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2019年4月18日 (木)

ムン・ジェインの訪米を4.11に設定した米国の意地悪

なんつーか、かんつーか、もう眼もあてられないご様子だったようです。ムン・ジェインの訪米です。鳴り物入りの4・11臨時政府樹立記念日をすっぽかしてまで行った米国で、お前なにしに来たんだという待遇を受けたようです。

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 時事

そもそもこの4月11日を正式に大韓民国の「建国記念日」にするというファンタジックなファンタジーは、かねてからムンジェインが温めてきたもので、去年政府が行政化したばかりでした。

「韓国の国家報勲処は13日、日本による植民地支配下にあった1919年、独立運動家らが中心となって中国・上海で樹立した「大韓民国臨時政府」の樹立記念日を従来の4月13日から同11日に変更する方針を発表した」(東亜日報 上写真と同じ)
「【ソウル聯合ニュース】韓国の国家報勲処は13日、日本による植民地支配下にあった1919年、独立運動家らが中心となって中国・上海で樹立した「大韓民国臨時政府」の樹立記念日を従来の4月13日から同11日に変更する方針を発表した」(聯合2018年4月13日)https://jp.yna.co.kr/view/AJP20180413001600882

それが最初に浮上したのが2017年12月の訪中時のことでした。この訪中は伝えられるところではここでも散々な冷遇で、国賓という触れ込みにもかかわらずムンは寂しくひとり飯をパンで済ませている写真が撮られています。
ムンさんの米中両国から浴びせられ続ける「何しに来たんだ」感はハンパではありませんね。めげないように見えるのがエライといえばエライ。

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それはさておき2017年12月16日にムンは重慶を訪れて、「大韓民国臨時政府」庁舎跡を視察しました。
ここで彼が言ったセリフが、「臨時政府は韓国の根っこだ」というひとことで、これは韓国の成立が、世界が認識している日本の敗戦による棚ぼた式独立であった1945年ではなく、それを遡ること26年前の1919年だというのです。

まぁ私たちからみれば、まぁどっちでもいいようなことで、そう思いたければ思ってたらいいんじゃないですかていどのことですが、ややきな臭いのは中国で習相手に言ったことです。

これは中国に元「連合国」のよしみで、一緒に反日共同戦線を作ろうといういう腹で習に、中国韓国共に(ついでにいえば北朝鮮も入りますが)「抗日活動を継承して誕生した国家だ」という共通認識を強調したようです。
残念ながら、習としてはこんなことは既にパククネ時代に一札取り付けているので冷淡な対応だったようです。

ですから、習はとりあえず「臨時政府」遺跡は保存すると答えたそうですが、内心は一緒にすんじゃねぇよと思っていたことでしょう。
中国共産党部隊(八路軍)は日中戦争時には逃げ回っていただけという説が有力ですが、とりあえず抗日戦争を戦ったというのはあながち嘘ではありませんし、北朝鮮すらもソ連軍の朝鮮人部隊でしかなかったにせよ実体はありました。

ところがお気の毒にも韓国の「臨時政府」なるものは、いわば「独立同好会」に毛が生えたようなものでした。今の沖縄の琉球独立学会とやらとどっこいいい勝負です。
似た団体を探すなら、「アイルランド共和国軍」(IRA)くらいなものです。

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大韓民国臨時政府の要人 Wikipedia

ところでこの1919年4月に「建国」説をいいふらしたのは、1945年に米国が政権を与えた初代大統領の李承晩でした。
彼はほとんどハワイで優雅な亡命暮らしをして、帰ってくれば済州島で大虐殺をするような無能な男ですが、彼の二枚看板は、晴れがましくもこの上海の「大韓民国臨時政府」なるものに名前を連ねたこととと、自分が李王家の傍流に連なる旧支配階級出身だということでした。
歴史の正当性にことのほかこだわる韓国ならではのことです。

「臨時政府」といっても30人に満たないサークルのようなもので、行政経験も軍事知識も皆無といったありさまでした。
もちろん国家の三要素たる「領域・国民・主権」のいずれも持ち合わせゼロでした。

このへんが後にドイツのヨーロッパ侵攻で複数生み出された、たとえばド・ゴールの率いる「フランス臨時亡命政府」とは本質的に異なるところです。
簡単に説明しておきましょう。
国はあたり前ですが、「ここが我が領土だ」といえる実効支配した「領域」が必要です
そしてそこには住んでいる「国民」が要ります。
三番目には、住んでいる国民が他国に支配されずに政治を行ったりする行政機構が必要です。そして国民を守るための警察や軍隊が必要です。
これが「主権」です。

この三要素が揃うと、国際社会は「では国と見なそうか」という機運が拡がり独立国として認知されます。
有体にいえば、国際社会の盟主である米国の承認が必須です。
1919年に自分は「独立」したといくら臨時政府が宣言しても、国家の三要素が皆無では国際社会から無視されて当然です。

国際承認を得るのは高い壁で、先ほど述べたフランス臨時亡命政府ですら、かつては実体ある政府でしたが、その時点での三要素が欠落していたためにただの交戦団体扱いでした。

ましておや、かつて一度として朝鮮半島内で実体ある政府を作ったこともなく、考えたことすらなかった「臨時政府」ではねぇ。
当時の韓国を実効支配しているのは、合法的に統治権を国際承認された日本国でしたから、「臨時政府」が入り込む隙間は1ミリもなかったわけです。
まぁ、平たく言ってしまえば、テロしかやったことのない独立愛好家、失礼、独立の志士たちは行政経験や軍隊を指揮した経験など皆無でしたから、国を名乗るのはジョークだと思われたのです。

おっと待て待て、余計なお世話ですが、この「臨時政府」が国際社会に承認される方法がひとつだけあったことを思い出しました。
それは日中戦争から続く大戦中の期間に、せめてフランス亡命政府のように交戦団体にあることでした。
仮に「臨時政府」が、北朝鮮並に兵隊をかき集めて連合軍に一定規模の「自由朝鮮軍」を派兵していたら、連合国の見る眼がまったく違ったことでしょう。
現に北朝鮮はソ連軍の制服を来て、その指揮下にありましたが、そうしました。
ところが韓国ときたら、リーダーの金九は内ゲバで殺されてしまい、ナンバー2の李承晩は優雅な亡命暮らしに浸っていたのですからどうにもなりません。

ここが韓国の政府としての正統性の根拠が怪しいところなのです。
なんせ正統性というなら、とりあえず交戦団体だった北のほうがありますからね。

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朝鮮戦争時、金浦空軍基地に到着したマッカーサー将軍を出迎える李承晩 https://ironna.jp/article/2236

ところがフロックで初代大統領に就いた李承晩が、自分の正統性を主張するためにいいだしたのがこの「臨時政府」でした。
朝鮮北部にはソ連軍の下級将校だった金日成がソ連軍戦車に乗って進駐し、一方、米軍のジープに乗って入ってきたのが、この「臨時政府」」ナンバー2の李承晩でした。

ところがこの李承晩は独立どころか初めに連合国に言ったことは、「われわれの臨時政府を認めろ」ではなく韓国を国際連盟の「委任統治領にしてくれ」でした。
さすがにこれでは、当時の国際関係では米国の植民地にしてくれという意味でしたから、「日帝の植民地から米国の植民地にするするつもりか」から散々に批判されてしまい、またもや中国に逃げ出し、彼か復帰したのはもうしばらく後のことてす。

ま、李承晩とはこのていどの「志士」で、しがみついたレガシシーこそが「臨時政府」でした。
その後もしょうこりもなく、1952年のサンフランシスコ条約時には、「オレは戦勝国だから日本に賠償要求をさせろ」と言い出して、連合国の面々から失笑を受けていたりします。
ひとりの兵隊もいず、一発の弾も撃たないまま戦争が終わってしまって「戦勝国」とはいい度胸です。

ただし、米国から貰った独立ですとも書けないので、韓国憲法全文には「大韓民国は3.1運動で成立した大韓民国臨時政府の法統を継承する」と書き込んでいます。
つまり独立愛好会でしかなかった「臨時政府」は、現在の韓国の前身だというわけですが、もちろんそんなことに耳を貸す国は一国もありませんでした。
韓国自身も国際社会から失笑を買うのを恐れたのか、ムン時代までおおぴらには言ってきませんでした。
パククネ時代の国定教科書の韓国独立年は1945年と常識的記載がされていました

しかしムンジェインは就任するやいなや、ソウルで開かれた光復節(日本の支配から脱した記念日)式典で、「2年後の2019年は臨時政府百周年だから盛大に祝う」とブチ上げました。
これが今年の4.11の臨時政府百周年記念日だったわけで、よりにもよって米国はこの日を指定したことになります。

 

 

 

 

 

 

 

 

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コメント

アメリカさんもやりますねえ…

いじわるぶりが、す、て、き!

 国際政治というのは子供じみた意地悪も外交という中でやってしまうのですね。外面上は友好国扱いのセレモニ-なんですが、ホントはアメリカがずいぶん酷いことを韓国にしているのですね。韓国大統領は怒らないのでしょうかね。怒ると外交上アメリカとの関係が崩れると思っているのか?我慢、我慢と考えているのか。

 韓国、ホントに分かりにくいですね。中国からの意地悪も気にならないのでしょうか。韓国の現状を韓国国民は気づかないのか、大統領支持率も大分悪いようですが・・・。
 
 ムンジェイン大統領は失脚するのかもしれないと思います。こんな調子で国を治められるとは思えない。

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