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2019年10月 7日 (月)

追い詰められた中国とキャリー・ラム

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香港では「覆面禁止法」に対する強い反発が生まれました。あの毎日新聞すら同情的な書きっぷりです。

「香港で6日、再び大規模デモがあり、大雨のなか、数万人が参加した。政府が「緊急状況規則条例」(緊急法)を発動してデモ隊が顔を隠すことを禁じる覆面禁止法を5日に施行したことに対し、市民の怒りが爆発した。平和的なデモだったが、警察は終着点の手前で催涙弾を相次いで発射し、大勢の市民が逃げ惑った。その後、各地で若者らと警官隊が衝突し、多数が拘束された。一方、民主派議員団は5日、両法の取り消しを求める司法審査を高等法院(高裁)に申し立てた。
 デモでは顔を隠した市民も多く、家族連れやお年寄りなど幅広い層の市民が行進した。マスクをして子供2人と参加した曽淑恵さん(39)は「覆面禁止法が市民の怒りを招いて逆効果だと理解できない林鄭月娥行政長官は、市民の気持ちがまるで分かっておらず、辞任すべきだ」と語気を強めた。中心部以外でも各地で抗議活動が展開された」(毎日10月6日)

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https://www.sankei.com/photo/story/news/191004/sty...

私たち日本人にとって「自由」は空気のようなものです。
自由に政治的な意見を述べ、自由に議論できる、街頭でデモをすることもできる、警察に禁止する権限はない、そして必要があればグループを作って選挙に出ることも可能だ、これが民主主義国家に住む国民の自由です。
このような社会においては、政治表現をするに際して自らの姿をさらしたとしても、不利益を被ることはありません。

私たちの国の憲法においては、第19条思想・良心の自由、第20条信教の自由、第21条集会・結社・表現検閲の禁止、通信の自由、第23条学問の自由に定められています。これらがいわゆる人権条項です。
また選挙に関しても、第43条に「両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する」とあるように、自由選挙以外が世の中にあるとは想像すらつきません。

これは日本国民の政治的「資産」です。
この国民の思想・信条、政治表現の自由があり、それが自由選挙によって担保されることによって、初めて社会や国家はより良い方向に進化することが可能なのです。
このような民主主義体制を持つ国において、顔を隠してデモをする必要はありません。うさん臭さを自己主張しているようなものですからね。

しかし全体主義国家においては、これらすべての民主的諸権利が奪われています。
仮に憲法にキレイゴトが書いてあったとしても、そのようなものは現実には飾り物にすぎず、権威主義的な政治体制によって奪われています。
このような全体主義国家は国民を権力者に縛りつけ、口を塞いで窒息させようとする牢獄です。
香港の戦いは、ひとことでいえば、この民主主義の「空気」を奪い返す戦いです。
砕け散ろうとしている自由を守ろうとする戦いです。

1997年の香港返還において、50年という期限つきで民主主義の「空気」が保証されていました。
本来ならば、50年後に当たる2047年までに、全体主義を選ぶかこのまま民主主義体制を維持していかをゆっくりと考えていけばよかったはずでした。まだ時間はたっぷり残っていたのです。

ところが中国は50年の半分にも満たないうちに、移送法(逃亡犯引き渡し法)という手段を使って、司法の自由を取り上げようとしました。
既に香港においては自由選挙は骨抜きとなっていて、残る民主的権利は政治表現の自由だけであるにもかかわらずです。

一国二制度を堅持し続けるという意味は、中国の永遠の異物、すなわち「独立」することを宣言したに等しいことです。
これは端的にいえば、「独立」という表現を使うか使わないかは別にして、意味するところは独立主権の確立です。

ただし植民地の宗主国からの分離独立とは違い、香港は歴史的に一度たりとも中国であったことはありません。
台湾が日本の植民地であったように、英国の植民地として出発し、栄えてきました。
中国語圏において自由主義を謳歌している国々が、シンガポールまで含めてすべてかつて植民地であったことは面白いことです。
香港も英国がヘタレなければ、今のような共産中国の重圧にさらされることはなかったのです。

今回キャリー・ラムが使った緊急法は、英国植民地主義の悪しき遺産でした。
これを作ったのは英国です。

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反英暴動 六七暴動 https://ol.mingpao.com/ldy/cultureleisure/culture/...

できたのも古く1922年のことで、英国は当時アジアに吹き荒れていた反英活動を封じ込めるために作ったのです。
しかし、現実に使ったのは、ずっと時代を下って、文革期に中国共産党が起こした六七暴動を押さえ込むために使われました。
共産党が糸を引いていたというのを、彼ら隠していませんから。
ただしこの緊急法は、民主主義を凍結できる危険な条項であるために、英国はが現実に使ったことはこれ一度だけで、以後、忘れられたような存在となっていました。
これを蘇らせたのが、他ならぬかつて暴動を煽った側の中国共産党であることは歴史の皮肉です。

さて、習は国慶節前までの武力介入を諦めた代わりに、ラムに緊急法の封印を解かせて戒厳令の準備をしています。
しかしこれは見方を変えれば、中国軍の軍事介入の道が遠のいたことを意味します。

というのは中国が軍事介入するには、いくつかの大きなハードルを超えねばならないからです。
その最大のものは、香港の主権が香港特別行政区政府にあることです。

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香港返還式典 https://www.afpbb.com/articles/-/3033090

その主権についての法的根拠は、1984年12月19日に英国と中華人民共和国との間で調印された「香港問題に関する英中共同声明」に根拠があります。
香港問題に関する英中共同声明(中華人民共和国政府とグレート ...

(11)、香港特別行政区の社会治安は、香港特別行政区政府が責任をもって維持する。
(12)、中華人民共和国の香港に対する前記の基本的な方針、政策および本共同声明の第一付属文書の前記基本方針、政策に対する具体的説明については、中華人民共和国全国人民代表大会が中華人民共和国香港特別行政区基本法において規定するとともに、五十年間は同規定を変えない。

そして香港において従来どおりの民主的権利を守ると約束しています。この部分です。

第一付属文書
十三 香港特別行政区政府は法律にもとづき香港特別行政区の住民その他の人の権利と自由を保障する。香港特別行政区政府は、香港の既存の法律に定められている、人身、言論、出版、集会、結社、労働組合の組織と参加、通信、旅行、移転、罷業、デモ、職業選択、学術研究、信仰の自由、住宅不可侵、婚姻の自由、自由意思による出産の権利を含む権利と自由を保持する。

これが香港の地位を定めた中英共同声明という国際法です。
一読して分かるように、今問題となっているデモの自由まで含めて「権利と自由を保持する」とあります。
つまり、香港行政長官のラムには、デモを制限したり、ましてや禁止する権限など初めからないのです。
マスクをするななどということも言えるはずがありませんから、緊急法という植民地主義の残滓のような悪法を持ち出さざるを得なかったのです。

では、香港の治安は誰が守るのでしょうか。これについても明記されています。

第一付属文書
十二 香港特別行政区の社会治安は、香港特別行政区政府が責任をもって維持する。中央人民政府が香港特別行政区に派遣する防衛担当の部隊は、香港特別行政区の内部問題に干与せず、部隊の駐在費用は中央人民政府が負担する。

中英協定付属文書によれば治安維持の責務はあくまでも香港にあり、中国は駐屯軍を置くことできるが、「香港特別行政区の内部問題には干渉できない」のです。
ここが重要です。
いくら深センに武装警察の大軍をおこうと、駐留中国軍を倍にしようと、そんなものはカカシにすぎません。
ですから、ラムが香港で暴動が起きたと叫びたてようと、中国は香港の内政問題を理由として軍事介入をしてはならないのです。

かつてのウィグル暴動や第2次天安門事件に直ちに軍を派遣したのに、今回できないでいる理由はここにあります。
ウィグルや天安門は「国内」でしたが、香港は「国内」ではないのです。
したがって、独立した主権が認められている香港行政区に中国が軍隊を送るとすれば、これは「侵略
」となります。 

仮にラムが中国にすがろうとすれば、唯一それは外国から侵略を受けたと香港行政府が判断した場合です。

香港基本法第14条
香港
の防衛は中国人民解放軍が行い、軍隊は中央政府から派遣される。

この基本法14条を使って、中国に軍事介入を要請することは可能です。
ただしこれも制限がつけられていて、それができるのは明らかな香港に対する侵略行為があった場合だけのことです。
今、香港が外国軍によって脅威にさらされているとは思えませんから、ラムが「侵略されている」と強弁するためには間接侵略という冷戦期に使われた概念を引っ張りだしてくるしかありません。

中国政府の出先機関である香港マカオ弁公室が、4日、こんなことを言っています。

「「外部勢力の介入・関与の下で『香港版カラー革命』になっている」と指摘した」(産経8月6日)

外国勢力ですって?
もちろんこの場合、米国以外ありえません。そりゃCIAが民主派に接触していなけりゃ、仕事をしていないと怒られます。
しかしそんな工作を証拠立てることは不可能に等しく、あえて言い立てるとなると、ではお前ら中国が米国政治にどれだけ介入してカネをバラ撒いているんだ、孔子学院ってなんなんだ、という反論が弁国から必ず返ってくるでしょう。
まさに天に唾することはこのことで、間接侵略どころか直接にファーウェイという電子的バックドアを作りまくっている中国にそんなリスキーなまねはできないはずです。
つまりは中国が香港に軍事介入をするということは、即米国を相手にすることに他ならないことになります。

このように見てくると、ラムが緊急法の封印を切ったのは、中国の強気ということではなく、もはやラムに緊急法を使って戒厳令まで突っ走るしかないと考えた弱さ故からなのかもしれません。

香港民主派は、この中国とラムの弱点を読みきっているようです。
国慶節を超えて中国軍の介入がないと判断できるならば、仮にラムが戒厳令を使ったとしても、物理的には今までどおり香港警察部隊を相手にすればいいだけのことにすぎませんし、マスクを禁止すると言って、100万人を逮捕できますか。
逮捕してどこに入れておくのでしょうか。もうどこの留置場も満杯です。
クーデターのようにスタジアムにでも収容しますか。

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不可能です。もはや香港警察の能力を大きく超えたのです。やればやった以上のしっぺ返しが返ってくるだけです。
ならばラムができるのは、強権をエスカレーションさせるのではなく、妥協と融和の道を探るべきです。
たとえば、世界最悪の香港警察の暴力行為についての謝罪や処罰をする、デモ警備の警察部隊をいったん前線から下げるていどのことはやってみせねばなりません。

また、自由選挙についても一顧だにしないではいまや通用しませんから、自由選挙を討議する市民と行政の円卓会議(協議会)を作るていどのことはできるはずです。
こんな妥協ともいえないことさえしないから、こんな緊急法を使うハメになるのです。

ラムさん、あなたが移送法を廃案にすると言った時、私はびっくりしました。
あなたにも自由香港人の魂は生きていたのだと、驚きすら感じたほどでした。
しかし周庭が言っているようにこれがあと2カ月早ければ、暴動化することもなく香港も傷つかなかったのです。
あなたは北京をヒラメのように見ていたために、判断が遅れました。

結局、法案廃止が国慶節前までもつれ込み、なんの意味ももたなくなってからの決断では、燃え上がる自由の炎は治まるどころか、いっそう盛んとなりました。
なぜなら民主派の要求の焦点はいまや移送法そのものではなく、襲いかかろうとする中国全体主義との戦いに移っていたからです。

そして今回の戒厳令すら視野に入れた緊急法です。
やってご覧なさい。
戒厳令などしたら米国香港人権法を持ちだすまでもなく、香港は灰となります。
あなたに今出来ることは、解決できないまでもその道筋の一本もつけることです。

 

 

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コメント

> なぜなら民主派の要求の焦点はいまや移送法そのものではなく、襲いかかろうとする中国全体主義との戦いに移っていたからです。

 もうすでに共産主義独裁との戦いなんですね。この香港の戦い、負けるわけにはいけません。日本も支援部隊を送るほどの貢献をしないと と思うのですが、安倍さん何をあかんがえているのかが皆目分かりません。態度表明を鮮明に行ってもらいたい。

 上はueyonabaruでした。すみません。

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