イスカンデル・ショーは国内向けだ
今回の正恩のイスカンデル(ロシア呼称)発射の目的について、日本メディアは想像どおりのことを言っています。
米国に対する揺さぶりのために、グレーゾーンの短距離弾道ミサイルを撃ったという見立てのようです。
メディアがこの見方に執着するのは、南北融和路線の破綻を認めたくないからで、いやいやポンペオだって「短距離弾道ミサイルだかんね」と言っているぞ、トランプ御大だって信頼は崩壊していないと言っておるぞ、ということのようです。
実際にはトランプはこのイスカンデルの発射を聞いて、背信行為だとブチ切れかかったそうですが、ポンペオになだめられたという話もあるようです。
ポンペオはここで親方に切れられると、国務省の交渉路線が終了してしまうので焦ったのでしょう。
お、お待ち下さい閣下。これは短距離弾道ミサイルですぞ、短距離は約束の範疇外です、とでも言ったのでしょうか。
たしかに正恩はグレーゾーンを狙ったつもりだったようです。
長距離弾道ミサイルは自粛するが、ならば短距離ならいいんだろう、放射砲(多連装ロケットの北呼称)なら文句なかんべぇ、ということのようです。
ダメに決まっています。
多連装ロケットはともかく、弾道ミサイルの射程距離について国連決議は短距離ならオーケーです、などとひと言も書いていませんからね。
米国が今回北に対して「とりあえず見逃す」と言ったのは、中国に対する経済制裁のハードルを一挙に25%にした時期と奇しくもバッティングしてしまったからです。
「米中通商協議の妥結をほぼ織り込んでいた各国金融市場には動揺が広がり、米株価指数先物は2%超下落。アジア株も売り込まれ、中国の主要株価指数は4%超急落した」(ニューズウィーク5月6日)
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/05/25-16_1.php
これは世界市場に与える影響では、北のイスカンデル発射などよりはるかに大きいニュースで、これでいったんは中締めとなるかに見えた米朝交渉は中国の反自由主義的経済構造を抜本的に変えない限り継続されることになりそうです。
中国は米国が要求している資本の自由化などを呑むことは絶対にできません。
それは中国共産党による一党独裁下の資本主義、という矛盾した仕組みを変えられないからです。
また、米国の要求を呑むことは、即ち「中国の夢」である覇権を諦めることでもあるからです。
しかし米国もこの間の米中経済戦争で分かったことは、それを急進的にやれば自国の経済もダメージを受けるということでした。
ですから中国も変われない、米国は声を荒らげて迫ったかと思えば、妥協をしてみたりと、硬軟織りまぜていくわけですから必然的に時間がかかります。
トランプが再び当選すれば、2期目一杯この米中の戦いは継続されることでしょう。
北に対する米国の対応に話を戻します。
もうひとつ考えられるのは、米国にとって中露が北の支持に回らなかった以上、袋小路に自ら飛び込んでしまったのは自明なのですからことさらここで焦る必要はないし、怒ってしまったら後の仕掛けに影響が出るということです。
後の仕掛けとは、米国がひとつだけ意識的に開けてあった「逃げ道」のことです。
どうぞ正恩閣下、お困りでしょう。こちらへどうぞ、というわけです。
どこかって?もちろんそれは日本です。
いまや北はすべての道を塞がれて、泣いても笑ってもこの「逃げ道」の日本に米国との仲介を頼むしかなくなりました。
正恩もわかりかけているとおり、安倍氏はトランプと年がら年中北のことで相談し合っている仲です。
蚊帳の外どころか、ほとんど共謀者と言っていいほどです。
このすべての北の逃げ道を塞ぎ、まるで追い込み漁のように一定の場所に誘導していくというシナリオを書いたのは、もちろんこのふたりです。
その安倍氏が第2回会談の決裂を見て、おもむろに「前提条件なしでの会談」を呼びかけたのですから、さて正恩がこれを断れるかどうか見物です。
今、正恩が日本に対して切れるカードは、唯一拉致被害者を返すことしかありません。
弾道ミサイルや核の存在は、北の外交能力では今やかえって重荷なくらいで、現時点で北が使える交渉材料は拉致被害者の帰還しかないのです。
ここで拉致問題を大きく進展させたい日本、日本しか米国に経済制裁をゆるめてもらう仲介を頼めない北。
中国との経済戦争もあって、ここで手は出したくない米国。
奇妙な利害の一致の構図が出来上がったのです。
https://biz-journal.jp/2019/03/post_26921.html
そもそも米国にとって北朝鮮は中国という主敵に対して、しょせん従の立場でしかありません。
いかんせん経済力と軍事力が天と地ほど違いますから、北がまかり間違っても中国のように世界の覇権国を狙ってくる可能性はゼロです。
しょせんいかに正恩が大物気取りでいようと、米国からすれば「小物界の大物」ていどの国なのです。
ただし主敵であるイランと核開発や弾道ミサイルで邪悪な裏コネクションを作ってみたり、あろうことか米国に届くと称する長距離核を持とうなどと野心を持つから、うっとおしいだけのことです。
長距離核と称する火星15がフェークICBMだということを米国は知っていますから、軍事力を行使することなく経済制裁だけで締め上げられると踏んでいます。
また今の北に肩入れする国など、ただの一国もないことも十分に認識しています。
中国はご覧のとおり米中経済戦争で、北になど加担すれば米国からナニを言われるかわかったもんじゃない上に、錯乱して北京に核ミサイルを撃ってきかねない正恩を支援する義理などいささかもありません。
では方やロシアはといえば、できたら朝鮮半島に口先介入のひとつでもしたいスケベ心はあるものの、現実に肩入れする気などさらさらないことがわかりきっています。
「ウラジオストク=小野田雄一、ソウル=桜井紀雄】ロシア極東ウラジオストクを訪れた北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長は、プーチン露大統領との夕食会で「抗日闘争」まで持ち出し、露朝の結束を誇示した。だが、翌日には地元が準備したイベントの大半を蹴って早々に帰国する冷淡さを見せた。まるで目的は関係強化でなく、大国ロシアに支持される指導者像を内外に印象付けることだったかのようだ」(産経4月26日)
https://www.sankei.com/world/news/190426/wor1904260029-n1.html
それにしてもプーチンから色よい返事がもらえないと、キレて後のスケジュールをドタキャンして帰っちゃったというんですから、おいおい坊や青いね。
この肥大した自我と、肥満した肉体を持つ男が、いかに甘やかされた環境で暮らしてきたのか忍ばれます。
しょせんこの人物にとって外交は国内政治の延長でしかなく、国内向けのカッコつけでしかないようです。
今回のイスカンデル・ショーもこの流れで見ればわかると思います。
正恩にとって政治とは、国内の不平不満分子を押さえつけ、金王朝を永続化することでしかありません。
北の崔善姫(チェ・ソンヒ)外務次官のこの発言は、いかに非核化に対して軍部が強い不満をもっているのかわかります。
「崔氏によると、会談に先立って何千人もの軍関係者が核計画を放棄しないよう求める嘆願書を金正恩氏に送ったという。内部の反対が大きいため譲歩はできないと説明したかったようだ。崔氏は「米国は絶好の機会を投げ捨てた」とも話した」(日経3月15日)
何千人の軍人の署名ですか。どうせ盛っているのでしょうが、根強い軍部の反対は事実でしょうし、彼らは正恩の失敗で中国からもロシアからも見放されたことを知っています。
正恩としては、軍部の抵抗を押えるためには、ここで一発「米帝」の鼻をあかしてやらねばならなかったのでしょうね。
しょせんは国内向けの政治ショーです。
それを分かってのトランプの容認発言でしょうが、米国がどうであれ、これは明白な国連制裁決議破りですから、制裁強化を国連安保理で討議せねばなりません。
« 北朝鮮、国連制裁決議違反を承知で弾道ミサイルを発射。その狙いは? | トップページ | 国連機関、北への人道援助を要請 »
コメント
« 北朝鮮、国連制裁決議違反を承知で弾道ミサイルを発射。その狙いは? | トップページ | 国連機関、北への人道援助を要請 »
安倍総理が「前提を付けないで会う用意がある」としたのは共同通信の配信記事によれば、六か国のうちで正恩に会っていないのは安倍だけで、安倍政権が「蚊帳の外」を避けたかったから、だとか。(笑)
これじゃマスゴミと言われるのは仕方ないし、「平壌に支局を置く」という事がどいう事なのかが分かろうというものです。
事実は、記事のように安倍政権は米国との共同首謀者であり、実行者であり、米国同様のメインプレーヤーです。ここは良く見た方がいいですね。
そして「共同通信は正恩のメッセンジャー」と正しく考えれば合点が行きます。
正恩は「六か国協議の枠組みに戻るのであれば、安倍と会う用意がある」と常々言っていて、それが安倍の言う「前提」の意味、と逆に解釈すべきところでしょう。
つまり、安倍の「前提を付けないで」という枕詞は報道されるような一方的譲歩などではなく、中・露の「正恩離れ」から出口をふさがれ、追い込まれた正恩に対するさらなる一手、「六か国協議カード外し」という意味になると考えたほうが自然です。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2019年5月 7日 (火) 09時37分
安倍総理は、前提条件を付けないので会談をしたい、とお願いをしているのではありません。
むしろ金正恩に対して、役に立たない仲介者に中韓マージンを支払って日本と会談するよりも、二国間で協議できるようにしましょうね、という分かりやすい誘惑をしている発言なのだと思っています。
あるいは、かなり強気に「前提条件を付けることはしないから、気軽(笑)に会談をしたいと申し込んで下さい」というメッセージか。
今回のミサイル発射は、米国への揺さぶりは勿論ですが、むしろ安倍総理に対する返答の方が主目的なのではないか。
安倍総理の「前提条件を付けない」という言葉に対し、「何を生意気な、日本は俺の出す条件を聞く立場だろうが」という、分かりやすい脅迫なんじゃないでしょうか。
自意識過剰かな?
投稿: 青竹ふみ | 2019年5月 7日 (火) 12時46分