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2019年6月14日 (金)

香港の100万人デモを「最後のデモ」にさせるな

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緊迫する香港の情勢は、とりあえず20日の審議再開は回避されたようです。

「【香港時事】香港で身柄を拘束した容疑者の中国本土への移送を可能にする「逃亡犯条例」改正案に関して、立法会(議会)は14日の審議再開も見送った。
 立法会は先に、20日にも採決すると発表したが、反対デモの勢いに押され、予定通りの審議は困難な情勢。一方、民主派団体「民間人権陣線」は、16日の日曜日に再びデモを実施すると発表した。
 立法会の梁君彦議長は11日、残りの審議時間を66時間に設定した。日程を考慮すると、最短7日間で審議は終わるとされるが、デモによる混乱ですでに遅れが出ている」(時事6月13日)
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190613-00000130-jij-cn

民主派は次の日曜日にも総力戦でデモをかけるとしています。
メディアの「逃亡犯条例」という表現にダマされて、日本人はよくある犯人引き渡し条約のひとつだというていどの狭い認識しかないようです。
あるいは、中国だって世界第2位の大国なんだから香港に国内法を適用したいのはあたりまえだろう、と解説するテレビ解説者もいました。

そんなにわかりきったことなら、なぜ香港で7人にひとりの人が立ち上がったのでしょう?
今日はそこから考えていきます。

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出典不明

中国には司法の独立がありません。すべての意思決定は中国共産党が行います。
したがって、思想・信条・結社の自由はありません。
自由な考えを持つこと、それを表明すること、そして仲間を作ること、それ自体が犯罪とされる国なのです。
デモは官許のものしか許されませんし、SNSには厳重な監視の目が光っています。

仮に中国において、今回のような民主要求のデモが起きれば、集まった段階で武警が飛んで来て容赦なく政権転覆扇動容疑者として逮捕され、収容所送りとなります。
そして政治犯は臓器売買の対象とされます。

では逆にどうして現時点でこの香港だけでは、自由なデモができるのか、そこが分からないと今回の100万人デモが理解できません。
それは香港は中国ではないからです。
え、中国大陸にあるだろうと思われるかもしれませんが、それは地理的な話。
今の繁栄する自由な香港を作ったのは英国です。

中国政府は香港を実効支配したことはないし、いまも不完全にしているにすぎません。
なにより、香港に住む香港人が自分のことを「中国人」とは考えていません。

「香港に住む人の大半は民族的には中国人で、香港は中国の一部だが、香港人の大半は自分たちを中国人とは思っていない。
香港大学が行った調査によると、ほとんどの人が自分は「香港人」だと考えており、自分は「中国人」だという人はわずか15%だった」
(ロイター2019年6月10日)
https://jp.reuters.com/article/hongkong-politics-extradition-idJPKCN1TB0Q2 

香港は台湾と似た性格があります。
それは、中国大陸に地理的に付随していながら、中国の支配が及ばなかった地域だということです。
台湾は、中華文明の外にあり続け、マラリアの猖獗する「化外の地」(けがい)でした。
中国の時の権力も、中国の権力・法律が行き届いていない地方だと認めていました。
だから、日本の支配を認めたわけですが、香港もまた別の意味で「化外の地」でした。 

英国の通信社であるロイターはこう述べています。

「香港はかつて、150年以上にわたってイギリスの植民地だった。香港島は1842年のアヘン戦争後にイギリス領となり、その後、イギリスは当時の清朝政府から「新界」と呼ばれる残りの地域を99年間租借した。
それからの香港は活気ある貿易港となり、1950年代には製造業のハブとして経済成長を遂げた。また、中国本土の政局不安や貧困、迫害などを逃れた人たちが香港に移り住むようになった」(ロイター 前掲)

英国が中国から香港を奪ったという表現をよくしますが、それ事実の反面にすぎません。
かつての中国において、香港は唯一の先進地域でした。
なぜなら軍閥が勝手気ままに割拠する地で、唯一香港のみが近代的な法の支配が行われ、それ故に自由経済が発展した都市だったからです。
「犬と中国人は立入禁止」というプロパガンダがありますが、そのような人種差別的側面がなかったとは言いませんが、当時の香港は混乱の巷であった中国大陸で唯一の自由が保証された土地でもあったのです。

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http://www.scentoflifediscovery.com/shanghai-bund/

ですから、ロイターが書くように「国本土の政局不安や貧困、迫害などを逃れた人たちが香港に移り住むようになった」のです。
これはいまでも変わりません。香港こそが第2次天安門事件30周年を追悼できる、中国大陸唯一の場所だということを考えれば、多少お分かりになるでしょうか。

返還後の香港は香港特別行政区となり、その自治がおびやかされる一方でしたが、いまもなお独自の法制度や国境を持ち、表現・結社・信条の自由などの権利も保障されています。
ここが決定的に、香港が「中国の一地方都市」ではない本質的理由です。

この香港の自治が揺らいだのは、英国の租借期限が切れる1999年の10年前から始まった中英交渉にあります。
英国と中国は大枠で返還に合意していたものの、一点でおりあいませんでした。
それが返還後の香港の法律を、中国の法支配とするか、従来の香港の法律を維持するかでした。

結局、英国と中国は折衷案として、50年間と期限を切って外交と国防以外では従来の香港独自の法律を認めるとしたのです。
つまり、法と行政においては自治権が認められたわけです。
これがひとつの国にふたつの制度という変則的な「一国二制度」でした。

英国は時代には逆らえないと諦めていましたし、中国は唯一の西側への窓口であり、かつ、世界有数の金融センターである香港の存在が、開放経済のテイクオフには必要だと判断したからです。

ところが中国は、おとなしく中英合意に従うようなタマではありませんでした。
中国はまだ50年の半分に満たない時期から、香港の「高度な自治」の城壁を壊し始めました。

それはまず言論の自由を奪うことから始まり、言論機関を中国系で買収していくことが進みました。

「人権団体は、高等法院が民主派議員の議員資格を剥奪したなどの事例を挙げ、中国政府が香港の自治に介入していると批判する。香港の書店員が次々と姿を消した事件や、ある富豪が中国本土で拘束されていることが分かった事件なども懸念を呼んでいる。
アーティストや文筆家は、検閲の圧力にさらされていると話す。英経済紙フィナンシャル・タイムズの記者が香港独立を目指す活動家を招いたイベントを司会をしたところ、香港への入国を拒否された」(ロイター前掲)

主要紙であったサウスモーニングポストは中国系資本に買収されて沈黙し、反骨社主が主宰する蘋果 ( りんご)日報は存続の際にたたされています。
英国は危機感を感じて中間査察を要求しましたが、中国は拒否しました。
ここで英国がチャイナマネーの魅力に負けて引っ込でしまったことが、香港を見捨てることにつながっていきます。

こうしてうるさい言論界を黙らせた中国が次狙ったのは立法と行政の中国化でした。

「香港政府トップの行政長官は現在、1200人からなる選挙委員会で選出される。この人数は有権者の6%に過ぎず、その構成はもっぱら中国政府寄りだ」(ロイター前掲)

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立候補を認めないとする選管の通知書を手にする民主派候補https://withnews.jp/article/f0181220000qq000000000...

なぜこうなったのかといえば、中国に抵抗する人たちの立候補がことごとく取り消されたからです。
ある女性候補は「香港の将来の政治体制は独立を含めて香港人が決める」という立場をとっていました。これは自分たちが将来を決める立場なことからから「自決」と呼ばれ、香港の若者の間では多くの支持を得ています。

「香港の選管は10月中旬、劉さんの立候補を認めないという決定をしました。「劉さんは香港独立を選択肢の一つにしており、香港は中国の一部という規定を受け入れていない」と判断したからです。劉さん自身は立候補の直前、香港独立を支持しないと明言しましたが、それでも過去の主張が問題視されました」(益満雄一郎2018年12月20日)
これは一般的に日本人が考えてしまうような親中派か反中派かというレベルの問題ではなく、民主主義の根幹である自由選挙制度を守るか否かでした。
このようにして、言論を封殺し、立法府を握り、親中派を行政長官に据えることで8割がた中国の支配は完成しました。
「高度の自治」で残るのは司法だけです。
これが骨抜きになれば、50年を待たずして香港はただの「中国の一地方都市」に転落します。
今、香港の民主派が戦っているのは、中国大陸における自由の砦を守る最後の戦いなのです。

 

 

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コメント

香港が米国の民主化謀略運動の拠点になるのを恐れたんですかね。中国は、人がいくら死のうが容赦ないでしょうね。こんなところで譲歩したら、中国本土の民主化運動に手がつけられなくなり、共産党が潰れれば、幹部は軒並み晒し首になるかもしれません。
米国では、対中国の投資法が成立し、米国資本の利用もできなくなるようです。中国共産党系諜報謀略組織(会社、投資家、研究者、学生、その他諸々)は急速に排除されるようですね…もうその先には…
日本は中国共産党の情報発信源となっているようですね…

今回の騒動の発端は、台湾で起こった殺人事件がきっかけです。
台湾で殺人事件を起こした犯人が香港へ逃げ、両国間には犯人引き渡し条約がないために事件の解決に至りませんでした。

この事を奇貨として利用しようとした中共傀儡の香港行政院が、台湾との引き渡し条約の引き渡し条約の必要性を説いた。「一つの中国」とのスタンスであれば、とうぜん中国との間での引き渡し条約も必須であるという論理的な帰結になります。

ところが台湾政府は今回の騒動をうけ、「香港とは引き渡し条約の締結を望まない」とすでに声明を出しています。
これで行政院の引き渡し条約締結の理由の大半は失われた事になります。

私個人の稚拙な考えではありますが、香港にも民主的なリコール制度はあるはずです。
人間の血を流すようなデモの効用を必ずしも否定するわけではありませんが、リコール制度のような民主的な方法を打ち続けて、最終手段としてデモをやるのが最も効果的と思うのです。

加油 香港 とここに書けば、ブログ主さんに何か迷惑が及ぶことになるだろうか。

朝日新聞「香港から中国移送 日本人も対象か」(記事本文は有料なので見出しだけ)
孫向文氏「在住 旅行 出張する日本人はすべて引き渡し法案の対象に該当」
であれば、「加油 香港」を掲げてデモをやる元シールズ他の諸君のような日本人が、先々香港に降り立つことがあった時には逮捕され得る、そんな法律がつくられようとしているわけだが。

香港の皆さん、耐えて堪えて生き延びて。
「あのような弾圧をする国にあなたは協力するのですか?」それが世界の踏み絵になる日が近づく。
チャーヤウ ホンコン
加油 香港

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