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2019年3月21日 (木)

デニー知事恥をかく

193-050

ニフティの事故はやっと落ち着いたようですが、切断は実に60時間近くに及び、PCが復旧した後もスマホ版の復旧は更に遅れるという堂々たる大事故に発展しました。まったくやれんぞな。

ご心配をおかけしましたが、なんとかやっていきます。ただ書き込む画面がまったく別物になってしまったために、馴れるまでけっこう時間を食いそうです。なんせ旧画面は11年使ってきましたからね。(涙)。

さて気を取り直して、書きたいことは溜まっているのですが、昨日デニー知事が首相面会したそうですが、とんだマヌケを演じたことからいきます。 なにをしに行ったのかといえば、もちろんアレです。

「会談で、玉城知事は普天間基地の移設計画への賛否を問う県民投票の結果などを改めて伝え、1か月程度、土砂の投入など工事を中止して協議に応じるよう要請しました。(略)
玉城知事は、国の天然記念物のジュゴン1頭が沖縄本島北部の今帰仁村の沖合で死んでいるのが見つかったことを伝え、安倍総理大臣は「残念だ。これからも折りをみて話し合いをさせてもらいたい」と述べ、引き続き県側との話し合いに応じる考えを示しました」(NHK 2019年3月19日)https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190319/k10011853131000.html

いつもの飽きるほど聞いたことで、初めはざっとこのNHKの記事を読んだ時にはスルーしてしまおうかと思ったていどのことです。

ただ、ふたつばかり注目すへきことを言っています。ひとつはお得意のジュゴンです。

そもそもジュゴンは母親とその子が3頭いることはかなり前から知られたことで、今更のことです。

死んだ死んだと言っているようですが、死んだのは母親で、工事地区の工事をしている大浦湾の反対海岸である運天漁港とのことです。泳げば90㎞近くあります。 このジュゴンは古宇利島周辺海域が生息場所でしたから、工事とは無関係だとかんがえるのが常識的判断です。

大浦湾の工事区域は厳重に土砂が外洋に流出しないような遮蔽壁が設けられていて、今までの赤土流れ出したい放題のズサンな沖縄の土木工事とは一線を画しています。

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ジュゴンは長い回遊をする海洋哺乳類で、大浦湾は食物を採取するために立ち寄るルートの一部にすぎません。

突如、過敏な自然保護論者になってしまった今の沖縄県ですが、実のところジュゴンの保護などまったく念頭にありませんでした。

沖縄の海岸線を覆い尽くさんばかりに埋め立てが進行しても、むしろそれを率先していたのが沖縄県だったからです。

あまり知られていないようですが沖縄は毎年膨張し続けています。復帰後の37年間だけで2400ヘクタール、国土地理院によれば埋立面積は既に東京ドーム約500個分だそうです。

これは普天間基地が5個入る面積で、辺野古の埋め立て面積160ヘクタール(護岸を含む)の15倍にも達します。

埋め立て地の県面積に対する率は0.3%(2000年から07年間)となり、ダントツで全国一の埋め立て大好き自治体となっています。

「国土地理院は31日、都道府県の市町村別面積を発表した。沖縄県の面積は2012年10月2日~13年10月1日の1年間で0・08平方キロ増加し、2276・72平方キロだった。公有水面の埋め立てによる増加で、全国で7番目に大きかった。沖縄の埋め立て面積は過去25年で最も小さい。
 国土地理院沖縄支所によると、1年間の増加面積は那覇市の沖縄セルラースタジアム那覇の約3個分。県内市町村で面積の増加が最も大きいのは竹富町の0・04平方キロ、次いで沖縄市の0・03平方キロ、糸満市の0・01平方キロと続いた。
 県の面積は1988年からの25年間で13・91平方キロ増加し、北谷町とほぼ同じ面積が増加していることになる。」
(2014年2月2日琉球新報)

特に発展が加速した本島南部・中部では埋め立てラッシュが続きました。

 

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          (「沖縄の埋め立てと埋め立て計画-沖縄の渚の現状-)http://www.ne.jp/asahi/awase/save/jp/data/higatagenjyou/index.htm

たとえば、あまり売れていないということで、計画の杜撰さか問題になっていますが、那覇から国道58号線を下ると、ベッドタウンの豊見城には、巨大な豊崎タウンが500億円かけて埋め立て造成されていています。
http://www.toyosakitown.jp/?page_id=17

また中部の沖縄市では、南西諸島随一の天然の海草や貝が育つ泡瀬干潟て゛大型干拓事業が進んでいて、反対運動も起きています。これを主導したのは左派系市長でした。

故翁長氏には知られたくない過去が沢山ありますが、そのひとつが「新基地」建設の推進に伴う大規模埋立工事でした。

自分のお膝元の那覇市にあった米軍の那覇軍港を移設して、お隣の浦添市の牧港補給しょうの沖合を埋め立てて「新基地」を作ってしまおうというプランでした。

29nahaport                     (写真 那覇港湾施設 沖縄県HP) 

実はこの時も辺野古は移設候補地に登場します。

浦添市は猛反発します。まぁ、そりゃそうでしょう。今大きな補給施設がある上に「新基地」が移転されてはたまったもんじゃない、これは当然です。

13makiminatoservicearea                  (写真 牧港補給地区 沖縄県HP)

それに対して政府は、那覇市と浦添市に軍港と補給施設は全面返還することを説明し、代替として新軍港と14ヘクタールの物資集積場を沖合に新たに作ることを提案しました。

既存の地面部分は全面返還して、国道58号の真横の那覇軍港を、浦添市の海岸に移しかえますということです。

これにより、今までの35ヘクタールから49ヘクタールに拡大します。この部分が普天間飛行場の移設と違うところです。

拡大しても浦添の場合は、沖合の埋め立て地なので地元への影響は少ないからご容赦下さいということです。もちろん、進行予算のおまけや民間港湾施設の整備などにたっぷり予算を弾みますという条件でした。

この時に、浦添に「新基地」を押しつけた故翁長雄志氏はこう言ってのけています。

「決断に敬意を表する。今後、那覇港は県、那覇市、浦添市の三者が一体となって国際流通港湾として整備・管理することになる。振興発展を担う中核施設として整備されるように努力を重ねたい」(琉球新報01年11月13日)

故人には失礼ながら、改めて読んで吹き出してしまいました。まったく浦添移設と同じ構造なのですから、翁長氏は普天間飛行場の移設についてもこう言うべきでした。

「移設の決断に敬意を表する。今後、沖縄県は県、那覇市、浦添市の三者が一体となって普天間跡地は中部経済の振興発展を担う中核地域として整備されるように努力を重ねたい」

こういうことをやっておきながら翁長氏は、こと普天間になるとダブスタの権化となって「銃剣とブルドーザーで土地を強奪されて基地を作られた」などという時代錯誤のことを言い出すからイヤになるのです。

それはさておき、沖縄県は一貫して海洋汚染については無頓着でした。それが突然いままで何の保護対策もしてこなかったジュゴンが一頭死ぬと、首相面談案件にジュゴンをもちだす鉄面皮ぶりがたまりません。

そんなにジュゴンが大事ならば、はっきりと普天間基地周辺のニンゲンの安全よりも、ジュゴンのほうが大事だと言うべきてす。 それをデニー知事はこんな矛盾したことを一国の首相に面と向かっていうのですからたいしたものです。

「普天間基地の固定化につながりかねない辺野古の工事はやめ、話し合いの期間を作ってほしい」

おいおいデニーさん、あなた頭の中で妖精が合唱していません?金星人が、宇宙船で迎えに来るから一緒に宇宙旅行しようよなんて言っていませんか。 交渉当事者がいまさらこんな交渉の大前提で間違ったことを言い出されては困りますね。

私は必ずしもそうは思いませんが、メディアが「世界一危険な飛行場」と呼び習わしている普天間飛行場の危険を除去する目的で辺野古に移設するのは、今更いう必要もない常識の中の常識です。

普天間飛行場を固定化させたくないなら、移設するしかないなんてわかりきったことで、「普天飛行場を固定化させないために移転は反対」ですって、なんじゃこりゃ。

デニー県政が、「普天間飛行場はイヤだが、移設もイヤだ」というなら、もはや当事者能力が欠落しているとみなされても仕方がありません。

なぜならその解決方法は共産党の主張どおり、「どっちも反対」「全部反対」ですから、すなわち「全基地撤去・安保廃棄」のことだからです。

このことのダシにジュゴンを持ち出すならば、7億、8億と言われる「辺野古基金」という巨大基金をどうぞ思うぞんぶん可愛いジュゴン保護にお使い下さい。 

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沖縄問題」カテゴリの記事

コメント

  ジュゴンは保護するものというよりも、まず政治的に利用すべきものというのが沖縄県のスタンスです。

おもしろいのは、デニーさんが県の岩礁破砕許可訴訟の上告断念と引き換えに工事の一時停止を安倍総理に提案した事です。

砂粒と金貨を等価値に見立てるようなこの提案は、半島式交渉術にも通底するもの。
もちろん安倍さんからは体よくあしらわれましたが、案の定、国元からは「そんなの聞いていない」の大合唱。

謝花副知事は「相談する時間的余裕がなかった」と、釈明するはめになってます。

沖縄県は今では左翼革新集団施政体制になっていて、知事権限も制限されるようになってる。
見せかけの民主主義でもって、制度としての民主主義が失われつつあります。
民主主義を壊すのは「民主主義」という事です。

他県人の私はジュゴンの件であれこれ口出し出来ませんが、野生動物持ち出して土木工事に異を唱える手法は、かつて諫早湾干拓で有明海のムツゴロウを使ったのと良く似てる感じ受けます。

有明海の干拓は推古天皇時代の日本書紀にも記録有り、干拓は潮害防ぐ防災兼ねてるのに、明治になってオランダのお雇い外人雇って始めた、防災面には一切触れない等々中央のマスコミの地元民(私実家は筑後地方でもかなり内陸部ですが、鎌倉時代に干拓されたらしい)から見たら無知丸出し報道も干拓など無関係な地域の方には真実と思われるからたまりません。

諫早でも佐賀と長崎の喧嘩別とすると、かなり外来種の活動家が入り込み騒ぎ大きくした模様でしたが、ジュゴンとムツゴロウの扱われ方に何とも胡散臭い共通点感じます。

でもまあ、「ジョゴンがカワイソス、ジュゴンを苛めるアベはサイテーだ!」と言う
人達が、かなりの数いるのでしょう。デニーさんも、その一人かも知れません。

それが正しいか間違っているかは、民主主義の多数優先の原則からみるなら、
どうでも良いことです。さらに票獲得の手間を考えると、管理人さんやココのコメ
ント人さん達のように材料を集めて真偽を見極めて合理的な判断を下すような
メンドーな人達を相手にするより、「アベ最低!」の方をターゲットにする方がコ
スパが断然良いのです。

最近では電波押し売りのNHKも視聴率を狙う為か、お涙頂戴とか紋切り型とか
芸能人ネタとか、「アベ最低!」層を狙っているようです。たまに観ているとムカ
ムカ来ますが、彼等は効率よく視聴者の支持を受ける番組を作っているに過ぎ
ません。ある意味、プロやのうー、です。

残念ながら、総人口の約1/3は感情とその時の気分で行動しているらしいです。
投票率が50%を切るような時代に彼等に狙いを付ければ、省力にて大きな山が
動きます。私が中共・朝鮮などの日本担当なら、そら誰を煽るかは考えるまでも
ありませんわ。

デニーさんが、「ジョゴンがカワイソス、ジュゴンを苛めるアベはサイテーだ!」と
マジで言う人であっても、私は「デニーさんは、ほんに愚か者よのう」とは言えず、
最近の沖縄情勢下ではブキミな存在です。本来ならリアリストの政治家が出て
来て、誰の目にもデニーさんがピエロである事を知らしめる時なのに、そうなって
いないからです。本土からの補助金が多過ぎて、自立自活のスピリットを持つ者
達が冷や飯食わされているんでしょうか?

テスト

クラッシャーさんからスパム扱いで入れられないということで、私から入れてみます。
以下クラッシャーさんのコメントです。

「天然記念物で絶滅危惧種のジュゴンが死んでしまいました。先日、鳥羽の水族館で
食欲旺盛なジュゴンを見たばかりでした。その時、辺野古には餌がなくなっているの
ではないかと心配したのです。辺野古の埋め立てで遂に死んでしまいました。人間の
エゴで生き物を殺すのは止めにしようではありませんか」
https://twitter.com/hatoyamayukio/status/1108156931368087555

こんな言葉吐きたくありませんが、こやつには本当に反吐が出る。「最低でも県外」
と公約しながら辺野古移設を閣議決定したのは誰だ?デニー知事、その時何してまし
たっけ?ご都合主義的健忘症なんか?バッカじゃねーの!?

ジュゴンが亡くなったのは残念ですが(自然の摂理だと思います)、今帰仁沖なら本
記事地図のA(大宜味村結の浜)なんかの方が影響あるでしょうよ。大保ダム建設の
残土を手っ取り早く処理するために東京ドーム8個分の埋め立てしたそうですがね。
ちなみに、この大宜見村、沖縄きっての赤い村です。

結の浜の完成は2003年のようですが、相変わらず「好評分譲中」です。
http://www.vill.ogimi.okinawa.jp/yui_beach/
実際行ってみると空き地ばかり。「ジュゴンがー」の人達、どう落とし前つけるの
さ?

おまけ
https://odsog.ti-da.net/e6930576.html
そもそも辺野古は時折利用されている藻場の一つであって、主たる生息地ではありま
せん。
主たる生息地は嘉陽海岸と古宇利島近海ですから。
「辺野古=ジュゴン」の印象が強いかもしれませんが、元々辺野古はあまり関係ない
のです。

以前、書店に平積みされていた故翁長氏を讃える本を興味本位で立ち読みした事がありまして。
その時一番印象に残ったのは巻末の県内著名人らによる同氏への思いを綴ったコメント集で、地元新聞社の重鎮の方がこう述べていました。

「私は翁長氏にはどうしても腑に落ちない事がある、かつて辺野古移設計画の旗振り役だった同氏がどうして基地計画反対派の先鋒にくら替えしかたである。もはや今となってはそれを聞く術は無いのだが」
(記憶を元にしてるのでアレですがこんな感じの内容だと思ってください)

おいおい、仮にも報道で飯を食ってきた人間がこんな重大な事を不問にしてどうするのよと?
知事立候補時の公約掲げた時からいくらでも聞く機会はあったでしょうに、しかも地元メディアでかなり距離の近い人間でしょ?
なにこの他人事のようなコメントは。
こんな追悼本の片隅にしれっと吐露して精算したつもりのでしょうか?
今からでも遅くないからそのへん墓穴掘り起こしてでもハッキリさせてよ、それが報道の本分だろうに…

といった本を叩きつけたくなるような怒りを感じつつ
「まあこれが沖縄の基地問題の闇の一部だわなぁ」
という呆れと諦めが入り交じったなんともいえぬ気分になった事を思い出しました。

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