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« 緊急事態宣言延長の真意とは | トップページ | 目標を定めないで国民日干し政策を続けては精神論だと言われます »

2020年5月 6日 (水)

今ほど「バランス」が求められている時期はありません

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今の状況について、 絶望論にも、かといって安直な経済論だけにもならない議論がしたいと思います。
世界に新型コロナのウィルスが蔓延している状況の中で、絶望することほど容易な姿勢はありません。
「新しい生活様式」についても不安はぬぐえないでしょう。
なぜならこの社会的距離をおくことが前提となった社会において、今までのように社会が活気をとりもどせるのか分からないからです。
いわば国民が1億総鬱病になってしまうからで、これでは従来の社会を活気づけてきた景気浮揚策の相当部分があらかじめ湿ってしまうことになりかねません。

だからなおさら思うのですが、もういいかげん極論は止めませんか。絶望論を振りまくのはよしてくれませんか。
極論を考えて鬱病に罹ることこそが、今せねばならない社会の再起動を難しくさせる最大の原因となるからです。

ではなにが大事かといえば、それはバランスじゃないでしょうか。
常識と言い換えてもいい。

たとえば、ウィルス制御と経済の活性化とのバランス。
三密を守ることと、ウィルスがいて「あたりまえ」の社会とのバランス。
経済と防疫とのバランス。
専門性と政治とのバランス。
あるいはまた、恐怖と楽観とのバランス。
明と暗とのバランス・・・。

いくらでも思いつきそうですが、これら双方を見渡せる専門家はいないのです。
感染症の研究者は経済を知らず、経済の専門家は防疫を知りません。
お互いに判ったような顔をして罵り合っているだけです。

言い換えれば「全体の専門家はいない」のです。
中西準子先生は『リスクと向きあう』の中で、原子力事故にふれてこのように述べられています。

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中西準子氏https://www.ynu.ac.jp/hus/koho/10536/detail.html

「ひとつの環境影響を削減しようとすると、別の影響がでてくる、したがって、その二つの影響を比較する必要があり、そのためにはリスクをできるだけ共通の尺度で比較することが必須だ」(中西前掲)

この考え方の中から、中西先生は「リスク評価」という手法を作り出していくのですが、これはひとつのリスクを削減すると、別のリスクが出てくる「リスク・トレードオフ」の関係だと考えます。
あるリスクを減らしたら、新たに生まれたリスクのほうが大きいこともあると、中西先生は警告します。
この考え方から「リスク学」は生まれました。

簡単に「リスク評価」について説明します。
リスク評価は環境アセスメント(環境影響評価)に使われる考え方です。
ひとつのことをやった場合(あるいはやらなかった場合)に受けるリスクと、そのことによる利益を測って、その双方を天秤にかけてみます。
この軽重で、現実の意思決定するという方法です。

今回の新型コロナによる緊急事態宣言の延長については、おそらくこんなことになるでしょうか。
変数をもっと増やすことはいくらでも可能ですが、モデル化するためにあえて単純化しておきます。


①リスク特定・・・①宣言を延長した場合の経済・社会的リスク
                   ②解除した場合の感染拡大のリスク
②リスク分析・・・①延長した場合、社会が経済的損失をどの程度受けるのかを量る。
                    ②解除した場合どのていど感染拡大リスクが進むのかを量る。  
③リスク評価・・・ 延長することによる
リスクが、そのことにより受ける経済損失のリスクと比較して、どちらが重いのか、重要なことなのかを決定する。

メディアが文字どおり24時間ぶっ通しで言っているのは、このうちの最初の①「リスク特定」だけにすぎません。
彼らが言うのは、ワンパターンで、「
また感染者が出た」「政府は後手後手でなにもしていない」という二つのことを繰り返し手を変え品を変えて言っているだけです。
岡田某に至っては専門家というのもおこがましい悪質なアジテーターで、この人物はかつての原発事故時の武田邦彦にそっくりです。 

しかし、岡田某のようなマスコミの寄生虫は置くとして、専門家会議までもが自らが「助言」する立場でしかないことを忘れて、まるで権限者であるかのようにふるまうからおかしくなります。
本来は助言機関にすぎないにもかかわらず、西浦教授に至っては、②のリスク分析も③のリスク評価も飛ばした極論を吹きまくっています。

「新型コロナウイルスの流行対策を何もしなかった場合、国内の重篤患者数が約85万人に上るとの試算を、厚生労働省クラスター対策班のメンバーで北海道大の西浦博教授(理論疫学)が15日、公表した。また、重篤患者のうちほぼ半数の約42万人が死亡すると予測。外出自粛に代表される行動制限によって、感染被害を軽減できるとしている」(毎日4月16日)

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当人は「荒野に叫ぶ預言者」気取りかもしれませんが、これでは「ゼロリスク論」の亜種です。 
ゼロ
リスク論とは、あくまでも白い手袋じゃなきゃダメという安心原理主義です 
こういう考え方は、原発事故においても、豊洲移転問題においても、はたまたオスプレイでも、日本が分岐点に立つたびに必ず登場し、メディアがその強力な援軍となりました。

このような専門家会議に権限をもたせてしまった政府の責任は重大です。
その中で可能なかぎり極論を中和しようと「値切った」結果が、先日の自粛の中途半端な延長でした。
大阪モデルは、この時期でるのが遅すぎたくらいの政治の側からの対抗軸でした。
コメントにありましたように隣の県の影響など複雑な条件は常につきまとっていますが、まずは発起した大阪府が先行し、大阪圏として発想するべく話あいをもてば解決できないことではありません。

今ほどリスクをトレードオフの関係として見る姿勢が求められている時期にもかかわらず、それをすべき政府の「政治」が見えないのは日本の不幸です。



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●国内感染状況(5月5日正午)
国内感染者17188
退院4587
入院中12080
軽中度・無症状5710
人工呼吸/ICU 309
確認中681 待機中279 症状有無確認中5101
死亡521

●世界の感染状況

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コメント

ブログ主に激しく同意します。

特に文中の以下の部分が政府首脳はわかっていない。
「いわば国民が1億総鬱病になってしまうからで、これでは従来の社会を活気づけてきた景気浮揚策の相当部分があらかじめ湿ってしまうことになりかねません。」

日本国民が自粛続きで意気阻喪することが敵国の作戦勝ちになるのです。戦わずしてすでに負けている。特亜3国は彼らに不利な証拠があっても、その証拠を曲げて常に自身を正当化し日本を貶める。

東日本大震災と原発放射能漏れが起きた時、ここぞとばかり中国とロシアが戦闘機を日本近郊に飛行させたことを忘れてはなりません。
他国の不幸は自国の好機なり。これが地球上では普通なのです。

次に、未だに中国市場に未練を持っているように見える経済界が、コロナ以後の経済活動開始の、実は足かせになっていると思うのです。日本経済が地球上で浮上できるか否かの分岐点にいるのです。さっさと未練を断ち切ってほしい。今ある工場を中国で更に稼働させて将来どんな利点があるのか想像もできないのかと暗澹とします。


国家も個人も生きていくということは、常に選択の連続ですよね。思えば明治維新を成し遂げた原動力は当時の政体や有力藩のトップではなく、外様藩の中下級武士でした。
人は権力の頂上にある時こそ批判に耳を傾けなければならないと思うのです。

ここに来て安倍総理の政策立案推進力に疑問を持っています。


まあなんだか年齢も重ねて理性も知性もある人間ですら、ちょっとしたキッカケでこうも極論から逆の極論に簡単に偏向しちゃうんだなあ。という、よく分かる教材ですね。。
専門の火山灰拡散予想プログラムに当てはめて福島原発事故の放射能シミュレーション地図を出したけど「あくまで参考までに、こんな結果が出ました」とだけで止めときゃ良かったのに、ツイッタラーのジャーナリスト擬きに乗せられてインタビュー受けたりしているうちに「関東の農家はテロリストだ!」なんてことを言い出した早川先生とかね。全く同じです。

あれだけ大学当局を批判・罵倒しときながらいまだに教授の椅子にいて、高給貰ってる貴族様は流石に市民感覚とは無縁ですからねえ、また最近騒いでるし。
理系バカにありがちな、不遇だと思っていたのにちょっと名が知られたらすぐに共産党系に抱き込まれたのか!?という先生は多いですね。

武田は論外。ただのわざと極論並べては目立ってテレビや講演会やガイガーカウンター販売というただの銭ゲバ野郎。

まさに一国のリーダーが国民に向けて語りかけて欲しい今日の記事の内容です。

 私のところの宮古島市では、コロナのために使える集中治療室が最近までたった3室でした。最近、陸自からの支援調整や隔離施設のメドが立ちつつあり、そこに再延長は実に心強く感じてました。

しかしそれは離島という、ド田舎の話であって、総じて日本全体としてみればオーバーシュートの可能性など、皆無に近いのではないでしょうか。
誤解を招く言い方かも知れませんが、死者400人という数字は世界的に極小で、二万、三万の死者を出している欧米諸国が経済立て直しにカジを切っている現状を国単位としてどう見るのか?
伊にせよ仏にしろ、米・独はもちろんの事、すでに久しく出口を定めて絵図を描いています。

私がこういう考えに至ったのは、やはり専門家会議不信です。
彼らはてんでんばらばらにマスコミに登場し、それぞれ全く違う意見を臆面もなく開陳します。あれで良く提言が纏まったと思え、それだからこそ空疎な提言になったと思います。

例えば現場の大勢が望んでもいないPCR検査大増量にカジを切ろうとする矛盾、クラスターを根絶すれば足りる、若者と年寄りのウイルス排出量は同等などなど、過去の発言を繰っても全く彼らの専門家としての力量を理解できません。失礼ながら、食言のレベルと思います。

どうも彼らの根底にあるのはマスコミ順応か批判回避、見立てや見解が違ってクラッシュした場合の保身ために、絶対安全圏を唱えている様子に見えてしまいます。
それでいて尾身副座長は会見でぬけ抜けと、「経済を考慮すれば、提言は提言として、政治の判断は別個」という趣旨の逃げ道をわざわざ言っています。

かかる専門家会議のようなものに対し、西村氏のような非専門家を充てるのは慧眼だったと思いますし、実質的に提言を骨抜きにしていく努力がさらに必要でしょう。

東京都は裕福だからいいのでしょうが、小池さんはどういうふうに転換点を見定めるのか。都知事選の7月を見据えて不安解消論法でもって、都の預金二兆円を食い続けるハラでもあるのでしょう。

何だか最近の私は政府の肩を持ってばかりだなぁと嘆息( ̄~ ̄;)
発言の影響力を考えていない又は理解していない点で専門家会議は問題ですが、それら以外は彼らなりに責任を果たしているだけではないかと思います。
だからこそ、違う分野の専門家も入れて妥協点を探る時期に来ています。
防疫、経済、教育は鼎の脚になる分野だと思いますが、出来れば「社会」のありようも考えられる人がいいかなと。尾木先生なんて教育版コロナ専門家会議みたいな人ですし。いや、門外漢なのにゴチャゴチャ発言するだけ余計に悪いですね。

総理が国民により具体的に(今日のブログの内容等を)語り掛けるのは、来週辺りが妥当な時期かなと個人的には思います。
4日に防疫の片足立ちから重心をずらしていくことを表面しましたが、コロナの収束傾向の明示と各種施策、主要自治体との方向性の調整等、論拠として示せないと説得力がなく、自粛に振り切った連中を切り崩せません。
それには一週間くらいは要ると思います。
ただし、それ以後何も発表がなければ、無策か怠慢なだけだとは思います。

ド田舎の我が県は昨日初期に見つかった3月の連休に東京から帰省して小クラスターを発生させた家族の勤務先(よりにもよって介護老人ホームの80代)から、久しぶりに陽性が出ました。
まあ、なんといっても無症状のままでも長い潜伏期間にバラ蒔くというのが分かると思います。

市はまさかの真っ先に市内小中学校の月末までの休校を発表。
んー・・・、段階的に解除かと思ったんだけど厳しく出たな。まあ、「命を守る」なら正解ですけどね。。
どうも3月には大騒ぎしてた教育委員会(偉い人はいいけど、現場は大変!)が、今度は「どうせ月末までノンビリやり放題」が前提になっていてどうにもならないとのことでした。上に行くほどカネと保身ばかりで現場と解離する独特な貴族連中ですからね。


政府や大都市ですらとにかく出口が見えないまでも、ガイドライン出して来てますね「それで重傷者や死者を止めたい」「ICUの空き具合」というギリギリのことです。大阪の吉村知事さんはよくやってると思います!

ゆきさん。
真摯に立ち向かうのは素晴らしいですけど、あなたが疲れちゃだめ!休みを取ってください。
誰だって息抜きは必要。オレなんか元々あまり出掛けないけれど、行きつけのコンビニやスーパーの顔見知りのオバチャンと軽くやり取りするのが大好きなんだけど・・・まあ、お互いに「なんか大変だけど、お互いにガンバローね!」という日々です。

新型コロナウィルス及びその感染症に関する論文は当然ながら査読を受けていないものばかりなので、なんでも見つけ次第できるだけ読む休日でしたが今日、とても参考になる脳への刺激が物理学の方面からやって来ました。

PCR検査数に左右されずに国間の比較が容易になり、時間による変化を安定的に読み取れるK値。
論文執筆者は大阪大学核物理研究センター 中野貴志教授と九州大学理学研究院物理学部門 池田陽一准教授。
英文の論文リンクとともに内容を紹介する第三者の方のnote記事
https://note.com/prof_a_hill/n/n439fbd1267f9
中野教授・池田准教授による、論文準拠での日本の感染状況についての解説がありますので、上記記事中に中野教授の解説からの引用の旨とともにあるリンクから、「K値で読み解くCOVID-19の感染状況と今後の推移」をお読みください。

読んでみて、COVID-19に対応する医療のキャパシティと医療関係者の安全保持と一般病院での院内感染防止の工夫はもちろんのこと、万一必要な時のために、(個人情報管理に気をつけながら)我々各自で行動歴を記録しておくことは、健康と経済を両立させていく備えとして必要だなと考えます。
面倒っちゃ面倒ですが、自分の行動を記録すること、記録するのが前提となることで得られる気付きもきっとあるはず。

宜野湾よりさん
興味深い資料をありがとうございます。
今日付なのですね。

やはり順調に感染を抑えていることに同意です。
ただやはりこちらでも、PCRの基準を変更して検査数を増やすのは弊害が多いと述べられていますね。

先程フジテレビでPCR検査がなぜ増えないのかという特集が組まれていました。
マンパワーや試薬の国際競争などで厳しいのだという尤もな意見が聞かれましたが、一般人は拡充すると受け取ったと思います。


山形さん
ご心配ありがとうございます。
私は休みは取れていますし、コロナの最前線で戦う職業でもないので大丈夫ですよ。
流石に仕事面ではコロナの影響はありますが、割りきってます。お互い程々に頑張りましょう。

宜野湾よりさん
貴重な情報ありがとうございます。
私も自己記録やってみようかと思います。
願わくばこのような情報が拡散され、愚にもつかないワイドショーが駆逐されますように。

インペリアルカレッジ・ロンドンの研究チームが「広範な検査より戦略的な検査が必要」と述べ、また、中野教授・池田准教授が「検査体制の強化は良いが、もっと感染者は多いはずという思い込みで検査数を増やすことは弊害の方が多い」と述べられていますね。
医師が必要と判断した検査は全てスムーズかつ効果的に行えることは、日本で達成・維持されるべきだと私は考えています。
そのあたりを、例えばテレ朝羽鳥モーニングの玉川ちゃんとか中心に、「希望すれば誰でもすぐ検査が受けられる体制」の話にしてぎゃーぎゃー文句言っているわけですね。
というわけで。
似たようなことをどなたかがツイートしているのを見かけましたが、新しい生活様式「朝昼のワイドショーも夜のニュース番組も観ない」

バランスが必要、まさにその通りだと思うのですが、今行われている外出自粛と営業自粛及び時短など、経済活動への打撃と生活面での抑圧に直結していることが、本当に感染抑止に効果が出ているのだろうか、というところが一番気になります。
評価の方法はいろいろあると思うのですが、「
なんとなく」で決められていることが多いような印象です。苦しいけれど営業自粛、感染防止のためには緊急事態宣言延長は理解できる、と言った「素直な零細経営者」の声がなんともやりきれないです。
移動の制限についても、観光や遊びはダメ、県を越えるのはダメ、などと実際の感染抑制効果ではなく、なんとなく妥当な範囲で決められてるようでなんとも歯痒いです。
結局、みんなで苦しもう、みたいになっているようで、そういう押し付けの空気を払拭する何かが必要だと思うのです。

 ポトさん
 
 政府の指針に基づいた自粛政策は、間違いなく効果が出ていると思います。それはインフルエンザに感染する人の数が激減している事からも明らかでしょう。

ただ、何の措置がどのようにどれだけ効果があったかを数量的に検証する方法まではなく、しかし試行錯誤しながらのこれまでのデータで「三密をさけながら営業再開する」、いろいろな工夫と知恵をこらせばかなりの部分で再開できるケースが出て来ましょう。

実際、たとえばパチ屋だって隣席と2m開けてすわり、十分換気と都度の消毒体制を十分に取れれば、これからの営業再開の道が開けるハズです。

はじめましてこんばんは。
時々拝読させて頂いています。
いつも綺麗にまとめた記事、ありがとうございます。
記事の内容には概ね同意しているのですが、感染症の専門家としては「自粛継続を」としか言えないのではと素人ながらに思います。そこを経済の専門家の意見も聞いて折衷案を出すのが政府なわけで...
専門家会議が表に立たされて国民の不満をぶつけられているように感じます。

確実に効果は出ていますね。PCR検査にしても韓国を見習え、もっと増やせ言うテレビのコメンテーターおかれましては、日本の10倍ぐらいやっている国の感染者や死亡者が日本よりも何故圧倒的に多いのかも同時に説明して欲しいですね。実効再生産数も1を切れば収束するとは単純には言い切れないようです。その点退院する方が入院する方より多くなるまで持っていきたいは説得力があります。実行再生産数と医療資源もまた別問題ですね。ウィルスと共存できるギリギリの模索がいまの日本でしょうか。それが5/4の総理の会見ですね。
ありきたりに言うと、もう少し考える時間をくれ。
経済政策に関しても、国は次々に支援策を出しているのに、マスコミは悲観論ばかりで、支援策の報道ウェイトは少ない。かなり大事なところなんですけどね。
安倍総理は、5/14に数値目標含め具体的な出口戦略を示すそうです。

 まずは、わが国がなんやかんや言って10万人当たりの死者数が極めて少ないことをもって、大変よくやっていると評価すべきです。
 感染が拡大期に入った時、野党・大メディアがやっていたのは「桜を見る会」糾弾活動でした。その後もピントのずれた謬論をワイドショーなどが拡大・増幅し続けました。
 非常事態条項が憲法にないがために、私権の強制的制限と、それとセットでの補償を行うことができませんでしたが、これこそが「国家権力は常に絶対悪。アベ政治には、私権に指一本触れさせない」ことを喚いていた大メディア・野党・知識人界隈の人々が望んだ世界だと思うのですが。関西では、橋下徹が連日「自粛と補償はセットだ」とTVで喚いていますが、決して憲法に非常事態条項を導入しろとは言いません(本当に彼は頭が良い!)。この手のオポチュニスティックなポピュリストが一番危険です。
 バランスというブログ主様のご意見は、全くその通りです。但し、日本人(というか、声の大きな大メディア)は非科学的な人々ですので、
リスク管理、そのトレードオフ評価をしてみたところで、言いがかりをつけるネタになるだけです。どんなに誠意を尽くして説明しようとも、無駄であることは、ここ数十年来の大災害などにおける彼らの振る舞いでわかると思います。
 肝心なのは、とにかく策を講じて実行してしまうことです。日本人は、幸か不幸か、とてもrelisientな人々であり、新たな様式にすぐ適応・順応できます。古いしがらみを新しいしがらみに変えるつもりで、矢継ぎ早に政策を打ち出すべきです。そして、それが結果的に科学的な根拠をある程度持ちつつ、政治的にも許容できる範囲であればよいのだと思います。
 西欧諸国のような、科学的根拠によりメカニカル・論理的に積み上げた政策は、日本人(声の大きな大メディア)には馴染まないと腹をくくって、やんわりとした中で結果オーライとなるようなやりかたで進むべきです。これこそが日本の政治において求められる技能です。

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