国民党の自壊は「中華民国」の再編につながる
今回の台湾総統選挙は、蔡英文の信任といえないこともありませんが、ハッキリいえば習近平の自爆です。
煎じ詰めると、蔡英文の勝利は4つの要因によります。
ひとつは習があまりに外交が下手くそだったこと、ふたつめは蔡が「一国二制度」をきっぱりと拒否したこと、三つ目はなにより香港デモの大爆発が台湾にまで延焼したこと、そしてよっつめは国民党の自壊現象に助けられたことです。
蔡英文はこの選挙に惨敗するだろうと予想されていました。
というのは、必ずしも内政において成功していたとはいいがたい状況で、私の耳にもいい噂がまったく入ってきませんでした。
蔡政権は親日的であり、かつ中国に抵抗しているために意外かもしれませんが、台湾民進党は実はリベラル政党の色彩が強い政党なのです。
唐筱恬(台湾「今周刊」)によれば、蔡政権はこのような内政の失敗を重ねてきました。
https://toyokeizai.net/articles/-/191525?page=2
たとえばひとつめは台湾版働き方改革とでもいうべきもので、週休完全2日制を実現しようとして労働基準法の改正にとりくんだのですが、失敗に終わりました。
というのは、これは日本の働き方改革にもいえることですが、中小企業主には不評で、肝心な労働者からも収入が減るとして抵抗を受けてしまいました。
また年金改革は公務員を対象としたために、軍人も含めて大きな抵抗を受けました。
このふたつで労働団体と公務員・軍人団体を敵にしてしまったところに、極めつけは同性婚の法制化と反原発政策でした。
なんでわざわざこんな政策をせにゃならんのか、理解に苦しみますが、反原発政策が原因の大停電を引き起こしてしまいました。
「グリーンエネルギーの発展を盛り込んだ改正「電業法」が成立し、民進党が核心的な価値とする2025年までの原子力発電所廃止は、その姿勢を簡単には変えることができない重要政策の1つだ。
今年(2017年)8月15日に台湾全土で発生した大停電は、人為的な操作ミスを原因とする事故によって発生したものだった。だが、この停電から見ると、与党・民進党は反原発の代替策として掲げている、グリーンエネルギーと天然ガス燃料による火力発電の導入について、現在のスピードでは原発廃止で電力供給の減少分を補えないことがはっきりとしている」(唐前掲)
中国によって簡単にオイルロードを切断されるリスクがあり、エネルギー自給ができない台湾が原発を25年までに止めてしまったら自分で自分の首を締めるようなものです。なんでこんな簡単なことがわからないのでしょうか。
現実に原発を事実上ゼロにして苦吟するわが日本のエネルギー事情を見ればわかりそうなものを。
エネルギーの自給は、いつ何どき中国の制裁でエネルギー供給源を断たれるかもしれない台湾にとって死活問題なはずです。
一方、経済政策では国民党政権の中国に強依存する政策を改めました。これは中国市場にあまりにも依存すぎた経済構造によって、台湾製造業が空洞化してしまったからです。
製造業は賃金が安く、消費市場に近い中国本土に工場を移転させてしまった結果、台湾の青年層の失業率を大きく増大させてしまいました。
「台湾の若者が職探しに悩んでいる。主計総処(総務省統計局に相当)によると、20~24歳の2019年1~5月の平均失業率は11.7%。2~3%程度の30歳以上に比べ突出して高い。若者の低賃金も社会問題となっており、大卒初任給は18年に2万8849台湾ドル(約10万円)にとどまる」(日経2019年7月13日)
この中国依存の経済体質をあらためようと、蔡政権はTPPや各国とのFTAを推進する政策をとってきたことは評価できます。
これは「中国様におすがりしていれば万事うまくいく」という国民党の経済政策とは大きく違います。
ただし、これもその結果がでるにはまだ至っておらず、総じて未熟な内政が多く、次はないなと私は憂鬱な気分で眺めていたものです。
ところが、総統選挙にとんでもない「カミカゼ」が吹いてしまったのです。
しかも吹かしたのは台湾にとって最大の脅威であるはずの習皇帝陛下その人ですから、世の中というものはわからないもんです。
習がやった最大の「功績」は、選挙の1年前になって「習五条」を台湾につきつけたことです。
おそらく総統選まで1年の間よーく考えろと習は「犬のしつけ」をしたかったのでしょうが、これによって選挙のテーマは一気に内政から対中政策へとシフトチェンジしてしまいました。
習のほうから蔡英文の得意とする土俵に乗ってしまったといえます。
なにせ「習五条」なるものは、昨日も書いたように、「一国二制度による平和統一」と「武力統一」のどちらかを選べと迫っているのですから、もうムチャクチャ。これで台湾の人が燃えない道理がないわけです。
しかもこの「一国二制度」なるもの内実は、6月から始まる香港デモで、世界の誰もが知ってしまったのですから、結果論とはいえ習は馬鹿なカードを馬鹿な時期に出したものです。
上の支持率グラフをみればお分かりのように、初め韓国瑜(かんこくゆ)が大きく引き離していたものが、香港デモが激化する8月から一気に逆転しそのまま韓国候補はスロープを直滑降するようにして視野から消えていきます。
つくづく習という男は内向きに出来ているのです。
腐敗一掃という名で、アンチ習派狩りばかりやって井の中の蛙をしているからこうなるのです。
韓国瑜 https://jp.rti.org.tw/news/view/id/91864
習が本気で台湾を内部から瓦解させて中国に吸収したいなら、国民党候補に実績もなにもない、韓国瑜なんてポピュリスト候補を持ってくるべきではありませんでした。
韓について福島香織氏はこう評しています。
「韓国瑜のような”下級国民党”、政策実績などなにもなく、なんかおもろいおっさん、というだけの人物。彼が急に高雄市長になったのは、中国の世論誘導工作、浸透工作の成果だということは、目下、多方面の情報機関の共通の分析結果ですが、ようは、国民党のプロパー政治家が国民党候補になれず、なんか中共がねじ込んでくる、ビジネスマンのテリー・ゴウだとか、中共の工作でうっかり人気ものになった下品はおもろいおっさんとかが、候補になってしまう」
(福島香織の中国趣聞(チャイナゴシップ)NO.53 2020年1月13日)
つまりは候補者選びの段階で負けていたのです。
元来国民党の本命は鴻海(ホンハイ)精密工業の創業者である郭台銘(テリー・ゴウ)氏、16年の総統公認候補の朱立倫氏などが名乗りを挙げていました。 しかし国民党予備選で世論調査方式を採用したため、オモロイ発言で人気の韓が勝ち残ってしまったようです。
このことによって国民党は、韓と国民党有力者の郭や朱、王金平たちらとの関係が悪化し、最後まで修復ができないまま、国民党はバラバラな状態で総統選を戦ってしまったようです。
国民党が蒋介石と共に台湾島に逃げ込んだ国民党の残党らによってできているのは知られていますが、福島氏によればその時にエライさんとして逃げてきた「上級国民党」と、ただの下っぱで銃と鍋をかついで逃げて来ただけの兵隊たちの「下級国民党」にくっきりと別れているそうです。
今までの国民党の政権を担った政治家や優秀な官僚は皆この「上級国民党」出身だったそうで、前回総統選の国民党候補者だった朱立倫は典型的な正統派の「上級国民党」だったようです。
彼ら「上級国民党」にいわせれば、韓のような「下級国民党」に総統になられるくらいなら、台湾大学出の蔡英文のほうがよっぽどまし、ということのようです。
「こうした正統派国民党はプライドが高いのです。彼らの中には、下級国民党の指導者に従うくらいなら、台湾人の支配下に入った方がいいわ、と考えるくらいの下級国民党への差別感があるとか」
「もう、その時点で「国民党おわったな」という空気が、国民党正統派党員の間で流れていたようです。それが選挙運動の着手の遅さ、団結のなさにつながった。韓国瑜を国民党の古株は誰も応援していませんでした」
(福島前掲)
つまりは、今回の選挙ではっきりしてしまったのは国民党が長年の中国共産党の浸透工作によってグダグダになってしまった結果、国民党に残っていた優秀な正統派政治家たちが雲散霧消してしまい、中国のカイライそのもののような軽い奴しか選べなくなってしまったということです。
そしてこれを全世界に告知してしまったことで、「中華民国」という虚構もまたこの国民党とともに消滅してしまったということになります。
この選挙後に大きな台湾政治の再編がおこなわれるかもしれませんが、その時の選択肢からは「ひとつの中国」派と劣化した国民党は転げ落ちることとなることでしょう。
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もう20年以上も古い話ですが、1996年中華民国総統選挙を思い出します。
このときも中国が李登輝氏への投票を阻止しようと台湾海峡にミサイルを撃ち込み圧力をかけたのは良いけど、却って台湾人の反発を招いて李登輝氏の大いなる後押しをしてしまったという間の抜けた結果を招きました。
私自身の意見ですが、お人好しで騙されやすい日本人に比べて、中国人というのはシビアで賢いところがある(狡猾でもある)と思っておりますが、こういう調略面では、相手の弱みを理解して攻めるということができないのだろうか?と不思議になります。
毎度毎度自分を中心に力づくで土俵を回そうとして失敗する、しかも学ばないので同じことをやる。
中国人との関わりが割と多かった私としては、彼らはそんなに単純な阿呆ではないのにと不思議に思うわけです。
投稿: TK | 2020年1月14日 (火) 11時02分