• 18-004
  • Artux_city_vocational_skills_education_t
  • 002_20191206040001
  • 5c63b672360000150f6ad2d3
  • P06kv3rv_20191206050901
  • B3do671_xjboss_m_20190329165814
  • 201
  • Pn2019031201002563___ci0003
  • 4d75c6d4_20191206084201
  • 011_20191205032601

« 「大家の国」が防災をジャマしたと言い始めた地元紙 | トップページ | 首里城をもっと相対的に見ませんか »

2019年11月13日 (水)

分裂を始めた沖縄地元紙


187-009

昨日の記事で、沖縄タイムスの論調が不自然なまでに、原因は「大家の国」だと叫び始めたことを取り上げました。
奇怪ですね。まだ正式な報告を消防局はしていないんですよ。
それなのに、もうなにかに怯えているかのごとく、「犯人はアッチ、アッチ」と騒ぎだすのですから、なんだかなぁ、です。

沖タイは首里城を「沖縄の象徴」とまで持ち上げるのですから、その炎上事件について地元紙は徹底的に原因究明する義務があります。
「象徴」を燃やしてしまった「犯人」を予断で裁くのではなく、事実は事実として語らしめねばなりません。

たとえば、火災の責任を問う上でもっとも重要な管理の所在について、沖縄タイは県と美ら海財団のいいぶんをそのままな報じています。
こういう調子です。

「『国が整備した施設で、消火設備は、きちんとしているはずなのに』。10月31日、午前7時半すぎ、県幹部は、県庁で首里城の正殿が焼き尽くされていくテレビニュースの映像を横目に、うなだれた」(『失われた象徴 首里城炎上』 沖タイ11月7日)

このフレーズで県幹部の嘆き節の主語は「国が」で、それを受けた述語が「うなだれた」ですから、まるで県は国の不適切な消防体制によって被害を受けたかのようです。
なんのことはない、沖タイにかかると、県は国が置いていった自動消火装置もないような遅れた防火施設を、国の指示がないために改修することすら出来ずに泣く泣く使ってきたところ、今回の炎上事件となってしまった、というストーリーとなります。
このストーリーには、なにひとつ「沖縄の立場」というものがでてきません。
全部受け身、全部被害者です。

沖縄県がその「遅れた防災整備」をどう考えたのか、どう対処しようとしたのか、ただただ受容したのか、それとも「法に則っていればいい」と放置したのか、あるいは改善しようとしたが及ばなかったのか、私はそこを知りたいと思います。
この県幹部の言い方では、沖縄には自分のかんがえなどなく、すべて本土政府から押しつけられて、泣く泣く受容したということにすぎません。
これは基地問題で必ず出てくるポジションで、
いわゆる「やられた」論です。
本土にやられた、国にやられた、本土にだまされたと言っていさえすれば、なんとか乗り切れるというわけで、実に退嬰的です。
そこには自分の頭で考え、自分の足で立とうとする沖縄の姿はありません。

一方、今回琉新は、この沖タイの「やられた節」と較べて至ってクールです。
原因究明をまともにしようとしているかに見えます。
琉新は泣きまねをする県をまるでつきはなすように、原因と推定される延長コードについてこのように書いています。

「一方、延長コードは今年2月から正殿内に取り付けられていたことも関係者への取材で分かった。
 市消防によると、木造の正殿は燃え方が激しく、火の巡り方の検証が困難という。北東の部屋で火災原因の特定につながる唯一の痕跡は床下の配線と延長コードの2点だけだった。」(琉新11月8日)

さらっと書いていますが、決定的な部分です。
なぜならご承知のように延長コードこそが出火原因だからです。
それが「今年2月からとりつけられていた」という以上、責任の所在は明確に県にあるということになります。
私は初めて琉新を読んで、へぇーと思いました。
沖タイも県が管理していることは分かっているのに、シラばっくれて「大家は国」論にも持っていこうと企んでいるのに対して、琉新はそうはさせじとばかりに「いや、出火元の延長コードをつけたのは県だよ」と書いているからです。

初めて一枚岩だった県紙が割れました。
メディアは意見がちがって当然ですから、妙な一枚岩のようだったほうがおかしいので、たいへんに健全なメディアのあり方だとはいえます。

ところで、しゅりんちゅさんも書いておられるように、首里城炎上事件において、沖縄タイムスは第三者ではなく当事者のひとりです。
というのは、昨日も取り上げたイベント準備は翌日に予定された首里城祭に向けたもので、このイベントの主催者が他ならぬ沖タイなのです。
この行事とは、翌日の11月3日12時30分から開催予定だった「
琉球王朝祭り首里古式行列」です。
http://oki-park.jp/shurijo/event/182

1910_shurijosai_0202

首里城サイト

このイベント準備に当夜1時05分まで関係者66名、職員3名が作業をしていました。
現時点で私の元に入ってきている情報を抜粋すると、このようなことになります。

①このイベントの主催は沖縄タイムス。
②元請けがきまるのが遅く、仕事が押した。
③御庭回りと観客席の設営は下請け、照明・音響は孫請け業者、正殿張出しは地元有志。
④主催者の沖タイから組み踊りの演目変更が
要請されていっそう混乱した。
⑤当夜深夜まで残っていたのはリハーサルのため。

ただし、このイベント準備が直接に火災原因となったかは不明です。
ひこーさんが書かれておられるように、正殿から電気を延ばす必要はなかったからです。

「これはありえないと思います。まず、財団は9時35分に施錠後、誰も正殿には入っていないと説明を変更しています。また、出火当初から最初に書いたように、奉神門の電気室には変電設備がありますから大容量でも問題ありません。
ここの配電盤から仮設電源を取るのが一般的です。「電源は他の建物から取っていた」という証言もあったはずです。
第一、この分電盤はイベントのある庭の裏側に位置しています。わざわざこんな位置から取る必要はありません。
第二に、正殿には空調機もないそうです。照明とコンセントだけだと大容量の仮設で使うような電気は給電されていないはずです」

ただし、かつての国営時は正殿前でイベントをすることすらできなかったそうで、県が管理するようになってからこのようなイベントが度々おこなわれているのは、首里城を観光の目玉としたい県の方針があるからです。
火元となった正殿北東部分にも国営時は入室が制限されていたはずです。
これらの安全措置がグズグズとなり、観光客目当ての舞台となってしまった首里城が、果たして「沖縄の心」の扱いとしてふさわしいのかどうか、もう一度考え直したほうかよいでしょう。

ただの観光の目玉ならば、税金をかけてまで再建する必要はないわけで、更地にして小規模な首里城歴史記念館でも作ればよいだけのことだからです。
そこの議論がまったくなされないまま、「沖縄の心が失われた」という感情論に走って募金まで募っているのが現状です。

それにしても那覇市が募金を募って、いったいなにをする気なのでしょうか。
次に復元されるとすれば、100%国のカネで国有地の上に作り、完全に国が管理するようになるわけですから、那覇市の募金はどこに納まるんでしょうかね。
ただし、沖縄県が一括交付金でもらっている3千億円の予算から、ビル一棟分ていどを首里城にまわすくらいの心意気がありさえすれば、少しは違うかもしれませんが。

とまれ、今回の炎上事件で沖タイが当事者のひとりとなってしまったことを「薄々知って」「大家は国」論を驀進し、一方その理由を「薄々知って」原因究明をしているのが、商売仇の琉新ということのようです。 

 

« 「大家の国」が防災をジャマしたと言い始めた地元紙 | トップページ | 首里城をもっと相対的に見ませんか »

コメント

新報とタイムス、もうだいぶ前から違うと思います。
半年かもうちょっと前からかなぁ、書いてある内容(事実)も解釈も取材力もそれぞれの個性が出てますよ。
見出しだけ読んでいると気付きにくいかもしれませんね。

やっぱり沖縄タイムズが主犯だったか!
火事の原因を追究することを報道機関としてネグレクトして・・・
国からの甘い汁(金)だけを求めて、責任を国に押し付ける無責任体質!
チェチュ思想に毒され基地反対ばかりを言って国に楯付いてばかりいるくせに・・・ 気楽な商売やね!

どちらかというと、いつも琉新の方が酷く本土批判してた感じ(今回も当初は)ですけど・・・
なんか沖タイの反応がいつも通りから、おやおや?と。
なるほど、当事者というか主催者か。。なるほど。

 新報とタイムスが違うのは、 横須賀ヨーコさんの言うとおりですね。
タイトルは似たり寄ったりなんだけど、内容は切り口も見る方向性も違いが出ています。
 
 最近じゃ、新報の方がとりあえずありのままに伝える努力をしているようだけど、過大は評価は出来ません。
私には新報はオール沖縄内の勢力バランスに不満がある人たちへの代弁者的言論が多く含まれているのだろう、と思う程度ですけれど。

ところでこの仮装行列みたいなのは、もうやめて貰いたいです。
首里城にかかわるほぼすべてのイベントは、琉球王朝を語る上で歴史上いちばん重要な薩摩の影響力を全くあらわしていません。
だから「仮想行列」としか評価できないのです。


> 首里城にかかわるほぼすべてのイベントは、琉球王朝を語る上で歴史上いちばん重要な薩摩の影響力を全くあらわしていません。(

 イイところを突いてこられましたね! 「仮想行列」は面白い。

 私が知りたいのは、琉球と薩摩の関係なんです。中国との関係は主に貿易であることは明らかであります。沖縄が中国の支配下にあったことはないでしょう。 薩摩の支配下にあったのは、これ、明らかであります。

 沖縄の人は薩摩のわずか3千の兵力に簡単に負けたことが悔しいのですよ。これ、素直に負けを認める必要がありますね。そうでないと沖縄史の真実が分からなくなってしまいそう。

 首里城祭りは沖縄の異国性の部分を表現するものであり、物珍しさもあって人気を博したものなんでしょうね。

 首里城はありんくりんさんがおっしゃったように、沖縄が達した琉球文化の水準を示すものだと思います。それは、貿易立国で栄え、周辺の文化を取り込んで作り上げた独特な文化なんでしょうね。高良倉吉氏はこれを大琉球と表現しましたね。この大琉球という時代を私は誇りに思っております。

 仮装行列程度のものだと知った上で首里城祭りの行列を行うのは、観光事業として見ればわからないこともない。しかし、これは、沖縄の真実を必ずしも表してはいませんから、少し気を付けなければいけませんが・・・・・。 

今日、沖縄美ら島財団と長年関わり合いをもっていた研究者と話す機会がありました。率直に言って「財団の評判は相当悪い」ですね。研究者はこれを機に「財団は首里城の管理から手を引くべきだ」、「トップ含めた上層部の辞任は当然だ」、「責任は財団と県にある。皆そう言っている」。さらに「何でも観光、観光とカネにまつわる事しか頭にない」、「そのくせまともな観光ソフトを打ち出す努力もしないし、能力もない」、、、とまるで堰が切れたように喋ってました。

「首里城消焼失事件」
このことが沖縄の歴史を改めて(我を)見直す契機になってくれたら・・・と思ってます。
ややもすれば自己憐憫、時局迎合的なポジションに落ちりがちな空気からの脱却は「そんな簡単」なことではないですが、乗り越えなければならないハードルです。

薩摩と琉球の関係性について、先に挙げられてましたが、私ももっとこの辺のことを掘り下げる必要性はある、と思います。江戸の昔、将軍の世替わり時に薩摩藩は、琉球の御座楽(うざがく)と同行して江戸へ上った。薩摩藩の意図するところは「我が薩摩は琉球を支配下にしておるぞ」ということを道すがら庶民へのアピールとしても利用していたそうですね。ことさらに「異国風」の格好をさせられたと。大岡越前守も江戸市中をゆく薩摩藩と御座楽ご一行の華やかな姿を見学した、、とどっかの文献で読んだ記憶があります。
御座楽御一行はこの江戸上りを結構楽しんでたみたいです。決して卑屈な気持ちだではなかったらしいです。将軍からリクエストなんかを受けて演奏していた記録もあるそうです。

さらに、薩摩藩は奄美群島を直轄支配していたが、薩摩役人からは「奄美は琉球ではない、大和でもない」と言われ、また場合によっては「奄美は琉球にもなれ、大和にもなれ」とも言われた。このことの意味するところは明からの冊封使が琉球へ来るときには「琉球人になれ」と。そして「普段は大和人になれ」ということだ。喜山荘一氏はこのことを「奄美の二重の疎外」と呼んでいる(「奄美自立論」喜山荘一)。

この文献では更に「薩摩の奄美直轄支配は周知のことだが、その当時薩摩藩は江戸幕府へ対して奄美の直轄支配を隠蔽していたのでは?」という驚くべき問題提起をしてる(出典:汾陽光遠(かわみなみ・こうえん)「租税問答」)
以下、その部分の抜粋。

『問う曰、右判物の趣を以ては道の島は中山王領地の筋なり、然れば慶長より琉球を離れ吾に内附せしは内諾のことなるや。答えて曰、然り、内地の付属と云うこと、別段御届になりたる覚へなし(略)』

意訳:
『問うて言う。奄美の生産高が琉球高とされていることからすると、奄美は琉球王国の領地なのが筋だが、慶長から琉球を離れて薩摩のものになっているのは内証のことなのか。答えて言う。そうだ、内地に付属しているということは別段、届け出た覚えはない』

薩摩藩は「凄い」とさえ感じてしまいます。
歴史とは一筋縄では語りきれないものである。

なるほど!「火事とオナラは元から騒ぐ」ですかー、今のところは
件のイベント関係者がアヤシイのかどうか判りませんが、某地元
タイムズ紙が、必死こいて「沖縄の心だ、寄付金だ、本土のカネだ」
と言って検証結果を見ずに騒ぐところを見ると、主催者だったんで
すねー、解りやすい構図ですわ。某紙は真犯人も知っているんじ
ゃないですかねぇ? 多分、後からすれば下らない原因のような気
がします。以下は悪ノリした想像です、暇な方だけどうぞ。

数m程度の家庭用?延長コードの十を超える箇所でコードが溶解
しているのですから、フツーに考えればこの延長コードの先に当然
何がしかの装置(家庭用でないデカイ業務用のゴッついコードのプ
ラグ)がつないであって、そいつが故障かなんかでショートして、最
も過電流に弱い電線部分である家庭用?の延長コードが焼けてし
まった。その時、なぜだか分電盤のところにある安全用遮断装置は
作動していなかった。

犯人は「やべっ、機械をショートさせちゃったよ!それ、機械のコード
(かリール型の延長コード)を引っ張って、あの正殿の分電盤のところ
の延長コードのコンセントから機械のコードプラグを抜け!」「ヘイ、
コードをイヤというほど引っ張って抜きましたぜ」「機械壊して、オレ、
明日ドヤされるなー」
・・・
「アレ?火事かな?」「へ?」「うわぁぁぁぁぁぁ、正殿が燃えている!」
「オレ達のせいじゃないよな?」「そりゃ、ブレーカーが作動するハズ
だから、ショートぐらいで火事にならないよ」「それはそうだよな、じゃ、
帰るとするか、消防の邪魔をしちゃあいけねぇからな」「じゃ、お疲れ
さん」「ボヤで済めばいいけどなー」

あくる日、昨夜そんな事があったと、報告を受けた主催者だった・・

真実(火災原因)に迫る為に何をすべきかです。私は沖縄県警と消防が“身内の恥”をさらすことができるか、そういう客観性を持ちえる組織なのかに、かかっていると思います。関係者へのヒヤリング(事情聴取)のやり方で”事実“はどうにでもなるからです。

特に同じ県の組織である沖縄県警の動きには注意が必要だと思います。ムラ社会のそれは“身内の恥は隠すのが正義”という感覚があり、そういう圧力がかかるものです。沖縄タイムスの記事はそういう方向の表れではないでしょうか。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 「大家の国」が防災をジャマしたと言い始めた地元紙 | トップページ | 首里城をもっと相対的に見ませんか »