サウジを攻撃したイラン強硬派の意図
サウジの石油基地攻撃について、追加情報が上がってきました。
サウジは突貫工事で今月以内に元の生産量に戻すと言っています。
慶賀の至りで、これで国際経済の影響は最低限となりました。
といっても、シェールガスが実用化され、いまやトランプをして「わが国にはタンカーなんか一隻もないぞ」と豪語している世界最大の産油国・米国にとって、サウジが燃えようとどうしようと痛くもかゆくもありません。
それにしてもタンカーが一隻もない事を自慢できる大国は強いですなぁ。
中東に全面依存している中国と大違いです。
したがって、米国にとってかつての湾岸戦争時のように原油の安定供給を念頭に置く必要がなくなりました。
それにつれて中東は米国にとって、オレにとってあんまり関心ないやで済むテーマになりつつあります。
覇権国としての責任上、トランプ以外はおおっぴらに言いませんが、サウジはもはや米国にとって重要な戦略的価値を失っているのです。
それにしても今回、世界の軍事専門家たちを呆れさせたのは、サウジがみすみす最重要施設である産油基地を、25基もの巡航ミサイルと軍用ドローンで攻撃され、それに小指一本抵抗できなかったことです。
なんだ、中東最強と自称してきたサウジの防衛力ってこんなもんだったのか、と多くの人がそう思いました。
もっともサウジのために弁護してやれば、小型で低空を飛んで来るドローンはレーダーに引っかかりにくい上に、撃墜も難しいのですがね。
巡航ミサイルは低速で回避行動がとれない低速ジェット機にすぎませんから、それなりに対処できますが、ドローンとなると登場したのが近年ですから,まだ撃墜方法は確立していないかもしれませんね。
防衛したい施設周辺にジャミングを張っておくかするしかないのかな。
まぁムハンマドさんは、このあまりの国軍の無能ぶりに怒って、そこら中を蹴飛ばしたのではないでしょうか。
さてこのサウジ攻撃は、イランから発射されていることが突き止められています。
使用したのはその残骸から新型のデルタ翼の軍事用ドローンと巡航ミサイルであることが分かっています。
上の写真はイランの自爆用ドローンに似ていますが、新型のようです。
JSF氏ツイッター
もう一枚の写真はイランのQuds(コッズ)-1巡航ミサイルです。
これはイラン製の最新鋭地対地巡航ミサイルですが、オレがやったと名乗り出ているイエメンのフーシ派ゲリラが製造できるはずがなく、もちろん供与したのはイランです。
推測飛行ルートも分かってきました。
米国専門家のマイケル・エレマン氏は、発射地点はフーシ派のイエメンではなく、そのものずばりペルシャ湾北部のイラン南部から発射されて南下し、クェートを経て施設の西側から攻撃したとみています。
では、これだけすぐバレる攻撃をなぜイランはとったのでしょうか?
逆説的にいえば、バレてかまわなかったからです。
その理由は、この攻撃によって、誰が最も利益を得るかを考えれば自ずと回答がでます。
首謀者はイラン強硬派です。
イランはいわば二重権力になっています。
ハメネイ師とロウハニ大統領です。
下の産経(2019年6月12日)のイラン国内関係図を見てください。
https://www.sankei.com/world/news/190612/wor190612...
最も上位にあるのは赤丸がついているハメネイ師です。
ロウハニ大統領と違って選挙で選ばれていませんから、国民は辞めさせるわけにはいきません。
国会などというややっこしい民主的手続きも不要です。
一般国の元首に相当しますが、他国のそれが権威的存在であるのに対して、なんと軍隊を二つも握っていて牽制し合わせています。
国軍と革命防衛隊(IRGC)の指揮・統帥権、さらには警察・司法もハメネイの掌中にありますから、なんだ絶対的独裁者じゃん、ということになります。
黒井文太郎氏の説明によれば、このハメネイは細々としたことまで決めているわけではなく、実際に決定権を行使しているのは、彼を補佐する側近集団「最高指導者室」であり、そのなかの安全保障政策担当「最高指導者軍事室」(室長ムハマド・シラジ准将)です。
その最高指導者軍事室の指揮下に「イラン軍事参謀総長」(現在はモハマド・バケリ少将)が指揮する国軍最高指導部が置かれています。
今回イランがかかわったのなら、このシラジ准将が企画立案の責任者のはずです。
日経
また一方の強大な軍事勢力である革命防衛隊や、民間人を取り締まる司法も同様にこの「最高権威」の下に属しています。
逆に言えば、大統領という世俗権力が掌握できるのは、経済や社会の純粋に民間の部門にのみ限定されていると言っていいでしょう。
とりあえず外交権は内閣が持っていますが、それさえも政府とは無関係に革命防衛隊がそこかしこに軍事介入したり、工作員を浸透させたりしていて引っかき回していますから、存在感は希薄です。
国軍と革命防衛隊は、比喩が正しいかどうか分かりませんが、ナチスドイツにおける国軍と親衛隊の関係に似ています。
革命防衛隊はナチス親衛隊(SS)から発展した武装親衛隊(Waffen-SS) のようなもので、国軍並の装備と兵員を抱えています。
このいかにも革命国家らしい組織は、イラン革命の時に故ホメイニ師の親衛隊として発足しました。
ナチスで言えば初期の突撃隊(SA)時期に革命の荒事を一手に引き受け、1979年に権力を握った後は反ホメイニ狩りの急先鋒として親衛隊化しました。
そしてイラン・イラク戦争(1988年~88年)で、前線に国民を動員する働きをし、優先的に予算を与えられて国軍をしのぐ軍事勢力として武装親衛隊化しました。
実はイラン革命の指導者たちは国軍がパーレビのものだったためにまったく信用しておらず、革命防衛隊を対抗勢力に仕立て上げて、国軍の監視をさせるつもりだったようです。
この関係はいまだに変わらず、国軍と革命防衛隊はいまでも水と油、犬と猿の仲です。
現在この革命防衛隊は、ハメネイ最高指導者が君臨する「最高指導者室」の直系です。
https://www.iza.ne.jp/kiji/world/news/190613/wor19...
かつてはテヘランの米国大使館占拠などもやり、かなり長期に渡ってパレスティナのヒズボラやイエメンのフーシ派などのテロリストに対する資金・武器供与や軍事軍連、果ては直接にシリアアサド政権の軍事支援にまで関わっています。
いまや中東最凶の団体として、米国からテロ団体指定のお墨付きまで得ています。
先日の日本タンカー襲撃事件もたぶん革命防衛隊の仕業であることが濃厚です。
ロウハニ大統領はまったくこのイランの国軍・革命防衛隊の指揮権を持っていません。
ペルシャ湾で日本タンカーが襲撃されても、へぇーってなもんだったでしょう。
やや説明が長くなりましたが、この普通の国にはないイラン特有の国内勢力図がわからないと、今回の事件は理解できなくなります。
というのは、常識的にかんがえると、なぜ「いまの時期にサウジを攻撃するのか」がわからないのです。
「攻撃のタイミング自体に、大いに怪しむべき点がある。攻撃が行われたのは、まさにドナルド・トランプ米大統領が今月下旬の国連総会の場でのイラン大統領もしくは外相との外交交渉を可能にするため、厳しい対イラン経済制裁の若干の緩和を検討していた時だった。
フランスも、まさにこうした若干の関係改善に向けて、精力的な働きかけを行っていた。 しかし、突然始まった外交的動きを好ましく思わない勢力も多い。
そのうち一部は、動き始めた外交プロセスを停止させるような危機を生み出すため、ミサイルを活用できる立場にある。恐らくこれが、週末の出来事の説明になると思われる」(ウォールストリートジャーナル9月17日)
https://jp.wsj.com/articles/SB12696131808382783557304585555240552165732?mod=WSJ_article_EditorsPicks_3
トランプは現在イランと「前提条件を作らない」直接交渉しようと考えていました。
相手はもちろんハメネイではなくロウハニです。そのためにイラン制裁を緩めてもいいというシグナルを送っていて、その一環が強硬派と言われたボルトンの解任でした。
また日本も、ロウハニを通じて仲介を準備している直前でした。
日本タンカーの襲撃など、安倍氏が訪問した矢先でした。
この緊張緩和の動きを壊したい連中、即ち強硬派が、今回のサウジ攻撃を仕掛けたのです。
ウォールストリートジャーナルはこのように指摘しています。
http://agora-web.jp/archives/2033648.html
「容疑者リストの筆頭に挙げられるのは、イラン政府内の強硬派だ。国際社会のみならずイラン国内でも、多くの人々は、オバマ前政権下でまとめられたイラン核合意からの離脱をトランプ氏が決めたことを危機と捉えた。しかし、イラン国内の一部強硬派は、これを好機と受け止めた。
イラン革命防衛隊の指導者を含む強硬派は、そもそも核合意を好意的に受け止めていなかった。むしろ核合意が廃棄されれば、核および弾道ミサイル開発の取り組み強化の論理的根拠になると考えている。
またイランの強硬派は別のことも知っている。米国との外交的なダンスをやめることに加え、サウジの石油施設を攻撃すれば、欧州とアジアの指導者たちを怖がらせ、米国の経済制裁に対する何らかの救済措置を引き出せるかもしれないことだ」(WSJ前掲)
ハメイニに率いられた革命防衛隊などのイラン強硬派は、イラン核合意を邪魔者だと考えていました。
こんなものがあるからイラン悲願の核武装ができないのだ、軟弱モンがオバマにだまされやがって、核さえ握ればイスラエルを海に蹴落とし、サウジを叩き潰し、中東の覇権国となれる、これが強硬派の本音でした。
そこにトランプが別な思惑でイラン核合意を壊すと言い始めたので、皮肉にもトランプと平仄が合ってしまったわけです。
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戦前の日本にも似てるようですね。昭和天皇は偉大で合理主義者でしたが、軍部の強硬派が統帥権を好き勝手に解釈して、暴走したと思います。
原油高騰は中国にとって痛いと思いますが、イランが米国と仲直りなんかしたら、ますます孤立しますね。
北朝鮮とイラン砦は中国の絶対国防圏でしょうか。
日本は、今回のような攻撃を受けても、海岸沿いに並んでいる重要施設は防備できるんでしょうか。
投稿: オイラー | 2019年9月19日 (木) 08時28分
トランプさんは「報復」を口では言いましたが軍事攻撃などするつもりはなく、効果的な報復など出来ようはずがありません。せいぜいが経済制裁か、サウジ軍の後方支援やサイバー攻撃止まりでしょう。
ボルトンの更迭はFOXのタイラー記者(板門店に同行していた記者)が、「武力攻撃路線を取るならば、再選はない。ボルトンを切るべき」との進言に従った事はもはや通説です。
イランは安心してサウジを攻撃出来たと思います。
トランプ大統領はイラン強硬派のみならず、北朝鮮にもすでに見切られていると思われます。
平壌に呼びつけられる失態は回避出来たもようですが、あのディールとか何とかはイランや北朝鮮にはまったく意味をなさないです。「上手くやってますよー」という自陣営へのポーズにすぎません。
会談がしたくて仕方ないくせに、米韓演習を極限まで手抜きしつつ正恩のお望み通りにボルトンを切って見せたのですから、北が増上慢になるのは当たり前です。
中共に対して以外は、あるいはオバマ以下かも知れません。
それに、国務省の目論見のような、ロウハニ大統領は穏健派だし、イラン国民の大半は親米的ではありますが、強硬派との分離政策などあり得ないと思います。
効果的な介入がなければ、その前にサウジ=米同盟の方が先にヒビが入る可能性の方が信ぴょう性があるのでは?
サウジがあれだけやられておきながら報復がないならば、尖閣なんぞで米軍が動いてくれるのかどうか? まことに心配です。
一方、ずる賢い(いい意味です)安倍総理は会談で、トランプの好きな米・イラン会談の推進を表向きにして、イランに友好的姿勢を示す事ができ、日本のタンカーの安全を確保したいチャンス到来なのでしょう。敵対的になる誤解を避けるため、有志連合はおろか護衛艦の派遣すら見送るのではないでしょうか。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2019年9月19日 (木) 09時35分
> トランプ大統領はイラン強硬派のみならず、北朝鮮にもすでに見切られていると思われます。(山路)
キムジョンウンへの圧力はまだ継続してあるのではないでしょうか?経済制裁も効いているのでは。アメリカの大きな戦略はまず中国を潰せば北朝鮮はどうにでもなると思っているのではないでしょうか。
私が分からないのは、なにゆえ大統領はキムジョンウンとの会談を強く望んでいるのかということなんです。私の推測通りであれば、当座北朝鮮が暴発することはない状況では中国対策に専念できるはずです。
>サウジがあれだけやられておきながら報復がないならば、尖閣なんぞで米軍が動いてくれるのかどうか? まことに心配です。
いったいサウジはどうなっているのでしょうかね。屈辱にたえるしか対応はないのだろうか?軍事力が弱いのか?
尖閣は自衛隊が本気で対処することが大事だと思います。戦争も辞さないという強い態度です。国民も覚悟しなければならない。そうであれば、日米同盟は発動できる。
投稿: ueyonabaru | 2019年9月19日 (木) 11時39分
今日のフロント記事中、専門家会議というものがありますが、これはイスラム法の専門家のことでしょうか?それは国民投票で選出されると理解しますが、同様な国民投票で大統領も選出されるということでしょうか。
投稿: ueyonabaru | 2019年9月19日 (木) 11時47分