの国内法で条約は否定できるとする三権分立解釈が正しいのか、それとも国際的な法の支配が正しいのか、出るところに出て決着をつけましょう。

と言っていたときに、言語道断のレーダー照射事件ですから、ムンにとってもこの事件は全面的に韓国側に非があるだけに、いっそう黙っていたかったのだとお見受けします。

朝日は例によって安易な落としどころをみつけにかかっています。

「日本側が協議を求めるのは国交正常化後初めての異例な措置となる。解決しない場合は、国際司法裁判所(ICJ)への付託も視野に入れている。大法院判決は国際法違反だとして、国際社会に認めてもらう狙いだ。
 しかし、日韓の当事国間の対話を離れ、第三国を交えた仲裁委や国際裁判で決着させるのが歴史問題のような懸案になじむのかどうか。どちらかの主張に軍配が上がったとしても感情的なしこりが残りかねない」(1月11日社説)

なにが「しこりは残りかねない」ですか。朝日は慰安婦問題の火付け役で、しこりを作った当事者です。

その意味で、朝日は日本国民に対する加害者でした。

それが今さら憂い顔で「しこりが残りかねない」ですか、片腹痛い。あんたにだけはいわれたくない。

しこりきったのは韓国ではなく、私たち日本人の側です。

朝日は慰安婦問題よろしく徴用工癒し財団でも作れとでも言いたいのでしょうか。それがどのような結末となったのか知らないとは言わせません。

どのような手段によってもしこりは残ります。日本は歴史問題で営々と十数回謝罪しましたが、その事実さえ忘れられています。

あらたな為政者が登場するたびに頭を垂れ、許しを乞い、金をだし、そしてとうとう慰安婦合意において「完全かつ不可逆的に解決した」と合意しても、次の為政者がそれを一蹴すればそれでおしまいとなります。

馬鹿馬鹿しい賽の河原の石積みです。

朝日が望むような「解決」は、この世には存在しないのです。

いずれにしても、この間起きたことのすべての責任は、あげて韓国にあります。

だから朝日が言うように「どちらが勝ってもしこり」が残る」のではなく、今私たち日本人がしこりに耐えうる限界線上にいるという事実認識です。

そして今回のレーダー照射事件です。これで決定的に潮目が変化しました。

彼等ですら韓国海軍の挑発軍事行為だったレーダー照射を弁護できなくなっています。

いまや朝日界隈にいた謝罪派は少数派に転落しました。

今、必要なことは朝日が言うように「しこりを作らないためにうやむやにする」ことではなく、二国間問題のとげを抜いていくことです。

二国間関係が一時(あるいは半永久的に?)氷河期になることなど考慮せずに、韓国をどう扱っていくのか慎重に考えるべき時期に入ったのです。

 ●関連記事
「山路敬介氏寄稿 朝鮮半島出身労働者問題」、国際司法の場での日本側敗訴はない」1~4

http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2018/12/post-4d1f.html
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2018/12/post-dc0e.html
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2018/12/post-5.html
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2018/12/4-88f0.html

「平和条約としての日韓基本条約」
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2018/12/post-b1ba.html
  
 
 
 

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コメント

 管理人様の仰せのとおり古代国家ですね。シナ・朝鮮は、西欧近代の規範に基づく文明民主国家ならびに資本主義の運営ができないのです。能力云々以前に文化的にムリなのです。

 基本的に儒教の国ですので、関係性とは上下・搾取する側とされる側・威張り散らす側とへつらう側という形しかありません。そこには平等・対等・相互・互恵・信頼・約束というものがありません。よって対等な議論というものが成立しません。
 
しかも、なぜかわかりませんが、朝鮮は自分たちは日本より上と思っています。ウソがよくないものと規定されるのは、対等な議論行う際に、ファクトに基づかないとこを用いることが良くないとされる場合に初めて言えることで、対等な立場でないと思っている人々にとっては、ウソ・ごまかし・すりかえは、何ら悪いものだとは思われません。

 韓国は日本に対するウソ・ごまかし・すりかえを悪いとも何とも思っていません。よって、日本側がどんなにファクトを積み上げ、理路整然と論を立てても、彼らはワーワーと騒いで次のウソ・ごまかし・すりかえを積み上げるだけです。

 日本は韓国に対してではなく、まともな国際社会にひたすらかの国の異常さを伝え広めるべきでしょう。
 その上で、国際社会・日本国内が「これは仕方ないね」という状況に立ち至ったら制裁すればよいかと思います。

 かようにシナ・朝鮮に於いては、まともな議論や約束が成り立ちませんので、民主主義・資本主義は無理です。徐々に関係をなくしていくしかありません。本来は日本国は彼らをしつける努力をすべきでしたが、しませんでした。ことここに至っては、もう遅いと思います。

ぼびーさんに全面的に賛成です。
なんせ、日本と比べて671倍にもなる偽証罪(2016年)のお国柄ですからね。

日韓関係と国内問題を考慮しこれまであえて触れないようにしてきた案件を「弊害」として正当化したのには恐れ入ります。
むしろこれを問題化する事こそがまさに「弊害」と言えるのに前政権の悪行のひとつとして自身の正当性を高めるための材料としたのはたいしたタマだとも思います。

先のレーダ照射といい、この問題といい韓国側が描いている着地点が国際基準の範疇を越えたものになっている以上、下手な譲歩案などを提示せずに事実関係だけを粛々を突きつけて相手が折れる奇跡を待つほか無いと言うのが日本の苦しい所です。
その間に韓国側が更に一線を越えて差し押さえを実力行使をすれば日本企業のお花畑経営者も政府に対して強い態度を取るよう圧力をかけていくのかなと予想していますが…
さてどうなることやら。

国際間の約束も、韓国の国内法でいつでも反故にできる、と韓国のトップがやったのです。こんなお国を相手にしたのが、そもそもの間違い。

我々と同じフツーの国だと思うから腹がたつ。もともと残念な国だと、区別して距離を置きましょう。あたらぬ神に祟りなし、です。

>「不満があっても仕方がないと」涙目で諦めろということのようです。
私が会見中で一番問題視したのはこのくだりでした。ほんとに日本には何してもいいんだと国家のトップが言ってる訳でしょう。そして70年以上前に出稼ぎに来た者を徴用だ強制連行だ奴隷だと騒ぎながら、今自国民を大量に日本に就職斡旋しています。雇う日本の会社は度胸ありますね。

 韓国は分かりにくい国です。前大統領のパククネ氏は日本には千年の恨みがあると言いました。現職の大統領の言葉とも思えませんね。そんなことを言われた私たちは自分なりに日韓の過去を思い返す作業をしますが千年の恨みを持たせることをしたのかどうかはどうしても判然としないのです。私たち日本人が鈍感なのでしょうか。鈍感なので他人の苦しみ、悲しみが分からないということなのか?

 韓国は分からないので、しばらくは距離を置いてお付き合いすることにしたらイイのかもしれません。

 宮脇淳子さんという方がいらっしゃいます。この方が中国、満州、蒙古、朝鮮辺りの歴史に詳しいようなので、彼女の書いた歴史書を読んでみたいと思います。ご主人の岡田英弘氏とともに分かりにくい韓国(朝鮮)のことを理解しようとしてこの地域の勉強を始めたということのようです。

 

ueyonabaru さん
宮脇先生の考え方はYouTubeでも様々に拝見できますので、一度ご覧になっては如何でしょうか。特に某国辱教科書(灘高などで採用)に対する批評などは、韓国の歪め切った歴史教育の実態がよくわかります。なぜ日本の教科書批評なのに韓国の歴史教育?と思われるでしょうが見事なまでにリンクしているからです。彼らの嘘に寄り添った教科書となっており、ましてやそれが東大、将来的に官僚を多数排出するであろう学校の教科書に採用されてます。

この問題の教科書は、百田氏の日本国記副読本でも大幅に取り上げられています。また、この教科書採用当時の監査官に、少女買春でおなじみの天下りでクビになった官僚も当たっておりました。

法などはその地にいる両班がそのときに応じて恣意的に決めるものという事が、徹底的に身に付けられた感性なのです。その力に対して面従腹背する事が生きていくための唯一の手段でした。誰かの座右ですね。それは大陸も含めて同じ事が、宮脇先生からは学べると思います。

安兵衛さん。学び舎の『ともに学ぶ人間の歴史』ですね。
僕らの世代はあんなものばかりでした。教師もそう。
だから頭がいいテーチャーズペットから加害者史観に染まり、やがて学生運動に走りました。
おろかな朝日と教師の煽りで人生をめちゃくちゃにした奴は星の数ほどいます。内ゲバで殺害されたり、自殺者も多く出ました。
その連中のなかで、変身したふりに成功した要領のいい奴らが、官僚や教育界、法曹、メディアの指導層にごっそり残っています。

人格形成期にうけた価値観は、身に染みついてしまって、意識的に再検証していかないと脱洗脳できません。

いまでもこんな教科書を作って同じことをしているとは、なんともかともです。

本題から遠ざかったコメントで失礼しますが教科書絡みは私も気にしている事なので。
私や弟が学んだ昭和40年代生まれ用(現場教師に歌声運動家が満ち溢れた頃)の社会科や国語では、教科書に書かれたスタンダードな記述を教師が授業中に否定したり色をつけたり、若しくは教科書をやらずに自分のプリントを撒いて赤く染め上げました。だから一応生徒は両方目にする事が出来ました。
今、教科書自体にこの色付けが完了した状態で、この捏造マニュアルに沿って授業を行える者がよい教師という訳です。

教科書自体を書き換えられた痛みは計り知れないです。
歴史があまり得意でない我が家のこどもたちは、情報量が少なくて楽な筈の古代〜鎌倉迄の政治と文化流れを全く授業から得られていません。帰国子女だからというより、教科書が世界史の中に日本史をぶつ切りにしたうえ政治と文化も項目を分けて書いているせいで、日本単体を理解する際に何度もページをめくり直さないといけず、中途半端な世界史欄の片隅にちっぽけな日本が在るだけだ、こんな教科興味ないわー覚えるの辛っ、という情けない有様です。
国語の資料集の作家一覧も驚愕の偏向ラインナップです。

管理人さん。その通り学び舎の『ともに学ぶ人間の歴史』ですが、昔よりさらに加速した酷さです。歴史教科書というよりも、聖典という方が似合うほどに。

反日は既に主義・思想・宗教と化しています。またはそれらと密接に関わっています。それが原理主義として具体的な行動に現れているのが韓国ですよね。最も残念なことは、この教義を生み出し、育んできたのが日本という事です。特に法曹・教育界の主導によって。そこから官庁や政界、マスコミに浸透させる事で教化を推し進める、極めて悪い循環に陥ってます。

教職も今やブラック労働環境にありながら、片や面倒を真面目な教師に押し付けて労組の名を借りた反日活動に邁進する輩が多い。行き過ぎて反基地活動の手伝いを児童にさせる者も居ますね。件の教科書も、大学教授ではなく現場教師の寄せ集まりが書いたものです。根本的解決にはレッドパージくらいの事が必要と思えてしまうくらいです。

ふゆみ さん
どんな物事や文化にも歴史はあります。興味を深く抱けば必ずその事の歴史に目を向けざるを得ない時が来ます。政治や社会表層だけではなく、民俗や風俗など歴史は多層的で流れのあるものです。入り口はファンタジーだっていいでしょう。様々な歴史の流れは面白い、人間が描き出されるよということを、導き一緒に学べればいろいろ展開出来ると思います。年号覚えるよりも、よっぽど学問的な歴史になるのでは?

安兵衛さん
>政治や社会表層だけではなく、民俗や風俗など歴史は多層的で流れのあるもの
その通りです。そのためにある程度の基礎的な情報量を教科書は押さえておくべきだと考えていますが、中1の息子が持つ東京書籍の歴史教科書がそれを満たしているようには読めず、残念です。
年号暗記や天皇名暗唱を推奨する気はありませんが、スカスカの本文を恣意的な写真や注釈と共に年代を前後して並べると流れ自体そこには存在していません。学び舎はほんとに酷いですが、東京書籍でも十分日本を嫌いになれます。

ふゆみさん
ありがとうございます。
なんか上から目線的で申し訳ございませんでした。

受験がらみの年代だと本当に悩ましい時ですね…。ある方の言ですが、日本のすべての歴史教科書は無宗教という宗教に囚われている唯物論の寄せ集めだとの事。お経や聖書に関心を持たせるようなものですね。
正しい価値観を追及されている方のお子様ですから、変なことにはならないと信じております、

安兵衛さん、同じ嘆きをお持ちだと理解しながらコメント拝読しております。子らには日本国紀と共に10年前ゴミ置場に捨ててあった山川の詳説日本史(今の娘のよりかなりマシ)を引っ張りだして補足修正を図ります。試験は面従腹背して乗り切るしかないですね…。スレ違い失敗しました。

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