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2019年6月 5日 (水)

クリストフ記者の天安門事件

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1989年4月、100万人を超える学生や労働者たちが民主化を求め、北京の天安門広場を占拠しました。
民主化デモは、約1カ月半にわたって続き、北京だけではなく中国各他の都市や大学にも拡大しました。
彼らの要求は、共産党による独裁体制の打倒、言論結社の自由、インフレ対策の実施、賃金の上昇、住宅事情の改善などでした。

これを弾圧することに決めた共産党は、1989年6月3日夜、天安門広場に軍の戦車と部隊を出動させました。
これは地元の軍ではなく、遠くの地区から連れて来られた「よそ者の軍隊」でした。

彼らは、4日の朝にかけて丸腰の市民に向けて無差別の発砲を繰り返す、という大量虐殺事件を引き起しました。

これは正規軍が無辜の自国民に銃を向けた事件でした。

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その虐殺数は記録に残られておらず、幅がありますが、数百から1万の間だと見られています。

「英国で新たに公開された外交文書によると、中国当局が民主化運動を弾圧した1989年の天安門事件で、中国軍が殺害した人数は少なくとも1万人に上ると報告されていることが明らかになった。
「1万人」という人数は、当時のアラン・ドナルド駐中国英国大使が1989年6月5日付の極秘公電で英国政府に報告した。大使は、「中国国務院委員を務める親しい友人から聞いた情報を伝えてきた」人物から入手した数字だと説明している。
国務院は中国の内閣に相当 し、首相が議長を務める。
天安門事件の死者数はこれまで、数百人~1000人以上と、様々に推計されていた。」(BBC2017年12月26日)
https://www.bbc.com/japanese/42482642

中国治安当局は後日、発砲による死者はゼロだと主張しましたが、それを信じるものはひとりもいません。
それどころか、この事件をないものとして葬りました。
いまだにこの事件に関わる出版物、外国のネット情報はブロックされており、中国国民のほとんどはこの事件自体を知りません。

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さて、ニコラス・クリストフの事件25周年にあたってのコラムをご紹介します。
これが1989年6月3日の夜、に起きた中国軍による自国民虐殺の夜の出来事です。概説よりもより心に響きます。
ニューヨークタイムスの北京支局長だったクリストフは、第2次天安門事件(六四天安門事件)に関する報道で、1989年のピューリッツア賞を受賞しました。

私はクリストフがこのコラムで書くような、経済の発展が中産階級を生み、彼らが民主化を求めていくことによって、一党独裁国家からゆるやかに民主国家に生まれ変わっていくとする考え方は、残念ながら幻想だと思っています。
一般的には、多くの国はそのコースを辿りましたが、中国は世界唯一の巨大な例外として変化を拒んでいます。
それはあの事件から30年間変わらなかったし、今後30年間変わらないかもしれません。
なぜなら、飯がたらふく食える間は民主化要求は二の次にされるからです。

そして今や中国共産党は、ジョージ・オーウェルが描く「1984年」もかくやと見紛うような超管理社会を作り出しました。
ビッグブラザーたる中国共産党は、30年前のように人民解放軍を使うことなく、ITによって14億人を支配できると考えています。

唯一の民主化の「希望」が残るとすれば、経済が右肩上りの発展を止めた時に、どうなるかです。
その意味で、米国が仕掛ける経済戦争は、米国による「民主化要求戦争」の側面も持っています。

「フランスの田舎から世界を見ると土野繁樹の21世紀探訪」様から転載させていただきました。ありがとうございます。写真は引用者がいれたもので、改行を施しています。

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わたしが生きている限り、決して忘れない光景がある、それは、戒厳令軍に撃たれた重傷の学生を病院に運ぶ、人力車の車夫のほおから流れていた涙である。その人力車の車夫は勇気のある人だった。わたしより上等な男だった。

1989年6月3日の夜、われわれ(外国人記者とカメラマン)は天安門広場に隣接する長安街にいた。中国人民解放軍は学生の民主化運動を粉砕しつつあった。
あの夜、解放軍はまるで外国軍のように首都周辺の各所から北京に侵攻し、動いているものはかたっぱしから標的にした。天安門広場からはるか離れた場所で、わたしの友人の弟は自転車に乗って職場へ向かう途中で射殺されている。解放軍の侵攻がはじまると、わたしは自転車に飛び乗り天安門広場へ駆けつけた。長安街では学生を守ろうとする群衆が撃たれた。

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6月4日未明の惨劇のなかで、最も英雄的だったのは人力車の車夫たちだった。いつもは、彼らは三輪自転車の荷台に品物をのせて運搬するのだが、その夜は射撃が停まり次の射撃が始まる前に、彼らは兵士がいる方向に人力車のペダルを漕ぎ、殺された学生と傷ついた学生を拾い上げていた。

学生の遺体と負傷した学生を収容しようとする救急車にも、兵士たちは情け容赦なく銃撃していたが、車夫はそれをもろともせず救出作業を続けた。彼らの勇気ある行動は、わたしの心を激しく揺さぶった。
なぜなら、その春、外国人と中国人官僚から「民衆の教育レベルも洗練度もまだ十分ではない中国では、まだデモクラシーは機能しない」と繰り返し聞かされていたからだ。

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わたしが目撃した一人の車夫のことを、いまでも鮮明に覚えている。Tシャツを着たたくましい体格をしたその人は、高校卒でさえなかっただろう。だが、なんという勇気の持ち主であったことか。彼は倒れている若い男の方に向かった。

わたしは彼が射殺されるのではないかと思い、息を呑んでその姿を見ていた。彼は若い男の体を抱えて荷台に置き、ペダルを踏んで生きたままわたしたちの所に戻ってきた。彼のほおには涙が流れていた。

その人は外国人であるわたしと目を合わせると、三輪車の向きを変えゆっくりとこちらの方に近寄ってきた。わたしに政府がやったことの証人になってもらいたかったからだ。その夜の体験は戦慄すべきものだったから、彼の言葉を正確には覚えていない。
しかし、彼が言いたかったのは、あなたはここで起こったことを世界に伝えるべきだ、ということだった。その人はデモクラシーを定義できないかもしれない。しかし、彼はデモクラシーのために命を賭けていた。

中国が過去4半世紀で巨大な進歩を遂げたこと事実である。収入は飛躍的に増え、住宅環境も向上した。人力車の車夫だったあの人には選挙権はないが、彼のこどもは大学に通っているかも知れない。その進歩は議論の余地がない。

しかし、人間の尊厳はライス(パン)だけでは保たれない。人権をも必要とする。中国の偉大な作家、魯迅は「筆で書かれた虚言は、血で書かれた事実を隠すことはできない」と言っている。

中国の繁栄が続き、教育ある中産階級社会になると、彼らは政治参加への要求を強めるだろう。わたしはポーランドから韓国まで世界のデモクラシー運動を取材してきた。その体験からすると、いずれ天安門広場であの夜殺害された人々を追悼する式典が行われるだろう。

わたしはそれを確信している。そして、その式典の記念に人力車夫の像が建てられることを願っている。

 

 

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コメント

BBCのこの取材記事&画像を見て驚嘆しました。かの国はこうやって時間をかけて事実を「小さく」していき、そして「無かったこと」にまでしてしまうのでしょうね(また、その逆も・・)。
https://www.bbc.com/japanese/video-48493887

「NHKクローズアップ現代(2011年放送)」では「言われているほどの大虐殺は無かった」というような内容のコメントを放送してますね!?
https://www.youtube.com/watch?v=C-8a255cx5c&fbclid=IwAR29ZeVEUIZUnIKYBBHoSn29dELKU4XzE-sBCI_pAxQuRANQpxlKBds-mNA


管理人さんへ。

記事の内容に関しては触れませんが。

せめて記事の一番最初に、「流血シーンの有る写真がある」くらいの注意書きをしていただきたかった。

これから見る人のためにも、よろしくお願いします。

この犯罪行為を隠すために、様々な懐柔工作を行ったようですが、それにいち早く協力したのは日本のようですね。この犯罪者がこの懐柔工作で経済力をつけ、金持ちになって、今の状況ですか…
この事件の詳細をもっと多くの人が関心をもち、研究し、拡散して議論すべきだとおもいます。中国民主化革命の核心的な信条になると思います。

青竹ふみさん。
いやいや、当時を知ってるならこの程度の写真で見ないってのはおかしいですし、免疫の無い人に対してこそ中国がどういう国なのか理解する早道ですよ。
この程度でダメならかなり描写を抑えてある戦争映画なんて観られませんよ。

オイラーさん。
ここしばらくの貴方のコメント、正直言って意味が分かりません!
なんとなく兎に角嫌中のようですけど。。ちょっとブッ飛んでませんか?

>山形 さん
昨今はブログなどの管理会社も規約に厳しくなり、例えば怪我をした時の流血写真を載せただけで通報され、規約違反になったという例も有ります。

管理会社の定める規約違反には、以下のような文が必ず含まれています。
>.人の殺害現場、死体等の残虐な画像等のデータ、その他社会通念上他者に嫌悪感を抱かせるデータの掲載等を行う行為

なにとぞ、御理解いただければと思います。

荒唐無稽とも思える南京大虐殺を大々的に吹聴する一方で
ほんの三十年前に起こった自国の不都合な真実に関しては頬っ被りを決め込む。
ただ知らぬふりをするだけでなく、自国内の言論は徹底的に封殺するわけです。
こういう厚顔無恥な振る舞いや恐怖政治ぶりを見るに付け、
日本を初めとする国々にとって、将来安寧の妨げとなるのは北朝鮮以上に
中国だということを思い知らされます。(中国共産党と言うべきでしょうか)

我が国には人権を声高に叫ぶ「人権派」の肩書きを持った人々が
それこそ掃いて捨てるほどいます。
所謂「徴用工」や「従軍慰安婦」問題に関しては止まることなく饒舌ですが
ことウイグル、チベット問題や天安門事件に関する話題となると
一気に寡黙になられるのはどうしてなんでしょう。
もしかするとこの人たちの掲げる「人権」の旗には
紅と黄色の「すかし」が入ってるのかも知れません。

青竹さん。仰せのことはわからないではないので、ご指摘の写真はアムネスティの使っている有名な写真にとりかえました。

やや誤解があるようですが、あの写真は死体ではありません。
人力車の労働者たちが降り注ぐ弾の中を、献身的に負傷者を病院に運んでいる時の感動的な情景です。

山形さんも言っていますが、あの夜の惨劇はあのていどのものではなかったのです。
無機的に数百人、いや1万人殺されたというよりも、一枚の写真のほうが説得力を持つ場合もあるのです。

> わたしが目撃した一人の車夫のことを、いまでも鮮明に覚えている。Tシャツを着たたくましい体格をしたその人は、高校卒でさえなかっただろう。だが、なんという勇気の持ち主であったことか。彼は倒れている若い男の方に向かった。

 このくだりは感動します。中国人も人間のこころを持った私たちと同様なものだと感じさせられます。その後、中国経済の大発展で豊かになった中国人たちはあえて過去の問題点を振り返ろうとしないのでしょうね。これも人間の性質ですから分からないこともない。

 中国経済が米中経済戦争でガタガタになり、人民が再び経済的苦境に陥ったときにはどうなるのか? 共産党政府が人民を豊かにすることができなくなると、再度天安門事件は起こるのかもしれないと思う。あのときの中国人とは異なり世界の状況も分かる人はずいぶんと多くなっているのである。そんな人たちが中国経済の破綻が起こったときにどうするのか。天安門事件以上に危険な国家的危機が訪れはしないか。

 中国の過酷な人民統制は成功するとは思えない。これは人類の大きな実験のようなものかもしれない。この人民統制が仮に成功するとすると、そのとき経済状況が悪いとなるとなれば、人民は決起しないか、共産党員の一部が反旗を翻さないか、見ものである。これだけ人民を統制すると、共産党政権の責任もそれに応じ大きくなるはずである。経済失敗の追及はものすごく強大なものとなるはづだ。

 早急に共産党政府は退陣してもらいたい。これが中国人民の幸せにつながる。わが国は、共産党政権の延命に手を貸してはならない。アメリカの中国攻勢に加担するべきである。八方美人ではいけない。コツコツと中国の共産党政権退陣を促す政策を採っていってもらいたい。 

管理人さんへ。

誤解だとか、あの夜は、とか言う話とは関係無く、流血あるいは血溜まりなどの写真を載せるときは注意してくださいという話です。

地上波で放送する時に赤い血を黒色で表現するなどは、いささか行き過ぎな気もしますけれど、それでも、そうして規制される流れになっております。

血糊や、戦争あるいはテロ直後の現場写真など、軽度のものでも「暴力的で生々しいコンテンツ」とされる場合もあるので、写真を載せるのは良いけれど「そういう表現の写真があります」と記載してくだされば助かります、と言いたかったのです。


御不快な気分にさせてしまったようなので、暫くは閲覧・書き込みを控えようと思います。

大変、失礼いたしました。

不快であるとかいう感情の問題ではなく、今日の記事の論点とは無関係な、表現の自主規制の方向にそれてしまったことが残念です。

同じような独裁体制であった南米の破綻国家のように 中国がならなかったのは何故なのか?しっかり考えてみる必要があると思います。

象徴的なのは「人民服を脱いだ」ことだと思います。
そして欧米に学び、日本に教えを請うたのです。

人類も生物界の一員にすぎません。身の回りのカエルや蟻、そしてのら猫を見て下さい。一日中エサをを求め、そして子孫繁栄の営み。つまるところこの二つが生物界の全てです。

人はパンのみに生きるのです。経済こそが国家の全てです。イデオロギーをちょっと側に置いて考えてみませんか。

青竹ふみさん。

うーん、なんか違う方向に行っちゃってますが、ようは歴史を直視するか?というだけではないかと。
プロバイダーによる自粛云々ではなく30年前ですよ。「見たくない人」がいるならなんなんですか?
いかなる記述よりも1枚の写真の方が説得力ありますよね。

現在起こってる話なら、メキシコで麻薬組織と戦った美女弁護士の全裸バラバラ切断死体が路上のクルマに並べられてるとかは、さすがにアウトだったようですけど。。

昨夜というか今朝ですが2年前のBS1スペシャル「なぜ日本は焼き払われたのか」なんか、黒焦げ死体の山でしたし、長崎原爆投下の被爆少年の背中が真っ赤なケロイドになった生々しいカラー写真(ご本人は存命)なんか朝日新聞やいろんなメディアで昔も今も載ってますよね。

リテラシーのお話は、青竹ふみさんが決めることでは無いと思います。もちろんブログ消滅の危機だというのなら心配なさるのもわかりますけど、最初の投稿でのあなたはただの忌避感しか言ってませんよね。

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