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2019年9月 6日 (金)

Freedom HKG !

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香港は絶対に勝たねばならない戦いです。
なぜなら、民主派が勝たねば、その後に来るのは血の弾圧とウィグルのような超監視社会が到来するからです。
ここが自由主義国の反政府運動一般と香港民主化運動が決定的に異なる点です。

ムン・ジェイン政権を作った「ろうそくデモ」に歓喜し、これこそが民主主義だと叫び、現地にまで応援に行ったような日本のリベラルは、どうして沈黙しているのでしょうか。
なぜならいま、香港で戦われている戦いは、他ならぬ彼らが常日頃至上の価値の如く言っていた基本的人権を防衛する戦いだからです。

思えば香港市民が求めているのは、ほんとうにつましい権利です。
たとえばそれは紙に書かれているような崇高で抽象的なことではなく、自由に集会示威行進をする権利、不当に警察に逮捕されたり、警棒で乱打されない権利、拳銃で撃たれない権利、催涙弾で失明しない権利なのです。 

周庭氏によれば、このわずか3か月で自殺者8人、失明3人、親北京派のナイフによる襲撃で重傷者2人、逮捕者1000人超、起訴100人超、負傷者無数だといわれています。
周庭 Agnes Chow Ting (@chowtingagnes) | Twitter

警官の暴行はスマホで撮影され、直ちに世界に配信されて、ほぼリアルタイムで見ることができます。
ウィグルやチベットならばとうに中国政府は治安軍を投入し戒厳令を敷いたことでしょう。
しかし、香港には今だ自由の旗が翻っています。
警官の暴力も即座にSNSで世界に拡散します。
世界の眼こそが民主派の最大の武器なのです。

 

警官の暴力は今や統制が効かなくなっています。
警官は警棒を抜き、催涙弾を発射し、時には拳銃すら抜きます。
警棒を安易に抜くこと自体が日本ではありえないことですが、あろうことか香港警察はデモ隊の頭部を狙って打ちすえています。
しかもかつての日本のように過激派相手ではなく、デモから帰宅しようとしているなんの罪科のない一般市民に対してです。

下の写真は地下鉄構内で起きた警官隊による無差別暴行事件です。
これは犯罪です。警官の衣を着た暴力団です。

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ぜひ彼らの度はずれた暴虐ぶりをユーチューブでご覧頂きたいと思います。
https://www.youtube.com/watch?v=wxT6zp_HWSQ

「香港警察の治安部隊と機動隊は8月31日夜10時半ごろ、抗議者を拘束するために、香港地下鉄の旺角駅や太子駅などに入った。立場新聞などによると、太子駅の構内に止まっている電車内に進入した警官隊は、警棒で乗客らの頭を狙って殴打した。また電車の外にいる警官らは、乗客に催涙スプレーを噴射した。警官からの突然の襲撃に、市民らは悲鳴を上げた。頭から血を流す負傷者もみられた。同駅構内で、10人以上の市民が拘束された」(大紀元2019年9月2日 )
https://news.livedoor.com/article/detail/17020379/

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すなわち香港が求めているのは、一般的な自由ではなく、人が人してとして自由に生きるための最低限の権利であって、それは自由主義社会の「空気」のようなものです。
この「空気」を奪おうとしているのが香港行政府であり、それを命じているのは中国政府です。
この戦いに対して私たち自由主義社会の市民が座視するなら、それは享受している自由が与えられたものでしかないことを白状しているようなものです。
自由とは、香港市民のようにもぎ取るもの、自由に生きていく権利を絶対に手放さないことを決意した時点から始まるのです。

香港の若者のツイートです。
https://twitter.com/FreedomHKG

The bill was just one of the issues that triggered this Political and Humanitarian crisis.
"Everyone realized that if today students are beaten, tomorrow, anyone can be beaten as well."
法案は、この政治的および人道的危機を引き起こした問題の1つにすぎません。
「誰もが、今日の生徒が殴られれば、明日は誰もが殴られててもよいことに気づきました。」

Edoltnsuuaasvgo

Secondary students singing "Do You Hear The People Sing" instead of the Chinese national anthem during the school Inauguration ceremony. They remained silent when the school anthem was played & chanted slogans afterwards.
学校の就任式で、中国の国歌の代わりに「Do You Hear The People Sing」(※レ・ミゼラブル「民衆の歌」)を歌う中学生。 学校の歌が演奏され、その後スローガンが唱えられたとき、彼らは黙ったままでした。

Do You Hear The People Sing

Do you hear the people sing?
Singing a song of angry men?
It is the music of a people
Who will not be slaves again!
When the beating of your heart
Echoes the beating of the drums
There is a life about to start
When tomorrow comes!


民衆の歌が聞こえるか?
怒れる者たちの歌う声が
それは民衆の歌う歌
二度と奴隷にはならぬ者の歌
胸の鼓動が
太鼓の響きと重なって
明日が来れば
新たな暮らしが始まるのだ

いま、この歌を歌う権利を持つ者は、香港市民だけです。
https://search.yahoo.co.jp/video/search?rkf=2&ei=UTF-8&dd=1&p=Do+You+Hear+The+People+Sing&st=youtube

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さて、いま香港における民主化闘争は厳しい局面を迎えています。
行政当局は融和のエサを投げています。
キャリー・ラム(林鄭月娥) が昨日の記者会見で受けた質問です。

「また香港公共放送RTHKの記者は「市民の恐怖心を払拭するため、政治的責任はいつ取るつもりですか。いつになれば進んで辞任するのですか。いつになれば警察を制止するのですか」と詰め寄った」(AFP8月13日上写真も同じ)
https://www.afpbb.com/articles/-/3239740

この記者の質問のように、今や焦点は法案撤回などにはなく、行政長官の責任の取り方とその後の新長官の選出方法に移っています。
行政長官が辞めねばならないのは、あまりにも当然のこと。
キャリー・ラムはその非道と無能の報いを受けるべきです。
しかしただ辞めるだけではなく、このような大量の警察の暴力によって大量の負傷者を出したことについて、誰がどのような責任を取るのかを明らかにしてから辞めねばなりません。

そのために第三者検証機関による実態の解明が図られるべきで、警官隊暴行事件について、①命令下された経過と責任の所在、②現場責任者、③現場警官の状況、③暴行状況、④被害者状況、⑤責任者及び実行者の処罰など多方面から香港政府の政治責任は問われねばなりません。
その検証機関を、ラム行政長官は責任をもって設置すべきです。

また、自らの辞任の後の行政長官をどのようにして選出するのかについて、その枠組みを作らねばなりません。
今までのように長官職が中国政府が指名する人物しかなれないのではなく、普通選挙によって公正に民主的に選出されねばなりません。

「行政長官は選挙委員会による間接選挙によって選出されるが、任命するのは国務院中央政府の行政府)である。そのため、香港政府について理解するには、国務院など中央政府との関係を理解する必要もある」
香港特別行政区政府 - Wikipedia
港政府トップの行政長官は現在、1200人からなる選挙委員会で選出される。この人数は有権者の6%に過ぎず、その構成はもっぱら中国政府寄りだ。
立法会の70議員全員が香港の有権者に直接選ばれているというわけではない。議席の大部分は、親中派の議員が占めている。有権者によって選ばれた議員の中には、忠誠の誓い(「中華人民共和国香港特別行政区への忠誠」というもの)を正しく述べることを拒否したり、「香港は中国ではない」と書かれた旗を掲げたりしたことで、議員資格を剥奪された者もいる」(BBCニュース )

民主化デモは5つの要求を持っていますが、この中で移送法撤回と並ぶ重要さがあるのは、この行政長官の普通選挙の実施です。
これが保証されないかぎり、今後もまた香港政府は、中国政府の命じるままに一国二制度を定めた香港基本法を破壊する法案をなんどでも出してくることでしょう。
この繰り返しを断つには、まずは行政長官の民主的選挙を確立せねばなりません。

あれやこれや要求する段階は過ぎました。
5つの要求を並列するのではなく、行政長官の普通選挙を高々と掲げて勝ち取るべきです。

Freedom HKG !

 

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コメント

昨日は記事に関係のないコメントですみませんでした。
香港の状況を見ると、自由とはタダ同然で当然享受できることではないことが分かりますね。
これだけの現代の市民革命に対して、日本のマスコミは冷たいですね。
本当に左翼政党が沈黙しているのは、自分は中共と関係があると自白してるようなものですね。
香港の状況に鈍感だと、日本もすぐに戦前の二の舞になりますね。暴力を前にしたら、私なんかもすぐに沈黙して、体制側に順応してしまうかもしれません。
香港の人々の勇気には驚かざるを得ません。

今、香港で起きていることの背景について、当初の取決めをきちんと整理して世界中の人と中国共産党と英国が理解する必要があるのではないかと考えます。
1984年12月、香港の主権返還を決めた「中英共同宣言」に中国共産党と英国が北京で調印してから、当初は、50年間外交と防衛を除き、言論の自由を含む民主社会や資本主義経済システムなどを2047年6月30日まで維持し、香港における高度な自治を保障することが重要な柱の約束でした。
 共同宣言を具現化した返還後の香港の憲法にあたる『香港基本法』には、行政長官と立法会(議会)の議員全員(現在は定数70)を「最終的に普通選挙」で選ぶと明記してある。 しかし中国は、長官選への1人1票の制度導入を07年から17年まで遅らせた上、民主派の立候補を事実上認めないとの基本法にはない前提条件を2015年8月に突きつけました。
普通選挙の名のもと、実際は中国共産党政権が認定した人物を長官にすえ、その後に控える立法会の議員選でも同じ制度を適用、結果的に親中派が香港の行政も立法も牛耳る工作を継続して行っています。
実際問題、「50年間」という約束が「永久に」とならない限りは、本当に香港の人々が心から納得することはないのではないかと思われます。

長期戦になるであろうからこそ、勝って生き残らねばならない戦いなのですね。

香港返還以来、越してきた本土組の人数は増えて、半数が本土人子弟の中学校などは学内が分断状態だと聞きました。
大学や20代は香港独立派が多数ですが、5年経てば入れ代わります。その間に本土子弟の若い子達がどれだけ「自由のかけがえなさ」を肌身で感じて香港人になれるのかが鍵ではと思います。

これだけの事をやらかしてもなお日本は習氏を国賓待遇として迎え入れるんでしょうか?

この事について日本の左側の政治家や論客からはなんのコメントも出ないのでしょうか?

かつては自由のために横暴な政府と闘った方も多くいるでしょうに、香港で自由と人権のために闘う若者たちは無視なんでしょうか?
これで「安倍の独裁」と息巻いてもなんの説得力もないですよ本当に。

のりさんの説明された香港返還からデモに至るまでの過程をきちんと映像化して特番等で放送出来ないようでは公共放送を名乗る資格もないですね。
どこの放送局とは言いませんが。

共産主義国家自体が個人の自由を否定することによって
しか存在できないという全体主義国家なもんで、水と油の
例えの通りです。個人の自由を優先するならば、共産主義
なんていう出来損ないの制度はブッ壊すのが一番です。

それにより既得権を失う共産党幹部や影で共産党を利用
している地方政府幹部は、暴力を使って、自由を求める人
民を脅迫してでもテメエらの利益を手放そうとしないあきれ
たクソ野郎達であるのに、そんなヤツらの国家が、なぜだ
か崩壊せず、崩壊の前兆もなく、「そのうち崩壊するさ」程
度のウワサしか立たないという現実が不甲斐ない。

ソ連崩壊については、米中ともものすごい研究をしていて、
中共や北朝鮮を崩壊させる・させないのせめぎ合いが現在
の状況なのは理解できますが、民主主義というのは全体
主義に比較して一致団結という意味からは非常に劣ってい
るので、人道・人権的に香港市民に助太刀するという国々
が出てこないのが歯がゆいところです。本来、英国や日本
や台湾(や韓国???)は、米国を巻き込んで香港市民の
側につくべきですわ。中共がイヤがっても、都市部の中国
人民は香港側につくかも知れません。

普段、反権力・人道屋・人権屋で御活躍の日本の似非リベ
ラルの、口だけで(口さえダンマリ)何もしないのは、本当に
芸術的な身のこなしで、感心も得心もしていますわ。こんな
時に、「表現の不自由」だなんてスバラシイ。

この歌の続きには、

The blood of the martyrs
Will water the meadows of France!
殉教者の血潮が
フランスの野を赤く染めるのだ!

というフレーズがあり、一気に血なまぐさくなります。
2番3番あるあるなのでしょうけれど。

何かを得るのに代償が付き物ですが、
現代の革命は近代のそれとは違うと思いたいです。

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