イラン、サウジ石油施設を攻撃する
9月14日、サウジのブキャクとクーライスの油田地帯。アブカイク精油工場という世界最大の石油施設が攻撃を受けました。
今までも陸上からアルカイーダが自爆テロをしたことはありましたが、失敗に終わっています。
今回は、10発のドローン、ないしは巡航ミサイルによって、炎上させることに成功し、操業を途絶させています。
サウジアラムコ(石油公社)によると、ブキャクは、原油精製プラントとしては世界最大であり、打撃は当初予想されたより深刻なようです。
「イエメンのイスラム教シーア派武装組織フーシ派によってアブカイクの石油施設を攻撃されたサウジアラビア国営石油会社サウジアラムコは、早急な石油生産回復への楽観を後退させつつある。事情に詳しい関係者が述べた。
フーシ派の攻撃によって世界の石油供給の約5%が途絶され、原油価格は過去最大の値上がりとなった。アラムコは当初、数日以内に相当量の原油生産を再開できると見込んでいたが、現在では想定以上の時間を要する可能性があると、同関係者が述べた」(ブルームバーク9月16日)
アルジャジーラ 9月14日、何者かの攻撃を受けて炎上するサウジアラビア東部アブカイクの石油施設
この原油施設では、1日に原油700万バレルを石油製品に変え、パイプラインでペルシャ湾と紅海にある積み出し港へ送出しています。
クーライス油田は日産100万バレルで、埋蔵量はサウジアラムコによれば200億バレルと世界最大級です。
位置関係は下の地図をご覧下さい。
サウジとイランという共に天を戴かざる宿敵同士が、ペルシャ湾ひとつ隔てて向かい合っているのがわかります。
皮肉にもこの憎悪を募らせている両国は、生命線を共通させています。
それが、ペルシャ湾付近に展開する原油基地とその石油積み出し港、及びペルシャ湾タンカールートです。
また今回ドローン(あるいは巡航ミサイル)が発射されたのはイラクではないかという情報もありますが、イラクからサウジの原油施設は指呼の距離にあります。
攻撃を受けたサウジアラムコの施設ではサウジアラビア国内での生産量の半分、 世界全体の 5%を担っており、 当初、サウジからの原油輸出が半分になるとの情報も飛び交いましたが、IEAは直ちに鎮静化に走りました。
「国際エネルギー機関(IEA)は14日、サウジアラビア東部の国営石油会社サウジアラムコの石油施設2カ所が無人機による攻撃を受けたことに関連し、当面の原油供給には問題がないとの見解を明らかにした。「十分な量の商業在庫がある」としている」(産経9月15日)
このIEA声明にもかかわらず、国際原油価格は高騰しました。
下図のように現在、ヨーロッパ原油価格のの指標となる北海ブレント、米国の指標WTIはいずれもハネ上がっていて、当面世界の原油高基調は避けられないと思われます。
下図は右端が切れていますが、クリックすると今週の高騰がわかります。
いままで原油市場が軟調だっただけに、意外とサウジはイランを罵倒しつつ、内心ほくほくしているかもしれませんがどんなものでしょう。
もっとも大喜びするのは、原油一本のモノカルチャーで国を支えているロシアです。
日本への影響も当然でるでしょうが、日本の場合、石油調達の大部分は契約調達であって、時の市場価格とかならずしも連動しません。
一方わが隣国の韓国は、スポット買い中心のために、国際市場価格上昇をモロに受ける事になります。
今、そうとうに経済を悪化させているかの国にとって、さらに悪い影響がでるのは避けられないと思われます。
「サウジアラビアの石油施設への攻撃を受け、原油価格が急上昇した。国際的な指標原油の北海ブレント原油先物は16日、一時19%も上昇。原油急騰による物価上昇が景気を冷やすおそれもあり、各国で株価が下落した。トランプ米大統領は15日、原油の供給不安を和らげるため「必要に応じ、戦略石油備蓄を放出することを承認した」と表明した」
(日経9月16日 上グラフも同じ)
ムハンマド皇太子
サウジはムハンマド皇太子が経済改革を進めている真っ最中なために、大きな痛手とはなるでしょう。
彼は皇太子ながら事実上のサウジのトップですが、ハンサムな男ですが(関係ないか)、よく言ってあげれば「リスクを恐れない大胆な性格」、悪く言えば強権的かつ独裁的な性格です。
彼は、野心的な改革を断行すると同時に、自らを批判するジャーナリストに対しては、トルコ国内まで追いかけて暗殺したりしています。
今後、ムハンマドはフーシ派とその後ろ楯であり、今回ドローン(ないしは巡航ミサイル)を提供したことが確実視されているイランに対して厳しい反撃に出ると思われています。
それにしてもサウジ軍はイラン国内で無差別爆撃で民間人を多く殺すことには有能ですが、最重要施設に向けてワラワラと飛んできたドローンにはまったくお手上げだったわけで、ムハンマドの怒りを買うことは避けられないことでしょう。
イランは否定していますが、犯行声明を出したフーシ派はイランが作った反政府軍事組織であり、それにはイランの特殊工作部隊「コッズ部隊」が手を貸しているといれています。
今回の攻撃がドローン だった場合、民間用のホビー用ドローンではなく、爆薬が搭載可能な軍事用ドローンであり、ましてや巡航ミサイルならばイラン以外の国が提供するということはありえません。
今回が「コッズ部隊」といったハネ上がり分子だけの独走なのか、それとも政権中枢や国軍まで了承してのものか、現時点ではわかりません。
イラン・イスラム革命防衛隊 http://parstoday.com/ja/news/world-i52547
ロウハニ大統領は軍事指導系統からはずされている、という黒井文太郎氏の分析もありますので紹介しておきます。
「誰が現在のイランの対外戦略を決めているのか?
最終的な決定権者はもちろんハメネイ最高指導者だ。しかし、最高指導者が細かいところまですべていちいち指示しているわけではない。実際に決定権の多くを行使しているのは、いわばイスラム保守派=軍部連合とでも呼ぶべき陣営だ。
ハメネイ指導者がトップに君臨し、それを補佐する側近集団「最高指導者室」があって、そのなかに安全保障政策を担当する「最高指導者軍事室」(室長はムハマド・シラジ准将)がある。
最高指導者軍事室の下には「イラン軍事参謀総長」(現在はモハマド・バケリ少将)という役職が置かれ、このポストが事実上の軍部トップ。その指揮下に、イラン国軍とイスラム革命防衛隊、警察治安部隊がある」(ビジネスインサイダー)
https://www.businessinsider.jp/post-198848
また今や国軍と並ぶ大きな軍事力に成長した革命防衛隊は、ハメイニ最高指導者が君臨する「最高指導者室」の直系です。
「革命防衛隊は、イスラム保守派の牙城だ。故ホメイニ最高指導者の親衛隊として発足し、イスラム革命の担い手と位置づけられた。1979年の革命直後の混乱期には反ホメイニ陣営を粛清する働きをしたが、その後イラン・イラク戦争(1980〜88年)を通じて優先的に予算を投じられ、巨大な軍隊に成長した」(黒井前掲)
なお、米国は上の19箇所の着弾跡(フーシ派の主張するドローン個数とは違いますが)の衛星写真を公開しており、「臨戦体制をとる」と言っています。
こごし、トランプは軍事的手段には消極的なことは知れ渡っており、おそらく軍事攻撃はしないと思われます。
ボルトンなら限定攻撃を進言したでしょうがね。
その証拠に、トランプはイランのロウハニ大統領との直接会談の線も捨てていないようです。
ということは、トランプがロウハニなどの政権中枢は、今回のテロ攻撃と無関係であると考えて、イランを分断しようとしているとも受け取れます。
「【9月16日 AFP】サウジアラビアの石油施設へのドローン(無人機)による攻撃に関し米国はイラン関与との見解を示したが、ドナルド・トランプ(Donald Trump)米大統領は依然、イランのハッサン・ロウハニ(Hassan Rouhani)大統領との会談を望んでいる。ホワイトハウス(White House)が15日、明らかにした」(AFP9月16日)
なお、日本の原発もドローン攻撃受けたら炎上するぞなんて、ここぞとヨタを飛ばしている者もいるようですが、ご期待にそえませんが、原発にはそんな可燃施設はありませんし、格納容器と建屋で二重に防護されている原子炉にドローン攻撃しても無駄です。
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