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2019年4月 2日 (火)

新元号 初めて漢籍から離脱した意義

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ご承知のように、新しい元号は「令和」だそうです。国民のひとりとして、新しい元号を素直に言祝ぎたいと思います。

今回の元号は、中国の漢籍から初めて離脱して、国書、それも最古の国文学である万葉集から得たことです。

Lif1904010066p1

https://www.sankei.com/life/news/190401/lif1904010...

これについての磯田道史氏の意見は妥当なものでした。私も似た感想を持ちましたので、やや長いですが引用させていただきます。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190401-00000084-asahi-soci

「今回、日本古典と同義の国書を出典としたことが非常に大きな歴史的転換だ。ちなみに令を上につけた年号は、過去に「令徳」、徳川に命令するという案があったが、退けられている。
 21世紀のいま、なぜ転換が起きたのか。日本史で何度も繰り返されてきたことだが、海の向こうに強い他国が現れると、国家意識が高まる。幕末のペリー来航時には非常に国学が流行した。
 いま、中国の台頭があって、やはり日本ということを強く意識している。転換に関して言えば、日本古典だけを典拠とした元号ではなく、日本と中国の両方の典拠を持つ元号を提示してもよかったのではと思う。日本文化を発見すると同時に、国境を越えた漢字文化圏の存在にも気づけるからだ。国益にもかなうと思う。
中国との距離感でいえば、元号には4段階ある。第1段階は中国の年号をそのまま使う。第2段階は、中国の年号を知っているが、あえて使わず干支(えと)のみを使う。第3段階になると、独自年号を立てるが出典は中国の文献。最後の第4段階は、独自年号を立てた上に国書を出典とする。(略)
グローバル化で、世界が全部同じようなかたちになる時代には、そこにしかない独自性を持ったものが価値を持つ。日本にだけ元号があるというのはソフトパワーだ」
」(朝日4月1日)

一部の保守が、「令徳」が幕末に幕府から拒否されたのがエンギが悪いなどという人もいますが、だから「令」の字は不敬だということです。ああこういう教養をひけらかすのって、とってもいや。

磯田氏の説のように2019年に至って、「独自に年号を立てて国書を出典とする」新たな段階に達したという意義は強調しすぎてもしすぎることはないでしょう。
その意味でこの新元号は「日出る処の天子、書を、日没する処の天子に致す。恙なきや」の現代版なのです。
もちろん今回の隠された宛て先は同じ漢字文化圏のあの国のあの人です。

As20190401003859_comml

https://www.asahi.com/sp/articles/ASM4201XCM41UTFK02T.html

また意味については、それこそ個人個人が好きに解釈すればいいことで、統一されたものは要らないはずです。
左翼の皆さんのように発表前には「安」が入ると騒ぎ、発表されれば「お国から命令される社会が来る」と悪意を込めて解釈するのも、どうぞご勝手にです。

「米紙ウォールストリートジャーナルは、令和を「"rei," which can mean auspicious(縁起が良い) in traditional texts, and "wa" meaning peace(平和).」と、米ブルームバーグ通信は、「 "order(秩序)," and "peace(平和)" or "harmony(調和)"」と訳した」(4月1日)
http://news.livedoor.com/article/detail/16249542/

なるほど " order and peace or  harmony"か。いい訳ですね。むしろ和語でいうよりすんなり耳に入ります。

 

 

 

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コメント

「令和」という決定は、すごく良かったと思います。
ホントは「勢い」というか、元気が出るような感じが個人的には欲しかったところですが、「平成」の時のガッカリ感(個人的見解です)を思えば天地の差です。

「平成」の時もそうだったですが、これから使い込んでなじんで行くにつれ、込められた理想や希望をより理解できるようになるのだと思います。

「令和」が、歴史的な日本の総体ともいえる万葉集から出たのは自然な事と思います。
ですけど、わたしは「中国の故事・古典からの拝借を脱したか否か」など論じる事は最初から意味がないものと考えていて、それゆえ中国側の報道にはゲンナリします。「どれだけ尊敬されたい人たちなんだよ!」と思いますね。

磯田氏はさすがNHK=朝日文化圏の覚えめでたい歴史家であって、言う事に一々配慮が行き届いていてソツがないと思いました。

≫「日本古典だけを典拠とした元号ではなく、日本と中国の両方の典拠を持つ元号を提示してもよかったのではと思う」、としますが、しかし、どう考えてもわざわざそんな煩雑な事をすべき理由も必要性も見あたりません。
で、その理由はいちおう、

≫「日本文化を発見すると同時に、国境を越えた漢字文化圏の存在にも気づけるからだ」、とするのですが、そういう事は別の機会でやればよろしいでしょう。 結びではそうした事が、

≫「国益にもかなうと思う」、として中国配慮を最大限ににじませます。

元号制度は前漢の武帝の時代から始まったとされますが、歴史的に中華文明下で果たして来た元号の役割りと、現在の日本での元号制度は全く意味合いを異にします。
そもそも違うものを「脱中華」と言ったり、考えたりする事自体がナンセンスのような気がします。

くわえて中華では清朝以来、元号は廃止され使われていません。

令和と聞いた、見たときは正直ちんぷんかんぷんな感じであったが由来を聞いたら良い意味が込められており、次の時代は世の中がこうであってほしいよりは心の美しさ豊かさが求められる時代かと思います

令和の「令」は、命令の「令」ではなく、「令月」の「令」です(典拠の万葉集にも「新春令月」と表記)。つまり「令嬢」の「令」と同じでして、訳をあてればbeautifulです。これをorderと解釈するブルームバーク通信は完全に誤りで、なんというか悪意を感じるのですが。

私も山路さん同様平成の時のような違和感はありませんでした。
まあ一度経験しているというのが大きいのかもしれません。
若い人たちにとっては大いに違和感を感じたかもしれませんね。

例の如くあちら側の方々がSNSなどで批判的な発言をしているようです。
「こにたん」こと小西博之氏もまた訳のわからないことをツイートしたようで
一度病院に行かれることを強く勧めたいところですが、
まあこれは通常営業と言うことで別段驚くこともないでしょう。
問題は次期総理の声もある(気が知れぬが)石破茂氏の発言で
「違和感がある。令の字の意味について国民に説明するべきである」と、
もはやイチャもんとしか思えない内容で、これにはほとほと呆れましたね。
この人、現政権をディスることしか興味がないようで、
まるで無能な野党(維新のぞく)の一員に成り下がったような案配です。
最近の石破氏、まるでイジケたジャイアンにしか見えなくなってきました。

名無しさんのお書きのように典拠は令月の令、「善い」ですので英訳としてはウォール・ストリートジャーナルの「縁起が良い」の方がまだ近いでしょうね。
万葉集にはしみじみ和む歌が数多く、これを機に善い現代語訳や挿し絵などもついた本が出ると嬉しいなと期待しております。

「令和(れいわ)」、「英弘(えいこう)」、「久化(きゅうか)」、「広至(こうし)」、「万和(ばんな)」、「万保(ばんぽう)」

この中からなら言葉の響きや字体の見た感からも(アカデミックさの欠片もなくてすみません)から「令和」一択です、少なくとも私の中では。私の中のイメージでは「和みの中に凛とした美しさがある」ような感じです。

志位和夫の和が使われている!笑
国内であれ国外であれ、何も分からないうちから妄想全開、分かってからも調べもせずor調べたが無視して妄想に沿った決め打ちな人々に微笑。
国書と漢籍、万葉集と論語どちらが上かみたいな話しかしていない人々のことも気の毒に思いますが、日本を貶さないと死ぬ病気または脳がツルツルな社や人々がよく分かって結構なことです。
新元号に好感73%、日本古典が出典を評価84%、納得です。
令和は其々の漢字の意味も良いですが、響きが美しく、口に出して気持ちのよい音だと感じました。

まだコメント欄が不安定なようで送っても消えてしまうので今一度、
名無しさんの書かれたように典拠は令月の令「善い、清い、美しい、すがすがしい」といった意味合いで、ウオールストリートジャーナルの表記が正解に近いでしょう。
日本のメディアが命令ゴシップで覆い被せて濁った印象が発信されているのは勿体ないですね。
万葉集にはしみじみ和む歌が数多く、これを機に新刊の現代語訳に善い挿し絵などもついた方が出ることを期待しています。
さて、これは無事に入るかなー

令和を素直に受け入れたいと思います。私が左巻きだった頃、昭和=天皇制=右翼・国家主義であり、“時間さえ支配するもの“としての元号だったのです。

そこには歴史も無ければ文化も無い、のっぺらぼうの社会です。こんな国に行きたいと思いますか?世界を旅して私の考えは変わりました。グローバル化が進めば進むほど、自己のアイデンティティ=つまりは文化が最後にモノを言うのです。日本の長き歴史と文化を大事にしましょう。

日本の真ん中におられる天皇家と共に時間を送るのが日本人というものでしょう。昭和、平成、そして令和の三世代を生きるのが私の人生です。

ふゆみさん。

どうもスマホ版だとコメント反映に数時間かかる状態が続いているようです。
スマホでもPC版表示に切り替えると、すぐにアップされます。

お久しぶりです。令和,国民の評価も非常に高いようで,なによりですね。
復権後の安倍総理らしく,バランスのとれた(あえて意地悪に言えば八方美人な)決着になったと思います。改元の方式について様々な意見があり,どの意見もそれなりに理があったところを,1ヶ月前公表,即位と同時に改元という形は,元読売の新田哲史氏の言葉を借りれば「民意の最大公約数」だったと思いますし,新元号も,大和言葉や訓読みといったドラスティックな変革はせず,多くの国民が親しみやすい国書を由来としつつ,漢籍にも元をたどることができ,「令」の字とラ行を用いて新しさを出しつつ,定石の「和」と組み合わせたということに絶妙なバランス感覚を感じます。

「令は命令の令だ!」とか,「万葉集の序は漢籍を元にしている! 国書由来と言っているアベは無教養!」とかつまらぬケチをつけている人は放っておきましょう。そもそも,漢籍を持ち出してケチをつけている人は,何のための序だと思っているのでしょう。序の後ろに和歌が続くことが重要じゃないですか・・・。

長文失礼いたしました。
来たる令和の御代も,ご壮健であられますよう,お祈り申し上げます。

新元号について順当な評価をしている海外メディアもありますよ。
どこぞの左翼新聞やTVにもこの姿勢を見習って欲しいものですね!
日本人が読んでも納得です。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

令和に対する国民の反応は概ね良好である。
「令」には知的、倫理的なニュアンスがあるが、「和」の方は情的な柔らかさがあり、知と情のバランスを感じさせる。
この二つが相まって新しい時代を切り開いていくことができるのではないか。
新鮮な響きは新時代到来を予感させる。

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