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2019年3月 5日 (火)

現実的な辺野古代替案はこの世に存在しない

228

初めは山路氏2回目のリードでしたが、長くなりましたので移しかえました。山路さんの論考はもう一本のほうです。ぜひお読み下さい。

この私も含めてですが、「辺野古疲れ」のようなものが生まれています。

いくら論破しても、ゾンビよろしくいつまでも同じことを同じ論法で、語彙まで一緒に果てることなく言い募る移転反対派には、心底うんざりさせられます。

そのような中で、彼らを批判してきた論陣の中からも、いったんここで移転阻止運動を終息させたるために辺野古移設の断念もありえるのではないか、という意見が出始めました。

私も一部この意見に同意する部分がありました。

最も大きな理由は、 エルドリッヂ氏が再三指摘するように辺野古が候補地として妥協の産物にすぎないために、肝心な軍用飛行場としての軍事的要件を満たさないからです。

正味1300mの短い滑走路は一般的固定翼機にはあまりにも短すぎるもので、これではオスプレイとヘリにしか使用できない中途半端なものになってしまいます。

また、工事は当初から言われてきたように水深が深く困難を予想されています。

エルドリッヂ氏は、手厳しくこれを批判をし続けていて、県民投票にも賛成しています。

一方篠原章氏は県民投票には厳しい意見ですが、今の辺野古案はサンクコストと考えて白紙化すべきだと考えておられるようです。

サンクコストとは埋没費用と訳されていて、既に支出された費用が、今後いかなる手段でも回収不可能で、かえって損害を拡げると判断した場合、切り捨てることを意味します。

小川和久氏も辺野古案には当初から否定的で、同様の意見を述べられています。

私も偽らざる意見を言えば同様に、なにもこんな所にこんなハンパなものを・・・、というのが本音でした。

ですから翁長氏と政府の「和解期間」に、県が実現可能な代替案を出すことを最後の望みとしていたわけです。

しかし、辺野古移設を撤回するとしたら、誰がそれを言い出すのでしょうか。

政府は、ハト氏のような人物が再び首相にでもならない限り絶対にありえません。

では、沖縄県でしょうか?それも9割9分ありえません。

今日の論考でも山路氏が触れているように、県民投票までするに至った移転阻止運動は、もはや技術的解決が不可能なイデオロギー対立の域に達しているからです。

したがって、政府と県の関係を根本的に変えてしまう可能性がある妥協は、政府にはできません。

つまり双方とも政治的に引っ込みがつかないのです。

代替案をだすなら山路氏も言うように移設候補を絞っている時期しかなく、あえてつけ加えるなら先ほど述べた「和解期間」しかなかったと思われます。

小川氏も翁長氏の腹芸に期待を抱いていたようです。

しかし、なにひとつ事態は動きませんでした。なぜでしょうか?

それはこの代替案は共産党を説得できて初めて可能なことだからです。ここが最大のネックです。

現状において、県政最大与党である共産党の意志は明確に「すべての県内移設反対」であり、代替案がでる隙間は一分もありません。彼らは「解決」を望んでいません。

というのは共産党にとって移設阻止は大きな彼らの考えのごく一部にすぎず、あらゆる米軍基地に反対であり、日米同盟にも反対です。

究極的には、自衛隊も解体して丸腰国家にすべきだと思っています。

彼らが移設反対派の最大勢力である以上、彼らの意志を無視しての解決はありえません。

デニー知事個人は共産党員ではなく、翁長氏のようなカリスマ性もなく、怪しげな「遺言」で決められたフロック候補にすぎませんでした。

性格は山路氏が指摘するように、争いごとには不向きで、元来は移設問題に無関心だったように見えます。現に民主党政権時代は移設容認派でした。

それも自分で考えてそう決めたというより、党が決めたから従ったていどのことです。要は定見がない人なのです。

そしてなるべくして今は望むと望まざるとに関わらず、県政与党の意志のまま動かざるをえないパペットと化しています。

県民投票という反基地イデオロギーの儀式の司祭を務めるに至ったデニー氏には、もうこの座から降りることはかなわないのです。

このように考えてくると、理屈のうえでは辺野古移設案の撤回もありえますが、現実的には誰からも言い出さない以上、この世に存在しないのと一緒なのです。

※扉写真をまたすげ替えました。すいません。なかなか気に入ったものがなくて。

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沖縄問題」カテゴリの記事

コメント

あれれっ?

報道にしても今やってる参議院の話題にしても、さらにカネかかるとか地盤とか断層(←今日の沖タイで追加)とか・・・

なーんだ、じゃあ沖縄地元土建屋にカネが落ちないし最悪と真っ先に却下された「メガフロート浮体案」こそ最適解だったんじゃねーの?と。

とにかくもう野党は「普天間は動かしたくない!」と言ってるようにしか見えない。今回の県民投票前に限って米軍の不祥事や事故も無かったし。あったらあったで大騒ぎだったんでしょうけど。。

デニーさんはねえ。。ガチ保守出身の策士翁長さんですらできなかったんですから・・・能力もなくその後釜に担ぎ上げられただけ。
あの共産党を仲間に取り込んだ(実は乗っ取られる)時点で終わってますよ!

はじめまして

書き込みは初ですが鳩山政権の頃からブログを拝見させて頂いておりました
なんと書いて良いかずっと分からないままでした

唯一残ってしまった下策の解決案をやるしか道がなくなってしまった今の状況に、本土からでさえ目を背けたくなります

これからも見ます
どうか沖縄の現在をお伝えください

1989年のオザーさんの言葉「神輿は軽くてパーがいい」がまだ生きている不幸。
先日、沖縄タイムス・琉球新報が載せた中核派・星野文昭解放を求める広告の賛同者にある通り、「オール沖縄」が中核派支持であることが明白になっても、中核派や革マル派などを嫌悪し糾弾してきたはずなのに、しれっと平気な顔でひとつ屋根にいる共産党が県政最大与党である不幸。
沖縄って。
いろんな意味で良いところだから、切羽詰らずあまり考えずのんびり暮らせもするし、良くも悪くも他人を出し抜いて「やったもの勝ち」もできます。
良いところだから、基地もあれば、他国に狙われもするし、善良な人々も、頭のおかしな人々も惹きつけます。

Insanity: doing the same thing over and over again and expecting different results
狂気、それは、同じ事を何度も繰り返しながら、違う結果を予期していること
と、アインシュタインは言いました。

The difference between genius and stupidity is that genius has its limits.
天才と愚劣の違いは、天才には限界があることだ

とも、アインシュタインは言いました。
天才に限界があるなら、凡庸にはもっと早く来る限界が当然あり、それぞれが限界を迎えた時に、現状を維持できる可能性はあるでしょう。
愚劣さだけに限界が無いなら、見ていて腑に落ちる人々や事象がありますが、油断すればその姿は明日の自分だったりするかも。
とりとめない感想ご容赦を。

結局、本土と沖縄の利権業者のためにゴリ押しなのでしょうかね。大手の大成建設はじめ自民党議員一族の国場組、維新議員一族の大米建設、もう利権のにおいしかしません。辺野古は打ち出の小槌なのでしょう。
期間も資金も予想もつかないほどの埋め立てに税金が湯水のように使われる、これは利権業者と政治家官僚との癒着でしょうか。民間工事ではありえないのでは。
しかしまあ宜野湾市ですら辺野古反対多数。宜野湾市民がかわいそうだから早く辺野古なんていう偽善プロパガンダより、運用の見直しや改善などの方が早そうですが、この辺は自民も熱心ではないですね。
まあ安倍総理や元防衛大臣が言っているように、本土はどこも受け入れないという理由のもと、業者を儲けさせるためだけの辺野古なのですね。やれやれ。

 霞ヶ浦を生活圏にして、かつては沖縄でも別の埋め立て工事の反対運動をしてらしたブログ主様にしてみれば断腸の思いもおありでしょう。
にもかかわらず、自ら地上案を封印したブログ主様には敬意を表します。

私は翁長就任後初の安倍政権との会談が最終チャンスと思いましたが、言われるように最後の最後のラストチャンスはあの「和解期間」だったでしょう。
あそこで翁長氏は「普天間の危険性の除去」よりも、政治闘争をチョイスしたのです。
バカも極まれり。真にあわれなもんですよ。
翁長がやった事は今は巧みに隠されていてわかりずらいですが、やがて皆が理解する時が来るでしょう。

ですけど、翁長さんには「出来なかった」と見る事も出来ます。
それなら余計にデニー知事などには出来っこありません。

ところで、昨日の参議院予算委員会の森裕子氏の質疑など聞いていますと、未だに8条件をクリアしていず、滑走路が短い事をもって普天間が返還されないと考える議員がいるのが驚きです。

沖縄県民むけのパフォーマンスかも知れませんが、自分たちで
「武力攻撃事態等における特定公共施設等の利用に関する法律」を立法しておきながら、その意味さえ理解出来ていなかったよう。

それだけじゃなく、国交省がした「執行停止」の要件も全然分かっていない。これでよく国会議員が務まるものだなぁ、と嘆息しました。
こういうのに沖縄問題を語らせるのですから、野党ってのはよほど沖縄に関心がない証左にもなります。

4日の新潟日報という地方紙を読んだ。新潟から辺野古埋め立て反対との主張に違和感あり。いま現実の危険性をどう低下させるかの提案は一切なし。政治の本流での、現実を分析して知恵を働かせる息の長い努力を応援したい。

基地問題はいつの間にか住民の危険除去よりも政権攻撃の材料を提供する事の方が優先させるようになっていますね。

何人の方がご指摘されているように近年の基地問題、特に反対派の主張する内容に「なかった事」にされている案件が多すぎてどれだけ理想を語られても賛同する事が出来ないですね。
かつてあれだけ熱く語られていた地位協定の見直しなど最近はほとんど耳にすることすら無くなっています。

本来 普天間基地返還運動は、地元宜野湾市民から出て来る物だと思うのですが どうも他人事の様で、騒いでいるのは革新政党と活動家 そしてチーム緑ヶ丘のお母さん達。米兵暴行事件後、降って湧いた橋本総理によるSACO合意。普天間の返還合意に私達市民は驚き 喜び、良い夢でも見たのかなと思う様になっています。生まれた時からある基地の返還など考えもしなかったし、果たして市民はこれ程拗れてまで普天間を移設させる程の危険性を、感じてはい無いのでは無いでしょうか。本音で言うと、この20年間で北部に振興予算が注ぎ込まれインフラ整備されて行くのと対照的に、寂れて行く普天間の街を目の当たりにして 貧乏くじ引かされても 投票で埋め立て反対が多いなんて、何をしてんのかなって。

雪男さん。

沖タイが報じた断層の現地調査をしたのが、新潟大学の地震学教授でしたので、それでご当地の新潟日報が掲載したものかと。

 沖縄サヨクの脳内辞書からは「最高裁判決」はすっかり「無かった事」になってますね。

私個人の気持ちは、普天間飛行場継続、辺野古移設、どちらの結果になっても構いません。
なので心情よりは、国内外現実の諸条件とその優先順位、法的手続きと科学・工学に適うならそれでいいです。
心情の話になったって、「オール沖縄」が自らの「沖縄民意」の扱い方の矛盾すら解決できるわけでもなし。

塩野七生は「海の都の物語」で、沖合の島々ヴェネツィアが強くいられた歴史から、
「現実主義者が憎まれるのは、彼らが口に出して言わなくても、彼ら自身そのように行動する事によって、理想主義が、実際は実にこっけいな存在であり、この人々の考え行うことが、この人々の理想を実現するには、最も不適当であるという事実を白日のもとにさらしてしまうからです。
理想主義者と認じている人々は、自らの方法上の誤りを悟るほどは賢くはないけれど、彼ら自身がこっけいな存在にされたことや、彼らの最善とした方法が少しも予想した効果を生まなかったのを感じないほど愚かではないので、それをした現実主義者を憎むようになるのです。だから、現実主義者が憎まれるのは、宿命とでも言うしかありません」
と記しました。
どんな立場であれ、理想を捨てる必要は全くないけれど、理想だけへの拘泥では結局なにも実現しない可能性が高まるだけなわけで。

反対派は軟弱地盤がーとか言っていますが本当に基地を建設するのに不適切な地盤なら米軍側からストップが来るはずですよね(笑)それに知り合いの土木工事関係者もこのようなケースなら普通に問題ないと言っていましたよ。

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