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2019年6月15日 (土)

宜野湾くれない丸氏寄稿 デニー知事からは「ロック」は感じない

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 宜野湾くれない丸さんからエッセイを頂戴いたしました。ありがとうございます。
私はダラダラと分析じみたものは書けるのですが、こういう随筆は書けないんですなぁ。ほんとうに嬉しい限りです。

くれない丸さんが指摘する、「被害者沖縄」のイメージどおりにふるまう沖縄、という指摘は大変に貴重です。
本土のメディアの沖縄報道を見ると、「被害者沖縄」のワンパターンの繰り返しです。
これで終われば、絵になるものを求めるメディアのただの浅はかさで終わるのですが、困ったことはこれが実態の沖縄にも反映されてしまうことです。
たしか大久保潤氏は柳田国男の『遠野物語』によって、現在の遠野がそれに合わせて変化してしまう様を書いていました。
似た現象は沖縄でも起きています。

多少、読みやすくするために編集をしてあります。今回一回の完結です。

それにしても、デニー氏とロックですか似合わねぇ、ぶ、はは。

                                                               ~~~~~~   


                                      デニー知事からは「ロック」は感じない
                                                                                    宜野湾くれない丸


『玉城デニー沖縄県知事、フジロック出演へ「アーチスト」として7月28日のステージに』という沖縄タイムス(6/10)の電子版の記事を読みました。
「えっ、デニー知事のどこがロックなの・・・!?」「薄っぺらいな、この企画は」・・・・というのが正直な感想です。
広告宣伝という視点からは「おっ!」というニュアンスを与えますが、記事によると「アーチストとしての出演」であるとのことだが、「歌う」にせよ「ギターを弾く」にせよ「基地問題についてメッセージを発信」するにせよ、いずれにせよ「無難にこなす」こと以上の期待と効果はないでしょう。
なぜならば、私はデニー知事に「ロックを全く感じない」からなのです。

「いつのまにか、沖縄人は大江健三郎と筑紫哲也が言う被害者沖縄のイメージ通りに振る舞うクセが付いてしまった」という高良倉吉氏の言葉を以前このブログの記事で引用しましたが(「沖縄の不都合な真実」大久保潤、篠原章142頁)、まさしくこの「被害者意識の代弁」的なものの延長にあるのが「デニー知事のフジロック出演」でしょう。

「政府への反旗を下ろさないデニー知事」、フジロック主催側の「そうあって欲しい沖縄像」をデニー知事本人が(意識する・しないを別として)「演じている」ことが重要なことだからです。
しかもデニー知事はバンドをやってた経緯もある。バンド、ラジオパーソナリティー、沖縄市議会議員、国会議員、沖縄県知事という彼のこれまでの「舞台映えする経歴」と父親が米軍人である、ということもあり、主催側の「そうあって欲しい沖縄像」にまさしくピッタリなのだから。が、しかし決定的に「欠ける何か」にお気づきであろうか。

この沖縄側の「演技」は、先の「沖縄の不都合な真実」でも取り上げられてますが、「幻想の島沖縄」でも随所にそのニュアンスは取り上げられています(「セレモニー化する反基地運動」など)。
私は過去にこのブログにて、沖縄の日本復帰当時に広く県民に歌われた「沖縄を返せ」の作詞作曲者は「沖縄の人ではない」のは「何でなんだろうか?」「こんなにも芸能が盛んな島々なのに?」という素朴な疑問を取り上げたことがあります。

つまりこのことも「代弁者が作ったもの」を「演じる(歌う)」という根本は同じところから発生しているからです。
ネーネーズというコーラスグループが歌う「黄金の花」も同様に作詞は沖縄の人ではありません(作曲は知名定男氏)。「代弁者によって構築される己らの想像の共同体」とでも言うのか・・・・。

沖縄はロックしてません、よ。ロック「もどき」をやっているだけです。「沖縄島」はロックしてない」というのが正確かもしれません。
本土側から見ると沖縄は「宮古も八重山も全部含めて『沖縄』」と感じている人が多々いるかと思いますが、「沖縄島」は周辺の島々からすると「権力の島」なんですよ、今も昔も。

これに「奄美群島」も絡んできたりするんで少し複雑になりますが、言えることは「沖縄島はロックしてません」ね。なんせ沖縄島には「補助金もらってロック」する輩がいますしね。
「補助金ロック」と揶揄されたりしてますし。あんがいロックしているのは「周辺の島々」ですよ。権力に「楯突く」のは「周辺の小さい島々」です。
音楽のカラーで言えば、「ブルースの奄美」、「パンクな宮古」、「大陸風の八重山」、そして沖縄は「哀愁ラテン」。
フジロックさん「デニー知事はロックを感じない権力者なんです」よ。

 

 

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コメント

少し前にSEALDsを参加させて物議を起こしたフジロックですが、政治思想を音楽に持ちもむのと現役の権力者そのものを持ち込むのは大きな違いがあります。
主催者側もそれを認識した上での苦しい「アーチストとしての参加」なのでしょうね。
表現の自由という点においては好きにやれば良いとは思いますが、誰も玉城氏を「現沖縄県知事」という看板を外して見れない以上「フジロックは一部権力と迎合した」とみられても言い訳出来ません。

知事職を辞した上での参加であれば筋も通りますし、それくらいのロック魂を見せつけられたら僕も玉城氏の評価を改めなければいけませんね。

頭の中に浮かんだかりゆしウエアのロスパンチョスが消えません(^^;)
勝手にイメージしている山路さんのヘアスタイルも今日はモヒカンに替えておきましょう。
軽口はともかく、音楽カラーの含蓄ある例えと外から思い描く姿になってゆく現象について、他の地域についてもフツフツと置き換えが沸いてくる記事でした。

そうそう、モヒカンの山路です。(笑)
「パンクな宮古」はさすが優秀な比喩ですね。よく見てますね~^^。

デニーさんは、ギターが下手なモト冬樹ってのでどうでしょう?

世代的に、アメリカングラフィティな車・海・女の子ロックが、
ベトナム戦争泥沼化でラジカルでサイケな反戦ロックに変貌
したその頃、ロックが日本でも団塊世代を中心にして一般の
若者層にまで広まりましたから、日本のロック=団塊=反戦
=(一国)平和という方程式は今だ変わっていないようです。

その意味で、君子豹変せずに私をガッカリさせたデニー知事
さんは、間違いなくロックだと思います。「三つ子の魂百まで」
で、若き日のスピリットはそう簡単に変わらない。あの熱き60
年代後期のロックンローラー達は、今も大勢が当時そのまま
にロックしているのだと思いますわ。私達その後世代から見
たら、老人がヨタってるようにしか見えませんけれど・・

時は流れたんだから、今、目の前にある状況を現実的に考え
て、合理的に解決策を練るべきです。「今だって何も変わっち
ゃいないぜベイビー、権力は悪だぜ、あの頃のオレは正義の
戦士でカッチョ良かったぜい、今だってオレっちは戦い続けて
いるのさ、ヘイ!お前達、ロックしてるかい?」なんて言われて
も、ロックされてるのはテメエの脳ミソだろ?としか言えません。

そう言えば「島唄」という言葉を全国区に広めたTHE Boomもメンバーは山梨県と東京都のでしたね。

そう言えば「島唄」という言葉を全国区に広めたTHE Boomもメンバーは山梨県と東京都のでしたね。

管理人様 
なぜかダブって投稿されてしまったので一つ削除していただけませんでしょうか。
あと最後の
「山梨県と東京都のでしたね。」
の部分は
「山梨県と東京都の出身でしたね。」
の誤りでした。
お詫びして訂正いたします。

玉城氏(未来の琉球王?)は、昨日大阪府高槻市(辻本清美氏選出の大阪六区)で参院大阪府選挙区候補の応援演説に辻本氏と共に参加、他地域の自治体首長が口を出す事なのか一府民としては多いに疑問、吉村大阪府知事や小川福岡県知事が同じ事やればかなり違和感感じます。

尚、私自身今大阪に居ないし、玉城氏演説内容(YouTubeで検索するも出ない)自体把握してません。

県知事選出馬表明記者会見時にデニー氏は、「ダイバーシティ、デモクラシー、ディポロマシー」という「3つのD」をキーワードとして喋ってましたが、普段全く「使わない」、「喋らない」、「意味知らない」の「3つの無い」がモロ出てました。特に「ディポロマシー」って単語カンでましたもん。まがりなりとも「喋りのプロ」だったデニー氏がですよ(惨め)。だからですね「全くロックを感じ無い」んですよ。何処かの誰かが書いたペーパーでその場しのぎの「読むだけ公約」。「補助金漬けからの脱却で自立経済はどうすんの?」の問いかけには、「アジアのダイナミズムを取り入れ、日本経済を牽引する『新たな沖縄振興計画』を策定します」と、これも又代理店下請け継ぎはぎ原稿の安い匂いがプンプン。

ソフト左派はこんなんで喜ぶのでしょう。

デニー知事は例の尖閣発言を撤回した様子ですね。
今さらねぇ・・・
https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/433706?fbclid=IwAR13cqJcLD7bq2qW_4aL5cpznKauHUuawRIlL6Dci2mD1ChJZsRAlsjEdMg

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